心理学における3次元視知覚研究Ⅰ 一研究の経緯と方法−
林 部 敬 吉
1.3次元視知覚研究の系譜
1..1.3次元視知覚研究の基本問題 1.1.1.問題の史的背景
物理的空間は,自己を中心とし上下,左右,前後に均等な拡がりをもつ.
この拡がりは,種々の外部受容器,なかんずく人間では,視覚を通して知覚 される.物理的空間が自己の外に存在するという意識,すなわち空間の外在 性は,感覚を通して反映されている.空間の外在性の問題は,かって,哲学 の世界で物質の実在性の問題として論じられてきた.そこでは,実在性につ いての認識の起源は感覚にあると認めたものの,外界の実在と感覚との関係
をどうみるかについては認識論上の立場によって相違した.周知のように,
観念論は感覚を究極の存在と考え,これに対応する物質の実在性を否定する のに対し,唯物論は物質の実在性を肯定し,それは,感覚を通して意識に反 映されると考える.不可知論は,これら両極の立場に対し,物質の実在性は 認めるものの,意識に反映されるものは現象に限られ,感覚的経験の背後に ある本体は認識できないとの立場をとる.
認識論の世界では,意識と存在に関わるこの種の論争が,世界観をめぐる 論争として先鋭に闘わされたが,この間題の解決が困難なのは,これが人間 自身の認識活動の源泉,その能力と限界に関わる問題を含む故である.外界 は,電磁波などの種々のエネルギーを感覚器で受容し,中枢に伝達され,そ こで解釈されてはじめて知覚される.思弁の段階を越え,意識と存在に関わ る問題を実証的に解決するためには,外界認識の源泉である感覚,知覚の心 理的,生理的過程を解明する必要に迫られた.
1.1.2.3次元視知覚研究における幾何光学的問題提起
(474) ノ
人間は,視覚を通して外界の有様の大部分を知る.人間の視覚器官は精巧 に作られているため,外界認識の強力な源泉である.この視覚について体系 的に最初に論じたのは,哲学者Berkeleyである.Berkeley(1709)は,認識
の源泉は感覚的経験にあるとするLockeの経験論を継承し,さらに展開し て,視覚の主観性を強調し,物質の実在性を否定する思想に辿りつく.ここ では,物質は知覚にもとづく観念に解消されてしまい,存在するとは知覚す
ること(esseestpercipi)という極端な主観的観念論が唱えられた.
Berkeleyはこの理論の中核である「視覚の主観性」を論証するために,視 覚によって直接捉え得る対象は何かという問題提起を自らに課した.例とし て,月の大きさと距離の問題が取り上げられる.眼に映じた月は,明るく平 板な小円である.もし,その大きさが観察者と月との距離よって変化すれば,
大きさの変化した月を未だ月と認めるのであれば,月そのものが変化したと 考えるしかないという.対象の最も基本的な属性である大きさも奥行距離と の関係の中でしか知覚されない.
では,知覚の基本的要素と考えられる奥行距離の問題については,どのよ うに考えたら良いのであろうか.Berkeleyによれば,外界の投影である網膜 像が2次元であるため,3次元の特性をもつ奥行距離を直接みることはでき ないとされる.これを図解すると(図ト1),奥行距離を異にした各対象(A
−D)の網膜上での投影点は,眼球がレンズ系であるためにただ1点となり,
したがって網膜上での投影点は対象の方向を指示してもその奥行距離を表し 得ないことになる.
\・XlV
図1−13次元知覚論における幾何光学と生態光学
(Gibson,J.1950)
2 (473)
網膜上に奥行距離の手がかりとなるものがない以上,奥行距離は主観の産 物と考えるしかない.Berkeleyは,それを経験にもとづく判断行為の産物と 考えた.われわれが奥行距離を知ることが可能なのは,奥行距離の判断のた めの様々な基準と奥行距離との間に習慣的な結合が形成されるためと説く.
そして,奥行距離判断のための基準として1次的基準と2次的基準とを区別 し,前者には,対象が接近あるいは後退するときの両眼間の編棒角変化の要 因(両眼編棒作用),対象が近接したときの輪郭不鮮明の要因,ならびに対象 が近接した時の眼球の緊張度の要因(眼球調節作用)を,後者には,対象の 蔽一被蔽要因,大気遠近法的要因,相対的大きさ,陰影要因,ならびに遠近 法的要因を挙げた.
Berkeleyによれば,これらの要因と奥行距離との間には,必然的,先験的 な関係があるわけではない.絶えざる経験の結果,これらの要因と奥行距離 との間に対応関係が形成されてくる.たとえば,対象の遠近に関係した両眼 間の編棒角の変化がもたらす筋緊張の感覚は,日常場面で種々の距離におか れた対象と結合することによって,それに対応した奥行距離の観念をもたら すように変る.これは,ある音を聴けば,習慣によってそれが何の音である かを即座に想起させるのと類似する.
上記のように,Berkeleyは,視覚の基本要素である奥行距離が視覚では直 接とらえられないことを示す.そして,同様な論法で視覚による大きさ,形 などの知覚を否定し,視覚の直接の対象は光と色以外にはないことを論証し
ようと試みる.
Berkeleyの視覚理論は,認識論の枠組みの中で,「存在するとは知覚される こと」という視覚の主観性を証明するために展開されたものであったが,し かし,3次元視知覚研究の課題が何であるかについても明解に提起していた.
すなわち,人間の眼球がレンズ系のため,外界を投影する網膜像は2次元で あること,および観察者と対象との間が空虚な空間であることを容認すれば,
Berkeleyが問題提起したごとく,奥行距離を表すものは網膜上には直接存在 しないことになる.網膜上に奥行を表す対件がなければ,他の判断基準によ るほかはない.このようにして,奥行距離のための手がかり要因が探求され,
その有効性が検討されることとなる.
Berkeleyは,まさに,その後の3次元視知覚研究の基本路線を敷き,Gib−
SOn,J(1950)の3次元視理論が出現するまで,多大の影響を残すことになった.
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1.1.3.3次元視知覚の生得性と経験性の問題
Berkeleyと同時代に生きた哲学者Molyneuxは,Lockeに宛た書簡の中 で,生まれつきの盲人が後に開眼した時,立体と球を識別できるかを問い,
3次元視知覚研究でのもうひとつの重要な問題,すなわち奥行視の生得性 一経験性について問題提起した(Locke1690,Morgan1977).
このような問題提起の背景には,認識論上の基本問題がある.空間は時間 とともに物質の根本的な存在形式であるが,空間の客観的実在性についての 立場は,前記したように,それを是とする唯物論と非とする観念論に分かれ
る.唯物論の考え方をとる多くの者は,認識の源泉を感覚的経験に有りとす る経験論の立場を,一方,観念論に立つ者は,普遍的な真の認識を感覚から 独立な理性の産物とし,精神に内在するアプリオリな生得的観念を認める理 性論の立場をとる.3次元視知覚の生得性一経験性問題も,この哲学上の論 争と不可分に結びついていた.理性論の立場をとる哲学者や心理学者は,3
次元視知覚を生具のものと認め,一方,経験論の側に立つものは,奥行視を 全面的に経験の結果によるものと主張した.
Descartes(1637)に発し,Kant(1781)に継承された理性論は,19世紀の哲 学,心理学,生理学にも多大の影響を与え続けた.特殊神経エネルギー説を
唱えた生理学者Muller(1826,1834)によれば,精神は感覚神経との直接の連絡 を保持しているので,精神が知り得るものは,外界それ自体ではなく,感覚 神経の中に生起した特殊な状態であるとされた.ここでは,感覚の直接の対
象は,外界の状態ではなく,外的原因によって規定された感覚神経の状態と いうことになり,感覚という働きの中での内的条件の存在が強調され,その 結果,M揖lerは,Kantの先験的直感の考え方を受け入れる.奥行視に関して も,まったく同様に考えられ,視空間はある直感的な与件とされる.網膜像 の空間的布置は視神経の配列の中に保存され,精神はその配列を読み取るこ
とによって対象の方向,距離を知覚する.網膜は,それ自身で固有のエネル ギーを備えていて,自分自身を感覚するというMⅢlerの考え方からすれば,
3次元視知覚もまた,生得的に与えられたものとなる.
生理学者Hering(1861)も,3次元視知覚を網膜に与えられた素材のみに よって説明しようと試みた.Heringによれば,両眼は単一の器官として理解 すべきであり,ちょうど両眼が一体となって両眼の中間にあるひとつの眼の
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ように働くと考える.そして,両眼間の同一の網膜部位は,同一の高さ(垂 直方向距離)と幅(水平方向距離)の値を,対称的な網膜部位は同一の奥行 値(遠近方向距離)を持つと仮定する.この奥行値は網膜の外側から内側に 向かうに伴い増大する.左右の単眼像がひとつに融合すると,この融合像は 両単眼像の奥行値の平均を持つことになり,奥行距離のための基準を与える.
Heringによれば,両眼間の実体鏡的差異から奥行を知るこのようなしくみは 生得的であるとされる.
Descartesの生得的観念を否定することから出発した経験論は,奥行距離 の知覚を全面的に感覚的経験の結果と考えた.後に観念論に転回したBer−
keleyも,前記したように,同様な立場をとった.
Berkeleyの3次元視知覚理論は,網膜上に3次元視知覚のための手がかり が存在しないのであるから,奥行は,それ以外の手がかりとの間に習慣的な 結合が形成されることによってもたらされるとし,眼球調節,両眼編棒作用
などの眼球の運動性要因に奥行判断の基準を求めたのであった.
19世紀のドイツの哲学者Lotze(1852)は,観念論と機械的自然観を結合し た立場をとり、非空間的要素から空間視が成立可能なことを次のように論じ た.まず,網膜上の各点は,同一の刺激が作用しても,網膜上の位置を異に すれば,明白に異なる感覚を生じさせる「局所示標(localsign)」をもつと仮 定する.いま,奥行を異にする対象を注視すると想定した場合,眼球を動か して網膜の周辺から中心に像を移動させる.この時,対象が奥行に関してど こにあるかによって,眼球運動の方向と大きさが相違し,したがって,網膜 の各点での局所示標が示す感覚も異なる.注視のために眼球が運動すれば,
対象は網膜上で位置を伴った感覚の系列を生起させる.この感覚の系列が,
経験によって形成されていた空間配列を連合によって興奮させる.
Lotzeのこの空間知覚理論は,眼球静止時にも遠近を知ることが可能であ る事実を説明できないなど批判もおきたが,しかし,眼球運動に連動した網 膜上の非空間的要素を奥行視のための基本的要因と考えた点で卓越したもの
であった.
Lotzeとほぼ同時代の生理学者Helmholtz(1866,1909)は,徹底した経験論 者であり,したがって,知覚論をその枠組のなかで組み立てた.それによる と,知覚は感覚受容器に与えられた生の感覚素材を「無意識的推理uncon−
SCiousinference」によって補足し解釈することからなる.そして,この「無
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意識的推理」は,「連合」と「反復」によって形成され,充分に発達した後に は無意識的に働くようになる.「無意識的推理」を欠いた純粋知覚はほとんど 有りえないし,逆に感覚素材を欠いた場合には,「観念」のみが導かれる.奥 行距離の知覚は,眼球調節作用,両眼稿按作用,、網膜視差要因など1次的基 準(primarycriteria)とされた感覚素材を「無意識的推理」によって判断す ることを通して可能となる.網膜視差の要因を例にとると,幾何学者は対象 の奥行を網膜視差の程度から3角法などに基づいて概算するが,これと同じ ように,精神は網膜視差から即座に無意識的に距離を評価できるとされる.
このように,Helmholtzの知覚理論は,知覚を単なる外的刺激の受容器へ の効果と考えるのではなく,中枢過程の積極的な介在を仮定した点に特徴が あった.Helmholtzの弟子であったWundt(1862,1863)も経験論の立場を踏 襲した.周知のように,Wundtは複雑な意識を単一感覚と単純感覚という2 種類の心的要素から構成されると考えた.感覚には質と強さの2つの属性が
あり,これらが複合されると,知覚,記憶,創造などの表象となる.知覚表 象には3種類あり,それらは内包的聴覚表象,空間表象,時間表象である.
心的要素間の結合は連合の法則によるが,これには融合,同化,混化,継起 連合の4種がある.
空間表象の1種である奥行距離の知覚は,視覚的要素と筋運動感覚要素と の混化によって成立する,と考えられた.事実,Wundtは,眼球調節と両眼 編棒の両作用が奥行距離判断に与える効果を実験している.実験は,白色背 景下,前後に移動する1本の黒糸を一定の時間間隔をはさんで観察させ,そ の奥行の相違を報告させるという方法によった.その結果,単眼視よりは両 眼視において距離判断が正確なことが示された.
Wundtの心理学の基礎は,全面的に経験論に立脚したものであったが,そ の方法は思弁的でありすぎたために,後にゲシタルト心理学者たちによって 具体的反証をもって否定されてゆく.
非空間的要因から空間的知覚がどのようにして可能になるかという問題 は,知覚の生得性一経験性論争の中でも格好の舞台を提供した.Boring
(1942)は,この論争を思弁的過ぎたことをもって不毛と評したが,実証的事実 に乏しかった当時ではやむをえないものであった.
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1.1.4.3次元視知覚の生物的・目的的考察
3次元視知覚に関わる問題を含め,感覚や知覚過程に関心を抱いた19世紀 の哲学,心理,生理学者たちは,もっぱらその対象を人間の意識に限定した.
これらの問題に関心がもたれたのは,前記したように,人間の認識の源泉,
その能力と限界という哲学上の問題から発したことによる.
一方,様々な動物の種の起源を探っていたDarwinは,「自然淘汰による種 の起源」(1859)を発表後,「人間の血統」(1871)を出版し,人間はサルに似た先 祖の系統を引くことを明確に主張した.そこでは,知能,感情などの問題も 扱われ,人間と動物との間には心理的機能についても連続性があることを示 唆している.人間のみがもつと信じられていた知力は,ある種の脊椎動物と 較べてたんに程度の差であり,質的な差はないというDarwinの主張は,人間 の地位の低下を連想させ,大きな論争を巻き起こした.Darwinは,人間と動 物の行動は多くの点で類似することを実証するために「動物と人間における 情動の表出」(1872)を著した.そのなかでは,健常な人間の他,サル,イヌ,
ネコをはじめ種々の動物,精神病者,盲児,未開人,健常な乳児が研究対象 として扱われ,心理的機能の探求に,系統発生的,個体発生的,および健常 一異常など比較の観点が導入されていた.ここに,心理学の対象は,動物行 動,異常行動,発達的行動へと拡大される素地ができたのである.
心理機能の分析に対する系統発生的視点の導入は,それまで,人間の意識 の内省にのみ,その根拠を求めた当時の感覚,知覚論に多大な影響を与える ことになった.これをうけてドイツの物理学者Machは,その著「感覚の分 析」(1885)のなかで,「空間知覚は生物的必要から生ずるものであり,現にこ の見地からみるときにもっとも良く理解できる.空間感覚の無限な体系と いったものは,生体にとって目的にそぐわないばかりでなく,物理的,生物 的にも不可能である.身体に即して定位されていない空間感覚も無価値であ る.視空間は,近くにあり,生物的にみて,より重要な対象に対しては感覚 指標が高められており,他方,遠くのあまり重要でない対象にたいしては限
りある指標の備蓄が節約されているが,これも生体にとって有利である」と 述べ,空間感覚を孤立した現象として扱うのではなく,その生物的機能に即
して考える重要性を指摘する.
空間感覚に関わる動物行動の研究は,その生得性一経験性問題の実証的解 決のために,Darwinの進化論の展開後,生物学者によって始められる.イギ
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リスの生物学者Spalding(1873,1875)は,ニワトリのヒナを貯化直後3日間,
目隠しによって視覚経験を剥奪した後の視覚行動を観察し,被験体がただち に穀粒などを啄いぼむことが可能なこと,また,生後まもないブタの幼体を 椅子にのせ,床までの落差距離を識別できるか否かをしらべ,椅子からの落 下が回避されることなどを示し,奥行距離の識別が経験によらない生得的な
ものであることを示唆した.
Spaldingの実験そのものは,後述(3.3.6)するように,研究技法の観点からみ て素朴なものであったが,しかし,この研究は奥行視を生体の目的的行動と いう視点からの新たな分析の可能性を開いた点に大きな意味が認められる.
Machが指摘するように,3次元視知覚の基本的機能は,意識に空間表象や 空間概念を提示するよりも,移動や操作など生体の行動を導くための情報を 提供することにあろう.3次元視知覚を意識現象に限定し行動から孤立させ
るのではなく,知覚一行動という連関の中で考察する必要性がここに明らか にされた.しかし,この方向での具体的研究が,Gibson,E&Walk(1960)らに
よって開始されるのは,さらに1世紀後のことである.
1.2.現代の3次元視知覚理論 1.2.1.ゲシタルト理論
「心理諸現象はゲシタルトである」というのがゲシタルト心理学の主張で ある.ゲシタルトとは心理現象の基本的な有様をさすもので,それは,同時 に,心理過程を担う生理過程でのもっとも重要な生来的な特性でもある(心 理物理同型論)とみなされる.心理過程は時空的な「場」と考えられるゲシ タルトを形成する.そこでは,心理現象は,与えられた刺激条件の許す限り,
全体性,恒常性,簡潔性をもって規定される.全体性とは,部分と全体との 有り方を意味し,部分は全体のなかでのみ一定の機能を存するとみなされる.
ある全体内の一部分は,孤立しているか,あるいは,他の全体にあるときに は,異なったものとなる.恒常性は,あるまとまりを構成する要素の一部が 分化または全部が移調しても,そのまとまりを維持する性質をいう.簡潔性 とは,与えられた条件の許す限り全体として良いまとまりに向かう傾向(プ レグナンツの原理)のことである.
ゲシタルト心理学は,このように,心理過程を全体性,恒常性,簡潔性を もつゲシタルトであるとし,意識心理学の特徴であるモザイクテーゼ(束の
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仮説),連合テーゼ,および恒常仮定を否定する.ゲシタルト心理学者たちは,
主として,知覚研究を盛んに行い,自己の理論の証拠を集めるとともに,こ れまでの知覚理論の洗い直しを試みた.前記したように,Berkeley,Hering,
Lotze,Helmholtz,Wundtなどの3次元視知覚理論は,すべて分析的方法に 忠実であったため,非空間的要素の諸特性から空間性を証明しようと試みた 点では共通していた(ただし,前記したように,非空間的要素から空間性を 知覚する能力の生得性一経験性に関しては立場を異にしている).しかし,ゲ
シタルト心理学では,感覚受容器への局所的興奮という諸感覚の寄せ集めか ら奥行の世界が成立することを否定し,奥行視は中枢過程でのゲシタルト,
すなわち,3次元という良きまとまりへと向かう力動的な体制化の力によっ て成立すると考えられた.
Koffka(1935)は,網膜上での原初的空間値(Hering)や局所示標(Lotze)
の考え方を退ける.その根拠として自動運動現象や傾けられた鏡像の順応効 果を挙げる.周知のように,自動運動は物理的に静止した小光点が,暗室内 のように,視覚的な枠組がなくなると運動するように祝える現象である.こ の現象は,小光点が網膜の同一部位に投影するように眼と頭部を固定しても 生起する.また,還元トンネルを通して傾けられた鏡に映る部屋の像を観察 すると,最初は傾いていた垂直な対象がしだいに正立した状態に戻ってしま う.これらの現象は,網膜上では対象は静止したままなのに運動現象が生ず る現象であり,視空間内の3次元性を網膜の局所的興奮に帰着させようとす る理論では説明が難しい.
ゲシタルト理論は,視空間の3次元性を良きゲシタルトを構成しようと要 求する視覚的な「場」の体制力で説明しようと試みる.この体制力を説明す
るために,Kopfermann(1930)は種々な幾何学的な透視図形を提示し,これら の図形は3次元よりも2次元としてみられた方がより簡潔な場合には平面図 形に,逆に3次元にみられた方がより良い図形となるものは立体にそれぞれ 体制化すると説く.このことは,上記の図形を部分に分割し,一方から透視
したとき全体が再現されるようにそれらを前後に配置しても,3次元として のまとまりをもつ図形は,実際には図形を構成する部分が奥行の差をもって 配されているにもかかわらず,立体に体制化されるという実験的事実によっ
ても裏づけられる.
ゲシタルト心理学者たちは,上記のような考えの上にたち,3次元視知覚
(466) タ
の手がかりとして挙げられる眼球調節,両眼編棒,網膜視差の生理的要因を 3次元視知覚のための好都合な条件と考えても必須な要件とは認めない.3 次元視知覚は,基本的には,時空的な場のゲシタルトによって成立すると主 張する.
今日,ゲシタルト心理学の主張は次のような点で批判されている.まず第 1に,ゲシタルト心理学の中核であるゲシタルト概念が,諸心理現象を説明 するための実証的モデルなのか,それとも現象を理解するための方法論的概 念なのかという問題がある.ゲシタルト心理学では,前記したように,心理 現象はすべてゲシタルトであるとし,ゲシタルトのもつ特性として全体性,
恒常性,簡潔性の諸原理を強調するが,中枢での諸現象のメカニズムを説明 する実証的モデル(機能概念)としては,このゲシタルト概念はあまりにも 具体性に欠ける.KGhler(1940)は,この点を痛感し,心理物理同型論(psycho−
physicalisomorphism)を展開して図形残効を説明するための知覚電流仮説 を提唱したが,このモデルは今日の大脳生理学の見地からみると,後述する ように,あまりにも飛躍したものと言わざるをえない.Lewin(1935)も,諸 現象の表現型として顕型(phenotype)と元型(genotype)を区別し,心理学
は顕型から元型への移行の必要性を述べ,現象の根底にあってその特性や変 化を規定する客観的な法則を条件発生的に探求することによって心理学の概 念を条件発生的概念に高めねばならないことを訴えた.しかしながら,実際 になされた研究の多くは,刺激布置の点では卓越していたものの,現象の忠 実な記述や測定にとどまり,変化の方向を予測できる条件発生概念にまで高 まらなかった.ゲシタルトの法則として良く引用される図の体制化の法則に その典型を見ることができるであろう.ゲシタルト概念は,したがって,心 理現象を解明するための道筋を示す方法論的概念,すなわち,分析,総合,
機能などと並ぶ主観の側の原理と理解すべきものと思われる.
次に,心理過程と生理過程との対応の問題がある.前記したように,KOhler は心理過程と生理過程は同型であるとする心理物理同型論を提唱し,生理過 程を担う中枢組織もまたゲシタルトであると予想した.しかしながら,視知 覚の生理学が網膜や中枢部分への微小電極法によって進展し,視覚情報が網 膜一外側膝状体一視覚領の一連の過程で,時系列的に処理されていることが Hubel&Wiesel(1962)らによって具体的に明らかにされるに従い,生理過程 を漠然とした全体として捉え,そこでみられる生理的平衡状態から生来的な
ノ♂(465)
体制化の力を前提とするゲシタルトの考え方は否定されざるを得なくなる.
最後に,人間行動の中に知覚をどのように位置づけるか,の問題がある.
ゲシタルト心理学では,知覚はそれ自体,完結した存在である意識の一部と みなされた.これは,ゲシタルト心理学が意識,すなわち感覚,知覚を源泉 とする直接経験の分析をその課題とした意識心理学に対する批判として誕生 したことから考えても自然な成行きであった.そこでは,環境に対して移動,
操作,学習など適応行動の一環としての視点が欠落しがちであったため,自 然な状態から遊離した人為的な刺激条件を設定しがちであった.このことは,
一方では,図地反転や図形残効のような独創的な知覚現象の発見をもたらし たが,他方では,3次元視知覚研究にみられるように,知覚と行動との連関 を断ち切った結果,行動によるフィードバックによって生起する刺激側の力 動的変化を無視することになった.
1.2.2.生態光学的3次元視知覚理論
Gibson,J(1950,1979)は,人間が日常の生活のなかで実際に行動する空 間は,抽象的な空間,あるいは実体鏡を通して現出させられた人工的な空間,
あるいは実験装置内に作られた空間ではないこと,を強調する.Gibson,J.に よれば,視空間を構成するもっとも重要なものは,連続して拡延する表面で ある.環境は,生態学的に媒質(medium),物質(substance)および面
(surface)に分類される.媒質とは,空気や水のように,環境内の非固体的 なものを指し,(1)動物の移動を可能にする,(2)光や音を伝達する,(3)化学 的拡散を通して喚覚を可能にする,(4)呼吸を可能にする,(5)動物に固有な 上下の極性をもたらす,などの特性をもつ.物質とは,固体,液体状のもの
で,一般に不透明で,光を反射したり吸収したりするが通過することはない.
それは,硬さ,弾性,可塑性を異にし,食べること,移動を妨げること,操 作や加工を加えることなど,生体にとって生理学的,行動学的に種々の意味
をもつ.
媒質と物質とを分かつものが面である.固体,液体,気体のいずれか2種 の間の境界面はひとつの面を形成する.物質の面は,固有の肌理や反射率を 有し,物質が蒸発したり,分解すると消失するし,凝縮したり,結晶化する とあらわれる.空気と大地の境界面は,地面と呼ばれ,陸棲動物を支える基 盤となるもっとも重要な要素である.地面には,ミクロのレベルでみると砂,
(464)JJ
草,波が存在し,マクロのレベルでは川,山,丘陵などが存在する.これら は,地面に配置の肌理と呼ばれる非等質な構造をもたらし,奥行や距離を知 るための重要な手がかりとなる.面とは,換言すれば,物質と媒質との間の インタフェイスである.光学的情報の担い手である光は,そこに面が存在す れば面を包囲し,ついで反射されて観察点に収束する.このとき,包囲光
(ambientlight)は,面上の配列の肌理の状況に依存して構造化される.構造 を備えた包囲光は包囲光配列(ambientopticalarray)とよばれる.包囲光 配列が構造をもたない場合,環境に関する有効な情報は提供されず,等質な 空虚な空間(Ganzfeld)しか知覚されない.前記したように,Berkeleyは,
その視覚論の中で3次元視知覚について論述し,視空間を幾何光学的に分析 した.そのため,観察者と対象の間は空虚な空間とならざるをえなかった.
Gibson,J.の3次元視知覚理論は,Berkeleyのこの考え方を否定し,観察者と 対象の間は肌理(texture)に満たされていると考える点に特徴がある.いま,
観察者とその前方に拡延する空間を想定すると(図1−1),伝統的な幾何光学 的理論は,空間を眼球から水平に伸びる次元であると仮定しているために,
その線上にある各点(A−D)は,網膜上では識別不能になるのに対し,生態 光学理論によれば,観察者と対象との間に存在する表面上の各点(W−Z)は,
網膜上では奥行距離の増大に伴って一定の勾配(gradient)をもって投影さ れ,肌理を形成することになる.この勾配をもった肌理が視空間を構成する 網膜上の対件となる.Gibson,J.は,3次元視知覚を考えるとき,Berkeleyの
ように光源からの幅射光を扱う物理光学によるのではなく,表面から生体に 到達する包囲光を扱う生態光学によらなければならないと主張する.包囲光
によって網膜上にもたらされた肌理勾配は,奥行距離の増大に伴って一定の 比率で変化するばかりでなく,急激に変化したり,あるいは勾配を欠いたり
してあらわれる.これらは,それぞれ,前方へ伸びる平坦な地平面,表面の 急激な段差,等質空間を示す.生態光学理論は,表面,緑,距離など視空間 の現象的特性が網膜の刺激布置の中に存在すると考える点で特徴的である.
環境内の様々な事物は,時間の経過とともに不断に変化するし,また知覚 者自体も移動や回転をする.このため,知覚情報を担う包囲光配列はそれに 対応して変化することになるが,それにもかかわらず,事物や事象そのもの の変化と知覚者の運動による変化とを見誤ることがないのは,変化する包囲 光配列の中から不変項(invariant)を抽出しているためと,Gibson,J.は考え
ノ2(463)
る.環境内の事物や事象が変化した場合,光学的配列の事物や事象に相当す る部分は,変形,拡大と縮小,遠近法的変換,新しい構造の出現,肌理の消 失などの変化を生ずるが,その全体的配列(遠近法構造)は不変を維持する.
また,知覚者の移動により観察点が変化した場合には,凝視点を中心として 視野全体に光学的な流動パターンが生起する.いま,観察者自身が眼球,頭 部,身体を動かすとき,これに随伴して網膜上の肌理も流動する.Gibson,J.
は視覚性フィードバックによって 生じた網膜上でのこの種の変化を
モーション・パースペクティブ
(motion perspective)と名づけ る.モーション・パースペクティ
ブは,観察者と対象間のそれぞれ の動的条件に依存して流動する が,図ト2に示したように,流動 パターンには一定の規則性(不変 項)がみられる.観察者は,この 流動パターンのなかから不変項を 検出することによって視空間を知 る.換言すれば,奥行視の成立に とって可変的な包囲光パターンの なかから不変項を検出することが 重要であり,そのためには外界と の積極的な関わりが必要とされ
る.網膜上での刺激配列の流動は 視覚によって検出されるが,この 種の変化は自己受容性運動感覚に なぞらえて,視覚性運動感覚
(visualkinesthesis)といわれる.
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図2−1モーション・パースペクティブ
(Gibson′」.1979)