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高橋庄四郎

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(1)

ユ542 幕内奈醇蛍仝雑器ミ ≦翼30巻 ≦箕11革1542−1571官

志賀型赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関 する考察並びに原因菌の性状に関する知見補遺

第I報 流行状況と要因究明(1)

長崎大学風土病研究所血清学部

高橋庄四郎

rこ刀▲  lょし  し上う: し   ろう

・昭和21年(1946)夏期長崎県北高来郡小長井 村に突発した赤痢流行に際して,著者(当時 本学医学部細菌学教皇担当)は同相当局の依 頼に応じて之れが菌検索に従事した.然し乍

−ら戦禍下の教窒に於いて当時準備し待た主要 検索姿料と言えば,単に2種の培地(普通肉 汁寒天,Russell氏変法)と各4種のShigella,

Salmoneua診断用家兎血清(志賀,Schmit2;,

駒込A,川瀬;Typhi,Paratyphi−A・−B,EnJ teritidis)以上には出得なかったので,其の所 革も自ら期し得る処少なく唯患者畢かに保菌 者の菌検索或ほ防疫対策上の一助たり得ばと 念じていたに過ぎない・然る処其の実践ほ危 惧していたように,Russe11培地上の生物学 的所見では一応赤痢菌を疑い得る菌も分離さ れたのであるが上記診断月ヨ血清の範押でほ血 清学的に同定され得るものほ皆無と云う無為 に等しい結果に終ったのである.他方本流行 の病原体想定を単にShige11aのみに限定す ることなく一応ほ原品,Virusに迄考察を進 め多少の検索も実施したのであるが是れ亦陰 性成績で,病原体判定の拠点ともなるべき所 産ほ全く得らわなかったのである・叙上の経 過に関しては,華に此の問に於いて入手し 得た患者血清内で上記の分離菌株並びに対 照標準志賀菌株が被凝集性を示すことを知り 得たので7当時琴り準えず本郷亨をShigelIa

Shigae尾の1新型に因る.ものとして菌検索成 鏡の大要と共に略報1)(1946)2)(1947)して

おいた次第である.

病原体判定を困難ならしめた主因は原因菌 が非凝性志賀型菌で,所謂F.‥Ea甘阻mamln3)(1 951)のK抗原等に対する加熱処置法の型式で ほ,其の凝集阻止性能が除去不能であったこ とに存している.亦其の生物学的性状が対照 梗準株キ全くほ一致しなかった点も一因であ

るが,要するに之れ等は後日に至って初めて 知り得た処である。而して菌検索に従事した のは流行の末期で感染源,感染経路等の探索 にも時茂に期を大していたわけで,且つ叙上 の様に甚だ不備な条件下に実施された菌検索 過程であった為,結局決論を下すことの不当 と思われる領域もあり,亦今後精査を必要と する分野も未だ残されているのである.然し 乍ら一つには流行の要因に関して疑義が持 たれるのと,亦一つにほ分離菌が志賀赤痢菌 Shigella dysenteriae typelであること或は 分離後に於ける免疫単的並びに生物学的性状 の変化等其の後明らかにし得た部分も抄くな いため,更に亦発症前保菌,口腔保菌或は尿 耕菌等に関する姿料も散見するので,之れ等 に関する考察を試みると共に向後供試予定の 上記非凝性志賀菌株の由来並びに性状を予報 する葦埠で葦に準えて詔鐸する次第である,

(2)

志賀塾赤痢菌に因る流行例と真の感染要因に関する研究

Ⅰ 流 行 概 要

(Ⅰ)流行の原田と獣況要約

1、.本流行は昭和21年6月5日より同年】0月20日

(以下Ⅶ・・5,Ⅹ・20等と略記する)に至る138日 間拓患者総数184名を算した志賀菌Shige11a dysen−

teriae typel・に因る赤痢流行である.但し流行の主 要期間は◆Ⅶ・24よりⅦ,・3】に至る38日間で184名 中177名は此の期間に発生している.此の場合上記 を末々186名申Iア9名と解し得る場合もあるが之れに 就いては後記する.

2.茲には取り敢えず流行の発端をⅦ・5として いるが同日単発の.患者を以て初発患者或は亦本流行 の感染源と屠倣すか否かに就\、ては猶吟味の要があ る.但し吟味終了迄単に初発患者とある場合はⅣ・声 患者を意味するものとする.

3.臨牀症状としては年齢に応じて所謂疫痢の経 過を探った患者も少なくないこ−とが諸寄される∴

4.表1.は本流行に於ける唇者発生状況を期日

(日,月)郷地域(部落)別に整理したものであ る範,先ず各地域に於ける唇者発生初日に順位を附 けるとⅦ・・5初発患者を出しキ田原部落を首位とし て農場,新田原,小川原浦,牧,舟痙,判越の順に 連延していろ.北り順笹と遮延の状況は東商行た於 ける感染経略の想定を鴎艶にした原因の一つである.

即ち此甲状態は本流行の感染経路が後述する水系伝 染であって、も其り他の圃境伝染型式例えば食餌伝染,

介遷伝染等であっても起り得るためである・因みに・

食餌伝染には,例えば罷息動物q乳汁デ肉等iこ見る 如く生存当初から廃看されていた病原体に因って由_

、る場合と,摂鴫;沈澱J昆畠等を介して死後外部よ り嘩入した病原体に困る場合があーる.−本稿では原則

・として後者の意味で使用されて.し.予ることを附託して

・おく.

ち.次に地域別に夢た患者数であるが,之れを罷患 率でなく患者数だけから云うと夕 日原(54名)農場

(42名)牧(34名)小川原滴(22名)新田原(20名)

舟津(8名)打越(4名)の順位になっている.此 の順位と患者数のみでは感染経路等を判定する資料 には成り得ないのであるが,各部落間の地理的,社 会的,生物学的諸条件を参照すると一定の意義を附

し得るように憩われるのである.

6.流行期間が第1−4期の各分期に区分されて いるが区分の理由に就いては次項に於いて略述され る.茲に名分期と患者発生状況を対比すると第1期

1543

は感染源と看放される愚者の発生期,第2期は第3 期流行の前撞条件とも考えられる比較的少数患者群 の発生期で流行初瓢に相当,第3期特に前半期は流 行の椙猫期,第4期は流行終焉期とも謂うべき関係

にある.

各分期の持っ意義に就いては罷患率其の他の統討 値と共に逐次記述される予定である.

(Ⅰ)流行経過と流行期区分

1.一 義1.に就いて小長井村全域の患者発生数 を日別に観察すると,初発患者発生日Ⅶ・5或は次 発患者発生日Ⅶ・15と,其の後2−4′名の唇者が 認められた町・24〜25.との間には約1〜2週間の 患者不発生期間が介在し、ている.亦全流行期問を

∵Ⅷ・二24〜28,Ⅶ。29〜Ⅷ・2,Ⅷ・。3〜町並びにⅧ・1 γⅨ・10■の如く区分して各分期に於ける患者数を 比較すると患者発生数指示曲線は・Ⅶ・29一Ⅷ・2の

■期間に於いて少しく下降の傾向を示している.即ち

Ⅶり7′㌣23,Ⅶ・ 甲γⅦ・芦なる2間隙を以て本流 行琴問は3区分さ頬じ之れに流行の余塵を憩わt

、」■

める終末期を加えると4区分され得る理で■ぁる.

而して茲に羞速と解説の便宜?為,各期限界を可 及的月別に一致臆しめ七第1r−4各分期を以下夫々

Ⅶ∴5〜23,Ⅵ・24γゴ0,Ⅶ・1〜31,Ⅷ・1〜濫・

1。10〜Ⅹ・20め如くに規約する.Ⅸ・10は最終患者 発生く日■〉 Ⅹ・20は最終帰転日附に相当する(之れは

,終発愚者のそれと は異なっている)..患者初発日と 想定されるⅦ・・5より算して前者迄は98日,後者 迄は138日となるが,滋には渾行全期間として138日

− を採っている.其の後少なくもⅢ・3】迄は赤痢患者 の発生は無かったので本流行は上意∃を以て一応終娘 したものと解されてよいわけである,

−・2∴患者発生数曲線よりすれば本流行のき要期間

∴はⅥ。24よりⅦ・31に至る問に存在するので,

強ち上記の様に之れを第2期第3期と区分する必要は ないとも言い得るに拘らず敢えて斯くした理由の一 つは患者発生期日,発生数に関して,例えば農場と 打越の間に放ける如く,地域別に顕著な差が認めら れるのであるが其の相関存否の看過を居った為であ り,他の理由の・一つは上記の現象に多少の考察を加 えれば明らかなように二本現象は感染源並びに感染経 路に迄関節していると考えられるのでJ未だ不審な 領域も多々残されている是れ等感染要因を究明する 上にも,現象に応じて之れを区分し分期毎に逐次考

(3)

ー∽宣      剖        茄

表1.  流   行   状 流行期区分 第1期  第2草月 逐 月  右ン  、:第3期 ;Ⅶ 地域逐 日 (部落) 一三 小川原浦 貰 新田原 舟 津

第4期

:Ⅷ 丁 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄l≡=二∴トIl=

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日   別 R   別 口z8 流行期区分別 Z

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1 04 5

8479 引る 2る

患 者 数 曲

′ ̄■■ヽ ヽ_■′ ⊥星旦」−;       /\  (

1t 12 】0 8

総計 〔註〕1.各部落は更に小区割に分たれている. 右記符号は愚者の所属区劃. ●;一区.×:=区.0:≡区. =:四区1 (区劃別の無い部落には●印使用)・ 2.非1:初発愚者No.110.非2:次発愚老No.124. 既往に於いて初発患者と看られていたもの. ※;入院患者最終退院日. 3.本義記載の他に井暗部落(図表1B・参照)に声名の発症者が認められている.然し確宍な記録が無いので本義からは一応除去されて いる. 本文特にⅡ・(Ⅳ)2.・〔附記〕並びに次報参照. 4.患者発生世帯欄に於ける上段は世帯数,下段は世帯所属員数.,本欄数値は本表調製後入手した資料に基づいて他日栴々改変されるこ とを附託しておく(次報参照).

(4)

志賀塾赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する研究         1545 察を試みることの必要を認めたからである.(Ⅴ.

((Ⅰ)参照.)

3.〔話〕後記する処であるがJ考察的には本流行 の感染顔としての疑い濃厚な1患者がⅦ・5発生の 患者よりも更に早期に存在し得たかも知れないので ある.木患者は長崎県外よりの外来者で其の来訪期 日が今日猶不明のまゝであるが,要するに真相が感 染源的存在であったとすると本流行の1員と考えら れねはならない愚者である.衆愚者が感染源として の役割を果たす迄に経過した日数を取り敢えず数日 と看ることにし且つ切り良く其の来訪日をⅦ・1と 看ると本流行の立場からすれば,当日は甥地に於け る此の患者の発症日と観ることも出来るわけである.

此のⅦ・1を基にして叙上2・の場合の様に計算する と流行期間は102〜142日となる.斯くて2・の場合も

3.の場合も大体100日か】40日と概約することが出来 るわけである.従って未患者のことも一応考慮に入 れ且つ流行各分期,月別,発生状況等の問の関係を 可及的平行せしめるため第1期をⅦ・】一Ⅶ・23と しても本稿としては支障ないと考えられる.

亦第4期の散発的で且つ1日1名と云う発生状態 は既に第3期の未期には認められているのである.

従って内容的にはⅧ・お日以後は第4期に入れる のがよいかも知れない.然しⅦ月とⅦ月以後では発 生状況に可なりの密粗の差が認められるのでJ其の 歯にしておいた.

1

以上を結合すると重要な期間はⅦ・1〜Ⅶ・31の 約60白で,其の中に各々状況を異にする4箇の分期 が含まれた流行と表現することも出来るのである.

Ⅰ 流行要因に閲すむ考察(り 水系感染説に封する疑義に就いて

(Ⅰ)感染源仁感染偉備に関する当時の所説 当時現地に於いて伝えられた調査内容を要約ナる と次の様になる.(図表1Aり1f主・参照・)

1.ノ小長井村は佐賀県藤津郡大浦村に隣填してい るが,後者は当時既に赤痢患者の発生が伝えられて いた地域である.而して小長井村日原部落在虐某が 家族同伴で上記大浦村地域を訪れ(期日不明)J帰宅 直後其の1員が発症(Ⅶ・16)し数日後(Ⅶ・19)に死 亡している・太慮者が当流行に於ける初発患者であ

、り亦伝染源である.(患者表〔後報参照〕に於ける No.1別(4才)が之れに相当する.亦流行分期か ら言うと第1期患者に属している・)

2.次いで田原地域に若干名の患者が続発したの であるが(第2期患者)之れ等が受診を怠っている 問に冬場蔓延(第3期患者)の因を醸成したものと 考えられる.

3.田原地域には田原溜池或は田原湖と呼ばれる 水源があって其の周辺に位置する田原部落では京湖 水が常用水(飲用水ではない.洗濯J洗服用等を意 味する)として供俵されるのであるが,此の水源に 愚者(第1期)汚物が放流されたらしく是れが田原 地域に放ける流行初胡(第2期)患者誘発の直壊の 原因で,患者多発の兆しが注視され初めた頃は(第 2期後期一第3期初期のことゝ考えられる)時諾に 田原全或は汚染されていたものと解される.

4.図表1B.に明らかな様に湖水は流れて井埼川I

小探ヨ利一ほ成り(但し後者と湖水の連絡如何に就い て下記謡参照)小川原浦,新田原,牧,井崎等の各地 域を貫流して有明海に入るのであるが其の問濯漑水J 用水として供用される為,是れ等の動大部分の地 域では田原地域と殆ど時を同じうして愚者の多発が 認められている.而して概括的な表現ではあるが患 者発生は川岸に近威して居住する世帯の間に著しい こと,或は之れに反して叙上の水路と無関係の部落、

では患者の発生が認められていないこと等から推測 すると,末流行の感染経路は湖水,川水,濯漑水に 求むべきものと想定されるJと云うのである.

茲に以上を結合するとJ本流行を水系感染に基づ く所謂水系感染病Water−borne epidemicと看る見 解と解されるのである.

〔註1.〕叙上の見解と密度な関係を持つ地理的 条件に就いて附記しておく.

小深井川の水源が田原湖とされる場合と然らずと される場合がある.前者の場合を資料Ⅰとし後者を 資料Ⅰとする.叙上(Ⅰ)項に於いて本流行を水系感 染とした見解は然りとする立場即ち資料Ⅰを是認す る立場に於いて考察されたものである.著者も亦当 時資料lに従って(Ⅰ)項の見解を・一応認め七いた のであるが,其の後の調査考察に従って然らずとす る見解に移行している.図表1t主・は資料Ⅰを正しい と看て作製されたものである.然し乍ら他面に於い て資料Ⅰ,Ⅰが共に成立し得る場合に就いて一考す

(5)

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山茶花通: 山菜あ㌔■:;′■−−′ 掴句′′ ′一一一′、 ノーー・一一 律姥 t 岩塩 ヽ 、、 う亀一\\.、、、、 ヽ∴ 号=」\1

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良 し炭イ統語対) √\㌧h・−・】・イ/・」ヽ・て;「・−.し.         ′ 1 .し     一ノ .▲・●− \・・凍.一、 l l−ト∫l・ヽ 、・二こ\l  ヽ \● ヽ−

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Il l l l − 1   1l    、l l l .・し一一一−こ.′ 蓼ブ 、\、さゝごS \、、考芸.・ 塾室芦iE \・

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雄儒 さ」−、、′辛 ′ヽ 軋−よ管

J ー__ユー ̄ ̄ し、 ・咤状 ′ ̄ ̄、J′      ヽ ′′′碓耽塔ト、 ●●●l l\、 .施策妄聾、ヒl

l 〉、、、、曳一ノ 色ノ∴禁□ 避漣ヒ酸

、、九 ▲●悪筆竃 喜一≒lミーー\,

′・施産▼l l  ′J ′ //JJ′一一−_ _.▲−L 、 ̄、 ヽr、、 ヽ 、、、ミ′ご声音、、 、t;良空叫 女鹿 ▲●\− 〔註〕1. 素因表は資料Ⅰ虹相当する(本文参照).

1 ∴戸. バヽ 茸炭山す

・毘′ A若 年二 d 宵、、l 蒔r▲荒 、、.6、三、l\モー・′・ ・、−.科和

こ乍∬丘−

(備孝) ・、 川.馳碓高 斬・  呼  局づ便高嶋竹 〔・ ヽⅤ  ニユニ=ノ 水雷 今和】8.へ{.へかも へ輌人一 揉虎ナあ キ科吟一 重切‖l. _、簗 ∴浅p 各島 十h吟

● 雪  井ゑ軋 ⊂⊃l∵頑.池 −、′・<:目 頭 掛取水路 l,宇摩こ ナ亀 t 鈍化息 聖賢恩給}東純一i、ヽノー ′、−一 ▲      山ぬ 事 .ノ  奇声答 ぇ.千  ノIし学才む.・モ手t軋る 南     下,卍.東L㌧ 寺 う乱

1.。=i■■  愈し且 1 いゃ町享)下百石丁㌻) 2. 資料Ⅰに関する図表は省略する.

(6)

潮透毒サ

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ー′・一−サー・r● ̄トーーーーーI■− ̄−■−一一・・−ヽ一′・

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(7)

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r, I しノ ′J l lヽ.、

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†ヽ \・、軒き〕′、、

l ㈹座γ■ \ \「._J、、 ミし、さ

ヽ、

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I l  ̄、§;ミ ー、、∈諾

ヽl l

、†、

くしこミ, −−ヽ

t ヽ一ヽ ,よ 、ゞ′′

tヽ_ l三焦 ;J∠、リ

8.し

(8)

志賀塾赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する研究 1547 ると,其の場合の水路床と言えは先ず後述される渓

谷の如きものが考えられるのであるが,其の性梅上 然りとし然らずとする意見の対立は季節,天候,雨 量等に従って起り得るものとも考えられるのである.

従って然りとする場合も是れを全く無視㌻ることは 出来ないわけでJ論旨が複雑になる妹いはあるが要 に応じて触れてゆく積りである.何故に水源,水路 の如く比較的明確であり得る性質のものに叙上の如 き差異を生じたかに就いては後述する予定である

(丑.(Ⅰ)C.4.参照).1とまれ)本流行が水深感染 に起因するものと㌻れは之れは重要な問題であらゎ はならない.

〔証2.〕尚資料Ⅰ,Ⅱの間には田原湖より出で 新田原に至る濯水路幹線の経路に就いても差が認め

られる.資料Ⅰの場合は新田原部落の東側周辺を園 練達回して牧部落の附近で小深井川に流入している.

資料‡に於ける位置は図表1軋に京す通りである.

然し此の場合は両者何れとするも,湛水路幹線よ▲り 分流した小水路が此の地域には密に分布しているこ、

とから推察して,其の感染分布には大差は無いもの の様に考えられる.唯牧部落に於ける愚者発生状況 との万一の関係を屠って念の為附託したに過ぎない′.

亦資料l,Ⅰ間に認められる上記の湛水路に関計る 位置的差異は放水点(茸・、川)Dニ参照)以後の土軽 薄水路部に就いてのことであれば年次によって水路 計割に変更があり或はⅠ, Ⅰの場合とも成立し得 るのかも知れない.

尚資料lには田原潮最北端と井崎川を結ぶ永路が 示されている.苦し渓流の類とすれば全く無視する ことは出来ないが,茲には之れを否定する説に従つ て図表11i.には記入されていない.

(Ⅰ)感染経路構成国手の分析\

以下叙上の流行要因に関する所説に対して検討を 試みる予定であるが,其の検討基準とする為,一感 染経路なる術語の持つ内容を因子的に分析してみる.

1.一般に感染経曙 Routes ofinfection或は感 染(伝染,伝播)様式(型式)Modesofinfe云Iion と呼ばれるものは病原体が感染源から被感染体に到 達する方法の概念を以て表現される.然るに此の感 染経路の中の間竣伝染Indirectinfect圭onに於ける 媒介物Vellicleが例えば河川水である場合はJ河川 水自体が自己の河床に従って移動するが故にJ此の

 ̄顔介助には通過経路が存在するわけである.

正確に云うと,上記の河川水路は媒介物の移動経 路であり,此の河川水を例えば飲閏水とした為に感

染が起ったとすれば飲同と謂う事実(方法)が感染 経路と云うことになる.然し上記の河川水路に因つ て病原体が運搬され,結果として其の流域に感染が 認められた様な場合を考える と)此の折の水路は感 染経路なる名称の申に包含されているのが普通であ る.

2.茲に本流行に於ける場合の所謂感染様式に就 いて云うと,例えば湖水,川水使用期と発症期との 時間的関係或は水使用の方法型式等からJ感染の原 因を正確に水使用に在りと断じ得る程に確実な証例 が個々の患者に就いて存在するのではなく,唯或る 集団に対する想定に止まっているのである.例えば 田原部落は田原湖水を用水として使用するのが例でJ 従って感染の確率大であることが想定されると云う だけのことである.両も其れは媒介物なる潮水川水 の菌検索が実施されていない為に想定の確率も低下 することになる.換言すれば感染の機会J方法と謂 うものが正確には恕定出来なからた流行例であり,

実際問題としても出来難い性質の流行例である.

従って本流行に於いては,一方法を意味する場合の 感染経路論究の対象と成り得る資料が殆ど全く無い とい−ぅことになる.従って亦本稿ではI主として 叙上の媒介物の通路の意味での経路,換言すれば現 地の名水路は本流行に際して如何なる意義を京し

たかと云う■点に就いて検討されるより他はないの であ・る.一此の為には経路(型式,様式)なる用 語が方法を示す場合と通路を京す場合に分別され ねばならない手 著者は叙上の関係を吟味する目的で 所謂感染経路なるものを表2.の如く分析してみた」

声.奉2●・を註釈すると次の様になる・

水に因る感染には是れを飲用した場合,汚染水で 洗源された食器使用の場合等各様であるが〉此の際 方法の種加を問わヂ,とまれ水に因って惹起された 感染を広義り水系感染と呼んでみる.表2.の(a)

の場合である.(a)は分れて2唾の場合を生ヂる.

其の1こ は例えば溜池の汚染水を使用して感染する 場合であり(b),其の2.は上記溜池より発する川 床を経て或る地点に迄到達した汚染水を使用して感 染の起る場合である(C).(b)を狭義の水釆感染,

(c)を水系(媒介物)移動感染と呼ぶことにする.■

(b)なる感染の型式は従来の所謂感染経路で,感染 の方法である(2).(C)なる感染の前蛙となるもの は永末(媒介物)移動であり(4),此の移動成立の ためには弼胃媒介物移動経路,移動通路が必要なわ けである(3).所謂感染経路なるものは媒介物がJ.11

(9)

1548       高       橋

表2. 感染経路構成因子の分析

感染経路(‡)

構成因子

感染経路(2)

(方法)詣1

移動経絡(3)

(径路)非2

(4)

水素移動

水系  感染

(狭義)

水系移動感染

(b)

(C)

水深感染(a)

(広蓑)

〔話〕非1(方法):茲に云う方法とは,感染を起す材料があって是れに包含される病原体が生体に摂取

.され或は侵入した事実の証左となる型式を意味している.(因みに太稿に於ける上言己の材料とは,遠く 河床を流れている汚染水ではなく)例えば供便すべく川流より掬み取られて身近かにある水を意味する・

従来の感染経路に関しても材料別による分類法が存在するが,本稿に於ける様な,河−、釆統の水の静態 動願の意義に基づく分別は奉だ試みられない様に思われる・)

非2(径路)‥〟媒介物(水)が汚染された観点′′より′′:字1なる感染の事実が是れより発現する地点′

まで病原体が媒介物と共に移動して来た通路(径路)自体を意味する.感染は此の移動先でヰ1なる段帽 た徳行して後誘藤されるのである.

水の様な場合には(2)(3)なる2因子から成立する と看ることが出来るわけである(1).

.4」」本稿では感染経路因子なるものを斯く分析し たが,主として(3)なる通路七,此の通路を移動 した結果として起る(C)の状況の相関を考察するこ とに依って,例えば菌検索の実施されでノ、ない田原 潮水の汚染の真否等を逆に確定することも条件に依 っては可能であると考えられるのである.

_▲既述の理由(上記2.参照)に明らかな様にト以 下本稿で主として論究されるのは移動感染(C)であ る嘉ミ,.前痍の関係から上記(b)の場合と判別される 場合は,くb)くC)何れの場合も以下単に水系感染と 云う様に記されている.無し各々の因子的意味は尭 分区別きれねばならない.

〉5.因みに叙上の移動感染なる型式はJ他の媒介 物或は媒介者VectoTの場合iこも多少とも其の傾向 の認められる場合は存在する.然し河川の場合程に 典型的ではあり得ないわけである.

6∴次に移動感染に於ける移動なる用語に就いて 一言する.玄に河川による所謂水系聯絡下に置かれ る両部準としてA,Bを想定し,更にA部落は上 流に位置して現在流行状態にあると仮定する.此の 際苦し叙上の水系聯絡が存在しないならは)B部落 が感染の危険に曝露される機会は殆ど無いと云う条 件が成立する場合も想定し得る処である.此の意味 で媒介物の移動性が流行学的に意義ある因子である

ことは云う迄もない.然し媒介物が水である以上,

仮令流水とは異なって移動性が伴なわない場合でも,

⊥応上記同様に解してもよいと衰えられる.例えば

両部落が互に比較的広大な潔弛甲対岸に位置する場 合等を例に搾ると,睦ては全弛水が汚染される可能 性も考えられるのであるが,此?場合流水とは自ら 異なるわけである.さりながら亦此の場合と経も風 雨,太陽熱等の自然現象に基づく水の動揺,移動

(対流)は免れ得ない処で,両者の問には菌の分散速 度に差はあるにしても移動現象に関しては本質的な 差異は無いとも言い得るのである.されば斯かる場 合も移動感染なる名称下に・一応総括されてもよいと 私著する.

 ̄(Ⅱ)叙上(Ⅰ)の所説に封する疑義

感染源と看倣される初発愚老と田原潮の関係〉 図 表1皐・,11i・に示される地理的条件特に各部落と 河川の関係,患者発生世帯と各種水路の関係,表1.

に親られる部落別蜃着発生期の遅延,各部落の衛生 学的環頃等から考えて,叙上の所説は当時著者にも 大体正鵠を得たものと解されたのである.然し乍ら 流行終娘後流行の全貌を基にして,亦資料l,Ⅰの 別を明らかにして仔細に考察を進めてみると叙上の 解説に対する疑問の余地は砂くないのである.

1.〔ql:以下疑義に触れる毎に略符を附し爾 今本符を以て表現される〕先ヂ初発愚者に就いての 疑蓑であるが,是れと看倣されているNo・124に 関する感染機会,型式等の所謂感染事情が不明確で ある.従って他に感染源の存在する可能性も考えら■

れることになる.

2.〔q2〕其の後多発した患者を水系感染に因る と断定するに足る所謂感染機会の判然とした例が皆 無と云うことである.例えば学童の集団が特定の井

(10)

志賀塾赤痢菌に因る流行例と其の感染要因に関する研究 ・1549 水を飲用して降患した場合等とは自ら異っている.

声流行に於ける感染機会の如きは潮水,川水の辟途 の性質上明確な資料を得ることの甚だ困難な例であ るが1流行要因究明の観点からすれは甚だ重要な問 題である.

3・〔q8〕感染媒介物に当たる湖水,川水,濯漑 路水等笹就十ての菌検索,特に流行り初斯こ於ける 検索が舞施されていないのである.因みに,後熱す

る如く小川原浦部落と関係深い井鴨川口に於ける川 水準びに海水に就いて第3期末に契施された著者の 成線は陰性に終っている.病原体移動経路の判定に 際して,汚染水に就し、ての成績は必ヂしも陽性であ ることを必要としないにしても,判定に不利な条件 でおることは云う迄もない.本流行は其の原因解説 に関して他に幾多の不明領域が残されているだけに 其の意義は大きいのである.

4i汚染された潮辺,川流域に近模する部落に愚 老が多発していること,特に原則として川岸に患者 の多く認められたこと等は本流行を水深感染と看る に足る有力な根拠であるけれども,例えば 一〔Q4〕井時の様に,汚染水路に関しては大体他 の被汚染部落と同様の条件下に在りながら患者発生 皆無か或は甚だ僅少の愚者(此の表甥の内容に就い ては後記されるが不取敢表1.註参照)に終止した

・地域もあれば,

〔q5〕亦,患家は必ずしも川床地帯に限定されて いるわけでもない.例えば田原湖と農場部落との関 係は甚だしく近密と謂うわけでもなければ,水素聯 絡があるのでもないのに後者部落には多数の患者が 発生している■.・

一 〔q爪〕併も単に1日のことではあるが第2期に至 って認められた費場愚老発生は田原同郡愚者発生に 先行しているのである.

5・〔qT〕山の神溜池を水源とする長里川は未来 由虜潮と直結する支流を持っものではない.然るに 其め流域に位置する打越,舟津には患者が発生して

いる.

〔qH〕・而して他部落に比して是れ等両部落の愚者 発生期が甚だ連れ且つ発生数も亦甚だ少数であるこ と,更に長里川下流より上流に向けて順次其の流域 に面して位置する舟樺,.打越が其り位置順に・一一致し て患者発生期の遅延を示し(蓑1.参照)遂に北上して 11Ⅰ内に至れば愚者皆無となっていることは,有り得 てよ.いことではある∈こしても,水深感染としては不 適な現象と考え−らわる..一類似甲状琴は牧部落にも認

められる▲(争参照・)・

6.患者発生期の遼遠を地域別に比較すると初発 患者在住の田原部落が最も早期でJ田原に比較的近 接する鼻場が之れに継ぎ,遠隔の小川原浦,新田原等 は田原よりの距離に応じて数日嘩延している1.二本現 象は水路に依る病原体運搬の時間的関係(水釆移動 所要時間)によるとも山応は考え得るのであるが,

〔qn〕小深井川を鋏んで新田原部落(標高2?Om)

と相対して位置する政部落(標高100m),を例に探 ると次の様な疑問が起って来るので奉る二前者は田 原潮に発する濯漑水路(コンク,リTト渠)の放水点

(図表1】∋・並びにⅡ.Ⅷ)D.1..c.参照)と小深 井川始発部を結ぶ渠水路根幹より以東に於十.て濯 潮水路の分布充分であり,後者は酎渠水路根幹並 びに小決井川自体より夫々濯水路が導入され各水 E引こ亘っている.(故に於ける潅漑用としては此の 他牧潔池があるが本論には無関係と想われるので此 処では論じない・)斯くて牧部落は新田原と大体同 様の地理的条件下に存在すると思われるに拘らず,

更に枚は精々低地に位置するだ桝こ寧ち汚染条件下 に在ると想われるに拘らずク本所見とは逆行して両 部落の愚考発生期の問には顕著な差が認められるの である.即ち田原第2期初発患者発生日(Ⅶ・25)

より算すると,新田原は僅々1日た過ぎないのに対 しセ牧は8 ̄日の達延を示している.(表1.参照.)

以上の羊とは資料Ⅰ七依る場合即も小深井川が田 原潮を水源としている場合にも,両部落に至る夫々 の濯水路と両部落の位置的関係から全く同様のこと が言われ得る.のである・寧ろ牧部落へは準水路と小 深井川の両者に依って病原が運ばれ得るこキになる だけに,上記の患者発生期連延の理由は益々理解し 敷くなるわけである.

〔q川〕他方,小川原浦(標高100m)と新田原

(標高20 om)問の関係は,比較的広い水田を懐く点 等類似の条件も認められるけれども,所在地域の腰 高も異なり,亦両部落は等しく田原潮水によって濯 漑されるのであるが薬?水路が,新田原は田原潮よ り直ちに濯水路となっているのに対して小川原滞笹 田原湖→井崎川→濯水路の道順を経ている点等でも 一応異っている.(資料Ⅰに依る場合も小津井川の 藩漑能力に比して濯水路の其れが強犬で後者が主体 を成すも?と解されるので同様の事が言えるわけで ある・)然るに之れ等の地理的条件差も・一応考えられ るに拘らず愚者発生矧こ著差は無く・,単に1だの差に 於いて新田原が発行しているに過ぎない.因みに等

(11)

1550      ′高 ノ   中  ▲▲指

しく1日と云っても既述のq6に於ける1日とは自 ら其の意義を異にするわけである.

7.〔q11〕当初の考察に従えば汚染された田原 潮水の使用た全村城蔓延の源泉が置かれることにな る.例えば田原部落に限局して言っても患者多発の 兆しが見えた時は既に殆ど田原部落全域が汚染され ていたと考えられたのである.之れは比較的短時日 の内に全域が汚染されていることを意味するので患 者の爆発的発生もー応考えられるのである.然し乍 ら患者発生状況を逐日的に観察してみると何れの部 落も僅少で其の日別患者数は最高6名,全部落を総計 した場合でも1日最高】4名を算するに過ぎない.

〔q12〕而も流行期間の大部分は是の数値以下の 日別発生状況を保って綿々約40日の永きに及んでい るのである.

一般に斯かる発生状況は例えば感染菌量や被感染 体の感受性,抵抗性等に閑聯してあり得ないことで はない.亦湖水或は川水の揮途が主として用水とし てである為,飲料水としての場合とは異なるものが あり得る理ではある.然し乍ら水郷に於いて見受け られる様に食器,食料の洗源にも使用されるので水 帝伝染の役を果たし得ることも充分考えられるので ある.斯かる見矧こ従えば本流行を水釆感染型と看 るには首肯し敷い面もあるわけで′少なくも湖水を 常用水とした田原部落では流行の初期例えば第2期 夢は既に第2期初期に於いて相当数の同時発生或は 爆発的発生が親られてもよい様に考えられるのであ

る.

(Ⅶ)d、  掩

1.既にⅦ・5に患者を出していた現矧こ著者が 出張したのはⅧ・25で,流行も終娘に近い時期に当 たってお−り,要因探求に迄は進畏し得なかったので あるが,其の後の考察によって,初当の如く末流行 が全面的に水系感染に因るとは考え得ない甥象が多 々認められて来たのである.主要なものだけでも叙 上のql−q12の様な疑義が靡かれる.猶是の他者 種の観点から論究される時の新たな疑問も考えられ るわけで,本稿ではq15迄挺唱される予定である.

2.本流行は各種の事情から其の感染要因に関す る真相が患者の側に求め得なかったこと,更に個々 の患者に掛、ての感染機会の実証も亦媒介物に就い ての細菌学的検索成績も得られなかったこと,或は 亦考察資料としての地形図の不備等の為に感染要因 に関して甚だ複雑な考察を必要とした流行例である・

従って別に何等か特殊な資料が得られなけれは真相 に迄は到達し得ないことが予想されるのである.然

し斯かる条件下に置かれた場合の考察例としてほ幾 多の考察課題を備えた好個の流行例と言わざるを得 ない.斯かる意味では,仮令上記の如く結論べの到 達に一抹の危催が存在するにしても其の成否を問う

ことなく,本考察は敢えて続行されても宜I、ものと 考えられるのである.

3.以下本流行に関係ありと想定される諸因割と 就いて考察を進めると共に叙上の疑義に言及する・

而して著者従尿の研究機関として熟知すべき県下の 地区に関する考察として,繁雑の経いはあるが敢え て細部に亘ることを附記しておくJ而して本論に入 るに先達って念のため次項(†)を挿入しておく.

(Ⅴ)載義(Ql−Q15)一堂

前項(Ⅱ)に於いてql〜q12を掲京した.此の 他にq18〜q16が後述される.各々に関する検討は

本文中適時に試みられるので紘括一覧の型式におか れ得ない.依って茲に各疑義の要約と之れに関連あ る記述の在所を列記しておく.

ql:初発患者に関する疑義‥Ⅰ・(Ⅰ)3 ,Ⅳ・

(Ⅰ)1.,†.(Ⅰ)〜(∬)

q2:感染機会の不明確に就いて:Ⅱ▲・(Ⅰ)・2・

q8‥ 感染媒介物の菌検索成積鉄如に就いて:

Ⅱ.(Ⅰ)4り Ⅱ・(皿)3・〔q8〕

q4:井暗部落に於ける患者不発生(或は僅少)′

の理由:耳.(‡)C.3,Ⅱ・(Ⅳ)2・〔附記〕,Ⅱ・.

ヽ、

(Ⅰ)D・3・

q5‥ 農場は田原潮との水釆聯絡を敏ぐに拘らず 患者が多発した理由‥ Ⅱ・(Ⅰ)A・6・;Ⅳ・(1)1・

Q¢;(僅々1日だけのことながら)第2期農場 愚者発生期が田原同期の其れに先行している理由;

Ⅳ.(Ⅰ)1・

q了:長里川(本来田原湖とは無関係)流域の打 越,舟津に於ける患者発生の理由:∬・(Ⅰ)F・1り

Ⅶ.(甘)5.

q8:而もq7の状況たるや,発生期は甚だ遅延 し患者数は甚だ少数であること並びに長里川上流部

(打越)が下流部(舟津)より患者発生期の遅延し た理由:Ⅱ.(Ⅰ)C・4・,Ⅳ・(Ⅰ.)2・−3・,Ⅶ・川)5.

q9:牧部落患者発生期が甚だ遅延した嘩由:

Ⅳ.(Ⅰ)2.一3・,Ⅶ・(Ⅱ)5り肛・(Ⅱ)D.3.

ql。:小川原浦と新日原間には地理的条件差が

−鱒考えられてもよいに拘らず,患者発生状況には 著差の認められない理由.;Ⅰ・川)D・3・

qll:水素感染にしては各部落を通じで患者発 生状況に爆発的傾向が認められず,日別愚老発生数

(12)

志賀塾赤痢菌に因る流行例と其の感染要矧こ関する研究       1551 が僅少であること(最高部落で1日6名,最高日で

全村合計14名)の理由‥ 皿・(∬)A・7.,Ⅳ∴(Ⅰ)

2..〜4.

q12:而もQllの状態(患者発生少数)が綿々 40日に及ぶの間遂に変化の認められなかった理由:

∬・==A・7・,皿・(Ⅱ)E・2・,Ⅳ.(Ⅰ)2.〜4.

q18‥ QTの事実が見られるに拘らず,同じ長里 川流域に在る川内部落に患者発生の認められない理

由;』.(Ⅰ)F.1.

q14:学童間には盛な交流があったと想定される に拘らずク 井噂部落には学童期年齢者に於いてさえ 隈患者が認められない理由:∬.(Ⅳ)2.〜〔附記〕

Q用:患者血縁分布が流行蔓延に与ったと想わ れる由を聞くのであるが,血縁分布の存する処ク 必 ずしも感染地帯には非ざることに就いての解説 一:

皿・(Ⅳ)4・,Ⅳ。(Ⅰ)2.b.

皿  流行要因に関する考察(2)

地理華的因子並びに社会的現象の意義に就いて 重要と想われるものに就いて詳路適宜に記述する.

先ず地理学的因子に就いて言及する.(図表1Aリ1B.

参照.)

(Ⅰ)地   形

1.小長井村は標高600mを最高地帯とし,勾配 は漸次豪南達して有明海沿岸に至る山村である.

100m標高地帯が海岸線に比較的近く存在している ことから判る様に低地帯に於ける平地としては海岸 線に摸して続く狭少な地帯が見られるのみである.

2.愚者発生状況が単に標高の高低のみに依って 左右されたと想定される地域は無いようである.然 し本流行の感染型式を水乗移動感染と看るか否かに 閲聯せしめて考察すると自ら意義を生ずる場合もあ るわけで其の事例に就いては既述した処である.水

.路の項に於いても更めて記述される.

3.因みに, 先に韮・(Ⅰ)〔詰1.〕に於いて資料Ⅱ

(小深井川は田原湖と聯結せヂとする資料)を正し とした理由の一つは,資料Ⅰに示された小深井川流 床と標高線との位置的関係に求められる.資料Ⅰに 於ける水路を辿ると.(図符省略),標高100m地帯に 在る田原湖を発した水路は同湖の西側に突出する 2bom標高の高台を琴流し然る後再度100m標高地帯 に降際して小深井川を形成す為ことになっている.

之れは流水の山越えとも謂うべき奇現象である.資 料Ⅰが標高の併記されてない地図であった為,叙上 の相容れざる関係に気付かヂ長期に亘って資料Ⅰを 基準とする考察が続けられていたことになる.資料 IJ‡を考察資料とした際の考察経過に就いては総 て是れを省略するがク地図の選択に充分迷意されて よい例である.著者の苦い経験として茲に附記して おきたい.

勿論上記の水路は,標高線の位置の方に誤謬があ ったと・すれば,或は亦,本水路が田原湖を出た後

200m標高の突出地帯に入ることなく100m地帯を通 って小深井川に入るとすれば,考え得る水路であ る.従って既述の様に此の場合に就いてもー応考察 は試みられなければならない.然し乍ら田原潮に端 を発して小栗井川に連結する如き水路床は日原傭の 附近には存在しないとの説を・一応探るとすると,

200m標高線に就いての訂正は取り敢えヂの処必要 は無くJ従って亦少なくも資料Ⅰに記入された位置 に於いての流床は之れを認めるわ桝こはゆかないの である.(Ⅱ・(∬)D.2.参照.)

(∬)水 源ク水 路 貝・田  原  潮

】. 小長井村には100〜300m標高地帯に潮,溜 地が散在し是れより発する川流,是れ等両者より導 流される濯漑水路等,水窪分布は全村域笹亘ってい る。嚢に之れ等水源水路相互間に於ける,亦之れ等 と各部落問に於ける位置的関係を図符化すると図表 2。の様になる.而して田原湖は一応本流行に於け る重要因子と看倣されているので,嘉に特別に其の 周辺の地理的関係に就いて記述しておく.(図表 1A.,1Ⅰ享.並びに図表2.参照.).

2. 田原湖辺は級かに其の東南面の・一角を除く 他,∴東西南北の殆ど4面を200m標高地帯に依って 囲暁された100m標高地帯に位置し,北東より西 南に向けて其の長軸を持っ面積約1289,34are(約 13町歩,周囲約1里)の溜池である.苓廟とl井崎 川の連結点に堰Dlが設置されているが,水深は 此の部分が最も深く満水の折は約5m,湖底は此の 最深部に向って遠浅になっているこ西岸部は東岸部 に比して浅く満水に際しては西岸に沿うて建る・道路 の低い部分は水中に没することもあると聞く.・部落 世帯の佐屋は潮の東岸に壊して売る小路に沿うても 点在するが5戸程度に過ぎヂ,爾余の佐屋は絶て上 l記西岸道路に沿うて群落を成している.

(13)

1552      高        橋 図表2・ 水路分布横型図

山のi申泄

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遍岸線8田口E

山茶花池

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三三二

随8

石 耶仁海

l罷】l.◎:湖,溜地.

2.・J・…:川水路.

s.−・−へ・・−・′・・:季節,天候等の条件によっては杜絶することもある細流(霹水,渓流の類).

▲∵・′・◎・・・ノー;3.に等しいが途中で一応水田に入りJ然る後水田の余剰水として再度水路の型式を 探るもの.Ⅰ型属撰水路.

5.・−・−へ′・一:濯漑水路,所謂落し水以前に閉鎖されるが,流行盛期には勿論湛水の用に供されている b.◎:所謂堰で3箇所にある.Dl,D2,D$を以て荒される.

り ●:田原部落にある唯・一の飲料水用共同井戸.

8.i:農場部落にある唯一の飲料水用共同噴泉(所謂出みヂ).

9.紳・・こ田原湖に流入する細流,@は洗濯場JWl,V2として2箇所ある.

10苦‥雲欝青票誓う諾笥む評≡拾遺賢雪1認慧嘉と諾凝に凱ては本文参鼠

〔濯水路Mが放水点を経て小深井川始発部にJ 流入する両短水路は本図表では省略されてい 西岸世帯住屋の位置する地域は湖岸より大路10−

50m程度の細長形地区でタ 中には湖岸に接している ものもあると云う.叙上の状態は田原湖水が甚だ汚 染され易い条件下にあることを示すものであーる.

3.更に田原湖に流入する水路には図表2・(図 表1A.,1Ii.参照)に示される様に部落を貫流する 水路D,Eがあるが,Eには湖岸に壊した場所と 之れより綿々上流部の2箇所に共同洗濯場がある・夫 々W2,Ⅵrlと略称されるものが是れである.之れ

亦Kが其の東端近くに於いて井崎川下流矧こ,夫々 る.図表1A.1Ⅰ主.参編.〕

等の水路特にE水路並びに之れに附属する洗濯場は 永末感染の成立要因として重要視さるべきものであ る.之れに就いては更めて記述される.水路Dは未 来常在しない程度の細流であり,亦水路Eも杜絶す ることはないが同じく細流で((Ⅰ)C・4・参照)J 之れ等の水敷こ因る湖水の湖内環流は認められない.

此の事は本流行を永末型式と看る場合には関係を持 つことになるので附記しておく.

4.次に田原湖は井崎川,小深井川2流の夫々直

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