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私のフィールドワーク 現代中国学部教授 高 橋 五 郎

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Academic year: 2021

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― 6 ― ― 7 ―  文字を書いた竹や木の札を、なめし皮の紐 でとじた上古の書物……という厳かにして気 品漂うものをお借りするには気が引けるが、

筆者の専門であり趣味でもある海外フィール ドワーク(国際社会調査)についてふれてみ たい(なお、参考にならないと思うがついで に蛇足すれば、「国際社会調査」なる用語は 他ならぬ私の造語である)。

 宮本常一は日本全国をカメラ担いで隈なく 歩き、一生を農山漁村調査で送った稀有の旅 人である。 宮本の足元には遠く及ばないが、

筆者も、一応、北から南まで47都道府県を 歩いた。 これが今の中国調査や東南アジア 調査に役立っている。 中国は日本の24倍の 国土面積をもち、多様な風土と自然が人び との生活の基礎となっている。 東南アジア もまた、南シナ海(海というよりも海洋湖と いった方がふさわしい)を囲むように多くの 国々が輪をなして連なっている。

 日本はこれらに比べれば、面積も狭く、風 土も均一で人びとの生活も単調なように見え る。 しかし、皆さんは経験があるだろうか。

日本でも、地元民の通訳なしでは、会話に よって意思疎通することができない場合があ ることを。 私は新潟の田舎の生れで、言語 は東北弁と変形した上方弁まじりの新潟弁で 育った。 子供の頃の10年ほど、村上市とい う鮭料理で有名なところで生活したが、此処 は奇妙な言語を使うところで、普通の新潟弁 とはまったく違っていた。 したがって少々 の方言には対応できる経験を自然に積んで きたつもりだが、農村調査をするようになっ て、東北のある県の農家を訪れたときのこ と、その家の主人の会話がまったく聞き取れ ず、私と会話できる地元民に通訳を頼んだ記 憶がある。 その調査会話はいまでもテープ にとってあるが、日本語とは思えない難解さ である。 方言に限らず、この日本には実に

さまざまな文化や生活、慣習や伝統があり驚 くことが多い。

 この体験は、日本でさえ、想像のつかない 多様性をもつことが多いのだから、ましてや 人種・民族と複雑な宗教事情、貧富の差や身 分上の序列がいまなお幅をきかせている海外 では、見たもの、聞いたものつまり調査した ものを一般的と決めつけたり、安易に普遍化 することはできない、といういましめを与え てくれることになった。

 宮本は一生を日本の調査の旅に費やした が、かれは普遍化できることはなにかを探 しながら、結局行く先々では、そこにしかな い特殊性を知る連続ではなかったか。 そし てそれが、調査を続けるエネルギー源となっ たのではないかと思う。 調査は多くの場合、

初めての地で新しい発見をすることである が、そのときの快感は経験者にしか分から ないだろう。 つまり、普遍性というのは一 種の幻想であり、青い鳥に似ているというこ とだ。 青い鳥を発見しようと歩く毎日から、

その目的を忘れさせるほどの面白さが積みあ がっていく。 これが調査であるまいか。

 私の海外調査の場合も、こんなことをいつ も心の片隅においている。 そして調査の面 白みがもっともよく実感できるときは、長い あいだ探していた資料が見つかったときで ある。 また、探していた資料以上の、自分 にとっては未知だった資料の存在とその実物 に出会ったときである。 資料探しは読みた い古書を探すことにも似ているが、決定的な 違いは、古書には、リスト表やネット販売が あって、必ずしも足で探し歩く必要はない。

ところが、資料にはリストがない、ネット販 売などあるわけがない。 現地へ行くしかな いのである。 そして重要なこと、それは資 料探しに現地の友人や知り合いの協力、伝手 が欠かせないことだ。

私のフィールドワーク

現代中国学部教授 高 橋 五 郎

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― 8 ― ― 9 ―  ある資料を探していたときのことである。

自分が探している資料を現地の知り合いと話 していると、彼女は、「その資料なら、どこ そこへ行ってみれば何か見つかるかもしれな い」と助けてくれる。 そして、1日をつぶす つもりで、事前にアポをとり、教えてもらっ たところへ行く。 そこには確かに、参考に なる資料、古い写真や新聞記事、関連する 図書などはあった。 しかし本命はない。 と はいっても、せっかく来たのでさまざまな資 料に当り、少しでも役に立ちそうな資料を漁 る。 その様子を見ているそこの人が、成果 は上がったかと聞く。 こちらは参考になっ たが、十分ではないなどと会話を交わし始め ると、親切にも、「あなたが探しているもの なら、ここへ行っ

てみなさい」など と、別の助言して くれるのだ。

  こ の よ う に し て、本当に探して いた資料がやっと の思いで見つかる こ と が あ る。 と き に 書 写 し、 と き に コ ピ ー を 許 される場合もある が、その日の夕方 は満足感で一杯に な る。 が、 こ れ

はうまくいったほうで多くの場合は、青い鳥 探しに終わることが多い。 それだからこそ、

想いが遂げられたときの快感はまことに筆舌 に尽くしがたいものになる。

 しかし、いい資料に接しても持ち帰ること ができないことも多い。 中国の農村にはコ ンビニになどといったものはなく、村民委員 会や古ぼけた看板が時代を語る信用合作社な どで見つけた資料をコピーすることはできな い。 そこで、筆写となるが、はかどらない。

このように、持ち帰ることができるのはほん の一部だけという場合もある。

 次には、資料をどう読むか、という作業が 待っている。 私は、社会科学研究者にも勘 や物語風に資料を読む力が必要だと思ってい

るので、資料を読むときは、農民や華僑を主 人公にして、資料が語る物語を想像するこ とにしている。 このやり方は勝手な決め付 けや読み違いを招く危険性もあるが、学問 とは、人間の物語を経済学的に語ったり、法 学的に語ったりしているだけだと思っている ので、物語に仕立てる方法は有効だと思う。

これは私のやり方なので、否定したい方はど うぞ。

 いまの私の課題は、集めた資料を物理的に どのように整理し、保存するかということで ある。 例の「超整理法」云々、あれはいた だけない。 実践したことがない、素人の空 想的整理法であり、実際には不可能なことが 多い。 そもそも、資料のだれもができる最良 の整理法などない。

資料整理の方法は、

学問の仕方に関す る個性を反映する ものであって、 こ れを否定した整理 法は、 厚さの順に 書架に本を並べる 図書館のようなも のである。

「中国現地調査」厦門(アモイ)の訪問家庭で

参照

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