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(1)

九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

一九〇八年ボ・へ両州併合 の論拠について

田 中 友

序 説 本 論

 一︑

 二︑  三︑

四︑ 五︑

六︑

七︑ 八︑

九︑ 一〇︑

十一︑

十二︑

十三︑ 目  次

用いた史料について⁝⁝⁝:⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝⁝:

八月十九日共同閣議の出席者及び議題⁝⁝⁝⁝⁝・⁝・:::

青年トルコ党革命によって生じたるボ・へ両州の守備・行

政とノヴィバザール州守備の問題:⁝:⁝⁝⁝⁝・:⁝⁝::

ノヴィバザール州より撤兵の必須的理由⁝⁝⁝⁝:⁝⁝・:

両州併合の絶対的必要性の到来⁝⁝:⁝⁝⁝⁝・⁝:⁝⁝:⁝

併合実施のための予備条件と関係各国態度の予想⁝⁝⁝⁝

併含と撤兵についてのハンガリー王国首相の賛成意見⁝

君主国首相の疑念と反対意見⁝⁝⁝:⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝:

君主国首相に対するハンガリー王国首相・君主国参謀総長

及び議長の反対意見⁝⁝⁝⁝:⁝⁝・:⁝⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝

併合実施の緊急性に関する君主国蔵相の意見⁝:⁝⁝⁝⁝:

併合計画に対する君主国首相及びハンガリー王国首相の態

度⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・⁝⁝⁝⁝:⁝⁝・⁝⁝⁝⁝:⁝⁝・⁝:

併合の軍事的方策に関する軍事大臣の意見とロシア・トル

コ・イタリアの戦力に関する参謀総長の意見⁝:⁝⁝⁝・:

イタリアの態度に関する君主国首相の疑念についての議長

の解明と︑八月十九日共同閣議の終了⁝:⁝⁝⁝⁝⁝・−⁝: 頁

72 70

72 72

73 72

73 74

75 75

77 76

78 78 78

十四︑九月十日共同閣議の出席者及び議題⁝⁝⁝:⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝

十五︑併合の外交的準備に関するこれまでの処置についての議長の

   説明⁝⁝⁝⁝:⁝⁝・⁝⁝⁝⁝⁝⁝:・⁝:::⁝:・:⁝⁝⁝:::・

十六︑急速な処置を必要とする理由についての議長の論述⁝⁝⁝⁝

十七︑君主国首相︑逼迫状態の現存を認むるに至る:⁝:

十八︑九月十日共同閣議の終了⁝⁝⁝⁝⁝⁝−⁝⁝⁝⁝:・⁝⁝⁝⁝.

結 論 ⁝−

註⁝⁝・

79 79

82 81

82

83 82

 一九〇六年ロシアでは反独親英主義のイスヴォルスキi︵Hω芝○一ω置一︶

が外相に就任︵16δ︶したが︑彼はその大目的たるボスフォラス・ダ

ーダネルス両海峡の自由航行については︑トルコ領マケドニア改革問題 及びペルシア問題に対して主たる関心を抱いているイギリスよりも︑む

しろオーストリア・ハンガリーがより重大な関心を注ぐべきを感知して

いた︒すなわち︑オーストリア・ハンガリーにおいては︑対日敗戦︵一

九〇五︶後のロシアと同様再び活溌なバルカン政策を遂行せんと欲して

いる外相工ーレンタール︵︾①訂①︑b9巴鴇ト8刈一鵠︶が政権を握ってい

たからである︒そしてエーレンタールは殊に︑オ:ストリァ・ハンガリー

の存立に対する第一の危険となりつつあった︑大セルビア主義をめざす

セルビアの永続的煽動のゆえを以って︑一八七八年ベルリン会議によっ

て其の行政権を得たるボスニア︵ゆ︒ωb一騨面積約四万二千平方キロ︶・ ︶

(2)

ヘルツェゴヴィナ︵出Φ簑①σq︒≦ぎ四.面積約九千三百平方キロ︶両州の断

固たる併合を熱望していたのである︒ ︵両州に住み人口の約八割をしめ

るスラヴ系の二周遅万のセルビア人及びクロアチア人は︑セルビア国内

のセルビア人と歴史・宗教・伝統を異にしていた︶︒一九〇八年六月九

・一〇の両日行なわれたるイギリス王エドワード翌翌とロシア皇帝ニコ

ラスニ世とのレヴァル︵幻①<巴鴇エストニア北岸の都市︶会見後およそ

四週間︑すなわち七月六日イスヴォルスキーは︑オーストリア外相宛の

公式文書で︑両州及び海峡問題に関して︑﹁相互的友好の精神に基く﹂

意見の交換を提議した︒  然るにレヴァル会談を観て︑英露によるマケドニア干渉の時期の切迫

せるを恐れた青年トルコ党︵象①嘗bσq葺目匹ωoげΦ勺鋤HけΦ一︶は︑西欧的

国民主義並びに自由主義に基く憲法をかかげて不意に七月二十三日革命

を起し︑皇帝アブドゥル・ハミットニ世︵︾σ創G一 H由9巳一α 漏︶に此の憲

法を承認させたが︑この革命はさし当り三国協商側の勝利を意味してお り︑殊にオーストリア・ハンガリーとトルコとが抗争を始めたがゆえ

に︑其の勝利は一層著しいものであった︒すなわち︑青年トルコ党はト

ルコ議会の中に両州の代表を召集することを要求するのみならず︑オー

ストリア・ハンガリーによって模範的に管理されている両州の反還につ

いても既に論じていたのである︒このことは︑オーストリア︒ハンガリ

:にとっては︑一八七九年の両州占有以来名総督カライ︵囚忘す︽︶の

経営に基く三〇年の政績の崩壊を意味していた︒加うるに両州放棄の結

果は︑ドナウ帝国東南部側面をダルマチアにおいて露出することとなる

はずであった︒若しそうなれば︑オーストリア・ハンガリーは施すすべ

なく︑大セルビア主義の宣伝に乗ぜられる情勢にあった︒それゆえエー レンタールがロシアの提議に応じ︑九月十六日モラヴィアの城ブフラウ

︵しd=o巨9G︶におけるイスヴォルスキーとの会談において︑成文によら

ざる次の如き確固たる秘密協定を結んだのは︑オーストリア︒ハンガリ

ー国の利害にとって不可避的自明的行動であったと言われている︒i

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について ロシアは︑オーストリア・ハンガリーによる両州の併合に対し﹁好意的 態度﹂を保証する︒一方オーストリア・ハンガリ:は︑海峡問題の有利 な決定に対するロシアの希望を麦持することを約束する︒なおまた︑ロ シア外相は差迫っている併合の期日について予め通告を受ける︒一然 るにこの通告は行なわれず︑同盟国ドイツ・イタリアもまた前以って通 告を受けなかった︒オーストリア・ハンガリーは︑青年トルコ党の運動 を未然に防がんとして︑しかもブルガリアの独立宣言に刺激され予定を 二日早めて十月五日突如としてフランツ・ヨゼフ帝の名を以って併合の 宣言を行なった︒当時西欧各国歴訪中のイスヴォルスキーは︑パリに在

って此の報に接し︑ブフラウ協定で取決められたロシアの分け前を確保

しないうちに生じた︑彼にとって時期尚早の此の処置に対し︑驚倒痛憤

した︒殊にイギリス政府が海峡問題についてのロシアの希望に対して意

外にも決定的に反対したがゆえに︑親英派たる彼の心情は一層痛切であ

った︒今や彼はブフラウ協定を全面的に否定し︑エーレソタールに対し

て全くの無拘束的な憎悪と罵言とを向け︑併合に対する彼の同意を拒絶

した︒  この併合は欧州において︑殊に︑ブフラウ秘密協定を知ってロシアか

ら裏切られたと信じているセルビアにおいて︑さらにイギリスにおい

て︑驚く程の憤激をひき起した︒セルビア人及びイギリス入はむしろ︑

ロシア入以上にロシア的であった︒イギリスはセルビア及びロシアと協

力して欧州会議を要求した︒若しこの会議が開かれたら︑オーストリ

ア・ハンガリーは法廷における被告の如き陳弁をなし︑屈辱をうけるは

ずであった︒同国は︑併合承認を前提としない限り欧州会議の開催に応 じなかった︒世界大戦は不可避的であるかの如く思われた︒ドナウ河両

岸ですでに相対して戦備が着々行なわれていた︒然しオーストリア・ハ ンガリーは︑確固不動の態度をとっていた︒思うに同国は︑ドイツがそ

の全力をあげて援助することを明確に宣言したがゆえに︑かかる態度を

とることが出来たのである︒ロシアは対日敗戦︵一九〇五︶後日なお浅 ︶ 71 ︵

(3)

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

く充分戦備がなく︑殊にフランスは︑ロシアのバルカンにおける目的達

成のために尽力するには︑一九一四年におけるほどには準備がなく︑加

うるに冒険を警戒していたので︑当時戦争はさけられた︒ドイツ帝国宰

相ビューローの巧みな調停によって︑オーストリア・ハンガリーは︑そ

の抗争せる諸国をして会議思想を放棄させ︑一九〇九年三月末のロシア

を最後に︑併合に同意させることが出来た︒

 さて︑オーストリア・ハンガリーが此の事件に際して︑二年前のアル

ジェシラス会議において︑また三年後の第二次モロッコ事件において︑

戦争か平和かの瀬戸際で外交的に敗退したドイツと異り︑かくも強硬

に︑両州併合についての自国の行動を固守貫徹したる理論的根拠ないし

は原因は︑いかなる点にあったか︒以下この論拠ないしは原因の具体的

探究にあたって︑オーストリア・ハンガリー外交文書を用いることとす

る︒

一︑用いた史料について

 ﹁オーストリア・ハンガリー外交政策一九〇八−一九一四︑オースト       ① リア・ハンガリー外務省外交訳書﹂第一巻︵一九〇八年三月十三日より

一九〇九年二月二十六日まで︶のなかでは︑両州併合の宣言に至るまで

の間における︑併合に関して多少とも触れた文書はおよそ七一の多数に

上っているが︑このうち︑序説最後に述べた本題についての核心は︑本

巻第四〇号︵乞同・腿○︶﹁オーストリア帝国及びハンガリー王国外務大臣

工ーレンタール男司会の下に︑一九〇八年八月十九日ウィーンで行なわ

れた︑共同の諸問題のための共同閣議の議事録﹂及び︑本巻第七五号

︵乞喉・﹃㎝︶︑ ﹁帝国及び王国外務大臣工ーレンタール男司会の下に︑共同

問題のために一九〇八年九月十日ブタペストで行なわれた閣議旧事録﹂

の極めて長滝の論述討議のなかに総括的に包含されているゆえ︑私は主 に此の二つの閣議々事録を用い︑そのうち本題に関係ある部分のみを 摘出・要約しつつ︑結論において綜合結果の個条書きを試み︑本題の目 的に答えることとする︒

二︑八月十九日共同閣議の出席者及び議題

 八月十九日共同閣議における出席者は︑議長工ーレソタールを始め︑

ハンガリー王国首相ヴェカーレ博士︵Uづ≦①犀①巨①︶︑オーストリア帝国

及びハンガリー王国首相男爵ペック博士︵H︶H.・ 切ΦO屏︶︑軍事大臣陸軍中

将シェーナイヒ︵ωoげ9巴︒ゴ︶︑大蔵大臣ブリアソ︵ゆ霞憲b︶男︑参謀

二四

キコンラート・フォン・ヘッツェンドルフ︵○Ob吋鋤α<ob鵠α訂①b穿

︒跳︶及び記録係男爵ガーゲルン︵O鋤σqΦ目b︶公使︑の以上七入であり︑

議題は︑﹁トルコにおける新時代の︑ボスニア及びヘルツェゴヴィナに

対する遡及的作用の問題︑並びにこの両州併合及び同時に行なわるべき

ノヴィバザール︵乞︒<甘器9・目︶州からの帝国及び王国守備隊の撤退問題﹂

となっている︒

三︑青年トルコ党革命によって生じたるボ・へ両州   の守備・行政とノヴイバザール州守備の問題

 議長工ーレソタールは会議の冒頭に当り︑青年トルコ党革命の結果生

じたる新情勢が︑現実的二大問題すなわち両州の守備・行政及びノヴィ

バザール州守備についての再考を必須的ならしめたとして︑およそ次の

如く論じている︒﹁青年トルコ党運動の勝利の結果国際情勢がどのよう

に形成されたかの点で私は︑この勝利によって列国相互関係の変化が招

来され︑緊張した国際関係のある種の緩和が始まるものと期待してい

る︒列国により追求されしトルコ改革方策は︑いつれにせよ失敗したも

のと見なさるべきである︒何となれば青年トルコ党の国家行政によって

トルコの強化が自然的に生まれ出で︑従って諸改革は不必要となるか︑

それとも同党の国家行政そのものからして根本的な改変が現われ︑従っ ︶

︵ 72

(4)

て同様にまた諸改革の導入を考えるべきではないからである︒この場合

列国はさらに︑忽ちにして新しい立場に陥るであろう︒すなわちイギリ

スとロシアは改革に関する最近の提案を一先ず撤回するであろう︒そし

て各方面の人々は一致して︑トルコにおける立憲的実験に対し同情的に

待望する態度をとるであろう︒私はロシア政府に対し︑懊露両国により

従来守られている無関心と不干渉との原則を︑新協定成立まで堅持する

よう提案することを正当とみなしている︒この提案に対してはイスヴォ

ルスキー氏も既に賛成している︒トルコにおける急変によって今や君主

国︵註︑以下便宜上オーストリア・ハンガリーの代りにこの語を用いる︒︶

にとって︑即刻態度を決すべき二つの問題が最大の現実的意義をおびて

来たと思われる︒この問題の一つは︑ベルリン会議において列国により

君主国に委託されしボ・へ両州の守備・行政であり︑他の一つは︑同様

にベルリン条約に基いて生じたるノヴィ.バザール州の守備である︒﹂

四︑ノヴィバザール州より撤兵の必須的理由

 ついでエーレンタールは︑ノヴィバザール州より君主国守備隊を撤退

せしむべき必須的理由として︑ Lサロニキ占領の意図ありという作り

話の抹殺︑ 2政治的軍事的財政的考慮から︑ 3好ましからぬ偶発事

件の予防措置として︑以上の三点をあげ︑次の如く論じている︒﹁同州

の守備に関しては︑アンドラッシー伯︵ベルリン会議当時の君主国外

相︶が其れによって一方では︑君主国のトルコとの連帯責任とトルコの

保全を求める君主国の願望を強調せんと企てたのであり︑他方では︑セ

ルビアとモンテネグロが含併して大セルビア国となるのを妨げんと企て

たのである︵註︑同仁は両国の間に介在している戦略的な襖である︶︒

今や君主国は二十九年にわたり同州に守備隊を置いているが︑同士に対 して実施されたる政策は︑君主国に対して極めて多くの困難をひき起し

ている︒何となれば︑このトルコ領土守備の結果として︑君主国のサロ

ニキへ向っての前進意図なる作り話が生まれ︑この作り話が絶えず新た

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について な疑念をそそっているからである︒私は今や︑この政策を吟味すべき瞬 間が到来したものと思う︒そしてロシアの提案に対する回答のための八       ② 月九日付覚え書の中で︑同州の守備を引きつづき保持するか︑ないし は︑トルコ瓦解の際に併合すべきものであるかを検討した︒そして私は この覚え書の中で︑政治的軍事的並びに財政的考量から︑この問題の否 定に到達した︒そして私はさらに次の事を強調したい︒すなわち君主国 は︑その旅団が同州に駐屯している限り︑従来遵守されたる︑また将来 のために企てられたる不干渉政策を漸次固執できなくなる立場に陥るで あろう︒何となれば同州ではあらゆる瞬間に︑同地の君主国守備隊を極 めて困難な立場に嬉しいれるに適当した︑また君主国を場A夙によって は︑この上なく望ましからぬ権力伸張へと強制することあるべき偶発事 件が生ずる可能性が存在しているからである︒この関連において︑軍事 大臣の報告に言及すると︑リム︵ご犀.ノヴィバザール州を西流する河名︶ 河流域における君主国守備隊及びトルコ間の極めて良好な関係は︑もは や余り満足すべきものではなく︑ある種の緊張関係へと形成され始めて いる︒L

五︑両州併合の絶対的必要性の到来

 さらに一二レンタールは︑トルコの憲法採用は︑両州憲法の創設を必

須的ならしめたが︑このことは同時的併含なくしては考えられないとし

て︑両州併合の絶対的必要性の到来をおよそ次の如く論じている︒﹁ト ルコにおいて開始されたる立憲的時代の両州に対する遡及的作用に関し

ては私は︑君主国は両州において実に偉大な文化的業績を果したが︑両

州憲法の採用は未だに行なわれていないということを認める︒然しなが らトルコにおける憲法の採用によって︑この問題は最大の現実性をもっ

たものとなるであろう︒一方︑同時に行なわるべきボ・へ両州の併合な

くしては︑両州における州憲法の創設は考えられない︒それゆえ私は断

固として陛下へ次の事を提案した︒すなわち︑不干渉の原則を守るた ︶

73

(5)

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

め︑また他の諸国と同等の立場に入るために︑君主国守備隊をノヴィ.ハ

ザール州から撤退し︑また同時に︑若し然らずんば君主国は両州におけ

る自国の使命を果すことが出来ないとの動機づけを以って併合計画に着

手するよう陛下に提案した︒そして陛下の賛同を得︑またこの計画の準

備のために帝国及び王国両首相と協力すべきを命ぜられた︒﹂以上工ー レンタールの発言に拠り︑あえてベルリン条約の規定を犯して︑ノヴィ .バザール州より撤兵しボ・へ両州を併合するという大胆な計画を遂行せ

んとするに当っての君主国の論拠が或程度明らかに理解されると同時

に︑八月十九日共同閣議における討議証すでに此の計画遂行についての

エーレンタールの不退転の決意が存していたことを察知することが出来

るQ

六︑併合実施のための予備条件と関係各国態度の予想

 さらにエーレンタールは︑一先ずこれまでの発言のまとめとして︑次 の如く︑併合実施のための予備条件たる帝国及び王国両政府間の意見一

致にふれている︒﹁私は併合の外交的遂行並びにこのために選ぶべき時

点について詳細な報告を行なうことを保留する︒そして何はさておき︑

この併合と関連あるオーストリア及びハンガリー両政府間の国法上の諸

問題について︑国内的一致が得られるということを︑併合計画のための

最重要なる予備条件とみなしている︒この一致が他日到達されるなら

ば︑本件遂行のための時点の決定については︑これを外相に任せるべき

である︒﹂ついで君主国首相ペック男は︑議長の発言に関連して︑考慮

されている諸国に対する君主国現在の関係並びに外交的遂行についての

議長の考え方について意見の発表を求めた︒それに対しエーレンタール

は︑1.ドイツは無条件的支持︑ 2ロシアは条件付き麦持︑ 3イタ

リアは黙認︑ 4フランスは無関心︑臥イギリスよりの抗議の心配な

し︑ aトルコは反対するが戦争に訴えることは出来ないとして︑次の

如く説明した︒﹁先ず第一に︑ドイツは確かに無条件的に信頼できるで あろう︒何となれば同国は今や独り君主国のみを頼りとしているからで ある︒殊にカイゼルが先日クロンベルク︵OHobげΦ巴σq・フランクフル ト・アム・マインの西北郊︶においてイギリス王に対し︑既に法律的に 決定されたドイツの艦隊計画を縮小するようにとの強談判を拒絶して以 来そうである︒ロシアは君主国に対し︑両州の併合をもろもろの秘密条 約の中で度々確約している︒なかんずく︑一八八七年まで有効だった一       ③ 八八一年の三婆同盟の中でそうである︒特にまた︑一八八四年ロシア大 使により政府訓令に基き外相力ールノキ︵区蝕bo犀℃︶に宛てられた覚え 書の中で表明されし期待すなわち︑﹃オーストリア・ハンガリー政府は︑ 不測の事情が命令的に強要しない限り︑占有されし両州における現状に なんらの変更をひき起すことはないであろう﹄という期待は︑かかる確 約とみなされ得るのである︒それ以来ロシアは︑両州問題の最後的決定 は︑コンスタンチノープル領有問題と同様︑欧州による決定のために留 保しておかねばならないという観点に立っている︒この観点は︑一八九 七年陛下のセント・ペテルスブルグ訪問に際して表明されたものであ       ④ る︒七月初ロシア政府は一つの覚え書︵六日付︶の中で︑両州並びにミ トロヴィツァ︵ζ一三︒︿一三僧君主国が同年一月末トルコから敷設権を得 た鉄道すなわち︑ボスニァ線から分れノヴィバザール州を経てトルコ線 に接続する鉄道の終点︶までのノヴィバザール州の併合問題は︑ある補 償を前提条件として︑ウィーン政府との友好的な意見交換の対象となさ んとの提案を行なった︒私の意図する処は︑未だ回答を行なっていない この覚え書を出発点となさんとするものである︒それは︑占有せる両州 の併合遂行についてロシアとの意見の一致をみるためであり︑この場合 私は︑ロシア政府に対し︑同政府が併合問題において君主国に対し友好 的態度を守るならば︑ロシアがダーダネルス通航問題を持ち出す場合同 様に友好的な態度を確約する用意がある︒イタリアは︑君主国が両州の

併合に着手する場合︑三国同盟条約に基き︑なんらの賠償要求を行なう ︶

︵ 74

(6)

      ⑤ ことは出来ない︒イタリアはただ︑君主国がベルリン条約に基き占有さ

れし両州を超えてトルコ領域を占有するようなことがある場合だけ補償

を要求することが出来る︒フランスは今の処モロッコに忙殺されている

ので︑バルカン半島に関して積極的に行動するとは考えられない︒イギ

リスからもまた︑なんらの抗議の心配はない︵註︑かかる予想の論拠が

不明である︶︒トルコの反対は算入されるべきであるが︑トルコもまた

自制を余儀なくされるであろう︒何となればトルコは苦しい時期に際会

しているからである︒﹂以上の如く︑併合遂行の際の関係各国の態度に

ついてのエーレンタールの予想は︑極めて楽観的であり︑併合遂行につ

いての客観的条件が備わっていると看取したのである︒

七︑併合と撤兵についてのハンガリー王国首相の賛成

  意見

 ついでハンガリー王国首相ヴェカーレ博士は︑エーレンタールの論述

に謝辞を述べた後︑併合と撤兵について︑先ず外国の反対なきを前提と

して︑六つの理由から︑すなわち︑ L併合により外国とのすっきりし

た関係が樹立される︑ 2撤兵により︑殊にイタリア及びバルカン諸国

に対し野心なきを示すことが出来る︑3併合による両州状勢の安定︑

4州憲法の採用は急を要するが︑併合はそのための不可欠的前提条件︑

5。

ケ合は主権問題を決定︑従って両州住民の公民権問題を解決する︑

ε南スラヴ民族諸国における革命運動を抑制し︑殊にセルビアの両州 における煽動を防止する︑以上六つの理由から︑次の如く︑断固として

併合に賛成している︒﹁私は︑併合の遂行に当っては関係各国からのな

んらの反対に遭遇しないであろうということを前提としなければならな

い︒何となれば私の見解によると︑君主国の立場は軍事的にも財政的に

も外国との戦争に身を曝すことを許さないからである︒私は以上を前提

として︑断固として併合に賛成する︒何となれば︑併合によって外国に

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について 対し明瞭な関係がうちたてられ︑また君主国守備隊のノヴィバザール州 からの撤退によって︑殊にイタリア及びバルカン諸国に対し︑君主国は トルコ領域に対しなんらそれ以上の野心を有たないことが表明されるで あろう︒現在単に占有されている両州における状況もまた︑併合計画に より決定的に改善されるのみならず︑なお︑両州自体における状勢の安 定は︑併合なくしては到達されないということが出来るであろう︒然し ながら此の事を別としても併合は︑現占有地域における州憲法採用のた めの不可欠的な前提条件であり︑この州憲法採用については今や急速な るテンポを必要とし︑しかも前以っての併合なくしては︑この採用の結 果はまさしく不安定な状勢に到達するであろう︒全く同様にまた︑併合 の遂行とその結果たる主権問題の決定との後にのみ︑両州住民の公民権 問題も解決され得るであろう︒私はさらに︑併合が行なわれない限りは 南スラヴ民族諸国家における革命運動は止まないであろうという牢固た る確信を表明する︒殊にセルビアは︑両州における君主国に対する同国 の恥しらずの策動を今日まで不自然に黙認されて来たのであるが︑セル ビアは︑両州における従来の不明瞭な状態がこの後も存続するとすれ ば︑君主国をしてサーフェ︵ω置くPセルビア国内を東流しドナウ河に注 ぐ河名︶王国に対し精力的に干渉するを余儀なくさせる遣り方で煽動を 続けるであろう︒﹂

八︑君主国首相の疑念と反対意見

 然るに君主国首相ペック博士は︑エーレンタールの説明に対し興味を

覚え謝意を表しつつも︑ L各国からの補償要求に由来する戦争と対ト

ルコ・バルカン国家戦争との危険を恐れ︑ 2未だ併合を正当づける逼

迫状態は現存せずとの理由から︑次の如く疑念と反対意見とを発表し

た︒﹁ロシアが占有両州の起ることあるべき併置に対するその同意を︑

同国の側で或膨大な補償要求と混和させているという事実は︑恐らく︑

各国はその同意の代償としてなんらかの要求を提出するであろうという ︶

75

(7)

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

仮定を全く是認されないものではないと思わせる︒このことは先ず第一

に︑周知の如く其のまなざしをアルバニアに向けているイタリアについ

て当てはまる︒それゆえ︑併合の結果としての或欧州国家との衝突の危

険は︑私の見解によると︑決してあり得べからざるものと見なされ得な

いのであり︑かかる危険が避けられ得る場合でさえも︑トルコ及びいず

れかのバルカン国家との戦争をつねに覚悟せねばならないであろう︒問

題の国際的側面に関して私は︑単に︑君主国軍リム河流域駐屯のために

確かに生じている如き危険の現存に当面しているのゆえを以って︑既成

事実の設定に葬りかかるとすれば︑それは冒険であると思う︒私はこの

問題に関しては︑君主国が逼迫状態︵N≦9bσqω冨σqΦ︶の出現のために始

めて此の処置︐をなさんと決心する時︑併合から生ずることあるべき危険

をいずれにせよ実質的に減ずるであろうという見解を表明する︒逼迫状

態の強圧の下に併合に着手する時︑一般に︑それでも尚なんらかの権利

名義を必要とするということはないであろう︒何となれば︑かかる状態

はその本質的正当づけを内包しており︑外国に対してのみならず自国の

立法部に対してもまた︑此の正当づけを根拠として提出することが出来

るであろう︒必須的な逼迫状態は︑場合によっては︑ノヴィバザール州

における君主国軍に関する偶発事件あるいはまたトルコにおけるる無政

府状態の出現によって生ずることもあり得る︒恐らくなお︑逼迫状態の

出現を促進しまたは惹起することも可能であろう︒私は重ねて申述べる

が︑遠大な外交的準備なくして併合に着手することは危険ならざるもの

ではないと考える︒何となれば此の準備なくしては︑君主国が軍事的に

も財政的にもそれ相当の準備をなしていないところの紛糾が︑容易に

生じ得るからであるということを強調することによって︑私の詳論の

結びとする︒﹂

九︑ 君主国首相に対するハソがJI王国首相・君主国

参謀総長及び議長の反対意見  これに対してハンガリー王国首相ヴェケーレ博士が先ず反対し︑次の 如く︑ノヴィバザール州よりの即時撤兵の必要を説いている︒﹁私は︑ 併合に着手するためには先ず逼迫状態の出現を待ち通すべきであるとい う君主国首相の意見に賛成することは出来ない︒私はむしろ︑かかる待 ち通しは極めて危険であるという意見を表明する︒今日ならばなお︑君 主国の威信に対する打撃や殿損なくして︑君主国軍をノヴィ︒バザール州 から撤退させることが出来︑その上それは︑イタリア・トルコ及びバル カン諸国に対し宥和的作用を及ぼすであろう︒これに反しひとたび︑な んらかの嘆かわしい偶発事件によって︑リム河流域駐屯君主国軍の軍事 的名誉が義務的拘束を受けるとしたら︑同軍の撤退はもはや容易でな く︑いずれにせよ威信に対する損傷なくして遂行されることはないであ ろう︒﹂ついで君主国参謀総長コンラート・フォン・ヘッツェンドルフ もまた︑逼迫状態の現存を認め︑ L威信の損傷を防止するため︑ λ 併合の機を逸したら危険は一層大きいとの理由から︑即時撤兵と即時併 合との必要を︑次の如く強調している︒﹁君主国首相により併合計画の ための前提条件として指摘された逼迫状態は︑トルコにおける諸事件に よって実質的には確かに既に生じているという私の見解を表明する︒私 は︑君主国軍側がノヴィバザール州の空け渡しを強制されてやむなく行 なったものである︑と思わせるところの事件の待ち通しは︑両州におい て最悪の印象を与え︑そのうえ両州において暴動さえもひき起すことが 有り得ると信ずる︒バルカン諸国の眼の中でもまた︑偶発事件勃発後に おける守備隊の撤退によって︑君主国の威信は重大な損傷を受けるであ ろう︒なおまた私は︑併合から生ずることあるべき諸々の危険に注意を 払わねばならないのみならず︑時機を得て併合の決心をなさない場合生 ずべき比較にならない程より大きな諸々の危険に着目することが同様に 必要であると考える︒﹂ついでエーレンタールもまた︑併合はロシアの 前以っての同意を得さえすれば実行できる実情であるとして君主国首相

の疑念を否定し︑また逼迫状態の現存を認めて︑次の如く発言してい ︶

︵ 76

(8)

る︒﹁併合の外交的準備はいずれにせよ極めて徹底的なものであらねば

ならないという点では︑君主国首相と同意見であるが︑私は︑ロシアと

の協定に到達し同国の同意を確保する場合それで充分だと思う︒何とな

れば其の場合併合は実行し得るからである︒これに反して私は︑併合に

関してその他の国々とも交渉することは好都合だとは思わない︒私は︑

君主国首相の見解に反して︑君主国にとって対内的にも対外的にも逼迫

状態が現存しているという意見である︒﹂

一〇︑併合実施の緊急性に関する君主国蔵相の意見

 さらに君主国大蔵大臣ブリアン男は︑およそ八つの観点から︑すなわ

ち︑ L逼迫状態はすでに四月以来醸成されている︑ 2新しい観念を

抱いている両州住民の政治的心理的状態︑ 3両州における代議制度実

施促進のため︑4代議制度計画の実施を︑君主国代表委員会召集期日

︵九月末︶殊にトルコ議会召集期日︵十一月︶前に果たす必要上︑ 臥

同時的併雑なくしては州議会の創設は考えられない︑ a併合は両州住

民大多数の希望である︑乳セルビア人の煽動を封ずるため︑ &併合

により生ずる危険は︑現状の存続に由来する危険に比して小さい︑以上

八つの観点から︑併合実施の緊急性を強調して次の如く論じている︒

﹁私は何はさておき︑青年トルコ党の革命よりずっと以前本年四月一日

陛下に提出した覚え書の中で︑併合問題について態度を決めまた併合の

即時的遂行のために弁じたということを回想している︒トルコにおける

諸事件はそれ以来私の確信を強め︑また私の見解によると︑事実上逼迫

状態が創られて来ている︒この逼迫状態は何よりも先ず︑両州住民の政

治的心理的状態から生じている︒両州では三十年にわたる占有がその住

民を完全に変化させ︑また占有国家の影響の下に育て上げられた︑新し

い観念を有った人々が育成されている︒私は既に久しい以前から占有両

州における代議制度設置計画を完成しており︑またこの計画は青年トル

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について コ党事件の結果においても変更される必要はなく︑然しながら確かに︑ この計画の実施については︑急速なテンポを必要とする︒この代議制 度は三種である︒①地方委員会︵しU①N一吋一︵ω9GのωO︼ρ⇔ωωΦ︶②郡代表

︵囚お涌くΦ旨︑Φεbσq①b︶及び③オーストリア州議会の方式に従った︑

また大体これと同じ権限を有する一つの州議会︵①一b即○く一bN一巴冨bα−

雷αQ︶である︒特に今述べた代議制度の採用促進のためには︑なかんず

く二つの期日すなわち︑君主国代表委員会召集の期日たる九月末とトル

コ議会召集期日︵十一月︶とが特別の重要性を有っている︒この代表委

員会において共同政府に対し必らず︑両州に関する政府の計画に対し質

問が向けられるであろう︒そしてかかる質問に対し明快な回答を与える

よう此の計画が準備されねばならない︒両州住民はいかなる場合にも︑ 既に従来の会期の際におけるが如く︑代表委員会の各委員と交渉を始

め︑これら委員に圧迫を加えるであろう︒トルコ議会召集の期日はなお

一層重要なものである︒何となれば︑以下の事柄に関してなんらの欺購

にも身を任せてはならない︒すなわち︑この議会の行動は︑トルコ国家

の保全並びに要求に関する宣言であろうし︑また君主国に対する列国に

よる占有依託は効力を失ったものとして宣言されるであろうし︑しかも

此の要求は︑君主国は両州における使命を果したものであるゆえ今後は

両州から撤退せねばならないか︑それとも君主国は依託された使命を果

すことが出来ないで居り︑この際君主国がこれ以上両州を占有するなん らの理由も現存しないという動機づけを楯として︑提出されるであろ

う︒然しながら両州における立憲制度採用の促進はまた︑両州住民を顧

慮して行なわれねばならないであろう︒彼等はこの採用に対して︑完全

に立憲政体の下に生活している隣接諸国の住民ほどには成熟していない

ということを︑決して認めないであろう︒然しながら両州における代議

制度が採用される瞬間から︑併合の遂行に関してもまた逼迫状態が創

られる︒何となれば同時的併合なくしては州議会の創設は考えられない

からである︒併合は︑最終的状態の設定を断固として渇望している住民 ︶

77

(9)

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

によって冷静に受け入れられるであろう︒恐らく︑少数の抗議が︑大セ

ルビア国家理念の信奉者たち並びに︑セルビア人の雇い人となっている

者をふくむマホメット教徒によって行なわれるであろう︒然しながら大

体から観てむしろ︑君主国がずっと以前に併合を遂行しなかったという

ことに対する驚きが一般的となるであろう︑と主張し得るのである︒偉

大な行動のための瞬間が今や到来している︒併合は︑占有両州の重々が

屡々自己の所属について正当な認識を有たないために現在幾重にも無造

作に行なわれている外国の煽動に対してもまた︑閂を差すであろう︒両

州住民は︑併合により︑また併合の結果として生ずる︑この複合国家の

国法的関係の規定に基き︑その政治的権利を君主国の代議制度の中で行

使できる立場に移されねばならない︒州議会の設置と両州住民の側での

政治的権利の行使との間に︑恐らくなんらのスペースも存在すべきでは

ない︒それとも此のスペースは︑トルコ議会に対し︑占有両州住民に悪

い感化を及ぼす猶予を与えないために︑できる限り迅速に除去されねぽ

ならない︒私は︑占有地域において︑併合を緊急に要求する逼迫状態が 生じて居り︑併合の遂行と結びつくことあるべき危険は︑現状の存続に 由来すべき危険に比べて卑小なものであるという結論に到達して

いる︒

十一︑ 併合計画に対する君主国首相及びハンガリー

王国首相の態度

 ついで君主国首相ペック博士は︑両州の併合計画に対し唯今同意の旨 を述べる立場ではなく︑また此の計画をオーストリア政府の名において

行なうことが出来るためには︑オーストリア閣議に諮らねぽならぬこと

を言明し︑さらにハンガリー王国首相ヴェカーレ博士は︑さし当り個人

としてのみ事相に同意するが︑ハンガリー閣議では自分の職を堵して併

合を主張すべきを断言した︒こうして今や君主国首相は︑この共同閣議 における論題についての更に進んでの態度決定を︑併合されるべき両州 の国法上の関係の規定についてハンガリー王国首相と協定に達するや否 やということ︑並びに彼が逼迫状態の事実上の現存についての確信を得 るや否やということに依って決定することとなった︒そして審議事項を 転じ︑軍事大臣に向って︑併合を軍事的に準備するためには如何なる方 策を講ずべきやとの質問を発した︒

十二︑併合の軍事的方策に関する軍事大臣の意見と    ロシア・トルコ・イタリアの戦力に関する参

   謀総長の意見

 これに対して︑君主国軍事大臣シェーナイヒ男は︑簡潔に︑﹁この点

については︑占有地域における軍隊の現勢力を増加することとし︑両州

における軍隊をノヴィバザール州から撤退する旅団だけ増強すれば充分

である﹂と答えた︒君主国首相はさらに︑欧州の或一国との戦争の場

合︑君主国の軍備はどうであるかとの質問を提出した︒これに対し︑君

主国参謀総長コンラート・フォン・ヘッツェンドルフは︑ロシア・トル

コ・イタリアの戦力については心配の必要なしとて次の如く答えた︒

﹁自分の状況判断によると︑ ロシアは現在戦争を遂行する能力なく︑ト

ルコの軍事的立場もまた現在︑同国による攻撃を恐れさせる程の立場で

はない︒ドイツは恐らく問題にする必要はない︒従って列強のうちイタ

リアのみが残っている︒イタリアに対しては君主国は軍事的に用意をし

ている︒相互的戦力の純軍事的観点からすれば︑現在の瞬間における対

イタリア戦争はむしろ望ましくさえある︒何となれば君主国は現在なお

イタリアに対する軍事的優位を保持しているからである︒﹂

十三︑ イタリアの態度に関する君主国首相の疑念に ついての議長の解明と︑八月十九日共同閣議

の終了 ︶

︵ 78

(10)

 この時︑イタリアのあり得べき態度に関する︑君主国首相により再び

表.明されし疑念に対し︑エーレソタールは反省考察しつつ︑次の如く︑

心配無用なる所以を述べた︒﹁併合のためにイタリアではなるほど若干

の騒ぎが生ずるであろうが︑それは兎に角として︑一般に平静を維持す

るであろう︒イタリアは元来同盟条約により︑両州防衛の義務さえあ

る︒イタリアは三国同盟条約に基いて︑バルカン半島・エーゲ海または

地中海における現状が変更を蒙った場合︑補償要求を持ち出すことが出

来るだけである︒この場合イタリアに対しトリポリが補償対象として考

えられる︒なおまた︑君主国もイタリアもアルバニアに足場を有っては       ⑥ ならないことがイタリアと協定されている︒両州に関しては︑ゴルチョ

ウスキー伯︵○目鋒Ooピ︒げ︒≦ωざ●エーレンタールの前任者︶が一九〇

四年ティットー二︵日博8巳●イタリア外相︶氏とのアバツィア︵﹀びσ甲

N一鋤・トリエストの東南五〇キロ︶会見に際して︑同氏に対し︑この両州

は一般に︑君主国がベルリン会議で無条件的に委託されたる︑またいかな

る側からも︑補償要求を権利づける対象と見なされてはならないところ        ⑦ の客体であるということを言明している︒ティットー二氏は︑たとえ口

述によってではあるが︑調書を作っている︒私は断固として︑君主国と して︑君主国の併合意図に対するイタリア外相の態度に関して同外相を

探ることは得策ではないと考える︒いずれにせよイタリア外相に対する

当該事項の通告は︑併合宣言の直前︑宣言の期日が確定した時行なわれ

て差支えない︒﹂最後に︑ エーレンタールは︑君主国及びハンガリー王

国両首相に向って︑併合すべき両州の将来の国法上の構成問題に関して

出来るだけ急速に協定に到達するよう訴えた︒そして九月十日ブタペス

トで再び︑併合遂行問題について最終的決議に到達するための共同閣議

を開くこととなった︒

十四︑九月十日共同閣議の出席者及び議題

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について  九月十日ブタペストで開かれた共同閣議の出席者は︑八月十九日共同 閣議出席者のうちから参謀総長を除く六人であり︑議題は︑﹁ボスニア 及びヘルツェゴヴィナ歯質準備の方策﹂となっている︒

十五︑併合の外交的準備に関するこれまでの処置に

ついての議長の説明

 議長二二レンタールは町頭︑併合の外交的準備に関する処置につき︑

以下の五件を要旨として︑すなわち︑ L七月六日付ロシア覚書及びそ

の返書たる八月二十七日付君主国覚え書から観て︑ロシアからの抗議を

予期する必要はないと信ずる︑ 2ドイツは︑ドイツ国務大臣フォン・

シェーン︵<obωoげ︒①b︶との九月五日会談から観ても︑無条件的に麦持

してくれる︑ aイタリアは︑ティットー二との九月四日会談から観て

も︑心配は要らない︑ 4ドイツ・ロシア両帝・イタリア王への親書及

びイギリス王・フランス大統領への通報準備もできている︑ 臥トルコ

との一時的な外交関係の断絶やトルコの一時的混乱は恐れる必要なく︑

むしろ其の後はすっきりした関係が生ずるとして︑およそ次の如く説明

している︒﹁先ずロシアに関しては︑私は何よりも第一に︑すでに先の

閣議においてペテルスブルグ政府の七月六日付覚え書について言及した

ことを回想する︒この覚え書の中で君主国に対し︑両州並びにノヴィバ

ザール州を併合すべしとの提案が︑或︑かなり極端な補償要求の下にな

されている︒その覚え書に答えて私は︑八月二十七日イスヴォルスキー

氏に対し一つの覚え書を伝達させた︒その中で私は︑君主国は実質上両

州を︑国際的信託に基き占有しまた武力をもって占領したところの︑三

十年来の領土と見なしているということを言明している︒この前提の下

に私は︑上述の覚え書の中で︑両国政府間諒解の基礎として次のもろも

ろの観点を提出した︒  君主国とロシアは︑まさしく事情が許す限

り︑トルコにおける現状を維持せんとの両国の決心を保持し︑相互的諒 ︶

︵ 79

(11)

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

解の場合において以外は︑近東における一切の干渉をやめる︒然るに強

制的事情が君主国をして︑両州の併合を余儀なくさせるとすれば︑ロシ ア政府はこの処置に対して好意的友好的態度をとることとする︒その代

りにウィーン政府は︑併合宣言後直ちにその軍隊をノヴィバザール州か

ら撤退し︑この領土の併合をすべて決定的に断念︑すべく義務づけられ

る︒コンスタンチノ㌧フル及びその隣接地域並びにダーダネルス海峡の

通航に関して︑ウィーン政府はまさかの場合に内々のまた友好的な感謝

の交換を用意している旨を言明する︒一この覚え書はイスヴォルスキ

ー氏により大体好意的に受取られている︒私は間もなくブフラウにおい

てロシア外相と会合するであろう︒そして其の時︑君主国の覚え書の中

に含まれている提議について同氏の見解をきく機会が到来するであろ

う︒私はなるほど︑八月二十七日付覚え書の中に述べている観点がロシア

側で受入れられるということについて絶対的保証を与えることは出来な

い・然しながら私は・七旦ハ日付ペテルスブルグ政府覚漏の中でなさ

れた提議を顧慮すると︑同政府は或程度までは拘束を受けているものと

見なしている︒それゆえ私は現在︑併合に際してロシアからのなんら

の抗議を予期する必要はないであろうという希望をつなぐことが出来 ると信じている︒﹂一ついでエーレンタ:ルはべレヒテスガーデン

︵しd①目Φ∩罫①ωσq鋤α①b●︵ザルツブルグの南陽〇キロ︶滞在中のドイツ国務        ⑨ 大臣フォン・シェーンに対して行なった訪問︵九月五日︶について言及

した︒   ﹁私はフォン・シェーン氏に対して次の如く語った︒﹃君主

国はなるほど近東における其の保守的政策を維持し︑また現状を固守せ

んと欲しているが︑何はともあれ︑この意図をくじくに相応わしい︑ま

た君主国をしてノヴィバザール州における其の守備権をすてて同地から

撤兵し両州併合に着手せしむることあるべき強制的性格を有する事件

が︑生ずるかも知れない︒﹄これに対し同氏は︑君主国にとって占有両

州に関し青年トルコ党革命のために生じているところの困難な立場を完 全に諒解し︑また唯︑君主国がトルコ領土に対する其の野心において極 めて慎重で控え目であることについて︑或種の驚きを表明しただけであ る︒同氏は︑私が指摘した事態が発生した場合は断固としてドイツの麦 持を算入できるであろうと付け加えた︒﹂iさらにエーレソ八二ルは︑ イタリア外相ティットー二とザルツブルグ︵ω巴Nσ母σq︶で行なった短          ⑩ 時間の会談︵九月四日︶に言及した︒一﹁私はイタリア外相に対して 次の如く語った︒﹃君主国は対トルコ政策に関しては出来る限り他の諸 国と同じ線上で行動せんと願っているが︑君主国にとって︑トルコに対 する其の地理的位置のためにのみならずまた︑両州並びにノヴィバザー ル州に関してベルリン条約により君主国に譲与されたる権利のために︑ 特に困難な立場に立っている︒両州に関しては︑両州における君主国 の占拠は永久的なものであり︑君主国が両州占有の形式を決定的方法 で規定するということは︑唯事情次第であろうということには︑恐らく なんらの疑いも存在し得ない︒﹄これに対し同氏は︑両州は自明的に 君主国に属しており︑君主国はこの両州に関する権利についてイタリア の署名を有しているということを︑積極的な態度で言明することをなん ら躊躇しなかった︒私もまた此の機会に︑同氏に対し︑君主国は両州占 有後四年にして締結されたる三国同盟条約の規定に従って︑この両州の 国法的関係の規制の場合︑イタリアに対する補償承諾についてなんらの 拘束も受けない︑ということを確言すべきであると信じた︒ノヴィバザー

ル州に関しては私はイタリア外相に向って︑一九〇四年におけるゴルチ

・ウスキ三二と同様に︑同地守備隊を増強拡大する権利を固守するとい

うこと︑然しながらかかる権利を行使すべき不慮の必然性は決してウ ィーン政府の意図に一致するものではないということを説明した︒私は

なお︑このような場含にはティットー二氏に対し︑イタリア政府が君主

国の保守的政策を自国民に向って説明し弁護できるように︑予め知らせ

ることを約束した︒併合処置の場合にも私は︑たとえ直前であっても︑ ︶

80

(12)

イタリア外相を議会に対し苦しい立場に陥れないために通告せねばなら

ぬであろう︒大体から観て私は︑イタリア外相との会談から︑併合に関し

てイタリア側からはなんら重大なことがらを恐れる必要はないという確

信を得ることが出来た︒しついでエーレンタールは︑さらに進んでドイ

ツ皇帝・ロシア皇帝及びイタリア王に対し陛下の親書をもって︑差し迫 っている併合を通報する用意があり︑一方イギリス王及びフランス大統

領に対しては︑ロンドン並びにパリ駐割の君主国大使を通じて︑この目

的のための願いの引見において︑類似の通報を為すてはずであるという

ことを申述べた︒  最後にエーレソタールは︑トルコの態度に関連して︑

既述の如き楽観的見通しを立てている︒一﹁私はまた︑併合の場合ト

ルコがいかなる態度をとるか︑そして併合はトルコにおいて如何なる印

象を与えるであろうかということに就いて研究せんと企てており︑しか

も私はこの目的のために︑目下トルコ政府の首班に立ってはいないけれ

ども殊に優れた一人物を探らせた︒この人物は前トルコ帝国宰相フェリ

ト・パシャ︵国①艮α聞鋤ωoび鋤・一◎OGolOoO鴇︸⑩1さ⊃○︶ であり︑ パラヴィチ

ニ︵剛P急設ぐ一〇陣b一︶辺境伯︵コンスタンチノープル駐割君主国大使︶は︑

極めて慎重な遣り方でノヴィバザール州空け渡しの可能性について示唆        ⑪ し︑その際両州併合の可能性を暗示した︵九月二日︶︒それに対してフ

ェリト・パシャは︑君主国軍隊の同母からの撤退は︑トルコにおいて必

ずや大きな譲歩と見なされるであろうけれども︑自分は︑現在の時期に

おいては両州に関しては︑そのような重大問題を談判できるトルコ政府

は唯今事実上確かに存在しないから︑なんらの企ても為さないよう切に

勧告せねぽならないという言葉を以って応酬した︒そこで私は大使に対 し︑この場合のさらに立入ったフェリト・パシャとの討議を中止するよ

う訓令した︒私はそれはそうとして︑併合直前になって再び此のトルコ

政治家に接近することを留保している︒加うるにまた︑トルコ軍隊は目

下きわめて秩序素乱しているので︑トルコについては抗議以上のもの︑と

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について にかく外交関係の断絶をも恐れる必要はほとんどない︒しかも︑併合実 施の後また最初の混乱が静まった後︑対トルコ関係は十中八・九は︑断 絶前よりも本質的に改善されるであろう︒何となれば︑その場合トルコ と君主国との間にはすっきりした関係がうち建てられるからである︒﹂

十六︑急速な処置を必要とする理由についての議長

の論述

 ついで︑君主国首相が︑併合の直前トルコ皇帝に対し︑併合とその代

償としての撤兵を申出るのが得策ではないかと質問したのに対し︑エー レンタールは︑急速な処置を必要とする理由について︑先ず︑トルコ駐

劉大使の賛成とセルビア駐劉代理大使の報告に基くセルビア︑人の煽動状

況とを指摘し︑さらにノヴィバザール州における親心派の衰退と︑反懊

派の君主国守備隊との衝突の危険増大せるを挙げ︑最後に︑主たる三理

由として︑ L十一月中に召集されるトルコ議会が︑ボスニアに関して

決議を行なう危険︑ 2ボスニア自体において独断的に議会を構成する

という危険︑3現在は︑自主的で有利で雅量ある撤兵を行なう最後の瞬

間であるとして︑次の如く論じている︒﹃トルコ駐⁝割君主国大使は初め︑

現在の時点における併合計画に対して疑念さえ主張したが︵註︑八月十        ⑫ 二日付及び九月二日付私信を以って︒︶︑その後彼の意見を変え︑この際

驚愕させるような影響が与えられねばならぬということに賛意を表明し

た︒私の手に極最近始めて入った報告もまた急速な処置に賛成している︒

ベルグラード駐劉君主国代理大使からもまた︑セルビアの行動委員会

こωδ<①bω閃ご口σq..が︑ボスニアで革命運動を煽り︑またクロアチア︵懊 領︶でも革命運動をけしかけたり︑たくらんだりする目的のために︑青

年トルコ党委員会と交渉を並めているとの報告が提出されている︵註︑

この報告は恐らく︑この代理大使に都合のよいように偽作された文書に     ⑬ 基いている︶︒ノヴィバザール州においては信頼のできる︑君主国に好 ︶

︵ 81

(13)

一九〇八年ボ・へ両州併合の論拠について

意的なすべての年とったトルコ人公務員はだんだんと免職させられ︑セ

ルビアに好意的な新政体の人々によって取って代られて居り︑このこと

は同州における君主国守備隊との衝突の危険を極めて本質的に高めるも

のである︒セルビアは︑ボスニア・クロアチア及びダルマチアにおいて

君主国を窮境に陥しいれるために︑また自国の野望に好都合な状勢を招

来するために︑あらゆる手段を尽くしているということに対しては︑ま

さしく何等の疑いの余地がない︒現在の時点において急速なる行動を弁

護する理由が主として三つ存在している︒すなわち︑ L十一月中に召 集されるトルコ議会が︑ボスニアに関して決議を行なう危険︑ 2ボス

ニア自体において独断的に議会を構成するという危険︑ 3現在はな

お︑君主国が自由なる決心に基きノヴィバザール州から撤兵できるとこ

ろの︑またかかる決心が依然として有利な雅量ある行動を意味するとこ

ろの最後の瞬間であるということ︒此の時点が放榔されるとすれば︑こ

の秋から冬にかけて同州において︑君主国軍隊の側における自発的撤退

を妨げるのみならず︑君主国をして同州自体における君主国の立場を十

五個兵団の動員によって防衛するを余儀なくさせるところの事件が︑容

易に生ずるであろう︒﹂

十七︑君主国首相︑逼迫状態の現存を認むるに至る

 ここに至って君主国首相も遂に︑逼迫状態の現存を認むるに至り︑外

交上の準備について議長を徹底的に信頼するとて︑およそ次の如く発言

した︒﹁議長から自分に伝えられた.フレブレ︵匹①︿﹈﹂Φ︶駐屯軍旅団長の        ⑭ 同地の状勢についての報告は︑私に実に大きな感銘を与え︑今後は私

も︑同地の状勢は極めて重大な性格を容易におびることが出来るという

ことを認めねばならない︒私は今や︑懐疑の状態に終止符を打つことを

最高度に望ましいと思わしめるところの逼迫状態が︑事実上現存してい

ることを認容し︑外交上の準備に関しては︑私はこの際︑実際に責任を 有っている議長に徹底的な信頼を捧げたい︒﹂

十八︑九月十日共同閣議の終了

 議長はさらに︑トルコ政府宛の覚え書の原案を朗読させた︒この覚え

書によって︑一八七九年四月二十一日のコンスタンチノープル条約の解

消が予告され︑またトルコ砂府に対して︑君主国は再び両州に関して其       ⑮ の決心の自由を取り戻すこととなっていた︒最後に︑併合に際しての動

員問題について討論が行なわれ︑国の内外に対する印象を悪くしないた

め︑さし当っての動員を避くべきを結論した︒議長工iレンタールはそ

こで︑懸案の諸問題の決定的解決のために近々もう一度共同閣議を召集

することを留保して︑会議を閉ぢた︵然しこの共同閣議は︑十月五日の

併合宣言まで結局行なわれなかった︶︒

 以上本論において述べ来った叙述の綜合的結論として︑一九〇八年十

月五日宣言︑すなわち︑ボスニァ・ヘルツェゴヴィナ両州併合及びノヴ ィバザール州よりの守備隊撤退に関する宣言の論拠ないしは此の宣言を

守り抜いた原因を︑およそ次の九項目を以って言い表わすことが出来る

であろう︒

2

1

一般的には︑青年トルコ党による七月二十三日革命の結果生じたる

状勢急変のために︑オーストリア・ハンガリーの共同閣議が︑自国

の運命にとっての逼迫状態の到来せるを認めたこと︒また︑オース トリア帝国ハンガリー王国両政府間の︑併合のための国法上の諸問

題についての意見が一致したこと︒

両州憲法の採用が急を要したこと︒すなわち︑トルコの憲法採用

は︑両州憲法の採用をも必須的ならしめたが︑両州住民そのもの

も︑三十年に亘るオーストリア・ハンガリー占有行政の結果︑今や ︶

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参照

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