奈良教育大学学術リポジトリNEAR
Eysenck のパーソナリティ理論とスポーツにおける
「あがり」の関係
著者 竹村 昭, 岡沢 祥訓
雑誌名 奈良教育大学紀要. 人文・社会科学
巻 28
号 1
ページ 161‑168
発行年 1979‑11‑15
その他のタイトル The Relationship Between Eysenck's Theory of Personality and Stage Fright in Sports
URL http://hdl.handle.net/10105/2474
Eysenckのパーソナリティ理論と スポーツにおける「あがり」の関係
竹 村 昭 岡 沢 祥 訓 (体育学教室) (中京女子大学)
(昭和54年5月1日受理)
緒 首
身体運動とパーソナリティに関する研究は、従来、 2つの側面からのアプローチがなされてい るo その1つは身体運動がパーソナリティに及ぼす影響であり、他の1つはパーソナリティが身 体運動に及ぼす影響の研究である。これら諸研究の多くが、身体運動(主としてスポーツ)は何 らかの形でパーソナリティに影響を及ぼすと考えられ、いろいろの立場や視角から問題にされて いる。しかし、後者の研究はほとんどなされていない現状である。
パーソナリティ要因が身体運動に及ぼす影響についての研究が、数少ない主な理由のひとつと して、パーソナリティの理論的背景が明確にされていないことが挙げられる。
理論的背景が比較的明確で、かつ身体運動と関係をもつと予測されるパーソナリティ理論のひ とつにEysenck の理論がある。
Petrie et al. (I960). Rudolph & Gerald (1970), Frank & Sonja (1970), Luduigh & Ha‑
PP (1974)は、感覚遮断の状態では外向者が内向者よりも耐えられないことを報告している。こ れらの結果からみて、スポーツ参加に外向者が積極的であることが推測される。
一方、 Whiting & Hutt (1972), Buckalew (1973), John & Chris (1978) は、動作特性と Eysenckの向性との関係を分析している。
1964年にEysenck のパーソナリティ理論における、向性と神経症傾向を測定する検査として、
MPI (Maudsley Personality Inventory)日本版が標準化されている。このMPIを用いて、岡 沢ら(1975、 1977、 1979)は、向性と動作特性との関係について、また、米川ら(1978)は、向 性と競争効果との関係について検討を加えているO
これら多数の先行研究の結果から、 Eysenckのパーソナリティ理論は、身体運動における予測 変数として有益な理論であると考えられる。それ故、 Eysenckのパーソナリティ理論によって予 測され得るスポーツ事態を、より明確に実証する研究が必要と思われる。
ところで、人間の身体運動が感情や情動によって、さまざまな影響を受けることはひろく知ら れるところである。この影響は、あるときはパ‑フォーマンス(performance)を促進させ、ま たあるときにはこれを抑制し、ときには破壊に追いこむこともある。しかし、このような現象は、
だれにも同じであるとは限らず、あるひとにとっては行動を促進させるが、別のひとに対しては、
マイナスの方向へ導く場合もあるo
これらの現象は、人間のパーソナリティとどのような関連をもっているであろうか。岡村(19 76)は、興奮と運動遂行の関係において、あるレベルまでの興奮の増加は、遂行の進歩に関係し、
161
162
竹村 昭・岡沢 祥訓興奮がさらに増すと、しだいに劣った遂行を示すようになるL,つまり、興街と遂行との関係につ いて、両者間に逆U字曲線的的係が認められると述べている。また、 Cratty (1969)は、運動遂 行と緊張との関係について、最良の運動遂行には最適の緊張水準があり、これより緊張水準が少 なすぎても多すぎても遂行は抑制きれると述べている。
これらのことは、スポーツ場面における競技相手や観衆、あるいは競争事態など興奮レベルを 左右する要因によってパーフォーマンスが変化することを示唆するものであるo
スポーツ心理学の領域では、過度の情動的緊張によるパーフォーマンスの低下は「あがり」 (St‑
age Fright)の現象として、重要な研究課題とされている。
スポーツ競技における「あがり」について、丹羽(1976)は、スポーツの試合などで、なんと なく落ちつかなかったりあわてたりして、からだが思うように動かなかったり、かんじんなこと を忘れたりして口ごろの実力を十分に発揮できない場合、一般に「あがり」の状態であると述べ ている。
「あがり」の原因として、松井(1964)や松田(1953)は、外的圧力による自我体制の崩かい であると述べ、外的な圧力と主体的力との相対関係を重視している。また、市村(1964)は、フ ロイドの理論を用いて、外的圧力のみではなく、個体の無意識のうちにある逃避的な衝動の重要 性を述べ、猪飼(1960)は、生理学の立場から過度の興奮が原因であると説明している。
このように、 「あがり」についての確答は、末だ与えられていない現状であるが、ここでは外 的刺激が強すぎるために過度の緊張状態におちいり、日頃の考えや判断、技術などが十分に発揮 できず、複雑な場面にうまく適応できなくなる状態を「あがり」とする。
Eysenck (1967)は、内向‑外向の次元は、大脳皮質の興奮と制止の機能の相対的な強さに よって決定されるとし、同一条件下においての興奮レベルは,外向者や内向者より低いことを示 唆している。このことから内向者が外向者よりあがりやすいと考えられる。
また、松田・坂田(1968)は、ストレッサーとして課題遂行中に否定的言葉をかけ、高不安群 が低不安群より有意にパーフォーマンスが低下することを報告し、杉原(1976)もパーフォーマ ンスが逆U字型曲線を示すひとつの測度として神経症傾向が考えられるとしている。これらの結 果からみて、神経症傾向者は安定者と比べて"あがりf やすいことが推測される。
市村・松田(1964)は、スポーツ試合場面でとくにあがりやすい選手の性格特性として、 ①心 配性や神経質・ノイローゼ気味などの、いわゆる神経質傾向の強いひと、 ④空想的で、客観的に
ものをみないような傾向、つまり主観的傾向の強いひと、 ④はずかしかりや社会的接触をさける 傾向の強い、いわゆる社会的内向のひとをあげている。
以上の研究結果を合わせて考えた場合、 Eysenck のパーソナリティ理論は、スポーツにおけ る「あがり」を予測するために有益な理論であると考えられる。
本研究では、 Eysenck のパーソナリティ理論とスポーツにおける「あがり」の関係を検討す るために、 ① 外向者は内向者に比べてあがりにくい、 ㊥ 安定者は神経症者に比べてあがりに くいの2つの仮説を設定し、これを検証することを目的とした。
方 法
被験者 中京女子大学体育学部の学生130名(2年次 34名、 3年次 48名、 4年次 48名) である。
表1 あがりに関する調査項目(市村1964)
かんじた
1 プレー中に失敗はしないか と非常に不安である 2 ふだんのように自己を考え
られないでただはうっとして しまう
3 呼吸がみだれ息苦しくなる 4 脈博がはやくなる 5 日分のした失敗が非常に気
になる
6 他人の目が自分だけに集中 されているような感じにとら われる
7 劣等感にとらわれる 8 顔面がこわばる
9 周囲の人が強そうに見える
まmSB か ん じ な I BS Zi
2
ど ち ら と も 3
いえない4
強 く 5
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
10 日のあたりに熱をおびてく 5 4 3 2 1
11不必要な動作に力が入りす5 4 3 2 1 12 多くのむだ口をきいたりす5 4 3 2 1 13 頭に血がのぼったようにな5 4 3 2 1
り、何も考えることができな くなる
14 注意力がさんまんになる
5 4 3 2 1
15 一定のところにおちついて5 4 3 2 1 いられない
16 頭があっくなる
5 4 3 2 1
17 手足が思うように動かなく 5 4 3 2 1 なる
18 気分的につかれる 19 日'JTのしてし
5 4 3 2 1
るプレーが正5 4 3 2 1 しいのかまちかっているのか
よくわからなくなる
20 のどかつまったような感じ5 4 3 2 1 かする
21相手がいやにおちついてい5 4 3 2 1 るように見える
22 足が地につかないような気 分にt」る
23 だえきがねばねばしてくる
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
24 スタンドにいる人の顔がよ5 4 3 2 1 く見えなくなる
25 ウォーミング・アップが身5 4 3 2 1 に入らない
かんじた
26 落ちつこうと努力するにも かかわらずよけい不安な状態
㌣am
27 体があまりいうことをきか ない
まったく
かんじな 1
gS ES
2
どちらとも 3いえない
4
強 く 5
28 なんとはなしに不安を感じ5 4 3 2 1 29 日分の思っていたことを忘5 4 3 2 1
れてしまう
30 いつもの考えがまとまらな5 4 3 2
い
31むねがどきどきする
5 4 3 2 1
32 日分のプレーに自信がなく 5 4 3 2 1teる
33 みみたぶやほほがほてるよ5 4 3 2 1 うに熱くなってくる
34 身体のコントロールがむづ5 4 3 2 1 かしい
35 相手に対して恐怖を感ずる 36 体中があっくなる 37 足かかるく感じられる
3 2 1
3 2 1
5 4 3 2
38 周囲の状況と自分がかけは5 4 3 2 1 なれたものになる
39 どうでもよいという気にな5 4 3 2 1 ..り逃げ出したくなる
40 注意力がなくなる
5 4 3 2 1
41落ちつこうとしてかえって 3 2 1あせる
42 プレーするときあわてる
5 4 3 2 1
43 不安になったり陽気になっ5 4 3 2 1たり気分が動揺する
44 のどかかわく
5 4 3 2 1
45 日分が失敗しはしないかと5 4 3 2 1気になる
46 気がそわそわする
5 4 3 2 1
47 筋肉が固くなったような気5 4 3 2 1かする
48 手のひらに汀をかく 49 尿意をもよおす
5 4 3 2 1
5 4 3 2 1
50 休がillに浮いているような5 4 気がする
164
竹村 昭・岡沢 祥訓材料 ① 11用‑ (1964)によって尺度化された50項目からなる「スポ‑ツにおけるあがり調査 票」 (表1)を用いた,,なお、あがり調査の内容は「F川t*中経系(とくに交感神経系)の緊張」
「心的緊張力の低下」 「不安感情」 「運動技能の混乱」の4つからなり、あがりやすい方向に得点 化されている。この尺度で測られるものを"あがり度3 とする。
④モーズレイ性格検査(H.J.アイゼンク著、誠信書房発行 日本版MPI)0
手続 調査は1978年10月に、学年ごとに集団で行われ、調査の趣旨や調査内容を説明した後 に記名式で記入させ回収し、謝意を表した。
データの処理は次のようになされた。先ず「あがり調査」の結果にもとづき、あがり得点96以 下の者23名を低あがり(L)群、 121‑138の者18名を中あがり(M)群、 164以上の者16名を高
あがり(H)群とした。そして、 3群の被験者のデータが分析にかけられた。
結果 と 考察
全被験者(130名)に実施した「あがり調査」の平均点は129.91、標準偏差は34.02であった。
このうち、平均点より‑1SD 96点以下の者を低あがり群とし、 ±0.25SD 121‑138点の者を中 あがり群、 11SD164点以上の者を高あがり群として用いた。なお、各群のあがり得点の平均と 標準偏差を表2に示すO
向性について
高・中・低各あがり群の向性得点(E得点)の平均は表3に、それにもとづく分散分析の結果 は表4に示す通りである。表から明らかなように、低あがり群、中あがり群、高あがり群の順に E得点が低くなる傾向がみられ(図1)、あがりやすいものが、より内向的であるという結果が 得られた。しかし、分散分析の結果では、 3群の間に統計的有意差を認めることはできなかった が、内向者は外向者よりあがりやすい傾向が示唆された。したがって、外向者は内向者よりもあ
表2 あがり得点の平均とSD
N SD
表3 向性得点の平均とSD
雷雲芸;Z芸16 18180
13。霊:霊雷雲芸;Z霊
低あがり群2379.0912.69低あがり群
N 芳 sD
16 30. 13 10. 26 18 34. 94 8. 80 23 35. 35 11. 29
がりにくいという本研究の仮説は決して不合理ではないであろうo ただし、 MPIで測定された 向性尺度をもって、スポーツにおける「あがり」を予測できると結論づけることはできない。こ のような結果が何に由来するかは速断できないが、ひとつには、本研究の被験者が女子学生に限
られたこと、つまり、性差が関与しているのかも知れない。この点の究明にあたっては、さらに 男・女両被験者群に実施して検討することが必要と考えられる。第2には、被験者が体育学部の 学生であるため、その大部分が多くの試合経験をもち、かれらは既に「あがりの防止対策」を獲 得しているのではないかと考えられるO これについては、今後さらに、被験者のスポーツ種目や 経験年数さらには運動技能水準などの条件を統制しての検討が必要と考えられる。
神経症傾向について
高・中・低各あがり群の神経症傾向得点(N得点)の平均は表5に、それにもとづく分散分析
N粗・∴,I.
s i a s e 矧
中 * C . ‑
・ , り m
図1 あがりと向性の関係
I'‑I
あ か リ m
帆 あ が り 肘 図
中
2 あがりと神経症傾向の関係
高 一 の が り m
は表6に示される。ここに明らかなように、低あがり群、中あがり群、高あがり群の順にN得点 が高くなる傾向がみられ(図2)、あがりやすいものの方がより神経症的である。また、分散分 析の結果は、高あがり群と低あがり群の問に1%レベルで有意の差が認められた。すなわち、高 度な「あがり」は神経症的傾向の強いものにみられる。この結果は前述の市村らと一致するもの である。
表4 向性得点に関する分散分析 変 動 因
ss df MS
表5 神経症傾向得点の平均とSD
N X SD
条件 差 294.65 2 147.33 1.36 〟∫ 高あがり群 個 人 差 5849.91 54 108.33 中あがり群 低あがり群
表6 神経症傾向得点に関する分散分析
・<i!動 tA] 55 df M S
1326.96 2 663.48 6.35 **
隻̲̲人差 5646.09 竺̲̲竺56
** ♪;.oi
16 32. 25 9. 14
18 25. 78 10. 73
23 20. 39 9. 86
166
竹村 昭・岡沢 拝謝したがって、神経症傾向に関する、安定者は神経症傾向の強いひとに比べてあがりにくいとい う、本研究の仮説を支持するものである。このことは、日本版MPIで測定された神経症傾向尺 度によって、ある程度はスポーツにおける「あがり」を予測することが可能であることを示唆す
るものである。
F'‑ *^^^^^^^^^Hi ifij
本研究の目的は、スポーツにおける「あがり」とパーソナリティの関係を明らかにするため、
Eysenck のパーソナリティ理論がスポーツ場面での「あがり」を予測するための有益な理論と なり得るかを検証することであった。
運動部に所属する女子学生に、市村によって作成された「スポーツにおけるあがり調査」を施 行し、 H (高あがり)群、 M(中あがり)群、L (低あがり)群の3群を選定した。各群にモーズ
レイ性格検査を実施し、それぞれに向性得点(E得点)、神経症傾向得点(N得点)を検討した,.
得られた主な結果は次の通りである。
(1)スポーツにおける「あがり」の程度は、神経症傾向と関係があり、神経症傾向の高いもの ほど「あがり」やすい。
(2)向性との関係においては、群差は統計的に有意でなかったが、内向的なものほど「あがり」
やすいという傾向が示唆された。
これらの結果から、スポーツ場面における「あがり」を予測する場合、 Eysenckのパーソナ リティ理論は有効な尺度であることが明らかになり、今後の研究‑の示唆が提出された。なお、
本研究では、あがりの程度を質問紙で測定しているため、実際のスポーツ場面での予測を行うに 至っていない。今後、ここで得られた結果を基に、スポーツ場面での心理的変化や技能への影響 などを実証的にとらえた研究を進め、より効果的な「あがり対策」をみつけ出していきたい。
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168
The Relationship Between Eysenck's Theory of Personality and Stage Fright in Sports
Akira Takemura
Department of physical Education, Nara University of Education, Nara, Japan and
Yoshinori Okazawa
Delartment of physical Education, Women′s University of Chukyo, Aich, Japan
(Received May 1, 1979)
The present study was conducted to examine the relationship between Eysenck's Personality Traits (extraversion‑introversion, stability‑neuroticism) and Stage Fright.
The Ss 16 high (H gr.), 18 middle (M gr.) and 23low stage fright subjects (L gr.), whose Ss were chosen from 130 female college studedts on the basis of their score on the questionnaire of Stage Fright.
The subjects were tested the Maudsley Personality Inventory.
The main findings were as follows:
(1) In the scale of extraversion‑introversion, H group showed the lowest E score, M group middle E score, and L group highest E score. But the differences did not reach statistical significance.
(2) In the scale of stability‑neuroticism, H group showed highest N score, M group middle N score, and L group lowest N score. H group showed significantly higher N score
than L group (P<.01)蝣
The findings suggest that Eysenck's Personality Theory is useful theory to predict Stage Fright.