ヨーロッパ連合(EU)における共生教育 −自然(
タンポポ)をテーマとした授業の分析−
著者 小野 擴男
雑誌名 教育実践総合センター研究紀要
巻 12
ページ 87‑97
発行年 2003‑03‑31
その他のタイトル Education to Live Together for European Union : An Analysis of a Lesson on Nature
URL http://hdl.handle.net/10105/81
1.はじめに
日本の教育において、「国際化への対応」というこ とが強く言われ出したのは、1980年代半ば、臨時教育 審議会における論議(答申)以降のことであろう。大 きくはそうした流れの中で、第15期中央教育審議会答 申「二十一世紀を展望した我が国の教育の在り方につ いて(第一次答申)−子どもに[生きる力]と[ゆと り]を−」(1996年、以下『答申』)においても、「国 際化に対応した教育」の在り方が述べられ、留意点と して次の三つのことが掲げられた。「(a)広い視野を 持ち、異文化を理解するとともに、これを尊重する態 度や異なる文化を持った人々と共に生きていく資質や 能力の育成を図ること。(b)国際理解のためにも、
日本人として、また、個人としての自己の確立を図る こと。(c)国際社会において、相手の立場を尊重しつ つ、自分の考えや意思を表現できる基礎的な力を育成 する観点から、外国語能力の基礎や表現力等のコミュ ニケーション能力の育成を図ること。」
こうした教育を実現するために、国際理解教育は、
「各教科、道徳、特別活動などのいずれを問わず推進 されるべき」であり、また、「総合的な学習の時間」
を活用して、「体験的な学習や課題などをふんだんに 取り入れ」て「総合的な学習の時間」での取り組みに ふさわしい総合的な教育活動でもあり、外国語コミュ ニケーション能力の育成として小学校からの外国語教 育も推奨される、とされた。
こうした『答申』を受け平成10年度に出された『学 習指導要領』を見てみると、「総合的な学習の時間」
の学習活動の一つの事例として「国際理解」が掲げら れている。それだけではなく、「国際化と教育」に係 わる上記の留意点の(a)(b)は、社会科や「道徳」の 目標や内容の中に位置づけられる。例えば、小学校の 学習指導要領の社会科の目標は「社会生活についての 理解を図り、我が国の国土と歴史に対する理解と愛情 を育て、国際社会に生きる民主的、平和的な国家・社 会の形成者として必要な公民的資質の基礎を養う。」
であり、第6学年の目標は「a国家・社会の発展に大 きな働きをした先人の業績や優れた文化遺産につて興 味・関心と理解を深めるようにするとともに、我が国 の歴史や伝統を大切にし、国を愛する心情を育てるよ うにする。」とされる。道徳教育では、その内容とし て「h我が国の文化と伝統に親しみ、国を愛する心を
−自然(タンポポ)をテーマとした授業の分析−
小 野 擴 男
(奈良教育大学 教育方法学教室)
Education to Live Together for European Union : An Analysis of a Lesson on Nature
Hiroo ONO
(Department of Educational Method,Nara University of Education)
要旨:ドイツにおいては、旧西ドイツ時代1960年代に、多くの外国人労働者が招致され、その子どもたちの教育が 問題となった。そこでは外国人労働者の子どもとドイツの子どもたちにおける異文化理解ということが、様々に論 じられ実践されてきた。更に、ヨーロッパ連合(EU)の成立(1992年)は、そうしたドイツ国内における異文化理 解の問題を越えて、ヨーロッパ諸国間の異文化理解をいっそう促進することになる。
ここでは、「基礎学校をヨーロッパに開く」(L.ドゥンカー)及び「自然を通して了解し合う」(R.ラオターバッハ)
という具体的教材例の検討を通し、「ヨーロッパに開かれた教育」は、国境を越えた共通性や共同や共生のあり方と その可能性を示唆しており、それはまた日本における国際理解教育の基本的な視点として受け止めることができる ことを明らかにした。
キーワード:経験能力experiential competence 自然学習nature learning 越境crossing-border
もつとともに、外国の人々や文化に関心をもつ。(第 3学年及び第4学年)」「k外国の人々や文化を大切に する心をもち、日本人としての自覚をもって世界の 人々と親善に努める。」と記述される。
もちろん、こうした社会科や「道徳」の目標や内容 が「国際理解教育の充実」から導かれたものではない く、「不易」(「時代を超えて変わらない価値あるもの」) と「流行」(「時代の変化とともに変えていく必要のあ るもの」)という『答申』の基本的な枠組みにおいて、
「国を愛する心情を育てる」ことは「不易」であり、
「異文化理解」は「流行」と考えるところから導かれ ているといってよい。ただ、こうした社会科や「道徳」
の目標や内容とするところは、『答申』にいう「国際 理解教育の充実」のねらいと合致し、「各教科、道徳」
等における国際理解教育の推進に結びつく。一言で言 えば、『答申』でも『学習指導要領』においても、「日 本人としての自覚」や「愛国心」とセットとなって
「国際理解教育」が説かれているのである。いったい、
自国へのアイデンティティの確立を核とした外国の 人々や文化の理解という構図での「国際理解教育」が、
異なる文化を持った人々と共に生きていく態度を、今 日十分育てていくことができるのであろうか。自己理 解や自己確立を抜きにして他者理解はあり得ないとい うのは、教育学的に見て自明とされることなのだろう か。
本稿では、異なる国が連合してユーロという経済圏 を確立させたヨーロッパにおいて、異なる文化を持っ た国民同士が理解し合い共生するためには、現在、教 育においてどのような努力が必要であり、また可能で あると考えているかを二つの論文によって概観し、そ のことを通して日本における国際理解教育の視点を確 認しようとするものである。以下にみる二つの論文、
「基礎学校をヨーロッパに開く」(L.ドゥンカー)1)と
「自然を通して了解し合う」(R.ラオターバッハ)2)の ポイントと両者の関係を最初に述べておくと、前者は、
ヨーロッパ統合の時代を迎えて、ヨーロッパに開かれ たドイツの基礎学校とはどのようなものであるか、そ の基本的な在り方を論じたものであり、後者はそうし た基本的な問題提起を受けて、例えば、自然について の学習はヨーロッパに開かれた視点を獲得させるため に、どう構想されうるのかを具体的に論じたものであ る。
2.基礎学校をヨーロッパに開く(L.ドゥンカー)
統一ヨーロッパにおいては、政治、経済はもちろん のこと、文化、科学、情報面における結びつきが重要 なものとなり、そうしたことと係わって教育への期待 が高まる。青少年に彼らが必要としている教育を与え ているか、技術や社会変革のための決定的な源泉とな る学問や研究に十分な投資が行われているかが問題と
なる。
学校教育とりわけ基礎学校をヨーロッパ統合に方向 づけられた教育として展開するための基本視点は以下 のようなものとなろう。
2.1.基礎学校の二つの方向づけ
−「国民国家」と「郷土」−
ヨーロッパに力点を置いて教育を考えようとする 時、これまでのドイツの基礎学校において中心的なコ ンセプトであった「国民国家」(Nationalstaat)と
「郷土」(Heimat)についの検討は、重要な手がかり を与えてくれる。
(1)教育における「国民国家」という理念
ワイマール共和国以前、民衆学校(Volksschule)
は国民国家という理念で導かれ、そこにおいて国民的、
社会的、言語的な均質性を育てようとした。この「ド イツ人教育」は、地域、宗教、社会階層を越えて、あ らゆるドイツ人に同族意識を与えた。他方で、それは 文化や言語の少数派を無視し軽視することになった。
1923年の布告は、「ドイツの民族意識への教育」を強 調し、学校での適切なドイツ語教育、ドイツ民族性及 びドイツ精神の卓越性を教えることを要請した。「ど の時間もドイツ的な時間とせよ」ということであった。
世紀当初の社会的対立と内的なものに向けての国民 的一体化の促進がそれを要請したといえるが、これは 今日の基礎学校の方向性を指し示しうるものではな い。文化的な少数派を排除しそれとは一線を画して、
一体性を得ようとすることなど今日できる訳ではない し、またそうすべきではない。今世紀の歴史が示して いるのは、国民国家的原理は容易に国家社会主義的占 有に陥るということ。そうした原理によって他の文化 やナショナリティをもつ生徒たちを排斥することにな ってしまえば、全ての子どもたちの学校という基礎学 校への明確な要求とも矛盾することになる。
多元的な価値をもった民主的社会では、一国におい てすら単一的に規定できない生活史や生活スタイルが 存在している。そのことを教育的な関心や感覚から除 外することなどできない。「国民国家」という原理は、
このように考えると歴史的使命を終えた概念なのであ る。国内にある文化的な差異を考慮せずに、今日の基 礎学校教育を考えることはできない。
(2)「郷土」という問題
「郷土」に係わってはさほど明確ではない。郷土概 念の背後には問題を含んだ概念史があるが、そこには 今日意味あるものとして発展させることのできる契機 が含まれている。
問題視される側面は19世紀にまで遡るが、そこにお いて郷土は汚染されていない自然というユートピアと 関連づけられた。当時始まった工業や科学技術による 自然破壊と対置されて、次頁の絵(「村」)に見られる
ように郷土は神聖な世界の表象とされた。19世紀の終 わり頃には、郷土概念はナショナルな潮流に引き寄せ られ愛国的な呪文となった。郷土は、政治的社会的な 緊張関係に置かれた国民に、イデオロギー(虚偽意識)
としてのアイデンティティを提供するものとなったの である。今日に至るまで郷土概念は、そうした問題か ら完全に解放されているとは言い難い。基礎学校の郷 土科はしばしばそのような像によって形づくられてい おり、社会科学的な見方は、古い郷土科の偏狭性と
「現状肯定教育」を批判する。
しかし他方において、今日、郷土概念を教育から完 全に放逐する事はできない。郷土はとりわけ次のよう なところで蘇らされる。日常現実からの逃避ではなく、
その生活の質の転換として理解されることにおいて。
つまり、社会や政治を身近において発見することや政 治的な論議ともなっている環境をめぐる問題が、教育 的に構造化されて学習されることが要請されている。
近い空間を積極的にわがものとし、固有の生活世界を 共に形づくることが、郷土概念と結びつけられた教育 課題となっている。その場合「郷土」はその本質にお いて拡張され、環境や社会問題に対する意識、民主的 行動や社会性の涵養のための結節点となる。そうした ものとして捉えられる限り、ヨーロッパに開かれた教 育を実践する上で、「郷土」は意義ある緊張関係を作 り出すものとなる。
2.2.子どもの日常における ヨーロッパ
以下のような子どもの体験や経験が、より大きな関 連において捉えられるときに、それらは教育的に意味 をもつ。
−子どもは旅行者である。家族休暇において子どもた ちは他のヨーロッパ諸国に旅する。ただ、休暇旅行で 得る印象は、今日の旅行が極めて消費的であるため、
一面的で歪められたものであることが少なくない。対 照的な体験というものは生活条件を考えさせるものと なり、後に授業テーマとして取り上げることで、そう した体験が経験に変わる。
−様々なメディアによる外国の紹介。外国については、
様々なメディアによって子ども部屋に届けられるが、
ここでもまた 経験 が語られるのではない。そこで 伝えられる像は、あたかも経験に基づくものであるか のように見せかけているだけである。スポーツ・フィ ルム、コマーシャル・スポット、娯楽的ショー番組は、
真に考えさせるものではなく、現実と仮想とを混淆し ている。一定の情報や知識は集積されるが、子どもが 現実をより鋭く見抜いていくことには繋がらない。
−学級における多文化の共存。ドイツにおいても学校 における多文化共存の程度には、大きな地域差があり、
ザクセン州の小都市の基礎学校には外国出身の児童が 皆無に等しいのに対し、旧西ドイツの大都市の都心部 ではそうした児童が多数派となってる。しかし学校に おいて、異なる文化を背景にもつ子どもたちの出会い が広がっていく傾向にあることは間違いない。様々な 文化をもった子どもたちの共存を身をもって学習し経 験することが、平和への希求や異文化の優れた理解の 基礎づけとなる。
−外来語。なじみ言葉や流行語は子どもの語彙の中に 入り込んでくる。基礎学校の児童が理解し使える英語 圏の言葉は確実に増加している。コーンフレーク、グ レープフルーツ、ホットドッグ、ベビーシッター、コ ンピュータ、スケートボード、ジョギング、ポップス ター、ポスター、ショー、メーキャップ、ゲームボー イ等々。こうしたことは、日常語がいわゆる国家的言 語圏を越えて広がり、機器、食料品、遊具、衣料、消 費財が様々な国からもたらされていることを示してい る。従来の外国語教育は、日常語に見られる外国語を 外国語学習の基礎能力形成に役立てようとしてきた。
さらに一歩進めて、「(文化の)出会いの言語」の習得 という枠組みで考えることが、ヨーロッパ的感覚を養 うことになる。
2.3.ヨーロッパの遺産
しかし上述の事柄においては、ヨーロッパが伝統的 に築きあげてきた経験様式、生活理解、思考形式が述 べられてはいない。
ガーダマーによれば3)、ヨーロッパの歴史を概観し たとき、まず第一に、ヨーロッパを特徴づけるものは 文化像における科学の確固たる地位であるという。科 学の発展ということが、持続的にヨーロッパの特質を 形づくってきたのであり、ヨーロッパを定義づける。
ヨーロッパは、まさに科学そのものの姿であるといっ てよいし、それは古代ギリシャ以来の伝統でもある。
学校はこうした文化的関連に、どのように参入し、そ れをどう受け継ぎ発展させるのかが問題となる。
ガーダマーの指摘するヨーロッパ的特質の第二の指 標は、ヨーロッパという比較的狭い範囲にもかかわら ず、豊かな文化的多様性があるということ。民族、人
種、言語、宗教による文化的な違いは人間の共生のた めの問題点としてではなく、それへの挑戦として受け 止めることがヨーロッパに提起されてきた課題であ る。歴史が示しているように、ヨーロッパは調和のと れた共生的な民衆の共同体であったことはない。友好 な善隣関係を築き発展させていくこと、そこに平和的 な基礎を築き上げることは、個々人の行動として要請 されている課題である。多様な言語、文化の多様性、
異質なものや最初は違和感のあるものとの出会いは、
学習の機会であり共生のための課題となる。
2.4.教育目標としての「経験能力」形成
基礎学校の教育課題として浮かび上がってくること は、一方でヨーロッパ的に混じり合っている子どもの 日常をどうテーマ化するか、他方でそれを歴史的に生 成してきたヨーロッパのアイデンティティとどう結び つけるかということである。教育学的な解答としては 経験能力(Erfahrungsfa¨higkeit)の形成ということ において求められなくてはならないのであり、それは、
哲学的、倫理的、社会的、教育学的基準を満たした次 の五つの学習を内包することにおいて成立する。
a省察された経験
経験能力というのは、体験(Erlebnisse)の情動的 な内容から生まれてくるものではない。その意味では、
体験という概念でヨーロッパとの出会いを考えようと する教育基準は、あまりに短絡的である。もっとも体 験など必要なしということではなく、体験が経験とな ることが重要なのである。経験が始まるのは体験が
「概念」へともたらされ、体験の意味内容が意識化さ れ分節化されて、そこに何か新たなものが示されるこ とにおいである。体験の「衝撃」を、これまでの受け 止め方や経験と比較しようとする省察において、新た な経験が現れる。ガーダマーの言う科学に刻印づけら れた文化への要請は、体験を越えて経験へと導く概念 の教育において実現される。
s視点の転換
ヨーロッパの多言語性と狭い範囲における多文化性 は、学習を進めていく上での課題となる。他の人々や 事物を、できる限り偏向なく偏見を持たずに捉えるこ とが要請される。「自己自身から離れることを学ぶ」
ということは、今までとは異なる視点で受け取り、別 の見方をしようということである。それはこれまでの 立場を相対化させ、異なる思考の余地をつくり出し、
その後に判断を下すということである。
異なるやり方を知ることは、慣れ親しんできたもの を新たにより深く理解することにつながり、異なるや り方を通してはじめて興味や認識が喚起される。異な る眼鏡で見ることによって、近くに慣れ親しんできた 事象が異なった姿を表す。それは教授学において、ま た何より演劇や芸術において「異化」の技術として語
られてきたことでもある。自明なものや慣れ親しんで きたものを異なる仕方で見るという異化という方法 は、教授学的な考察への示唆にとどまらずヨーロッパ という経験領域の本質的な把握につながる。
d意志疎通を育む
異なるものとの出会いが、自ずと必然的に視点の転 換や異なる観点からの世界理解を可能とするわけでは ない。異質なものとの出会いの機会を視点の転換とし て受け止めるためには、更なる教育的働きかけが必要 とされる。学んだ異なる視点を手がかりに、実際の思 考や判断をどう転換させるのか。視点の統合ないし統 合的に交差させるために、新たな資質が必要となる。
意志疎通というのは、感情移入や両義性への耐性がつ くり出される過程において生まれてくるものである が、それが相互媒介の可能性を求め、異質なものと尊 敬に満ちた交流を行おうとする点において、視点の転 換を越え出るものである。
視点の転換が問題提起的なテキストの学習によって 得られるのに対し、意志疎通は人間同士の出会いや対 話を必要とする。生徒が文化的に異質性をもっている 学校という場は、原理的には、そのための好ましい前 提を備えている。そこでの意志疎通の教育は、ヨーロ ッパ的な出会いという文脈での社会的学習へと発展す る。そこでは矛盾と克服すべき困難とを経験する。極 めて表面的なヨーロッパについてのクロスワード・パ ズルに取り組ませることが問題ではなく、コミュニケ ーション、対話、出会い、つまり意志疎通ということ が、基礎学校をヨーロッパに開くということにおいて 新たに問われる。
f社会構造を学ぶ
直接的な生活経験が減少する中で、知識を自己自身 の経験を通して獲得する可能性は減少している。基礎 学校における異文化との接触は、部分的また項目的で ある。異文化との出会いにおいて、自文化や自社会と の結びつきは重要な問題となるが、固有な経験の地平 は限られており、また本質的な意味関連は固有の経験 の過程で示されるものではない。それは社会学的に定 式化された一次的経験(感覚的な体験・行為)と二次 的経験(法的、経済的、政治的構成された制度的行為)
との違いであり、ヨーロッパ的な次元において教育を 問題とするときにも、そのことが考慮されなくてはな らない。
基礎学校での二次的経験領域の再構成については明 らかに限界がある。複雑な社会的、経済的事象を児童 にわかりやすく提示するには限界がある。法的な契約 書、税制、労働市場の働き、軍事政策、ヨーロッパ行 政といった事柄は、通常、児童の理解を超えた問題で ある。にもかかわらず、一次的な経験の文脈を越えて、
単に首都名を列挙したり、様々な言葉で挨拶したり、
それぞれの国旗を描いたり、朝食の習慣を覚えたりす
る事に止まることなく、構造化された関連を学び得る 授業モデルの構想が要請される。
g平和を生み出す教育
ガーダマーの『ヨーロッパの遺産』の中には、なお 取り上げられるべき又基礎学校の教育にとっても興味 深い第三の視点が含まれている。異なるものに対する 注意と尊敬という知恵である。異なるものとの出会い は単なる認知的な挑戦や知識(認識)獲得の動機とい うだけではなく、理性や倫理性に対する呼びかけでも ある。比較的狭い範囲において異なった文化が出会う 所では、相互の歓迎や協調だけではなく区分けや分離 の必要性が生ずる。文化的な多様性の中に葛藤が潜ん でいることを見ようとしないなら、それは余りにも単 純に過ぎる。それ故、文化の多様性は平和を生み出し ていくための機会として、そのために不可欠なものと して理解されなくてはならない。
学校教育について言えば、教示や説教といったやり 方では達成し得ない、平和の創出に向けての人格的ま た社会的能力の開化ということが問題となる。それは 狭く授業に限定されることなく、もっと幅広く日常的 な学校文化を問い直すことであり、平和的な力を培う 学校現実の形成を問題とせねばならない。
授業での学習を越えた平和教育の問題としては次の ようなことが考えられる。
−平和教育を構想した基礎学校は、児童の社会的、宗 教的、文化的な出自とは無関係に、彼らの個性と人格 性の発達に配慮する。
−学校の風土は平和教育にとって意味をもつ。教師と 児童の出会いや対話の形式、心遣いや寛容の質は、と りわけ重要なものとなる。
−平和教育は、平和的な活動を妨げる制度的な構造を 問題にする。不必要な階層構造、制度的な力による管 理は、平和を生み出す力の観点から検証されなくては ならない。
−平和教育は、児童の共同決定に対して学校が開かれ ていることを求める。授業や学校生活における共同活 動において、全ての者の関与を請求し促進するところ の民主的な構造の発展に価値を置く。
「経験能力」として統括されるこの五つの学習は、
ヨーロッパに開かれた教育にとくに関連づけられたも のではない。その限りでは、ヨーロッパに基礎学校を 開くということが、基礎学校教育の新たな方向づけを もたらすというものではない。むしろ逆であって、学 校のヨーロッパへの方向づけということにおいて、教 育の本来的な機能がそのための基準や解明手段として 役立つということである。統合ヨーロッパという新し い状況においていっそう要請される解放性と柔軟性 は、基礎学校教育における「経験能力」の育成の意義 を改めて明らかにする。
3.自然(タンポポ)学習を通しての ヨーロッパ理解(R.ラオターバッハ)
共通の豊かな自然についての理解を育てることによ って、動物や植物を含めた全体としての世界に対する 責任意識が生まれてくる。子どもに学んで欲しいこと は、自然との出会いを生かし、そこで自然と一体化し て生活を営んでいる人間という存在についての自覚、
認識である。タンポポはそうしたことを理解し認識さ せることのできる優れた教材となる。
タンポポは、ほとんど何処にでもまたいつでも見る こ と が で き 、 ヨ ー ロ ッ パ 中 で 「 ラ イ オ ン の 歯 」
(Lo¨wenzahn)という名で親しまれている。このこと は、まず共通に自然を理解していく上での好条件とな る。更に、タンポポという教材を、「近づくこと」
(Anna¨herung)と「遠ざかること」(Distanzierung)
の弁証法において学習することで、国境を越えヨーロ ッパに開かれた思考や活動を子どもたちに育てること が期待できる。
3.1.「近づくこと」
4つのステップ踏んでタンポポに接近し、それにつ いての理解を同一にするとともに、植物の特殊性と一 回性についての認識を得る。
〈ステップ1−実物や絵を用いての全体的な観察−〉
「観察」
大人も子どももタンポポを知っている。毎年、野原 一面に咲き誇り、その名前(ライオンの歯)は、タン ポポを容易にイメージさせてくれる。授業では、庭や 野原で、また鉢植えにしたものや花瓶に挿した、本物 のタンポポを使って学習できる。テキストでは、写真 や絵を掲げるが、それは名前や言葉を添えてもなお実 物にはかなわない。ただ絵(例えば、下に示す図像)
は事物を異なる観点、異なる視角、異なる地平におい て指し示すことができる。タンポポの実物の観察過程 を通して、図像は、言語と同様、新しい見方や洞察の 手助けとなる。
「考察」
子どもは現象を理解する。彼らは単純素朴に、つま り日常生活におけるように極めて直接的に、開かれた 感覚で好奇心をもって、見たところ何の偏見もなく
「自然な態度で」タンポポに接する。けれどもこうし た観点は、無条件にわれわれに真なる認識や正しい行 為を約束するものではない。図像は言語と同様間主観 的な了解をつくると考えられるが、各自の経験と結び ついてイメージは多様であり、図像を介して了解し合 ったものが同一であるという保証はない。タンポポの 統一的なイメージを与えるには、タンポポを共通に観 察させる必要がある。
〈ステップ2−タンポポの名前の由来−〉
「調べる」
「タラクサクーム:多年生の草本。ミルク状の液を 出し、細長い茎をもち、株状の葉をもった植物。頭上 花で多くの花をつける。花床は球状、花は舌状花冠、
黄色、まれに白、茶、赤色。実は円筒ないし紡錘、ま れにフラット。葉の上部はややザラザラしており、先 端部に柔らかな棘、・・・。冠毛は通常白色の剛 毛・・・。」
このような記述が、多くのタンポポの解説書にある。
そこではたいてい自国語によるタンポポの呼び名とと もに、世界中の植物学者によって了解されている、タ ラクサクーム(taraxacum)というラテン語の学名が 記されている。そうした書物によって、子どもは改め て、花、実、茎、葉、根などの植物の各部分の名称を 自国語で確認する。
タンポポの英語名はdandelionであり、そこにもlion という字が用いられている。フランス語はdent-de- lionで、文字通り「ライオンの歯」を意味し、英語を 分解してみるとdan-de-lionとなる。スペイン語を調べ てみると、diente de leonとなっており、それもまた ライオンの歯という意味である。観察したものを名付 けると名前が一致する。
タラクサクームの更なる特質は、空洞で葉が付いて おらず折るとミルクのようなものが出てくる茎にあ る 。 そ の 花 の 形 の 類 似 性 と 共 に ミ ル ク ア ザ ミ
(Milchdistel)と呼ばれることがある。また、花が実 を付けると「息を吹きかける花」(Pusteblume)と呼 ばれ、実際そうすると花は跡形もなく消えてしまう。
そのほかどんな呼び方がなされているのだろう。
「考察」
子どもはその名前と概念を了解する。現象の捉え方 によって名付け方は異なるが、言語を媒介として現象 を秩序づけ、指標で示し、関連を推測させる。それは 一般的普遍的な認識への準備となる。そうしたテキス トの解釈は植物そのものの経験のみならず、学問研究 の世界への帰属を前提としている。概念はもはや日常 語ではなく、理論的である科学の特別な知を表してい
る。
このようにタンポポに近づくことは、同時にそこか ら遠ざかることになる。タンポポの様々な呼び名は、
ものの名前ではなくて、あるやり方での特徴づけなの である。そのことによって他とは違うものであること を捉えさせるが、同時にその植物との一回的出会いと いう固有性は失われる。しかし個別性の喪失はわれわ れを植物に近づけ、一般的概念的なものを、一回性の 中に豊かに見出すことになる。
〈ステップ3−タンポポの各部分の観察−〉
「観察」
タンポポに近づけば近づくほど、それはわれわれの 視界から消えていく。カメラの焦点付けを考えてみれ ば容易に想像できる。タンポポの全体像はその全体の ポートレットによって示される。しかしそれは全体を 見えるように取り出しているので、野原に生息してい るという、まったくの「自然性」は失われる。更に、
茎、花、花びらへと近づけば、全体はますます見えな くなる。対象へのズームインの過程は、認識対象をそ の部分において分析的に観察することになる。
「考察」
子どもは、観察や何らかの方法によってより詳しく 認識できることを了解する。しかし彼らは、植物に近 づけば近づくほど、日常において見るタンポポから遠 ざかることに気づかない。確かに空間的な近接によっ て知識が増大するので喪失ではない。われわれが眺め てきたものが、分化し補完され豊富になる。そのこと についての認識は、再び日常的に見る植物全体へと立 ち返ることによって喚起される。
〈ステップ4−拡大鏡を用いて−〉
「観察」
肉眼で茎を見るには、それとの間に一定の距離が必 要であり、目から数センチのところでは明瞭に見るこ とはできない。より詳しく見るためには、ある眼鏡の 助けが必要となる。そのためには拡大鏡が効果的であ る。ここで近接は、目と対象の間に装置を介在させる。
茎はなぜ真っ直ぐに立ち、白い液には毒性があるの か、その液は花にまでどのように届くのか、といった ことを考えようとすると、タンポポを眺めているだけ では解明できない。茎をつまんだり、開切したり、拡 大鏡で見たりする。それでもよく分からないから顕微 鏡の助けをかりる(次頁の図)。それによって組織構 造が把握されるが、そこには日常で見るのとは全く別 の世界が出現しており、専門的解説や類比的な「翻訳」
を与えられない場合は、「人間的」な日常的に見える 世界への帰還を望む。
「考察」
技術的な媒体は、人間的な活動を含みもっている。
人間的な行為がその中に構築されているのだが、観察 を細密にしようとすればするほど、道具自体も高度化
し複雑化する。確かさは機能的な明証性において確認 されるが、その有効性は理論に基礎づけられる。
理論に従って道具が作られるが、そうした思考方法 それ自体を問うてみる必要がある。それは、直接的感 覚的な知覚によっては到達できない、仮定や仮説に基 づいたものなのである。つまり、形、色、構造に近づ こうとすればするほど、それらはわれわれの日常的な 感覚から離れたものになっていく。タンポポの花を形 づくる分子は、決して黄色ではない。色などは無いの である。
3.2.「近づくこと」の限界
単純で素朴な世界の見方は、我々が感覚の中に止ま っている限りは、問題の無いものである。ただ、人間 が備えている感覚を越え出ると、感覚に依存した認識 は利用価値や有効性を失う。顕微鏡を通してタンポポ の「歯」を見ることはない。感覚以外に仮説や理論を 頼りとする。それ故、事物に深く入り込めば入り込む ほど、日常的感覚で捉えているものから遠ざかる。感 覚的に見ていることは、ほんのわずかである。教育は、
感覚的な把握の意義とその限界について教えなくては ならない。
基礎学校の子どもは、こうした限界を体験し、経験 し、その度に思考を深める。こうしたことは理論抜き には実現できないが、人間と自然また人間と人間の関 係、更に自己自身の行為を批判的に思考し判断するた めには不可欠である。ただそのことは、技術的な機器 やそれを可能にしている理論に対する責任を放棄する ものであってはならない。限界を感知すること、限界 を超え出ること、限界を設定することが教育上の視点 となる。
3.3.「遠ざかること」
近接を補うために、その存在や発展のための前提、
条件、結果を視野に納める対象との距離が必要となる。
それには5つの距離の取り方が考えられる。
〈ステップ1−周囲の環境−〉
タンポポを詳しく知ろうとするなら、その植生を学
ぶ必要がある。野原への遠足や道ばたの観察から始め るとよい。退いて距離をもって見てみると、数センチ あるいは数ミリの距離で見るタンポポとは全く様相が 異なる。タンポポの周囲にあるものが目に入る。その 土地が日陰か日向か、地味の特徴や共生している動植 物等々。様々な場所で生息しているタンポポを比較す ることで、日陰にある幅広い葉と日向のギザギザが鋭 い細い葉、高い草むらの背の高いタンポポ、広々とし た地面での短い茎に気づく。タンポポは様々である。
〈ステップ2−植物の一生−〉
子どもはまず、彼らのタンポポの一日を観察する。
朝の9時頃にもっとも多くの昆虫ががやって来るが、
それは時間の変化と関係し、又それは日ごとに変化し、
満開時にもっとも多くの昆虫が集まる。一年間の成長 を観察すると、芽吹きから結実まで3〜4週間。何ヶ 月もタンポポは見える形で生息し、一年を通して生命 を保っている。一年の最後に子どもはタンポポの特徴 的な局面を思い起こし、次年度における芽吹きから立 ち枯れに至る全過程を予測する。
最終的に子どもたちにタンポポの一生が理解され る。タンポポは茎や葉が枯れても死んではいない。タ ンポポは一年草ではないのである。子どもは何年か経 てそれに気づき、改めて、どの植物も一回限りの生命 であり、それぞれの生命史があることを知る。そして どのタンポポも同一でないことをも。他の国の人と一 年を通してヨーロッパの自然を観察するなら、ヨーロ ッパには国境のないことが分かる。
〈ステップ3−原生地と分布−〉
更に「家」にあったり「地域」に見られるというこ とは、植物種の由来と関係する。その植物にあった最 適な生息条件を考えるだけなら、育て方についての一 般的な知識を問題とするだけであるが、進化論的に考 えると、ある植物の広範な分布は、広範囲に適応し得 た「生存競争」の結果と見ることができる。植物学者 はその原生地を探り、変種がわずかしかないところを その元々の生息地であると推測する。
子どもとともにタンポポの「綿毛」を追いかける。
そうすれば、実をつけた綿毛は暖められた道路や広場 を越えて、冷えた野原や芝生に降り立つことが観察さ れる。時には10㎞の距離を飛ぶ。いや、風だけではな く川の水はそれをもっと遠くに運ぶし、動物や人間に 付着して国境をも遙かに越えていく。タンポポはその ようにしてヨーロッパ中に根付くことになる。いや辿 れば世界中に広がっている。
〈ステップ4−文化史−〉
言語、絵画、物語、メルヘンは歴史的な見方を示す。
様々な国の子どもたちが、そのことについて意見を交 換する。まず、自国語での呼び名の交換。「犬の花」
「ミルクあざみ」「ハトの花」「聖職者の館」。こうした 名前は、その植物とともに名付た人間の姿を暗示する。
同じ意味をもったタンポポの各国での呼び名は既述し たが、その言葉の発祥地はあるのだろうか。「ライオ ンの歯」という呼び名は、その葉っぱの形にのみ由来 するのだろうか。
ちなみに「ライオンの口(キンギョソウ)」もまた そうであるが、こうした呼称研究がヨーロッパ各地で 行われた。16世紀にヨーロッパ人にとって世紀を画す る、珍しい動物が紹介され強い印象を残したのである。
また、タンポポは多くの国において文化的な植物でも ある。生息地の多様な自然性は、食料や嗜好品や医薬 品として、タンポポの多様な利用価値を生み出してき た。芝生の庭では、その葉が生い茂っていくためにタ ンポポは恐れらるが、生態学的に見て芝よりずっと優 れた利用価値を持ったものである。
〈ステップ5−理想郷−〉
今日我々は自然と同調して生活してはおらず、環境 世界と「自然な」時間のリズムで結びついてはいない。
日夜の区別は活動や睡眠と結びつかず、植物や収穫に おけるように四季とも人間の活動は結びついてはいな い。にもかかわらず我々は長命となり、いわゆる先進 諸国に百歳を越える人も増えている。全体として人口 が増え世界各地で食糧危機が生じているが、その気に なれば全ての人たちを養うことができる。人工凋密な オランダがヨーロッパ屈指の農産物輸出国なのであ る。
こうした楽観的な見方は増加する悲観的な見方と対 立する。確かに、現在の個人主義的な行為、文化的な 価値体系、社会的な生産システムに固執するのであれ ば、我々の生活基盤は、自然においても、文化的にも、
社会的にも崩壊していくであろう。専門家もそうした 判断を下している。いわゆる素人の世界観は、狭い範 囲に固執することによって、全く統一性を欠くものと なっている。だからこそ子どもたちは、タンポポの例 が示すように、人間と自然とがどのように共生しうる のかを学ばなくてはならない。
3.4.教育的視点
−「近づくこと」と「遠ざかること」の同時性−
a「共生」を求めて
−「旅」:今日では、基礎学校の子どもたちもヨーロ ッパ各地を訪れることができる。タンポポを求めてノ ルウェーやスペインの海辺や山に、ギリシャの島々や ハイドパークに。子どもはその企てを自分で計画し、
日頃から交流しているその国の子どもから情報を得る ことができる。旅それ自体が目的となり、そこでの経 験や体験や認識が次の旅への前提や刺激となる。発見 されたものが、いままでの秩序に付け加えられ新たな モデルを生み、新たな発見を促す。タンポポを求めて、
それを狭く研究するためにだけ旅するのではない。
−「子どものネットワーク」:電話やインターネット
といったものによる遠隔コミュニケーションの整備は 目覚ましい。そこには例えば環境データの公開や交換 といったプロジェクトもある。そうしたネットワーク 活動への参加を通して、遠くものもが身近に感じられ、
遠くのものを媒介として身近なものがいっそう切実な ものになる。そうしたネットワークに、例えば酸性雨、
エコシステム、家畜学、地理学に関する専門家が加わ ることで、よりすぐれた学習が期待できる。学習活動 がより普遍的なものとなり、学習というものは、決し て狭い学校の中に閉じこめられているものでないこと を知る。
−「共生」の経験:共通の世界をネット上で交換する ことで、再び、実際の交流計画が実現される。国境を 越えて共に生きるということが、学ぶべき基本的な視 点となる。経験や体験の単なる交換に終わらせてはな らない。自然体験、自然経験が共生のテーマとなる。
教育が目指すところの自己認識に、自然史的な前提は 欠かせない。ヨーロッパの至る所に生息しているタン ポポの学習は、生活の身近にある共通性を理解し合う きっかけを与え、それは互いの命の尊さを学ぶ契機と なる。
s「間」を生きる
どんなものであれ認識方法というのは、対象と自己 自身との間に距離を必要とする。植物、動物、人間を 認識しようとするなら 自己に固着していることはで きないのである。合意された条件に基づいて、他者と の了解を可能とする「間」が必要となる。それは、こ れまでの立脚点から距離を取って考察してみるという ことを意味する。
リット(T.Litt)が自然科学教育のあり方において、
「世界についての論述の有効性は限定的である」と指 摘したことは重要である4)。世界を認識しようとする 者は、完全に世界に入り込めもしなければ、世界が完 全にその姿を示すのでもない。方法において主体は世 界および自己自身と距離を取り、そのことで主体はあ る認識規則に従うのである。そこにおいて、例えば自 然科学は量的に自然を観察する学問となり、そのこと によって世界を解明の対象とし自らを探究の主体とす る。
タンポポを認識しようとする努力について言えば、
その認識過程においてタンポポも我々も相互に入り込 んだり立ち現われたりしない。その後もタンポポは植 物として、我々は人間として生きる。タンポポはその 植生において、我々は我々としてあることにおいて、
獲得された認識は真であり、そのことにおいて認識の 成果は人間的であり得る。
世界と自己の直接性と媒介性を区別すること。その ことの認識を基礎学校では完遂できないが、準備する ことはできる。異なる認識や近接に役立つ補助手段を 使用する機会を得ることで、子どもたちは知覚の直接
性と限界に気づく。それは認識の真理性を求めること において生ずるのではない。真理性の判断ということ では何も変わらない。他者や自然とのより良い共生こ そが実現されなくてはならないのである。ヨーロッパ というモチーフは、共通世界の認識ということであり、
それは完結的であると共に開かれている。
4.おわりに
こうした所論を『答申』の主張と比較しつつ、「国 際理解教育」に示唆するところを考察しておきたい。
ドゥンカーは、ヨーロッパ連合(EU)という新し い時代において、ドイツの基礎学校教育の基本的なあ り方を「ヨーロッパに開く」という命題5)でとらえる。
ドイツを越えた、もちろんドイツをも含んでのより普 遍的な立場から基礎学校教育を考えるべきであるとす る。これは、新しい時代状況における当然の思考でも あり、日本の場合には未だそうした連合体は存在しな いのであるから、その出発点において問題とされる
「国際化への対応」の構えが異なってしまうともいえ る。だから、ドゥンカーの思考の特質は、ドイツとい う国を越えたヨーロッパ連合というもの文化的伝統や 一体性の強調であり、それは教育における国民国家的 な発想の否定となる。他方、未だそのような連合体を 成立させ得ていない『答申』においては、国際理解の ためには、日本人としての自覚が同時に要請されると いえるかもしれないが、しかし、『答申』のそうした 発想は、ドイツと日本の置かれている状況の違いから のみ生じているのではない。
『答申』は、そもそもの教育的な発想において、
「不易」と「流行」という教育を論じる上でそれ自体 は興味深い観点を切り口としながら、「国民国家」と いう概念を「不易」として位置づけるのである。ドゥ ンカーにおいては、ヨーロッパ連合という新たな状況 下での問題提起ではあるが、それ以前に、ナチズム下 における国民国家的なものへの歴史的な反省を踏まえ る。さらに、興味深いことは、民主的な行動様式の形 成や現代社会の諸課題の発見とその解決への取り組み の場としての「郷土」(日本的にいえば「地域」)に着 目し、そこでの教育力を期待するのに対し、同じよう に「地域における教育のあり方」を『答申』も重要な 検討課題とするが、そこでは「地域のアイデンティテ ィを確立し、・・・地域に誇りと愛着を持」つこと、
つまり地域における活動と地域への誇りと愛着という 個々人の内面的な問題とが性急に結びつけられる。同 じように地域を問題としても、日本の場合はナショナ リズムの強調から脱却できない。
教育、とりわけ学校教育は絶対的な教育的自律性を もって語られ展開されるものではなく、政治、経済、
社会等からの働きかけを受けながら展開されるもので
はあるが、『答申』の基本的な発想は国民国家を枠組 みとした政治的な発想が強く作用し、その結果「国際 理解」を主張しながら日本人としての誇りや自覚を強 く促すことになる。ドゥンカーの問題提起から学ぶべ き第一の点は、教育的発想がそもそもそうであるよう に、地域、国家を越えたより普遍的な視点を学校教育 の基本に据えるということ、学校の基本課題である教 科学習は本来的にはそうした機能を持つもの、つまり は子どもたちに極めて広い意味での共通の「言語」
(=思考形式)を与えているのであり、「国際理解」の ための基礎中の基礎を形成していると考えられる。取 り立てての外国語能力の形成だけが「国際化への対応」
ではなく、諸教科の学習がコミュニケーション能力の 基礎を形成しているのである。国際理解教育は、「各 教科、道徳、特別活動などのいずれを問わず推進され るべき」というとき、そこに国際理解的な項目を付加 するというだけではなく、人間としての共通の理性や 感覚を育てるという観点から諸教科・諸教育活動全体 を捉え直すということが重要なのである。基礎学校の 教育目標としてドゥンカーが掲げる「経験能力」の育 成は、「国際理解教育」を実現していく上でも、より リアリティをもた提案となっている。
「国際理解教育」は、また同時に、情報、環境、地 域、文化・伝統等々様々なテーマと結びつく。ドゥン カーから学ぶべき第二の点は、ただ並列的にそうした テーマを学ぶのではなく、それらを貫いて現代的な課 題として人々が平和的な共生を探るということを基底 的な価値とすること、及びそうしことを求めていく過 程はまた絶えざる自己変革を生み出していくものとし て捉えるということである。「ヨーロッパに開く」と いうことは、国を越えたヨーロッパというよりグロー バルなスタンダードに合わせることではなく、教育的 価値として普遍的な「平和」という価値の追究を目指 し、お説教や単なる言葉ではなく生活の様々なレベル において「平和的な共生」を追究していくことが、そ こにおける基本的な指向性であり価値であるとする。
ヨーロッパ連合の成立は、そうしたより普遍的な教育 的価値の実現を促すことになる。他方、『答申』は、
「国際化への対応」ということで、「違いを違いとして 認識していく」「相互に共通点を見つけていく」「多元 的な価値観を尊重し合う」態度の育成(これはまた
「個性」の一方的強調ともつながるが)をいう。しか し、そうしたいわば「自己と他者とを並列的に捉える」
抽象的な枠組みを越えて、歴史・文化的にもまた教育 学的にも確認されてきている人類にとっての普遍・共 通の価値を追究していくという思考が大事なのであ る。戦後教育の中で展開され貴重な蓄積を築いてきた、
教育における「不易」のテーマと位置づけうる「平和 への教育」を「国際理解教育」の基本課題として継 承・発展させ貫くという価値選択が必要なのである。
また、ドゥンカーの問題提起を受けて展開されてい る、ラオターバッハの「自然学習を通しての国際理解
(あるいは異文化理解)」の具体的な学習プランの示唆 するところは、「ヨーロッパに開かれる」という視点 を持つことによって「自然学習」をより豊かに展開で きるということ、別言すれば「自然学習」と「ヨーロ ッパに開かれた学習能力の育成」とは統一可能である ということである。そうした意図のもとに学習材とし て選んだのが、タンポポである。選択の第一の理由は、
タンポポはヨーロッパのどの地域の子どもにとっても 身近なものとして生息していて、誰もが身近に学習で きるという教材の共通性。そしてタンポポが国境を越 えて生息しているという当たり前の事実。(身近な物 の中にヨーロッパを感じる)第二には、そのネーミン グや生活での扱われ方において自然と文化の密接なつ ながりを考えさせることができること。言語が異なっ ても意味することが同一であったり、その由来は単に 外見からくるだけではないということ。つまり、タン ポポという同一の植物は、異なる地域や文化の中で異 なる言語で語られるが、それが表現していること
(「ライオンの歯」)は、その歴史的由来を含めて共通 していること。(異質と共通の同時性)地理学的な場 の特性において嗜好品になったり民衆の知恵として医 薬品として用いられたり、あるいは生息場所によって は雑草として邪魔もの視される等々。(「同じ物」が
「異なるもの」となる)第三は、「自然学習を通してヨ ーロッパに開かれた」思考の育成につながる、「近づ くこと」と「遠ざかること」という思考方法を学ばせ る上でも、第一や第二の特色を持つタンポポは教材と して適している。
この学習プランのおもしろさは、「ヨーロッパに開 く」という視点を持ったときに、自然学習は文化的な 内容を包摂し子どものヨーロッパ的レベルでの交流を 生み出し得ること、また、自然科学的な学習方法を基 底に起きながら、つまりは観察や実験を基本的に位置 づけながら、「近づくこと」と「遠ざかること」とい う思考方法をその学習プランの基本構造とすること で、「国際理解(異文化理解)」的な思考をいっそう促 すことができるということである。「近づくこと」と
「遠ざかること」というのは、ドゥンカーが教育目標 としての「経験能力」の一つの構成要素として位置づ けている「視点の転換」能力でもある。「近づく」「遠 ざかる」は自然科学の学習に恣意的に押しつけられた り、それをゆがめたりするものではない。自然科学の 学習から得られるものをより一般化することからも得 られるのであり、社会科学や人文学の学習においても 共通に見いだしうるものである。教科学習から共通に 得られる「近づく」「遠ざかる」という思考方法は、
「国際理解(異文化理解)」的な思考にとって基本的な ものとなる。つまり、身近な世界に閉じこもっていた
り、また世界を遠くから眺めるだけでは狭くとらわれ た世界から脱却できないのである。眺めているだけで はなく「近づいてみること」、しかし「近づけば近づ くほど遠ざかることがあること」を発見したり、「遠 ざかることにおいて近づくことができること」、ある いは「遠くの中に近くを見」たり「近くの中に遠くを 発見する」こと、さらには、そうした見方を通して結 局のところわれわれは「近く」と「遠く」の「間」を 生きていることに気づくことが大事なのである。まさ にそうした思考や感覚を身につけることが「ヨーロッ パに開かれた教育」の裾野を築くことになり、「国際 理解教育」「異文化間教育」の基礎を形づくる。各教 科における国際理解教育が、単に国際的な視点を付加 するというのではなく、各教科学習が国際理解(異文 化理解)という視点から捉え直されたとき、教科学習 の潜在的な力がいっそう引き出されるということを、
タンポポを核としたこの学習プランが具体的に提示し ている6)。
以上、ドゥンカーやラオターバッハの述べるところ は、ヨーロッパ連合(EU)というものの成立におい て、ヨーロッパ的な視点を基底として、ヨーロッパに おける共存をつくり出すことが可能であるということ である。つまり、そこにはヨーロッパ諸国が並存する というのではなく、ヨーロッパという共通性の中に国 民国家を越えた地域的特質があり、そして又その地域 的なものの中にヨーロッパ的なるものを見出すことが できる、というのである。いわば、より大きな統一性、
普遍性の中に個別性を見、個別性の中に普遍性や共通 性を再発見することができるとする。
翻ってわが国の国際理解教育における強調点は、他 国の文化の理解と同時に日本文化、日本人としての自 覚を要請する。国際理解教育は、日本人としてのアイ デンティティの確立を抜きにしては成立せず、むしろ 時として日本人としての自覚(アイデンティティ)を 育てるための教育であるかのような感じすら与える。
時には、国際理解教育が「日本人としての自覚」とい う強迫観念をもって迫ってくる。
EUというものを実現し、それをいっそう押し進め ていくために提起されている「ヨーロッパ」という共 通視点の強調を、現時点において、そのまま日本の国 際理解教育の視点(=「グローバリズム」)とするこ とはできないとしても、国際理解教育が自文化理解の 強調手段に堕しては意味をなさない。「ヨーロッパに 開かれた教育」は国境を越えた共通性や共同や共生の あり方を探る意味とその可能性を示唆しており、上述 の三つの事柄は、日本における国際理解教育を考える 上で基本的な視点として受け止めることができる7)。
註
1)Duncker,L.:Einfu¨hrung −Die O¨ffnung der Grundschule fu¨r Europa.Akzente im Wandel des Bildungsversta¨ndnisse.In:Duncker,L.(Hg.)
Bildung in europa¨ischer Sicht.Perspektiven fu¨r die Pa¨dgogik der Grundschule.Armin Vaas 1996, S.11−28.
2 ) Lauterbach,R.:Versta¨ndigung u¨ber Natur.
Lo¨wenzahn.In:Duncker,L.(Hg.):a.a.O.,S.81−
106.
3)Gadamer,H.-G.:Das Erbe Europas.Frankfurt 1989.
4)Litt,Th.:Naturwissenschaft und Menschenbildung.
Heidelberg 1963
5)ドゥンカーは、異文化間教育(Interkulturelle Bildung und Erziehung)の代表的な研究者では なく、事物科等を対象とした「教科を越えた」教 材論・カリキュラム論をテーマとする教授学の研 究者である。従って、教科総合的な視点あるいは
(基礎)学校論といった視点から「ヨーロッパに 開かれた学校」を論じ、異文化間という概念では なく「開く」という概念によって論を展開してい る。しかし、そこで展開されている内容は、日本 でいえば「国際理解教育」の範疇に位置づけられ る。また、ドゥンカーやラオターバッハの論は、
常設文部大臣会議の「学校における異文化間教育 への勧告」(1996年)(天野正治編『ドイツの異文 化間教育』(玉川大学出版部1997年において全訳 されている。)にみられる思考と基本的には軌を 一にしている。
なお、本論文の考察において、筆者は「国際理 解教育」をひとまず『答申』において述べられて いるものとして理解し用いる。ただ、『答申』に おいても「異文化を理解する」という表現が用い られており、「国際理解」というのは文化よりも もっと広い政治や経済の体制をも含み持ったも の、それより狭く文化の相互理解を問題とする場 合を「異文化理解」として用いた。また、『答申』
には、「異文化間教育」という用語は見当たらな い。1950年代に日本がユネスコに加盟して以来、
伝統的に「国際理解」という用語が用いられてき たせいでもあろうが、国「際」と異文化「間」と はともにinter-の訳であり、その意味では両者を 並列的に用いると混乱をきたす。ただ、一般論的 には、「国際」は「国と国の際(間)」ということ であり、「異文化間」という用語は「国家」とい う枠組みにはとらわれない「文化と文化の間」を 表している。ナショナリズムをもっと相対化すべ きであるという立場からすれば、「国際」理解と いう言い方には問題を感じるが、他方、国家の枠 組みを相対化させた「国際社会」を「国際」(=
グローバル)と表現することもできるのであるか
ら、「国際理解教育」が必ずしも問題のある用語 であるとも思えない。ただ、ここで問題としたこ とは、『答申』『学習指導要領』でいわれる「国際 理解教育」をどう評価し、どう考えればよいかと いうことである。
6)筆者は外国人労働者の子どもとドイツ人の子ども の「国際理解(異文化理解)」のための教材を検 討したが、(拙論「『総合的な学習』と現代的課 題−算数(数学)授業における異文化学習の分析 ー」『奈良教育大学教育実践研究指導センター紀 要』(No.9.2000年)「図像テキストの意義と可能 性」『同紀要』(No.8.1999年))、「図像テキスト」
の利用や「異化」「同化」の発想ということでは、
ラオターバッハの学習材(教材)と共通したもの があり、「内なる国際理解」と「外に広がる国際 理解」は別個のものでないことが分かる。
7)日本にも、もちろん優れた「国際理解教育」ある いは「異文化間教育」の考え方や実践がある。
『学習指導要領』の逐条解釈のもとに理論や実践 が展開されているわけではない。
佐藤郡衛は日本における「国際理解教育の発展 的な理念型」を、「ナショナリズムとしての国際 理解教育」「グローバル教育」「ポストナショナリ ズムの教育」としてモデル的に提示しているが、
(佐藤郡衛『国際理解教育−多文化共生社会の学 校づくり』明石書店 2001年)それに従ってドゥ ンカーらの立場を位置づけてみれば、大きくは
「グローバル教育」に分類できるかもしれない。
ただ、佐藤はそこにおける価値を「連帯」と定義 づけるが、ドゥンカーらは明らかに「共生」を価 値としており、佐藤によればそれは、「ポストナ ショナリズムの教育」に位置づけられているし、
また、そこでは「ハイブリッドなディアスポラ」
意識の形成を人間像として示しているが、ドゥン カーらにおいてもそうした資質は排除されてはい ない。とすれば、ドゥンカー等の考え方は、「グ ローバル教育」「ポストナショナリズムの教育」
の中間に位置づけられるものであるのかも知れな い。
また、「国際理解教育」においの「古典」とも いえる大津和子『社会科=1本のバナナから』
(1988年)や多田孝志『「地球時代」の教育とは?』
(2000年)におけるいくつかの実践等、日本の優 れた実践といわれるものとラオターバッハの学習 プランには通底するものがある。優れた理論・実 践には「国際」的に共通するものがあるというこ とを指摘しておきたい。