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学校管理マニ ュアルの分析 - 19

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(1)

3

学校 管理 マニ ュアルの分析

‑ 1 9

世 紀 イ ギ リス教 育 史 研 究 そ の

2

7

学校 の教室 は教師の実験室であ り スタジオである。(1)

耕三那

労働 者階級 を対 象 とした

1 9

世紀 の初 等教育 は,社会統制

( soci alcont r o l )

とい う概念 を用 いて語 られた こ ともあ るよ うに,統治 の問題 とは切 って も切 れ ない関係 にあ る

す なわ ち,労働者 階級 が 中産 階級 に とって他者 として, それ もお そ るべ き脅威 とな る他者 として形成 され てい る こ とにた いす る統治 の問題 として, 「教育」 そ して 「学校 」 は語 られ,形 づ くられた とい え よう。

とすれ ば, 「教育 」そ して 「学校 」とい うこ とばが いか な る権 力 に よって どの ような形 で編 み あげ られ てい ったか, とい う 「教育

学校 」言説 をめ ぐるそ の争 い を読 み解 くこ とを

,1 9

世 紀初 等教育 の研 究課題 とす る こ とが で き よ

す なわ ち, 「教育」そ して 「学校 」とい うこ とばに よって, どの よ うな意 味 内容 を人 々 の頭 のなか に よび起 こすか は, さ まざ まな社会 的実践 を介 して な され る意味表 出 の活動 に条件 づ け られてい る そ して最終 的 にそれ らの こ

とばに どの よ うな意味 内容 が押 しつ け られたか は,相争 う階級 そ して権 力 の 関係 を介 して実現 され る もので あ る。言 いか えれ ば, それ らの こ とば をめ ぐ

る争 い は 「意 味表 出の政 治

とも言 える もので あ る

他 方, イデオ ロギー とは重 な って はい る ものの, それ には還元 で きない レ ベ ル‑ た とえばク ラス分 けや記 録 の と りか た な どの学校 教育 の テ ク ノ ロ ジー‑ か ら教育 を照射 す るアプ ローチ も考 え られ る. ここで はその ような 視 角か ら

,1 9

世 紀後 半 か ら

2 0

世紀初頭 にか けて出版 された教 師 (養成 )のた

(1)ThomasTat e ,ThePhi l o s o p勿/o fEduc at i o n; o r ,t he P r i nc 勿I e sandpr a c t ‑ i c e

o

f t e ac hi ng. s econdAme r i c ane di t i on,1 8 8 5( f i r s te d. ,1 85 4 ) ,p. 5 7.

(2)

4

人 文 究 第

9 3 輯

め の学 校 管 理 マ ニ ュ アル を中心 と して , そ の な か にみ られ る微 細 な テ ク ノ ロ ジー と もい うべ き もの の分 析 を試 み た(2)0

ごうりき

この テ ク ノ ロ ジー に よ る統 治 は文 字 どお りの強 力 に よ る統 治 で は な い。 そ

(2)D.

ハ ミル トンが その著作

( To u ) amdsaThe o r y O f Sc ho ol i ng,1 9 8 9)

で用 い てい る ものの うち,入手で きた もの を用 いた。主だ った もの は以下 の通 りで ある。

ThomasTat e ,ThePhi l o s o ph yo fEduc at i o n, ・o r ,t hepr i nc i pl e sandpy l aC ti c e o f t e ac hi n g.s e condAme r i c ane di t i on,1 8 85( f i r s te d. ,1 8 5 4 ) .

テ‑ トはかつてバ ター シー ・トレーニ ング ・カ レ ッジの数学 ・科学部 門のマス ターで あ り, ネ ラー ・トレーニ ング ・カ レッジで も同様 の地位 にあった。

J ohn Gi l l ,ht r oduc t o Y y Te xt b o o k t o Sc ho olEduc at i o n ,Me t ho d , and Sc ho ol manqe me nt , A at r e at i s eo nt hepr i nc 砂I e s ,ai ms ,andi ns t r ume nt so fPr i maり e duc at i o n,ne w e di t i on,muc he nl ar ge d1 8 8 3( f i r s te d. ,1 8 57 ? ) .

ジル に よって

「 3 0

年以上 にわた ってチ ェル トナムの トレーニ ング・カレッジの学 生 に して なされた講 義 の概要

」 ( p. Ⅴ. )

であ る。

Jame sCur r i e ,ThePr i n

c

i pl e sandPr ac t i c eo fCo mmo n‑ Sc ho olEduc at i o n,n.

d. ( 1 8 74 ? )

カ リー はエデ ィンバ ラのス コッ トラン ド教会 ・トレーニ ング・カ レッジの校長.

Jos e phLandon , Sc ho olMana ge me nti nc l udi ngaGe ne y l alVi

e

wo ft heWo r k o fEduc at i on,wi t hs o meac c o unto ft hei nt e l l e c t ualf ac ul t i e sf r o m t het e ac he r'

s

po i nto f v i e w:O r gani s at i o n ldi s c i pl i neandmo r alt 7 1 ai ni n g,1 8 8 3.

ラン ドンはソル トリー ・トレーニ ング ・カレ ッジのマスターか ら,後 に副校長 になった人物。「この著作 が扱 ってい る問題 について (関心 を もつ)学生, とく に トレーニ ング・カ レッジの第二学年 の学生や, しば しば提供 され るたんな るあ らまし以上 のな にか をコンパ ク トなかた ちで得 た い と願 ってい る一般 の教 師」

( p. vi i . )

を対 象 としてい る。

Jos e phLando n ,ThePr i nc i pl e sandPy l aC t i c eo fTe ac hi n gandCl a s sMana g e me nt ,1 89 4.

「トレーニ ング ・カ レッジでの学校運営 についての講 師 としての四半世紀 にわ た る経験 , そ して教師 としての さ らに長 い経験 の所産 で ある

。 」 ( p. Ⅴ. )

J. J. Fi ndl ay ,Pr i nc i pl e so f Cl a s sTe ac h i n g,1 91 9( f i r s te d. 1 9 0 2. )

イエナ とライ ブチ ッヒで学 び,学位 を得, そ こで‑ルバ ル トの影響 を受 けた フイン ドレイは, カーデ ィフ ・少年 イ ンター ミデ ィェイ ト・ス クールの校長 とな

,1 9 03

年 か ら

25

年 まで はマ ンチ ェスター大学 の教育学教授 の職 にあった。

「すで に教職 に就 いてい るか, あ るい はそのための訓練 を受 けてい る教師‑

若 い世代 の教師‑ の手助 けをす る

」 ( p. Ⅴ.

)た めに著 された もので,「主要 な原 則 に関 しては,筆者が教育 について講義 していた際 に考 え られた もので,何年か 前 に準備 された ものであ る。しか し,それ らは この間 にい くぶん厳 し く実地 に試 され,その試 みはい まや充分完全 な もの と見 なされ るであろ う。実地 に試す こと がで きた の は,一部 は

1 8 9 8

年以降 カーデ ィフ ・少年 イ ンター ミデ ィェイ ト ・ス

クール のスタ ッフであった多 くの同僚 の協力 による ものであった

」 ( p. vi i

)

(3)

学校管理 マニ ュアルの分析 5

のテ クノロジー のなか でひ と りひ と りの子 どもに求 め られ たの は, さ まざ ま な権威 に よって外部 か ら押 しつ け られ た 「 義務 的 な行 動 で はな く, 自己努力 で あ る

。(3)

」したが って, 「自由な主体 」を織 りあげ る教育 は, 自己 の外部 の も の に, あ るいは他者 に依存 す る こ とか らの 自由で あ り, 自己 に固有 な「 本 質」

「 属性 」か ら展 開 され るべ き もの とされ る

言 いか えれ ば, 自律 的 にな るには 他者 あ るい は外部 か ら押 しつ け られた権威 の形態 を排 除す る と同時 に,子 ど もの 「自然 ( 本性 ,発 達,性 向 な ど ) 」を理解 し, それ を積極 的 に解放 す るテ クノ ロジー によって,統 治 すべ き理性 を組 み入 れ, それ に準拠 して 自己 の主 体 形成 をはか るべ き とされ る。学校教育 のテ クノロジーの細 か なひ とつひ と

つ は自律 と解放 の言説 の枠 内で,現在 の 自分 とは異 な った 自分 にな る とい う 他者性 あ るい はその可能性 を抑圧 し排 除す る とともに,生徒 みず か らが主体

を織 りあげ る こ とと手 に手 を とってすす む。学校教育 のテ クノ ロジー のなか で は,外部 か らの支配 に とってか わ って,社 会 的枠組 みの内部 とい う限定 つ きで はあ るが解放 された, 自己 の主体 形成装 置が結晶化 され てい く。子 ども た ちの主体 は この微細 な学校 教育 のテ クノ ロジー を介 して組 み立 て られ るの で あ る。 その意味 で は,近代 的統 治 のテ クノロジーの範型 を学校教育 にみ る

こ ともあなが ち的外 れで はないで あ ろ う

教師

自律 と解放 の言説 の も とで 自己 を編 みあげ るテ クノ ロジー は,学校装 置 の 内部 に深 く埋 め込 まれ ていた。 この装置 の中枢 に位置 す るのが,生徒 ひ と り ひ と りの救 済,幸 せ をひたす ら願 い, そのた めにはお のれ を犠牲 に して まで

も教職 に殉 じる覚悟 を もつ,牧人 ‑司祭 的権 力 た る教 師で あった( 4 ) 。他 方,千 どもの側 か らみれ ば, この教 師‑ 生徒 関係 へ と組 み込 まれ る こ とは 自 らが

(3)J o s e phLa ndo n ,Sc ho olM

a

n a ge me nt . . . . . ,p. 3 4 2 .

(4 )このあた りのことについては拙稿 「 天職 としての教職‑ 1 9 世紀イギ リス教

育史研究

その 2 の 5」

小樽商科大学 『人文研究』第

9 0 韓 ,1 9 95 で述べた。

(4)

6 人 文 研 究 第 9 3 輯

対 象化 され る ことで もあった。 とい うの も, そ もそ もこの関係作用 は,生徒 ひ とりひ と りの魂 を探 り,胸 の奥深 くしまい こまれた秘 密 を生徒 に吐露 させ て, は じめて働 きは じめ る もので あったか らで あ る。 だが 「 子 どもた ち は, かれ らにたいす る意 図 に信頼 をお けない人 か ら, 自分 た ちの本 当の 目的 や行 動 をあた う限 り隠 そ う とす る 。 ・ ・ ・ ‑一 方 かれ らが信頼 してい る人 の前 で は自

らをさ らけ出す

。(5)

」とす るな らば,教 師一 生徒 関係 へ と子 どもを誘 い,生 徒 とい う立場 へ と主体化 させ るた めに,教 師 にまず もって求 め られ たの は,

「 規律 の プ ロセ スの第一歩」 で あ る生徒 にた いす る 「 支配権 」, 「 至上 の権 威」

を確保 す る こ とで あ る

(6)

。 そ して もう一 方 の極 で あ る子 どもに求 め られ た の は, 「 子 どもが直感 的 に ( 教 師 の)権威 を認 め」, 自 らを生徒 とい う役割 へ と スムーズ に移行 させ る ことで あった。

子 どもが みずか らの 「内面 」 「 本質 」 「 属性」 をさ らけだす ことに よって, は じめて教 師 に よる権 力作用が作動 す る もので あ るな らば,教 師 に とって対 生徒 関係 の確立 こそが第 一義 的 な重 要性 を占めた。そのた めに 1 9 世 紀 を通 し

て あ くこ とな く語 り続 け られ て きた の は,教 師‑ 生徒 間 の愛情 で あった。

「 愛情 の影響‑ 教 師 に開かれ てい る影響手段 の なか で,最 も効 果 的 な も ののひ とつ は この愛情 を通 しての もので あ る。子 どもた ちが愛 す るな らば,

●●●●●●●●

かれ らは服従 す る気 にな る。子 どもを服 従 させ る唯一 の動機 が強制 で あ る 学校 で は,教 師 をだ まし,教 師が信 じやすい こ とにつ け込 み,仕事 を こっ

そ りとさぼ るのが 目標 とされ, うま くい った あ らゆ る事例 が 自慢 とな る

教 師 の権威 が その広 い基礎 を子 どもの愛情 においてい るな らば, その よう

な こ とは知 られて いない。 とい うの も私 た ちが愛 してい るな らば,喜 ばせ よう とす る し, この喜 ばせ よ う とす る欲 望 は子 どもた ち を服 従 へ と導 く。

愛情 と尊敬 で その対 象 を戟 舞 す る とい うルールの前 で は,主人 の 目の前 だ

(5)J ame sCur r i e , o P. c i t . ,p. 2 2 9.

(6)Wi l l i am Ros s ,TheTe ac he r' sManualo fMe t ho d ". ,1 8 5 8,p. 1 3 9.

(5)

学校管理 マニ ュアル の分析 7

けの勤 めぶ り

( eye‑ ser vi ce)

は消 える。

●●●●●●

子 どもた ちが愛 す るな らば, かれ らは信頼 を与 える

子 どもが けっ して 悩 み を打 ち明 けない教 師が い る

その よ うな教 師 には,子 どもは自分 の窮 境,試練 ,誘 惑 そ して内面 の闘 い を知 らせ ない し, 自分 の魂 を けっ して開

(⊃00 0()000000 000

こう としない。 ・‑‑愛 が あ る ところにはそれ (教 師 の冷笑 ) はない。 ここ O000O0OO0 OaO O0 OOO0OOOOOOO0 で は子 どもは教 師 を秘 密,悲 しみ,希望,楽 しみな どの保 管人 とす る。

o00OOO0000000000 0O00000 0O0 000 か くして教 師 は子 どもの性格 についての知識 を手 に入 れ る。 ‑‑・それ は 00〇〇〇

力 の源 で あ る。(7)

牧人 ‑司祭 的 な教育権 力形式 は,君主権 力 の よ うにマ ス に対 して 自 らの力 を誇 示 す る もので はな く, きわ めて献 身 的で あ り,法権 力 の ようにマ ス に向 け られ た もので はな く, ひ と りひ と りの生徒 を対 象 とし, きわ めて個人 化 さ れ た もので あ る こ とを特徴 としてい る

この権 力 はひ と りひ とりの生徒 の幸 せ とた えず一体 となって い る

重 ねて言 えば,教 師 が子 どもの 「秘 密,悲 し み,希望 ,

しみな

の 保

管人」 となる ,

の ことにって は じめて権 力作

Q O000 O 0 0 0 O00 O0 OO 0 O 00 0 用 は作動 す した

って

教 師が 自

の責任にあ る生徒 た ち を知 らない

0 0 00 0000 0 0 000 000 0 (}00 00 00 0 000 0○ ○

り‑ 集 団で あ る

い は

前 だ け知 って い るば

りで はな く,個人にそ L

O

00000 0OO0 0 000 0 OO00 00 0 0 O0O00

詳細 に知 らない限

り ‑

,生徒 た

ち を

統制 す

こ と

不 可能 である。(8)

精神科学 と生 理学 の知識 は教 師 に とって はた いへ ん役 に立 つ もので あ

●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●

る。 しか し生徒 た ち 自身 を毎 日注意深 く観察 す るの に匹敵 す る,本 に よる

●●●●●●●●●●●

知識 は まった く何 もない 生徒 た ち を成功裡 にあつか うには,教 師 は 自分 0000C〉0(〕0000 (〕0 の教 え子 た ち を知 らな けれ ばな らない。子 どもた ち を個人 ご とに一一一知性 ,

00 00 000 00000()()000

気質,弱点 ,長所 を一一一知 らな けれ ばな らない。 そ うすれ ば, そ うい う機 会 が あれ ば,教 師 は正 しい ことばを話 し,正 しい こ とを し, で きるか ぎ り

(7)JohnGi

l

l , o P. c i t . ,pp. 1 46‑ 1 47.

(8)Jos e phLandon ,ThePr i nc l i ) l e s …

,pp. 1 87‑ 1 8 8.

(6)

人 文 研

第 9 3 輯

事例 にあ うように教授 と規律 とを適応 させ る こ とがで きる。か くして,生 徒 た ち 自身 につ いて の絶 え間 ない実験 的研 究 が い くら強 く主張 されて も強

○○く >0 00000 0○○( ⊃0く >000 00〇〇〇〇 す ぎる こ とはない。教 師が所有 す る この種 の知識 と経験 の量 が多 けれ ば多

000 0000 00000000000000 0000

0

い ほ ど, かれのふ る まい は過 ちか らよ り逃 れ る こ とが で きる

。(9)

子 どもにか ん して あ らゆ る徴候 を読 み とらな けれ ばな らない, とい うモ ッ トーの もと, ひ とりひ とりの生徒 の 「 知性 ,気質,弱点,長所 」へ と教 師 の まな ざ しは向 け られ る。 それ らを掌 中 にす る ことな くして は,教 師 は子 ども た ち を教 師‑ 生徒 関係 へ と組 み入 れ,統制 す る こ とは到底不可能 で あ った。

したが って,至極 当然 の ご と くに教 師 の まな ざ しはマ ス としての生徒 か らひ とりひ とりの生徒 を個別化 し,生徒 の こころの奥底 へ と深 く分 け入 り,「 本 質」

「 属性 」を読 み とろ う とす る

そ して切 りとられた「 知性 ,気質 ,弱 点,長所」

とい う子 どもの 「内面 」 「 本質 」 「 属性 」 にか んす る知識 は,教授 そ して規律 の両面 にお ける学校 管理術 の実証性 を高 め,子 どもの力 を増大 させ る ことに た いへ ん力 あ る もの とな る。 と同時 に,子 どもの あ らゆ る徴候 を読 み とる こ とで産 み出 された知識‑ 「内面 」 「 本質 」 「 属性 」‑ を尺度 として, ひ と りひ と りの子 どもを位置 づ ける こ とを も可能 とす る。 言 いか えれ ば, それ は 生徒 の 「自己」 とい う真 理 を編 み あげ る こ とで もあった。繰 り返せ ば,教 師

‑ 生徒 関係 の なかでの教育 とい う権 力作 用 は, その対 象 た る子 どもを まさ に個別化 す る力 の関係 を組 み立 て る こ とで,そ して その なかで こそ作 用 す る。

したが って, この関係作 用 の なか でひ と りひ と りを対 象化 す る こ とは,子 ど もの 「 本質 」 「 属性」を尺度 とした個 々 の子 ど もの特殊 性 に対応 した,教育 の 強制 がすで に合意 され て もいたわ けで あ る 。 とすれ ば, ひ と りひ と りの子 ど

もの対 象化 ・個人化 は権 力/知 のひ とつの形式 に他 な らない ことにな る。

(9)J o s e phLa ndo n,Sc ho o lMa na ge me nt . . . . . ,p. 1 1 3 .

(7)

学校管理 マニ ュアルの分析 9

この よ うな教 師‑ 生徒 関係 のなかで は,子 どもた ち は教 師 に 「自己」 の

「内面 」を語 るよ うに強 くそ して巧 み に誘 われ る。 とすれ ば,規律 手段 として

「良心 に訴 える こと ( Morals uas i on)‑ それ は教 師 の訓戒 や教 師 の個人 的 性格 や権威 の影響 を意 味 す るが‑ は賞賛 すべ き もので,教 師 と生徒 との あ いだ の理解 が完全 になれ ばな るほ ど, その力 はいっそ う大 き くな る

(10)

」 はず で あ る

もち ろん牧人 ‑司祭 的 な 「マ スターがすべ ての子 どもた ち を詳細 に 知 る ことが で き,仕事 を完全 に監督 す る こ とがで きる良 い学校 で は, ほ とん ど例外 的 な場合 を除 いて筈 を用 い る こ とな くしてす ます こ とがで きる

(ll)

」 と され る

対 照 的 に, 「自己」の 「内面 」へ と到達 しない表層 的 な方法 で あ る 「はめそ やす こと,競争,褒賞 な どの よ うな刺 激 を頻 繁 に用 い る こ とは,利 己 的 な感 情 を しば しば働 かす こ とに よって性格 に悪影響 を与 え る。 これ らの動機 は虚 栄, プライ ド,妬 みや他 の利 己的感情 を育 て勝 ちで あ る

。(12)

」したが って, も

しそれ らが支配 的 になれ ば,「学校 は戦場 とな り,そ こで は相 争 う戦 闘員がか れ らの優秀 さをいか に立証 す るか とい う以外 の ことはな に も考 えな くな る

その ような闘 いのなか で は, それ ぞれ の生徒 の こころは相手 に反対 す るその 努力 へ と集 中す る。 す なわ ち,相 手 を自分 の計 画 にた いす る障害 としてみ な す よ うにな る。相 手 にた いす る敵 意 に満 ちた感情 を育 て る

相手 を しの ご う とす る不公正 な方法 を考 え さ えす る

。(13)

」 こ うした利 己 的欲 望 に よって駆 ら れ,物 的 そ して表 層的 ともい える精神 的満足感 を得 るような褒賞,競争,体 罰 な どの規律手段 に よる教育 , す なわ ち教 師 と生徒 との力学 的関係 に もとづ いた教育 は, その関係 が及 ばない場面 で は,子 どもた ちが望 ましい行動 をす る こ とをす こし も保証 しは しなか った。 それ どころか, それ はね じ曲 げ られ

( 1 0 )Jos e phLandon ,ThePr i nc z i ) l e s . . .

,p. 2 0

1.

( l l )Jos phLandon ,Sc ho olMana ge me nt . . . . . ,p. 3 5 7.

( 1 2 )ThomasTat e , o p. c i t . ,pp. 1 3 3 1 1 3 4.

( 1 3)Jame sCur r i e , o p. c i t . ,p. 2 37 .

(8)

10 93

た主体形成 へ と全 く逆 の結果 を招 くもので あ り, それ らの規律 手段 は斬 って 捨 て られ るので\ あ る

か くして,牧人 ‑司祭 的 な教育 関係 の なか に子 どもが組 み込 まれ,子 ども が生徒 へ の主体化 をお こな う過程 は,他 面 で は自 らに欠 けて い る知識 ,道徳

を具備 してい る教 師へ の積極 的 な服 従 と, その よ うな教 師 にな りた い との欲 望 を掻 きたて る過程 で もあった。

教授 システム

子 どもが生徒へ と主体 化 す る装置 は学校教育 内部 の さ まざ まな側 面 に組 み 込 まれて い る

教育 方法 そ して教育 空 間 の編成 のなか に も,「 子 ども

「 個人」

そ して 「内面 」 の対 象化 ‑客観化装 置 ともい うべ き もの を読 み とる ことが で きる

(14)0

モニ トリアル ・システムが 19 世紀 の初 頭 を飾 り, そ して 30 年代 以 降モニ トリア リズムか らの訣別 をめ ざ した ス トウの トレーニ ング ・システムが脚 光 を浴 びた こ とはよ く知 られ てい る 。 しか し, ス トウの名声 もこの期 には磐 石 とい うわ けで はなか った。 とい うの も, その システム に対 す る強硬 な反対論 が わ きあが って くるか らで あ る。す なわ ち,「その システム はあ ま りに一般 的

0( )00C lOO

で あ りす ぎ,子 ど もの個 人性 ( t hec hi l d' si ndi vi dual i t y) が視 野 か らまった

●●●●●

く外 れて しまってい る‑‑。子 どもの課業 の多 くの部 門で ひ と りず つ子 ども た ち を扱 う必要性 をその プラ ンは認 めて いない。 それ はすべ ての こ とで同 一 の扱 いが すべ ての者 にの ぞ ま しい, すなわ ち,個 々 の子 どもの精神 と心 は同 一 の手段 で到達 で きる, と考 え られ ていた

。(15)

」われ われ はい ささか奇妙 なパ ラ ドックス に迷 い込 んだ よ うな錯覚 に陥 って しま う。 トレーニ ング ・シス テ ム は 「 子 ど も 」 「 個人」の対 象化 をめ ざ した はず で あ った。 だが,非難 の矛先

( 1 4 )このことについて,D. ハ ミル トンの前掲書第 5 章「 一斉授業 とクラス授業の出 現 について」に詳 しい。

( 1 5 )Jos e phLando n ,Sc ho olManL qe me nt . .

. ..

,p. 1 4 9 .

(9)

学校管理 マニ ュアルの分析 ll

が 向 け られ てい るの もその対 象化 の失敗 で あった。

ス トウの評 判 が地 に墜 ちてい くその背景 には,生徒先 生

( pupi l ‑ t eacher)

システム,教 員養成制度 の整備 に伴 い,次第 に正規 の資格 を持 つ成人教 師が 増加 してい くこ とが あ げ られ よ う。 さ らには教室 を複数 もつ校舎建 設 の波 が ここに介在 していた ことは論 を侯 たない。実際 に

1 851

年 の枢 密院教育委員会 の 覚書 で は,独立 した教 室 の中 にギ ャレ リー と呼 ばれ る階段状 の座席 が据 え付 け られ,筆頭教 師

( aheadmas t e r)

2

つの クラスの合 同授 業 をす るプラ ン が提示 され ていた。その後

1870

年代 の学校 委員会学校 の時代 に入 る と,それ ぞれが他 の空 間か ら独 立 し区分 けされ た教室

( s epar at ecl as s rooms)

に囲 ま れた学校 ホール

( as c hoolhal l )

か らな る学校 デザイ ンが, ひ とつの広 い教 育 空間 で複数 の教育活 動が な され る教場

( as chool ィ00m)

とい う考 えに とっ て代 わ った(16)。ロ ン ドン学校 委員会 か ら調査 官 そ して建 築家 として任命 され

E. R.

ロブス ンは,

1 872

年 に校 舎 の構 造 につ いて多 くの原則 とル ール を定 めた。 それ によれ ば,条件付 きで はあ ったが, それ ぞれ の クラス あ るい は水 準 を もとに分 け られた生徒 は独立 した教室 で教 え られ るべ き とされた(1

7 ) 。マ

ニ ュアル の多 くで も教室 は必 須 な教育空 間 とされ てい る。

「もっ とも完全 な形 の部屋 ,そ して効 率 的 な運 用 のた めに もっ ともふ さわ しい規模 の学校 は

,200

人 か ら

250

人 の子 ど もた ちのた めの もので あ る。

( 1 6 )Mal col m Se a bor ne ,TheEn gl i s hSc ho ol ,i

t

swc hi t e c t ur eand oy gani : z at i o n 137 01 187 1 0 ,1 9 7

1

,Chapt e r1 0 ,Mal c ol m Sea bor neandRoyLowe,TheEngl i s h Sc ho ol ,Vol .

I

I ,1 8 7 01 1 9 7 0,1 9 7 7 ,Chapt e r

I.

( 17)

独立 した部屋にクラスを切 り離 し,あるいは隔離することは結果に重要な影 響 を及ぼす ことを経験 は示 している●●●●●

。6

つの水準の もとになされるべ きと考 えら れている課業 はできる限 り独立 した教室で教 えられ るべ きである。しか し,それ ぞれの学校 は実際にそして個人的に教育 も担当している,ひ とりの男性 あるいは 女性教師の一般的監督の もとにあるので,教育 とむすびついたそのような監督の 必要性 にこの原則 は従属 しなければな らない.

」 ( E. R. Robs on,Sc ho olAy I C hi t e c ‑

t ur e ,1 8 7 4 ( r e p.1 9 7 2 ) ,pp. 1 6 2‑ 1 6 3. )

(10)

1 2 人

第 9 3 輯

● ●

教室 ( Cl a s s ‑ r o o ms ) は充分 な数 だ け提供 され るべ きで あ り, もっ とも小 さな学校 とい え どもひ とつ は備 えるべ きで あ る。教室 は通常 の環境 の もと で はオー ラJ t ,・レ ッス ンのた めのギ ャ レ リー ・ルーム ( t hegal l er y‑ room) を備 えるべ きで あ る

これ に加 えて,私 た ちの大 きな学校 の多 くで は,

な りな数 のア シスタ ン トが お り,教室 には机 が据 えつ け られ, ひ と りの主 任教 師 の監視 の もとにあ る小 さな学校 の よ うに運 用 されて い る 。 平均 的 な 状 態 の も とで は教 室 には 30人 か ら 40人 の子 どもた ちが はいれ るべ きで あ

。(18)」

こうして ,1 9 世紀 の最後 の四半世 紀 には教 師 と一 つの クラス生徒集 団 との 一対 一 の関係 が最 良 の学校組織 として推 奨 され,クラス教授 ( cl as s‑ t eac hi ng) の時代 へ と移 って ゆ く。

「( 熟練 したア シスタ ン トの協 力 による) この組 織 の完全 な る発達 は,

Q00O0000000O00O0O0000O0O000 0

れ ぞれ の クラス にはその クラスだ けを担 当す るひ と りの教 師が‑ そ して 0( ⊃

それ はひ とつの教室 か もしれ ない‑ い る場合 で あ る。 い くつか の クラス が それ ほ ど大人 数 で はな く, ひ と りの教 師が影響 を与 え,教 える ことがで きるな らば,学校組織 の可能 な最 良 の形 態 で あ る。 とい うの も, クラスの 生徒 た ちは直接教 育 を受 けた り, あ るいは直接 の監督 の もとなん らかの課 業 を して, た え まな くそ して適切 に もの ご とに取 り組 む よ うにさせ られ て い るか らで あ る。 すなわ ち,生徒 た ち は権威 と判 断力 を もって行動 で きる ( )0000 で あ ろ うひ とりの者 の統治 の もとにおかれ て い る。 か くして,教 師 と生徒

O0O0O0 0OOO000 OO0O0000OO000000OO00 との 日々 の接触 は一 方 の者 が他方 の者 の精神 的習慣 や性 向 を知 る こ とを可

( ⊃0( ⊃ 000000〇〇〇 〇〇〇〇〇〇0000 0000000 能 に し,確 実 に これら にその方法 を合 わす ことがで きるよ うにす るO( 1 9 ) 」

( 1 8 )Jos e phLandon ,Sc h o o lMa na ge me nt . . .

..

,p. 1 6 8 .

( 1 9 )JamesCur r i e , o P. c i t . ,p. 1 5 6.

(11)

学校管理マニュアルの分析 13

生徒 の 「 精神 的習慣 や性 向 を知」 り, そ して それ を教授 と規律 へ と活 かす ため には,年齢 ,能力 が混 清 してい る生徒集 団 に分 けてす ます こ とは もはや 時代 にそ ぐわ ない もの となって いった。年齢 で あれ,能力 で あれ, クラス分 けの基準 を見 つ けだ し, 同質的 な集 団 を形成 し, 教育 内容 も段 階 をお って一 歩一歩進 む漸進 的 な もの にす る こ とがふ さわ しい, とされ るよ うにな った。

●●●● ●●● ●●

「 子 どもの ク ラス分 け ク ラス に対 して な され る授 業 が そのメ ンバ ー それ ぞ れ にたいへ んふ さわ しい もので あ り, だれ もが不適切 に強制 された り, だれ 000 00000000000〈 )00 もが無視 され る こ とが ないた め には,到達 レベ ルや知 力 の レベ ルが全体 にか

( )000000く )000( ⊃く )

な り均一 で な けれ ばな らない。 こうす る こ とが いつ も可能 で はないが, クラ ス分 けが満足 の ゆ くもので\ あ るた め には, それ はいつ もめ ざされ るべ きで あ る。子 どもた ちが まちが ってグルー プ分 けされた結果 , あ る子 どもた ちが他 の子 どもた ち よ りもはるか に進 んで い る場合 には,教授 そ して規律 の両面 に おいて上手 に管理 す る こ とのむずか しさはた いへ ん増 す

。(20)

ここに匿名 の生徒 か らひ と りひ と りの生徒 が個人化 す る流れ をみて とる こ ともあなが ち的 はず れ とは言 えないで\ あろ う

そ して ここか ら教育 において

〈 個性 〉が もち上 げ られ る地 点 まで はそれ ほ どの距離 はなか った。

「 個性 ( I ndi vi dua

lity)

。‑ 能 力,学力,性格 ,求 め る もの には人 に よっ て大 きなちが いが あ る 。 多 くは生 まれつ きの違 い に まで, そ して もち ろん 00000 00( ⊃ 神 の意志 に まで遡 る こ とがで きる

それ ぞれ の精神 は個人 の素質,傾 きあ

( 〉0000

るい は性癖 と呼 ばれ る, あ る顕 著 な特殊性 に よって特徴 づ け られて い る 。

教 師 の義務 のか な りな部分 は この特徴 を発見 す る ことにあ る 。 ‑‑・ か くし 00⊂ 〉000 て得 られた知識 は教 師 に とってか けが えのない もので あ る 。 この支配 す る

00000 0000 0000000 00000000 0 000

0

力 によって,教 師 はほか の ものが けっ して与 えない影響 を獲得 す る

。(21)

( 2 0 )Jos e phLando n ,ThePr i nc z i ) l e s …. . ,p. 1 7 5.

( 2 1 )Jo hnGi l l , o P . c i t . ,p. 1 0.

(12)

14 93 輯

<個性 >が編 みあ げ られ てい った背景 で演 じ られ ていた の は, きわ めて微 細 な テ ク ノ ロ ジーの発 達 で あ った。広 い ひ とつ の教 育 空 間 で あ る教 場

(a

s c hool ‑ room) か ら空 間が細 分化 され て ゆ き,教育空 間 は生 徒集 団,教 師,教 室 の三位一体 の関係 を構築 す る方 向へ と進 んで い く 。 それ はか つて よ りはは

るか に少数 の子 ど もた ち を対 象 に専任 の成人教師 が全面的 に責任 を負 う, よ り撤 密 な空 間で あ る。 この教育 空間で は教 師 自 らが直接子 どもた ち を問 いた だす ことで,子 どもた ち は個人化 され,子 どもた ちひ と りひ と りの差 異が教 師 の まな ざ しの もとに括 られ, よ り撤 密 に 「自己」が織 りあげ られて ゆ く。

この 「ひ とりひ と りを対 象化 す る」 テ クノ ロジーのひ とつ の形式 が クラスで あ り,教室 をは じめ とす る教育空 間編成 で あった。

ただ し,今 日で はクラス教授 と個性 は容 易 に両立 で きない もので あ り, し ば しば相対 立 す る もの とみな され てい る。この点 に関 して,「ここで は この仕 事 のひ とつ の部 門‑ クラス教授 とい うしご と‑ の み に私 た ち は関心が あ る( 2 2 ) 」 と言 い切 って い るフ イン ドレイ は, この二 つの原理 を次 の よ うに溶 け あわせ てい る

「どれ ほ どクラスの人数 が多 くとも,それ を扱 うメ ソッ ドはつね に個 々 の

●●●●●

子 どもを知 ってい る こ とに基 づ いていな くて はな らない。教育 の単位 は学

●●●●●●●●●

校 あ るい はクラスで はな く, ひ と りひ とりの生徒 ( t hes i ngl e p u Pi l ) で あ る 。 学校 にお けるあ るい は街路 にお ける もので あれ, 『 集 団の心理学 ( t he ps yc hol ogyoft hec r owd) 』 を議論 す る ことが いか に成果 の あ る もので あ れ,研 究 の価値 はそれ ぞれの個人 をあ らか じめ知 ってい る こ とにかか って

。(23)

( 2 2 ) J. J. Fi ndl ay

,

o p . c i t . ,p.

ll

.

( 2 3)Z b i d. ,pp. 1 3 ‑ 1 4 .

(13)

学校 管理 マニ ュアル の分析 15

これ以 降 「 子 ども」 の 「 成長」 や 「 発達」 とい う新 た な知 を基盤 に学校教 育 は編 みあ げ られ てい く

その意 味 で は「フイン ドレイ の しご とは 19 世紀 の 集 団 あ るい はクラス授業 の改訂表現 で あったが, それ は また 「 新 教育 」 運動 へ と大 き く寄与 した し, それ 自体 20 世 紀 の 「 進歩 的」 そ して 「 子 ども中心」

理念 の促成栽 培温室 ( af or ci nghous e) で あった。 ( 2 4 ) 」 もち ろん 「 子 ども」

や 「 成 長」 とい うよ うな知 は,新教育 思想 の継承 ・発展 の流 れ に置 いてみ る こともで きよう。ここで はその よ うなア プ ローチ を とるので はな く , 「 子 ども」

そ して 「 成長 」 とい う知 が浮 き出て くるた めの前提条件 あ るい は可能条件 を 探 る こ とに筆者 の関心 はあ る。 す なわ ち, ひ と りひ と りの 「 子 ども 」 「内面」

「 成長」とい う知 を産 み出 した もの を, あ る偉 大 な思想家 の理念 の なか にで は な く, 匿名 のマス を個別化 す る微 視 の テ クノロジーの なか に探 ろ う とす る も ので あ る。 クラス編成 そ して学校 空 間編 成 もそのテ クノロジーのひ とつの形 式 で あ った。

記録

個人化 が権 力/知 関係 のひ とつ の形式 で あ る とすれ ば, ひ と りひ と りの子 どもの記録 を累積 し,分析 す る学校 内の仕組 みの なか に もそれ を読 み とる こ とはで きよ う。 モニ トリアル ・システムの顕著 な特徴 が 「 競 争」 にあ った こ とは よ く知 られてい る。 そ してベ ル の システムの なかで は, その競 争 の結果 を含 めた ひ とりひ と りの生徒 の在 学 中 の記録 は,彼 が命 名 す る ところの子 ど も計 ( t hePai domet er ) の なか に結実 す る。確 か にモニ トリアル ・シス テム の も とでの試験 をめ ぐる評価 につ いて は評者 に よって若 干 の ちが いが み られ る( 2 5 ) 。 しか しなが ら,公教育制度 の整備 に ともない,補 助金支給 のた めの公 的試験 の導入 お よび種 々 の記録 をつ ける こ とが義務 化 され,試験 制度, 記録

( 24 )D. Hami l t on , o p. c i t

.

,p. 1 1 3.

( 25 )Ke i t hW.Hos ki nandRi c har dH. Mac ve, ̀ Ac c ount i ngandt heExami nat i on:

age neal ogyofdi s c i pl i nar ypowe r ' ,Ac c o unt i n g Or gani z at i o nsand So c i e

t

y ,

Vol . l l ,No. 2 ,1 9 8 6 .

(14)

16

文 研 究 第

93 輯

メカニ ズム は よ り精微 化 され,洗練 された もの となって ゆ くこ とは確 かで あ る

マニ ュアル で はか な らず とい って よい ほ ど記録 について触 れ られ て い る。 た とえば,

「さ まざ まな科 目で のそれ ぞれ の生徒 の位置 を毎 月記録 す る こ とは,学校 そ して子 どもの両 方 にか ん して,授業 の弱点 を しば しば発見 す る ことにな

000000000000000〇〇〇〇 0000000 る。 か くして価値 ある参照群 を形成 す る統計 が提供 され, それ に よってマ

O0OOO0000OOO000O O000O0OO0

ネ‑ ジ ャーや視学 官 は学校 で な された仕事 を評価 で きる。年齢 ,在 学期 間, 00

投 入労働 量 に子 どもの進歩 が応 じてい るか どうか を,教 師 は統計 をつか っ 0( )

て適切 にテス トす る ことがで きる。 マ スター は統計 を用 いて毎月 のあ るい は四半期 の報 告 を親 に提供 す る ことが で きる 。 そ うす る こ とで学校 へ の, そ して子 ど もの進 歩 へ の親 の 関心 は高 ま り, マ ス ターへ の信 頼 は増加 す る

。(26)

「 学校 記録 のす べ て の シス テム の なか で は二 つ の種類 が必 要 とされ るべ

●●■●

きであ る

す なわ ち, 「 個人」 と 「 集 団」部 門 で あ る。個人部 門 にはそれ ぞ れ の子 どもにか ん して,入学 月 日,在学 ,昇級,退 学, 出席 ,授業料 ,定

●●● ●

期 試験 の結果等 々 の よ うな必 要 な事 実 を記入 す る。集 団部 門 は子 どもた ち 00 0O0O0O0a O をグル ー プで のみ考 え, クラス, セ ク シ ョン,学校 全体 につ いての総計 ,

00

平均,一般 的 な結論 等々 を記入 す る

授 業料 そ して出席事項 の ほか に,莱 団部 門 には定期 試験 での合格 比率, あ る時期 の あ るクラス に よって な され た勉 強,大 きい あ るい は小 さいグルー プ に影響 を与 え る特別 な出来事 を記 入 す る

。(27)

生徒 とクラスの進捗状 況 は,定期 的 な‑ 毎 日, 月毎 あ るい は四半期毎 の

‑ 試験 に よって確認 され, そ して その試験 の評価 は数量化 され,記録 に と られ累積 が はか られ る

こうして 「これが進歩 の原簿 とな り, そ こには試験 ( 26)Jol m Gi

l

l ,o p. c i t . ,p. 1 05.

( 27)Jos e phLandon ,Sc ho olM ana ge me nt . . . . . ,p. 2 59.

(15)

学校 管理 マニ ュアルの分析 17 0 0 ( ⊃ ○ ( )

で傾ける こ との で き る科 目で の そ れ ぞ れ の生 徒 の 学 校 で の 歴 史 が 示 さ れ る

。(28)

」 子 どもの行動 とその結 果 は時 間 の流 れ の なか で膏己録 の累積 が はか ら れ, 「 価値 あ る参 照群 を形成 す る統計 が提供 され る。」 と同時 に,他 の子 ども と比較 され差異化 され, そのプ ロセ スのなかで標 準値 ,平均値 が設定 され て

●●

ゆ く。 そ して標準値 を尺度 とし, それ か らのずれ は有徴性 , それ もしば しば 否定 的 な意 味 づ けを帯 び るよ うに読 み解 か され てゆ く。 こうして子 どもにか かわ る徴候 は狩 り出 され,対 象化 され,客観化 された知 として子 どもが それ に主体 化 す るよ うに と押 しつ け られ て ゆ く。 これ こそ対 象化 ・客観化 す る こ

とは主体化 ‑服従化 ( s ubj e ct i vi t y) の契機 にな る とい うこ とで あ る

子 どもの性 向,特質 ,能 力 な どはか な らず L もそれ と見分 け られ る形 で は 自 らを表 わ しは しない。 それ を可視 化 し,理解可能態 に し, それ を用 いて知 的 そ して道徳 的訓練 をほ どこす た め に も, その徴候 に向 けて問いただす装置

を組 み立 て な けれ ばな らない。

だか ら,観察,試験 ,記録 ,累積 ,数量化,解析 とい うプ ロセス は,子 ど もにか んす る純粋 な知 的 な関心,好事家 的 な関心 か ら発 したわ けで はない。

その プロセ ス を経 て, す なわ ち, ひ とりひ と りの子 どもが個人化 され る こ と を介 して産 み出 された知識 は,子 どもにか んす る知 の実証性 を編 みあ げ, そ れ に貢献 す る こ とにな る

それ と同時 に, その編 みあ げ られた知 の実証性 か ら導 き出 された正 常性 ,標準 を尺度 に して種 々 の逸脱 ,偏差 ,否 定性 が確定 され,理解 可能態 とな る。 そ して今度 は逆 にその正常性 ,標 準 か らの逸脱 , 偏 差,否定性 を突破 口,介入標 点 として, それ を矯正 し解 消 す るた め に,敬 育 の積極 的 な介入 が要請 され る ことにな る。試験 はその ひ とつの技術 で あ る

試験 は生徒 ひ と りひ とりを可視 的 な形 態へ と分解 す る と同時 に,生徒 を分類 評 価 し,規格 化 す る装置 と化 す もので あ る。 だ とした ら,記録 をつ ける目的

を語 った次 の よ うな もの言 い は, その線 に沿 って読 め よう

( 2 8)Jo hnGi l l , o P . c i t . ,p. 1 1 2 .

(16)

18 人 文 研

第 9 3 輯

●●●●●● ■●

「 記録 をつ ける主要 な 目的 ( t hepri nci pal ob j e c t so f r e gi s t r at i o n) は学 校 の成長,変化 そ して財政状態,過去 の その環境 と現在 の繁栄 を記 す こと

で ある。 そ してその歴史 での重要 な出来事 を記録 に とどめ る 。 す なわち, 国庫補助金 の一定 の条件 が満 た されてい る保証 として,教育局 によって要 求 されて いる,子 どもた ちあ るいは学校 にか ん しての事実 を供給 す る 。

れ ぞれの子 どもの出席,授業料 の支払 い,進歩 の段 階 にかん しての こまか な ことを, 自分 自身や管理者 あるい は親 が知 るため に, あるい は児童労働 を規制 す るさ まざ まな法 と関連 した 目的のた めに,即座 にそ して正確 に教 師が得 るこ とので きるようにす る ことで ある

。(29)

「 記録 をつ ける ことの利 点‑ 正確 な記録 の利 点 は少 し考 えただ けで明

●●

らかであ る。時間 ( t i me ) の記録 によって教師 は学校 を秩 序 ある状 態 に し

● ●

てお き,時間 を経済的 にす る ことを可能 にさせ る

出席 ( at t e ndanc e ) の記 録 によって教 師 は過去 あ るい は現在 の どの時期 の出席状態 も知 る ことがで きる。 クラスが どの程度進捗 したか を説 明す るの に重要 であ る。生徒 の側

●●●● ●

の規則正 しさにたいす る強 い刺激 とな る

学校 の課業 ( s c hoolwor k) の記 録 によって生徒 が勉 強 した ことを相互 に関連づ ける ことを可能 にさせ,

い られた時間 にな された課業がふ さわ しい ものであったか を判 断す ること

●● ●

がで きる。

メ リッ ト

( me r i t ) の記録 によって教 師 は能力 と勤勉 さにかんす るすべての生徒 の性格 を言 うことがで きるようにな り,正 し く褒賞 を授 け

●●●

る ことが で きるようにな る

支払 い

(P

a yme nt s ) の記録 によって分別 のあ るあ らゆ る人 が望 む地位 に教師 を置 き,彼 自身 の状 態 を知 り, かれの収入 につ いての確 か な知識 で もってその支 出 を抑 える ことを可能 にす る。 そ し

●●●●●●●●●●●●●●●

て最後 に記録 のすべての種類 によって, 当局が社会 の要求 を満 たす のに最

●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●■●●●●●●●●

良 な教育 的運営 を管理 し拡大す る ことに努 め る際 に必要 とされ る情報 を,

●●●●●●●●

国当局 に提供 す る ことを可能 とな る。 それ は一見 す る と長 い面倒 なプロセ

( 29 )Jos e phLandon ,Sc ho o lMa na ge me nt . … . ,p. 2 5 8.

(17)

学校管理 マニ ュアルの分析 19

スの よ うで あ るが,方法 的 に きちん とすれ ば, そんな ことはない。必要 な 記入 を し, チ ェ ックをす るた めの,毎 日,一週 間 ご と, 四半期 ご と,一 年 ご とに必要 とされ る短 い時間 は, 時間が た いへ んかか る とす る どんな強 い 反対 も根拠 のない もの にす る。た とえそれ以上 に時 間 を消費 す る として も,

そ こか ら得 られ る大 きな利 点 は そ の犠 牲 を充 分 と りか えす こ とが で き る

。(30)

繰 り返 しにな るが, この生徒 自身 に よる もので あれ,教 師 に よる もので\ あ れ, あ るい は親 , 国家 に よる もので あれ,一連 の積極 的 な教育 そ して強制 介 入 は, その対 象 た る子 ど もを個人化 す るテ クノロジー を組 み立 て,作 動 させ るなかで, は じめて働 き得 るので あ る。 だか ら統治 と知 とい うの はそ もそ も 相対 立 す る もので はな く,統治 のテ クノロジーが作動 す るなかで, は じめて 知 は産 み出 され る もので あ り, その編 み あげ られた知 に よって,逆 にひ とり ひ とりの子 どもの 「自己」 主体 化 へ の介入 が な され る こ とにな る。

教育科 学

今 まで見 て きた ように,学校 内部 で操作 され る個人化 の テ クニ ックは抑圧 で はな く,生徒 ひ と りひ と りの力 を, そ して学校 の効 率性 を最大 限 にひ きだ す,力 の増 大 とい うプロ ジェク トのひ とつ の形 式 で あった。 この個人化 の プ ロジェク ト‑ ひ と りひ とりの子 どもを個人化 し,観察 し,記録 し,分析 す る 技術 操作‑ の なかで,子 ど もそ して教育 にかんす る知 は産 み落 とされ る。そ して この知 が 「 子 ども」 とい う主体 を編 み あげ る こ とに緊密 に結 びつ いてい る

「 子 ども」が知識 の領域 に入 って きたの は偉 大 な教育 思想家 の著作 を介 し てで はな く,現在 で は きわ めて あ りふれ て お り日常化 して い るが ゆえに, と りた てて問題視 され る こ とのない技術 を介 してで あ った。子 どもそ して教育

( 3 0 )Jame sCur r i e ,o p. c i t . ,pp. 2 0 6 ‑ 2 0 7 .

(18)

20

文 研

93

にか んす る知 は,子 どもを対 象化 し, それ を介 して主体化 へ の装置 へ と変換 して い く日常 的 な教育 関係 ・技術 を形 づ くる こ とか ら出現 して くる

すで に ところ どころで触 れた ことか らも推察 で きるよ うに,学校 内部 の教 育 関係 の なかで ひ と りひ と りの子 ど もを対 象 として切 りと り, 内面 に まで踏 み込 む こ とを求 め られ たの は教 師で あった。

「 教 師 は子 どもを知 らな けれ ばな らない。子 どもの性質 や特性 を知 らない こ とには,生徒 を満足 に訓練 した り教 え る こ とは期待 で きない。 その よ う な知識 は教育 にお けるすべ ての本 当の成 功 の基礎 にあ る 。 ・ ‑‑小 さな子 ど もた ち を成功裡 にそ して知 的 に教 える人 は精神 的 お よび肉体 的成長 を統 べ る法則,能力 と呼 ばれ る こころの行 動 の さまざ まな側面 がお のず とあ らわ れ る順序 , あ る年齢 に もっ とも訴 えか けるの はそれ らの うち どれか,害 や 緊張 な くして それ らが どの程度 用 い る こ とが で きるか, につ いて知 らな け れ ばな らない

。(31)

「これ らの ( 教育 にか んす る)事 実 を発見 す るた め には立 法家 や学梗運営 者 に頼 るべ きで はない し,学校 を訪 れた人 々 の性 急 な印象 にた よ りす ぎる べ きで もない。私 た ちが主 として頼 るべ きは実際 の教 師 の働 きで あ り, さ まざ まな教授様 式 の も とで能力 が 自己成長 す るの と同様 ,生徒 の能 力 の発

( )( )00( )○ ( )( 〕0( 〕 達 を注視 す るの は教 師 の仕事 で あ る。 す なわ ち,事 実 を収 集 し,観 察 を記

00 0000000〇〇〇( )( )○̀ 00

0

録 し, そ して実験 を始 め るの は教 師 の仕事 で あ る

。(32)

子 どもを生徒 に主体 化 させ るた め には, なには ともあれ子 どもを凝視 し, さまざ まな徴候 を読 み と り,対 象化 す る こ とか ら始 めな くて はな らない。 こ うして子 どもの 「 精神 的お よび肉体 的成長 を統 べ る法則 ,能 力 と呼 ばれ る こ ころの行動 の さ まざ まな側 面 が おのず とあ らわれ る順 序」 が対 象化 され, そ

( 3 1 )J o s e p hLa ndo n,ThePr i nc i pl e s . …. ,pp. 2 5 ‑ 2 6 .

( 3 2 )Tho ma sTa t e

,

o p . c i t .

,pA5.

(19)

学校管理 マニ ュアル の分析 21

の知 は 「自己」 の主体 化 のた めの実践 へ と投 げ返 され て ゆ く。 だか ら 「 生徒 の性格 に対 す る もっ とも正 しい, そ して鋭 い心理 学 的洞察 を もってい る者 が 最 良 の初 等教 員

(33)

」 なので あ る。 この教 師が統べ る空 間で あ る 「 学校 の教室 は教 師 の実験 室 で あ りス タ ジオ で あ る。 す なわ ち教 師 を と り囲 んで い る少年 た ち は教 師 の省察 と実験 の対 象 で あ り, その大 きな 目的 は少年 た ちの知 的 そ して道徳 的改善 で あ る

。(34)

」言 いか えれ ば,子 どもた ち は 「 知 的 そ して道 徳 的 改善」 とい う力 の行使 関係 のなか におかれ る こ とによって, それ によっての み 「 教 師 の省 察 と実験 の対 象」 とな るので あ り, この とき子 どもの あ らゆ る 徴候 ・側面 が切 りとられ, その結果 として,子 どもそ して教育 にか んす る知 が産 み出 され る。

こうして子 どもそ して教育 にか んす る知 が編 み あげ られ,教育界 へ と浸透 して くる 1 9 世紀 の末 にか けて, 世 紀前半 に拾 頭 をみた道徳環境論 は舞台 の袖 に引 っ込 み, とって代 わ って個人 としての 「 子 ども」が統制 と教育 の問題 の 核 を形成 し, 「自然 」と同様 に探求 の対 象 として浮上 して きた。か つて ス トウ とケイ はかれ らが推奨 す る 「 遊 び場 」 の メカニズム を説 明す るなかで, その ひ とつの 目的 は子 ど もの 「あ らゆ る性質 ( t hewhol enat ur eofman) 」 を凝 視 し,対 象化 す る こ とにあ る, と主張 した。 その延 長線上 に 「 教室 」 をは じ

め とす る,ひ とりひ とりの子 どもを凝視 し,可視化 す る装置が組 み立 て られ, 子 ど ものあ らゆ る徴候 , 「 本質 」, 「 属 性 」が対 象 として切 りとられ, やが て理 想 的 な全人 的人 間 とい う主体 へ と結実 し,それが知識 の領 域 へ と入 って くる。

た とえば,

「 教 師 は生 徒 のすべ ての能 力 に仕事 を与 え,それ ぞれが教育可能 で あ る と

⊂ I0OO

い う真理 を認 め るべ きで あ る 。 全 き人 間 ( t hewhol eman) を調和 的 に発 達 させ るように努 め るべ きで あ る。( 3 5 ) 」

(33)

Wi l l i a mRo s s ,o p. c i

t.

,p. 6 8 .

(34)

Tho ma sTa t e , o P. c i t . ,p. 5 7 .

(20)

22 93 輯

「 初 等教育 は二 つの 目的 を持 ってい る。ひ とつ は知 的 そ して道徳 的能 力 を 00( )○ ( )

発達 させ る こ とで あ る

言 い換 えれ ば,完全 な人 間 ( t hepe r f e c t ma n) の 能力 を発達 させ る ことで あ る 。 ( 36 ) 」

0O O 00OO0O00

「 親 も教 師 も同 じ目標‑ 完全 な,個人 の性格 の発達 をめ ざ してい る。す なわ ち, アー ノル ドやヘルバ ル トに よって正 し く強調 され た知 的 な力 とい う観 点 ばか りで はな く,感情 と行 動 とい う点 において も道徳 的 な性格 で あ る 。 子 どもの生活 の統一, 肉体 と精神 ,子 どもの活動 の多様性 は,未熟 な 子 どもの性 質 の限界 が拡大 す る限 り,人 間性 の あ らゆ る側面 が彼 の理想 の 内部 に含 まれ るように教 師 を強 い る。

したが って,教育 の 冒的 を次 の よ うに定義 す る こ とがで きる。生徒 お よ

○( )( )( )( 〕

び学校社会 にた いす る教 師 の力 と影響 を行使 し,完全 な性格‑ 肉体 的力, 精神 的能力 ,楽 しげな性 向,意 志 の力 ,す なわ ち, それ ぞれの個人 の能力

と環境 が許 すか ぎ りでの,大人 の生活 の義務 を満 たす の にふ さわ しい性格

0 0 0

( ⊃

0

‑ の成長 を促 す

。(37)

子 どもは どの ような段 階 を踏 んで この全人 的人 間へ と形 づ くられ てい くの だ ろ うか。 「 成長 」 「 発達 」 とい う ものが そ こに現 われ,子 どもの発 達段 階 と その順 次性 とい う ことが知識 の領域 に入 って くる

子 どもの あ らゆ る倣候 を 対 象化 す る過程 が全人 的人 間 とい う知 を産 み落 とした とすれ ば, 同 じことが

「 発 達 」 「 成長 」 について も言 え よ う。就 学対 象年齢 の子 ど もた ち を街 か らひ と り残 らずか り集 め,就学 させ る学校 とい う一種 の実験 室 の なかで,子 ど も を凝 視 し,対 象化 し,分析 す るよ うな微 視 の テクノロジーが その生産 にあず か って力 あ ったので あ る。 こうして 「 科 学 的 」 と冠 せ られ る 「 子 ど も」 がマ ニ ュアル の なか に浸透 して くる。 た とえばロスが主張 す るには,授 業 を生徒

( 3 5 ) J o h n Gi l l ,o P. c i t . ,p. 1 0 .

( 36) Tho ma sTa t e

,

o P. c i t . ,p p

.

4‑ 5.

( 3 7 ) J . J , Fi n dl a y , o p. c i t . ,p p. 8 ‑ 9 .

(21)

学校管理マニ ュアルの分析 23

の発達段 階 に合 わせ るた めに は,発達 の順 次性 を知 らな けれ ばな らない。

して子 どもの発達 は大 まか に言 う と感覚 ( 7, 8 歳 まで)か ら記憶 ( 8‑ ll 歳 )を経 て理解 ( ll ‑ 1 3, 1 4歳)そ して理性 ( 1 3,14歳 以 降)に至 る段 階 を 経 る こ とにな る

(38)

。 あ るい はフ イン ドレイ は子 ども期 ( c hi l dhood) ,少年 ・ 少女期 ( boyhood, gi r l hood) ,青年期 ( adol es ce nc e) に大 き くは 3 分割 し,

さ らに 5 つ に細分化 す る こ とも可能 で あ る としてい る( 3 9 ) 0

( )00

「 私 た ち は ここで はクラスの規模 の問題 に これ以上 関 わ らないで,成長 の 00000000000 OO0000

さ まざ まな時期 の子 どもの性 質 の特徴 が何 で あ るか調 査 しよう

とい うの も, それ ぞれ の水準 や グ レー ドのた めの教材 を選択 す るに際 して, これ ら の特徴 は私 た ち を導 くもので な けれ ばな らないか らで あ る。教育 委員会 は その ような グ レー ドあ るい は水準 のた めの学習 コー ドを定 め る ときに,

れ らの特徴 には まった く考慮 を払 って はい ないが, それ らの コー ドの価値 は成長 現象 を暗黙 の うちに認 めて い る ことに大 き くは依拠 してい る

コー ドは学校 生 活 の それ ぞれ の年 間 の教 育 課 程 を示 す よ うに なって い る。す なわ ち,私 た ち は同 じ義務 の もとにおかれ てい るわ けで はないが,

● ●

それ は学校 生活 のひ とつの時期 を他 の時期 か ら区別 する違 いの主 な特徴 を 探 すの には役立 つで あ ろ う。私 た ちの 目的 に とって は これ は区別 す るため の よ り細 心 なプ ラ ンで あ る。 8歳 の子 ども と 9歳 の子 ども との間 には分 離 の明確 な線 をひ くこ とはで きない。しか し, 3 歳 あ るい は 4 歳 を また ぐと, な され た進歩 は容 易 にわか る 。

しか しなが ら, 3 年後 で さえ も,慣 れてい ない観察者 で もわか るほ どに は違 い は明確 な もので はない。 す なわ ち,子 どもた ち に精通 して いないお とな は,幼児 と 2 0 歳 の間 の年齢 の人 を 『 少年』あ るい は 『 少女』 と呼ぶ こ とで満足 してい る 。 実 際 に,一般 に認識 され てい る唯一 の違 い は,子 ども

( 3 8) Wi l l i a m Ro s s , o p . c i i . ,p. 1 7.

( 3 9)

J

. J . Fi ndl a y , o p. c i t . ,p. 97.

(22)

24

文 研

93

が歩 いた り話 した りす る こ とを学 ぶ, だ いたい 3 歳 の頃 と, それ以 降 は生 徒 は次第 に大人 と同 じレベ ル におかれ る,青年期 ( ado l e s c e nc e ) の始 めの 時期 で あ る

ここには明確 な二 つの区分 とな る指標 が あ る。 す なわ ち,幼 児期 の終 わ りと少年 ・少女 時代 の終 わ りの ときで あ る。 もしもっ と望 むな らば,個 々 の子 どもを個人 的 に観察 す るか,あ るい はアール ・ バ ー ンズ,スタ ン リー ・ ホール そ して 『 児童研 究』 プロパ ガ ンダの その ほか の リー ダー に よって近 年促 進 された他 の科学 的 メ ソ ッ ドに よって, それ らは得 られ るで あ ろ う。

最 も価値 あ る結果 は幼 児期 の研 究 か ら得 られたが, その中間 の年齢 を区別 す る様 式 を私 た ちが示唆 す る こ とが で きるよ うな,思春期 にいた る まで の 発達 の全 過程 にか ん して一 般 的 な一 致 点 が あ る。読 者 は子 ど もた ち の グ ルー プ と個人 的 に接触 し,その観 察 を標準 的 な著者 の それ と比較 した後 に,

自分 自身 で使 うた め に区別 ・クラス分 けの様 式 を採用 す る こ とが で きるで あ ろ う

。(40)

か くして,子 どもについての観 察 そ して実験 を介 して編 み上 げ られた知 で あ る 「 成長 」 「 発達 」 の順 次性 は こう言 われ る。 「すべ ての有機体 の発達 ( 展 開) は固有 のそ して明確 な連続,状 態, あ るい は法 に したが って な され る 。

人 間 の力 の発 達 は この一般 的 な規則 の例 外 で はない

。(41)

」あ るいは 「 人 間 の能 力 の発達 は,他 の有機体 のそれ と同様 に,完 全 な継 続過程 で進行 し,跳 び越

(

pe rs al t um) た り飛 び越 して は進行 しない。( 4 2 ) 」そ して この発達 の順 次性 に基 づ いて, 「 教育 は科学 で な けれ ばな らない

(43)

」 と強 く主張 され る

( 40)Z bi d. ,pp. 94‑ 95 ; 1子 どもたちのなかで実際に仕事 をしている観察者 は彼 自身の 観察 を記入す る形式 を準備することで報 いられるであろう」として,彼 自身観察 評価表 ともいうべ きものを参考 としてあげている ( J b i d. ,p. 96)

O

( 41) Wi l l i a mRo s s ,o P. c i t . ,p. 9.

( 4 2)I bi d. ,p. ll.

( 43)J b i d. ,p. 7.

(23)

学校管理 マニ ュアルの分析 25

「 教育 科学 は教育 され るべ き存在 の性質 に,す なわ ち知 的 そ して道徳 的能 ( )0 000 力 の発達 を支配 す る法則 に基 づ くべ きで\ ある

これ らの法則 は心理学分析

oOOく つ0000000

と同様 に観察 に よって も確定 され る。

あ らゆ る生来 の能力 はその固有 の発達 時期 と発達 の様 式 を もってい る 。

い まや哲学 的教育 家 は自分 の教授 方法 を生徒 の年齢 , とい うよ りも生徒 の能力 の知 的 そ して道徳 的発達状 態 に常 に合 わすで あ ろ う

そ して彼 は発 達 の さ まざ まな段 階で種類 において も程 度 において も,能 力 の伸長 を最 高 に増 す た めの知 的滋養物 を生 徒 に与 え るで\ あ ろ う 。 したが ってメ ソ ッ ドと メ ソッ ドの原則 は教育家 に とって明瞭 で最 も重 要 な調査対 象 とな る。 (

44)

「 教育 はその ほかすべ ての科学 と同様 に, 細 心 の注意 を払 った事実 の帰納 に もとづ くべ きで あ る

メ ソ ッ ドの あ らゆ る本 当の考 えは,人 間 の能力 の 発 達順 序 に関 して と同様 にその様 式 に関 して も,人 間 の能 力 の性質 につ い

て の注意深 い研 究 か ら抽 出 され るべ きで あ る

。(45)

「 子 ども」が祝 えて くるの は,子 どもが それ 自身で対 象 で あ るか らで はな い。 そ うで はな く, それ を対 象 として なが め る まな ざ しや, あ るい はそれ を 対 象 として認知 ,知覚 す る主体 に対 して は じめて対 象 とな るので あ る

す な わ ち,子 どもが対 象 として存在 してい る とした ら, それ は世 界 の うちか ら対 象 として切 りとられた結果, その よ うに対 象 として存 在 してい る とい うこ と

にな る。 そ して対 象 として切 りとる とい う力 の行使 と, それ を定着 させ る力 の関係 の下 にあ るので な けれ ばな らない。 もう少 し引 きつ けて言 えば,子 ど

もを対 象 として切 りとって くる統 治作 用 の も とにおか れ る こ とに よって の み, 「 子 ども」は対 象 として存在 す るので\ あ る

だか らた ん に純粋 な科学 的興 味 が科学 的子 ども とい う知 を産 み出 した原動 力 で はない。 そ して この統治作 用 は,牧人 司祭 的 ケ アそ して個 人化 とい う技術 を介 して機能 し,実現 され る。

( 4 4 )ThomasTat e

,

o p. c i t . ,p

.4.

( 45)Z b i d. ,p. 39.

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