コールスラリー燃料による予燃焼室式ディーゼル機関の運転
福 田 昌 准*
(昭和57年4月30日受理)
Coal Slurry Fueled Precombustion Diesel Engine
Masanori FuKuDA
(Received April 30, 1982)
A single cylinder precombustion diesel engine was operated on coal−diesel fuel slurries. Experiments were
conducted fo r various coal concentrations at different degree of pulverization. The engine run was quite p6ssible at the slurry of 20% coal by weight, without large sacrifice ip engine perforrnance. However, abnormal wear was observed on the piston rings and the cylinder iiner, which finally disabled running. Another obstacle was the c],ogging of the fuel injection nozzle.
From these results, it was concluded that some solutions to these obstacles are in urgent need for utilizing the coal−oil slurries in diesel engines.
1.ま え が き
石油危機以来,石油資源の温存という観点から,石油に 比べておよそ5倍の6600億t1)の可採埋蔵量を有する豊富 な石炭の利用が見直され,発電所のボイラなどに,微粉炭
とC重油を混合した燃料(COM, Coal Oil Mixture)力弍使われはじめている1)。石炭をディーゼル機関用燃料として 使用する試みは,第2次世界大戦中の長尾らの研究2)があ
り,微粉炭内燃機関をめざし微粉炭を直接シリンダ内に吸 い込み,運転に成功している。その後Marshallら3)は,微 粉炭を軽油に15%混合した燃料(コールスラリー燃料)で ディーゼル機関を運転し,出力,燃料消費率は軽油とほと んど差はないが,噴射系のノズルピンおよびポンププラン ジャのクリアランスがコールスラリー燃料に対しては小さ すぎ,スティックを起こして長時間の運転は出来ないの で,新しい噴射系でこの問題が解決されれば,長時間の連 続運転が可能であろうとしている。また,KTataiahら4)
は,噴射ノズルし中.う動部のクリアランスを大きくしてデ ィーゼル機関を運転し,軽油に微粉炭を混入することによ り,排気温度,排気黒煙濃度は上昇し,ブローバイガス量 が増加することを報告している。しかし,噴射系以外の摩
耗については調査されておらず,コールスラリー燃料でデ ィーゼル機関を運転する際の問題点が十分検討されている
とはいいがたい。そこで,本実験では予燃焼室式ディーゼル機関をコール スラリー燃料で運転した際の性能を調査するとともに,ピ ストン,ピストンリングなどの摩耗状況を調べることにし た。また,噴射ノズルのしゅう動部へ微粉炭の流入を防ぐ 特殊噴射ノズルを試作したので,その評価についても述べ
る。
*機械工学科
2.実
験
2.1:コールスラリー燃料
固体の微粒子が液体中に浮遊している一種のコロイド溶 液をスラリーといい,本実験で使用したコールスラリー燃 料は,2号軽油と微粉炭を混合したものである。微粉炭は 北海道幌内炭と九州三池炭の50%ずつの混合品で主な性質 をTable 1に示す。この微粉炭を200,300,350メッシュ のふるいで選別し,実験直前に軽油と混合し,コールスラ
リー燃料を作成した。燃料の比重は200メッシュの微粉炭 で,10,20,30%(重量)の順に0.833,0.90,0.94と微 粉炭の重量割合に比例している。なお,軽油の比重は、
0,826である。
また,固体と液体の混合燃料のため,その安定性を調べ
一19一
Table 1 Properties of pulverized coal
Coal
Proximate Analysis
Higher
Heating ValueHokkaido Horonai Coal
Kyusyu Miike Coa150%
50
Fixed Garbon
Volatile MatterAsh
Moisture
42. 0%
39.0
15. 2 3. 8
6700 kcal/kg
たのがFig.1である。これは内径約21mmの試験管の中に 作成したコールスラリー燃料を入れ,十分混合した後の時 間ごとの安定性をみたものである。Fig.1でそれぞれaは 混合した時,bはある時間経過した後, bLは完全に分離し
た時のコールスラリー燃料の位置を示す。b/bL・= Oは分 散した状態,b/bL=1は完全に分離したことを表わす。
Fig.1より,微粉炭の割合の多いほど分離はゆるやかであ ることがわかる。しかし,いずれの場合も分離は非常に早 く,静置した燃料タンクより機関に供給することは不可能 であり,本実験では絶えず燃料をかくはんしながら試験を
行った。odispersed
だ︑Ω
0
5
>==﹄而↑の
Time hours
2 4 6 8 10
1
separated
Fig.1 Stability of coal slurry fuels
2.2実験装置および方法
実験は無過給単シリンダ水冷4サイクル予燃焼室式ディ ーゼル機関(三菱iM18型,排気量863cc,シリンダ径×行 程=φ100×110mm,圧縮比20)を用いて行った。燃料は ボッシュ型燃料噴射ポンプにより,ピントルノズル (DN
OS34)を用いて関高圧120 kg/cm2で噴射した。排気温
度は,CA三一を用い鞭排気出口より100㎜の排気管内で測定した。排気ガスは,排気出口より約200㎜の 排気管内から直接採取し,CO, NOとも非分散赤外線分析
計(CO;堀場MEXA200形, NO;堀場AIA23〈AS>形)
により,また,排気黒煙濃度はボッシュ式スモークメータ
(ディーゼル機器DSM−10B型)により測定した。
予備実験を行ったところ,微粉炭の割合が増えると噴射 ノズルしゅう動部へ流入した微粉炭によって噴射ノズルが 作動不能となることがわかった。そこで,その場合にはノ ズルピンにFig.2に示すように,しゅう動部への微粉炭の 流入を防ぐため0リング牽取り付けた特殊噴射ノズルを作 成し,これを用いて運転を行った。この特殊噴射ノズルは
しゅう動部の油だめ側へOリングを取り付けたもので,ノ ズルの特性に変化はなく,機関の性能には全く影響を及ぼ
さないものである。.
34 v
s ⑩
O−Ring
Fig.2 D iesel injection nozzle (upper is standard and lower is designed for these tests)
実験は微粉炭の割合,粒子の大きさの違うコールスラリ
・一
高@ソで,燃料噴射時期150btdc,回転数2000rpm一定の もとで機関を運転し,性能を調べるとともにピストン,ピ ストンリングなどの摩耗状況について調査した。なお,コ ールスラリー燃料で機関を運転した後は,燃料タンク,配 管および燃料噴射ポンプ,ノズルは分解,洗浄して,後の 試験に微粉炭の影響が残らないように配慮した。
3.実験結果および考察
3.1コールスラリー燃料運転
Fig・3は機関回転数2000rpm一定のもとで負荷を変え,
種々のコールスラリー燃料で約8時間運転した前後の軽油 での機関性能を比較したものである。横軸に軸平均有効堅
一20一
力(P解∂をとって整理してある。コールスラリー燃料で運 転後はブローバイガス量が増大した。このため,空気不足
となり機関性能が低下している。つまり,燃料消費率(be)
および撲気黒煙濃度(SB)は悪化し,排気温度(Te)は 上昇している。さらに,排気ガスについては,一酸化窒素
(NO)は最高値が,一酸化炭素(CO)は悪化はじめがそれ ぞれ低負荷側へ移動している。
am
9 600
S z )o
200
O Before e After
0
3 F X誤 ; .ZT 1 1 ll Z2ww O
.O iO H)一〇一e−b4KHH一 8
6 4 2 $
500−O
.t.i...a 300
焉8
100
0 2 4 6 89
Pme kg/cm2
Fig.3 Comparison of engine performance between before and after coal slurry operations
400
E& 200
次にコールスラリー燃料で運転した際の機関性能を軽油 の場合と比較したのがFig.4である。軽油での性能値はコ ールスラリー燃料で運転後のものを示してある。これは,
コールスラリー燃料で運転後は性能の低下がみられるた め,より近いデータで比較するためである。微粉炭の割合 が重量で30%まで運転を行ったが,20%(350メッシュ)
では排気黒煙濃度(SB)は悪化するものの,その他の性能 は軽油との差が少なく,微粉炭の粒子をより小さくするこ とにより性能的には,軽油とほぼ同等のものが得られると 考えられる。しかし,微扮炭の粒子が大きくなり,さらに 割合が増えると(300メッシュ,30%)微粉炭の粒子が,機 関の燃焼室内で完全に燃えることが出来ず,排気管内でも 継続して燃焼が起こり,大きな性能低下をきたしている。
以上のことより,コールスラリー燃料でディーゼル機関を 運壕することは可能であり,微努炭の粒子を小さくするこ
800
oe一
@600
o 400
ト200
ら﹂210
詳Oり
ロC◎al 20%(350mesh)
」C◎al 300ノ。(300mesh)
怩ciesel fuei
400
E
& 2000
Z o600
看息
a 4008
200
0 2 4 6. 8
2
Pme kglcm
Fig.4 Eng ine performance of coal slurry fuels and diesel fue1
10 8 6
4$
2
0とにより軽油に劣らない性能が得られるものと思われる。
しかし,長時間運転するには,以下に述べるような問題点 があり,その対策が必要である。
3.2摩 耗
3.2.1ピストンおよびピストンリング
ブローバイガス量の著しい増大のため機関潤滑油が外部 へ飛散し,さらに.機関冷間時の始動が困難となったため 約8時間で試験を中止し,ピストン,ピストンリング,シ
Fig.5 Top piston rings (left isnew and right is after slurry operations)
一21一
リンダライナの状況を詳しく調査した。
Fig.5は新品とコールスラリー燃料で約8 時間運転した後の第1ピストンリングを比較 したものである。明らかに,運転後のピス トンリングは大幅に摩耗している。そこで,
Fig.6に示す5点でピストンリングの寸法を 測定し,元の寸法(規格)に対する.摩耗量を 割合(摩耗率)で表わしたのがFig.7であ る。さらに,Fig.7を最大,最小摩耗率がわ かるように棒グラフにしたのがFig・8であ り,重量減少率も同時に示してある。なお,
実験機関に組み込んだピストンリングは3本 の圧力リングと1本の油かきリングとでな
4
丁
3
︐
5
巳
1
2
Fig.6 Measuring points of piston ring
70
60
ざ 50
40e
歪
お30睾20
10
100
)80
り0
Φ苛﹂
6
ム﹁ 20 0
﹂而Φ≧
B
o
T
Max.
ff
Min.
0 1 2 3 4 5
Measdring points
Fig.7 Wear rate of piston rings at each measuring
point
B
i一一一一一一
1 230it 1 230it
Piston rings
O O
1
0 0 0 08 6 ム. 2
Φ詔﹂〇三り暑Φ﹂芸9Φ≧
0
1 2 30it Piston rings
Fig.8 Wear rate and we ight reducing rate of piston rings
り,圧力リングのT寸.は4.3mm, B寸は2.5㎜である。第 1リングは表面にクロムめっきを施したテーパリングであ り,第2,第3リングは平リングで第3リングにはアンダ ーカットが施してある。油かきリングはコイルエキスパン ダ付でT寸が4.3mm,』B寸が4.Ommである。
Fig.8の摩耗率をみればわかるようにT寸および第1リ ングのB寸の摩耗量は非常に多く,T寸の最大摩耗率は第 1リングで64%であり,順に第2リングで33%,第3リン グで28%,そして油かきリングで16%となっている。この ことは重量減少率でみても同様で,特に第1リングでは重 量が約1/2になっている。これはコールスラリー燃料中の微 粉炭による異常摩耗であることは明らかであり,燃焼室つ まりコールスラリー燃料に近いほど摩耗が大きくなってい る。また,B寸の摩耗量は第1リングが最も多く最大摩耗 率で12%,他のリングでは1.6%以下となっている。この ようにB寸の摩耗量がT寸に比べて少ないのは,機関運転 中ピストンリングのフラッタリングがなく,また,微粉炭 のピストン溝への流入が少なく,ほとんどすべてシリンダ ライナとの接触面へ流れたためと思われる。このことは.ピ ストン溝に微粉炭の堆積もなく,摩耗が半径方向,軸方向 ともないことからも想像される。また,ピストン第1ラン ドに第1リング溝にいたる旧きずが1〜2箇所生じたが,
コールスラリー燃料に起因するものかどうかの判別は困難 であった。この他には,ピストンには大きな障害はなく,
コールスラリー燃料による特別の異常は認められなかっ
た。次にFig・7の各回定点での摩i耗率をみると各リングとも T寸の変動量が多く,特に第1リングでは,その差が約30 %も生じている。B寸についても同じ傾向を示している。
これは、機関運転中ピストンリングの回転がなくなり,機 関が横置のためシリンダ下部へ微粉炭が多く流れ,ピスト ンリングを摩耗させたものと考えられる。次に,ピストン リング装着時の合い口すぎ.間を調べたのがTable 2であ
一za一
る。最も醗の多い第1リングで,0.53㎜が12.0㎜と 約23倍に拡大している。これは,ピストンリングの外周面
(シリンダライナとの接触面)が内側(ピストン溝側)に 比べて多く摩耗していることを示している。このことは,
ピストン溝が摩耗していないこととも一致する。
Table 2 Piston ring end gap installed in engine (Before and After coal slurry operations)
Piston Ring 1 Before(B) After (A)
A/B
Top
(lst)
2nd
3rd
Oil
O. 53mm
O. 49
O. 48
O. 49
12. ernm
8. 3
8.1
2.9
23
17
17
6
3.2.2シリンダライナ
シリンダライナの摩耗量をピストン上死点における第1 ランド位置,第1リング位置,行程中心,ピストン下死点 におけるピストンスカート位置など7か所各々クランク 軸およびそれと直角方向について測定を行ったところ,第 1リング上死点位置が最櫛饗し,径でO.2mmの減少を 示している。第1リングしゅ底部ではO. 11〜0.2㎜摩 耗し,ピストンリングの当たらない所での摩耗量0.01〜
O. 03 mmの約4〜20倍の摩耗にいたっている。ピストンし ゅう動部の摩耗量は短時間の運転としては非常に多く,通 常運転時の1000時闇程度に相当するものである。また,測 定箇所の測定方向の差をみると,横置機関の上下方向にあ たるクランク軸と直角方向の摩耗量が多くなっている。こ れは,ピストンリングのところで述べたように,シリンダ 下部へ多くの微粉炭が流れたためであろう。さらに,後で 述べるように,0リング付特殊噴射ノズルを用いることに より,ノズルが絶えず国分状態となり,噴霧の不十分な燃 料が燃焼室内に流れ込み,ピストンリング,シリンダライ ナの摩耗を促進したことも考えられる。
3,3燃料噴射ノズル
最後に、今回試作した0リング付特殊噴射ノズルについ て述べる。一般にノズルしゅう動部のクリアランスは径で 2〜4.5μであり,このすき間へ微粉炭が流入すると,当 然作動不能となることは考えられる。今回の実験でも,コ ールスラリー燃料中の微粉炭の割合が30%となると,短時 間(約10分)でしゅう動部のスティックのため,Marsha11 らの結果3)と同じように作動不可能となった。そこで,本 実験ではノズルしゅう動部の油だめ側へFig.2に示すよう に0リングを取り付けることにより,微粉炭の流入を防ぐ
特殊噴射ノズルを作成して運転を試みた。しかし,この特 殊噴射ノズルを用いても,約1時間の連続運転しか不可能 であった。これは,このノズルによりしゅう動部への微粉 炭の流入は生じなくなった反面,ノズルの油だめ部へ微粉 炭が多く集まり,その結果ノズル座面へ微粉炭粒子がかみ 込み,ノズルが絶えず開巻状態となつで運転不可能とな
ることがわかった。つまり、今回の小改良では,コールス ラリー燃料にはまだ不適格であり,長時間の運転を行うに は.特別の対策が必要である。
4.ま
と め
コールスラリー燃料で予燃焼室式ディーゼル機関の運転 を試みた結果,次のことがわかった。
1)コールスラリー燃料でディーゼル機関を運転するこ とは可能であり,燃料中の微粉炭の粒子を微細化すること により,軽油に劣らない性能を得ることが可能である。
2)しかし,燃料中の微粉炭のため,ピストンリング,
シリンダライナが著しく摩耗し,ブローバイガス量が増加
する。3)さらに,現状の燃料噴射ノズルは,しゅう動部,座 面のスティックなどのため,コールスラリー燃料には不適
格である。以上,ピストンリング,シリンダライナの摩耗および燃 料噴射ノズルに対策を施せば,コールスラリー燃料のディ ーゼル機関用燃料としての実用性は,十分期待でき.ると思 われる。また,今回の結果が,今後使用可能性が増える燃 料中にスラッジを含むような,より一層低質な燃料でディ
ーゼル機関を運転する際の参考となると考える。
終わりに臨み,特殊噴射ノズル作成に御便宜をはかって いただいた日本電装株式会社,ポンプ技術一部,明石部長 殿,岩本課長殿に感謝いたします。また,常日頃から,研 究の御指導,御助言をいただいている京都大学教授(工学 部)池上訥先生にお礼申し上げます。さらに,常に暖かい 御助言,御支援をいただいている本校助教授三森太郎先 生,牧暢夫先生,並びに,実験および装置製作に御協力い ただいた本校仲井正明技官,実習工場の皆様および本校昭 和56年度卒業生の諸君に感謝いたしますb
参 考 文 献
1)太田・味岡,日経メカニカル,(1980−9−15),32.
2)三雲・長尾・舟木,日本機械学会論文集,11−41・一2
(昭20),35.3) H. P. Marshall, D. C. Walters, Jr,, SAE PaPer No.
770795 (1977).
4) K. Tataiah, C. D. Wood SAE PaPer, No. 800329 (1980) .
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