「プチ・メディアの誘惑」報告
著者 浅見 克彦
雑誌名 東西南北
巻 2006
ページ 237‑241
発行年 2006‑01‑31
URL http://id.nii.ac.jp/1073/00003347/
メディアをめぐる文化研究は、多様な観点からさまざまな領域についてな されている。しかし、メディアに関わる諸問題のなかには、座学ではその深 みとおもしろみがどうしても理解しにくいものがある。ミニFMの問題もそ うしたものの1つである。
7月15日(金)に開催されたイベント、「プチ・メディアの誘惑」は、この ミニ FM の魅力と効果を体感するという趣旨のもとにおこなわれた。ミニ FM とは、厳しい電波法の規制のもとでも自由に発信できる、微弱電波のラ ジオ放送のことである。今回は、80年代に下北沢で長年にわたって「ラジ オ・ホームラン」を運営してきた大榎淳さん(和光大卒、現在は東京経済大 学コミュニケーション学部教員)と、横浜のクラブ・シーンを中心に現在も ミニ FM を運営している川村周史さん(メディア・アクティヴィスト、Ra- dio Platanus 主宰)をゲストに招き、第1部として実際にミニ FM の放送を おこない、それを大学内で聴取してもらう試みにとりくみ、第2部として、
お2人の話を中心にミニ FM の魅力について考えるセッションを開催した。
第1部の放送は、浅見研究室に機材を設置し、窓からアンテナを出して
(幸い浅見研究室の窓は消防のための進入口で開放できる)、和光大学のキャ ンパスを聴取範囲として想定しておこなった。機材を提供し、セッティング の労をとった大榎さんの手際の良さには、ひとえに感嘆。実のところは、技 術的なところでごく単純な間違いや不備をかかえこんでしまい、電波を飛ば すまでに結構苦労したりする、というのは横で見ていた川村さんの弁。3時 の予定を15分ほど過ぎはしたものの、図書館前の「渡り廊下」に大きめのラ ジカセを「公共受信機」として設置し、興味のある「通行人」には携帯ラジ オ(ある100円均一の店の300円もの)も貸し出して、放送は始まった。
大榎さんの落ち着いたしゃべりではじまった放送では、まずかつて80年代 に和光でもミニ FM の運動が展開していたことが話題となった。仕掛人は、
当時、人文学部の講師だった粉川哲夫さんで、粉川さんの「挑発」に応じた 学生が運営のほとんどを担っていたとのこと。曜日ごとに放送のジャンルを 和光大学総合文化研究所主催イベント
「プチ・メディアの誘惑」報告
浅見克彦 所員・表現学部教授
分け、当番制で「好き勝手な」ことをやっていたそうである。当時の放送局 は現在のG棟の2階にあり、大榎さんが持参した写真を見ると(これはラジ オではNGのネタでした)、なんと板張りの廊下に機材を広げている。そして テーブルらしきものの上には酒とタバコ。まさに古き良き時代というべき図 である。そのうえ、あちこちの教室の廊下にぶらさげられたラジオを暇にま かせて学生が聞いていることもあったとか。まさに隔世の感である。
この話の途中で川村さんがさしはさんだ話も興味深かった。実は川村さん は、神奈川大学時代に、和光大生からミニ FM の魅力を教えられたというの である。一同、この奇妙な偶然には、しばし盛り上がって話を弾ませたが、
ここにもミニ FM と和光の関わりの深さが垣間見える。大げさな言い方でな く、80年代に脚光をあびたミニ FM の運動に和光大が深い関わりをもって いたことは、この国のメディア史の一頁として記憶にとどめられるべきこと である。
ところで大榎さんは、和光大在学中にこの大学内での放送に深く関わって いたわけではない。彼がオン・エアーで語ったところによれば、「大学のなか だけというのじゃちょっと物足りない。都市の中でやらないと」という発想 だったとか。こうした考えをもつ友人たちと立ち上げたのが、知る人ぞ知る、
下北沢の「ラジオ・ホームラン」だったわけである。大榎さんが語ったとこ ろによると、機材や酒瓶や本や食い物が散乱する8畳ほどの部屋が問題の FM 局の実態で、1人が住み込み、番組を回り持ちする仲間で家賃を折半し
ていたとのこと。夜を徹して、ある日は演劇について、またある日は建築に ついてと、さまざまな関心をもつ仲間がそれぞれにゲストなどを招いて作っ た放送は、今考えても非常に刺激的なものだったようである。
「ラジオ・ホームラン」に関わる話でとても興味深かったのは、近く(要す るに下北)で放送を聞いていた知人が、自分も議論に加わろうと局にやって きてしまうことがしばしばだったという点である。物理的な距離をこえて情 報を入手するのが電波メディアの効用だとするなら、この話はミニ FM とい うものがたんなる情報伝達メディアをこえた、独自な魅力をもつことを物語 っているといえよう。電波メディアとしては少々パラドクシカルだともいえ るが、ミニ FM は、情報伝達だけではなく、人が集いコミュニケイトする空 間を作りだすという可能性ももっているわけである。
ひとしきり大榎さんの下北回顧談が続いたが、このあたりから川村さんの ミニ FM への関わりも始まったとのことである。川村さんは「ラジオ・ホー ムラン」に強く引かれたこと、『Studio Voice』や『インパクション』が組ん だ特集に刺激されながら、ミニ FM への思いを強めていったことを語った。
そして川村さんは、ひょんなことから切り盛りをまかされたパブの中で、つ いにミニ FM の放送を始めるようになる。とても印象に残ったのは、マニュ アルどおりに接続しているつもりなのに、当初は何度も電波を飛ばすことに 失敗したという話である。インストラクションについて意外に基本的なとこ ろで誤解することもあるし、機材の組み合わせの「いたずら」で何回やり直 してもだめなこともあるとのこと。実際に川村さんが和光大生の知人から知 識をえたように、ミニ FM もある種の仲間社会的な継承関係によって成り立 っている面があることを改めて認識させられた。
川村さんは長年パーティーを運営する中でミニ FM に関わってきたので、
その放送のコンテンツは、多くの場合音楽関係のものだったとのことである。
横浜のネットワークを通じて多くのアーティストやクラブ関係者をゲストに 招き、音楽とクラブについてトークを繰り広げる、というのが川村さんのミ ニ FM の基本形のようだ。しかし意外だったのは、頻度は少ないけれども、
地元の商店街の人々を招いて、日頃の仕事や地域のことについて語りあうよ うなコンテンツもやっているという話。ミニ FM がミニである以上、その基 盤はやはり近隣の生活空間であり、どうしてもこの生活空間の問題ははずせ ないということだろう。
そうこうするうちに予定の4時半をすぎ、語るべきことを残しつつも放送 終了。図書館前のラジカセを見張っていた学生の証言によると、聴取者の反
応もまずまずだったとか。「何やってるの〜」と問いかけてきてしばしラジカ セの前で聞き入る者、「えーっ! ラジオなんてできるの?」と驚く者。放送 よりも100均の携帯ラジオに興味津々の者、携帯ラジオをもって大学中の電 波感度を確認して回る者。ひとまずトライアル放送は「イヴェント」として はそこそこの手応えだったといえよう。
5時すぎからは場所をH棟の教室に移し、大榎さんと川村さんの話を中心 としたディスカッションとなった。
大榎さんは、今年9月から12月にかけて開催される「横浜トリエンナーレ」
でのご自身の取り組みを紹介しながら、ミニ FM の魅力を説明してくださっ た。横浜トリエンナーレとは、いうまでもなく、現代アートの国際的なイグ ジビジョン。大榎さんの企画(作品)は、このトリエンナーレの会場でミニ FM を展開するというものである。可動式の「FM 屋台」を放送局として、
トリエンナーレの会場を縦横に駆け巡り、出品者やスタッフ、そしてオーデ ィエンスたちに携帯ラジオを配って、ゲストとのトークや音楽の放送、ある いはオーディエンスの声をひろう放送などをするとのこと。現代アートとミ ニ FM という組み合わせだけでも、十分に興味をそそるものだといえようが、
大榎さんは、この取り組みを通じて、アーティストとオーディエンス、ある いはアーティストどうしのコミュニケイションを生み出し、進行中の展示に もう1つ別の刺激を付け加えることをねらっているようだった。実はこうし た企画は、すでにヴェネチア・ビエンナーレなどでは試みられているものだ が、横浜トリエンナーレで新たな試みを展開しようと意図する大榎さんの話 は、アートに関する参加者の固定観念をゆさぶるに十分なものだった。
続いてお話しいただいた川村さんは、横浜のクラブ・シーンでのミニ FM の経験について、写真を見せながら具体的に説明してくださった。この話の 中でとても興味深かったのは、ミニ FM への関わりを通じて、違ったジャン ルのアーティストたちが、お互いに意見を交換したり、いろいろなセッショ ンに取り組んだりという動きが生まれたという点である。ヒップ・ホップ系 とロック系がお互いの音楽活動について議論したり、一緒にプレイしたりす るトライブの交錯。こうした点にも、ミニ FM というものが、さまざまな 人々を接触させ文化的なスパークを生むコミュニケイション空間となりうる ことが垣間見える。また、クラブで活動するアーティストに FM で話してほ しいというと、何人かはちょっとした勘違いをして、マスコミのインタヴュ ーに答えるかのように、普段とは違った気構えで力をいれた話しをまくした てる、といったお話も、多くの参加者の興味をそそるものだった。
短時間ながら最後におこなわれたフリー・トークでは、イベントの手応え を十分確認できるやりとりがなされた。なかでも、川村さんのお話にあった ように、さして多くのオーディエンスがいないとしても、ミニ FM という場 が、その放送に関わる者たちの語りの態度、そして語りあう者どうしの関係 性を変容させるという点を確認したやりとりは、非常に意義のあるものだっ た。ミニ FM というものは、たんに DIY 的な共同性をもたらしうるだけで なく、現状の社会的コミュニケイションに対する私たちの態度と関わりを転 換するきっかけとなりうるということ、このことを確認できた今回のイベン トは、少なくない収穫を残したといえるだろう。
(あさみ かつひこ)