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Vol.65 , No.2(2017)086永崎 研宣「インド学仏教学を未来につなぐために」

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全文

(1)

インド学仏教学を未来につなぐために

――研究資料ネットワークの再形成に向けて――

永 崎 研 宣

はじめに

インド学仏教学に限らず人文学分野において広く見られることではあるが,イ ンド学仏教学分野においても,研究資料を共有し研究分野を振興していくために, 紙媒体の時代から研究の効率を高めるための様々な試みがなされてきた.一次資 料としての写本や木版本は数が限られている上に壊れやすく,閲覧にも色々な手 続きが必要なことから,容易に閲覧できるように,いくら触っても壊れないよう にと,(1)影印本やマイクロフィルムの作成・販売は広く行われてきた.そして, どのような読みが適切かを提示するとともに異本を皆が毎回すべてチェックしな くても済むようにと,(1)をつなぐネットワークとしての(2)校訂テクストが 様々な資料に関して作成されてきた.一方,主に(1)の所在や来歴を把握しやす くすべく,(3)目録が作成され,(1)を(2)とは別な観点からネットワーク化 し,これも多くが書籍として出版され共有されてきた.さらに,利便性,発見性 を高めるべく,主に(2)を前提として(4)索引も,特に著名なテクストに関し ては充実したものが作成されてきている.これは,主に(2)を語彙でネットワー ク化したものと言うことができるだろう.そして,(1)(2)(3)(4)を縦横無尽 に活用し,新しい知見をもたらすものとしての(5)学術論文や学術書が,他の学 術論文・学術書をも含む全体を包摂しつつさらなる新しいネットワークを形成し ていく.やや大雑把なまとめになってしまって恐縮だが,これを,紙媒体の時代 の研究資料ネットワークとして本稿では位置づけた上で,デジタル媒体の時代に これがどう変遷し再形成されていくか,それを「デジタル研究環境」と仮に名付 けて検討してみたい.

紙媒体時代の研究資料ネットワークとの対比

紙媒体時代の研究資料ネットワークは,図書・雑誌という比較的かさばるモノ ことが可能であり有益であるものは,例えば a-④ では生活に必要な「衣,飲食, 床座,医薬,資具の施し」が挙げられている.これに現代的な項目を追加するこ と(乳児であればミルクやオシメなど)で,罹災の緊急時に必要な最低限の項目が用 意され,現実的な活動の具体的な評価項目となる.また,d-⑧ では「信財,戒 財,聞財,捨財,慧財」の五財が挙げられている.信財 saddhādhana の基本は三 宝への信仰であるが,ここでは互いの信頼関係と理解できる.三宝への信仰を共 有している者たちは,互いに共同体意識を形成する(=現前サンガ)ことが容易で ある.対社会的仏教活動も,活動の主体者たちの信頼関係を財として認識するか どうかで,その価値を高めることができる.戒財 sīladhana は,法令遵守ができて いるかどうか,コンプライアンスの説明には欠かせない事項である.聞財 sutadhana は,多聞であること,すなわち他者の意見を聞くことができているかである.捨 財 cāgadhana は,活動自体に邪な部分がないかどうかである.売名や名誉欲によ る活動となっていないか,金品の収受の有無もある.慧財は活動が法(ここではダ ルマとしての法と,法令の 2 つの意味を持つ)に従って,正しく運営されているか, または必要なスキルを満たしているかという視点から点検することである.

5.まとめ

仏教の社会的活動の評価基準の策定には,nikāya が有用な資源となり得ること が確認できた.具体的な評価方法について本稿では詳述できなかったが,nikāya に表れる仏教用語は少しの現代的な解釈により評価項目として妥当性を帯びる. 活動の事例研究法の柱に位置付けることもできよう.仏教独自の評価基準が定ま れば,その基準が社会的に受け入れられるようになり,やがてそれがアセスメン トの標準形として定着してゆくことが可能である.今後は社会的活動を評価でき る人財の育成や組織化が次なる課題として残っている. 本稿では,紙数の関係から参考文献や注記を省略した.参考文献,注記を記した版を必要 とされる方は,お手数ですが ikegami@min.ac.jp までご連絡ください. 〈キーワード〉 ニカーヤ,社会活動,評価,Engaged Buddhism,アセスメント (身延山大学教授)

(2)

高精細デジタル画像の意義

大正蔵のテクストは,高麗蔵を底本としているものの,実際には,貴重な高麗 蔵が原稿として印刷所に持ち込まれたわけではなく,まず,大正蔵作成時点で原 稿として使いやすい状態にあり,高麗蔵を底本としたとされる頻伽精舎刊大蔵経 を原稿として適宜修正を加えた上で印刷所に持ち込んだという経緯がある.そし て,この頻伽精舎刊大蔵経は明治時代に初の金属活字版大蔵経として刊行された 縮刷蔵(大日本校訂大蔵経)の活字を大きくした版であり,頭注がないことを除い ては,内容的には縮刷蔵とほぼ同様である.この縮刷蔵を作成した際には,まず は鉄眼版一切経を原稿として,これを高麗蔵や他の諸本と比較して原稿を作成し たと伝えられている(島田蕃根翁延寿会 1908).江戸時代に刊行された木版大蔵経で ある鉄眼版一切経は,当時もっともよく広まっており入手がしやすかったとされ る嘉興蔵を複製して作成されたものであり,テクストのみならず,版式から字形 に至るまでかなり似通ったものとなっている(図 1). (図 1 大正新脩大蔵経の来歴) これを逆に辿っていくなら,嘉興蔵は,大正蔵の原稿の元になったものであると 言うことも可能であり,そして,縮刷蔵・大正蔵の 2 回の編纂時に見落とされた が中心であり,物理的な制約が大きいために必ずしも効率的とは言えない面もあっ たにせよ,図書館間相互貸借といったシステムも併用することでその役割をそれ なりに果たしてきていた.しかし,デジタル研究環境がもたらした利便性は,紙 媒体の研究資料ネットワークの一部を圧倒的に効率化することとなり,さらにそ れを促進する可能性を大いに含んでいる.SAT 大蔵経データベース(以下,SAT DB)における大規模テクストデータの提供は,(4)索引が持つ機能のうちのある 部分をきわめて効率的な形で代替することになり,さらに,SAT DB において提 供されている脚注の異読情報は(2)校訂テクストを,少なくとも大正新脩大蔵経 のレベルで代替することとなっている.さらに,SAT DB と Buddhist Canons Research Database(以下,BCRD)は,相互に連携することで,典籍単位で行き来を可能と し,結果として(3)目録の機能を一定程度代替することとなっている.いずれ も,それまでは,重くて高価な本を集めてきて並べて探索していかなければなら なかったものが,パソコンでのキーワード検索やリンクを辿るといった作業のみ で内容を確認できるようになっているのである.さらに,まだそれほど十分に充 実したとは言えないものの,世界各地の貴重書資料画像公開機関より,仏典の写 本や木版本のデジタル画像を含むデジタルコレクションの公開が進みつつある. これは(1)を代替するものであると言え,貴重な資料をきわめて容易に閲覧でき る点,そして,国際敦煌プロジェクトによる敦煌文書,高麗大蔵経研究所による 高麗版大蔵経再雕本や,東京大学総合図書館の嘉興蔵など,比較的大規模な資料 がまとめてデジタル化公開されるようになりつつある点など,現物資料に比較す れば情報量は明らかに不十分でありその点についての留意は欠かせないものの, 同様に複製物が中心の(1)影印本やマイクロフィルムと比較して高い利便性を提 供できるようになりつつある. なかでも,SAT DB においては,SAT 大蔵経テキストデータベース研究会(代 表:下田正弘東京大学教授,以下,SAT 研究会)と高麗大蔵経研究所との包括的な研 究協力協定の下,高麗大蔵経の高精細デジタル画像が巻の単位で大正蔵とリンク されており,さらに,上述の嘉興蔵の高精細デジタル画像も同様にしてリンクさ れていることから,大正蔵のテクストを読んでいく上で随時高麗蔵と嘉興蔵の版 面を参照できる環境が提供されている.この二つの大蔵経を対比参照できる仕組 みは,大正蔵のテクストを検討する上で今後重要な役割を果たしていくと期待さ れる.下記,それについて若干説明しよう.

(3)

高精細デジタル画像の意義

大正蔵のテクストは,高麗蔵を底本としているものの,実際には,貴重な高麗 蔵が原稿として印刷所に持ち込まれたわけではなく,まず,大正蔵作成時点で原 稿として使いやすい状態にあり,高麗蔵を底本としたとされる頻伽精舎刊大蔵経 を原稿として適宜修正を加えた上で印刷所に持ち込んだという経緯がある.そし て,この頻伽精舎刊大蔵経は明治時代に初の金属活字版大蔵経として刊行された 縮刷蔵(大日本校訂大蔵経)の活字を大きくした版であり,頭注がないことを除い ては,内容的には縮刷蔵とほぼ同様である.この縮刷蔵を作成した際には,まず は鉄眼版一切経を原稿として,これを高麗蔵や他の諸本と比較して原稿を作成し たと伝えられている(島田蕃根翁延寿会 1908).江戸時代に刊行された木版大蔵経で ある鉄眼版一切経は,当時もっともよく広まっており入手がしやすかったとされ る嘉興蔵を複製して作成されたものであり,テクストのみならず,版式から字形 に至るまでかなり似通ったものとなっている(図 1). (図 1 大正新脩大蔵経の来歴) これを逆に辿っていくなら,嘉興蔵は,大正蔵の原稿の元になったものであると 言うことも可能であり,そして,縮刷蔵・大正蔵の 2 回の編纂時に見落とされた が中心であり,物理的な制約が大きいために必ずしも効率的とは言えない面もあっ たにせよ,図書館間相互貸借といったシステムも併用することでその役割をそれ なりに果たしてきていた.しかし,デジタル研究環境がもたらした利便性は,紙 媒体の研究資料ネットワークの一部を圧倒的に効率化することとなり,さらにそ れを促進する可能性を大いに含んでいる.SAT 大蔵経データベース(以下,SAT DB)における大規模テクストデータの提供は,(4)索引が持つ機能のうちのある 部分をきわめて効率的な形で代替することになり,さらに,SAT DB において提 供されている脚注の異読情報は(2)校訂テクストを,少なくとも大正新脩大蔵経 のレベルで代替することとなっている.さらに,SAT DB と Buddhist Canons Research Database(以下,BCRD)は,相互に連携することで,典籍単位で行き来を可能と し,結果として(3)目録の機能を一定程度代替することとなっている.いずれ も,それまでは,重くて高価な本を集めてきて並べて探索していかなければなら なかったものが,パソコンでのキーワード検索やリンクを辿るといった作業のみ で内容を確認できるようになっているのである.さらに,まだそれほど十分に充 実したとは言えないものの,世界各地の貴重書資料画像公開機関より,仏典の写 本や木版本のデジタル画像を含むデジタルコレクションの公開が進みつつある. これは(1)を代替するものであると言え,貴重な資料をきわめて容易に閲覧でき る点,そして,国際敦煌プロジェクトによる敦煌文書,高麗大蔵経研究所による 高麗版大蔵経再雕本や,東京大学総合図書館の嘉興蔵など,比較的大規模な資料 がまとめてデジタル化公開されるようになりつつある点など,現物資料に比較す れば情報量は明らかに不十分でありその点についての留意は欠かせないものの, 同様に複製物が中心の(1)影印本やマイクロフィルムと比較して高い利便性を提 供できるようになりつつある. なかでも,SAT DB においては,SAT 大蔵経テキストデータベース研究会(代 表:下田正弘東京大学教授,以下,SAT 研究会)と高麗大蔵経研究所との包括的な研 究協力協定の下,高麗大蔵経の高精細デジタル画像が巻の単位で大正蔵とリンク されており,さらに,上述の嘉興蔵の高精細デジタル画像も同様にしてリンクさ れていることから,大正蔵のテクストを読んでいく上で随時高麗蔵と嘉興蔵の版 面を参照できる環境が提供されている.この二つの大蔵経を対比参照できる仕組 みは,大正蔵のテクストを検討する上で今後重要な役割を果たしていくと期待さ れる.下記,それについて若干説明しよう.

(4)

べく展開されるオープンサイエンスという流れが国際的な学術界全般に広まりつ つあり,日本でも積極的な取組みが始まっている.仏教学においては,すでに『印 度学仏教学研究』の無償公開や各種大蔵経データベース,電子仏教辞典など,様々 なコンテンツがオープンサイエンスに向けて提供されている.そして,こういっ たデータを容易に相互運用し利活用しやすくするための規格の標準化ということ も SAT 研究会が Unicode における悉曇の異体字や大正蔵外字の符号化等に積極的 に取り組み,すでに一定の成果を挙げている.こうした一連の取組みを通じて, 日本の人文学においては仏教学のデジタル研究基盤は先導的な役割を果たしてい るという点にも言及しておきたい.

デジタル研究環境における紙媒体資料の意義

デジタル時代に再形成されつつある研究資料ネットワークは,上記のように, 多様な側面を含みつつも,より研究の効率を高める方向へと進んでいる.ここで 留意しておきたいのは,それらの動きの多くが,紙媒体時代の研究資料ネットワー クの機能をデジタルへと移行させることによって,単なる機械的な処理を越えた, より深い意味内容を提供しているという点である.たとえば,大正蔵が単に本文 だけでなく脚注も含めてデジタル翻刻されたことで,単なるテクスト検索だけで なく,対校に用いられた資料との関係も確認できるという形でデジタル環境でも (2)が達成されている.あるいは,SAT DB と BCRD との典籍単位でのリンクと いうやや効率的な連携は,主に東北目録の大正蔵参照情報を用いてなされている. その一方で,(4)が部分的にしか代替されていないと上述したのは,テクストの データベースがもたらすキーワード検索によって文字列を探すことはできるもの の,それは単なる文字列であり,それだけでは,語彙やそれらの関係といった, (4)が提供する機能を十分に提供できていないからである.これについても,す でに膨大な努力の成果としての索引が大正蔵索引をはじめとして様々に刊行され ており,それらをデジタル化し援用することができれば,より良いデジタル研究 環境の構築が可能となるだろう.これらは,近年セマンティック Web と呼ばれ期 待される新たな知識基盤への動きとも連携し得るものであり,これを通じて仏教 学がより良い研究基盤を手にしつつ,さらに人文学全体にも貢献し得るものとし て,今後が期待されるところである. ものは,嘉興蔵のテクストをそのまま引いてきてしまっている可能性も考えられ る.大正蔵の誤植は様々に指摘されてきている(船山徹 2008)が,嘉興蔵を参照す ることで判明するものもあるかもしれない.一例として,高麗蔵に収録されてい る『大乗中観釈論』後半 9 巻が縮刷蔵・大正蔵の両者において欠落していること はしばしば指摘される(松永知海 2008 等)大正蔵の欠陥だが,このことは,同様に 後半 9 巻を欠く嘉興蔵を実質的な淵源としているということを端的に表している と言えるのかもしれない.現在,多くの部分が SAT DB 上で高精細画像として対 比参照できるようになっている二つの大蔵経は,そのような因縁を以て大正蔵と 深く関係するものであり,それらが一つの画面で容易に拡大縮小しながら対比参 照できる環境は,我々がどういうテクストを読み共有しているかということにつ いて,改めての反省と新たな可能性とをもたらし得ると期待されるところである. 仏典の高精細デジタル画像の公開は,高麗蔵・嘉興蔵に限らず,各地で徐々に 展開されてきている.英国図書館で進められている国際敦煌プロジェクトは著名 な例だが,フランス国立図書館の gallica でもペリオ将来の敦煌写本を公開してい る.そして,国立国会図書館デジタルコレクション,早稲田大学古典籍総合デー タベース,e 国宝をはじめとする様々なサイトが,自らのコレクションをデジタ ル化・公開していくなかで徐々に仏典画像の数を増やしてきている.SAT DB で は,これらの画像を典籍単位で辿っていけるリンクを DB 上で提供しているが, 利便性という観点からはまだ問題を多く残している.抜本的な解決策として,現 在,欧米の研究図書館を中心に IIIF(International Image Interoperability Framework)と いう高精細画像の Web での公開・共有の手法についての規格が大きな広がりを見 せつつあり,日本でも徐々に浸透しつつある.この規格の発端は,各地に分散し て公開されている西洋中世写本の高精細画像を Web で統合的に扱えるようにし, 効率的に比較対照したり注釈を付けてそれを共有したりできるようにするところ から始まっており,仏教関連でも,SAT 大正蔵図像データベースや gallica の敦煌 写本ですでに採用されている.この規格が仏典画像にも広まっていくことで,仏 教研究のデジタル環境の利便性もさらに大きく高まることが期待される.

デジタル研究環境の全体状況

さらに,このようなデジタル研究環境を支える背景として,近年,研究データ の無償での利用・再配布を可能とするオープンデータ,論文の無償利用と再配付 を可能とするオープンアクセス,そして,これらを基盤として学術を広く振興す

(5)

べく展開されるオープンサイエンスという流れが国際的な学術界全般に広まりつ つあり,日本でも積極的な取組みが始まっている.仏教学においては,すでに『印 度学仏教学研究』の無償公開や各種大蔵経データベース,電子仏教辞典など,様々 なコンテンツがオープンサイエンスに向けて提供されている.そして,こういっ たデータを容易に相互運用し利活用しやすくするための規格の標準化ということ も SAT 研究会が Unicode における悉曇の異体字や大正蔵外字の符号化等に積極的 に取り組み,すでに一定の成果を挙げている.こうした一連の取組みを通じて, 日本の人文学においては仏教学のデジタル研究基盤は先導的な役割を果たしてい るという点にも言及しておきたい.

デジタル研究環境における紙媒体資料の意義

デジタル時代に再形成されつつある研究資料ネットワークは,上記のように, 多様な側面を含みつつも,より研究の効率を高める方向へと進んでいる.ここで 留意しておきたいのは,それらの動きの多くが,紙媒体時代の研究資料ネットワー クの機能をデジタルへと移行させることによって,単なる機械的な処理を越えた, より深い意味内容を提供しているという点である.たとえば,大正蔵が単に本文 だけでなく脚注も含めてデジタル翻刻されたことで,単なるテクスト検索だけで なく,対校に用いられた資料との関係も確認できるという形でデジタル環境でも (2)が達成されている.あるいは,SAT DB と BCRD との典籍単位でのリンクと いうやや効率的な連携は,主に東北目録の大正蔵参照情報を用いてなされている. その一方で,(4)が部分的にしか代替されていないと上述したのは,テクストの データベースがもたらすキーワード検索によって文字列を探すことはできるもの の,それは単なる文字列であり,それだけでは,語彙やそれらの関係といった, (4)が提供する機能を十分に提供できていないからである.これについても,す でに膨大な努力の成果としての索引が大正蔵索引をはじめとして様々に刊行され ており,それらをデジタル化し援用することができれば,より良いデジタル研究 環境の構築が可能となるだろう.これらは,近年セマンティック Web と呼ばれ期 待される新たな知識基盤への動きとも連携し得るものであり,これを通じて仏教 学がより良い研究基盤を手にしつつ,さらに人文学全体にも貢献し得るものとし て,今後が期待されるところである. ものは,嘉興蔵のテクストをそのまま引いてきてしまっている可能性も考えられ る.大正蔵の誤植は様々に指摘されてきている(船山徹 2008)が,嘉興蔵を参照す ることで判明するものもあるかもしれない.一例として,高麗蔵に収録されてい る『大乗中観釈論』後半 9 巻が縮刷蔵・大正蔵の両者において欠落していること はしばしば指摘される(松永知海 2008 等)大正蔵の欠陥だが,このことは,同様に 後半 9 巻を欠く嘉興蔵を実質的な淵源としているということを端的に表している と言えるのかもしれない.現在,多くの部分が SAT DB 上で高精細画像として対 比参照できるようになっている二つの大蔵経は,そのような因縁を以て大正蔵と 深く関係するものであり,それらが一つの画面で容易に拡大縮小しながら対比参 照できる環境は,我々がどういうテクストを読み共有しているかということにつ いて,改めての反省と新たな可能性とをもたらし得ると期待されるところである. 仏典の高精細デジタル画像の公開は,高麗蔵・嘉興蔵に限らず,各地で徐々に 展開されてきている.英国図書館で進められている国際敦煌プロジェクトは著名 な例だが,フランス国立図書館の gallica でもペリオ将来の敦煌写本を公開してい る.そして,国立国会図書館デジタルコレクション,早稲田大学古典籍総合デー タベース,e 国宝をはじめとする様々なサイトが,自らのコレクションをデジタ ル化・公開していくなかで徐々に仏典画像の数を増やしてきている.SAT DB で は,これらの画像を典籍単位で辿っていけるリンクを DB 上で提供しているが, 利便性という観点からはまだ問題を多く残している.抜本的な解決策として,現 在,欧米の研究図書館を中心に IIIF(International Image Interoperability Framework)と いう高精細画像の Web での公開・共有の手法についての規格が大きな広がりを見 せつつあり,日本でも徐々に浸透しつつある.この規格の発端は,各地に分散し て公開されている西洋中世写本の高精細画像を Web で統合的に扱えるようにし, 効率的に比較対照したり注釈を付けてそれを共有したりできるようにするところ から始まっており,仏教関連でも,SAT 大正蔵図像データベースや gallica の敦煌 写本ですでに採用されている.この規格が仏典画像にも広まっていくことで,仏 教研究のデジタル環境の利便性もさらに大きく高まることが期待される.

デジタル研究環境の全体状況

さらに,このようなデジタル研究環境を支える背景として,近年,研究データ の無償での利用・再配布を可能とするオープンデータ,論文の無償利用と再配付 を可能とするオープンアクセス,そして,これらを基盤として学術を広く振興す

(6)

いわば,巨大な仮想図書館に多くの貴重資料が蓄積されつつあるが,統一的な目 録を意識しないままに収蔵され続けているために,どういうものがどこに入って いるのかわからない,という状態になっており,研究者はそのような図書館で資 料を探して研究を遂行しなければならないのである.このままの状況が続けば, たとえば学会発表の場において未見の資料の画像を見せられて質問される,といっ た事態が頻発することにもなりかねない. 現在,これを解決するための様々な努力が世界中で進められており,たとえば 欧州諸国は Europeana という統合検索サイトを構築・提供して発見性を高める努 力を進めているが,それでも,対象資料の量が膨大過ぎる上に目録の記載の仕方 が参加各機関によって異なっているために,統合検索と言ってもまだ十分にその メリットを引き出せる状態にはなっていない.本稿執筆時点の典型例としては, ペリオコレクションの敦煌文書における『妙法蓮華経』の高精細画像を探し出す ためには「妙法蓮華経」ではヒットせず,各文字の間にスペースを入れなければ ならない,という問題がある.仏典研究のための資料を容易に探し出すという用 途には,まだかなりの隔たりを感じるところである.

デジタル研究環境の問題点――文字の扱いの変化――

資料の高精細画像が普及しつつあることは,文字の扱いについても新たな状況 をもたらしつつある.木版や写本に登場する文字の字形には,同じ文字である可 能性が高いながらも微細な字形の違いが見受けられる場合が少なくない.コン ピュータ上でテクストデータを扱うことが比較的に容易になってきたこの 30 年程 の間,あるいはさらにさかのぼる活字化の段階においても,個々の字形の微細な 違いをすべて反映することは難しく,むしろ逆に,それを適切な範囲で統合的に 扱うことによって効率的に扱える環境を形成してきた(山崎清華 1928).このこと は,特に(2)以降の段階において顕著であった.Unicode の展開においても,明 らかに統合できない漢字はどんどん規格に追加されていく一方で,微細な字形の 違いに関しては統合規則に基づいて同じ文字と扱われるようになっていた. しかし,近年では,同じ文字だが統合規則の範囲内で字形が異なる場合に字形 の違いを表現できるようにするために,Ideographic Variation Sequence(IVS)とい う規格が導入され,きわめて微細な字形の違いであっても異なる字形として表示 し,(しかし同じ文字として)扱えるようになってきている.資料の高精細画像が普 及していったなら,微細な字形の違いはさらに詳細に確認し区別することが可能

デジタル研究環境の問題点――持続可能性――

一方で,デジタル研究環境にはいくつかの問題も依然として存在している.と りわけ,持続可能性という点については,24 時間 365 日使えることを前提として 提供されるサービスが時として突然停止し,場合によってはそのまま利用できな くなってしまうこともあるという問題が十分に解決されないままになっている. 解決に向けての努力は進められており,たとえば,オープンアクセスとして公開 することによって公開機関以外からも公開できるようにして共通リポジトリから も公開しておく,永続的識別子としての DOI(Document Object Identifier)を取り決 めて世界中どこからでも継続的に一つの資料を指示できるようにしておく,政府 関連機関がこういった流れにきちんと対応したサービスを提供するなど,様々に 改善されつつあるものの,未だ完全ではない.結果として,予算や人材確保をは じめ,関係者の努力に多くが委ねられてしまっているのが現状である.

デジタル研究環境の問題点――発見の困難さ――

また,デジタル研究環境の発展は,これまでは入手の困難さという理由により 参照せずに済ませることもできた多くの資料を容易に閲覧できるようにしてしまっ たことで,研究において資料の対象範囲を限定することについての説明責任を強 く要求するようになってきている.キーワード検索しただけで提示される大量の 資料のうち,どこからどこまでを研究対象とするのか,それにどのような妥当性 があるのか,ということを説得力のある形で説明する必要が出てきているのであ る.さらに,上述のように,これまでは閲覧すら容易でなかったような資料も多 くがパソコンの画面上で閲覧できるようになってしまっており,SAT DB には未 だリスト化されていないもののすでに Web で閲覧可能になっている仏典写本・木 版の高精細画像もおそらく多くあると見られる.明らかに仏典研究において必要 であると思われる高精細画像がそれを対象とする研究者の間でも SAT DB でもう まく捕捉できていないかもしれないという事態は,それだけでもこの事柄に関す る大きな問題を露呈していると言わざるを得ないが,結果として,容易に閲覧可 能になっているにも関わらず研究者が存在を捕捉できなかった資料というのが紙 媒体の頃に比べて大幅に増えることになってしまう.これも,本であればそれな りの重さのある現物を持ってこなければ確認できないが,Web 上の高精細画像で あれば,インターネット接続環境さえあればどこでもすぐに確認できてしまう.

(7)

いわば,巨大な仮想図書館に多くの貴重資料が蓄積されつつあるが,統一的な目 録を意識しないままに収蔵され続けているために,どういうものがどこに入って いるのかわからない,という状態になっており,研究者はそのような図書館で資 料を探して研究を遂行しなければならないのである.このままの状況が続けば, たとえば学会発表の場において未見の資料の画像を見せられて質問される,といっ た事態が頻発することにもなりかねない. 現在,これを解決するための様々な努力が世界中で進められており,たとえば 欧州諸国は Europeana という統合検索サイトを構築・提供して発見性を高める努 力を進めているが,それでも,対象資料の量が膨大過ぎる上に目録の記載の仕方 が参加各機関によって異なっているために,統合検索と言ってもまだ十分にその メリットを引き出せる状態にはなっていない.本稿執筆時点の典型例としては, ペリオコレクションの敦煌文書における『妙法蓮華経』の高精細画像を探し出す ためには「妙法蓮華経」ではヒットせず,各文字の間にスペースを入れなければ ならない,という問題がある.仏典研究のための資料を容易に探し出すという用 途には,まだかなりの隔たりを感じるところである.

デジタル研究環境の問題点――文字の扱いの変化――

資料の高精細画像が普及しつつあることは,文字の扱いについても新たな状況 をもたらしつつある.木版や写本に登場する文字の字形には,同じ文字である可 能性が高いながらも微細な字形の違いが見受けられる場合が少なくない.コン ピュータ上でテクストデータを扱うことが比較的に容易になってきたこの 30 年程 の間,あるいはさらにさかのぼる活字化の段階においても,個々の字形の微細な 違いをすべて反映することは難しく,むしろ逆に,それを適切な範囲で統合的に 扱うことによって効率的に扱える環境を形成してきた(山崎清華 1928).このこと は,特に(2)以降の段階において顕著であった.Unicode の展開においても,明 らかに統合できない漢字はどんどん規格に追加されていく一方で,微細な字形の 違いに関しては統合規則に基づいて同じ文字と扱われるようになっていた. しかし,近年では,同じ文字だが統合規則の範囲内で字形が異なる場合に字形 の違いを表現できるようにするために,Ideographic Variation Sequence(IVS)とい う規格が導入され,きわめて微細な字形の違いであっても異なる字形として表示 し,(しかし同じ文字として)扱えるようになってきている.資料の高精細画像が普 及していったなら,微細な字形の違いはさらに詳細に確認し区別することが可能

デジタル研究環境の問題点――持続可能性――

一方で,デジタル研究環境にはいくつかの問題も依然として存在している.と りわけ,持続可能性という点については,24 時間 365 日使えることを前提として 提供されるサービスが時として突然停止し,場合によってはそのまま利用できな くなってしまうこともあるという問題が十分に解決されないままになっている. 解決に向けての努力は進められており,たとえば,オープンアクセスとして公開 することによって公開機関以外からも公開できるようにして共通リポジトリから も公開しておく,永続的識別子としての DOI(Document Object Identifier)を取り決 めて世界中どこからでも継続的に一つの資料を指示できるようにしておく,政府 関連機関がこういった流れにきちんと対応したサービスを提供するなど,様々に 改善されつつあるものの,未だ完全ではない.結果として,予算や人材確保をは じめ,関係者の努力に多くが委ねられてしまっているのが現状である.

デジタル研究環境の問題点――発見の困難さ――

また,デジタル研究環境の発展は,これまでは入手の困難さという理由により 参照せずに済ませることもできた多くの資料を容易に閲覧できるようにしてしまっ たことで,研究において資料の対象範囲を限定することについての説明責任を強 く要求するようになってきている.キーワード検索しただけで提示される大量の 資料のうち,どこからどこまでを研究対象とするのか,それにどのような妥当性 があるのか,ということを説得力のある形で説明する必要が出てきているのであ る.さらに,上述のように,これまでは閲覧すら容易でなかったような資料も多 くがパソコンの画面上で閲覧できるようになってしまっており,SAT DB には未 だリスト化されていないもののすでに Web で閲覧可能になっている仏典写本・木 版の高精細画像もおそらく多くあると見られる.明らかに仏典研究において必要 であると思われる高精細画像がそれを対象とする研究者の間でも SAT DB でもう まく捕捉できていないかもしれないという事態は,それだけでもこの事柄に関す る大きな問題を露呈していると言わざるを得ないが,結果として,容易に閲覧可 能になっているにも関わらず研究者が存在を捕捉できなかった資料というのが紙 媒体の頃に比べて大幅に増えることになってしまう.これも,本であればそれな りの重さのある現物を持ってこなければ確認できないが,Web 上の高精細画像で あれば,インターネット接続環境さえあればどこでもすぐに確認できてしまう.

(8)

『無量寿経』生因三願の次第について

緒 方 義 英

1.はじめに

本論では,『無量寿経』に説かれる無量寿仏の四十八願のなか,第十八,十九, 二十願に着眼し,その願意と関係性から,救済法として展開される生因三願の次 第について考察するものである. 『無量寿経』には,無量寿仏の衆生済度が浄土によって実現されることが説か れ,その浄土への往生を可能にする救済のシステムが,第十八願を中心に構築さ れることが示されている.無量寿仏は,衆生済度に必要な行業のすべてを四十八 願に表し,それを円満に成就することで正覚を取得する.四十八願の成就によっ て獲得される功徳は,そのすべてが名号に摂められ,それを衆生に回向すること で「信楽」を開発するのである.この信楽こそが,衆生を本願力に乗託させ,浄 土へと往生させる正因となり,無量寿仏の衆生済度を成立させる智慧ともなるの である. しかし,ここで問題となるのが,信楽開発(獲得)の極難さである.無量寿仏 は「難思光」と称され,その智慧,慈悲ともに衆生の思議が及ぶところではない. 仏智を了知しない衆生にとっては,とても信じ難い「救済法」となるのである. 経中には「難のなかの難,これに過ぎたる難はなけん.」1)と説かれている.これ こそ,第十八願において「唯除」と示さねばならなかった「十方衆生の実際」で ある.そこで,このような衆生が,いかに信楽を開発され,往生浄土を果し遂げ られるのか,その救済の次第について明らかにしていきたい.

2.第十八願意

『無量寿経』(讃仏偈)には 願はくは,われ仏とならんに,聖法王に斉しく,生死を過度して,解脱せざることなか らしめん.(乃至)われ誓ふ,仏を得たらんに,あまねくこの願を行じて,一切の恐懼 になるだろう.そのような状況では,文字の微細な形の違いについても配慮しな がら議論を進める必要が出てくることもあるだろう.このことは,必ずしも短所 とは言えず,むしろ長所として活かしていくことも可能かもしれないという期待 はあるものの,これまでの仕方ではうまく立ち行かなくなるかもしれないという 点には留意せざるを得ないだろう.

終わりに

紙媒体の研究資料ネットワークは,少しずつデジタル研究環境へと置き換わり つつある.しかし,それは様々な問題を抱えており,デジタル媒体に固有の問題 に加えて,紙媒体時代にはあまり注目されなかった潜在的な問題をも,新たな装 いで以てあらわにしてきている.もはや我々はこれを避けて研究を続けることは 困難であり,その長所を活かしつつ問題点を認識し解決に向けて努力していくと いう営みを多かれ少なかれ引き受けていかざるを得ないだろう.こうした活動へ の学界を挙げての膨大な努力の蓄積は,いまや,日本の人文学全体を先導する役 割を担うに至っている.そのような先進的な取組みを続けてきているという自覚 とともに,建設的に事態に取り組んでいくことが,インド学仏教学の未来をより よい形で切り拓いていくことにつながっていくだろう. 〈参考文献〉 島田蕃根翁延寿会編 1908『島田蕃根翁』島田蕃根翁延寿会. 船山徹 2008「漢語仏典――その初期の成立状況をめぐって」京都大学人文科学研究所附 属漢字情報研究センター編『京大人文研漢籍セミナー 1 漢籍はおもしろい』研文出版, 71–118. 松永知海 2008「日本近代における『黄檗版大蔵経』の活用」『東アジアにおける宗教文化 の総合的研究』佛教大学アジア宗教文化情報研究所,139–148. 山崎清華 1928「異字の撰択に就いて」『現代仏教』(10 月号),103–115. (平成 28 年度 JSPS 科学研究費補助金 JP15H05725,JP16H03422,JP26284068,JP16K02492, JP24242013 による研究成果の一部) 〈キーワード〉 デジタル研究環境,大正新脩大蔵経,嘉興蔵,IIIF,IVS,Unicode (一般財団法人人文情報学研究所主席研究員,博士(文化交渉学))

参照

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