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北原健二先生を悼んで 東京慈恵会医科大学眼科学講座

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Academic year: 2021

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北原健二先生を悼んで

東京慈恵会医科大学眼科学講座 仲泊  聡

北原健二先生(東京慈恵会医科大学名誉教授)が

2008

10

28

日に急逝されました.享年

67

歳でした.昨年

3

月に同大学の眼科学講座教授を退官されたばかりでした.北原先生は,日本視覚 学会が研究会であった頃からの会員で,色覚異常に関する心理物理学を研究されていらっしゃいま した.1993年から同学会世話人となり,1999年には冬季大会の実行委員長を務められました.眼科 関係はもとより,数多くの学会に所属し,感覚代行研究会,日本色彩学会の理事,日本交通科学協 議会の評議員でもありました.また,国際色覚学会の役員も続けてこられました.

先生は,常日頃より,視覚科学と眼科学の架け橋になるのだとお話しされていました.1977年,

ミシガン大学留学の折り,アルパーン先生に師事して色覚の基礎研究をなさいました.そして,こ こでの体験が先生のこの思想の源泉になったのだと拝察します.1990年に慈恵医大の教授に就任さ れてからは,日本眼科学会と日本眼科医会の関係を取り持つ役をお引き受けになり,学内外から大 きな信頼を受けて活躍されるとともに,省庁関係の委員会の委員を数多くなさいました.そこでは,

特に色覚異常に関わる社会的制限の撤廃に力を注がれました.

教授の退官が迫った頃,先生は我々後進に対し,「青は藍より出て藍より青し」という中国の儒家 筍況の言葉を繰り返し唱えていらっしゃいました.我々は,弟子に対する叱咤激励の言葉として,

毎回耳の痛い思いで拝聴していました.また,それには先生のライフワークであった「青の知覚」

が重ね併せられていました.中心性漿液性網脈絡膜症では,ときに青錐体が劇的に障害を受け,あ たかも

3

2

色型のときと同等の色覚異常を示すことに先生は注目され,これを対象として青に対 する知覚を研究しました.片眼にだけこの状態が生じると,青錐体がない場合の色知覚を正常色覚 と比較することができ,これにより青錐体がなくなっても青の知覚が残るということを証明しまし た.先生によると,その代わり緑の知覚がなくなるのだそうです.そして,これをこれから解明し ようとされていました.先生がお亡くなりになってから,「青は藍より出て藍より青し」をもう一度 反芻してみました.そして,これは単なる我々への叱咤激励ではなかったということに遅ればせな がら気がつきました.先生は,弟子たちにいろいろなテーマを与えました.当初は,先生が師匠で したが,後に,弟子が頑張って第一線に到達すると,するりと先生はその弟子の弟子になっていらっ しゃいました.そして,そうやって今の慈恵医大眼科学講座ができていたことに,今になってよう やく気がつき,改めて北原先生の偉大さが身に沁みました.先生に育てられた弟子の一人として,

先生の思いを胸に精進することの決意とともに,ここに哀悼の意を表します.

(VISION Vol. 21, No. 1, 45, 2009)

参照

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