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障害者に対する正義と差別 『図書館内乱』有川浩

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Academic year: 2021

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障害者に対する正義と差別

『図書館内乱』有川浩

日本文化学科1年 高島鈴佳

(2)

「差別」とは何だろう。「正義」とは何だろう。今まで、前者は悪いこと、後者はいいこと、として教わ り、それに対し何ら疑問も持たずに生きてきたが、この本を読んでから、本当の差別、正義とはどう いうものなのか、もしかすると自分も「正義」を盾にし、差別してきたのではないか、と考えるようにな った。中でも、障害者に対する差別、というテーマを取り扱った『図書館戦争』シリーズ二巻目、『図 書館内乱』に注目する。さらに、この巻で中心人物となった「小牧幹久」と「中澤毬江」に焦点を当て、

正義と差別の関係について論じたい。

はじめに、『図書館内乱』における、小牧と毬江に起きた出来事について説明する。シリーズを 通して、この世界では不適切な言葉や差別語などを取り締まる、「メディア良化法」という法律が成 立しており、メディア良化委員会によって都道府県に設置された、良化隊によって検閲が実行され ている。その不当な、行き過ぎた検閲に対抗するため、図書隊という組織が設立された。小牧はそ この隊員である。ある日小牧が、年下の幼馴染である毬江に一冊の本を勧める。その本を毬江は 喜んで受け取り、学校でも夢中になって読む。しかし、小牧の行った行為は人権侵害として、検閲 を実行する良化隊に、査問会への出頭を命じられてしまう。なぜ、そのようなことになったのか。そ れは、同級生の正義感からだった。

「中澤さん耳がわるいのに、難聴のヒロインの本を勧めるなんてちょっと無神経じゃない?」

(2.115)

このセリフからわかるように、毬江は聴覚障害をもっている。そして、そんな毬江が小牧に勧めら れて読んだ本の主人公が、同じく聴覚障害をもっている女の人だった。小さな教室で言われた小さ な一言が、なぜ良化隊まで届いたのか。それをこれから考察していきたい。

先ほどのセリフの次の文章を見てみる。

潔癖な年頃特有の正義感がその集団の中で加速したことは想像に難くない。弾劾すべきもの を発見したときの少年少女は純粋なゆえに頑なだ。「中澤さんがかわいそう」そんな話が生徒 たちのコミュニティを瞬く間に渡り歩き、教師や保護者の耳元もかすめ、どこのパイプからか分 からないがメディア良化委員会の知るところとなった。

(2.115)

この文章からわかることは、「かわいそう」と言い始めたクラスメイトは、悪気がないということだ。障 害者が主人公の作品を障害者が読む。その事実が、配慮が足りない、つまり、差別だと本気で思 っているのだ。だから、この出来事を教師や親などの大人に言い、毬江にその本を勧めた人を弾 劾するべき、というのが彼らの正義であると考えることができる。それゆえに、波紋上に「かわいそう」

が伝染し、良化隊まで届いたということがわかる。

しかし、ここで考えてみる。先ほど彼らが口にした正義は、彼ら、つまり少年少女だけが持ってい る正義感なのだろうか。これは、違うといえる。これは実話だが、『図書館戦争』シリーズがアニメ化 した際、毬江が登場する回のみ、地上波で放送することができなかったのだ。理由は、毬江が聴覚 障害をもっているから。ここに、高校生と大人の違いはあるだろうか。学生は教室という小さなコミュ ニティにいて、集団心理も働き一人が言いだすと、それが全員の意見、のようになり、それが大きく なって大人が動く。大人は子どもに悪影響が出ないため、と言ってメディア側に抗議の電話やメー

(3)

ルを入れ、大人が動く。大人が動くまでのルートは違うとしても、結果的に伝えることは「やめたほう がいい」と同じである。ここに、高校生と大人の違いはあるだろうか。

次に、この騒動について当事者である毬江がどのように感じたかを論じたい。以下のセリフを見 てみる。

「私がこの本を楽しんだことを何で差別だなんて言われなきゃいけないんですか?せっかくの 楽しかった気持ちが台無し。私にはあなたたちが一番私の耳のことを差別したがっているとし か思えません。だって私はこの物語の主人公にすごく思い入れして読んでたのに」

「障害を持っていたら物語の中でヒロインになる権利もないんですか?私みたいな女の子が恋 愛小説の主役になってたらおかしいんですか?私に難聴者が出てくる本を勧めるのが酷いな んて、すごい難癖。差別をわざわざ探してるみたい。そんなに差別が好きなの?」

(2.141)

これは良化隊が査問という形で小牧を連行し、その場所に毬江を含む、図書隊が突入したシー ンでのセリフである。このセリフから、毬江は自分が差別だと感じていないにも関わらず、周りが勝 手に差別だと決めつけて、ついには本を勧めた小牧が査問を受けることになったのが、一番納得 のいかないことだと考えることができる。

この物語を通して作者が問いかけていることは、その正義は、差別からできたものではないか、と いうことだ。先ほども述べたように、障害者が主人公の作品は、地上波で放送するのは難しい。仮 に「差別を助長する」という意見があったとして、その意見を言う事自体が差別ではないか、と言い たくなる。その理由は、上に引用した毬江のセリフと同じだ。障害者を作品に取り入れることで、新 たな知識が健常者についたり、それこそ差別がなくなったりする効果があるのではないか。差別を 理由に表に出さない、または出せなくなった、ということは視聴者あるいはメディア自らが進んで行 う「検閲」ではないか。差別をなくしたいなら、自粛するのではなく、表現するべきである。障害者が 表舞台に立ってはいけないかのような状況こそ、人権侵害だと考える。差別のない状態とは、物語 の主人公になる機会が平等に与えられていて、特別扱いされず、一人の人間として接することを言 うのではないか。この本を読んで、正義と差別の関係は相反するものに見えて、実は非常に近いも のだと考えることができる。

以上に述べたように、「正義」も「差別」も紙一重で、自分が被害者にも、加害者にもなり得るとい うことを痛感させられた。今まで自分が「正義」だと思ってしてきたことは、実は「差別」に当たることも 十分にあり得る。この本の一番の魅力は、フィクションでありながら、現実世界に通用する警鐘を鳴 らしてくれることだ。その鐘の音は年々大きくなってきているように感じる。私は差別だと思っていな い―。事実を自分の言葉で伝えるための表現の自由の大切さ、正義と差別の関係について、じっ くりと深く考え、今の社会に反映していければ、この本の価値はますます上がるだろう。

(参考文献)

『図書館戦争』(有川浩 2012 角川書店)

『図書館内乱』(有川浩 2012 角川書店)

(4)

『レインツリーの国』(有川浩 2015 角川書店)

引用はすべて『図書館内乱』(有川浩 2012 角川書店)からのものであり、章、ページ数を本 文中に記す。

参照

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6)

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 差別の実態の解明と同時に、法的に解決すべき問題も