Author(s)
春田, 吉備彦
Citation
沖縄大学法経学部紀要 = Okinawa University JOURNAL
OF LAW & ECONOMICS(16): 81-86
Issue Date
2011-11-30
URL
http://hdl.handle.net/20.500.12001/9610
【判例研究】
障害者雇用促進法上の労使の努力義務と精神障害者の雇止め
−藍津護券事件(東京高判平22.5.27労判1011号20頁)を契機として−
Lawconcerningemploymentpromotionfordisabledpersonsandterminationof p anemploymentcontractofinsaneperson 専 門 分 野 : 労 働 法 、 社 会 保 障 法 キーワード:障害者雇用、合理的配慮 春 田 吉 備 彦 * KibihikoHARUTA 1.事実の概要 (1)Y社は証券業を営む会社でその従業員数は約200名であった。XはY社の従業員であった。 Xは大学卒業後、銀行、証券会社等に勤務していたが、うつ病に権患し、平成16年2月に障害等 級3級と認定された。平成18年3月からはXは人材派遣会社に所属しE銀行の嘱託社員として勤 務したが、その賃金月額は35万円であった。Y社では、一般事務を担当していた障害者が退職し て法定の障害者雇用率を下回るようになった等の事情から、ハローワークを介して後任の障害者 を一般事務要員として募集した。その賃金月額は27万4000円で、雇用形態は正社員であった。 (2)XはY社の求人票を見て、賃金は下がるものの安定した雇用形態の中でうつ病の治療に取り 組むことができると考え、Y社に応募した。面接を経てY社はXを採用することとし、平成18年 5月21日付で雇用期間を同年10月末までとする雇用契約(第1契約)を提案し、Xはこれに特段 の異議を述べることなく契約締結に応じた。さらに、同年11月1日付で、雇用期間を平成19年3 月末までとする雇用契約(第2契約)を締結した。Xは総務人事部に所属し、障害等級5級の視覚 障害者であるBの指導を受けて、郵便物の仕分けや配達、名刺の作成等の業務に従事した。 (3)Y社はXに対して、遅くとも平成19年2月28日までに、勤務成績不良等を理由として第2契 約を更新しない旨を告知した。また、同年3月15日付の雇止通知書において、「名刺作成において 制作ミス及び印刷ミスによって大量の誤印刷を発生させたばかりか、その他郵便物の仕分け作業 においても他部署に発送するなど、再三にわたる指導にも拘わらず、単純作業においてミスを繰 り返し、成績不良が甚だしく、これ以上の改善が見込めない」という理由により契約更新はしない ことを改めて通知した。Y社は、同月末日をもって、Xが期間満了によって退職したものと取り 扱った(本件雇止め)。Xは、失業保険給付受給後、同年、12月25日付でA社に就職した。 (4)Xは、①XとY社間の第1契約および第2契約の有効‘性、②本件雇止めの効力、③未払賃金 − 8 1 −債権の有無および額、④Xに対するハラスメントの存否および慰謝料の請求の可否、を争点とし て、訴訟を提起した。これに対して、第1審判決は、①第1契約は契約書記載のとおり期間の定 めのある契約として成立し、第2契約についても期間の定めのある契約として成立した、②Xの 雇用契約は第2契約の期間満了によって終了した、③および④の主張は失当であるとして、Xの 請求をいずれも棄却した。これに対して、Xは、本件雇止めは、障害者雇用促進法に違反すると の主張を新たに加えて、控訴した。 2 . 判 旨 本件控訴棄却。 (1)障害者雇用促進法5条について 障害者雇用促進法5条は、「障害者を雇用する事業主は、障害者である労働者が有為な職業人と して自立しようとする努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当 に評価し、適切な雇用の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を 努めなければならないと定めているのであるから、当該労働者が健常者と比較して業務遂行の正 確'性や効率‘性に劣る場合であっても、労働者が自立して業務遂行ができるように支援し、その指 導に当たっても、労働者の障害の実状に即した適切な努力を要請されている」。 「しかし、同法は、障害者である労働者に対しても、『職業に従事する者としての自覚を持ち、 自ら進んで、その能力の開発及び向上を図り、有為な職業人として自立するように努めなければ ならない。』(第4条)として、その努力義務について定めているのであって、事業主の上記の協力 と障害を有する労働者の就労上の努力があいまって、障害者の雇用に関し、社会連帯の理念が実 現されることを期待しているのであるから、事業主が労働者の自立した業務遂行ができるよう相 応の支援及び指導を行った場合は、当該労働者も業務遂行能力の向上に努力する義務を負ってい る」。 (2)障害者雇用促進法5条に基づくY社の具体的対応と本件雇止めの効力について 「Y社は、Xの障害に配慮して、Xの従事する業務を選定し、その業務遂行については、Bを指 導担当者として具体的な指導に当たらせ、同人の指導のあり方に問題があればCが注意するな どしていたのであるから、Xをその能力に見合った業務に従事させた上、適正な雇用管理を行っ ていたということができる。」 「ところが、Xは、作業上のミスを重ね、Bから具体的な指導を受けてもその改善を図らず、一 度は契約の更新をしてもらったものの、上記の就労の実状を改善することができなかったばかり か、名刺作成の際に失敗した用紙を無断でシュレッダーに掛けたり、これが発覚すると自らの机 の中に隠すなどして、失敗を隠蔽するに及んでいるのである。このような事態を受けて、Y社は、 やむなく本件雇止めを行ったのであるから、本件雇止めには合理的な理由があったものと認めら れる。」 「したがって、XのY社に対する本件請求を棄却した原判決は相当で本件控訴は理由がない。」 3.検討 (1)障害者雇用をめぐる現状
障害者雇用促進法では、企業規模が56人以上の企業には障害者の雇用を義務づけているが、厚 生労働省によれば、平成22年6月1日時点の民間企業の障害者実雇用率は1.68%で、5年連続で 過去最高を更新している。その理由としては、企業のコンブライアンス(法令順守)への高まりが ある。また、『平成22年版障害者白書』によれば、平成21年度における障害者の雇用状況は、1.8% の法定雇用率が適用される(56人以上規模の企業)一般の民間企業において雇用されている障害 のある人の数は、身体に障害のある人は268,266人となっており、知的障害のある人は56,835人と なっており、精神障害のある人は7,7105人となっており、法定雇用率達成企業割合は45.5%となっ ている。 (2)日本の障害者雇用制度について 日本の障害者雇用制度は、障害者雇用促進法によって法的に支えられている。同法は、職業教 育、職業訓練、職業紹介等の総合的な職業リハビリテーションの積極的な推進を図るものである。 同法は、雇用調整金や各種助成金の支給といった経済的メリットを与えるとともに、障害者雇用 率制度と障害者雇用納金制度を併用する総合的政策を組み合わせることで、障害者雇用の実効性 を確保しようとしている。本判決で争点となった、同法5条は「すべて事業主は、障害者の雇用 に関し、社会連帯の理念に基づき、障害者である労働者が有為な職業人として自立しようとする 努力に対して協力する責務を有するものであって、その有する能力を正当に評価し、適当な雇用 の場を与えるとともに適正な雇用管理を行うことによりその雇用の安定を図るように努めなけれ ばならない」と規定し、事業主に障害者雇用への努力義務を課している。 雇用率制度といった積極的差別是正措置というアプローチとともに、2006年に国連で採択され た、障害者権利条約の中に含まれる「職場における合理的な配慮の提供」といった概念および障害 者差別アプローチを、より明確化していく作業が、今後の日本の障害者雇用政策を考えていくう えで、重要な論点となる'・ 日本曹達(退職勧奨)事件(東京地判平18.4.25労判924号112頁)は、障害者差別アプローチ の可能性について判断した判例である。同事件は、身体障害者等級では肢体不自由4級の認定を 受けていたXがY社との間で、6か月間の雇用契約を定めた嘱託契約社員としての雇用契約を締 結後、Xが6か月間の嘱託契約を終えY社の正社員となったが、その後、Xは一身上の理由によ りY社を退職し訴訟を提起したというものである。 判決は、Y社の障害者枠制度は、「障害者が業務への適』性や業務遂行能力を有するか否かを見極 めるために必要な期間を設けることによって、Y社及び障害者の双方が雇用契約を締結しやすく なるような状況を作り、Y社における障害者雇用の維持・拡大を図ることを目的とした制度」であ り、「障害者枠制度……は、6か月間の嘱託契約期間中にその適性を見極めた結果、障害者の抱え る障害が業務を遂行する上で決定的な支障となると判断されない限り、そのまま正社員に移行す ることが制度的に予定され、実際にもそのように運用されているのであるから」から、「かかる制度 は、Y社における障害者雇用の維持・拡大に資する」と判断した。そして、「Y社において障害者の 抱える障害の程度が十分に把握できない雇用契約締結の段階で、障害者ごとに個別に嘱託契約期 間を定めることは困難であるから、障害者の業務への適性等を見極めるための期間として、一律 に一定の期間を定めたとしても、それが不合理であるとまでは認められ」ず、障害者枠制度は、「Y 社における障害者雇用の維持・拡大を図ることを目的とし、現にかかる機能を有するものと認め − 8 3 −
られるのであるから、この制度が障害者を差別的に取り扱うものであるということはできない」と した。 同事件では、Y社が健常者については最初から正社員として採用するという制度とともに障害 者雇用枠という制度を併存させるという取り扱いが、障害者を差別的に取り扱うものであるか否 かが、正面から争われている。結論的に、判決は合理的な制度で差別にはあたらないとしている。 今後、障害者雇用をめぐり、健常者との間の実質的な労働条件をめぐる争いが本格化し、この ような格差は採用の段階で生じていることからすれば、このような紛争のさきがけとなるもので あろうが、同判決からは新たな議論が認められるわけではない。 (3)障害者雇用における労働法上の争いの整理 障害者雇用が労働法的に問題になる局面を、暫定的に整理すると、①障害者を訓練生と判断す
るのか、それとも労働者と判断するのか(最低賃金法が適用されるのか否か)といった問題2,②
障害者雇用制度そのものがもたらす問題、③安全配慮義務違反の問題、④配転や職場復帰にかか わる問題、⑤解雇をふくむ労働契約の終了にかかわる問題、といった局面が想定される。 ①の問題は、授産施設や小規模作業所で作業する障害者が労基法上の労働者と判断され、最低 賃金法の適用・雇用保険や社会保険への加入が義務づけられることになるのか、あるいは残業に 対して時間外労働手当ての支払が求められることになるのかといった問題である。この問題につ いては、相対的に運営基盤のしっかりしている授産施設でさえ、全国約3,500施設の平均工賃は1 人15,000万円程度となっており、企業並みの労働条件を確保できる施設はほとんどないという現 場の実態を前提に議論を行う必要がある。 ②の問題としては、例えば、サン・グループ事件(大津地判平15.3.24判時1831号3頁)があ げられる。サン・グループは肩パットを製造する会社であり、障害者雇用に熱心な優良企業とし て知られていた企業であったが、事業主は知的障害のある社員の障害基礎年金を横領、着服した うえ、休日・時間外労働と長時間劣悪な労働条件のもとで働かせ、賃金不払いを繰り返し、寮お よび工場で知的障害のある社員らに対して、暴行・虐待を繰り返していたというものであった。 判決は、会社に対する、損害賠償請求を認めるととともに、知的障害者厚生施設であるS園を設 置した滋賀県が必要な調査等を行わなかった不作為を違法と判断した。さらに、国(労働基準監 督署及び職業安定所)の権限不行使が合理的判断の範囲を逸脱し、その不作為が国家賠償法1条1 項の違法行為にあたると判断した。 日本の障害者雇用促進法を中心とした障害者雇用システムが、関係者の努力と事業主の理解や 協力を求めることによって、本来は一般就労にはなじみにくい障害者にまで一般労働市場におい て雇用の機会を与え、障害者の雇用促進には一定の成果をあげてきたことは事実である。しかし ながら、障害者に対する労働権保障の理念や基本的就労のあり方、労働者としての尊厳をベース にした均等な機会および待遇確保のためのルール作りが等閑視されてきたという問題は指摘され なければならない3. ③の問題に係る判決である、Aサプライ(知的障害者死亡事故)事件(東京地八王子支部判平 15.12.10労判870号50頁)は、Y社の従業員で、Xの子であった亡Aが、Y社事業所内に設置され た業務用の連続式大型自動洗濯・乾燥機内での事故により頭蓋内損傷等の障害を負って死亡した ことにつき、XがY社の代表取締役C及びDが亡Aに対する安全配慮義務違反を認めた事案である。判決は、亡Aが死亡した事故について事故の発生状況、亡Aが機械操作に慣れていないこと や予期せぬトラブルが生じた場合にこれに臨機応変に対処することが困難であったこと等の亡A の能力を亡Aの上司らにおいても認識していたこと、Y社の安全配慮義務の僻怠の内容等を考慮 すればY社らの過失割合は8割、亡Aの過失割合は2割であると判断している。同様に、知的障 害者に対する安全配慮義務違反が争われた事案として、小西縫製工業事件(大阪高判昭58.10.14 労判419号28頁)があげられる。 ④に係る事案としては、たとえば、うつ病や神経症疾患により休職していた者の復職について 争われた近年の裁判例としては、独立行政法人N事件(東京地判平16.3.26労判876号56頁)、 B学園事件(大阪地判平17.4.8労判895号88頁)等があげられる。 ⑤に係る事案は、労働者が使用者との間で労働関係に入った後に障害を有し労動力を喪失する といった、採用後障害者に対する解雇の問題を中心にすでに多くの判決が集積している。例えば、 横浜市学校保健会(歯科衛生士解雇)事件(東京高判平17.1.19労判890号58頁)をあげておきたい。 同事件は、私傷病を理由として休職していた労働者が、長期療養を経たが完全に治癒していない 状態で歯科衛生士としての復職を求めたが、認められず、解雇された事案である。判決は、歯科 衛生士が行う歯科巡回指導の中心的かつ不可欠の要素である歯口清掃検査を行うにあたって、歯 科衛生士(車いすを使用するX)が検査対象児童の口腔内を覗き込むことができる適切な視線の位 置(高さ)を確保する点については、「この方法は、児童が着席するいすを複数用意するなど事前の 相応の準備が必要である上、検査対象児童が歯科衛生士が意図した的確な位置に頭を動かすこと に時間を要する場合が少なからず想定され、その場合には歯科衛生士が自ら動いて口腔内を確認 せざるを得ないし、その余分な時間を費消すること」になり、「多人数の児童(その中には容易に 指示に従わない児童も存在する。)を与えられた時間内に的確に検査する必要にかんがみると、X 主張の方法による検査可能性については相当な疑問がある」として、Xに対する解雇の効力を肯 定した。 (4)本判決の特徴 本判決は、上記の暫定的な判例整理の中で位置づけると、⑤解雇をふくむ労働契約の終了に係 る問題が争われた事案であるとの位置づけができる。ただしながら、本判決が認定したように、 本件第1契約および第2契約について、期間の定めのある契約(有期契約)と判断したので、期間 の定めのない契約(無期契約)にかかわる解雇権濫用法理の適用の可否は問題となっていない。こ のことから、Y社の解約権の行使の妥当性を厳格に吟味するという作業はなされているわけでは ない。 もっとも、本判決では、障害者雇用促進法5条の事業主の努力義務にかかわる具体的な解釈が 正面から争われていることは注目しなければならないが、結論的には、新たな知見が導かれてい るわけではない。この点について、障害者の解雇事案を分析し、「障害者の解雇事案において、障 害者権利条約や各国の障害者法制に規定されているような配慮措置という発想は、裁判所には欠 如している」という学説の意味するところは大きい4.障害種別の雇用の実態や特性を見極めた具 体的「配慮」を定式化していくことが今後の重要な課題となろう。 − 8 5 −
沖 縄 大 学 法 経 学 部 教 授 この点にかかわる日本の判例分析と検討については、小西啓文「日本に かかわる裁判例の検討」季労225号70頁。 朝日新聞2007年5月8日。 関川芳孝「障害者の雇用政策」日本労働法学会編『講座21世紀の労働法 機構とルール』(2000年、有斐閣)211頁. 山田省三「障害者雇用の法理∼その基礎理論的課題∼」季労225号18頁。