ゴンバーグの時間研究論の吟味
−経営学的研究のための一覚書として−
三原泰熙
一 は じ め に
本 稿 は ︑ ア メ
‑ カ の 国 際 婦 人 服 労 働 組 合 ( t h e I n t e r n a t i o n a l L a d y
﹀ s G a r m e n t W o r k e r s ' U n i o n ) の 経 営 技
l
術 部 ( M a n a g e m e n t E n g i n e e r i n g D e p a r t m e n t ) の 部 長 の 職 に あ っ た ゴ ン ハ ー グ ( W i l l i a m G o m b e r g ) が お こ な っ
た時間研究等による生産標準設定問題の研究成果を麿昧しようとするものである︒ゴンハーグの研究は︑第1次世界大
戦を契槌とする科学的管理運動と労働組合運動の和解と協力︑および1九二〇年代に一般に反組合的傾向のなかでお
こ な わ れ た 労 使 協 力 ( U ロ i o ロ ー M a n a g e m e n t C o o p e r a t i o n ) が 大 恐 慌 の 倒 来 と と も に 終 息 し た 後 ︑ 一 九 三 〇 年 代 の 労 働
組合の大規模な組織化と経営による承認︑団体交渉の展開にともなって全般的な規模で惹起された生産標準設定をめ
ぐる労使の紛争において︑労働組合に指針を与える意図をもってなされたものであり︑いうなれば︑労働組合側からの
生産標準問題へ時間研究にたいする取組みである︒とはいえ︑そこでは時間研究の諸技術のたんなる批判や否定では
な ‑ ' 彼 が 提 唱 す る 統 計 的 ア プ ロ ー チ ( s t a t i s t i c a ‑ a p p r o a c h ) に よ っ て
︑ テ イ ラ ー に よ る 時 間 研 究 の 考 案 ︑ 実 施 以
来議論されてきた時間研究の科学性がその基礎,基本的仮定から検討され,蝣Wォー0にそれにもとづいて時間研究の現行
諸方式の批判がおこなわれているのである︒
経 営 と 経 済
五
本稿は︑このようなゴンパ
iグの研究の批判的検討を通じて︑時間研究︑生産標準設定問題の経営経済学的な解明
の手がかりを得ょうとするものである︒このことは︑賃金交渉・賃金決定と表哀をなす労働量をめぐる労使関係の解
明にとって必要であり︑またそれに貢献することを期待するものである︒
註
(1) '‑'ゴンパ lグ(君主
UB OO Bt 2m )
は ︑
J1 25
を卒業(化学専攻)後︑婦人服産業の発送係
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ニ ロ 向
︒
‑ 25の職についたが︑全同産業復興法の通過の後
に国際婦人服労働組合に加入し︑まもなく組合の仕事に従事した︒その後︑東部地区部門の古記として労働協約交渉の責
任者となり︑また子供服工場の労働協約の運営にも従事した︒一九四一年七月二二日に組合の単価決定政策の形成と展開
を担当する経営技術部が設置されるとともに︑その部.長となり︑時間研究の法礎研究をはじめたのである︒ 一九三三年にニューヨーク市立大学
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近年の I ・ E の進歩にもかかわらず︑時間研究や 彼自身が最近の論文において︑
職務評価などの﹁インダヌトリアル・エンジニア!と団体交渉辺市者とのあいだにある伝統的な諸問題は︑凹
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年代におけるそれとおどろくほど同じま訟である﹂(巧・
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と述べているところからも︑今なお検百付するに位するものと忠われる︒
ゴンパ!グの時間研究論の背呆と研究目的
ゴ ン
パ
l
グの時間研究論は︑既に述たように︑労働組合の組織化と団体交渉の広範な展開にともなって︑労働組合
が巡遊した問題にこたえるべくおこなわれたものである︒そこで彼の時間研究論の検討に先立って︑ アメリカの労働
組合がどのような問題状況におかれていたのか︑ そして事コンパ!グがそこからどのような課題と研究目的を設定して
分析をおこなおうとしたかを把握しておくことは︑ その結論とその有効性を吟味する上で必要かつまた有用であると
思われる︒以下︑本項では簡単にそれをみておくことにしよう︒
作業椋準設定に関する経営者の主張と労働組合の課題
時間研究の科学性およびそれと団体交渉との関係は既にテイラーによる科学的管理法の考案︑実施以来の問題であ
4i
り︑科学的特理者と労働組合︑科学的管理運動の内部での論争を経て︑両者の和解と協力が成立したのであるが︑そ・
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の和解と協力も結局のと乙ろ︑一般に反組合的であった使用者にたいして﹁批判家]であった科学的管理運動家と︑
彼らとの協力と労使協力
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和解と協力にすぎなかったのであり
一 九
三
0年代における労働組合の組織化の進展と団体交渉の普及拡大とともに
時間研究と団体交渉︑その科学性の問題は︑改めて全般的な規模で労使の聞の争そわれることになったのである︒その
さいに︑経営者のとった態度について︑ゴンパ
lグは次のように簡明に叙述している︒﹁団体交渉がアメリカの産業に
強制されたとき︑労働条件についてなんらかの影響を及ぼそうとする労働者の試みに対処するさいに︑経営者は正面
へとその戦略を変更した︒
務のあることは認めた︒しかし彼らは生産標準を討議することは拒否した︒そのとき表明された見解は︑生産標準を き
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方法である︑というものであった︒乙れは経営の代表者によって採用され︑その考えはテイラーによって一九
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年
つd 代のはじめにもっとも強硬に表現されたものであり︑決して放棄されたことのない主張を継続したものであった﹂と︒
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味
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I.経 営 と 経 済
五
回このように経営者は︑ー・
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のかなり保守的な経営思想を反映し︑それを合理化したのである口
このような経営者側の主張にたいして︑ 一九四六年一二月にシカゴ大学労使関係センターの主催のもとに開かれた
労働運動の技術者と大学研究者の会議において︑出席者の圧倒的多数は︑生産標準の設定が経営者または経営技術者
円 ︒
の専一的職能である︑という経営者側の主張を否定したのである吋しかしたんに否定しそれを主張するだけでは問題
その場合︑労働組合の中心的課題は︑ー・
E技術は団体交渉の範囲に属するという事実を経
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営者に認めさせることであり︑またゴンパ!グの別の表現を借りるならば︑労働組合は︑次の三つの課題を追求する
口 む
ことが要請されたのである︒ は片付かないのであり︑
1
時間研究技術をまったく否定するか︑あるいはその使用と団体交渉とを和解させるような時間研究の原理を展開
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その時間研究原理の妥当性を経営者に強制するか︑または説得すること︒
3
実践的行動においてこの目標を達成するために︑ この原理にもとづいて団体交渉の慣行と手続を展開すること︒
これらは︑労働組合が︑ そしてゴンパ
lグが時間研究や生産標準設定に関して解決しなければならなった一般的な
課題であるが︑さらに特に︒コンパ
lグをしてこのような研究をおこなわせた要因を︑後の行論にも関連するので︑と
りあげておこう︒それは彼が所属した労働組合と産業の特殊な条件である︒
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衣服産業は︑男子服︑婦人服ともに︑その企業は小規模でかっその多くは短命であり︑(それだけに競争の激しい産
業である︒そして賃金が生産費の大きな部分を占めている︒そこでこの産業の労働組合は︑労働を競争の外におく
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O向 ︒
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ロ)ために︑組合の賃金政策として出来高賃金を選好して広い地域にわたって単
位労務賀を均等化しようとし︑また経済的困難にある企業にたいしても特別の賃金譲歩をするよりもその企業が能率
このような競争的産業では︑ある企業にたいする賃金譲
歩は他の企業からも同じ譲歩を要求され︑全体の賃金構造を脅かすことになるからである﹁さらに︑衣服産業︑特に を改善するのを援助する政策をとることにしたが︑それは︑
婦人服産業の場合には︑非常に多様なスタイルと型の衣服の生産がおこなわれており︑そのそれぞれについて出来高
賃率を設定しなければならないが︑前述の如き小規模な企業では賃率設定のための技術スタッフを維持することが困
難であり︑そこで産業内のずばぬけて大組織である労働組合が技術スタッフを続くことが必要になる
1このような必
要から国際婦人服労働組合は︑
次の如きものである︒ 一九四一年に経営技術部を設置したのである口この経営技術部の目的とするところは
l
わが労働者の収入が密接に関連している︒婦人服産業の全部門の製造技術や作業方法の改善を援助すること︒こ
のことは︑当部門の代表者による工場の監査(広告
02
ロ)によっておこなわれ︑特別の勧告がなされる︒
52 中央情報機関としての業務をおこなうこと︒
同﹁公正な出来高賃率﹂の水準の決定のために 川これらの賃率が支私われる︑生産方式や製造技術を記録すること
例賃率の決定において︑悪い時間研究実務と良い時間研究実務とを区別できるように︑職場委員と委員会の訓練
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このように当部門は取締り機能
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と協力的機能
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Dゴンパ i グの時間研究論の吟味
五 五
経 営 と 経 済
五 六
当部門の機能は︑現場の団体協約の交渉と運営に責任のある役員にたいするコンサルタントとして奉仕することで
あ る
︒
このような目的をもっ組合の経営技術部の部長であったゴンパ
iグには︑時間研究をたんに非科学的であるとして
批判し否定するだけでは不十分であり︑むしろ積極的に︑労働組合の立場からそれに取り組まざるをえなかったので
前川可
ある︒この必要性が*コンパ
iグに︑彼のいう時間研究にたいする新しいアプローチを生みださせたのである︒
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ゴ ン
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グの問題設定
ゴ ン
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グは︑その著書﹁労働組合の時間研究分析﹂
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序 文
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その主要な目的は﹁現場の時間研究実践家に手をさしのべること﹂であり︑ ﹁専門的分析を通じて乙の職業
のメンバーが今日現われている時間研究便覧よりもしっかりした土台をもっ便覧をつくりだすことを期待している﹂
mと述べ︑そのためになされなければ.ならないより具体的な課題として次の三つを掲げているつ お
い て
時間研究をどのようにおこなうかに関する手引書は数多いが︑そのいずれにおいても︑その手続の基礎にある基 ︑
本的仮定の吟味はおこなわれていない︒また時間研究の背後にある合理的な基礎を分析した文献もほとんどない︒そ
して現在ある程々の時間研究方式の有効性を調べようとするときにまず気づくことは︑互に矛盾する観察・資料の照 1
合・分析・解釈の方法に充ち︑そして互に矛盾する結果に充ちている︒しかもその結果は︑
応する科学的結果であるという主張を伴っているということである
Dそこでは﹁科学的﹂という言葉が非常にあいま 一般に︑それが事実に照
いに使用されている︒それゆえに︑まず科学的方法の性格︑およびその科学的方法によって設けられる要件の枠内で
時間研究によって解決される問題の種類を検討することから始めるのが妥当である︒
2
次に現在ある方式がどの程度科学的技術の要件に合致しているかを︑隣接諸科学の基本問題の吟味とあわせて︑
検 討
す る
︒
3最後に︑この科学的方式を現実の日常的賃率問題に適用しうる可能性を検討する︒
ゴンパ
lグは︑要するに時間研究技術を検討するにあたって︑たんに個々の時間研究方式や技術の批判や否定にと
どまるのではなくて︑時間研究の基礎にある基本的仮定︑合理的な基礎︑科学的方式としての理論的要件を検討し︑
それにもとづいて現在ある方式を批判し︑さらに積極的に現行方式よりもしっかりした土台をもっ方式の展開を期待
しているのである︒さらに︑乙の基本問題の解決が産業平和に貢献するとともに︑標準労働単位の発展によって労働
生産性指標の正確さの決定にも貢献する乙とを期待しているのである吋
許:
(1)
ゴ ン パ l グはとの論争について次のように述べている︒﹁論争それ自体は︑作業測定技術が科学的であるのか︑それが怒
志的な作業椋準を労働者に訳そうとする使用者の努力を隠蔽する似市非科学的な見せかけ(ベニヤ板)であるかをめぐっ
(しかし﹀ある意味でほ︑論争されたものは作業測定の問題を超えるものであった︒すなわち︑それは経
計そのものの理論であった﹂(巧・︒
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ゴンパ!グの時間研究論の吟味
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あるという経営者の主張を否定する点では圧倒的多数が一致していたが︑それ以上の点でほ怠見は一致せず時間研究につ
いて次のような見解がみられた︒
l 公 正 な 一 日 の 仕 事 畳 一 ( ω
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25の設定にたいする指針としての時間研究技術を完全に拒否する︒
時間研究技術者によって提案された率を一つの提案とみなす︒組合は︑時間研究あるいはその他適当と考えるなんら
かの基準によって︑その提案を受容するかどうかを決定する権利を留保する︒
23
率を決定する手段として︑組合と経営者が互に満足できる時間研究方式を受け入れること︒
4
賃率設定の基礎として役立つであろう標準資料方式(ωED門EE門古gω3ZE)を発展させる︒
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(13) (14)
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︑国際機械工組合
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などが経営技術部ないし専門スタッフを設置した(巧・︒
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らみると︑他の組合とは異なり︑同際婦人服労働組合と似た条件にあり︑このことは︑その調査部技術課の責任者であった
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28
時間研究の科学的基礎の吟味
ゴンパ
lグは︑前述のように︑労働組合が直面する問題に乙たえるために︑まず時間研究の基本問題として︑時間研
究の基礎にある仮定︑合理的な基礎の解明をその研究課題とした︒そして品質管理において適用されていた統計的方
法を時間研究に応用することによってこの問題に解答を与えようとした︒本項では︑彼の叙述の要旨を追うことにす
る ︒
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‑
ゴンパ
lグはまず﹁時間研究は科学であるか﹂という質問を提出し︑その科学的方法の性格︑自然観の検討からは 統計的アプローチ
じめている︒時間研究は︑ いうまでもなく︑テイラーによって工夫されたのであるが︑ そのヂイラ
lの指示したこと
ゴ ン パ
i グの時間研究論の吟味
五
九
経 営 と 経 済
つ 山
せいぜいそれが精激化されたにすぎず︑それゆえに︑現在の時間研究技 六
Oは今日でも基本的には不変のま﹀であり︑
術一を検討するにあたって︑その基本的前提︑自然観から吟味しようというのである︒
ゴ ン パ
lグによれば︑テイラーの時間研究は大きく分けて二つの部分
l分析的作業と構成的作業から成っているが
その内容をみるとき︑ 一九世紀の機械論的自然観がそのまま時間研究に移入・継承されてお町︑社会科学の分野(ゴ
円 べ
U
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グは時間研究を社会科学の分野に属するものとみている
l筆者)に人為的に拡張されたのである口しかしなが
ら︑現在では︑測定の分野では︑誤差の理論の発展にともなって︑機械論的・決定論的世界観は統計的確率論的世界
a生
観に置き換えられてい引のであり︑それによれば︑測定される現象は集合の大きさによって次の三つの領域に分類さ
Fhd
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︒
E
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完全にランダムな
変化の領域
統 計 的 法 則 の 領 域
正確な物理的法則
の領域
少数の個別
的集合 大量の集合
﹁時間研究システムを雌位しようとする研究者が遭遇するもっとも主要な問
円 ︒
題は︑時間研究の測定がどの領域にあるかをきめることであろう叶ということになる口 このような統計的な観方に拠るならば
この問題をゴンパ
iグはさらに次のように時間研究に関連させて具体化して展開する︒
彼はまず﹁時間研究の問題は︑ある特定の作業の遂行に要する時間から未来の行為に要する時間を推論する問題で
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ある﹂と規定する︒次に︑労働者の生産速度に影響を及ぼす諸要因について︑機械的要因︑生理的要因︑心理的要因
社会的要因を主要因として挙げ︑それらはさらに多数の下位要因(変数)に従属しているのであるから︑したがって
口 ︒
労働者の生産速度に作用する諸要因は︑前述の主要因を媒介函数として作用するものと規定する︒
ところで機械論的自然観に拠るとき︑あるいは時間研究の測定する現象が前述の
Eの領域にあるとするならば︑次
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のような形の函数を設定し方程式を解くことが必要になる︒すなわち︑
Xを一作業の遂行に要する時間︑FTC‑
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は相互に独立しているのではなくて互に従属的であり︑
しかもそれらの相互関係は︑目下のところ︑あいまいでありかつ非量的である︒したがって︑このような方程式を解
向けい
くことは不可能である︒
次に機械論的自然観を統計的な観方に置換えると︑方程式は次のようになる︒もしわれわれが統計的管理の領域に
おいて操作していると仮定し︑
Yを単位作業の遂行に要する時間
Xが
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たシステムの行動を予言することができる﹂のである︒とはいえ︑それは前述の仮定が妥当である場合であり︑した
がって︑問題は再び︑時間研究の対象とする現象が統計的法則の領域
(E )
にあるかどうか︑それが統計的管理状態
にあるか否かを知ることが必要になるということである︒ こ
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そしてやコンパ!グはここから﹁健全で論理的基礎をもっ時間研究方式の展開﹂について二つの可能性を示唆してい
る︒すなわち︑﹁時間研究の観測から生産標準を推測するための唯一の基礎は︑この時間研究が母集団から抽出された
標本である︑という前提である︒それゆえに︑もしわれわれが統計的管理状態の存在を示すことができないならば︑わ
﹁時間研究の問題は︑母
集団の決定︑母集団のなかでの標本の分布︑必要な標本の規模を決定するという問題になる︒﹂ れわれは︑相互の交渉にとって︑おそらく経験的基礎のほかには︑時間研究から合理的で確かな結果を推測する権利 をもたない汁が︑逆にもし時間研究の対象が統計的管理状態にあることが示されるならば︑
このように
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グは時間研究の基本問題を整理して︑次に統計的管理状態からの偏差をもたらす要因︑それに
干渉する要因の分析をおこなっている
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偏差をもたらす要因の検討とその結論
前述のように︑統計的アプローチを採るならば︑時間研究が健全で論理的な根拠をもちうるか否かは時間研究の対
象とする事象が統計的法則の領域にあるかどうかに依ることになる口そこでゴンパ
lグは︑労働者の作業速度に影符
を及ぼす要因である前述の四要因︑すなわち機械的要因︑生理的要因︑心理的要因︑社会的要因をとり上げて︑生理
学︑心理学︑社会学の研究成果をとり入れながら検討を加えている︒ここでは彼がその検討から得た結論を要約的に
示すにとどめる︒
工具︑機械の条件のような純粋に機械的な要困の影響は︑現在では通常の状況のもとでは大
した問題にはならない︑けだしそれらは標準化されており︑その影響は統計的管理状態にあって一定とされ︑適当な
余裕を決定することによって解決される
D次に照明などの作業諸条件といった機械的要因は生理的要因を波労の蓄積
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を通して作用するものであり︑その作用については生理学的な分析が必要である︒ 機械的要因のうち︑
次に生理的要因の作用については︑それは波労研究としておこなわれてきたが︑その研究はつい最近まで︑産出高
の変化が疲労の適正な指標であるという暗黙の前提のもとにおいておこなわれていたのであり︑時間研究技術者が疲
労の問題を取扱うときも同様であった︒しかし最近の新しい実験(出・図︒
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トを使った実験)では︑外的ストレスが身体の内部状況に与える変化を把握する方法が提唱されたが︑それはまだ疲労
研究としての有効性については不明であり︑したがって︑統計的管理状態に偏差をもたらす生理的要因の作用につい
てはほとんど知られていないのである︒しかし︑もし新しい方法が疲労研究として有効だあるとなれば︑産出高の生
理的上限を確定することができ︑それは統計的に把握し予測することができるであろう︒しかしその上限より下のと
乙ろのどこに実際の産出高が落ちつくかについては︑さらに心理的︑社会的要因の作用の分析が必要になってくる︒
ゴ ン パ
lグが偏差の心理要因として扱っているのは︑作業の標準化と純粋に感情的な動機要因
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の問題である︒前者の要因については﹁時間研究の現行方式の批判﹂においても言及するのでこ乙では後者をとりあ
げておこう︒彼によれば︑もしインダストリアル・エンジニア
lが乙の動機要因の解放に完全に成功するならば︑賃
ゴ ン パ l グの時間研究論の吟味
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六 四
率設定を目的とする時間研究は非常に単純な問題に解消されるのであり︑時間研究の観測値の平均と標準偏差から客
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観的な生産率(胃
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ちなみに金銭的刺戟によって解放される動機要因の程度は限られているし︑また感情の循環的変化もある
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標本としての時間研究はそのま﹀では母集団の解釈としては無意味になる︒すなわち時間研究を原木として母集団を 間
l︑
解釈しても︑それは未来の行為に要する時間を予測するには不十分であるということである︒
さて以上は個々の労働者を専ら﹁労働する動物﹂として検討してきたが︑さらに社会的要因の作用を考慮すること
が必要である︒これは人間関係論によって発見されたものに関述し︑労働者集団の社会的価値と規準の問題であり︑
ヱ場内の労働者の社会的規準の社会学的な街撃が︑前述の生理的上限によって規定される生産の限界に対してどの程
度動機要因が解放されるかを決定する主要因である︒そして多くの場合︑労働者集団が充分な一日の仕事をしている 仰 という彼らの確信が︑その仕事を通常の一日の仕事量になす要因そのものである︒そしてこの動機要因の解放される
程度が基礎集団の性質を変化させ︑
的μ
もあるのである︒ それは時には統計的管理システムの安定をより高い水準にしたり︑また逆の場合
さて︑以上の如き検討からやコンパ
lグは次のような結論を導き出す口
賃率決定を目的とする時間研究の事象が測定のどの領域にあるかという最初の聞にたいして︑人為的に規定された
環境においては現象は領域
Eに属する︒しかしながら心理的要因︑社会的要因を考慮に入れるときには︑現象はむし
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Eのあいだの限界領域に属する︒そしてこのことは標本としての時間研究から未来の個人の行為が予測できる
という場合でも︑ほとんどの時間研究技術は健全な論理的基礎を欠いている︒ということを意味する︒とはいえ︑彼
は﹁時間研究が科学的でない︑とは決して主張していない﹂のであって︑むしろご定の賃金支払とひきかえに使用
者は生理的限界に等しい作業量を得る資格があるという使用者の仮定は通用しないこと︑そして第二に︑この測定の 正確さの限界は非常に広いので能率給制度のために収入の標準を設定するという経済的要求には適していないという こと﹂を主張しているのである︒すなわち時間研究の側定値を仮に統計的に処理したとしてもなおそれだけでは不十
分であるということである︒
以 上 が や コ ン パ
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グが時間研究の基礎として展開したものであるが︑ここでは彼の展開した方法において問題となる ところを二点ばかり指摘しておこうロまず第一は︑彼が時間研究の課題を︑ある作業の遂行に要する時聞から未来の行 為に要する時間を推論する乙とと規定した点である︒そして第二は︑時間研究が社会科学の分野に属するとみながら︑
労働者の作業速度に影響を及ぼす要因の検討において明らかなように︑経済的要因が完全に無視されてはいないにし ても︑彼の時間研究(の基礎)の分析方法のなかに直接的な形では入っていない点である︒ちなみに既にテイラーでさ え︑実際に課業を決定するさいには割増賃金の助けを借り︑また工場の立地する労働市場の状態を考慮に入れたこと を告白しているのである︒これらの点は︑後にとりあげて検討するが︑ゴンパ
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﹁時間研究が標本の研究から将来の行為を予測する手段として健全な論型的基礎に依拠すべきであるとす
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れば︑予測がなされる個々の人│機械体系が統計的管理状態になければならない︒﹂
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また﹁われわれは
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ばならないということはまったく明白である︒﹂
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古林喜楽若﹁経営労働論序説﹂七九
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O頁 ︒
四 時間研究の現行諸方式の批判