モ ン テ ス キ ュ ー 「ロ ー マ 人 の 宗 教 政 策 」
119
︿翻訳﹀
モ ン テ ス キ ュ ー
﹁ ロ ー マ 人 の 宗 教 政 策 ﹂
︹こ
白 石 正 樹
ローマ人の間に宗教を打ち立てたものは︑恐怖でも敬慶さで
( 1 >
もなかった︒︹それは︺必要性であって︑あらゆる社会は必要性からして︑一宗教を有するに至るのである︒最初の王たちは︑
法律を付与し︑城壁を建てることと同様︑礼拝や儀式を規制す
ることに注意を払った︒
私は︑ローマの立法者たちと︑他民族の立法者たちとの問に
次のような違いを見出す︒すなわち︑前者は国家のために宗教
( a )
を立てたが︑後者は宗教のために国家を立てた︑と︒ロムルス( b ) ( c )
(男o日三島)︑タティウス(目9こ垢)︑ヌマ(Zニヨ餌)は︑神々を政治に従属させた︒ーかれらが設定した礼拝と儀式は︑大そ う賢明であることが判明したのであり︑王たちが追放されたと
き︑宗教の範は︑この人民が自由への熱狂の際にあえてそれか
ら自己を解放しようとしない唯一のものであったほどである︒
ローマの立法者たちが宗教を設定したとき︑かれらは習俗の
改革を少しも考えず︑また︑道徳の原理を与えることも考えな
く d V
かった︒かれらは︑加入したばかりの社会の諸々の約束をまだ認識していない人々に︑窮屈な思いをさせようとは少しも欲し
なかった︒従って︑かれらは最初︑一般的見解しかもたなかっ
たのであり︑その見解は︑何ものも恐れない人民に神々の恐怖
をふきこむことであり︑そして︑その恐怖を用いて︑人民をそ
の幻想に導くために役立てようとすることであった︒
ヌマの後継者たちは︑この王が少しもしなかったことをあえ
てしようとは決してしなかった︒ー狂暴さと粗野とを大いに
失った人民は︑より偉大な規律︹に従うこと︺が可能になった︒
宗教の儀式に︑それが欠いていた道徳の原理と規則を加えるこ
( e )
とは︑容易であった︒だが︑ローマ人は︑大変賢明であったので︑このような改革がどれほど危険であるかを認識しないはず
はなかった︒それは宗教が不完全であることを認めること
( f )
になっただろう︒宗教には年齢(餌αqOqo)を与えることであって︑( g )
設定しようとすれば︑その権威を弱めるのであった︒ローマ人の賢明さは︑新しい法律を設定するとき︑かれらにある最善の
方針を決定させた︒人間の諸制度は︑まさしく変化しうる︒
しかし︑神々の諸制度は︑神々自身と同様︑不易であるべきだ︒
かくして︑ローマの元老院は︑ヌマ王の死後四百年の後︑石
の箱の中から発見されたヌマ王の文書を調査する任務を法務官
ペティリウス(}Ψひけ一一一信qo)に負わせたのであるが・この法務官
の報告︑すなわち︑この文書の中で命ぜられていた諸儀式は︑
現今︑実施されているものと極めて異なっているという報告に
基づき︑文書を燃やしてしまうことに決定した︒そのことは︑
愚直な人々の精神に︑ためらいの気持を引起しえ︑かれらに
︹現今の︺定められた礼拝は︑初期の立法者たちによって制定
へされ︑水の精エゲリア(冨塁39①国αqひ二①)によって鼓吹され
( h )
た礼拝と同一でなかったことを気づかせてしまう︹おそれがあったからである︺︒
ローマ人の思慮はそれだけにとどまらなかった︒ーひとは
( 2 )
巫女の書(一一謹$︒︒一ξ一一凶閉)を︑元老院の許可なしに読むことができなかったし︑元老院はまさに重要な場合しか︑そして︑
人民を慰撫することが問題となるときしか︑許可しなかった︒
そのあらゆる解釈は禁止されていた︒この書自体︑つねに隠さ
れていた︒そして︑かくも賢明な用心によって︑ひとは狂信家
や煽動者の手から︑武器を奪いとった︒
( i )
卜占官(匙o≦器)は為政者の許可なしに︑公事に関して何ら発言しえなかった︒かれらの技術は︑絶対的に元老院の意志に
従属していた︒そして︑このことは︑神官︹団︺の教書
(一ぞ器ωα窃でo葺h窃)に〆よってかくの如くに規定されていたの(←であり︑キケロ(Ωo曾o昌)はその幾つかの断片をわれわれに
伝えている︒l
b口乳ミ無題①黛§登鳩き乱馬αq§遠蕊§貴ミ肉貯霧oo物ミミ籠慧o$ 笥吻§ミ§㌦§物ミ鼻瓢薯飛§登(かれらは︑戦争について審議す
る︒奇跡︑異常な出来事は︑もし元老院がそう命ずるならば︑
エトルリアの腸卜僧に付託されるであろう︒)そして︑他の箇
( k )
所では⑦§ミ§ミ§磯§①鳶亀§物§登§§§"愈§犠鳩§$計8ミ§§計物ミ鶏6蕊h箋①建§b愈§儀馬§⑪越ミミ誉肺ミ鰍8建§巴
e§ミ§誉言詳8頓蕊貫︒§§恥§ミ§竃噂ミ§遷竃&旨ご鳥悔舞(二種
の聖職者が存在するであろう︒1第一の者は︑儀式や犠牲を
司るためであり︑第二の者は︑元老院と人民がそれを命じると
き︑未来を予言するト占官の曖昧な言葉を解釈するためであ
る︒)
ポリビウス(℃︒一菩①)は︑ローマ人が他の諸民族の上に有
していた利点の数のうちに︑迷信(︒・ξ霞ω葺一自)を入れてい
る︒ー賢い人々にとってばかげているように思われることも︑
愚かな人々にとっては必要である︒そして︑大そう怒りっぽい
この人民は︑目に見えない力によって阻止されることが必要で
ある︒
鳥占僧(9=αQ⊆周①ω)と腸卜僧(霞臣且ooω)は︑まさしく異教
の怪奇である︒しかし︑ひとは次のように考察するならば︑そ
れらを少しもばかげたものと思わないであろう︒すなわち︑あ
のような全く大衆的な宗教においては︑常軌を逸しているよう
( 1 )
なことは何もなかった︒人民の軽信は︑ローマ人の間においてすべてを償っていた︒一つの事柄が人間理性に反していればい
るほど︑それだけ︑それはかれらにとって神聖なものと思われ
た︒単純な真理は︑かれらを生き生きと感動させなかったであ
モ ンテ ス キ ュ ー 「ロ ー マ 人 の 宗 教 政 策 」 121
ろう︒かれらには︑称賛の諸対象があらねばならなかった︒か
れらには神性のしるしが必要であった︒そして︑かれらは驚嘆
すべきことや︑ばかげたことのうちにしか︑そうしたものを見
出さなかった︒
実をいえば︑共和国の救済を︑若鶏の聖なる食欲や︑犠牲の
はらわたの配列に依存させることは極めて常軌を逸した事柄で
あった︒だが︑かかる儀式を導入した人々は︑その長所と弱所
を十分知っていたし︑かれらが理性自身に違反したとしても︑
( m >
正しい理性によってのみそうしたのであった︒もしこの礼拝がより一層合理的であったならば︑知性のある人々は人民と同様
に︑それにだまされやすかったであろうし︑その結果︑ひとは
それに期待しうるすべての利点を失ってしまったであろう︒そ
れゆえ︑一方の人々の迷信を維持し︑かつ︑他方の人々の政策
の中に入りうる諸儀式が︑なければならなかった︒これこ
そ︑占いのうちに見出されたことである︒ひとはそこでは︑天
の判断(神意)を︑主要な元老院議員たちの口の中においた︒
︹かれらは︺見識のある人々であり︑占いのばからしさと効用
とを等しく知っていたのである︒
( n ) ( 3 >
キケロはいう︒ファビウス(閃僧げ一器)がト占官であったとき︑共和国にとって有利であることは︑つねに正しい鳥占
(9=もn鳴一〇①ロo)の下に行われる︑ということを規則と見なした︒
すなわち
O黛馬§縁§竜蹄譜鷺嵐℃愈§㊦ミo物ミミ㊤越ミミ鮎o需頓ミ①越ミ舘哉
( o )
&§鳥6§肺遷竃ミミ蹄自§α鳥ミミ§言3︒§ぎo§黛6言壱ミ貧(共和 国の救済のためになされることは︑最も好もしい鳥占の下でなされ︑そして︑共和国に反して企てられることは︑不吉な鳥占
の下でなされる︒)
( p )
この同じ著者は︑大衆の軽信が最初︑鳥占僧を設定したとしても︑ひとはその使用を共和国の利益のために保持したという
( q )
マルケルス(りら貸胃O①}一900)の意見に同意している︒そして彼は︑ローマ人と外国人との間に次のような相違をもうけている︒す
なわち︑後者は︑それを無差別にあらゆる場合に役立てたが︑
前者は︑ただ公益にかかわる事柄においてのみ︑役立てた︑と︒
( r )
キケロは︑人民集会の場合を除き(鳩養ミ◎謡§§薮8§ミo)︑左側に落ちた雷は︑よい前兆のものであったことをわれわれに
教える︒︹占いの︺技術の規則は︑この場合には終了した︒I
l為政者たちは︑その場合︑前兆の良さについて︑かれらの好
きなように判断した︒そして︑この前兆は︑かれらが人民を導
く手綱であった︒キケロは次のように付言している︒亀︒6軌蕊§ミ§§越電暮旨s⇔6嚢臨①鼻ミ8§ミo建§博e災§︑ミ偽
紺寒§竃こ苺甘ミ6駐竃℃ミ計竃こ§ミQ§ミ肋§£§§ま§も該苧
( s )
︒§$99§勘§§肺詳器巷§塁(共和国の善のために︑民会の開催に関してであれ︑法律︹案︺の投票についてであれ︑人民
の判決あるいは為政者の選挙においてであれ︑主要な市民たち
ま
が意見を徴されることに決っていた︒)聖なる書(穿奉︒︒︒︒霧審ω)の中にき竃肺§§討ミ誉粛ミ§黄8§肺器竃ミ贈︾箏
( t )
曾越§昏恥$茎(ユピテルが雷を鳴らし放つとき︑人民集会を開催することは許されない)と記されていたことを︑彼は予め
述べていた︒彼によれば︑これは為政者に対し︑人民集会を中
断させる口実を与えるために︑導入さ祉配︒
リサ リリリラリコリコロリ ら自8遷ミ§ミさ9㊦6Ω謹Ω6eお物自§ミ§鴇60§鰍窺ミ§§Q§§§O謡
ぎひ§魯建§︒§匂霧$器S建ミ§軸(これは公的利益において設
定されたのであろう︒実際︑ひとは民会を開かない何らかの理
由をもつことを欲した︒)その上︑生賛に捧げられた犠牲が︑
よい兆しのものか︑悪い兆しのものか︹分かったとしても︺︑
無関係であった︒なぜなら︑ひとは最初の犠牲に満足しないと
き︑第二︑第三︑第四の犠牲を捧げたからであり︑それをひと
は書物瓢爲蓬8巴§§︒(代替生賛)と呼んだ︒アエミリウス・
( 4 V ︑
パウルス(℃餌巳国巳一①)は犠牲を捧げようとして︑二十の生賛を捧げねばならなかった︒すなわち︑神々が︑その最後の生賛
でようやく和らいだからであり︑その最後のものの中に︑ひと
は勝利を約束するしるしを見出したのである︒このためにこそ︑
ひとは犠牲においては︑最後の生賛がつねに最初のものよりも
すぐれていると言う習慣を有していた︒カエサル(Oひ︒︒霞)は
( 5 )
アエミリゥス・パウルスほど忍耐強くなかった︒スエトニゥス( v )
(oσ岳8昌①)に従えば︑幾つかの犠牲を殺したが︑好ましい︹しるしを︺見出さなかったので︑彼は︑軽蔑の念をもって祭
壇を去り︑元老院に入ってしまった︒ミミき舘ぎヨ縁
§偽魯"§§ミΩ越§§越霧負執ミ﹃︒ミ§﹃言§℃竜ミ勘軋喧§φ
(よい前兆を獲得できずに︑幾つかの犠牲を捧げた後︑彼はあ
らゆる宗教的細心さを軽蔑して︑クリアの中に入っていった︒)
為政者たちは︑前兆を自由に扱いえたので︑有害である戦争 から人民を思いとどまらせたり︑有益でありうる戦争を開始さ
せたりする確実な手段をもっていた︒つねに軍隊に従い︑神々
の解釈者というよりもむしろ将軍の解釈者であったト占官たち
は︑兵士たちに確信を吹き込んだ︒もし万一何らかの悪い兆し
が軍隊をたじろがせたならば︑有能な将軍は︑その︹兆しの︺
意味を転換させ︑それを好ましいものにした︒ーかくして︑
( 6 )
アフリカの浜辺へ船から跳んで︑転んだスキビオ(OQ6一且8)は︑両手で土をつかみ︑﹁お・︑アフリカの大地よ︑私は汝を
つかまえた!﹂といった︒そして︑この言葉によって︹彼は︺︑
大そう不吉なものと見なされた前兆を︑幸運なものとしたので
ある︒
アフリカに遠征しようとして船に乗り込んだシシリー人たち
は︑太陽の蝕に大そう驚いたので︑かれらの企てをまさに放棄
しようとしたほどであった︒だが︑将軍はかれらに次のように
述べた︒実のところ︑この日蝕は︑もし︹われらの︺乗船の前
に現われたのであれば︑悪い兆しであったことだろう︒だが︑
それは乗船後にしか現われなかったのであるから︑アフリカ人
しか脅かすことはできない︑と︒こうして彼は︑かれらの恐怖
を終らせ︑かつ恐ろしさの原因のうちに︑かれらの勇気を増大
させる手段を見つけたのであった︒
カエサルは︑卜占官たちによって幾度か︑冬になる前に決し
てアフリカに渡らないように警告された︒彼はかれらに耳をか
さなかった︒そして︑このようにして自分の敵を封じてしまっ
たのであるが︑彼の敵は︑かかる敏速さがなければ︑軍を結集