ノ戦孚経濟の﹃政治的均衡﹄
高橋次 β.白醤
' ﹁戦争状態は亭和獣態と同じ様に自然的である︒國家は何庭
までも同時に此の爾者である︒即ち︑温和なものであり︑圖
争的なものである︒而して︑職争の思想及び氣分は︑完全に
亭和なる凡ての家族︑凡ての法律及び凡ての制度に滲透しな
ければならない:・:::o
若しも蓮動と静止︑叉は戦争と亭和とが如何なる時に於いて
竜絡み合はされて居るならば︑國家をぱ亭和の柔かな蓮動か
ら戦争の力強い蓮動に移すには︑極めて僅かな努力で足りる
であらう︒﹂
ーレ盆ヨ竃邑⑦誤dδ巨①∋︒三〇脅周oQ叶§3ざ霧3目◎Q8・
へ
㎜戦孚纏濟の﹃政治的庶喝衡﹄(古同橋)一
緒ー戦孚経濟の性格と其の課題
第︼章経濟均衡
第二章戦争による需要及び供給の溝成墜化
助需要の再編制
B供給基礎の憂化
第三章國家投資と節約
勾節約
局自己目的としての國家投資
第四章戦争経濟の﹃政治的均衡﹄ ︑
緒‑職箏経濟の性格と其の課題
國民経濟の動態的嚢展は︑構成攣動と景氣憂動との絡み合ぴから成る︒構成攣動は叉一同的憂動とも呼ばれ
有機匿の獲生及び消滅を支配する攣動に類似して居る︒例へば天災とか進歩などは之に屡する︒之に封して︑
景氣攣動は叉周期的攣動とも呼ばれ︑周期的に獲生する機能的障碍の如きものである︒資本主義的生産方法を
基盤とする肚會は不断に恐慌と云ふ機能的障碍に向ふ傾向を有す︒自由資本主義にあつては︑自動的に景氣
が同復したから政府は手を換いて居ても良かつたが︑最近の世界恐慌(一九二九年)以後恐慌乃至不況は︑
職欝中は多大の軍事支出によゆ克服されるが︑平時に於いても多大の國家投資を要請する様になつてしまつ
た︒
︑第一次欧洲大戦(一九一四ー一八年)後︑敵羅巴には景氣上昇の濃渕たる力なく︑唯だ北米合衆國のみが繁
榮に見舞はれたけれども︑その﹃萬年景氣﹄の夢もくつれて一九二九年には矢張り恐慌に直面せざるを得なか
つた︒︑そ0時以來踊政治的焚展と経濟的嚢展との關係︑は全く逆輻し︑最近では國家的干渉なしには景氣の上昇・ ニノ乃至持綾は不可能となるに至つた︒不況は次第に景氣憂動と軍備との關係を顛樹せしめた.︑從來軍備が景氣憂訓ー斯かる傾向は猫
逸から世界の主なる彊國に鑛大されて行つた︒その際に於けみナチス囑逸の目標は︑軍擾を通しての不況克服
にあつた︒不況克服は︑先づ勢働振興にその端を焚したが︑間もなくナチスの橿力への潟望は軍備の再建を要
求し︑それが一石二鳥の効果を牧めて失業救濟と國防充實とが行はれる事とな0たのである︒事の起りは此の
様な關係にあつたが︑國防経濟の獲展と共に︑國家投資は次第に失業救濟の政策ではなくなり︑フオン・ミン
ヂン(O⑦8匡くo旨]≦ぎ曾Oの云ふが如く︑﹁國家的投資は國家め経濟調整と云ふ月的に封する手段ではなく︑
わ自己目的である﹂様に輻位してしまつた︒然るに︑今や職争が勃嚢して世界の主要なる諸國は皆戦争の眞只申
にあるが故に︑彌汝釜々國家投資は自己目的となり︑再び軍備が景氣に影響を及ぼすやうに攣遷を來してしま
つたのである︒・・,‑
職争経濟は︑︑最早平和経濟の様に國民の欲求充足と云ふ統一的目標を有するものではない︒別の目標が競合
戦孚経濟の﹃政治的均衡﹄(高橋)噴三
四
的にそれに附加される事によつて︑即ち︑自國及び他の諸國かち來る﹃非経濟的干渉﹄によ診{國の國民経濟
は先づ何をさし置いても載争手段として'整頓される事を要講される事によつ‑て︑國民経濟は完全なる構成攣化
を受ける事となる︒斯様にして︑職争経濟は諸種の力から形成される︒しかし︑﹁職争輕濟は受身ではなく︑形
わ 成された諸力に附馬せられる猫自の動態を獲展させるものである︒﹂
準和経濟は︑その構造・歌態・傳統及び嚢農の自由に從つて︑多かれ少かれ経濟的に合理的な途を辿る傾向
を有して居る︒その際︑合理性が完全に到達されると云ふ様な事は許されないが︑一國の思民経濟が他國のそ
れよりもヨリ多く合理性に近付くと云ふ事はあり得る︒之に反して︑戦争経濟の猫自の動態な︑嚴密に合理的
な動態から遠去つて居るものである︒それは︑職時に於いてとられる措置によつて影響されるが︑その措置は
叉勝利の意思︑軍隊の意圖及び外國の行動などの全く不確定なカメレオンの様に攣容する諸要素によつて支配
される︒経濟過程に封する國家の干渉は︑経濟をば一義的に新しい職箏経濟的目標に向つて整頓する意義のみ
を有して居るが故に︑それは屡々維濟の性質に矛盾する様に見えるかも知れないが︑然しさう考へるのは一面
的な観察である︒何となれば︑干渉は街ほその他に職争に作用する各種の要素ー政治︑職闘行爲︑外國︑敵
國の方策ーを通して︑輕濟をば職争目標の許す限り︑更に李和的課題をも充す檬にする事が出來るのである‑
のから︒又︑さうしなければ戦争を行へないのである︒
斯様に考察して來ると︑近代の総力職宰は諸國の國民経濟をその根抵から揺り動かす程の大なる攣動を齎ら
しつXある事を知る︒曾つての経濟秩序は最早その儘では今日の経濟秩序ではあ抄得なくなつてしまつた︒曾
つて重要なりし経濟問題は今日その意義を失ひ︑今や新たなる問題が登場しつ云ある︒.
む﹃勢働不足から勢働者不足ぺ!﹄嘗つての勢働振興は勢働不足即ち投資不足にまつて生する螢働場所或ひは螢
働機會の不足を最大の問題として政治的解決を要求したが︑それに引績く軍備蹟張経濟を経て︑今や職箏経濟
0眞只申に入ると共に︑問題は急廻韓して勢働者不足に悩まされる事となつた︒この事は︑老大なる投資需要
を充すための生産力に於ける嵌隔を意味する︒職争経濟に於いては︑﹃使用し得る原料︑帥労働力︑工場及び企業
は凡て職孚需要へ!﹄と云ふ標語が掲げられる様になつた︒一九三三年に至るまでの準職時経濟禮制の猫逸に
於いてなされた所の︑短期聞に何千と云ふ企業と何百萬と云ふ勢働力とをもつた極めて廣範圏の複雑なる経濟
コ へら機構が根本的に攣化しだ事は︑今日の檬なスピード時代に於いてさへ警嘆に値する︒これと同じやうな過程が
今日臨職艦制の日本に於いても強行されつエあり︑中小商工企業の再編制の名の下に職争途行のために不足し
てゐる﹃設備と勢働力﹄とが供出されつ玉ある︒
‑.これに封鷹して︑経濟學の課題もまた︑職孚と云ふ薪なる條件の下に於いて経濟の秩序の再獲見をなす事と
なつた︒吾々がその中に身を置く所の載争経濟と鼓ふ現實の中から︑薪なる経濟理論を求めるζとこそ︑正に
吾々のなすべき職域奉公に外ならない︒職箏を前にして解明を求める問題は山積七て居る︒嘗つて︑恐慌の原
因︑投資不足︑消費不足なぜに關する理論が景氣論叉は動態経濟理論の中心問題であつたが︑今日では國民経
濟と経濟統制とに役立つ様な全く違つた問題がその解決を迫つて居るゆ即ち︑職争維濟の獲展に俘れて増大さ
せざるを得ない軍需生産のために必須なる物資と貨幣とは如何にして調達せられるか︒それがためには如何な
戦争経濟の﹃政治的均衡﹄(高橋)・五'
六
る統制的措置が探られるか︒完全就業経濟の均衡は何塵に成立するか︒そして其の機構は如何様であるか︒如
何にすれば現在の完全就業歌態が長期間に亘つ・て安定され得るか︒ー斯くて︑職争経濟に於ける﹃自己目的
としての國家投贅﹄の問題は︑職争経濟的均衡の條件と機構との研究に向はしめ︑そこに一つの理論的目標を
提供する︒此の職争経濟の﹃政治的均衡﹄の援大に從つて畿生する所謂﹃完全就業﹄は︑從來の経濟學的理論
に於いて見出されなかつた新なる問題の性格を帯びるものであり︑此虞では更に國家需要の可能性と其の限界
とが解明せれることを要請する︒㌧
これ等の諸問題の解明は︑欝振興をその内容とする統制経濟の笙の型に就いての轟に引績いて︑﹃統制
︑経濟と景氣攣動﹄と云ふ主題に封して第二の型の研究を附け加へる事となる︒
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拙稿﹃勢働振興を規ぐる景氣問題﹄(紀元二千六首年記念論集﹃國家と経濟﹄︑小樽高商爽行︑昭和十五年十二月)
第一章経濟均衝'
自由資本主義に於いて経濟の均衡は﹃見えざる手﹄たよつて招來せられたが︑今や統制資本主義に於いて政
府がそれを意識的に﹃見える手﹄にょつて成立させなければならぬ責任を員はされ︑それが一國の重要なる経
!濟政策として現はれる様になつて來た︒國防経濟乃至戦争経濟的見地に立つ統制経濟却ち維濟指導は︑以前よ
りも遙かに均衡のとれた維濟に封して關心を持つて居るのであるっ國民維濟の手持高と需要高乏は綜合的に把
握され︑手持高と需要高との均衡は長期に亘つそ豫め計劃されなけれ陵ならない︒経濟統制は︑経濟活動の各
部分の経濟的大きさ及びその關係に就いての正確なる知識を基礎としてのみ考へられる︒從つて︑軍隊の各軍
位の強さと訓練程度乏が参謀に封すると同檬に︑各経濟部門についての総括的資料ほ経濟政策家にとつて重大
な意義を有して居るのである︒手持高に關する正確なる総括的観察は︑國民経濟的及び國防経濟的需要及び
︒その豫想され得る將來の畿展に就いての綜合的観察によつて始めて可能である︒さうして始めて︑今日の需要
及び將來の攣動をば経濟界の能力及びその將來の嚢展に順懸させる事が出來︑需要と供給との均衡を齎らす事
わガ可能となる︒種々なる統制的措置によつて創の上げられた此の均衡︑即ち生産と消費との健全なる経濟的關
係に狂ぴが生すると︑必ず國防経濟乃至職争経濟に野して不利なる影響があらはれる事となる︒︑
然らば︑一鵬︑維濟均衡とは何か?,︑
現實に目撃する経濟肚會は︑不断に︑攣動してやまない︒或る蓮動の測定は勘くとも比較的固定した一定窯
と關聯させてのみ可能であると同様に︑経濟的攣動過程は均衡との關係に於いての攣動としてのみ理解遷れ得
るものである︒即ち︑或る一定の時瓢に於ける経濟欣態は︑静態的観察によつて理解することが出來る︒併し
時瓢を異にする経濟歌態は︑それが元々水準を異にするものであるから︑爾時黙に於ける具盟的事實に相違が
戦争経濟の﹃政一治的均衡﹄(高橋)̀七