貸借対照表の形式について
村 瀨 玄
はしがき︒この小文は復式簿記による記帳竝びに決算手続を一通り会得している学生諸君の参考に資
するために執筆したものにすぎない︒筆者としては本誌に寄稿するのは︑これが始めてであるから︑独
逸の各大学で一般に行われている︑新任の教授がその就職に際して発表する所謂就任講演の顰に傚って
平素研究の結果について何か執筆したかったのではあるが︑生憎そんなテーマの持ち合せもないので極
めて平凡な事項の解説を試みて︑本誌へ寄稿する口約の責を果たすこととした次第である︒
O
先ず順序として貨借対照表の本質から説明するが貸借対照表の本質に関しては困﹁貨借対照表は一会計主体の
一定時における財政状態の一覧表である﹂というのが最も普通に行われている説明であるが︑これ以外に㈲﹁貸
借対照表は一会計主体の一定時における財政状態を一目瞭然たらしめるために資産を借方に︑負債及び資産の総
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貸借対照表の形式について
額から負債の総額を差引いた残額である正味財産すなわち簿記上の資本を︵正味身代︑純資産又は自己資本など
という別名を使用する人もある︶貸方に記載して貸借双方の金額を平均せしめた一覧表である﹂とか或は㈲﹁貸
借対照表はその借方にはある企業に投下した資本を構成する各種の財貨すなわち資本財︵CapitalGoods︶を記
載し︑又その貸方にはこれらの資本財に対して請求権を有するものすなわち資本の帰属者︵Capital Claims。
Capital Ownership又はEquities︶を記載した一覧表である﹂という説明をする者もある︒米国のC・P・A
︵Certified Public Accountantの略字でわが国の公認会計士に該当する職業会計人︶ が組織しているA・I・
A・ ︵The American Institute of Accountantsの略字でわが国の社団法人日本公認会計士協会に該当する団
体︶の研究部内に設置されている会計用語統一委員会が一九五三年八月に公表した﹁会計学用語報告書第一号﹂
には貸借対照表の定義として岡﹁会計学の原則に従って記録した会計帳簿を実際に又は推定上締切った後に繰越
された諸勘定の借方及び貸方残高の一覧表である﹂という新らしい表現法を採用している︒しかしこの定義は同
委員会が元来貸借対照表は復式簿記によって記録された会計帳簿を基として作成した財政状態の一覧表であると
いう貸借対照表なる用語が発生した歴史上の事実に拘泥して下したものであって︑通説とはその立脚点を異にし
ている︒この定義には資産︑負債及び資本なる用語の使用を避けているのみならず︑なお将来は財政状態の一覧
表に対して貸借対照表という用語を使用することさえ廃止されるかも知れないとまで考えているようである︒こ
のA・I・Aの研究部では一九四六年以来年々同国にある二十五種にも及ぶ各種営利事業会社総計五百二十五社
の営業報告書について各種の調査を行っているがその結果によるとこれらの諸会社で財務状態の一覧表を貸借対
照表すなわちBalance Sheetと称している社数は次表が示しているように遂年波少している︒
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一九四六年 五百六社 ︵九六︑三パーセント︶
一九四七年 四百八十五社 ︵九二︑五パーセント︶
一九四八年 四百六十八社 ︵八九︑一パーセント︶
一九四九年 四百五十四社 つ八六︑四パーセント︶
一九五〇年 四百三十九社 ︵八三︑六パーセント︶
Balance Sheetの代りに使用している用語には種々の別があるが︑そのうちで一番多いのはFinancial Position
でその次がFinancial Conditionである︒これらの両者はいずれも財政状態という意味を有している語である︒
I
さて貸借対照表の形式に勘定式︵Account又は︑Technical Form︶のものと報告書式︵一名報告様式又は報
告式︶︵Report。 Statement又はNon‑Technical Form︶のものとの二大別があること竝びに勘定式の貸借対
照表にも所謂大陸式︵Continental Form︶のものと英国式︵English Form︶のものとの二種あることは周知の
とおりであるが︑等しく大陸式の貸借対照表と称するものにも少くとも四種の記載形式があることは一般にはあ
まり説明されていないようであるから聊か繁に失する嫌はあるが参考のために次に極めて簡単な例によってこれ
ら四種の貸借対照表の形式を示しておくことにする︒
︹例︺ 元入高二百万円で開業した甲商店の昭和三十年八月末日における資産及び負債をそれぞれ次の如しとし
て同商店の貸借対照表を作成せよ︒
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甲商店貸借対照表
しないもの︶同上に対する利子未払高二万円︵元金と同時に支払う
ことになっているもの︶
この形式の貸借対照表には例に示してある売掛金の未収高は三十
万円あるがこのうち一万円を貸倒の予想高として控除したこと竝び
什器及び建物の原価がそれぞれ十万円及び二百五十万円であること
が全く表示されていないから極めて不完全なものといわなければな
らないにも拘わらず︑現在でもわが国の企業者が作成している貸借
対照表の大部分はいずれもみなこの形式によったものである︒借方
の勘定科目に附したAはAktiva ︵積極財産すなわち資産︶の略字
ぷは資産に準ずるもの又貸方の勘定科目に附したPはPassiva︵消
極財産すなわち負債︶の略字KはKapital︵資本︶の略字である︒
︵いずれも独逸語︶
この形式の貸借対照表は復式記帳法によって元帳を締切った後に ︹資産︺ 現金五万円 銀行預金二十万円 売掛金三十万円︵うち貸倒予想高一万円︶商品四十万円 什器八万 円︵この原価十万円︶建物二百万円︵この原価二百五十万円︶土地八十万円 未経過保険料五千円 前払広告料 三万五千円 ︹負債︺ 支払手形二十万円 買掛金三十五万円 未払税金五万円 借入金四十万円︵一年以内に返済を必要と
一一4 一一−
わらずそういう性質を有する勘定を貸倒引当金・貸倒準備金︑又は貸倒積立金などといった科目で表示し︑同様
に什器︵建物︶価額控除額又は︑什器︵建物︶減価償却高といいさえすればよく分るにも拘わらず什器︵建物︶
減価償却引当金︑又は什器建物減価準備金若しくは什器︵建物︶減価積立金などといったような科目を使用する
から往々にして否厘世人の誤解を招く原因となったのである︒この貸借対照表にぺが附記してある勘定のように 繰越された実在勘定を一表の下に集めた所謂繰越試算表とその内容 を全く同じくしているからこの形式の貸借対照表こそ復式簿記にょ って作成した財政状態の一覧表であってこれが簿記特有の表示法な のである︒しかし簿記の知識を有していない者には聊か否大に難解 の表であるといわなければならない︒なぜかというに借方の合計が 四百三十九万円となっているから往々にしてこの商店の資産の総計 が四百三十九万円あると誤解されるからである︒こういう形式の表 示法にょった貸借対照表を見る人は貸方にぺが附記して三勘定科目 は借方に記載してある売掛金什器及び建物の三資産の各金額がこれ ら三勘定科目に示してある金額だけそれぞれ減少していることを示 しているのであるということを知らなければならないのである︒と ころがわが国では簿記に金という字を濫用する悪い慣習があって例 えば貸倒予想高又は売掛金控除額といいさえすればょく分るにも拘
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甲商店貸借対照表
他の勘定の金額から差引くことによ
ってその勘定の真の価額を示す作用
を有するものを消極的評価勘定︵一
名控除勘定︶というのである︒
米国ハーヴァード大学にコールと
いう老教授がいたが︑同教授は消極
的評価勘定はドーナットの穴のよう
なものである︒ドーナッ卜の穴が大
であればある程ドーナットの分量が
少くなるのと同様に消極的評価勘定
の金額が多ければ多い程その関係勘
定の金額が少くなると説明してい
た︒実に巧妙な比喩であるから筆者
もこの比喩を厘引用したが︑戦時中
の学生生徒はドーナットが何である
かを知らなかったために折角の比喩
も役に立たなかったことがあった︒
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甲商店貸借対照表 一一一一
︵その4︶の形式は大体において︵その3︶の形式と同じであるが唯次の諸点が異っているのみであるから雛形
を例示することは省略する︒
困貸倒予想高の代りに貸倒引当金なる語が使用してあること︒
㈲償却累計の代りに減価償却引当金なる語が使用してあること︒
四繰延資産︵又は雑勘定︶の代りに繰越勘定なる名称が使用してあること︒
︵その3︶及び︵その4︶の形式にあっては資産も負債もこれを流動及び固定の二種類に分類した上各種類ごと
にその合計金額が附記してある︒最近には流動負債の代りに短期負債︑固定負債の代りに長期負債なる名称を使
用する傾向が遂年増加しつつあるように見受けられる︒︵その3︶の形式の方が︵その4︶の形式よりも分りや
すいにも拘わらずわが国においてはこの︵その4︶の形式による貸借対照表を作成することが各方面において要
求せられている︒しかし借方及び貸方と左右に竝べる代りに上下に重ねて表示してもよいことになっている︒
臼
次に報告様式の貸借対照表と称するのは実は資本等式と呼ばれているAlP=Kの公式に準じて最初に資産を
記載してその総額を示し︑次に負債を記載してその総額を示し最後に資産の総額から負債の総額を控除した残額
を正味財産として示す形式のものを意味するのであって︑最近はこの様式の貸借対照表が逐年増加しつつあると
一般にいわれているがフィールド教授はBalance Sheet Classification andT erminologyと題するその著書
︵正確な出版年月を記憶していないが約二十年前の出版にかかるもの︶中に同教授が調査した米国紐育市の株式
一一7 一一
取引所に上場されている株式を発行している同国の株式会社が公表している貸借対照表の形式に関する統計を掲
げているが︑それによると会社総数五百八十七社のうちで勘定式のものが四百十三社すなわち全体の七割強を占
め︑報告様式のものは百七十四社すなわち三割弱にすぎないのみならず︑その内容も決してAIP=Kに準じた
のではないのであって勘定式と同じようにA=P十Kであるが唯借方及び貸方の左右に横書する代りに上下に縦
書したにすぎない︒資産から負債を差引いた残りを正味財産として表示しているものは一つもない︒AIP=K
の公式に準ずる報告様式の貸借対照表が逐年増加する傾向があるなどとは全くウソであるといって多くの学者連
に一矢を酬いている︒又わが国の企業会計原則と同時に公表された財務諸表準則中にも貸借対照表の形式は報告
式とすると規定してあるにも拘わらず同準則の附属雛形中に示してある貸借対照表もその内容は矢張りA=P十
Kの公式によったものを借方及び貸方の左右に横書きする代りに上下に縦書きしたものに外ならない︒英国では
Account FormとはいわずにHorizontal Form ︵横竝べ式とでも訳すベき語︶又Report Formの代りに
Vertical Form ︵縦重ね式とでも訳すべき語︶なる語を使用している︒
ところが前に述べたA・I・A・の報告によると同研究所において調査した総称五百二十五株式会社の貸借対
照表の形式に関する統計は左表のとおりであってAIで=Kの公式に準ずる形式のものが逐年増加の傾向を示し
ていることを示しているのである︒
AIP十Kの公式に準じたもの AIP=Kの公式に準じたもの
一九四七年 四百九十四社 三十一社
一九四八年 四百八十五社 四十社
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