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すでに起きた変化と意図せざる抵抗

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人間性心題学研究 2011 年.第29巻 第I号.19.24.

ThJapanese Journal of Humanistic Psychology. 2011. Vo1.29. No.l. 19.24. 

【特集〕第29回大会/湿事会企画シンポジウム『個人と集団の良い関係J

19 

すでに起きた変化と意図せざる抵抗

.?ι巧巧ープー

熊本大学

八ッ塚一郎

個と集団の新しい関係は、すでに実現してい D それは私たちにとって思いのほか身近であ り、現代社会において不可欠のものにさえなっ ている。むしろ、新しい関係のなかに、上意下 達の発想、や滅私奉公的な価値観といった、旧来 からの関係性を意図せず混入させてしまうこと のほうを、私たちは問題視しなくてはならない。

本稿では、個と集団の新しい関係について、

集団心理学の観点に即しながら、 2つの例を取 り上げる。第1に、具体的な現象の事例として

「災害救援ボランティア j を取り上げる。個々 人が柔軟にネットワークを形成して、災害や、

そこから派生する社会的な課題に取り組む活動 は、個と集団の新しい関係の典型的事例といっ てもよい。その一方、シンポジウム後の2011 3月に発災し、いまもなお多くの支援と模索 が続く東日本大震災は、ボランティアにとって の課題、ひいては、個と集団の新しい関係をめ

ぐる重要な課題を浮かび上がらせている。

2に、個と集団の新しい関係を象徴するい まひとつの代表的事例として、組織論における

「リーダーのいない組織jというトレンドを取 り上げる。リーダーのいない組織、あるいは、

リーダーをはじめとする、個と集団の関係の抜 本的な見直しというモチーフは、先述したボラ

ンティアの問題とも通底している。

これら 2つの事例を踏まえながら、個と集団

の関係が変容していくことに付随する新たな困 難、あるいは課題について、最後に検討する。

個と集団の関係の変容は、現代社会においては ある意味で不可避であるo その一方で、関係の 変容には違和感がつきまとうし、実際に混乱や 危険が発生する場合もある。注意すべきは、新 しい関係のなかに、古い要素を意識しないまま 残存させてしまうことではないか、という論点

を最後に提起するo

個と集団の関係は、すでに変化し、現実のも のとなっているo上意下達の指揮系統や、滅私 奉公的な価値意識とは異質なかたちで、組織や 集団を編成し活動することは、現代の日本社会 においても決して珍しいことではない。その典 型が、第1に取り上げる「災害救援ボランティ Jである。

1995年に発生した阪神・淡路大震災は、「ボ ランティア元年J

r

ボランティア革命Jという 言葉を生んだに兵庫県の推計では、多くの大 学生を中心に、発災から 1年間で、延べ138 万人のボランティアが被災地で活動し、緊急救 援をはじめとする多様な支援に従事しているo

阪神大震災は、ボランティア活動の可能性や有 用性を広く社会に認識させ、ボランティアを浸 透させた。

重要なのは、阪神大震災の体験が、ボランテ ィア活動そのものに広がりと多様性を生じさせ

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20 人間性心理学研究W1.29,No.12011

たことである。災害救援ボランティアと言うと、

物資や瓦喋を運ぶことに代表される肉体労働の イメージが根強い。あるいは、被災者とふれあ い汗を流す活動が、ボランティアのイメージと 強く結びついている。阪神大震災の被災地で求 められ、多くの人々が従事したのも、そうした 肉体労働的な活動であった。

その一方で、イメージしやすい肉体労働とは 異なる、ちがった種類の活動の必要性、重要性 がクローズアップされたことも、阪神大震災の 大きな特徴である。たとえば、膨大な数のボラ ンティアが被災地を訪れることになれば、当然 のことながら、人員の把握や仕事の割り当てを はじめ、事務的な負担の量も膨大となる。さら に、大量の物資のやりとりや、関連する情報交 換、情報発信など、肉体労働とはちがった種類 の多彩な活動が必要となる。デスクワーク的な 活動の必要性、重要性を広く認識させることに なったのも、阪神大震災の大きな特徴であった。

阪神大震災については、日本の近代都市が直 下型災害に見舞われた初めての事例であったと い う 点 も 重 要 で あ る 。 ラ イ フ ラ イ ン を は じ め 、 多くのインフラが破壊されてしまったことは、

近代的な生活の至る所に支障が生じ、困難が発 生することを意味していた。多様化・複雑化す る生活領域の全般に打撃が生じたことから、ボ ランティアの活動も、生活全般へと大きく広が っていった。

瓦喋の片づけ、物資の運搬、炊き出しといっ た活動にとどまらず、子どもと遊ぶことをはじ めとするケア活動や、子どもの勉強を見るなど の活動、外国人に対する多言語での情報発信、

建物の補修や点検などの支援、さまざまなイベ ントの企画、さらに、仮設住宅での訪問活動な ど被災弱者への長期的支援、住民参加型のまち づくり計画への協力やその立案など、コミュニ ティの再生をめざした長期的な支援につながる 多様な活動が展開されたことはその大きな特徴 である。一方、緊急救援期に、倒壊した家屋か らアルバムや大切な写真を救出するなどといつ

た、行政では十分に対応しきれない、あるいは もともと想定されていなかったような活動も、

ボランティアによってきめ細かに展開されてい った。

つとに指摘されるように、ボランティアが震 災時に多くの活動を展開できたのは、それ以前 からの蓄積があったからでもある。神戸市や阪 神地域は、もともと国際交流の盛んな土地柄で あり、それを支える市民的活動の蓄積にも厚み があった。そうした団体、たとえば海外開発支 援を行っていたような団体が、地元の被災地支 援に向かい、それを支援していった。そこから、

ボランティア個々人の活動それ自体を支援する ボランティア、すなわち中間支援活動が発生し、

定着していったことも、阪神大震災の大きな特 徴である。

以上のような活動にあたっては、組織の特色 も当然変化する。多くのボランティア団体は、

中枢や命令系統を明確に持たない組織体、ある いは、イデオロギー色の薄い組織体として運営 されていった。それは従来の市民活動的な雰囲 気とも異質なものであったといえる。もちろん 団体によってバリエーションはあるものの、参 加する個々人の関心を中心におき、現地に根ざ して活動を展開して、柔軟に変化しながら新た な取り組みを探ることが多く試みられた。混乱 し日々変化し続ける状態のもとでは、もともと 上 意 下 達 の 一 方 的 な 指 揮 命 令 自 体 が 成 り 立 た ず、自分たちの判断に基づいて、柔軟で多彩な 支援を展開することこそが求められたのだとも いえる。こうしたボランティアの活動は、政府 や役所など、既存の硬直した組織とは好対照を なしていた。

もちろん、ボランティア元年という言葉は一 つの標語である。ボランティアの活動が、すべ て手放しで賞賛されるようなものであったわけ ではない。うまくいかない活動や失敗も決して 少なくはなかった。あるいはまた、若者が大挙 被災地に押しかける現象を、流行に流された行 動ではないかと懸念し批判する見方もなかった

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八シ塚一郎:すでに起きた変化と愈図せざる抵抗 21

わけではない。それでもなお、従前にはなかっ た規模の活動が被災地で展開されたことには大 きな意味があったと考えることができる。阪神 大震災における経験は、その後のボランティア の普及、さらに、NPO法の成立などへとつな がる、重要な基盤となった。

さて、2011年3月に発災した東日本大震災 は、このように蓄種されてきた災害救援ボラン ティアの活動に対して、新たな論点を提起する ものともなっている。むろん、甚大な被害が生 じ、多くの方々がいまなお苦難を強いられてい る現在、ボランティアの活動そのものも模索と 変化の過程にあり、安易な論評を下すことには 慎重でなくてはならない。ここでは、現時点で の状況を踏まえて若干の言及を行うにとどめ

東日本大震災については、ボランティアの活 動が必ずしも十分ではなく、全般に数が少ない ということが、本稿執筆の時点で報道されてい る。たとえば、全国社会福祉協議会による取り まとめとしてWeb上で公開されている数値に よれば、東日本大震災で活動したボランティア の延べ人数は、2011年5月8日現在(発災か ら58日)、約25万8800人であるという。こ れに対し、阪神大震災の発災から2ヶ月の時点 で活動したボランティアの延べ人数は、兵庫県 の推計によると113万人となっている。上記 は概算された数値の速報であり、今後大幅な変 動が生じることも予想される。しかし、災害規 模の大きさにもかかわらず、ボランティアの数

はあまりに小さい。

もちろん、軽々な議論や評価を行うべきでは ないし、阪神大震災と東日本大震災のボランテ ィアを、単純に比較していいのかどうかにも検 討が必要であろう。そもそも東日本大震災につ いては、被災の範囲が圧倒的に大きく、地理的 な不利もあった。状況の把握やアクセスに大き な困難があった状況で、ボランティアの参加が 少なくなったという側面は否定できない。

しかし、それとは別の要因が、ボランティア

の少なさに影響した可能性についても、注意を 向けておく必要はある。報道によれば、ボラン ティアは安易に駆けつけるべきではない、まず は状況を見極めるべきで、被災した現場のじゃ まになってはいけない、という呼びかけや気分 が多く発生していた。あるいはまた、現地での 受 け 入 れ 態 勢 が 整 う の を 待 っ て か ら に す べ き だ、コーディネーターがボランティアの需要と 供給を適切にマッチングする必要がある、など の意見も散見された。

これらの意見は極めて正しいものであり、阪 神大震災以来の反省、教訓に即したものでもあ る。ボランティアがただの迷惑になってはいけ ないし、食料や燃料が不足する中、ボランティ アがそれを消費するだけになってしまっては、

もちろん誤りであろう。

他方で、これらの意見や雰囲気には、阪神大 震災以来の教訓が過度の制約となったような気 配、あるいは、反省が行き過ぎてしまったよう

な気味も漂っている。活動をする前から勝手に 抑制的になり、様子見に陥るとすれば、自発的 なボランティア活動とは言い難い。あるいはま た、コーディネートやマッチングや合理的な運 営にこだわるあまり、活動そのものに手が着か ないとすれば、本末転倒でもある。

現在も支援活動が継続し、さらに長期的な取 り組みの求められる現在、ここではこれ以上の 検討には立ち入らない。続いて、個と集団のあ り方の変容に関する、もうひとつの事例を概観 する。

第2に取り上げるのは、「リーダーのいない 組織」という組織論的なトレンドである。ピラ ミッド型の命令系統ではなく、柔軟で融通無碍 なネットワークのもと、メンバー一人一人が権 限と責任をもって迅速に意志決定するという組 織編成は、いまや広く浸透したものとなってい る。効率も有効性もはるかに高い組織のありよ うとして、企業から軍隊まで幅広い領域で、さ らなる検討と模索が続いてもいる。

その代表的、象徴的な事例は、1990年代に

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提起された「21世紀の軍隊」というアメリカ 軍の方針である2)。軍隊は、典型的なピラミッ ド型の組織である。すなわち、ピラミッドの頂 点に絶対のリーダーが君臨し、文字通り上意下 達で指揮命令が下される。

しかし、社会構造の変化に伴う、新しい形の 戦争の出現にあたって、従来型の軍隊組織に対 する見直しが提起されるようになった。ピラミ

ッド型の組織は、たとえばテロや小規模紛争な ど、絶えず状況が変化し、予想外の事態が多発 する局面においては、必ずしもその有効性を発 揮できない。時々刻々と変化する状況のなかで、

いちいち情報を末端から中枢にあげて、中枢か らの命令を逐一待っていては、対応が遅れるど ころか現場が大損害を受ける恐れもある。

それに対し、未来の軍隊として提起されたの は、ピラミッド型の組織を廃し、従来型のリー ダーも設定しないという方針であった。すなわ ち、チームの全員が情報を共有し、それぞれが 現場で判断して、機能的に活動することが、目 指されるべき理想となった。もちろん、軍隊組 織 の す べ て が た だ ち に 激 変 す る わ け で は な い が、情報技術の急激な発展は、組織編成の柔軟 化を加速させてもいる。

実際のところ、組織の改編や見直しは、民間 企業においてとうに先行している。企業組織も、

ピラミッド型で、中枢がすべてを判断して命令 を下すスタイルでは、消費社会の激変に対応し 難い。新しい事態に柔軟に対応するうえで、既 存の編成や役割分担そのものが妨げとなること

もある。

それに対し、たとえば「プロジェクトチーム」

型の組織運営では、既存の部局から必要な人員 を柔軟にピックアップし、臨時編成の集団が課 題に従事する。あるいは、既存の縦割りの部局 に対して、それらを横切るかたちで、属性や専 門の異なる多様なメンバーを集めて組織を編成 する「マトリックス型組織」が形成される場合 もある。商品開発など、迅速かつ柔軟な活動が 必要とされる領域はもちろん、一般事務組織に

おいても、チームやグループによる柔軟な編成 はもはや珍しくない。

このように、個と集団のあり方に対する見直 しは決して新しいものではない。さかのぼれば、

すでに1980年代から、「ネットワーク型組織」

についての議論は盛んになされてきた。既存の 部局や役割編成の枠組みを超え、必要な人材を 自在に交流させ、柔軟な活動を展開する、とい う考え方には、大きな蓄穣がある。そうした考 え方が、たとえば阪神・淡路大震災において、

ボランティアの活動として具現化したとみるこ ともできる。

さらに、話題となったトピックや印象的な事 例をいくつか順不同で挙げる。まず、組織論と 心理学を横断しつつ検討されている事項として

「学習する組織」の議論がある。状況主義的な 心理学の議論では、学習は個人の心的・内的な プロセスではなく、集合的・協働的な実践とし て遂行される。組織体、あるいは集合体が、対 話や協働の作業を通して、総体として学習を遂 行 す る プ ロ セ ス に 着 目 し て い る と 言 っ て も よ

い。

この考え方を援用して、企業などの組織を形 成する個々のメンバーが、それぞれ自分たちの 技能や知識を更新し、さらに対話を通して協働 することによって、全体としての組織の能力や 活力を向上させていく活動が提起された。この ような、自分たちに必要な事柄を自ら開発し、

チームをレベルアップしようとする組織のこと を、学習する組織と呼ぶ。ここには、従来のピ ラミッド型、上意下達の構造とは異質な、個と 集団の自由で柔軟な関係がみられるといえるで あろう3)。

また、文字通り「リーダーのいない組織」を 模索する動きもある。「指揮者のいないオーケ ストラ」であるオルフェウス管弦楽団などは、

その象徴として著名である。この楽団では、メ ンバー各人が緊密な話し合いを繰り返し、解釈 や奏法の検討を行いながら演奏がなされてい く。このようなオーケストラとその運営方法に、

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八シ塚一郎:すでに起きた変化と意図せざる抵抗 23

企業経営を重ね合わせ、知見を得ようという関 心も多い4)。

リーダーそのものの見直しの事例も枚挙にい とまがない。研究と実践の事例も数多いが、た とえば経営者の具体的な経験から導き出された 概念に「サーバントリーダー」というものがあ る。ここでのリーダーとは、仕事のやりがいを 提供する、ビジョンを示す、などのかたちでメ ンバーに奉仕し、その能力を導き出して最善の 仕事ができるよう手助けする存在である。リー ダーこそが最善の奉仕者という考え方は、新し い時代のリーダーのあり方として示唆的であろ

5)

以上、個人と集団の関係について、見直しの 動きが以前から蓄積されてきていたこと、さら に新しい試みが数多くなされていることを見て きた。一人一人が能力を最大に発揮でき、迅速 な意志決定ができ、柔軟にきめ細かな対応がで きる集団への模索は、今後もいっそう活発にな るであろう。

さて、その一方で、個人と集団の緩やかな新 しい関係が、果たして良い結果だけを生むのか どうかも考えておく必要がある。すなわち、個 と集団の新しい関係には、魅力がある一方、違 和感もつきまとうし、実際に危険を招き寄せる 場合もある。以下、いくつかの例を挙げて考察

を行う。

まず第1に、阪神大震災とボランティアの 1995年は、「オウム真理教事件」の年でもあっ た。かの教団も、当初は多くの若者が自発的に 参集し、互いに助け合って学びを深める、ボラ ンティアと似た自由で柔軟な集団だったと報じ られている。大学や企業など現代社会に違和感 を感じる人々が、他にない居場所としてこの教 団を選択し、活動したというのも一面の事実で あろう。しかし、そうした集団が、歴史に残る 凶悪な大事件を引き起こしたのであった。

オウム真理教事件はあくまで例外的な事態で はある。しかし、既存の組織とは異なる関係、

自由なボランティア的集団について、一抹の不

安やうさんくささを感じ取る向きも決して少な くはあるまい。暴走することはないのか、とい う懸念は極端としても、従来からの組織に馴染 んだ視点からすると、果たして健全に運営され ているのかどうか、という疑問が生じるかもし れない。

第2に、「リーダーのいない組織」のひとつ の典型は「アルカイダ」である。世界を震憾さ せたテロ集団は、固定したリーダーを持たず、

メンバーが個別に判断して行動を起こしてきた という。こうしたテロ組織は、全貌の把握も困 難で対処が難しいとされる。

アルカイダもまた極端な事例ではある。しか し、リーダーのいない組織について、とらえど ころのなさ、得体の知れなさを感じる向きも、

あるいはあるかもしれない。詳細を把握できな いのではないか、暴走したりしないか、等々、

オウム真理教に対するのと似た不安、不気味さ が、喚起されるかもしれない。

2つの事例はよく似ている。柔軟な組織、個 と 集 団 の 関 係 を 見 直 し た ま っ た く 新 し い 組 織 が、しかし、大きな危険や惨事を引き起こす。

組織論的には柔軟で自由なはずの集団が、むし ろ、既存の集団では考えられないほどの凶事を 引き起こすとは、どういうことであろうか。

さしあたり言えるのは次のことである。個と 集団の新しい関係に、常に危険がつきまとうわ けではあるまい。新しい関係はすでに出現して 久 し い も の で あ り 、 そ れ は 現 代 社 会 に お い て 必 要 不 可 欠 と も な っ て い る 。 む し ろ 、 新 し い 関 係 の出現に付随するわれわれの不安やためらい、

それこそが問題の核心なのではないだろうか。

個と集団の新しい関係、柔軟な関係を、実は 私たちは、不安視してもいる。あるいは、個と 集団の新しい関係に、まだ慣れていない。違和 感を覚えたり、迷ったり、必要以上に合理的に 運営しようとしたりする。

むしろここに、危険が潜んでしまうのかもし れ な い 。 柔 軟 な 組 織 体 制 を つ く っ た に も か か わ ら ず 、 そ う で は な い 古 い 要 素 を 混 入 さ せ て し ま

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24 人間性心理学研究Vol.29,No.l2011

うことこそが、実は最大の問題なのではないだ ろうか。

たとえばオウム真理教の場合には、集団のプ ロセスの中で、絶対的な権威、グルのような存 在に絶対的に帰依することが、組織としての危 うさや、その後の惨劇を生んだ。アルカイダの 場合にも、フラットで柔軟な組織であるにもか かわらず、強固なイデオロギーや反論を許さな い原理が、活動の中に貫通しているように見え る。

企業組織についても同様のことがいえる。た とえばの話、プロジェクトチームを編成しても、

その運営が実際には旧態依然として、上級者の 言うがまま、上意下達で動かなくてはならない としたら、まったく意味はない。権限の委譲や、

自由で柔軟な活動の保証がなければ、新しいは ずの組織は、むしろ旧来の組織以上の混乱に陥 り、とめどなく腐敗してしまうかもしれない。

つまるところ、古い原理やイデオロギーから 距離を置き、フラットさや互いの柔軟性を保て るかどうかが、新しい集団の鍵であるのかもし れない。見方を変えるなら、新しい関係、新し い組織体が柔軟性を失ってしまわないよう、閉 じてしまわないための工夫、流動性や暖昧さ、

他者性を導入する必要があるともいえる。

このことは、先述した災害救援ボランティア にもあてはまる。被災者のため、被災地のため に活動し、そのために柔軟かつ自由に模索する のがボランティアである。そこには、無駄や不 合理も数多く生まれるかもしれない。しかし、

そうした暖昧さや迷いがあるからこそ、行政に できない柔軟性を発揮することもできる。

東日本大震災の事態について推測するなら、

被災規模のあまりの大きさを前に、自由な活動 を抑制して様子を見なくては、という気分が、

ボ ラ ン テ ィ ア の 中 に も 広 ま っ た の か も し れ な い。あるいはまた、あまりに重大な事態におい

て は 上 意 下 達 の 指 揮 系 統 が 必 要 な の で は な い か、無駄をはぶいた合理的な運営が必要なので はないか、といった関心が高まったのかもしれ ない。そのために、結果としてボランティアの 数が少なくなってしまったのかもしれない。無 論、これは単なる推測である。

その一方で、東日本大震災において実際に展 開されているボランティアの活動は、個と集団 の新しい関係の、さらに新しい展開を生み出し てもいる。たとえば、日本災害救援ボランティ アネットワーク(兵庫県西宮市)による「被災 地のリレー」活動は、阪神大震災、中越地震な ど、以前の災害の被災地と今回の被災地とを結 び、かつて支援された人々が支援する側にまわ るという実践を多面的に展開している。上意下 達やピラミッド型組織からの脱却というモチー フをさらに発展させ、人々のいっそう柔軟なつ ながりを創出し、新しい関係を生み出す試みも、

すでに行われている。

1)本間正明・出口正之(絹)「ボランティア革命」(東 洋経済新報社,1996)を筆頭に、多くの研究が展 開されている。拙稿「阪神大震災を契機とする記録 ボランティア活動の勃興と変遷一社会変動の観点 からみたその意義と可能性についての考察一」実験 社会心理学研究(2008)なども参照。

2)AConceptfortheEvolutionofFull‑Dimensional OperationsfortheStrategicArmyoftheEarly Twenty‑FirstCentury.(1994)などの米軍資料があ

3)入門書として、高間邦男「学習する組織一現場に変 化のタネをまく−」(光文社新書,2005)など。

4)たとえば、セイフター,H・エコノミー,p(鈴木 主悦訳)『オルフェウスプロセスー指揮者のいない オ ー ケ ス ト ラ に 学 ぶ マ ル チ ・ リ ー ダ ー シ ッ プ ・ マ ネジメントー」(角川笹店,2002)を参照。

5)池田守男・金井瀞宏「サーバント・リーダーシップ 入門」(かんき出版.,2007)に詳しい。

参照

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