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便益遅延性 概念の再考

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(1)

便益遅延性 概念の再考

―― 教育サービスへの拡張を目指して ――

藤 村 和 宏

は じ め に

サービスには生産と消費の同時性という特質があるが,必ずしもすべてのサ ービス消費において,顧客は消費時点において即時的に便益を享受できるわけ ではない。教育サービスや医療サービスのように人間の能力や精神の向上,あ るいは身体の回復や維持を目的とする場合,便益を生み出すための諸活動が行 われる時点とその結果として顧客が実際に便益を享受できる時点との間にズレ が存在している。このような時間的ズレを 便益遅延性 として概念化した(藤 村, )。

この 便益遅延性 概念を用いることで,医療サービスのデリバリー・プロ セスにおいて顧客の便益享受に遅延性が生じている期間に,顧客満足はどのよ うに形成されるのかについて実証的に考察を行っている。しかし,この考察過 程において,この 便益遅延性 はサービス・デリバリー・プロセスの終了時 点に依存して規定される概念として構築していたことから,どの時点を医療サ ービスのデリバリー・プロセスの終了と捉えるのかによって,遅延性の有無と その程度は異なるという問題が浮上した。さらに, 便益遅延性 という特質 を有するサービスを便益遅延型サービスに分類すると,医療サービスだけでな く,教育サービスもこの類型に属する重要なサービスであるが,当初の概念規 定では教育サービスに拡張することが困難であることが明らかになった。

このようなことから本稿では, 便益遅延性 概念の適用性と拡張性を高め

るために,この概念の再構築を行うことを目的とする。さらに, 便益遅延性

第 巻 第 号 年 月 −

(2)

概念を再構築することにより,従来の概念規定では明らかにならなかった,便 益遅延型サービスの提供組織が解決しなければならない重要な課題が浮かび上 がることから,これらの問題の所在と解決のための方向性についても検討を行 いたい。

Ⅰ. 便益遅延性 概念の再検討

⑴ 創出当初の 便益遅延性 概念と問題点

サービスには生産と消費の同時性という特質があるが,必ずしもすべてのサ ービス消費において,顧客は消費時点において即時的に便益を享受できるわけ ではない。教育サービスや医療サービスのように人間の能力や身体にポジティ ブな変化をもたらすことを目的とするサービスの場合,便益を生み出すための 諸活動が行われる時点とその結果として顧客が実際に便益を享受できる時点と の間に時間的ズレが存在している。このような時間的ズレを 便益遅延性 と して概念化した(藤村, )。

この 便益遅延性 概念は,サービスの提供する便益の観点から,サービス を「消費によって享受することが期待される便益としての変化を導く,生産活 動の集合体」と定義することにより導かれるものである。すなわち,この定義 における便益としての変化に注目すると,「変化の対象」,「変化の内容」,「変 化の方向性」,および「変化の発現様式」という つの観点から考察を行うこ とが可能であるが,そのなかでも「変化の発現様式」に焦点を当てたものであ る。

「変化の発現様式」とは,サービス・デリバリー・プロセスが開始されてか らの「変化の発現時点」と「変化の終了時点」によって規定される概念である

(藤村, )。図 は,サービスの便益としての変化(結果・効果)は,サー ビス・デリバリー・プロセスが開始してからどの時点で出現し始め,どの時点 で終了するのか,によって様式を分類したものである。

多くのサービス消費では,サービス・デリバリーの開始直後の時点あるいは

途中の時点において便益としての変化が現れ,終了時点までにそれらは最大に

(3)

開始 終了 開始 終了 開始 終了 開始 終了

開始 終了 開始 終了 開始 終了

開始 終了 開始 終了

開始 終了

なることから,変化の発現様式は様式【 − 】【 − 】【 − 】【 − 】【

− 】【 − 】のような形になる。たとえば修理サービスでは,デリバリー開 始直後から製品は機能的あるいは形状的に変化し始め,デリバリー終了と同時 に変化は終わり,修理は完了する。またレストラン・サービスでは,接客サー ビスによってデリバリーが開始されることで,ポジティブな情動が喚起され

(感情的な変化が起こり),続いて料理や飲料が提供されることで,さらにポジ ティブな情動が喚起されるとともに空腹感が満たされるという変化が起こり,

会計を済ませてレストランを出ることで,その変化は終了する。変化が終了す るとは,便益として享受された変化が消滅するということではなく,デリバリ ーされたサービスがそれ以上の変化を引き起こさないということである。

一方,様式【 − 】【 − 】【 − 】【 − 】のように,サービス・デリ

変化の終了

変化の 時点

発現時点

開始直後の時点 途中の時点 終了直前の時点 終了後から ある時間経過後

開始直後の時点

【様式 − 】 【様式 − 】 【様式 − 】 【様式 − 】

途中の時点

【様式 − 】 【様式 − 】 【様式 − 】

終了直前の時点

【様式 − 】 【様式 − 】

終了後から ある時間経過後

【様式 − 】

変化の発現時点と終了時点を基準に分類した「変化の実現様式」

出所:藤村和宏( ),「便益遅延型専門サービスの消費における顧客満足問題〜医療サー

ビスをケースとして考察〜」,『香川大学経済論叢』,第 巻第 号, 頁。

(4)

バリー・プロセスが展開される時点と便益としての変化の終了時点との間に時 間的ズレが生じるサービスも存在する。時間的ズレが生じるサービス,すなわ ちサービス・デリバリー・プロセスが終了してからもデリバリーされたサービ スが作用し,変化が継続して続くようなサービスが 便益遅延性 を有するサ ービスであり,医療サービスや教育サービスはこのような時間的ズレが生じる 典型的なサービスであると考えられる。

このように 便益遅延性 概念を創出した当初は,遅延性をサービス・デリ

バリー・プロセスの終了時点から顧客が期待する便益を実際に享受する時点ま

での時間的ズレと捉えていた。このことのために,サービス・デリバリー・プ

ロセスの終了時点を確定することによって,遅延性が生じているのかどうかの

判断が行われ,さらに遅延性が生じる場合には,遅延性の程度が決定されるこ

とになる。教育サービスの消費では,学校への入学から卒業までの期間が教育

サービスのデリバリー期間であり,卒業と同時にデリバリー・プロセスは終了

すると捉えることができることから,卒業時点から期待する能力を獲得したと

知覚できる時点までの期間が遅延性の生じている期間ということになる。しか

しながら,医療サービスの消費では,たとえば癌手術のために入院し,手術後

のある程度体力が戻った時点で退院し,その後は定期的に通院しながら自宅で

体力回復や社会復帰を図っている場合,どの時点をデリバリー・プロセスの終

了時点と捉えるのかによって 便益遅延性 が生じているかどうか,の判断は

異なったものとなる。たとえば,入院から退院までを 単位のデリバリー・プ

ロセス(癌の切除プロセス)と見なし,その後の定期的な通院期間は別のデリ

バリー・プロセス(回復プロセス)と見なすと,退院後から期待する体力回復

や社会復帰を得られるまでの期間が遅延性が生じている期間ということにな

る。しかし,退院しても継続的に受診していることからデリバリー・プロセス

は継続していると捉えるならば,そこには遅延性は存在せず,デリバリー・プ

ロセスが長引いているだけということになる。したがって,医療サービスのよ

うにデリバリー・プロセスの捉え方が多様であったり,あるいは,顧客の意思

決定によってではなくサービス組織や個々の従業員の判断によってデリバリ

(5)

ー・プロセスの長さを自由に設定できるようなサービスの場合,サービス・デ リバリー・プロセスの終了時点を起点として 便益遅延性 を定義することに は問題があることになる。ただし,次節で詳細に考察を行うが,どちらの場合 も期待する便益を享受するまでに長期間を要するだけでなく,期待する便益を 享受できるかどうかに関しては不確実性が存在していることから,顧客の参加 モチベーションは低下し,その結果として顧客が期待する便益を享受できる可 能性も低下するという問題は発生するであろう。

また,教育サービスについて教育関係の研究者に話を伺ったところ,教育に は 便益遅延性 は存在しないとの異論が出された。その研究者によると,教 員は毎回の講義目標を明確に規定し,それが達成されるように講義計画を立て ているので,目標とする内容を学習者が覚えてくれたり,理解してくれれば 便益遅延性 は存在しないという。たとえば,ある講義の目標が「 × =

」のような掛け算を覚えることであるとすると,その講義によってその計算 を覚えてくれれば, 便益遅延性 は存在しないという。しかしながら,この ような見解はサービス提供側(サービス組織あるいはサービス従業員)の目標 の設定とその達成に焦点を当てたものであり,顧客側の視点,すなわち顧客が 望む便益を享受できたかどうかに焦点を当てたものではないであろう。また,

回ごとの講義は学習者の目標達成のための手段の提供に過ぎず,それら自体 によって便益を享受していると見なすことにも問題がある,と考えられる。

学習者の目標水準が低く,掛け算を覚えることが最終目標であれば, 回ご との講義で目標は達成されるために, 便益遅延性 は存在しないことになる。

しかし,学習プロセスは図 にように,最終目標に向かって中間目標を一段ず

つ達成していくプロセスである。また図 のように,目標−手段階層を成して

おり,最終目標 Z を達成するための手段として a と a があるとすると,それ

らは最終目標 Z を達成するための中間目標の A と A となる。さらに,それ

らの中間目標を達成する手段として b 〜b があるとすると,それらは中間目標

の A と A を達成する中間目標の B 〜 B となる。このように階層が下がりな

がら,下位の中間目標はより具体的かつ容易に達成可能なものに分解されてい

(6)

目標水準

時間

【中間目標 1 】

【中間目標 2 】

【中間目標 3 】

【中間目標 4 】

【中間目標 5 】

【中間目標 6 】

【最終目標】

くことになる。したがって,最終目標が低い水準で設定される場合には,中間 目標の階層数も少なくなり,その結果として 便益遅延性 の程度も小さくなっ ていくことになる。

前述の掛け算を覚えるということが最終目標であるならば遅延性は生じない が,数学的思考能力を修得することが最終目標であり,掛け算を覚えることを その最終目標を達成するための手段,あるいは中間目標と捉えると,その講義 終了時点から最終目標に到達するまでの期間が 便益遅延性 が生じている期 間ということになる。つまり,掛け算を覚えるということは,図 では手段 d

〜d の水準に過ぎず,当然, 便益遅延性 は生じないことになる。逆に,ノ ーベル賞を獲得できるような研究者になるとか,貧困問題を解決できるような 研究者になるといった,高い最終目標が設定されるならば,中間目標の階層数 は多くなり,結果として 便益遅延性 の程度が大きくなるであろう。

このようなことから, 便益遅延性 が生じるか否か,あるいは遅延性が生 じる場合におけるその程度は顧客の期待する最終目標水準に依存することにな る。同様なことは医療サービスにも当てはまり,疾病の程度が重く,身体回復

便益遅延型サービスにおける漸次的便益享受

(7)

小 便 益 遅 延 性 の 程 度

手段d 手段d 手段d 手段d 手段d 手段d 手段d 手段d 手段d 手段d10 手段d11 手段d12 手段d13 手段d14 手段d15 手段d16

手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段c

(中間目標C 手段b

(中間目標B 手段b

(中間目標B 手段b

(中間目標B 手段b

(中間目標B 手段a

(中間目標A

最終目標 Z

(サービスの潜在的に可能な目標水準)

手段a

(中間目標A

や社会復帰にかかわる目標水準が高くなるほど, 便益遅延性 の程度は大き くなるであろう。たとえば,インフルエンザに感染した場合,タミフルを 日 間( 日 回)継続して服用すれば, 〜 日で諸症状は改善し, 日目には 完治することから,診療後から回復までの 便益遅延性 の程度は小さいこと になる。また,癌手術を受けた場合,自分で食事や歩行ができるようなること が最終目標であるならば,入院中に達成されることから 便益遅延性 は存在 しないことになる。しかし,手術前と同じように日常生活を送れるとか,仕事 ができるようになることを最終目標とするならば,退院後も患者自身で長期間 にわたってリハビリに励まなければならないことから, 便益遅延性 の程度 は大きくなるであろう。

便益遅延性 概念の修正

上記の考察から, 便益遅延性 はサービス・デリバリー・プロセスの終了 時点に依存して規定される概念でなく,顧客の期待する最終目標水準を達成す るのに要する時間に依存して規定される概念として捉え直す方がより適切であ り,マーケティング問題もより明確になる,と考えられる。

このように 便益遅延性 を顧客の期待する最終目標水準を達成するのに要 する時間の観点から捉えるとすると,そのような遅延性は「目標達成遅延性」

便益遅延性を規定する目標−手段の階層性

(8)

と定義できるであろう。この遅延性の程度は,便益としての変化を享受したこ とを実感できる機会の多さとともに,顧客自身が設定する最終目標水準に依存 することになる。つまり,変化としての便益を享受したとしても,たとえば大 学の教育サービスの成果として問題解決力を身に付けたとしても,その能力を 活用する機会がなければ,最終目標水準を達成したかどうかを認識できないた めに,遅延性の程度は大きくなるであろう。さらに,顧客の期待する最終目標 水準が高くなるほど,目標−手段の階層数が多くなり,遅延性の程度も大きく なるであろう。逆に言えば,顧客の期待する最終目標水準が低い場合には遅延 性は生じることはないために,最終目標水準によって遅延性の程度は大きく異 なることになる。なお,顧客の最終目標水準が低い場合, 便益遅延性 自体 が顧客やサービス組織に重大な問題をもたらすことはないが,Ⅲ章で検討する ように,最終目標水準の低さ自体が別の問題を生起させることになる。

ところで,顧客の期待する最終目標水準の達成時点までのプロセスは,便益 の生起が開始される時点と生成した便益を顧客が知覚できるようになる時点と に区分できることから,遅延性はそれぞれの時点においても生じていると捉え ることかできる。そこで本稿では,サービス・デリバリー・プロセスの開始か ら便益の生成開始時点までに要する時間を「生起遅延性」,便益の生成開始時 点から顧客が便益を享受していると知覚できる時点までに要する時間を「知覚 遅延性」と定義したい。

生起遅延性は,サービス・デリバリー・プロセスが開始され,そのプロセス にサービス従業員と顧客が参加し,それぞれが期待される活動を行ったり,デ リバリーにかかわる設備・機器が機能を発揮したりすることによって,便益と しての変化が生じ始めるまでに要する時間である。なお,この生起遅延性を認 識できるのは,顧客に起こり始めた微細なポジティブ変化を認識できるような 豊かな専門的知識や経験を有するサービス従業員(医師や教員など)だけであ り,多くの場合,認識できないものである。

知覚遅延性とは,便益としての変化の生成が開始されてからその変化の水準

が顧客の知覚可能水準に達するまでに要する時間である。したがって,この遅

(9)

便益享受水準

最終目標水準

知覚可能水準

時間t

目標達成遅延性 知覚遅延性

生起遅延性

t tm tm+n tm+n+s

延性の程度は変化を実感できる機会の多さとともに,顧客自身の知覚可能水準 の高さに依存することになる。つまり,便益としての変化が顧客の能力や身体 に生じたとしても,その変化した能力や身体を活用する機会が存在しなけれ ば,変化を知覚できず,遅延性も大きくなるということである。さらに,変化 した能力や身体を活用する機会が存在するとしても,知覚可能水準が高い水準 にある(日常用語でいえば 鈍感な )顧客ほど遅延性の程度は大きくなると いうことである。顧客によって五感の感度は異なるために,同程度の便益とし ての変化を享受したとしても,顧客間で遅延性の程度は異なることになる。

以上のようなことから, 便益遅延性 は生起遅延性,知覚遅延性,および 目標達成遅延性という つの遅延性から構成される概念であると定義できるで あろう(図 参照)。なお,このような つの遅延性が生じるのは,サービス 従業員および顧客自身の活動,ならびにデリバリーにかかわる設備・機器の機 能などが生み出す 効果(変化)の累積性 を必要条件としているからである。

便益遅延性 を構成する つの遅延性

(10)

したがって,サービス従業員および顧客自身の活動そのもの,ならびにデリバ リーにかかわる設備・機器の機能そのものが直接的に便益をもたらす場合は,

便益遅延性 は生じないことになる。

また,これらの つの遅延性が生じたとしても,それらが顧客やサービス組 織に問題をももたらすのは,そのサービスのデリバリーに長期間を要する場合 だけである。たとえ つの遅延性が生じたとしても,それらがサービス・デリ バリー・プロセス内でのみ生じ,しかもそのデリバリー・プロセスが短時間で 終了(完了)するサービスの場合には, 便益遅延性 が顧客およびサービス 組織に及ぼす影響についてはほとんど考慮する必要がないであろう。たとえば レストラン・サービスの消費において,注文した料理や飲み物が提供されるま でに時間がかかり,空腹感を満たすまでに知覚遅延性や目標達成遅延性が生じ たとしても,そのデリバリー・プロセスは短時間で終了することから,そのよ うな遅延性が生じたとしてもそれらは短時間であるだけでなく,デリバリー・

プロセス内でのみ生じている。したがって,そのような短時間の遅延性によっ て顧客の参加モチベーションが低下したり,あるいは顧客が期待する最終目標 水準の達成という便益を享受できるかどうかに関して不確実性が高まるという ことはない。

便益遅延性 が顧客およびサービス組織に重大な問題をもたらすのは,サ ービス・デリバリー・プロセスに長期間(たとえば,数ヶ月あるいは数年)を 要する場合であるが,そこにおける遅延性の生じ方としては図 のような つ のパターンを想定することができる。パターン は, つの遅延性ともサービ ス・デリバリー・プロセス内で生じるものであり,資格試験のための専門学校 や受験のための予備校などがこのパターンに属するであろう。これらの学校の 利用では顧客である学習者の最終目標は資格試験合格や大学合格であり,合格 することで通学(サービス・デリバリー・プロセス)は終了するし,合格でき なかった場合は,最終目標が放棄されない限り,通学が継続されるからであ る。

パターン は,生起遅延性と知覚遅延性はサービス・デリバリー・プロセス

(11)

便益享受水準

生起遅延性 知覚遅延性 目標達成遅延性

知覚可能水準 最終目標水準

時間t

t tm tm+n tm+n+s

サービス・デリバリー・プロセス

【パターン1:デリバリー・プロセス外での遅延性なし】

便益享受水準

生起遅延性 知覚遅延性 目標達成遅延性

知覚可能水準 最終目標水準

時間t

t tm tm+n tm+n+s

サービス・デリバリー・プロセス

【パターン2:デリバリー・プロセス外で1つの遅延性が発生】

便益享受水準

生起遅延性 知覚遅延性 目標達成遅延性

知覚可能水準 最終目標水準

時間t

t tm tm+n tm+n+s

サービス・デリバリー・プロセス

【パターン3:デリバリー・プロセス外で2つの遅延性が発生】

便益享受水準

生起遅延性 知覚遅延性 目標達成遅延性

知覚可能水準 最終目標水準

時間t

t tm tm+n tm+n+s

サービス・デリバリー・プロセス

【パターン4:デリバリー・プロセス外で3つの遅延性が発生】

内で生じるが,目標達成遅延性はデリバリー・プロセス終了後に生じるもので ある。医療サービスや大学教育サービスはこのパターンに属するであろう。ま た,パターン は目標達成遅延性と知覚遅延性が,パターン は つの遅延性 ともサービス・デリバリー・プロセス終了後に生じるものである。

サービス・デリバリー・プロセス内で遅延性が生じる場合,サービス組織や その従業員が遅延性の発生と程度を把握し,顧客の遅延性の程度に応じて個別 対応を行い, 便益遅延性 が顧客にもたらす問題を解決あるいは低減するこ とが可能であろう。しかし,サービス・デリバリー・プロセス終了後に生じる 遅延性が多くなるほど,サービス組織によるコントロールが困難になるだけで なく,多様な錯乱要因が作用しやすくなるために, 便益遅延性 が顧客やサ ービス組織にもたらす問題は重大になっていくと考えられる。したがって図

つの遅延性の生成パターン

(12)

では, 便益遅延性 がもたらすマーケティング問題が最も重大であり,対応 が困難であるのはパターン であり,パターン は重大なマーケティング問題 をもたらすが,対応は他のパターンに比べて容易であると推測される。

このようなことから以下では,サービス・デリバリーに長期間を要し,かつ つの遅延性が図 のような つのパターンで生じるサービスを「便益遅延型 サービス」に,サービス・デリバリーに長期間を要するが,一部の遅延性しか 生じないサービスを「准便益遅延型サービス」に分類したい。また, つの遅 延性のすべて,あるいは一部が生じるとしても,サービス・デリバリーに短時 間しか要しないサービスと, つの遅延性とも生じず,サービス・デリバリー も短時間であるサービスは「便益即時型サービス」に分類したい。

以下では,図 の便益遅延型サービスに限定し,その特質とマーケティング 問題について考察を行っていきたい。なお,このように定義した便益遅延型サ ービスの典型は医療サービスと教育サービスであることから,この つをケー スとして取り上げながら,便益遅延型サービスの特質とそれがもたらすマーケ ティング課題,さらには顧客満足問題について検討を行うことにする。

⑶ 便益遅延型サービスの特質

便益遅延性 概念は,便益生成のための活動(機能)がサービス従業員や 顧客自身,さらにデリバリーにかかわる設備・機器によって遂行される時点と 生成されたポジティブな変化が顧客の期待する最終目標水準に達する時点との 時間的ズレを表す概念であり,その時間的ズレには生起遅延性,知覚遅延性,

サービス・デリバリーに要する時間

長期間 短時間

遅 延性 の生 成

つの遅延性とも生成 便益遅延型サービス 一部の遅延性のみ生成 准便益遅延型サービス

つの遅延性とも非生成 便益即時型サービス

つの遅延性とサービス・デリバリー時間によるサービス分類

(13)

および目標達成遅延性という つの遅延性が含まれる。そして,これらの つ の遅延性が発生するとともに,サービス・デリバリーに長期間を要するサービ スを便益遅延型サービスと定義したが,この類型のサービスは 便益遅延性 以外の特質も内在されている。重要な特質としては,「顧客のデリバリー・プ ロセスへの参加に伴う不快性」と「期待する最終目標水準達成(便益享受)の 不確実性」を挙げることができる(藤村, a )。

① 顧客のデリバリー・プロセスへの参加に伴う不快性

サービス,特に便益遅延型サービスはサービス従業員と顧客との協働によっ て生成されることから,便益を顧客の期待する最終目標水準まで高めたり,顧 客満足や生産性などを効果的かつ効率的に向上させたりするには,サービス組 織側の生産資源の質および量の向上やそれらを活用する組織能力を向上させる だけでなく,顧客のサービス・デリバリー・プロセスへの参加(役割遂行),

すなわち彼らの保有する消費資源

の投入の適切化と積極化を図ることも必要不 可欠である。医療サービスや教育サービスには,特にこのことが当てはまるで あろう。

顧客がサービス・デリバリー・プロセスへ参加し,期待する最終目標水準の 達成という便益を享受できるように消費資源を投入する際に,彼らはポジティ ブあるいはネガティブな情動を喚起するであろう。なぜならば,サービス・デ リバリー・プロセスにおいて顧客はサービス従業員とサービス・エンカウンタ ー(サービス・デリバリーに伴う人的相互作用)を展開するだけでなく,サー ビス・デリバリーの空間と時間を共有する他の顧客とも人的相互作用を行うこ とがあり,他者の行動や態度が予想外の驚きをもたらすことがあるからであ る。また,ちょっとした挨拶や言葉かけでも情動を喚起する力を備えており

( Dieneret et al., , ),さらに,サービス・デリバリーにかかわる物理

( ) 消費資源とは,顧客がモノやサービスの消費によって望む便益を享受するために,顧

客自身が保有し投入しなければならない資源であり,金銭,時間,肉体的および心理的

エネルギー,知識,技能,補完物,空間などが含まれる。詳細は,藤村( )を参照

のこと。

(14)

的環境(建物の内装・外装,設備機器の使いやすさや快適性,音楽,室温,清 潔さなど)も顧客の行動や心理に影響を及ぼすからである。また,顧客が消費 資源を投入するという行為自体もポジティブあるいはネガティブな情動を喚起 するからである。ディズニーランドのようなテーマパークの消費において,顧 客がデリバリー・プロセスへ積極的に参加し,時間や体力などの消費資源を積 極的に投入するのは,それの行為自体が快感や喜びなどのポジティブな情動を 喚起するからである。一方,医療サービスの消費では,患者の診療プロセスへ の参加には肉体的苦痛や心理的苦痛を伴うことから,不快感や苦痛などのネガ ティブな情動を喚起しやすいであろう。教育サービスの消費においても同様 に,講義や予習・復習という学習プロセスは孤独であり,また他の楽しい活動 を犠牲にしなければならないことから,不快感や苦痛といったネガティブな情 動を喚起しやすいであろう。

便益遅延型サービスの典型である医療サービスや教育サービスの消費におい ては,顧客が期待する便益を生成・享受するには,他のサービス消費において 以上に顧客はデリバリー・プロセスへ積極的に参加し,適切に消費資源を投入 しなければならない。しかし,その参加自体や資源投入行為が苦痛を伴うだけ でなく,他の快楽的活動を犠牲にしなければならないことから,参加は不快感 を伴ったものとなる。

② 期待する最終目標水準達成(便益享受)の不確実性

便益遅延型サービスの便益生成では,サービス従業員および顧客自身の活

動,ならびにデリバリーにかかわる設備・機器の機能などが生み出す 効果(変

化)の累積性 を前提としていることから,この累積が効果的かつ効率的に進

まなければ,生成される便益が顧客の期待する最終目標水準に達しないことが

あるであろうし,あるいは最終目標水準に達するとしてもデリバリー・プロセ

スの開始時点で予想された終了時点よりも遅延する(時間が長引く)というこ

とが起こるであろう。そのような状況が起こるのは,サービス従業員や顧客は

行動や感情が変動しやすい存在であるだけでなく,顧客のサービス・デリバリ

(15)

ー・プロセスへの参加には不快感を伴い,消費資源の積極的かつ適切な投入が 抑制されることによって,効果(変化)の累積がサービス組織や従業員の予想 通りには進まないことがあるからである。また,サービスが人間の身体や感情,

能力などの状態変化を導くことを直接の目的として提供される場合,変化の現 れ方は顧客のサービス提供前の初期状態や個人特性に依存するからである。さ らに,変化が顧客の期待する最終目標水準に達するまでの期間に多くの錯乱要 因が影響を及ぼすことから,顧客が期待する便益としての変化を享受できるか どうかは確率的である。

たとえば医療サービスでは,同じ薬を服用したとしても,患者の健康状態や 身体能力,彼ら自身の回復努力などによって治療成果は異なったものとなる。

教育サービスでも,同じ講義を受けたとしても,学習者の基礎能力や経験,彼 ら自身の学習努力などによって,習得される知識や能力は異なったものとな る。

便益遅延型サービスには,このような「顧客のデリバリー・プロセスへの参 加に伴う不快性」および「期待する最終目標水準達成(便益享受)の不確実性」

という特質が内在しており,これらは 便益遅延性 という特質と相まって顧 客だけでなく,サービス組織やその従業員にも多くの重大な問題をもたらすこ とが考えられる。そのような重大な問題についてはⅢ章で考察を行うことと し,次章では便益遅延型サービスを構成する つの便益とそれらの補完性につ いて検討したい。

Ⅱ.便益遅延型サービスを構成する タイプの便益と役割

⑴ 便益遅延型サービスの提供する タイプの便益

便益遅延性 は つの遅延性から構成される概念であると述べたが,では

遅延する便益とはどのようなものであろうか。この概念が想定している便益は

サービスを利用・消費する動機となった問題の解決にかかわるものであり,各

サービスが本源的に提供している機能や能力にかかわるものであることから,

(16)

「機能的便益」と呼ぶことができる。サービスの品質は結果品質と過程品質か ら構成されているが,この機能的便益は結果品質にかかわるものであることか ら,過程品質にかかわる便益も存在していることが想定される。そのような過 程品質にかかわる便益としては,「感情的便益」と「価値観的便益」を挙げる ことができる(藤村, a)。

① 機能的便益

機能的便益はサービスを利用・消費する動機となった問題の解決にかかわる ものであり, 便益遅延性 における つの遅延性の生成を想定している便益 である。

サービスの消費は消費者が解決を必要とする問題を認知することから始まる が,ここで認知される問題は望ましい状態と実際の状態との間の不一致であ り,そこからニーズが喚起される。問題の認知に続いて,消費者はその喚起さ れたニーズを満足させるような望ましい活動を行うことを決定する。それは,

空腹なので夕食をとろうとか,ストレスを解消するためにスポーツをしようと か,というような決定である。これらは,消費者に対して直接的な満足を提供 する活動ではあるが,市場で購入される製品(モノやサービス)そのものでは ない

。望ましい活動が何であるかを決定した後,消費者はその活動を遂行する ための消費代替案を決定することになる。この意思決定の段階では,市場で提 供されているモノやサービスと消費者自身の保有する消費資源との組合せが選 択される。つまり,消費者は,購入すべき製品タイプの選択とどのような消費 資源をどの程度投入するのかについての意思決定を行わなければならないこと になる

そのために,まず,あるニーズを満足させる消費代替案としては,どのよう なものがあるかについての情報探索が行われる。ここで問題になるのは,消費

( )

Etgar, M.

( )

, The Household as A Production Unit, in J. N. Sheth

(ed.)

, Research in

Marketing, Volume , JAI Press, p. .

青木幸弘訳,「生産単位としての家計−家計生産

関数アプローチから見た消費者行動−(その )」,『流通情報』, 年 月号, 頁。

( )

Ibid., p. .

青木,前掲書, 頁。

(17)

者はどのような製品(モノおよびサービス)までを消費代替案と考え,いくつ かの消費代替案から つを選択する際にどのような要因を考慮するか,という ことである。Enis and Roering( )は,製品を有形および無形の要素の結 合によって形成された消費者が享受することを期待する便益の束であると考 え,代替は各々の便益の束から得られる全効用をもとにして行われる

,と論じ ている。また Etgar( )は,消費代替案の選択はその相対的な有利性と不 利益性とによって決定されるとしている。そのために消費者は,各代替案が持 つ便益とコストとの評価を行うことになるが,消費代替案に含まれる便益とは 各代替案が喚起された特定ニーズを満足させる能力を反映した概念であり,消 費代替案に含まれるコストとは消費者がその消費過程において犠牲にする消費 資源を反映した概念である

。このような考え方に基づくと,たとえば仕事に必 要な知識・技能を修得したいというニーズの充足活動のための消費代替案とし ては,専門学校や専門職大学院に通学して学ぶ,通信教育で学ぶ,関連する専 門書を購入して自分で学ぶ,同じニーズを持つ人たちが集まっている学習サー クルに参加し学ぶ,など多様なものが考えられる。そして,どの消費代替案を 選択するかは,各代替案の持つ便益とその消費者の使える時間や費用,その個 人の時間価値や知覚リスクによって影響されることになる。

専門的な知識・技能を修得したいというニーズは,消費者がモノとしての専 門書を購入し自主学習を行うことによっても充足可能であるが,学校や専門 学校などの教育サービスが選択・利用されるのは,消費者がそのニーズを充足 するために投入しなければならない消費資源と,その結果として享受できる 便益,すなわちニーズを充足できる能力を比較検討することにより,より優れ ていると評価されるからである。このようにサービスを消費するのはそれが 保有するニーズ充足能力(機能)を利用するためであり,この能力(機能)が もたらす便益において生じる遅延性が 便益遅延性 概念が基本的に想定して

( )

Enis and Roering( , p.

)はまた,消費者は製品をそれを得るために必要とする努

力(金銭,時間,腹立たしさなど)とその製品に関連した知覚リスク(肉体的危険,社 会的恥辱など)の観点から見ている,と論じている。

( )

Etger(

, op. cit., p. .

青木,前掲書, 頁。

(18)

いるものである。

この機能的便益は「サービスを消費する動機となった基本的欲求およびそれ に関連して生起される諸欲求の充足の過程において,あるいはその結果として 起こる,顧客の能力,知識・技能,精神,肉体,健康度,生活などにポジティ ブな変化(常態の向上)を導くもの」と定義できる。したがって,機能的便益 を享受した状態とは「顧客の能力,知識・技能,精神,肉体,健康度,生活な どの常態が,消費する以前よりもポジティブな方向に高まっている状態」であ る。たとえば,医療サービスにおける機能的便益は,疾病によって生じる身体 的健康度の低下を患者が期待する状態に回復させることであり,教育サービス におけるそれは,学習者が望む知識・技術を修得させたり,問題解決力などの 能力を向上させることである。

この機能的便益によるポジティブな変化は安定的であり,図 のように,顧 客がサービス組織から期待されている参加(すなわち消費資源の投入)を適切 かつ積極的に行うことによって,時間経過とともに高まる傾向があると考えら れる。しかしながら,安定的に能力や身体にポジティブな変化が生じたとして も,その向上を実感できる機会が存在しなければ,遅延性の程度が大きくなる だけでなく,顧客の参加モチベーションは低下するであろう。サービス,特に 便益遅延型サービスのデリバリーには顧客の積極的かつ適切な参加が必要とさ れることから,参加モチベーションの低下によって参加が抑制される,あるい は不適切に消費資源が投入されるならば,結果として顧客が期待する機能的便 益を享受できる可能性も低下すると考えられる。

企業の社内教育ではあるが,ねぎしフードサービス

はサービス従業員をパー トナーと呼び,彼らの人間的成長と多能化を促すシステムを構築している(図 参照)。同社はパートナーの成長が会社の成長と店舗運営の安定において重 要な役割を果たすと認識し,彼らが成長していることを実感しやすいように多

( ) 年 月創業で本社は東京都新宿区に所在している。 年 月時点で 店舗を

展開しており, 年 月には「 年度日本経営品質賞(中小規模部門)」を受賞し

ている。

(19)

経営理念

お客さまにおいしさを お客さまにまごころを ねぎしはお客さまのためにある

そして お客さまの喜びを自分の喜びとして

親切と奉仕に努める

Quality:味(おいしさ・品質・スピー ド)

Service:笑顔・元気(ニコニコ・ハ キハキ・キビキビ)

Cleanliness:清潔(常に磨かれた状 態・整理整頓)

Hospitality:親切(気づき:目配り・

気配り・心配り)

Atmosphere:楽しさ(活気のある快 適な空間・心地よさ)

Quality Project:

焼士認定・焼講習・マニュアル Service Project:

ロールプレイング大会・朝礼 Cleanliness Project:

クレンリネスコンテスト・クリーン作戦

理念共有Project:

私と経営理念・Fパートナー懇親会

経営品質向上Project:

ESアンケート・理念評価プログラム

セントラルキッチンProject:

ねぎしシステムチェンジ活動 Hospitality & Atmosphere Project:

親切大賞・親切さんコンテスト・ナイス コメント賞表彰

パートナー(従業員)の 人間的成長・多能化

会社の成長 店舗運営の安定

【ねぎしの五大商品】 【五大商品を高めるための仕組みづくり】

※新宿駅から30分圏内に店舗を集中す ることにより, 様々なプロジェクト の実施が可能になっている。

※パートナー(従業員)は様々なプロ ジェクトを通じて、成長を実感でき る(成長プロセスの見える化)。

くのコンテストや賞を仕組みとして構築し,頻繁に実施している。さらに全社 員がそのコンテストへ参加できるように,店舗は新宿駅から 分圏内に集中 して出店している。

ねぎしフードサービスにおける仕組みのように,市場で提供されている便益 遅延型サービスにおいても,顧客が彼らの能力や身体が漸進的に向上あるいは 改善している,すなわち機能的便益を享受していることを実感できる機会をサ ービス・デリバリー・プロセス内に仕組みとして設けることが必要とされるで あろう。

② 感情的便益

感情的便益は機能的便益の生成過程で提供される便益であるとともに,機能 的便益の享受において遅延性が生じている期間に,顧客の参加モチベーション や顧客満足を維持あるいは向上させることにおいて重要な役割を果たすことが 期待される便益である。

この感情的便益は「基本的欲求を生起させた原因やその欲求の充足行動に ねぎしフードサービスの成長の仕組み

出所:㈱ねぎしフードサービス代表取締役社長・根岸榮治氏 講演「 年企業への理念共

有と自律型人間を育む組織づくり」,『四国経営品質協議会・平成 年度第 回定例

会』,レグザムホール, 年 月 日。講演資料より作成。

(20)

時間

0

感情状態 の傾向線 感情の短期的な変動

伴って喚起されるネガティブな情動を抑制させることによって,さらに顧客の サービス・デリバリー・プロセスへの参加に伴って喚起されるポジティブな情 動を促進させることよって,感情状態をポジティブな方向に移行させるもの」

である。基本的欲求を生起させた原因や基本的欲求の充足行動に伴って喚起 されるネガティブな情動の抑制とは,医療サービスの場合には,疾病による 身体的健康度の低下によってもたらされる心理的健康度の低下(不安)の解消 や低減である。また,サービス・デリバリー・プロセスへの参加に伴って喚起 されるポジティブな情動の促進とは,サービス・デリバリー・プロセスにおい て顧客に楽しいや嬉しいなどのポジティブな情動を喚起させたり,これらが 積み重なることで生成される達成感や信頼感,希望などの喚起を促すことで ある。

前述の機能的便益は,時間経過とともに顧客の能力や身体を漸次的にポジ ティブな方向に変化させるが,感情的便益によるポジティブな変化は不安定で あり,顧客がサービス・デリバリー・プロセスで直面する種々のイベントに よって短期的に変動すると考えられる(図 参照)。情動はその時々の出来事 や想いに影響されるために短期的な上下変動を繰り返すことから,感情的便益 を享受している状態とは「ネガティブな情動が喚起されたとして感情状態がネ

感情的便益における変化の様態

(21)

ガティブな方向に大きく変動することなく,むしろポジティブな情動の喚起が 促されることで感情状態がよりポジティブな方向に向かっている状態」と定義 できるであろう。つまり,図 のように,感情状態の傾向線をサービス・デリ バリー・プロセスの進展(つまり時間経過)とともに右上がりの方向に高めて いくものが感情的便益である。

便益遅延型サービスの典型である医療サービスや教育サービスの消費では,

デリバリー・プロセスにおいて顧客は比較的大きなネガティブな情動を喚起し やすく,その結果として参加モチベーションや満足度が低下しやすいと考えら れる。たとえば医療サービスの消費では,患者は身体的健康度の低下(疾病)

がもたらす不安,すなわち生命の存続にかかわる不安,日常生活を不自由なく 過ごすことにかかわる不安,および職業・社会活動への復帰にかかわる不安な どを喚起しやすいであろう。また教育サービスの消費では,学習者が自ら努力 をしなければならないために,その過程での苦労や苦痛,我慢などに伴ってネ ガティブな感情を喚起しやすいであろう。

さらに問題となるのは,ネガティブな情動を喚起している状況は時間が経つ のを長く感じさせるために,苦痛や不安を一層喚起しやすくなるということで ある。Craig( )は,情動によって主観的な時間は伸び・縮みする,すな わち幸福で甘美な時間は早く過ぎ去り,退屈な時間は長く続く,という仮説を 提唱している

。退屈で情動が鈍磨している場面では,身体反応が鎮静化するこ とで内的時計の振動速度が減少し,一定の物理的時間が遅く流れることで時間 が長く感じられるという。一方,幸福な高揚感は心拍や血圧などの身体反応を 亢進することにより,内的時計の振動速度を増すように働き,一定の物理的時 間内における振動回数を増すことで,結果として長い時間が早く経過したよう に感じられるという。このように情動によって主観的な時間の伸び・縮みが起

( ) 心理学ではこうした現象を,「内的時計(internal clock)」を仮定することで説明して いる。人間の心の中に機械式時計におけるヒゲゼンマィのような発振器があり,その振 動数を数えることで安定した時間知覚が可能になっている,という仮説である。近年,

神経科学研究の発展によって,こうした内的時計が人間の脳に実際に存在することが明

らかになっている(Droit-Volet, )。

(22)

こるならば,便益遅延型サービスのデリバリー・プロセスにおいて喚起されや すいネガティブな情動はデリバリー・プロセス時間を長く感じさせ,さらに不 快感を喚起させることになるために,顧客の参加モチベーションの低下や離脱 をまねきやすくなるであろう。

したがって,ネガティブな情動の喚起を抑制するとともに,ポジティブな情 動の喚起を促すことが必要とされるが,人間は好ましくない状況,さらには苦 しい状況にいる場合でも,幸福感(happiness)を感じることができるという。

それは,人間はどれほど状況が悪くても,幸福感をつくり出す,すなわち物事 に対して最善を尽くすことができる驚くべき能力が備わっているからである。

Gilbert( )によると,幸福には自分が欲しいものを得ることができないと

きに作り出す人工的なものと,実際に幸福なときに体験する自然発生的なもの があり,起源は異なるが,一方が他方よりも優れているということはないとい う。たとえば,重篤な疾病を患ったとしても,患者はその出来事とは別のとこ ろに,まったく新しい人生があることや,それにかかわる多くのことがかなり 良いことに気づくことができるという。新しい人生が始まるまで知らなかった こと,知りえなかったことを発見することで,幸福感を感じることができるの である。

このように幸福感を作り出す能力が人間に備わっているならば,その能力の

活用を促すことによって,感情的便益の享受を促すことができるであろう。こ

れまでの幸福に関する研究では,幸福感を生み出す要因として人間関係やポジ

ティブな経験の頻度などが重要な役割を果たすことが明らかにされている。人

間関係とは,家族や友人,関係者との絆の強さである。他者との絆が強くなる

ほど,幸福感を感じやすくなるということである。また,親子や友人,同僚な

どが一緒に食事をする際,良好な関係にあるほど体内でオキシトシンと呼ばれ

るホルモンの量が増える傾向があり,このオキシトシンは不安なときに出るコ

ルチゾールと呼ばれるストレスホルモンの発生を抑え,信頼感を育んでいると

いう記憶を強めるとともに,安らぎを感じさせる作用があることが明らかにさ

れている

(23)

このように家族や友人,関係者との絆の強さや,彼らと一緒に時間を過ごす ことが幸福感や安らぎ感の生成に繫がるならば,サービス・デリバリー・プロ セスに顧客の家族や友人,関係者を巻き込むことにより,顧客の喚起するネガ ティブな情動を低減するだけでなく,ポジティブな情動の喚起を促すことが可 能になると考えられる。あるいは,サービス・デリバリーにかかわる従業員が 顧客との間に良好な人間関係を形成することによっても,同様な効果を得るこ とができると考えられる。なお,便益遅延型サービスの場合,サービス・デリ バリー・プロセスが長期間にわたって継続し,そこにおいては顧客と特定の従 業員との間で頻繁にサービス・エンカウンターが展開されることが多いため に,従業員は顧客との間に強い絆を形成することは可能であろう(藤村,

b)。

また,心理学者の Diener 等( , )は,基本的にポジティブな経験 の頻度は,ポジティブな経験の強さよりも,幸福度の予測要因としてはるかに 優れていることを明らかにしている。ポジティブな経験の頻度とは,些細では あるが良い出来事が日々の生活の中で起こる頻度である。毎日,些細ではある が良いこと

が十数回起こる人は,本当に驚くほど素晴らしいことが 回だけ起 こる人よりも幸せである可能性が高いということである。このような研究結果 に基づくならば,サービス・デリバリー・プロセスの中にポジティブな経験を 多頻度で体験できる仕組みを内蔵し,人工的に幸福感を作り出すことにより,

感情的便益の享受を促すことが可能になる,と考えられる。

③ 価値観的便益

価値観的便益も機能的の生成過程で提供される便益であるとともに,機能的 便益の享受が遅延している過程において,顧客の参加モチベーションや顧客満

( )「脳内ホルモン,オキシトシン,心身に安らぎ――愛情深め信頼感育む」,『日本経済 新聞』, 年 月 日(日)朝刊, 面。

( ) 幸福度を高めるためにできる些細なこととして,Gilbert( )は,瞑想する,運動

する,十分な睡眠を取るというような,いくつかの単純な行動の励行や,ボランティア

をするなどの利他主義の実践,人脈を広げることを挙げている(pp.

− )。

(24)

X Y

t0

t1

t

1

【重要度の変化】

α β

【認識・姿勢の変化】

足を維持あるいは向上させることにおいて重要な役割を果たすことが期待され る便益である。

この価値観的便益は「サービスを消費する動機となった基本的欲求およびそ れに関連して生起される諸欲求に対する認識や姿勢,重要度(優先度)などに おけるポジティブな変化や,欲求を充足する方向性にポジティブな変化を導く もの」である。図 は,価値観的便益の享受による,顧客のサービス評価や満 足形成において重要な役割を果たす評価軸にポジティブな変化がもたらされる ことや,サービスの価値や役割に対する認識やデリバリー・プロセスへの参加 姿勢にポジティブな変化がもたらされることを表したものである。

医療サービスの場合,現在の医療技術では必ずしもすべての身体的健康度の 低下を回復できるわけでなく,回復が不可能な疾病,部分的にしか回復できな い疾病,あるいは後遺症や手術痕が残る疾病もあることから,そのような期待 外れの状況に対応できるように患者の人生観や価値観の転換を図ることにかか わる便益である。つまり,医療サービスおける価値観的便益は,疾病や治療に 対する認識・姿勢,生きることの意義や生き甲斐に対する態度にポジティブな 変化を導く便益である。患者が治療の目標(ゴール)を理解・受容し,さらに それを達成するための手段(治療法)を理解することで(目的−手段のリンケ ージの形成),その目標に向かっていく姿勢(疾病に対する取り組み方)のポ

価値観的便益における変化の様態

(25)

ジティブな変化を導くことかできるならば,患者の参加モチベーションと満足 度は維持され,医療従事者と患者との協働も効果的に展開され,目標が達成さ れる可能性も高まることが期待される。

教育サービスの場合には,価値観的便益は学ぶことの意味や学びに対する取 り組み方などに関する認識のポジティブな変化であり,これらによって学習者 の参加モチベーションと満足度は維持され,自ら積極的かつ適正に学習が行わ れることにより,最終目標が達成される可能性も高まることが期待される。さ らに,このような価値観的便益は顧客の人生観や価値観の転換ももたらすため に,長期的な(ある つの便益遅延型サービス,すなわちある疾病にかかわる 医療サービスや,ある目的達成のための教育サービスのデリバリーが終了した 後にも)生き甲斐や幸福感の獲得につながる可能性もある。

また,この価値観的便益は顧客の価値転換(価値変化)をもたらし,最終目 標,すなわち期待の質的変化を導くことにおいても重要な役割を果たすことが 期待される。顧客満足は期待(最終目標)水準とパフォーマンスとの比較によっ て決定されるという仮説に基づくならば,顧客満足の向上を図る方向性として はパフォーマンスを上げる,あるいは期待(最終目標)水準を下げる方向性が 考えられるが,期待(最終目標)水準を下げることは顧客満足の向上にはつな がらないと考えられる。なぜならば顧客満足研究では,期待(最終目標)水準 自体も顧客満足度の水準に影響を及ぼし,低い水準の期待しか形成されていな い場合には,パフォーマンスがそれを上回ったとしても顧客満足度は高まらな いことが明らかにされているからである(Olshavsky and Miller, ; Oliver,

; Churchill and Surprenant, ; Wilton and Tse, ; Oliver and

DeSarbo, ; 藤村, )。また,詳細については次章で論じるが,便益遅

延型サービスの場合には特に,期待(最終目標)水準を下げることは顧客やサ ービス組織だけでなく,社会全体もネガティブな影響を及ぼすことから,期待

(最終目標)水準は下げるのではなく,高めることが必要とされる。

このような状況において,価値観的便益によってポジティブな方向に価値転

換(価値変化)が行われ,顧客の期待(最終目標)が適切な方向に質的に変容

(26)

するならば,高い期待(最終目標)水準を維持しながら顧客満足を高めること が可能になると考えられる。便益遅延型サービスの典型である医療サービスや 教育サービスの場合,サービス自体およびそのデリバリー・プロセスに関して 専門的知識が必要とされるために,サービス提供側(サービス組織あるいはそ の従業員)と顧客の間には情報の非対称性が存在している。そのため,サービ ス・デリバリー・プロセスの開始時点(教育サービスでは入学時点,医療サー ビスでは診察時点)において,顧客の期待(最終目標)水準とサービス提供側 が顧客のために提供すべきであると考えるサービス内容および水準との間には ズレが生じやすいであろう。しかし,サービス・デリバリー・プロセスでの専 門家としてのサービス従業員の対応のあり方によって顧客との間に信頼関係が 形成され,顧客が彼らの提供する情報を信頼して受け入れるようになること で,そのズレは徐々に解消されていく,すなわち,顧客の期待(最終目標)の 方向性および水準がより適切なものへと変化していくことが考えられる。

便益遅延型サービスはこのような機能的便益,感情的便益,および価値観的 便益から構成されており,機能的便益の享受において つの遅延性が生じてい る期間においては,感情的便益や価値観的便益が機能的便益に代わって顧客参 加や顧客満足の維持・向上において重要な役割を果たしていることが推測され る。

タイプの便益の遅延性の違いと補完性

便益遅延型サービスは機能的便益,感情的便益,および価値観的便益から構 成されており, 便益遅延性 概念が想定する遅延性は機能的便益の享受にお いて発生する。しかし,感情的便益と価値観的便益は過程品質にかかわるもの であることから,デリバリー・プロセスのデザイン,サービス従業員の能力や 熱意,倫理観,参加のあり方,顧客の期待する最終目標水準や参加のあり方な どによって,それらにも遅延性が生じることが考えられる。

図 の上図は, 年に つの病院(大阪府の 病院,香川県の 病院,

(27)

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0

第 1 段階 第 2 段階 第 3 段階 第 4 段階 第 5 段階 第 6 段階 機能的便益 感情的便益 価値観的便益

第 1 段階 第 2 段階 第 3 段階 第 4 段階 第 5 段階 第 6 段階 総合満足度 期待との比較での満足度

知覚している患者の割合(%)

構成比(%)

および千葉県の 病院)において実施した患者調査の結果を用いて,診療段階 ごとに つの便益がどの程度知覚されているのかを分析したものである。折れ 線は各質問に対してポジティブな評価(「 」あるいは「 」と回答)をした 患者の割合,すなわち各便益の享受を知覚した患者の割合の変化を表している。

なお,自覚症状の改善が機能的便益の,病気の不安の低減が感情的便益の,そ して,病気とのつきあい方の変化が価値観的便益の測定項目となっている。

いずれの便益についても,医療サービスのデリバリー・プロセスの段階が進 むほど,知覚する患者の割合が多くなっている。また,医療サービスを構成す る つの便益では,機能的便益(自覚症状の改善),感情的便益(病気の不安 の低減),価値観的便益(病気とのつきあい方の変化)の順に遅延性の程度が 大きくなっており,価値観的便益が先行して知覚され,次いで感情的便益が知

治療(入院)のため,初めて 病院を訪れたとき

治療準備段階(治療方針決定 のための検査段階)

本格治療段階(手術や薬剤投 与による治療)

回復期・リハビリ段階(本格 治療終了後〜退院まで)

退院時 退院後の通院時 完治したとき

注)縦 軸 の(%)は, 段 階 評 価 で

「 」あるいは「 」と回答した人 の合計の割合である。

診療プロセスの進展による つの便益享受の変化

参照

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