便益享受 と 便益遅延性 を 鍵概念とする専門職の
ワーク・モチベーション・モデルの 構築可能性を探る
―― 介護サービス業界の職員を対象として ――
藤 村 和 宏
は じ め に
介護サービス業界は「きつい,汚い,危険」あるいは「きつい,汚い,経済 収入が低い」の
K
職場と言われ,採用も多いが,離職も多い業界である。介 護職を目指しその資格を得た人間が,能力や意欲に欠けているとは考えにくい が,多くの人たちが短期間( 年未満)で離職している。 年 月に厚生 労働省が公表した介護人材の需給推計結果によると,団塊世代が 歳以上に なる 年には介護人材は 万人が必要となる見込みであり,人材のさら なる確保とともに,サービス品質の改善・向上が必要とされている。さらに最 近では,長時間労働のストレスから介護職員が高齢者を虐待するという問題も 起こっている。このようなことから,人材を確保し資質・能力の向上を図ると ともに,ワーク・モチベーションの維持・向上を図り,継続的かつ長期的に勤 務を促すことが必要とされている業界である。角山( )も,能力は比較的 安定した要因であるのに対して,ワーク・モチベーションは賞賛や叱責,ある いは目標との距離などの少しのきっかけによって強弱どちらの方向にも変化 し,変化の幅も一定ではないことから,ワーク・モチベーション・マネジメン トの重要性を指摘している。なお,ワーク・モチベーションとは,組織成員の行動のエネルギー,行動の方向,および行動の持続性を説明する概念である
(Campbell et al.,
; Steers and Porter,
)。このようなことからワーク・モチベーションの維持・向上を図ることにかか わる重要な要因を明らかにするために,入所型介護施設であるサービス付き高 齢者向け住宅の職員を対象としてインタビュー調査を実施した。
K
職場と言 われていることから,きつさや汚さから生じるネガティブな発言が多いのでは ないかと予想されたが,意外にも 楽しい や 嬉しい という表現を調査対 象となった職員の多くが用いた。さらに,離職率が高いにもかかわらず, や りがい を感じるという発言も多かった。このことから, 楽しい や 嬉し い というポジティブな情動の喚起はやりがい感につながり,やりがい感はワ ーク・モチベーションの生起・向上を促していることが窺われた。では,
K
と言われる職場において,なぜ 楽しい や 嬉しい というポ ジティブな情動が喚起されるのであろうか。また,それらのポジティブな情動 はやりがい感やワーク・モチベーションの生起・向上においてどのような役割 を果たしているのであろうか。さらに,ポジティブな情動ややりがい感を喚起 する職員が多い一方で,なぜ多くの職員が短期間で離職していくのであろう か。本稿では,このような つの問題を考察し,これらの現象を記述・説明す るためのワーク・モチベーション・モデルをマーケティングの視点から構築す ることを目的とする。そのためⅠ章では,介護サービス業界の現状を概観し,Ⅱ章では, ヶ所の サービス付き高齢者向け住宅の職員を対象として実施したインタビュー調査の 結果を用いて,ワーク・モチベーションの生起・向上にかかわる要因とその作 用の仕方,さらに短期間での離職を促す要因とその作用の仕方について検討し たい。この検討に基づいてワーク・モチベーション・モデルを構築するための 準備として,Ⅲ章ではワーク・モチベーションの生起・向上において重要な役 割を果たしていると仮定されている職務満足について,Ⅳ章では既存のワー ク・モチベーション・モデルについて若干の考察を行いたい。そしてⅤ章で は, 便益享受 と 便益遅延性 を鍵概念とするワーク・モチベーション・
モデルの構築を試みたい。
Ⅰ.介護サービス業界の現状
介護サービス業界は「きつい,汚い,危険」あるいは「きつい,汚い,経済 収入が低い」の
K
職場と言われ,人材確保に困難を伴っている業界である。最近では,長時間労働のストレスから介護職員が高齢者を虐待するという問題 がしばしばマスメディアに取り上げられ,介護サービス業界のイメージが悪化 したことから,人材確保問題はさらに深刻化している。介護サービス業界は離 職が多いために人材不足が常態化しており,多忙や職員の未熟さが原因となっ て虐待が頻繁に生じているという。厚生労働省によると, 年度に介護施 設で確認された虐待は 件で, 年度の調査開始以来,最多を更新して いる。被害者の約 割は介護職員の負担が大きい認知症の高齢者で,虐待をし た職員の年齢・勤続年数は不明であるが, 歳未満が約 割と最も多く,若 い世代ほど割合が高くなっているとされる。虐待の要因(複数回答)としては,
認知症への理解不足といった「教育・知識・介護技術などに関する問題」が 割超と最も多く,次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」が約 割を占めている⑴。
年 月時点の厚生労働省資料によると, 年間に介護サービス業界に 就職する人は約 万人であるのに対して,離職者は約 万人に上り,そのう ち約 万人が他業種に流れている⑵。 年 月に厚生労働省が公表した介護 人材の需給推計結果によると,団塊世代が 歳以上になる 年には介護人 材は 万人が必要となる見込みで,増員ペースが現状のままだと約 万人 の不足となることが明らかになっている。この介護人材不足は将来に向けてば
( )「介護の人手不足,現場に余裕なく」,『日本経済新聞電子版ニュース』, 年 月 日。
( )「[解説スペシャル]年 万人離職 介護現場 働く人にもケア」,『東京読売新聞』,
年 月 日,朝刊, 頁。
花岡( )は,リーマンショック以降の景気変動と採用率は反比例の関係にあり,
景気動向が向上すると,介護サービス業界から他業種へ転職がなされる傾向があること を示唆している。さらに,その背景には賃金の問題があることを指摘している。
かりでなく,現時点でも問題となっており,介護施設を予定通りオープンでき ないといった例も珍しくない。
年 月に開所した東京都内の特別養護老人ホーム(以下では特養)は,
年半後の 年 月に,ようやく全 床のベッドが埋まっている。空き ベッドを埋める入所の申込みは相次いだが,「職員がいないので」と断ってき たという。運営する社会福祉法人は中部地方から進出し,都内外の専門学校を 回ったが新卒応募はゼロであったことから,職員の一部は地元からの転勤で確 保したが,このために借り上げ社宅などの経費がかさんでいるという。神奈川 県内の特養も, 年春に増築して定員を 人から 人に増やしたが,
職員採用が進まず, フロアを閉鎖している。施設長は「ベッドを全て埋める には職員を十数人採用する必要があるがメドは立たない」と語っている⑶。
人材不足や経営難で施設を閉じる通所介護事業者も相次いでいる。 年 月からの介護報酬引き下げの影響もあり, 年度には,施設の廃止や休 止を届け出た通所介護事業所は九州・沖縄・山口だけでも 件( 月まで)
に上っている。毎日新聞が九州・沖縄・山口の 県に取材したところ, 〜 月の通所介護事業所の廃休止届け出件数は,前年同時期( 件)の . 倍に 上り,大分と沖縄を除く 県で前年同時期を上回っている。「職員の人手不足」
や「利用者の確保が困難」という理由が目立ち,「介護報酬改定の影響」も 件あったという⑷。
年 月の介護サービスの有効求人倍率は . 倍で,全職種平均の
. 倍を大きく上回っている。理由として待遇の不十分さが指摘されており,
介護職員の平均賃金は, 年は月額約 万円で,全産業平均より 万円 ほど低くなっている⑸。首都圏の介護人材不足はさらに深刻で,東京都社会福祉 協議会の調査では,半数の特養が職員不足で, 割の施設で 年度の新規
( )「深刻な求人難 遠い「離職ゼロ」 介護受け皿 万人上乗せ方針」,『東京読売新聞』,
年 月 日,朝刊, 頁。
( )「現場発プラス:通所介護閉鎖急増 九州・沖縄・山口,廃休止届け出 . 倍 報酬引 き下げが影響」,『毎日新聞』, 年 月 日,西部朝刊, 頁。
採用を確保できていない。東京都福祉人材センターによれば,介護保険施設勤 務を第 希望とする求職者に対し,有効求人倍率は . 倍にまで高まってお り,センター担当者は「求人は増えるのに,求職者は伸び悩む。ここ数年,求 人倍率は毎年 倍ずつ大きくなっている」と語っている⑹。
介護サービス業界におけるこのような人材不足の状況を,公益社団法人介護 労働安定センターが毎年実施している「介護労働実態調査」の平成 年度(
年度)調査⑺の結果に基づいて,もう少し詳細に考察してみたい。
介護職員の過不足については,介護事業所(n= , )の .%が不足感 を実感している(「大いに不足」 .%,「不足」 .%,「やや不足」 .%)。
その不足している理由については, .%の介護事業所が「採用が困難である」
(複数回答)を挙げており,人材確保の難しさが窺われる。このことを証左す るように,介護事業を運営する上での問題点として,介護事業所全体
⑻
の .%
( )「介護の人手不足,現場に余裕なく」,『日本経済新聞電子版ニュース』, 年 月 日。
この介護職員の賃金の低さについては,介護自体が新しい産業であるという点を考慮 する必要があるとの指摘もある。介護保険は 年に開始されているために,介護業 界で働く人の多くは他産業と比べて勤続年数が短い。実際,介護労働安定センターによ る 年度「介護労働実態調査」によると,勤続年数の平均は . 年で, 年未満の 職員が .%を占めている(最も多いのは 年以上 年未満で .%を占めている)。
この勤続年数の短さ,年齢,女性の割合が多いことなどを考慮して賃金カーブを補正す ると,介護職員と全産業計との賃金格差はかなり縮まることが指摘されている(【特集 誤解だらけの介護職】Part
K(キツい 給料が低い 高離職率)の真実:介護職の賃
金は低いのか 広がる格差の原因は?),『週刊東洋経済』, 年 月 日号, − 頁)。山田・石井( )も,介護職員の賃金水準は「看護師よりは低いとはいえ,全 産業の中間からやや上に位置する」と指摘している。( )「深刻な求人難 遠い「離職ゼロ」 介護受け皿 万人上乗せ方針」,『東京読売新聞』,
年 月 日,朝刊, 頁。
( ) この調査は⑴「事業所における介護労働実態調査」と⑵「介護労働者の就業実態と就 業意識調査」の つから構成されている。
⑴の調査対象は,全国の介護保険サービス事業を実施する事業者から抽出されている。
①調査対象: , 事業所 ②回答数: , 事業所 ③回答率: .%
⑵の調査対象は,上記の事業所から一事業所当たり,介護にかかわる労働者 名を上 限に抽出されている。
①調査対象: , 人 ②回答数: , 人 ③回答率: .%
( ) 介護事業者全体(n= , )の内訳は,訪問系(n= , ),通院型施設系(n= , ),
入所型施設系(n= , ),その他(n= )となっている。
10.8 16.1
25.1 24.2 18.9
24.6
56.1 66.9
7.9 10.5
23.5 28.0
28.5 29.1
49.8 53.9
0 20 40 60 80(%)
介護従業者の介護業務に臨む意欲や 姿勢に問題がある
介護従業者の介護業務に関する知識 や技術が不足している
教育・研修の時間が十分に取れない 新規利用者の確保が難しい 指定介護サービス提供に関する書類 作成が煩雑で,時間に追われている 経営(収支)が苦しく,労働条件や 労働環境改善をしたくても出来ない 今の介護報酬では,人材の確保・定 着のための十分な賃金を払えない
良質な人材の確保が難しい
全体(n=8,260) 入所型施設系(n=2,373)
が「良質な人材の確保が難しい」を挙げている(図 参照)。入所型施設系の 介護事業所に限定すると,さらに多い .%の事業所が問題点として挙げて いる。問題点として次に多く挙げられているのは「今の介護報酬では,人材確 保・定着のための十分な賃金を払えない」であり,介護事業所全体では .%
の事業所が,入所型施設系の事業所に限定すると .%の事業所が挙げてい る。
このように人材確保が困難な背景には,次々と採用をしても離職率が高いと いうことがある。介護労働者全体(訪問介護職員と介護職員の合計)では,
年間( 年 月 日〜 年 月 日)の採用率が .%であるのに対 して
⑼
,離職率は .%に上っており,採用をしても次々と辞めていくという
図 介護サービス事業を運営する上での問題点(複数回答)
出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
25.6 15.7 17.1
30.2
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0
訪問介護職員 介護職員
正規職員 非正規職員
(%)
1年間の採用率
(n=7,519)(n=24,199) (n=55,699)(n=29,031)
18.0 12.8 14.8
22.6
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0
訪問介護職員 介護職員
正規職員 非正規職員
(%)
1年間の離職率
(n=7,519)(n=24,199) (n=55,699)(n=29,031)
状況である。図 は,訪問介護職員と介護職員に分けて 年間の採用率と離職 率を分析した結果である。訪問介護職員では,非正規職員よりも正規職員の採 用の方が多いが,離職率も正規職員の方が高くなっている。一方,介護職員で は非正規職員の採用の方が多く,離職率も非正規職員の方が多くなっている。
このように離職率が高くなっているのは,介護サービスに内在する特質にある と考えられる。すなわち介護サービスは,人が人に対して直接提供するサービ スであり,人間同士のふれあいにより十分な満足感が得られ,やりがい感があ るという側面がある一方で,対人サービスであるが故にストレスにつながりや すい側面があるからである(藤井, )。
離職率については,介護事業所間でのバラツキも大きくなっている。離職率 が %未満の事業所が約半数を占める一方で,離職率が %以上のところが
( ) 採用状況では,中途採用が .%を占めており,新卒採用は .%に過ぎなかった
(無回答が .%)。
図 年間の採用率・離職率
注 ) 年の採用率= 年 月 日から 年 月 日までの 年間の採用者数÷
年 月 日の在職者数×
注 ) 年の離職率= 年 月 日から 年 月 日までの 年間の離職者数÷
年 月 日の在職者数×
注 )在籍者数は採用者数・離職者数について回答のあった事業者の在籍者数 出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
約 割存在している⑽。数としては %未満の介護事業所が最も厚い層を成し ており,離職率が高いどころか,多くの事業所では非常に低い離職率を実現で きている。一方で,全体の離職率を押し上げているのが, %以上の事業所の 存在である。上智大学の藤井賢一郎准教授は「正確には離職率の二極化ではな く,ロングテール化」であり,「 %以上の内容をさらに詳細に分析すると,
離職率 %台, %台, %台を超える事業所がなだらかに存在し,中には 年間で職員が 回転してしまうような離職率 %に達する事業所もある」
と指摘している
⑾
。
離職率が高い事業所は,「介護労働実態調査」によれば,事業開始から 年 未満の事業所や職員数が 人以下の小規模事業所である。事業開始年と離職 率との関係については,年数が経過するほど離職率は低下する傾向がある。毎 年数多くの介護福祉士を養成し現場に送り出しているある専門学校の教員は,
「事業を開始して間もない事業所の場合,組織としての体制が整っていないた めに,組織や介護サービスのあり方に疑問を抱いたり,多忙による疲弊感から 離職していく介護職員が多いと感じる」と語っている⑿。また,事業規模と離職 率との関係についても,事業規模が大きくなるほど,離職率は低下する傾向が 見られる。小規模事業所については,少人数であるが故に,現場をマネジメン トできる主任リーダー層の人材不足問題に直面し,人事管理が十分に機能しな いことから,離職率が高くなっていることが窺われる。また,狭い職場の中で 人間関係に行き詰まって辞めていく職員も多いと考えられる⒀。
( )「特集 離職防止大作戦
Part
人材不足の実態: 年に介護人材は 万人不 足 潜在看護師 万人の掘り起こしがスタート」,『日経ヘルスケア』, 年 月号,− 頁。
なお,人材不足は看護師も同様で, 年度の常勤看護職員の離職率は .%で あった(「 年病院における看護職員需給状況調査」)。この離職率の高さに関して,
日本看護協会常任理事・勝又浜子氏は「人手が足りない状態だと,どうしても長時間労 働や夜勤回数の増加につながり,慢性疲労やストレスで離職につながりやすい」と指摘 している。
( )「【特集 誤解だらけの介護職】Part
K
の真実 事業所の多くは低離職率 カギはマ ネジメント」,『週刊東洋経済』, 年 月 日号, 頁。( ) 同上, 頁。
( ) 同上, 頁。
15.2
35.3 35.0
18.2
44.9
32.6
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 35.0 40.0 45.0 50.0
全体 1年未満の職員 1 年以上 3 年未満の職員 正規職員(n=5,924) 非正規職員(n=5,011)
(%)
離職者を勤務年数別にみると, 年未満の者と 年以上 年未満の者の離職 率が高くなっている。図 は介護職員全体(訪問介護職員と介護職員の合計)
を正規職員と非正規職員に分けて,介護事業所の平均離職率を分析した結果で ある。介護事業所全体の離職率は,正規職員で .%,非正規職員で .%
であるが⒁,勤務年数が 年未満の者に限定すると,正規職員で .%が,非 正規職員で .%が離職している。さらに,勤務年数が 年以上 年未満の 者でも,正規職員で .%が,非正規職員で .%が離職している。
図 は,離職率を職種別・就業形態別・勤務年数別に分析した結果である が,全体でみると,離職者の .%が勤務年数 年未満の職員である。その
( ) 介護職員の離職率は全産業の平均と比べれば 〜 ポイント程度高いに過ぎず,離職 率の高さがより深刻なのはサービス業関連である,という指摘もある。一般に対人サー ビスを必要とする業種や職種ほどストレスは多く,離職率が高いと言われている。「平 成 年雇用動向調査結果」によると,医療・福祉の離職率は .%に対して,宿泊業・
飲食サービス業は .%,生活関連サービス業・娯楽業は .%に達している。
図 就業形態別の 年間の離職率 注 )nは回答事業所数
注 ) 年の離職率= 年 月 日から 年 月 日までの 年間の離職 者数÷ 年 月 日の在職者数×
注 )在籍者数は採用者数・離職者数について回答のあった事業者の在籍者数 出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
40.1 44.1
33.9 37.3 48.5
33.8 36.3
34.8 34.5
31.7
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
2 職種合計
(n=19,246)
訪問介護員・正規
(n=1,355)
介護職員・正規
(n=8,223)
訪問介護員・非正規
(n=3,097)
介護職員・非正規
(n=6,571)
1 年未満の職員 1 年以上 3 年未満の職員
(%)
(73.9) (80.4)
(71.8)
(80.2) (68.7)
内訳では, 年未満の職員が .%を, 年以上 年未満の職員が .%を 占めている。職種別・就業形態別に見ても,勤務年数 年未満の職員が離職者 の大部分を占めており,最も低い介護職員・正規においてでも .%を占め ている。この結果から,離職率の高さは勤務年数の少ない職員によってもたら されており,勤務年数の少ない職員の継続年数を高めることが介護事業所の経 営課題と言えるであろう。
福祉・介護・医療分野のキャリア・コンサルティングである中村香代氏は,
勤務年数 年未満の介護職員が離職者の 割を占めている理由のひとつとし て,ハローワークでの就業紹介を経て介護サービス業界に入っている人が多い ことを挙げている。中村氏は,「ハローワークの職業訓練では介護職員初任者 研修(旧ホームヘルパー 級)が人気で,ある製造業の工場で働く派遣社員の 分の はこの資格の保持者。そして不況になり工場での仕事がなくなると,
やむなく介護現場に入るが,きつくてすぐに辞めてしまう。介護職は高いコ ミュニケーション能力や個々の場面での対応力が求められるため,よほど介護 に対する明確なイメージを持って仕事を始めないと,工場での流れ作業に慣れ
図 職種別・就業形態別・勤務年数別の離職率
出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
44.9
4.0
−23.5
7.4 4.8
−6.5 20.5
31.3 21.1
2.9 −7.6 9.1
−30.0
−20.0
−10.0 0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0
仕事の内容・やりがい キャリア・アップの機会 賃金 労働時間・休日等の労働条件 勤務態勢 人事評価・処遇のあり方 職場の環境 職場の人間関係・コミュニケーション 雇用の安定性 福利厚生 教育訓練・能力開発のあり方 職業生活全体
全体(n=20.334)
(%) 仕事の満足度 D. I. =(満足の割合+やや満足の割合)−(やや不満足の割合+不満足の割合)
てきた人は簡単には順応できない。ミスマッチが起きている」と語っている⒂。 では,そのように離職率が高いのは,仕事に不満があるからであろうか。図 は,仕事の満足度
D. I.
(仕事にかかわる各側面に対する評価に占める満足評 価と不満足評価の差)をまとめたものである。不満足評価が満足評価を大きく 上回っているのは「賃金」で,− . ポイントとなっており,給与水準の低 さに不満を感じている職員が多いことが窺われる。賃金に次いで満足度D. I.
がマイナスなのは,「教育訓練・能力開発のあり方」(− . ポイント)と「人 事評価・処遇のあり方」(− . ポイント)である。これら以外の項目につい ては満足度
D. I.
はプラスとなっており,特に「仕事の内容・やりがい」は .( )「【特集 誤解だらけの介護職】Part
K
の真実 事業所の多くは低離職率 カギはマ ネジメント」,『週刊東洋経済』, 年 月 日号, 頁。図 仕事の満足度 D. I.
出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
8.5 10.0
15.9 18.3
18.8 22.7
26.6
0.0 5.0 10.0 15.0 20.0 25.0 30.0 結婚・出産・妊娠・育児のため
新しい資格を取ったから 自分の将来の見込みが立たなかったため 収入が少なかったため 他に良い仕事・職場があったため 法人や施設・事業所の理念や運営の あり方に不満があったため 職場の人間関係に問題があったため
全体(n=6,644) (%)
ポイントと,満足評価が不満足評価を大幅に上回っている。さらに,「職場の 人間関係・コミュニケーション」( . ポイント),「雇用の安定性」( . ポ イント),「職場の環境」( . ポイント)も比較的高い満足度評価となってい る。賃金など一部の項目で不満足が比較的高くなっているが,仕事の内容・や りがいに高い満足度が形成されているだけでなく,職場の人間関係や環境にも 比較的高い満足が形成されている状況で,前述のように離職率は高くなるので あろうか。この点については,次章以降で詳細に検討していきたい。
「介護労働実態調査」では,介護職員に労働条件等への不満も聴取している が,「人手が足りない」( .%),「仕事内容のわりに賃金が低い」( .%),
「有給休暇がとりにくい」( .%),「身体的負担が大きい(腰痛や体力に不 安)」などが上位を占めている。しかし,介護職を辞めた経験のある人にその 理由を聴取すると,図 にあるように,最も多いのは「職場の人間関係に問題 があったため」( .%)であり,次いで「法人や施設・事業所の理念や運営 のあり方に不満があったため」( .%)が比較的多く挙げられている。それ に対して,離職率の大きな原因となっているといわれる賃金に関する「収入が
図 直前の介護の仕事を辞めた理由(複数回答)
出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
10.1 15.0
16.0 16.5
24.3 25.6
32.0 35.3
36.2
52.6
0.0 10.0 20.0 30.0 40.0 50.0 60.0 他に良い仕事がないため
生きがい・社会参加のため 自分や家族の都合のよい時間(日)
に働けるから
身近な人の介護の経験から 介護の知識や技能が身につくから お年寄りが好きだから 人や社会の役に立ちたいから 今後もニーズが高まる仕事だから 資格・技能が活かせるから 働きがいがある仕事だと思ったから
全体(n=20,334) (%)
少なかったため」を理由に挙げているのは .%であり,第 位となってい る。
職場の人間関係については,満足度
D. I.
では比較的高い満足度が形成され ているが,離職理由としても最も多く挙げられており,離職における重要な要 因となっていることも推測される。この相反する結果はなぜ生じているのであ ろうか。人間関係が良いと評価する職員が多い一方で,悪いと評価する職員も 多いことについては,サービス付き高齢者向け住宅の職員を対象として実施し たインタビュー調査の結果でも見られたことから,次章で詳細に検討したい。また,職場の理念や運営のあり方が離職理由の上位に挙がっていることにつ いては,介護職員が現在の仕事を選んだ理由と関係していると考えられる。介 護職員が現在の仕事を選んだ理由は,図 にあるように,最も多いのは「働き がいのある仕事だと思ったから」( .%)であり,「人や社会の役に立ちたい
図 現在の仕事を選んだ理由(複数回答)
出所)介護労働安定センターの平成 年度「介護労働実態調査」より作成。
から」( .%)も比較的多く挙げられている。つまり介護サービス業界には 強いやりがいを求めて入職してくる人が多く,職場に対しても高い理念や運営 方針を求めているのであろう。その結果,その自分が求める理念と,現場の現 実との間に乖離を感じたときに,離職を選ぶ人が多いのではないか,と考えら れる。前出の専門学校の教員も「若い介護職員の中には,学校で学んできたこ とと,現場で実践されていることとのギャップに悩んでいる人が少なくない」
と語っている⒃。
Ⅱ.サービス付き高齢者向け住宅の職員に対する インタビュー調査の結果検討
K
と言われる職場において,高いワーク・モチベーションを持ち続け,利 用者が満足できる介護サービスを提供できる理由を明らかにするために,あな ぶきメディカルケア(本社:香川県高松市)の協力を得て,同社の 施設の職 員を対象にインタビュー調査を実施した⒄。なお,あなぶきメディカルケアは現 在,香川県( 施設),愛媛県( 施設),岡山県( 施設),広島県( 施設),兵庫県( 施設),福岡県( 施設),長崎県( 施設),および鹿児島県(
施設)において,「サービス付き高齢者向け住宅」を中心に介護サービス事業 を展開している企業である⒅。
サービス付き高齢者向け住宅は「サ高住」や「サ付き」とも呼ばれ,独居高 齢者や夫婦世帯高齢者の居住の安定を確保することを目的として,安心して居 住できる賃貸住宅建物をバリアフリー構造にし,介護や医療と連携して高齢者
( )「【特集 誤解だらけの介護職】Part
K
の真実 事業所の多くは低離職率 カギはマ ネジメント」,『週刊東洋経済』, 年 月 日号, 頁。たとえば,介護福祉士の養成校では,人としての尊厳を大切にするために,施設の入 居者や利用者に対する不必要なおむつ使用は避けるように教えている。ところが施設に よっては,サービス提供者側の効率性や負担軽減を理由におむつを常用しているところ がある。疑問を感じた若い介護職員が状況を改善するように上に訴えても受け入れられ ず,やがて不信感を募らせ離職していくケースがあるという。
( ) インタビュー調査にご協力下さった職員の皆様,各施設へのインタビュー調査の依頼 と日程調整をご担当下さった事業推進部事業推進課の藤井誠人氏,および調査実施に際 してご配慮を下さった大谷佳久社長には,ここに感謝いたします。
を支援しサービスを提供する施設である。国土交通省・厚生労働省が所管する
「高齢者の居住の安定確保に関する法律」(高齢者住まい法)が, 年 月 日の通常国会で全面的に改正され,同年 月 日に施行されたことに伴 い,都道府県知事への登録制度を国土交通省・厚生労働省の共管制度として創 設されたものである。本来なら国の予算で特養や老人福祉施設などを増やして いくべきであるが,社会保障費の財源が逼迫している状況では難しいことか ら,登録する民間事業者や社会福祉法人,医療法人などに住宅等の建設費用や 改修費用を国土交通省が直接補助することで,サービス付き高齢者向け住宅の 供給促進が図られている⒆。また,サービス付き高齢者向け住宅には,ケアの専 門家として,社会福祉法人・医療法人・指定居宅サービス事業所等の職員,医 師,看護師,介護福祉士,社会福祉士,ケアマネジャー(介護支援専門員),
ホームヘルパー 級または 級の資格を有する者を,少なくとも日中の時間帯 は建物内に常駐させて,安否確認サービスや生活相談サービスを提供してい る。介護保険を利用したサービスを受けることも可能で,外部のサービスを利 用する事業者や,同一敷地内に併設されているヘルパーステーションを利用す る事業者などもある。
.調査実施概要
インタビュー調査の実施概要は以下のとおりである。
( ) 一部は介護付有料老人ホームあるいは住宅型有料老人ホームである。両ホームとも,
健康型有料老人ホームとともに有料老人ホームに含まれ,いずれも厚生労働省が定める 老人福祉法において,地域密着型特定施設入居者生活介護の指定を受けた事業者とされ ている。
種類の共通点は,施設内で食事,清掃,入浴などのサービスが付いたアパート・マ ンション型の老人ホームであるということである。違いは,施設に入居してから要介護 となった場合に,介護付有料老人ホームでは施設内の介護サービスを利用するが,住宅 型有料老人ホームでは他の事業所からの介護サービスを利用し(訪問介護や訪問看護と いった形式になる),健康型有料老人ホームでは,契約を解除して退居をしなくてはな らないという点にある。
( ) 国土交通省の
HP(http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk _ .html)。
そのため,固定資産税などの税金面でも優遇されている。
⑴ 調査対象組織と調査実施日
アルファリビング広島中広( 年 月 日)
アルファリビング広島吉島通り( 年 月 日)
アルファリビング広島段原( 年 月 日)
アルファリビング高松百間町( 年 月 日)
⑵ 調査対象者 各施設とも介護職員
⒇
名,看護師 名,サービス提供責任者 名,ケア マネジャー 名,および施設長の 名を対象として,それぞれ 分〜
分のインタビュー調査を実施した。
⑶ 調査方法
隔離された個室において,調査対象者 名に対して著者と香川大学大学 院経済学研究科に在籍する大学院生 名があらかじめ設定した質問を行う かたちで実施した。
( ) インタビュー調査を行った介護職員には,介護福祉士とホームヘルパーが含まれる。
介護福祉士とホームヘルパーの仕事内容は現場ではあまり違わず,どちらも介護を必要 とする高齢者や身体に障害を抱える人に対して身体介護や生活援助を行っている。違い は,介護福祉士は,厚生労働省が定めた介護福祉士養成施設や専門学校を卒業するか,
介護福祉士の国家試験に合格して得られる「国家資格」であるのに対して,ホームヘル パーの資格は,厚生労働省が定めた事業所で養成研修を受けて取得する「認定資格」で あるという点である。また,介護福祉士は「ケアワーカー」と呼ばれる現場の責任者に なったり,介護者に対して介護の指導を行うことができるという点にある。また,介護 職員には正規職員と非正規職員が含まれている。
( ) ケアマネジャーが作成するケアプランをもとに,利用者一人ひとりの日常生活の状況 や希望をふまえて,具体的にどのような訪問介護サービスを行うのかの計画を立てる有 資格者である。ケアプラン作成の際には「サービス担当者会議」が開かれ,介護サービ スの利用者やその家族,ケアマネジャーをはじめとした介護サービスにかかわる担当者
(利用者のかかりつけ医,訪問看護やデイサービス,福祉用具事業などの担当者)で意 見交換が行われ,利用者のニーズや介護プランの目標,介護サービス提供者の役割分担 や連携が明確にされる。
( ) ケアマネジャー(略称ケアマネ)は,介護保険制度においてケアマネジメントを実施 する有資格者である。要支援・要介護認定を受けた人からの相談を受け,介護サービス の給付計画(ケアプラン)を作成し,他の介護サービス事業者との連絡や調整などの取 りまとめを行う。
.インタビュー調査の結果と考察
以下では,インタビュー調査の結果を重要な質問項目ごとにまとめ,考察を 行っていきたい。
⑴ K 職場におけるやりがい感について
介護サービス業界は
K
職場と言われていることから,仕事の大変さや苦労 が多く語られると想像していたが,そのような回答はほとんどなく,むしろ 楽しい や 嬉しい という発言が多かった。汚い仕事や大変な仕事もある が,それらには直ぐに慣れ,楽しい方が勝るという。その楽しさや嬉しさを生み 出すのは,サービス・デリバリー・プロセスでの利用者(入居者)との相互作 用やコミュニケーションのようである。たとえば,以下のような発言があった。・人間相手なので難しい面もあるが,楽しい。毎日が勉強である(介護職 員)。
・利用者の笑顔や喜びを見られると楽しい(介護職員)。
・楽しいと大変は別物。仕事は大変だけど,楽しい(看護師)。
・この施設では,職員と利用者が 対 でかかわることができるので,難 しい面もあるが,コミュニケーションが取れ,楽しい。利用者が話して くれるので,様々な対応を考えることができる。また,自分 人でやり たいようにでき,やりがいがある(介護職員)。
・介護現場で働いているときは楽しかった。高齢者と話すことが楽しかっ た。自分の知らない話をしてくれるときの笑顔が良かった(施設長)。
・やりがい感は利用者の笑顔である。特に認知症の利用者は家族が訪問す ることも少ないので,笑顔はやりがい感になる。仕事をしながらの会話 なので,自分が笑顔でいないと相手も意固地になって動かなくなる(介 護職員)。
( ) インタビュー調査では,サービス付き高齢者向け住宅の顧客は「利用者」あるいは「入 居者」と呼ばれていたが,本稿では「利用者」と表現することにする。
・最初は他人の命をあずかることが怖かった。でも,現在は楽しい。利用 者と話しているとき,笑いがあるので。この施設に利用者の生活のすべ てがあり,かかわりを持てて嬉しい。助けているというよりは,一緒に 暮らせて嬉しい(サービス提供責任者)。
・日常的には大変なことが多いが,振り返って考えると楽しい。 つの笑 いで,大変なことも消えてしまう(サービス提供責任者)。
・どうやって利用者にしゃべってもらうのかを考えることが楽しみ。苦労 してここまできた昔の話は楽しい(サービス提供責任者)。
また,職員の活動に対して利用者から「ありがとう」という言葉や笑顔とい う反応があったり,機能回復が見られたりすると,「やりがいを感じる」とい う回答も多かった。
・利用者は好きでそうなっているわけではないので,対応できる。笑顔を 見られたときや,「ありがとう」と言われたときに,やりがいを感じる。
このような毎日の小さなことでやりがいを感じる(介護職員)。
・自分の親だと思って接している。 日 日(その時間その時間)を楽し く過ごしてもらいたい。喜ぶ顔を見ると,嬉しい(看護師)。
・利用者の笑顔,発言,ケアによる能力・機能の回復がやりがいである
(施設長)。
・「ありがとう」の言葉でやりがいを感じる。気持ちも身体もしんどいが,
「ありがとう」の言葉でスーッとする(看護師)。
・病院に勤めているときは,退院のときにやりがいを感じたが,この施設 では,精神的なやりがい感がある。利用者から「ありがとう」の言葉が あったり,相談をされると,やりがいを感じる(看護師)。
一方で,介護の現場では利用者ごとに異なる対応が求められることから,大 変な面もあるが,試行錯誤的に,あるいは仮説検証的にトライを繰り返し,う
まくいったときにやりがいや満足を感じるという発言も多かった。
・大変さより,やりがい感が勝る。ケアマネジャーのやりがいは,家族や 利用者本人がハッピーになったとき。温かい中で最期を迎えられたと き。ケアマネジャーになる前は介護職員であったが,そのときは自分で トライして,直ぐに答えがでるところにやりがいを感じていた。たとえ ば,ケアの仕方を変えることで,利用者も変わっていった(ケアマネ ジャー)。
・利用者に心を開いてもらうのに苦労する。しかし,トライして,うまく いけば,良かったと思う(介護職員)。
・今日は良くできた,という自己満足がモチベーションにつながる(サー ビス提供責任者)。
さらに,次の発言に見られるように,職場での活動を通じて満足感ややりが い感を自ら創り出すということが行われている。満足感ややりがい感は提供さ れるものではなく,職務に積極的にかかわることで自ら創り出すという認識で ある。このような認識を保有していれば,
K
と言われる職場においても満足 感ややりがい感を得ることができ,ワーク・モチベーションが生起・向上する ことが期待できるであろう。・利用者とのかかわりの中に満足がある。会社はそういう場所(機会)を 提供してくれており,その中で利用者との相互作用を通じて自分で満足 を創り出している(サービス提供責任者)。
以上のような発言から,介護サービスの現場は
K
職場と言われるほど大変 な職場ではあるが,サービス・デリバリー・プロセスでの利用者との相互作用 を通じて,職員も 楽しい や 嬉しい などのポジティブな情動を喚起する ことにより,やりがい感という便益を享受していることが窺われる。すなわち,職員は生産資源としての知識・技能,時間,肉体的・精神的エネルギーな どを提供することでサービス・デリバリー・プロセスに参加し,その職業に就 くことになった動機にかかわる欲求や生活の安定という欲求の充足だけでな く, 楽しい や 嬉しい などのポジティブな情動の喚起によって,やりが い感も獲得している。
サービス消費によって顧客が享受する便益は機能的便益,感情的便益,およ び価値観的便益から構成されると捉えることができ,これらの便益の享受に対 する知覚が顧客満足や顧客のデリバリー・プロセスへの参加の程度に重大な影 響を及ぼすが(藤村・森藤, ),顧客にそのような便益を提供するプロセ スにおいて,介護職員のような専門職としてのサービス提供者も同様な つの 便益を享受していると捉えることができるのではないか,と考えられる。
顧客にとっての機能的便益は,サービスを利用・消費する動機となった問題 の解決に関わるものであることから,専門職員にとっての機能的便益は,その 職務に従事する動機となった基本的欲求およびそれに関連して生起される諸欲 求の充足にかかわるものである,と捉えることができる。介護職員では,たと えば,高齢者や障害者の援助をしたいとか,生活を安定させたいというのが職 業に従事する基本的欲求であり,この充足は機能的便益の享受と捉えることが できる。また,顧客にとっての感情的便益は,サービスを利用・消費する動機 となった問題の発生に伴って喚起されるネガティブな情動の抑制や,サービ ス・デリバリー・プロセスに顧客が参加することによって喚起する情動にかか わるものであることから,専門職員にとっての感情的便益は,基本的欲求を生 起させた原因に伴って喚起されるネガティブな情動の抑制,および機能的便益 を享受する過程の活動に伴って喚起されるポジティブな情動がもたらす便益と 捉えることができる。たとえば,介護職員は高齢者や障害者を援助したいとい う基本的欲求の充足のために職務を遂行するが,その職務遂行は常に危険や死 と隣り合わせで,不安というネガティブな情動が喚起されることから,この不 安の解消や低減が感情的便益の享受である。また,デリバリー・プロセスにお ける利用者との相互作用やコミュニケーションは職員に 楽しい や 嬉しい
などのポジティブな情動を喚起させ,やりがい感を生起させていることから,
職員はやりがい感という感情的便益を享受している,と捉えることができる。
さらに,顧客にとっての価値観的便益は,サービスを利用・消費する動機と なった問題に対する認識や姿勢,価値観などポジティブな変化を導く便益であ ることから,専門職員にとっての価値観的便益は,その職務に従事する動機と なった基本的欲求およびそれに関連して生起される諸欲求に対する認識や姿 勢,重要度(優先度)などにおけるポジティブな変化や,欲求を充足する方向 性のポジティブな変化と捉えることができる。後に考察するように,経験や知 識が増えることで介護観や看護観が変化しており,このような変化が価値観的 便益の享受と捉えることができる。
サービス付き高齢者向け住宅の職員もこの つの便益を享受しており,これ らの享受の仕方によってワーク・モチベーションは異なるのではないかと考え られる。この 便益享受 という新たなモデルについては,Ⅴ章で詳細に検討 したい。
⑵ 達成感について
達成感については,「ない」という回答と「ある」という回答があったが,
どちらかというと前者の方が多かった。達成感がないことについては,以下の ように発言があった。
・ %の正解はないので,達成感はない。達成感は目標水準があり,そ れを超えたときに得られるものであるが,介護では,常にこれまで以上 のことをしなければならないと思っているので,ここまでという水準は ない。上へ上へと望むので,目標設定ができない(看護師)。
・達成感はない。利用者ごとに接し方や喜ぶことも違うので,ある利用者 にうまくいったことが他の利用者にもうまくいくということはない。し かし,この利用者にとって楽しいこと,嬉しいことは何だろうと,突き 詰めていくので,成長感はある(施設長)。
・以前は工場に勤めており,モノが完成していくのを確認できたので,達 成感はあった。しかし,この施設では完成というものはなく,毎日が勉 強なので,達成感はない(介護職員)。
・達成感はない。退職したときにあるのではないか(看護師)。
一方,達成感があることについては,以下のような発言があった。
・以前勤めていた特養では流れ作業のようであったが,ここでは 人当た りの時間が決まっているので,丁寧なケアができる。また,最期まで看 取ることができるので,達成感がある(介護職員)。
・達成感はある。ケアプランによって元々持っていた機能を取り戻した り,表情が変わると,達成感を感じる。達成感を感じることでやりがい 感を感じる(ケアマネジャー)。
これらの発言から,区切りや明確な目標設定の可能性,成果の見えやすさな どによって,達成感の有無が生じることが窺われる。すなわち,ケアマネジャ ーは利用者一人ひとりの日常生活の状況や希望をふまえて,具体的にどのよう な訪問介護サービスを行うかの計画を毎月立てることから,月という区切りに よって自ら立てたケアプランの効果を検証できる。そして,そのケアプランが 有効であったと評価できるときに,達成感を得られるようである。一方,介護 現場で利用者と相互作用を行いながら実際の介護サービスの提供にかかわって いる職員にとっては,月単位という区切りはなく,看取るまで,あるいは退去 するまで活動が行われる。しかも,利用者の生活支援や機能改善といった漠然 とした目的はあるとしても,それぞれに異なる利用者に対して数値目標や明確 な目標を設定することが困難であることから,達成感を得にくいのであろう。
( ) このことからすると,専門職である研究者も研究を継続しているだけでは達成感を得 ることができず,その成果を期間を区切って論文や著書としてまとめていくことによっ て,達成感を得ることができるのであろう。
また,利用者がそれぞれに異なっているために職員は利用者ごとに異なった対 応を行う必要があり,ある利用者に適切な対応方法を試行錯誤(あるいは仮 説・検証の繰り返し)によって発見できたとしても,それが他の利用者にも適 切であるとは限らず,別の対応方法を模索する必要がある。あるいは,ある利 用者に適切な対応方法を発見できたと思っても,状況が変化したり,時間が経 過したりすることで,有効性が低下し,新たな対応方法を模索しなければなら ないために,終わることのない模索が続けられることになる。その結果,もう 少し良い対応ができたのではないか,という反省や後悔が繰り返されており,
終わることのない模索とも相まって,介護サービスには達成感を得にくい特質 が構造的に備わっていることが推察される。
しかし,この終わることのない模索は達成感の獲得を阻害しているとは言 え,必ずしもネガティブな効果をもたらしているとは言えないようである。以 下のような発言から,むしろポジティブな効果,すなわち職務の継続を促す要 因となっていることが窺われる。
・終わりがない,答えがないから,続けられる(ケアマネジャー)。
・やっても,やってもやり足りないから,続いている(サービス提供責任 者)。
⑶ 自分の成長について
達成感は得にくいが,サービス・デリバリー・プロセスでの終わることのな い模索によって,知識・技能の成長は実感しやすいようである。このことは,
以下の発言から窺われる。
・様々な利用者がいるので,その対応を考えることで,自分が成長でき る。 こんな人なら,こんな風に対応した方がよいのではないか を考 えることが,成長の機会となっている(介護職員)。
・自分が成長できたことを実感できることがやりがいである。たとえば,
苦手な利用者への対応やコミュニケーションができるようになること が,やりがい感につながっている(介護職員)。
・スキルが身につき,評価されたことで,コミットメントが高まった。他 者からの評価で成長がわかった(サービス責任者)。
試行錯誤によって,各利用者に適切な対応方法やコミュニケーション方法を 発見できるたびに,知識・技能の成長を実感していることが窺われる。
Maslow
( )は,①人間は何らかの欲求を持ち,②人間の行動はこうした欲求を満 足させるための過程である,という仮定の下に,人間の欲求を 段階の階層で 理論化している。 階層の中で「自己実現欲求」は最も高次なもので,「成長 欲求」とも呼ばれている。これは自己の成長や発展の機会を希求したり,自己 独自の能力の利用および自己の潜在能力の実現を希求する欲求である。職務に 従事する動機となった基本的欲求に関連して,このような自己実現(成長)欲 求も生起されることから,この知識・技能の向上も機能的便益の享受であると 捉えることができる。なお,Maslow(
,
)によると,低次の欲求が満 足されると,その欲求の強度あるいは重要度が減少するとともに,欲求階層の 段上位の欲求の強度あるいは重要度が増加し,こうした欲求の満足化行動が 新たに生じる。こうして欲求の満足化行動が最低次欲求から最高次欲求へと逐 次的・段階的に移行するが,最高次欲求である自己実現(成長)欲求だけは,それが満足されてもその欲求の強度あるいは重要度が減少することはなく,逆 に増加すると仮定されている。したがって,最高次欲求に到達した人間は,こ の欲求のより高いレベルの達成を求めて行動し続ける,と仮定されている。
人間の行動は成長欲求を充足させる過程であると仮定するならば,知識・技 能の向上は機能的便益の享受過程である,と捉えることができる。この機能的 便益の享受が進むほど知識・技能の向上に対する欲求はさらに強化され,それ とともにワーク・モチベーションがさらに向上していくことが考えられる。ま た,前述の 達成感がない という発言は,自己実現(成長)欲求のより高い レベルの達成を求めて模索が続けられていることから生じている,とも捉える