水溶性高分子の金属クラスター包接錯体の生成と構 造に関する研究
著者 森 安義
雑誌名 静岡大学大学院電子科学研究科研究報告
巻 17
ページ 175‑177
発行年 1996‑03‑29
出版者 静岡大学大学院電子科学研究科
URL http://hdl.handle.net/10297/1218
氏名。(本籍
)
森安
義 (静岡県
)
学 位 の種 類
博
士
(工
学)
学 位 記番 号
工博 甲第
108
号 学位授与の日付平 成 7年 3月 24日 学位授与の要件
学位規則第4条第 1項 該当
研究科導攻の名称
電子科学研究科
電子材料科学専攻
学位論文題目
水溶性高分子の金属 クラスター包接錯体の生成 と構造に関 する研究
論 文 審 査 委 員 (委 員長)
教 授
小夫家
芳
明
教 授 長 村 利 彦
教 授 山 田 真 吉 教 授 横 井
弘
助教授 田 坂
茂
論 文 内 容 の 要 旨
高分子 に様 々な金属 を結合 させて高機能化 を図つた ものが高分子金属錯体であ り、生体系 を始め と して身近 に存在 し、応用研究 も盛んである。通常の高分子金属錯体 は、高分子鎖中の配位基 と金属 イ オンの間の配位結合に基づいて生成する。本論文の 目的は、そのような強い結合力ではな く、弱い相 互作用に基づいて生成する新 しい高分子金属錯体 を研究対象 とし、その生成 と構造 を解析することに ある。具体的には、ほとん ど配位能を持たないアルコール性水酸基 しか含 まないポリビニルアルコー ル(PvA)や多糖のデキス トランの鉄
(Ⅲ
)あるいは銅(Ⅱ
)錯体 に注 目する。錯体生成に及ぼす高分子の重合度の効果 を明 らかにするために、低重合度のPVAを数多 く合成 し、
利用 した。 また、溶液内の錯体構造 に関する知見 を得 るために、本研究ではNMR法を駆使 した。特 に
NMR緩和速度の常磁性効果 を詳 しく解析 した。
第1章では、本研究の背景 を記述 し、本研究の目的を明確 にした。 また、常磁性金属 イオンを含む高 分子金属錯体の構造解析 に有効であるNMR緩和速度の常磁性効果
(1/T lp)の
測定について概説 した。1/
T lpは
緩和速度に及ぼす常磁性金属 イオンの添加効果であ り、観測核 一金属 イオン間距離(r)お
よび錯体の相関時間
(τ c)と
関係づけ られる。 したがって、1/T lpを
解析することによって、錯体構造(r)お
よ び錯体の運動性(τ
c)に関する知見が得 られる。 また、ここで使用する理論式の適用限界について も考 察 した。第2章では、PVAの鉄
(Ⅲ )ま
たは銅(Ⅱ
)錯体の生成 と構造を研究 した。その結果、PVAの鉄(Ⅲ )ま
たは銅
(Ⅱ
)錯体 とは、本来水 に不溶の金属水酸化物様 クラスターをPvAが包接 し、可溶化 した錯体種で あることが判明 した。このクラスターは、金属 イオン120個程度か ら成 る直径約30Aの超微粒子であ る。PVAは、疎水性であるCH2基をクラスター側 に、親水性である水酸基をバルク水側 に向けて包接す る。 これは、錯形成への駆動力が疎水的相互作用であること、および、水酸基は錯形成 に直接関与 し ていないことを示 している・。PVAのメチルエーテル体のポリビニルメチルエーテル も同様の錯体 を形 成することは、その裏付けである。 また、重合度130以下のPVAは、ほとんど錯形成能を持たないこと か ら、金属 クラスターを包接するためには、PVA鎖がある程度の長 さを持たなければならないことが 判明 した。PVA鎖は、錯形成に伴い、のびた状態か ら動 きやすい縮んだ状態へ と変化することも明 ら かになった。
第3章では、デキス トランの鉄
(Ⅲ
)錯体の生成 と構造を研究 した。PVAよ りも複雑 な構造のデキス ト ランも、PVAと 同様のクラスター包接錯体 を形成することが明 らか となった。 これは、本論文が対象 としたクラスター包接錯体の生成が、金属 イオンと弱い相互作用 しか行わない高分子 に共通 した一般 的特徴であることを示 している。 しか し、NIⅦ嘲1定か らは、PVAとデキス トランの錯体構造 に若干の 相違があることも判明 した。具体的には、PVAは疎水結合だけで錯形成するが、デキス トランの場合 は、一部水酸基 との水素結合 も錯形成に関与 している。また、1/T lpの
温度依存性か ら、 この錯体の交 換の活性化エネルギーがかな り小 さいことも明 らかになった。第4章 では、PVAとデキス トランの鉄
(Ⅲ
)錯体の構造の相違を明確にするために、これ ら高分子の水 酸化鉄(Ⅲ
)沈澱への吸着挙動 を解析 した。ここで重要な点は、水酸化鉄(Ⅲ )ク
ラスターを水酸化鉄(Ⅲ
)沈澱 に置 き換 えて考えたことである。その結果、水酸化鉄
(Ⅲ
)沈澱への吸着様式は、PVAが水平型、デキス トランがループ型であることが明 らかになった。この吸着様式の違いは、PVAと デスキ トラン の鉄
(Ⅲ
)錯体の構造の差を明 らかにする上で重要である。さらに、吸着の温度依存性やpH依存性の測 定結果か らは、この吸着の駆動力に関する知見が得 られた。以上の結果や、第2、 3章で得 られた結果 か ら、これ ら錯体の構造モデル図を推定 した。第5章 では、高分子量ポリオールであるPVAやデキス トランと鉄
(Ⅲ )イ
オンとの相互作用に関するさ らに詳 しい知見を得るため、一連の低分子量ポ リオール類 と鉄(Ⅲ )イ
オンとの相互作用 を広いpH領域 にわたつて解析 した。その結果、pH2付近では、1,2‑あ
るいは1,3‑ジ
オールが三座配位子 となって鉄(Ⅲ
)イオンの第一加水分解種に配位することが明 らかになった。 また、pH>12の高アルカリ領域では、ポ リオールが三つの連続 した水酸基 を持つ場合に限 り、鉄
(Ⅲ )イ
オンに三座配位すると推定 した。これ らの事実か ら、PVAやデキス トランの鉄(Ⅲ
)錯体構造の詳細がさらに明 らかになった。第6章 は総括であ り、下記の通 りである。
本研究が対象 とした高分子金属錯体は古 くか ら知 られていたが、その実体 については誤 って理解 され て きた。本研究によって、これ ら錯体の生成 と構造 に関する全貌が初めて明 らかになった。 この錯体 は、水溶性高分子 による金属水酸化物 または金属酸化物の包接錯体であ り、弱い相互作用 に基づいて 生 じる新 しい種類の高分子金属錯体である。近頃、 この種の錯体の応用例 も幾つか報告 され始めてい
る。本研究は、そのようなクラスター包接錯体の化学における先駆的役割 を果た したと言える。
論 文 審 査 結 果 の 要 旨
高分子金属錯体は、生体系 を始め として我々の身近に存在 し、高機能性材料 としての応用研究 も盛 んである。通常の高分子金属錯体 は、金属 イオンが高分子鎖中の配位基 と強 く結合 して生成する。本 論文の目的は、その ような配位結合ではな く、弱い相互作用で生成する新 しい型の高分子金属錯体 に 着 日し、その生成 と構造 を研究することにある。ここでは、配位能 をほ とんど持たないアルコール性 水酸基 しか含 まないポリビニルアルコール(PvA)や多糖のデキス トランの鉄
(Ⅲ
)や銅(I)錯体 を取 り 上げ、NMR法を多用 して構造研究 を行 う。第1章では、本研究の背景 を記述 し、本研究の目的を明確 にした。 また、常磁性金属イオンを含む高 分子金属錯体に対 して、NMR緩和速度の常磁性効果 を構造解析 に利用する方法 を概説 し、それの適用 限界についても考察 した。第2章 では、PVAの鉄
(Ⅲ )ま
たは銅(Ⅱ
)錯体の生成 と構造を研究 した。ここ では、低重合度のPVAを 数多 く合成 し、利用 した。その結果、これ らPvAの錯体 とは、本来水 に不溶 な金属水酸化物様 クラスターをPvAが疎水的な炭素鎖側 を内に向けて包接 し、OH基をバルクの水側に 向けて可溶化する型の包接錯体であることを明確にした。このクラスターは、120個程度の金属イオン か ら成る直径約30Aの超微粒子である。なお、重合度130以下のPVAはほとんど錯形成能を持たないこ と、包接 によってPVA鎖は縮んだ形態にあることを明 らかにした。第3章 では、デキス トランの鉄(Ⅲ
)錯体の生成 と構造 を研究 した。デキス トランは基本的にはPVAと 同様 な包接錯体 を形成するが、水素 結合 も錯形成に関与するとい う若干の相違 も明らかになった。第4章 では、PVAと デキス トランの錯体 構造の相違をさらに明確 にするため、水酸化鉄
(Ⅲ )ク
ラスターを水酸化鉄(Ⅲ
)沈澱に置 き換 え、それ と高分子間の吸着挙動 を研究 した。PVAの方が吸着点の密度が高 く、結合力 も大 きくなることが明 ら かになった。第5章 では、高分子量ポリオールであるPVAやデキス トランと鉄(Ⅲ )イ
オンとの相互作用 についてさらに基本的な知見 を得 るために、一連の低分子量ポリオールとの相互作用を広pH領域 にわ たって詳細に研究 した。 これによって、ポリオールの水酸基の数 と立体配置 に依存 して、相互作用 に はい くつかの基本型があることが明 らかになった。第6章 は総括である。本研究が対象 とした高分子金属錯体は古 くか ら知 られてはいたが、その実体は 誤 つて理解 されて きた。本研究 によつて、これら錯体の生成 と構造の全貌が初めて明らかになった。
近年、この種錯体の応用研究例がい くつか報告 され始めている。 この ようなクラスター包接錯体 に関 する新 しい化学の発展 において、本研究が先駆的役割 を果た していることは明白である。 よって、本 論文は、博士(工学)の学位 を授与するに充分な内容 をもつ もの と認定する。