茨城大学教育学部教育研究所紀要21号(1989)19−30
エ9精神薄弱養護学校における教科「生活」の背景
片 田 政 博
は じ め に
教科「生活」が精神薄弱養護学校の小学部に新設されたのは,昭和46年3月13日付の文部省告示第79 号のr養護学校(精神薄弱教育)小学部e中学部学習指導要領』 (以下,「45年度版学習指導要領」と いう)である。
最初の学習指導要領としては,r養護学校小学部・中学部学習指導要領精神薄弱教育編』(以下,「37 年度版学習指導要領」という)が文部事務次官通達(昭和38年2月27日付の文初特第114号)で制定さ れた。45年度版学習指導要領は,第ユ次改訂によるものであり,現行のr盲学校,聾学校及び養護学校 小学部・中学部学習指導要領』 (獄下, 「54年度版学習指導要領」という)は,養護学校教育の義務制 が実施された昭和54年の7月2日付の文部省告示第131号による第2次改訂である。
1 「生活」新設の経緯と趣旨
(1)37年度版学習指導要領の制度にあたって
これまでの教育実践を通して,精神薄弱教育について 精神薄弱教育が目指した経験主義教育は,精 神薄弱者の現実生活に基盤を置こうとするもので,いわゆる生活主義的性格の強いものであった。すな
わち,教育目標としては,自立的生活力の育成が大切にされ,教育内容に
ついては・その自立的生活の育成に必要不可欠なものが優先され・そして・、表1 特殊学級数の推移 指導の段階では学習活動の実生活化が意図された。 8)と述べられて
いる。 このことは,既存の学校教育の枠をはずして,いわゆる一般 教育(特殊教育に対比した語として使用する)の「水増し教育」
から脱皮しようとしている姿であり,精神薄弱教育独自の方法の実践 研究をして,生活と生産に直結する教育を指向していると言える。ま た,戦後の教育界における米国経験主義教育の影響も見逃せないもの である。昭和22年に文部省は,連合軍:総司令部情報局(CIE)の支 援を得て,特殊教育教員再教育講習会を開催している。その一方にお
いては,特殊学級が増設されく表1>9)担当者間の研修も活発化され てきた。昭和34年度の文部省主催特殊教育指導者講座精神薄弱班にお いて, 「教育課程編成のための資料」で教育内容組織案がまとめられ,
教育内容を「子供に経験させる内容」としてとらえ,全教育内容を
「生活,情操,健康,生産,言語,数量」の6領域案でまとめている。
このまとめ方は, 教育内容を組織するにあたって,既存の教科
昭和 小学校 中学校 23 222 17 24 484 26 25 602 49 26 712 118 27 705 123 28 650 146 29 808 176 30 930 242
31
1,040314
32
1,036395
33
1,253538
34
1,529713
35
2,029909
36
2,555 U1237
3,203 1,37438
3,920 1,79339
4,664 2,36540
5,484 3,043名を用いることを避けており,このことに,生活主義教育思潮の強い時代的背景が反映されている。精 神薄弱教育の教育内容は,既存の教科による分類形式では,適切に選択・組織できないし,なんとか選 択・組織できたとしても,教科に対する既成観念にわざわいされて,この教育の方法が歪められると考 えたからである。・12)と言われる。
時期を同じくして,昭和35年6月に「養護学校学習指導要領を作成するための委員会」が発足し,同 年11月に事実上の中間報告として暫定案を提示した。この暫定案では,教育内容が既存の各教科等によ
る分類形式に基づいて組織されていたため,前述の6領域案と連続してないものとして受け止められた。
学習指導要領を公的基準として作成すること自体の是否の論争も行われたが,教育内容に関する論争点 について記述する。暫定案を否定する立場は, 教科主義を排斥し,生活主義に徹してきた精神薄弱教 育の在り方と矛盾し,戦後十数年,努力し,築き上げてきた生活主義教育を,知識偏重の「水増し教育1 へ逆行させ,崩壊させるものである。 !2)と主張し,肯定する立場は, 従来,この教育で把握してき た教育内容は,あまりにも漢然としており,混沌としている。内容の偏向,必要な内容の遺漏が懸念さ れる。くわえて内容の配列に系統性が欠ける。各教科等による分類形式を用いれば,そうした欠陥は補 正することができる。各教科等による分類形式を用いても,この教育にふさわしい内容の選択・組織や 指導の展開は可能である。むしろ,この教育を学校教育の離れ小島にしないためにも,一般的な各教科 等による分類形式を用いた方がよい。・12)と主張する。結果的には,既存の各教科等によって教育内容 は組織されたが,これまでの論議から,精神薄弱教育の教育課程の本質とも言える次の二つの条件が確 認された。8)
①各教科等による分類形式を採用しても,既存の各教科の概念にとらわれずに,精神薄弱教育にふ さわしい教育内容を盛り込むこと。
②各教科等で教育内容を分類しても,授業は教科別に進める必要はなく,各教科等の内容を合わせ て行うことができること。
①については,各教科の概念を拡大して解釈することが認められ,後の重度・重複化における教育内 容の「教科以前の内容」に関しても教科として取り扱える可能性へとつながっていく。
②については,学校教育法施行規則の改定(昭和37年6月)にまでおよび,37年度版学習指導要領第 1章総則 第ユ教育課程の編成 (3)で次の様な表現をとっている。5)
(3)養護学校の教育課程は,小学部にあっては規則第73条の7に規定する教科,中学部に 〈中略〉
必要に応じ全部又は一部の各教科をあわせたり,各教科,特別活動および学校行事等の内容を統 合したりするなどのくふうをして,適切な教育課程を編成するものとする。
いわゆる合科,・統合について明確に成文化されたものとして意義深いものがある。道徳に関してまで の統合が認められるのは,第1次改訂の45年度版学習指導要領の「生活」新設と同時である。
この様にして,最初の学習指導要領制定の時点からすでに教科に関しての論議や指導方法についての 柔軟性等が教育現場で実施されていた。つまり,当時は法的制約上やむを得ず既存の各教科名で分類さ れて組織化はされたが,この時点では,運用上は従来の考え方と変わるところはほとんどなかったと解 釈できる。
② 45年度版学習指導要領において「生活」新設 ア 学習指導要領の第1次改訂
昭和44年12月11日に文部大臣が教育課程審議会に対し, 「盲学校,聾学校および養護学校の教育課程
片田:精神薄弱養護学校における教科「生活jの背景 21
の改善について」諮問し,同審議会が昭和45年10月23日付で答申した。この答申の中で,小学部の教育 課程として,新教科「生活」が登場した。
45年度版学習指導要領は,精神薄弱教育の最も基本となる考え方が成文化されたものと解釈している。
その一点が,37年度版学習指導要領制定時からすでに問題とされていた教科の概念を根本から変えたこ とである。「生活か,教科か」と言われていた従来の教科としての概念と対立的存在として考えられて いた「生活」が教科として設定されたからである。二点目としては,従来ともすれば教育とはみなされ ていなかった指導分野を「養護・訓練」の名称で領域として位置づけたことである。「生活」と「養護
・訓練」の新設は,精神薄弱教育にとって画期的な変革をもたらしたと言える。
最初の学習指導要領が制定されて8年経た時点での改訂の背景について,当時の文部省初等中等教育 局特殊教育課教科調査官の松原隆三は次の五点を指摘している。3)
①養護学校に就学する児童・生徒の実態が変化してきたこと ②特別の指導分野の充実を図る必要があること
③道徳の内容を統合して指導ができるようにする必要があること ④各教科の分類について再検討する必要があること
⑤その他
①については,知能指数を参考にすれば,37年度版学習指導要領の作成にあたっては,IQ50〜60程 度を想定し,45年度版学習指導要領制定時点の養護学校就学者の約70%が,IQ30〜50程度と重度化し てきている実情をふまえている。参考までに,54年度版学習指導要領では,養護学校対象児を全て考え,
上限を従来通りとし(IQ50),下方に内容を考慮して改訂している。lo)
②については,知的欠陥のみならず,情緒障害,運動機能障害,感覚機能障害,言語障害等を合わせ 有する者が多いことから,「養護・訓練」の新設になっている。
③については,道徳に関しての統合が可能となった。37年度版学習指導要領制定当時から,早くも批 判のあったところであり,特設時間での授業展開の困難さによる形式的なものより,総合的な学習の中 でこそ道徳の趣旨が生かされ,効果がみられていだ。精神薄弱教育においては,道徳に関する内容は社 会生活をする上で重要な要素となるので,統合した指導が可能になったことは意味のあることである。
「生活」の新設に伴って廃止しようとする考え方もあったらしいが,当時の教育界の動向から刺激的過 ぎるとの考え方によって,統合の形になったようである。
④については,37年度版学習指導要領で小学校・中学校の教科名をそのまま使用し,教育内容をそ の名称に従ってまとめ,分類しようにも分類できない内容があるにもかかわらず分類せざるを得なかっ た。そのために教科的内容と生活的内容が混在し,教科の性格が必ずしも明確ではなかった。また,児 童の障害の程度が重度・重複化して,就学時の精神年齢が2〜3歳程度が大部分を占めることから,伝 統的教科による分類について抜本的な検討を加える必要性が生じた。そこで新教科「生活」の登場にな
った。
⑤については,精神薄弱養護学校以外の特殊教育諸学校(盲,聾,肢体不自re ,病弱)では,障害が 知的障害以外の者が中心であるため,各教科の目標・内容が,小学校・中学校のそれをほとんど準用で きるために,小学校・中学校の学習指導要領が改訂されるとなると当然のこととして,精神薄弱養護学 校以外の特殊教育諸学校も改訂せざるを得ない事情がある。精神薄弱養護学校の場合には必ずしも改訂 に同調する必要性はなかったが,一般目標と具体目標,各教科の目標等の関連性が明確でないことや,
弾力的,柔軟性のある教育課程が編成できるようにする必要性があった。また,いつまでも文部事務次
官通達にしておかないで,文部大臣告示にする必要性があったことによる。
イ 「生活」新設
教育課程審議会答申「盲学校,聾学校および養護学校の教育課程の改善について」で「第1改善の基 本方針 2教育課程の編成 (3>精神薄弱者を教育する養護学校 ア小学部の教育課程は,生活,国語,
算数,音楽,図画工作および体育の各教科ならびに道徳,特別活動および養護・訓練によって編成する 2)
こと。」 と述べられ,初めて教科「生活」の誕生をみることになる。
同答申の「第2改善の具体方針」で「生活」の新設理由,目標,内容等について要領よくまとめられ ているので引用する。2)
ア小学部における「生活」の新設について
小学部においては,2歳から6歳程度の精神年齢の児童が大部分を占めている実態にかんがみ,
児童の精神発達の度合いに即応するように教科の分類について改めることとし,日常生活に必要 な言語の習得のための「国語」,日常生活に必要な数量概念の形成と処理のための「算数」,情 操を深め表現力を養うための「音楽」および「図画工作」,身体機能の発達や体力の向上を図る ための「体育」のほか,身辺生活の確立と処理,集団への参加などの能力を養うための新しい教 科を設け,その名称を「生活」とすること。
イ「生活」の目標について
「生活」の目標について,児童が身近な生活をみずから処理し,進んで集団生活に参加し,さ らに自然への関心や社会についての理解を深めるなど,将来,社会的に自立していくために必要 な経験を身につけさせることを明確にすること。
ウ「生活」の内容について
「生活」の内容は,極力基本的事項に限り,次のようなまとまりとすること。なお,これらの まとまりは,相互に密接な関連を図るようにすること。
(ア)身辺生活の基本的習慣の確立
健康で明るい生活を送るために必要な基本的生活習慣を身につけ,みずから進んで身辺のこ とがらを処理しようとする能力を養うこと。
(イ)集団生活への参加
家族の一員としての役割を果たしたり,学級や学校等における集団的な活動を円滑に行なつ たりするに必要な能力を養うこと。
(ウ)自然への関心と社会生活の理解
自然に親しみ,関心をもたせるとともに,身近な社会のしくみやはたらきに関する理解や関 心をもたせたり,身近な公共施設や機関等が利用できるような能力を養うこと。
以上の様な答申内容をうけて,45年度版学習指導要領において「生活」の目標は,旧常の生活習慣
を確立し,集団生活への参加に必要な態度や技能を身につけ,社会や自然のしくみやはたらきなどにつ
いて理解をもたせ,社会自立のための基礎的能力と態度を養う。」と成文化された。54年度版学習指導
要領においては若干の改訂が加えられ,「日常生活の基本的な習慣を身につけ,集団生活への参加に必
要な態度や技能を養うとともに,家庭・社会の様子や自然の事物・現象について関心を深め,自立的な
生活をするための基礎的能力と態度を育てる。」となった。「生活」の内容に関しては,11領域区分に
まとめて示されていて,45年度版学習指導要領資料の中で各教科と一緒に低学年・中学年・高学年毎にさ
らに具体化されている。
細細:精神薄弱養護学校における教科「生活」の背景 23
ウ 「社会,理科,家庭」の廃止と「保健に関する内容jの体育からの削除
37年度版学習指導要領で家庭科が小学部第1学年から取り扱われていた理由は,日常生活の基本的生 活習慣に関する様な内容をどこへも入れようがないから,しかたなしに家庭科の中に押し込んでいた。
この様に各教科に分配されていた生活的な内容を「生活」としてまとめ直した。その結果として,社会 や理科,家庭,保健の内容がいらなくなったと解釈するのが妥当であり,社会や理科,家庭,保健の内 容を合わせて「生活」を設けたとする考え方は間違いであると松原は言っている。4)また,45年度版学 習指導要領解説でも同様のことが記されている。6)さらに, その他の教科の内容のエ部が加わったも ので構成されているとも言えよう。ただし,「生活」の内容の中に,かように従来の各教科の内容が含 まれているということであって,「生活」の内容は,従来の各教科の内容が単位となって構成されてい るということではない。 6)とも記されている。つまり,小学部において指導すべき内容をその児童の 能力や障害の特性などから考えて,どの様に分類したらよいかという立場から「生活」が設けられ,結 果的に廃止や削除がなされたと言える。
一方,他の教科に関しても,生活的・実用的な内容が「生活」に移されたり,削除されたりして,教 科本来の色採をよりはつきりともつようになったと言える。また,見方によっては,精神薄弱教育の教 科としての性格が薄れ,精神薄弱教育の教科らしさが弱くなったとも言える。
廃止になった教科にかかわる者は,「生活」の新設に反対意見をもっていたようである。
工 教科の概念の変革
昭和30年代末頃から,生活主義教育に対する批判や反省が活発化するようになった。経済高度成長の 影響で,中学校卒業時の就職が比較的容易になってきたこと,成人施設等の設置により,就職できない 場合の進路が徐々に開かれ,就職を前面に押し出すような強い目標意識をもつ必要性が薄らいだことな どの社会的背景が生じてきた。また,学校教育が次第に障害の重い児童生徒を対象とするようになり,
画一的に就職を絶対的な目標にすることができなくなってきた。この様な背景的要因によって,これま で絶対的な目標とされていた「社会自立」 「社会適応」に対して,教育の社会への追従,主体制の喪失 が懸念されるとの考え方により,発達それ自体を価値とする観点から,「全面発達」「自己実現」の目 標が主張されてきた。一方,教育内容に関しても,児童生徒の未発達や問題性が受容的に受け止められ るようになり,自発的活動,創造的活動が以前よりも重視されるようになってきた。指導方法について も,経験学習か系統学習か,統合化か分節化か,スモールステップ化,子供の心理過程等が問題化され た。目標・内容・方法の面から,精神薄弱教育にふさわしい教科及び教科指導の在り方を追求しようと する動きが活発になった。12)
「特殊教育の基本的な施策のあり方について(報告)」 (昭和44年3月28日 特殊教育総合研究調査 協力者会議報告 いわゆる「辻村答申」)の前文に, 〈前略〉昭和42年度に実施された「児童生徒 の心身障害に関する調査」からも明らかなとおり心身障害児の障害の実態は複雑多岐にわたっており,
これに即応できるような,よりきめ細かい適切な教育体制が必要となってきている。また,最近,心身 障害児に対する教育の内容・方法等がかなり改善され,教育の効果についての社会の期待と関心は急速 に高まってきており,〈後略〉 と記されていて, 「R特殊教育改善充実のための施策 1特殊教育機 関の拡充整備の方向 (3>養護学校の設置促進」では,三種の養護学校設置を都道府県に義務づけ,さら に,疾病により家庭療養申の児童生徒に対して,いわゆる訪問教育の実施の検討について述べている。
この報告の一部からは,訪問教育を含めた養護学校義務制によって,教育対象児童生徒の増加による自
然的な重度・重複化が見えてきている。
以上の様な視点から,教科自体の在り方についての見直しと同時に,養護学校教育の全般にわたって 総合的に検討する時期になったと言える。
45年度版学習指導要領の「生活」新設によって,教科を「学問技芸の内容を組織したもの」として規 定する考え方を根本から改めると同時に,「養護・訓練」の新設によって,教育を「伝統的な教科の内 容を授けること」とする考え方を改める必要性が出現した。実際の指導上でも当然のことながら,「生 活と学習」あるいは「生活活動と学習活動」と分けて考える学習活動観なり指導技法なりも変えなけれ ばならなくなった。rあれか,これか」の「正1「反」の考え方から,「あれも,これも」の「合」の 考え方になったと言える。その結果,教科は「子供の発達に必要な経験的内容で組織するもの」となり,
「教育内容を組織する単位」6)として受け止めることとなる。
通常の学級に関しては,昭和42年10月30日の教育課程審議会の答申の中で,小学校低学年社会科につ いて, 具体性に欠け,教師の説明を中心にした学習に流れやすいものは,取り扱いについて検討を加 えるとともに,児童の生活に即した具体的な社会の要請等についても十分配慮して改善を図り,児童の 発達段階を考慮して,他教科,道徳などとともに関連させ,効果的な指導ができるようにする。 Dと 述べ,児童の発達段階と児童の生活に着眼している。また,中央教育審議会は,教育改革についての答 申(昭和46年6月1日)の中で, 低学年においては,知性・情操・意志及び身体の総合的な教育訓練 により生活及び学習の基本的な態度・能力を育てることを重視している。 Dと述べられ,「生活+学 習」として同じ土俵上の考え方が出ている。この様に一般教育の申においても,教科の概念や指導方法 の変革の兆しがうかがえるのである。
2 「生活」の内容と取り扱い
(1)具体的内容の位置づけ
45年度版学習指導要領においては, 「生活」の内容はll領域区分で示され,学習指導要領資料として,
この11領域区分が各領域区分毎に低学年・中学年・高学年に分けて細分化・具体化されて示された。
「生活」の内容を選択・組織するに先だって,「生活」の領域を主に生活から「身辺生活,家庭生活,
学校生活,社会生活」に区分し,各領域毎に教項目ずつの大項目を立てる考えをとったが,1領域内に 納まらないで4領域1全てに関係する項目や複数にまたがる項目があることから,4領域に区分しない で,大項目を整理・統合して!!領域区分になった。7)その結果,低学年では9領域区分について延べ57 項目に,中学年では10領域区分について延べ76項目に,高学年ではll領域全てについて延べ92項目にな
った。
細分化・具体化した内容が学習指導要領とは別の資料になったことについて,学習指導要領作成協力 委員会の質問に対し,文部省は文書による回答で次の様に述べている。 学習指導要領は,教育課程の 基準として定められるものであるから,その内容は法的拘束性をもつものであり,したがって,今回,
次官通達の指導要領を正式告示にするに当たっては,答申の趣旨を尊重し,各教科の目標,内容につい て基本的なものに精選,集約し,細部については,指導書に詳細に示すこととしたのである。〈改行〉
なお,精薄養護学校の場合は生活科の新設等もあり,その内容については今後の一層の検討にまつべき
ものもあるので,その過程をへて将来はより充実した学習指導要領を作成するべく努力したい。 11)ま
た,内容を段階別に示さないで11領域区分にまとめたことについての回答は, 精薄教育の特性から考
えると,学習指導要領においては各教科の目標,内容は弾力的に示すことが適当であり,対象児の重度,
片田:精神薄弱養護学校における教科「生活」の背景 25 .Il) 重症化の実態に即応して低,中,高の段階別に示すことは指導書の段階で考慮することとした。
と 述べている。
新設教科であるために,教育現場での実践と検討の余地が残されたことと,教育課程編成.上の柔軟性,
弾力的扱いへの配慮として解釈できる。この考え方は,第2次改訂の54年度版学習指導要領にも生かさ れていて,特殊教育諸学校学習指導要領解説一養護学校(精神薄弱教育)編一(以下, 「54年度版解 説」という)の中で,第3編各教科の異体的内容として示されている。ここでは,各学年毎ではなく,
単に1,fi,狐と段階を分けているだけで,子供の状態像によって選択ができるようになっていて,さ らに柔軟性をもち,弾力化されたと言えよう。むしろ,養護学校対象児の重度・重複化によって,ある いは精神薄弱に伴う言語や情緒の障害等によって,学年を目安にして区切ることが極めて困難になった がためと言った方が適切であろう。
第2次改訂の「生活」の内容は,表記上の変化が5領域区分にあり,いく分低いレベルに移行したよ うであるが(処理する→処理を求めたり),……処理したりする きまりを守る→理解する しくみや はたらきについて初歩的知識をもつ→特徴や変化の様子を理解する 等),領域区分上では変化のない 中身で11領域区分である。そして,それぞれの領域区分が細分化・具体化された延べ数は,1で9領域 区分一87項目,ff−10領域区分一122項目,皿一 11領域区分一 140項目と多くなっている。その理由は,
第1次改訂では対象児の上限と下限を想定して設定していたが,第2次改訂では下限の設定がなくなっ たことによるものと解釈できる。
54年度版学習指導要領の「生活」の目標と内容(11領域区分)については,小学校の「生活」と対比 させてく付表〉として掲載する。
② 「生活」の取り扱い方
「生活」も他の教科と同様に,・各教科の全部又は一部について,合わせた授業を…… (以下,「合 科」という)や 各教科,道徳,特別活動及び養護・訓練の全部又は一部について,合わせて授業を…
(以下,「統合」という)が可能である。 (学校教育法施行規則第73条の11)
合科・統合ができると言うよりも,むしろ積極的に合科・統合をして,各指導形態の中で扱うことの 方が望ましいと言える。つまり,「生活」の内容を一つ一つ取り上げて指導するのではなく,生活経験 を基盤とした指導形態の日常生活の指導や生活単元学習等において指導することの方が,必然性があり,
自然的と言える。また,教科別の指導にあたっても,「生活」の内容に関して指導すべき機会は多いし,
そこで指導することが学校生活の流れの中での必然的な指導になると言える。
ア 他教科等の内容上との関連
「生活」の内容を教科別指導形態としての「生活」で指導をするとなると,児童にとっては,生活場
面から離れた時点でドリル的な学習をすることになってしまい,役に立たないような,応用のきかない
獲得になる可能性が強くなり,指示されないと行動化できない生活になりかねない。また,しつけ面が
表面化してしまいがちで,いっでも口やかましく言われ続けることに慣れてしまうか,無気力な生活ぶ
りになってしまいそうである。例えば,「朝のあいさつ」を何回も繰り返して,ある指導時間で学習し
て,「おはよう」と言葉として言えるようになったとしても,その学習では,「朝」という生活上の時
の流れが抜けてしまっている。また,「朝一番に出会ったら言う」ところも欠けてしまう。他人の顔を
見れば「おはよう」と言うことを学習してしまい,昼過ぎでも「おはよう」であり,何回会っても「お
はよう」になってしまう場合がある。生活の流れの中で,毎朝毎朝のあいさつが積み重ねられていく指
導が,段階的にその児童のもつ能力を十分に生かしきっていけるようになることによって,自然的に着 実に身についていき,生きた,生かされるあいさつ言葉になる。
生活の流れ,学校生活の流れの中で指導をするということは,教科別指導形態の教科の指導中にも,
必然的に体験しなければならない内容の時には,指導の手が入るわけになる。いや,その必要性こそが 重要な指導の機会となるのである。場合によっては,その必然性をあえて意図的に組み込んでおくこと によって,その児童の今の生活,これからの生活が改善されていくと考えられる。例えば,図画工作で 手が汚れる教材を使用すれば,汚れた手をどう処理するかの指導(汚れを知る,蛇口を開く,手を水に さらす,両手でこする,石けん等で洗う,ふく一等)が当然のごとく取り上げられるべきはずである。
むしろ,意図的に指導の申に組み込んでおくことの方が重要となる。「生活」の内容の指導までもが重 視される教科別学習は,養護学校において必然的であり,精神薄弱教育の根本にかかわる指導方法であ
ると言っても過言ではない。
従来の「社会,理科,家庭」が教科としての姿を消したからと言って,それらの内容だけを取り出し て指導する「生活jの時間は,極めて展開が困難なはずであるし,その効果も期待できないと考えられ る。つまり,児童の生活を基盤にするのが難しく,おしきせ的になりかねないからである。また,「生 活」新設の趣旨からも望ましいことではなかろう。
「生活」の具体的内容と直接的に関連する他教科の内容もあるので,指導上はどっちがどっちの考え 方ではなく,指導が必要な児童には意図的に取り上げていくことになろう。例えば,言葉に関係する内 容は,国語の内容と密接な関連がある。金銭に関する内容は算数の内容と,領域区分の自然の中の作っ て遊ぶことは図画工作と,……と多々関連している。
一方,道徳の項目との関連性も極めて強く,「生活」の内容の態度面にかかわる内容は多かれ少なか れ,次元的な違いこそあれ,深く関係している。例えば,健康・安全の領域は,道徳の生命・健康・安 全や服装・言語・動作・礼儀作法・身辺の整理整頓などに関連がある。また,自然の領域は,動植物の 愛護に,きまりでは,規則・時間に,公共の施設でも関連している。精神薄弱教育の道徳は,いわゆる 特設の時間で指導しきれるものではなく,理解を言葉でしたからと言って生活に生かされるかと言うと そうでもなく,生活経験そのものの体験を通して,その場,その時に指導していくものであるから,「生 活」の内容と深い関係があるのは当然のことと言える。この点についても,精神薄弱教育の基本となる ものであろう。小学校における「生活」の新設と道徳とがどのようにからみ合っていくのかは,その方 面の実践研究に待つことになろう。
特別活動との関連については,特別活動そのものが独立した状態で指導されている場合が,クラブ等 のわずかであり,合科・統合された指導形態で指導されているので,あえて取り上げないことにする。
養護・訓練との関連は,養護・訓練そのものの方が流動的であるために明確になっていないと言えよ う。ただ言えることは,養護・訓練を特に顕著な遅滞や障害のある側面に対する治療的な働きかけとす るなら,「生活」とは明らかに別なおさえ方になるからである。表面上は同じ様であったとしても,お 互いがねらう性格は異なっていると考えられるからである。例えば,養護・訓練としての遊戯療法は,
「生活」の遊びとは無関係ではないが,ねらうところは別である。コミュニケーションを取り上げても,
片や言葉・言語の障害の治療であり,片や人間関係・交際等の社会性の伸長であったりする。
合科・統合をして,生活の自然体(態)で指導をしていくことになるが,形式的に合科・統合をするので はなく,その指導の機会・場で指導者が意識をして取り扱っているか否かによって,積み重ねられてい
く学習になるか,単なる体験で終わってしまうかの違いが生じるであろう。
片田:精神薄弱養護学校における教科「生活」の背景 27
イ 領域区分間の融合
他教科あるいは領域との合科・統合の必要性について述べたが, 「生活」内での各領域区分について も,指導を展開していく場合には,他の領域区分だからとしてこだわる必要はない。領域区分は,あく までも成文化するための内容の組織上の区分であるとしておさえる考え方の方が極めて妥当である。37 年度版学習指導要領制定の時に,既存の教科に組織上組み入れざるを得なかったと同じ様な見方が必要 になる。こと細かに,具体化を追って成文化しようとしても,それには無理があり,かえって融通性の きかない動きのとれない長すぎる文章になるだけであろう。
区分されているいくつかの領域の内容を一緒に取り扱うことによって,学習が自然の流れになる場合 が多いことは,合科・統合のところで述べることと同じである。例えば,きまりを守る態度を育てよう とする場合,きまりそのものだけでは授業として成立しないのが常である。理屈を理解できるかどうか,
理解できたとしても生活上では生かされないであろう。通常の学級から養護学校に入学して来る者のう ち,かけ算九九は唱えられるが,計算には使えない。もちろん実践上でも使えない者がいる。耳からの 音声をリズム等で覚えられて唱えられても使えないのである。それと同じ様に,「これはだめねjと言 葉で言えても「だめ」の意味が理解されていないから,だめなことを平気でし,やりながら「だめ」と 言っていることさえある。遊びを通して,きまりについて体験できるようにしていく扱い方などが必要 になってくるわけである。この場合においても,一つの活動として,その中にいくつかの領域の内容が 組まれているのであるから,指導者はその活動に含まれている指導上のねらいをきちんとおさえようと する意識をもつ必要がある。同時に,そこでのねらいを達成させようとする努力も必要となるだろう。
ウ 合科・統合における指導
「生活」の内容とは限らず,児童生徒の学習内容のほとんどにおいて,単なる知識や技能として習得 するにとどまることなく,それらが態度化され,習慣化され,実際の生活で生きて使えるように身につ けさせることが,精神薄弱教育の根元をなすと言える。その意味からも,精神薄弱教育においては,合 科・統合した指導形態が重要視されてきたし,今日でもそのことは変わらない。合科・統合の日常生活 の指導や生活単元学習,作業学習に加えて,遊びを積極的に取り上げた指導形態が行われるようになっ てきた。63年度の教育課程に遊びを位置づけて指導時数をカウントしている茨城県内の精神薄弱養護学 校は,13四三4校になった。学習活動の実生活化が強調され,その学習活動を目的的な活動で組織し,
それを実生活的状況下で展開しようとするからこそ,遊びが学習の分野に取り上げられるようになった と解釈できる。
「生活」の内容は,合科・統合の指導形態である「日常生活の指導」や「生活単元学習」などで取り 扱われることが多く,学校生活の流れに沿ったものであったり,一連の学習過程の要素であったりする から,児童にとっては,自然的・必然的に体験しやすくなってくる。小学校の「生活」のねらいの「具 体的な活動や体験を通して」と一致する視点であると言えよう。
「生活」の領域区分の「基本的生活習慣」については,しつけ面の内容が中心的と言えるかもしれな い。しかし,児童によっては,しつけとして習得させることが必要であろうし,一方では,しつけ的な 指導ではかえって逆作用になる場合もある。遅れの著しい児童,あるいは情緒的に問題をもつ児童の場 合には,しつけ的な指導は不向きであろう。
どの様な内容をどの指導形態(複数も当然あり得る)で,どんな機会に,学校生活の全体を活用して
獲得させていくようにさせるかの観点は,その児童の状態像によるものであり,レディネスが重要な視
点になる。
ま と: め
精神薄弱養護学校の「生活」の新設経緯や趣旨,取り扱い方について述べた。取り扱い方に関しては,
具体的な実際上の取り扱いよりも,教育課程編成上の考え方に視点をおいた。
実際の指導においては,「生活」の内容があって,それをどうこうする様な考え方ではなく,眼前の 児童の今の状態像をいかに明確に把握して,できそうなことは何んなのか,どこから改善をしょうとす るのかを見極めることから出発する。次に「生活」の内容を含めた各教科の内容等が表面化してくるの である。つまり,児童がいて初めて目標や内容が存在し得る考え方になる。学習集団としての学習の進 み具合は問題外になってくる。学習で獲得するものは,あくまでも個人レベルのものであり,集団はそ れを助けたり,促進したりする手段であると考えられる。
「人間の発達」=「社会化の過程」としてとらえた場合,「ヒト」として誕生し,発達を遂げながら
「人間」として社会の一員になっていく。生をうけた社会で育っていくことは,個体としてのその時々 の課題をこなすことと同時に,その社会の文化や規範によって期待される課題をもこなしていくことに なる。学校教育だけが子供の「社会化の過程」を援助しているものではないが,学校教育に限って論じ ると,教育課程編成の考え方として,「個体そのもの」と「社会」との二側面をみていく必要がある。
個体そのものにかかわる側面としては,その子供の心理的特性やレディネスを重視し,教育課程に盛り 込まれる内容をどの様な順序で「教授篇学習」の場へ持ち込めば,効率よく,しかも無理なく目的が達 成できるかの観点から配列することになる。また,一方,社会に臨むまでにこれだけの範囲の知識・技 能・態度等を是非とも習得しておいて欲しいとの観点から,社会側の判断がなされ,子供の立場は考慮 されるとしても,大人の立場あるいは社会の要請が重要な発言権をもつことになる。狭義になるが,前 者をSequence,後者をSc opeとして図ユの構造化を試みた。
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j: Sequence C: Child A: Aim
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