茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998)115−121
養護学校の宿泊学習における役割分担を育てる試み
中 川 深*・四日市 ゆみ子**・大曽根伸 樹**・仁 田 由 美**
松 田 敬子**・馬 淵 功 一**・中 焙 静 子**
(1996年11月1日受理)
An Attempt To Make Student Aquire The Roll Consciousness Through The Training With Stay In The School For The Mentally Retarded
Fukashi NAKAGAwA, Yumiko YoKKAIcH【, Shinj i OzoNE, Yumi NrrA,
Keiko MATuDA, Kouichi MABucHI and Shizuko NAKAzAKI
(Received November 1,1996)
1 はじめに
知的障害をもつ児童生徒にとって,宿泊学習のねらいは様々である。公共の施設を利用して野外炊 飯,施設内でのレクリェーションなどを交えた自然とのふれあいや社会的経験を増やすことをねら ったもの,活動の見通しをもたせるねらいで,宿泊場所を固定する場合もある。本校の中学部では,
年2回の宿泊学習をそれぞれのねらいのもとに実施している。中学部,高等部になるとさらに教師に 指示されて活動するのではなく,活動に見通しをもって主体的に行動できることもねらいとなって
くる。しかし,生徒への課題意識が,活動内容により焦点化しにくく,個別の目標がぼやけてしま う場合があった。そこで,自分で気が付いて,自分の力で活動できるようにさせたいと考えた。
今年の9月に,本校に日常生活訓練施設が完成した。日常生活訓練施設には,システムキッチンが 設置されている調理室,多目的ホール,自動給湯のシャワーが付いている浴室,2階には,生活訓練 室,和室,ベット・キッチン・トイレが設置されている洋室が配置され,宿泊を伴う活動や集会活動 など,多目的な利用が期待されている。このような学校専属の施設は,一般の公共施設と異なり,
スケジュールに追われることなく児童生徒のペースで生活できるメリットがある。
今回の宿泊学習はこの日常生活訓練施設を利用して,生徒に役割意識をもって取り組むことができ ることをねらいとして実施した。本校中学部の宿泊学習を通して,生徒が自ら行動する力を育てる ためには,教師側のねらいを明確にし,それを生徒に分かるような形で示すことが大切であること が分かった。
以下,この取り組みについて報告する。
*現茨城県立北茨城養護学校(〒319−1555茨城県北茨城市中郷町小野矢指1657)
** ?髑蜉w教育学部附属養護学校(〒312−0032茨城県ひたちなか市津田1955)
ll6 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998)
2 宿泊学習の実施計画
○期 日 平成8年10月24日(木)〜25日(金)
○宿泊地 茨城大学附属養護学校日常生活訓練施設「とんがり館」
○参加者 中学部生徒14名(男9名,女5名)
○指導者 中学部教官7名
○ねらい
① 自分たちで考えて,主体的に仲間意識をもって生活できる力を養う。
②家庭との連携のもとに,「食事・入浴・着替え」等の身辺処理能力の向上を図る。
ねらいについての基本的な考え方は下記に示す通りである。
(1)個人目標
事前実態調査から家庭での取り組みの様子を知り,一人一人のねらいを設定した。
② 班長,副班長の活動のさせ方
それぞれの班長,副班長は,各グループで話し合い,決定した。その際班長になる生徒の資 格,仕事を知らせ,考えさせた。
(3)買い物,食事作りでの問題解決のさせ方
買い物一何を買ったらいいのか把握させるためにメモを持たせた。
一教師を頼らず,自分でお金を払えるように千円を持たせた。
食事作り一自分の力で作れる物を作って食べさせた。
一家庭での食事作りに般化できるやり方で作らせた。
3 取り組みについて
(1)目標設定の方法
目標設定については,ねらい②(家庭との連携のもとに,身辺処理能力の向上を図る)に従って生 徒の取り組む活動を中心に事前調査を行った。
先の実態調査から宿泊学習のねらいと家庭での取り組みの様子を照らし合わせ,何を頑張らせたい のか吟味し目標を設定した。また,活動を見通して,生徒自身にも目標をたてさせ,みんなの前で 発表させることで意識付けを図った。
図1は,事前調査の記入例である。
図2は,生徒が書いた「自分の目標」と「先生からの目標」である。
中川ほか:養護学校の宿泊学習における役割分担を育てる試み 117
平成8年度 宿泊学習事前実態調査
?髑蜉w教育学部附属養護学校中学部 グループ名
\、 、
t7ンFラしヌ
年 氏名 自分の目標 先生からの目標
1 調理について
内 容 できる できない
もげいをわす璽いて 身言。
かいもの
1 レトルト食品を使って用意し,食べる機会がありますか。
○
○ こご まんフくる
○ 8 一入で作れるものはありますか。
○ O .ηまん『つじ誕δ 汐、る、求ノ)㌃う
2 買い物について かλ ゴう
内 容 できる できない
1 指定した料理の材料をお店で選べますか。 ○ (ぐョn 1沖拡うのい
? 自分でお金が払えますか。
○
○ 一つくる うこ・む乞ぎく
3 入浴について
内 容 できる できない +一ごはんと 1随坊のいう
} お風呂に一人で入れますか。 ○○
つくる 叉乞きく
4 寝具について
内 容 できる できない
… 布団敷きはできますか。 OO
図1事前実態調査 図2宿泊学習の目標
上記の調査から, この生徒の個人目標は,
ご飯を一人で作る と設定した。
(2) 班長,副班長の活動のさせ方
班長,副班長は生徒たちの話し合いの結果,決まったわけだが,班長としてやらなければならない こと,副班長としての役割など活動計画を提示し,意識付けを図った。
さらに,班長として,今,みんなにどのように声をかけなければならないのかを確認させるため に,宿泊学習の日課に沿った「時間」,「活動」,「場所」, 「班長としての仕事」, 「副班長と
しての仕事」を明記した「宿泊学習活動表」を作成し,模造紙に書き出し掲示した。
図3にグループ活動計画表を示す。図4 に宿泊学習活動表を示す。
10月24日(木)
グループ名
時間 活動 場所 班長 副班長
メンバー
8:45 集合 多目的ホール 「00グループ集ま
黶v
みんなを集める
先生
8:50 朝会
氏名
目標発表 グループの口標
みんなの目標を発表 班長 資格 ・怒らずにみんなの世話ができる。
E時計が読める。
作業班の目標を発衰
i0・瓦S・M)
仕事 ・時間を見て時間になったら声かけをする。
Eできない人がいる時は助けてあげる。 9:30 各部屋に移動 各部屋 「自分達の部屋に行き
ワす」
みんなを連れてい ュ
荷物整理 「ここ(部屋の隅)に
氏名 荷物を置いてください
v
副班長 資格 ・やさしい人
E字が書ける。 9:50 「中学部のプレイルー みんなを連れてい
ムに行きます。集ま く 仕事 ・班長が仕事を忘れている時には班長に教えてあげる。
Eできない人がいる時は助けてあげる。
ってください」
u出発」
図3 グループ活動計画表 図4宿泊学習活動表
118 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998)
A児の活動にっいて
A児は,事前学習の時から,班長としてみんなに 声をかけるように指導を受けてきた。始めは場面 が変わるたびに,「班長,みんなに声をかけて」
鑛1齪織 陀と促されてきたことで,徐々に泊分で時計を見
宜 5鯉 ・【 欄
@ ながら声かけできるようになってきた。・羅 藩 欝麟 一 蕪 一一・七 灘 宿泊学習当日も,緊張からか自分から活動表を
騰 砂
. 饗磁r 藍 、 意識しながら友達に声かけを行っていた。しか
嚢蕪石 蒙 ・説 置
蛛E@ 、、 し,同じ活動の繰り返しだったり,自分が活動に
灘灘・ 齢㍗脚一一,, ・. 熱中してしまった時など,自分一人で動いてしま
寧・いい
鱒 うことが見られた。そういった場合,教師に「今
@ 輪轟 度は,何をするのかな」などと活動表を観する 懸 嚢轟べ
蝸赶 諜 よ齢さ欝誕熟錐ることで2日間の
写真1 活動表の確認の様子 班長の仕事を果たすことができた。
㈲ 買い物,食事作りでの問題解決のさせ方
○買い物について
今回の宿泊学習で使用するものや食事の時に食べるものを買いに行く活動に取り組んだ。
この買い物の中で,生徒の実態に応じて,買い物メモを利用させたり,レジでお金を払う時に自 分で払えるように大きなお金を持たせるようにした。
B児の活動について
買い物メモ B児は,普段から数点の買い物をしている。今回 ヘ,自分の食事の物だけでなく,全員で食べるも
買 う も の 数 のも買わせた。品数が多かったため,メモを取る
もワつ゜う」/二 t ように促した。メモを見て,自分で品物を探して
寸三r美こ ヨ ∠」
いたが,見つからないと,教師に助けを求めてき ス。「先生も場所が分からないけど,どうしよう ゥ」と考えさせると, 「お店の人に聞く」と答
((とLも ∬ え,自分から店員に聞きに行くことができた。
峯藁う 3つ 図5にB児が書いた買い物メモを示す。
つ一つ ア
/.oつ /
£ は玩 2
図5 買い物メモ
中川ほか:養護学校の宿泊学習における役割分担を育てる試み 119
○食事作りについて
食事については,生徒たちの希望をまず聞いた。生徒たちからは,自分で作れなくても食べたいも のが出てきたりしたが,作ってくれる人がいないことを知らせ,なんとかする方法を考えるように 補助をしてきた。そうすることで,「出前を取る」という生徒がいたり,自分で作ったことがある
「カップラーメンを作る」と言い出す生徒が出てきた。
自分の力で作れる物を作って食べる,家庭での食事作りに役立つものを作って食べる,というねら いのもと,それぞれのグループごとに食事作りを行った。以下は,各グループのメニューである。
1 班 2 班 3 班
1日目夜 インスタントご 1日目夜 出前 1日目夜 出前
飯 2日目朝 インスタントラー 2日目朝 インスタントご
インスタントカ メン 飯
レー カップラーメン インスタント味
カップラーメン インスタントご飯 噌汁
2日目朝 インスタントご おかずは代表者が おかずは代表者
飯 作る が作る
インスタントカ
レー
おかずは代表者
が作る
写真2は電子レンジの使用,写真3はラーメン作りの様子の写真である。
耀 灘垂難 罎翻懸.
博7嚇,轟, 影一
・、 灘騰
̲蹄 七 讐璽 騰 彫
㌔囎 黙∴照磯 … 」 灘
送ユ劃翻醸・ 翻 1.羅爆繭鍵霞r遜
写真2電子レンジの使用 写真3 ラーメン作り
120 茨城大学教育学部教育研究所紀要第29号(1998)
家庭から 電子レンジを使って大好きなカレーライスを作
10/27 った生徒が,次の日曜日にお湯で温めるカレーだ
いつものように,日曜日は9時におき,ゲゲゲの鬼太郎を見ま
した。 が自分で作った。今までは,母親が手出し,口出
スーパーファミコンなどをして遊び夕方,家に帰りました。 ししてしまうことが多く,まかせきれなかった
四日市先生と約束したからと言い,レトルトのカレーを自分
ナ作り食べました。学校では,レンジであたためたようです が,宿泊学習で自分で作ったことで自信が生ま
が,ガスで火をつけ,湯を沸かしてカレーをあたためました。 れ,教師と約束したこともあり,家庭でのカレー
口をあけるのがちょっと苦労して(あついので)(はさみで切
閨jごはんの上にかけました。食べる時,嬉しそうに親指を 作りに取り組んだ。
立て「ヤッター!」という感じでした。私はいつもつい手を 図6は,家庭からの記録の一部である。
出し手伝ったり,私の方が先にしてしまうのですが,
にやらせる場面を多くして,できる喜びを味わらせてやらな ければ…と反省しました。いつも反省ばかりなのですが…
明日から,またバス通ができる!と喜んでいます。
図6 連絡帳から
4 評価について
活動の様子を記入する記録用紙を作成した。活動場面を限定し,様子を記入し,保護者への連絡用 紙としても使用した。記述式のため,生徒の課題や家庭で取り組んでほしいことなどがあやふやに なりがちであった。そのため各活動場面における目標の記入と目標が達成できたかどうかを簡潔に,
見やすく記入できる評価用紙を再度作り直した。
図6に活動の様子の用紙を,図7に活動の目標の用紙を示す。
生徒氏名( ) 活動場 目 標 目標達成 目 標 ・自分の朝ごはんを作ることができる
羅 ・米とぎ ・できた
活動場面 1買物2作業3食事4生活(荷物整理・入浴・寝具の用意等)
・包丁の使用(切る・皮むき)・食器洗い
・だいたいできた・できない
月日 活動場面 活動の様子 ・食事づくり( ) [ ]
卿22 1買物
iスバー)
・買うもの一クッキー2コ,袋チョコ2袋,ジュース レの前までっれていくと自分でえらぶ(声かけを必要=
・レトルト食品の利用( )・電子レンジの利用・準備・後片付け
クッキー)チョコはOK。千円札を持ってレジへ行くこと
ができた。(教師がそばにいることでOK) 買物 ・品選び( ) ・できた
・お金の支払い ・だいたいできた
10/ 1買物 ・インスタントラーメン,ポカリスエット(ペットボト ・買った物やお金の管理 ・できない
24 (スパー) ル)を買う。売場を教えると自分で選んだ。お金のやり [ ]
とりも店員とできる。
寝具の ・布団敷き(敷き・掛け) ・できた
2作業 ・がんばった(教師と一緒にだが) 取り扱
「 ・シーツ敷き・枕カバー E布団たたみ
・だいたいできた・できない
3食事 ・24日夜焼肉定食 ・押入にしまう [ ]
25B朝 ラーメン 入浴 ・脱いだ服の後始末 ・できた
25日昼和風ハンバーグセット(コーラ) ・洗髪 ・だいたいできた
・体をよく洗う ・できない
・ラーメン作りでは,ガス台の前から離れず作り上げた。 ・背中を洗う [ ] 袋の始末レンジ台の汚れ等は,補助をうけた。 ・シャワーの使用
・タオルの始末 4風呂 ・タオルを十分にのばせないので,背中洗いで下まで洗え
ネかった。シャワー,上手。上がる時にタオルを水びた
・体をよく拭く・お風呂そうじ
しのまま上がろうとした。
役割 ・班長 ・できた
4布団オき
・自牙でやろうとしない。教師と一緒にしき布団だけし ュ。(残りは友達にやってもらう)
・副班長・( ) ・だいたいできた・できない
m ]
図7活動場面における評価 図8活動場面における目標と評価
中川ほか:養護学校の宿泊学習における役割分担を育てる試み 121
〈個人目標について〉
・宿泊学習時の活動に沿った事前調査票が作成されたため,生徒の課題が見えやすくなり,一人一 人に対しての目標設定がしやすくなった。
〈班長,副班長の活動のさせ方について〉
・班長,副班長の資格や仕事を明確にしたことで,意識付けを図ることができた。
・生徒が自分で見て分かる形で活動表を提示したことで,自分から取り組む場面が見られ,今から 何をするのかを理解させることができた。
〈買い物,食事作りでの問題解決のさせ方について〉
○買い物について
・買い物メモを持たせることで,生徒に何を買ったらいいのか目的意識をもたせることは,表出 言語がない生徒や金銭が分からない生徒でも買い物をすることができ,有効であった。
・買い物に関しては,能力差よりもいかに数多くの経験をしているかが大事である。
○食事作りについて
・家庭で簡単な調理方法で自分の食べるものを作った生徒は,家でやっていたことを学校でも作 る機会を設定し取り組ませたことで,慣れていない用具でも作ることができ,「調理」に対す る自信につながった。
・電子レンジの使用をした生徒は,一度目は声かけをされての使用だったが,二度目は,使い方 に慣れて一人で使うことができた。このことから,簡単な電気器具を使って調理することに対 する見通しと自信が生まれたことが分かった。
・自分の好物を電子レンジで簡単に調理できることを知った生徒が家庭でも作り,啓蒙を図れた。
生徒が自ら行動する力を育てるために役割意識をもたせること,自分の力で問題解決を図らせるこ とを活動の中心において取り組んできた。その中で,教師が一人一人の生徒に対して,各活動場面 で何を身に付けさせたいのか,ねらいを明確にもつことが大事であることが分かった。また,かか わり方も直接的指示をするよりも自分で考えさせる間接的指示が有効であった。さらに,身辺処理 や家庭での役割の点で「活動の様子」を知らせることにより,家庭との連携や家庭への啓蒙を図る ことができ,よりよい生活習慣を身に付けさせるためのよい機会となった。役割意識をもたせ,自 ら行動する力を育てる宿泊学習は,今後もねらいを明確にし,継続的に取り組む必要があると考え
る。