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中田喜勝

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長崎大学教養部紀要(人文科学篇) 第20巻 第2号 17‑40 (1980年1月)

花間集と韋荘

中田喜勝

"Hua Jian Ji" and Wei Zhuang

YOSHIKATSU NAKATA

本論は後苛の趙崇祚所編の「花間集」とそれに収められた葦荘の詞について 考察することをその目的としている。

先ず花問集の刊本と書名の由来とに触れ、花間集の特性をその用語から分 析し、次に葦荘の詞と温庭喝のそれとの比較を試み、最後に花間集所収の葦詞 のすべて合計四十八首の訓読を試みている。

輩荘の詞句が清らかに漂わせる美妙で、繊糸田な響きに、耳を傾けたくなった のも、執筆の一つの動機となっているO

中華人民共和国成立後、彼の地に於ける花問集への評価はあまり高くはな い。しかし、題材が何であれ、美しいものは時の流れを超え燦然としてその光 を放つべきであろう。

圧]花間集について

花問集の主要な刊本には次の六種類がある。

甲見本

南宋紹興18年(1148)の晃謙之の朕本。原本は北京図書館所蔵、文学古 籍刊行社の影印本がある。この書の系統に属するものに明の正徳16午 (1521)の陸元大の覆刻本があり、見本の誤字を校正している。正徳覆見 本と呼ばれている。この覆刻本から更に清の徐氏叢書の翻刻本及び近時の 讐照楼の宋金元詞の影刻本がある。

乙部本

南宋淳黙11 ‑ 12年(1184‑1185)の邪州冊子の紙印本があり、原本は劉城

の海源閣所蔵であったが、現在は北京図書館所蔵。清代に四印斎影刻本が

ある。この事から中華書局の四部備要の排印本が作られている。

(2)

丙毛本

明の汲古間の毛膏の刊本があり、その底本は関南元年(1205)の陸溝の 両政のある甫宋本。清の四庫全書の底本に用いられたのがこの毛本であ る。

丁茅本

明の万麿8年(1580)の茅‑槙の刊本。これもまた正徳覆見本を底本と しており、李白以下14名の71首の詞を補選して花間集補を作っている。こ の外、茅本を底本としたものに次の三本がある。

1玄本:万暦壬寅30年(1602)の玄覧斎の巾印本。原本は現在上海歴史 文献図書館所蔵で、商務印書館の四部叢刊の影印本がある。

2天啓5年(1624) ,鐘人傑の刊本

3雪本:雪盤亭の活字本.年月は考証されないが、明末と推定されてい る。

戊湯本

明の万暦48年(1620)の湯顕祖評の朱墨本。

己王輯本

王国経が編輯した唐五代二十一家詞。

花間集という書名の由来について考えてみたい。五代後苛の詞人の歓陽桐 (896‑971)が花問集に序文を書いていて、その中に次のように記しているO

えい

昔邦人有歌陽春者、競馬絶唱。乃命之馬花問集。 (昔、郡人に歌陽春といふ者有

なづ

り、競して絶唱と為す。乃ち之に命けて花間集と馬す。 )

えい

昔、郵(餐の都)の人に歌陽春という者がいて、輩は絶唱といったOそれで 花問集と命名したのだという意味に解される。もっとも野人には卑俗な歌曲を 巧みに歌う者という意味もあるが、郡を素直に地名と解した。

歌陽春という姓名と絶唱という号とを並べてみると、陽春を歌い、絶唱であ ったという意味になる。欧陽桐はこの絶妙な組み合せに着目して花間集と名づ けたに違いない。つまり、彼は書名をその書に収録された詞に相応しいものに

しようと意図したわけである。

陽春を巧みに歌うのは、陽春を代表する花を巧みに歌うことと相通じる。こ の花はまた女性をも象徴していると解される。そして花問集に表われる花は、

花そのものが主題になっているのではなくて、花を前にした女性の哀怨の情が 主題となっている場合が多い。

そこで、花間集という書名の由来とその性格を傍証し、理解するために、集

(3)

花問集と葦荘 19

中にどのような漢字が多く使用されているのか調べてみることにした。次の表 は使用回数の多い漢字から順に排列したものである。

花・‑‑・273回 春‑・・‑‑ 219〝

香‑・‑‑‑205〝

金・‑‑‑‑ 175〝

紅‑‑‑‑‑163〝

風‑・‑‑‑162〝

人‑・‑‑・‑159〝

不一‑‑‑‑158〝

檀‑‑‑‑148〝

玉‑‑‑・142回 水‑‑‑・‑138〝

月‑・‑‑・‑136〝

棉‑‑‑・‑132〝

雲一一‑‑‑113〝

情‑‑‑‑‑‑113〝

夢一一一・‑112〝

雨・‑‑‑‑‑106〝

深‑‑‑‑‑lol〟

時‑‑‑‑‑loo回

莱‑‑・‑‑‑ 99〝

来‑‑・‑‑‑ 97〝

犀・‑‑‑‑・‑ 94〝

塞‑‑・‑‑‑ 92〝

小一・‑・‑‑ 91〝

軽‑‑‑‑‑ 87〝

以下略す。

花・春・番という三つの漢字が際立って多く使用されていて、花問集という 書名に相応しい。これ以外の名詞の漢字を拾ってみると、風・玉・水・月・雲

・雨・簾・犀などがあり、詞人たちの視線が何に向けられていたかも自然と理 解できる。

花間集はすでに花という漢字が最も多く、 273回も使用されていることが明 らかになった。そこで、花問集の18名の詞人の合計500首の詞の中で、花の字 を使用した詞は幾首あるのか調べてみると、次の表の通りになる。

詞人名出身国 1歓陽桐後萄 2張泌南唐 3李均前局 4和凝後漠

5温庭喝唐 6章荘前局 7‑F現前 7鹿虞最後 9孫光憲刑

局 萄 南 10毛烈震後萄 11帝昭遮前局 12舞承斑前局 13毛文錫前局

収録詞数花の字の詞数百分比′

17 27 37 20 66 48

nOCO

1

9

∩ 3 D

L O t

‑ I

COCOi‑Ii‑ICO

15 90<

23 85.1%

23 62.1%

12 〟 37 〟

54.1〝

‑ w H

‑ r t

50.0〝

50.0〝

1.1〝

In )'o〝

47.3〝

46.6〝

45‑1〝

(4)

"

^

i

L

f

3

C

O

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X

U

T l

‑ I I T

‑ i l l

場 裏

甫 松 牛 顧

闇 局 前 済 希 午

l リ 臼 5 0

・ J

y n l u n 里 引

nXU

14 43.7^

41.8〝

33.3〝

25.0〝

ll 0.0〝

計500 259平均51.!

上の麦から明らかなように、欧陽桐の詞に花の字の使用頻度が最も高く、

88.2^となっている。花間集の命名者だけのことはあって、このことは注目に 値する。

花問集の代表的詞人といわれている温庭鍔と葦荘との使用頻度はそれぞれ 56.0^と54.1#とになっていて、平均の51.!よりは高くなっている。

・温・章両者の花の字を用いた詞句をすべて挙げると次の通りである0 (句首 の番号は青山宏の「花間集索引」の索引番号を示す。以下同じ。 )

054花半折雨初晴 049花洞恨来遅 056花花滞枝紅似霞 043花裏暗相招 017花裏暫時相見 066小紅播浸入花裏 012花露月明残 003月明花満枝

001照花前後鏡花面交相映 052楊柳花舞雪

060煙浦花橋路遥 051寂莫花組千門 015花外漏聾退避 055鴛語花舞春婁午 053海業花謝也雨罪罪 008牡丹花謝鷲聾歌 022粉心黄薬花暦

029鏡中花一枝 023花咲柳傑 024花又落燕讐隻

010鷲鏡輿花枝此情誰得知 045百花芳草佳節

040鵠君惟憐表百花時 057水風空落眼前花 042珂花満翠髪 009滴宮明月梨花自

026緑陰濃芳軍歌柳花狂 016滴庭堆落花

028香花紅隔簾穂

063書模離恨錦犀空香花紅

061同伴相喚香花稀

011雨後郡斜陽香花零落香

025風又起香花稀

(5)

花問集と葦荘

005香花含露園春雪 031香花末肯無情恩

計37首

巳;昌ヨ

089滴地落花紅帯雨 086酔入花叢宿 098雲解有情花解語 091戯蝶遊蜂花欄燥 124花露重恩難任 106錦城花満狂殺遊人 118越羅番暗鏑墜花麹 107花深柳暗時節正是清明 093又是玉梓花似雪

094花下見無期 090幾年花下酔 095記得那年花下 117夢初驚花欲謝 086此度見花枝

039圃醇握雪花 059好花新満紅

108香花不語苦尋恩 096細雨罪罪梨花白 123中庭空落花番露紅 089問花花不語

102滴院落花春寂寂 099正是落花時節 125坐看落花空歎息 081一枝春雪凍梅花 105締約司花妓 084緑窓人似花 088桃花春水沫 122依膏桃花面

116春日遊香花吹浦頭 097野花芳草寂莫閲山道 計26首(089重複)

Bil

箇葺荘と葺詞

唐宋名家詞選(龍輪生福運1953、商務印書館香港分館)に葦荘の伝記が載せて ある。その記事から年表を作成すると次の通りになる。

葦荘(836‑910)字は端己、京兆杜陵の人。

偉宗広明元年科挙に応じて長安に入る。黄巣の乱に遇い、重囲に陥 44足る。又、病に苦しむ。

中和3年洛陽にて「秦婦吟」を作り、時人「秦婦吟秀才」と称

(i8揺す。復た南遊して越に至り、弟妹各郡に散居す。時に年

巳に五十を過ぐ.遊歴せし地方は金陵・蘇州・提州・漸

西・湖北・湖南・江西・安徴

(6)

年 年 年 年 年 年 年 年

‑の歳‑幻歳‑乃歳元D歳‑ES歳‑G3歳‑E3歳‑の

閑 笥

〝 獅

‑   8 笥

‑ ー 瑠 ‑   5 瑠 ‑   7

〝 側

‑   8 璃

‑   2 撃

京師に還る。

進士に及第し、校書郎を授けらる。

使を奉じて入局し、王建に見え、久しからずして京に返 る。

再び入萄す。

涜花漠に杜工部の草堂の遺虹を尋ぬ。弟の霧に命じて茅 屋を建て、ここに定居す。

霧が彼の詩を編集してi完花集を作る。

唐亡び、王建帝を称す。左散騎常侍・中書門下事・吏部 尚書平章政事の官職に就く。

八月、成都の花林坊にて卒す。時に75歳。

葦荘は44歳の時に科挙に応じて長安に入り、 57歳で進士に及第している。従 って、官途に就いたのは相当に晩年になってからである。その後、二回萄の国 に入り、最後は成都で天寿を完うし、 75歳で他界している。この間、黄巣の乱 に遇い、 「秦婦吟」を作った。この1,300字あまりの長篇の詩の中で、葦荘は

「内庫焼為錦鋳灰、天街踏尽公卿骨」 (内庫は焼けて錦蹄の灰と為り、天街は踏み 尽くす公卿の骨)と述べ、当時の支配者階級はこの詩を嫌悪した。また詩の後段 では老人の訴えを通じて官軍の横暴ぶりを暴露している。この詩は久しく失伝 していたが、敦燈の石窟から二種類の写本が発見されてから又世に伝わったと 云われている。

唐が907年に亡ぶと、毒荘は72歳の高齢ながら、前局の建国に貢献してい

る。その典章・制度の多くが彼の手によっていると云われる。その後、 3年に

して彼は成都の花林坊で75歳を以て他界した。杜甫が西南流浪の貧窮の中で59

歳を以て死亡したことと比較すると、彼の一生は恵まれていたと言うべきであ

ろう。詩人としても官吏としても‑.彼が杜甫草堂の遺虹を修築させて住み

こんだことも興味を引くところであるが、その意図がどこにあったのか、今と

なっては知る由もない。然しながら葦荘が杜甫に大きな関心を寄せていたこと

(7)

花間集と章荘 23

は理解できる。 「唐詩紀事」第六十八巻の中に次の記事がある。

識者知其不祥。後言雨子美詩:自沙翠竹江村暮、相送柴門月色新。吟諷不 壕。是歳卒於花林坊、葬於自沙。

葦荘が他界する年に、彼が杜甫の詩句を以て吟諷してやめなかったというの は、やはり彼が杜甫に傾倒していたからだと考えられる。

また、葦荘は眺合の「極玄集」に続いて、 「又玄集」を編集しているが、こ の詩集には詩人150名(実際は142名)の300首(実際は297首)の唐詩が収められ ている。最も多く収められているのは杜甫の七首で、次いで杜牧の五首、温庭 鍔の五首、李白・王維らの各四首である。杜帝の詩が最も多く、しかも集の上 巻の冒頭に杜詩が挙げられている。この事実もやはり葦荘の杜甫‑対する関心 の度合いを示すものとして看過できないであろう。

葦荘は「又玄集」の序の末尾に「採賓去華、侯諸来者時光化三年七月日」

(実を採り華を去り、諸を来者に侯つ)と述べて、 「又玄集」の編集の基準を示し これま

ている。温庭喝の詞は花問派の代表とされ、一般的に華麗さを以て知られてい るが、 「又玄集」に収められた詩五首(春日将欲東済寄薗紳・早春適水送友人・河 中陪節度遊河亭・贈隠者・過陳琳墓)にはいずれも華麗さがなく、あるのは却って 切実な響きである。

「唐詩紀事」第六十八巻には更に又、次の記事がある。

荘疎噴不拘小節.李諦薦両川宣諭和協使、辞馬判官。以中原多故、港欲依 王建。建群馬掌書記。

荘鵠王建管記時、 ‑麻等乗時擾民。荘鵠建草牒云:正常凋療之秋、好安凋 捺、勿使癒康之後、復作療病。時以烏口賓。

葦荘が小節に拘束されず、寒冷で事の多い長安よりも温暖で物産豊富な成都 の方を好んだことが分かる。

また、ある県の長官が住民を苦しめているのを知って、 「病み衰えた人々 (凋療)を救い、唐の後がまた症にならぬようにすべきだ。 」という主旨の文 書を王建の為に起草した。このことが当時の人々の語り草になったとあるか

ら、葦荘が一般大衆の苦難にも注目していたことが分かる。

この文書にしても、すでに触れた「秦婦吟」にしても、やはり葺荘の一般大 衆への関心乃至同情の気持がことばに表現されたものと解することができる。

草荘のこのような志向は杜甫と同じく諸国遍歴や戦乱の生活体験から大きな影

(8)

饗を受けていると考えられる。

しかし、 「太平広記」巻第‑、 165には「朝野愈載」から引用した次の記事 があり、葦荘の苫な性格の一斑を窺い知ることができて、興味深い。

葦荘頗講書。数米而炊。秤薪輿。泉少一輝而寛之.一子八歳而卒。妻欽以 時服。荘刺取O以故席裏戸。残託。撃其席而蹄。其憶念也。鳴咽不日勝.

唯憧苔耳。

唯健吉耳とあり、世の異聞として収められたのであろう。

次に葦荘の詞に関する批評を拾いあげてみると次のような評語がある0 o端己(毒荘の字)の詞は清艶絶論である。 (介存斎論詞雑著‑周済1781‑1839) o葦端己の詞は温方城と名を斉しくし、薫香掬艶・弦目酔心、とりわけ能く

密を運びて疎に入らしめ、濃を淡に寓し、花問の群賢殆んど其の匹ふもの 砂し。

(歴代詞人考略巻五・・・況周障1859‑1926) o葺端己の詞は骨秀なり。

(人間詞話巻上‑・王国維1877‑1927)

ほか

O寿詞の一般的な風格はtt清俊"の二字に外ならない。

(中国詩史1957年作家出版社陸侃如・鵜玩君)

o彼は花問派の作用に制限されない人であり、特に濃重・坦率・大胆・有力 という点で、温庭巧の風格と相対立した歌篇を作り出した。

一般の小手先で詞を書いた作家の群の中で、彼は粗豪で愛すべきものであ った。

(中国文学史略稿1976年香港華実出版社季長之)

o彼の詞風は素朴であるといわれ、温庭喝の穣艶華麗さとは異なっている。

(中国文学発展史1976上海人民出版社劉大森)

上記の評語(筆者訳以下同)を集約してみると、葺荘の詞は温庭甥の華麗な詞 とは異なっていて、清俊・率直・素朴・大胆な詞風であるといえる。王国経は 骨秀と評し、陛侃如らは清俊と評しているから両者から一字ずつとって、 ¶清 秀"という評語も成立するであろう。

また、部分的な評語として次のようなものがある。

菩薩蛮(084)の評語として:

この作品は作者の生命と身の上のすべての表現であって、瞬時の霊感や肉

(9)

花間集と章荘 25

感によって作られたものとは同年に語ることはできない。 (中国詩史下) 同じく陸侃如らは「中国詩史下」の中で、 「塙・葦両名の相近いところは、彼 らが常に詞の中で作者の傭強な態度を表示していることである。 」と述べて、

登薩蛮(085・086)の詞句を例として挙げている。

また天仙子(112)涜渓沙(081)の詞句を評して, 「これらの句はいずれも いわゆる代売無故実''(あゝ、故実なし) ・代言巨出経史" (なんぞ経史より出でんや) であって、口から離れれば、自ら切実な勝れた語となっている。 」と述べてい る。

β]温・毒の花の詞の比較′

次に温・葦両者の詞の中からいくつかの詞を挙げ、両者を対比させながら看 ていきたい。

温庭巧蕃女怨(063)

碩南沙上驚雁起飛雪千里玉連環金策箭年年征戦葺模離恨 錦犀空香花紅

碩南の沙上は雁を驚かして起たしめ飛ぶ雪も千里玉の連環金の簾

わか

箭年々戦に征けば登楼には離れの恨みありて錦犀は空しく香の花の み紅なり XHS醐

砂漠の南の方の戦場では、戦の物音が雁を眠りから覚めさせ飛び起たせる。

空には飛ぶ雪が津しなく続き、荒涼とした風景が展開されている。そんなとこ ろへ男たちは連環や策箭(やじりと弓、すなわち武器)を身に帯びて、毎年、戦 いに出てゆくので、勧殿に残こされた女たちは離別の恨みを胸に抱いている。

男と裏を共にした銀犀風の傍には男の姿はなく、ただ香の花だけが今を盛りと 真赤に咲き誇っている。

この詞は紅の香の花がよく利いていて、女の空間を嘆く情がいっそう巧みに 表現されている。

葦荘恩帝郷(116)

春日遊香花吹浦頭階上誰家年少足風流妾擬終身嫁輿一生 休縦被無情棄不能孟

さまよあぜにわかもの

春の目に遊えば香花の吹ききて頭を満たす階上誰が家の年少ぞ風

ほつもおわ

流に足る妾は擬す身を将って嫁ぎ与え一生を休らんことをたとえ無

(10)

情にして棄てらるるも蓋づること能はざらん

暖かな春の日にぶらぶらしていると、春風に‑しきり吹かれて散った杏の紅 い花が頭‑ばいになった。あぜ道のところに何処の青年か知らぬがスマ‑トな 若者がいる。私のこの身を彼に嫁ぎ与えて一生を終りたいと思う。たとえ彼が 薄情で私を棄てても、それでもいいような気がする。人からとやかく言われて

もかまわないわ。

この詞は農村の清純にしてうら若い娘の恋心が巧みに表現されている。特に 最後の「不能墓」はよく利いている。

温庭喝酒泉子(024)

日映紗薗金鴨小犀山碧故郷春煙霧隔背蘭鉦宿粧佃帳侍高 閣千里雲影薄草初斉花又落燕隻撃

日は紗窓に映え金鴨は小さく犀山は碧りなり故郷は春ならんに煙霧

に隔てられ蘭鉦に背むく宿粧悔恨として高閣に侍れば千里雲影薄L

fcE

等初めて斉ひしに花又落ち燕は隻隻

日の光は絹張りの窓に映えて春の陽気が感じられる。鴨の形をした香炉は小 さくぽつんと置かれているが、外は立並ぶ山が緑にもう燃えている。故郷も今 ごろは春であろうに、遠く霞や霜に隔てられ、燈の池皿の後に遠く在る。夜の 化粧を落としもしないで、悲しげに高殿に上ると、見渡すかぎり、雲は薄く、

草は初めて生えそろったのに、花は又、去年と同じように落ちる。しかし燕は 二羽のつがいで飛んでいる。

この詞は望郷の念に駆られた婦人が物質的生活には恵まれながらも、愛情に はあまり恵まれず、空しく歳月が流れゆくのを嘆く気持ちが巧みに表現されて いる。特に「燕隻隻」がよく利いている。

葦荘謁金門(102)

空相憶無計得博消息天上常娩人不識寄書何虞寛新睡襲来無 力不忍把伊書跡蒲院落花春寂寂断腸芳草碧

あなたっき

空しく相を憶ふも消息を博‑得るに計無し天上の常紙も人を識らず

もとかれ

書を寄するに何処をか寛めん新らたに陸より覚め来るも力無く伊の書

ma

跡を把るに忍びず浦院の落花に春寂寂たり芳草の碧りに断腸す

空しく貴男のことを憤っているが、私の消息を伝える方法がない。空の月は

私のことなんか分かってくれない。私の手紙を寄せるのに何処をもとめたらよ

(11)

花間集と茸荘 27

いのだろうか。眠りから醒めたばかりなのにだるくて力も無く、彼からの昔の 手紙を手にするにも忍びない。庭中一杯の落花に春の寂実さを感じ、力強く出 揃った草の緑の色を看れば、断腸の思いがする。

この詞は恋の病に罷った婦人の、行衛知れぬ恋人に胸の想いを打明けられぬ せつなさがよく表現されている。生々とした雑草の生命力と婦人の柔弱な身と の対比がよく利いている。

温庭巧吏漏子(016)

星斗稀鉦鼓欧簾外喋鷲残月蘭露重柳風斜浦庭堆落花虚 聞上借欄望遠似去年佃帳春欲暮忠無窮菌歓如夢中

星斗は稀に鉦鼓は飲み簾外は廃の鴬と残月蘭は露重く柳は風に斜

うずな

めに浦庭は落花堆たかし虚闇に上り欄に侍りて望めば還ほ去年の

ffiMS

個帳に似たり春暮れんとして恩ひ窮まり無く膏歓は夢の中の如し 夜空の星の影も薄く少なくなり、時をつげる太鼓の音も聞こえなくなった。

時は過ぎて行き、夜明け近くなると、あの人と一夜を共にした時と同じように 朝の鴬の鳴き声が聞こえ、空には残んの月が見える。しかし蘭の朝露は私の涙 のように重ったく、柳は私の心のように風に斜にゆらゆら揺れている。庭中に 一面、落花が堆たかく積っている。その色の哀れなることよ。まるで我が身を 看る思いである。貴男のいない高殿に上って、欄干によりかかって眺めると、

晩春の景色は目に入らず、やはり去年と同じような嘆きに胸がしめつけられ、

過ぎさろうとしている春に、あれこれと思いは乱れ、貴男との昔の歓びの日々 がまるで夢の中の出来事であったかのようだ。

葦荘更満子(123)

鍾鼓寒横間喋月照古桐金井深院閉中庭空落花番露紅煙 柳重春霧薄贋背水薗高閣閑侍戸暗清衣待郎郎不厨

くらおくには

鍾鼓は寒く楼閣は喋く月は照らす古桐の金井深の院は閉ぢられ中

mbs拏Z

庭は空しく落花の春霞は紅なり煙る柳は重く春の霧は薄く燈背

L一蝣>こλそ

は水密の高閣閃かに戸に侍り暗かに衣を枯らす郎を待つも郎は帰ら ず

時を告げる太鼓の音色は寒々と響き、楼閣はぼんやりと浮かび出、月は古い 桐の木のある井戸を照らしている。広い桐の葉が光る。奥庭は閉ぢられ、中庭

ms

には貴男の姿はなく、落ちた花の夜露が紅い。かすんだ柳は重々しく、春の霧

(12)

は薄い。燈火の後の方は水辺に窓のある高い家だ。私の彼はそこに居る。私は そっと戸にもたれ人知れず衣をぬらす。彼を待っているが彼は帰ってこない。

温庭喝夢江南(057)

千甫恨恨極在天津山月不知心裏事水風空落眼前花婿曳碧雲

うち

千寓の恨み恨み極まりて天津に在り山月は心の裏の事を知らず水風 に空しく眼前の花の落つる播曳せる碧雲は斜なり

千万の恨み、その恨みは極まって天涯に在る。しかし山月は私の心の中の事 を知ってはいない。水上を吹く風に空しく眼前の花が落ちる。空にはゆれたな びく碧雲が斜に浮かんでいる。

葦荘蹄園遥(089)

春欲暮満地落花紅帯両胸帳玉龍鶏鵡畢栖無伴侶南望去程何 許問花花不語早晩得同蹄去恨無隻翠羽

ひと

春暮れんとし滴地の落花は紅にして雨を宥ぶ個帳たり玉寵の鶏鵡畢 り栖みて伴侶無し南を望むも去程いかばかり花に問ふも花語らず早

つがひ

晩ともに帰去するを得んや隻の翠羽無きを恨む

春は暮れようとして、地一面の落花は真赤に雨に濡れている。いちだんと雨 にぬれて色があかい。可哀いそうに玉飾りのついた寵の中の鶏鵡はたった‑羽

EKB

きりで伴侶がいない。南の故郷を望んでも、その旅路はいかほどであろうか。

どれほど遠いのかと花に尋ねても、花はつれなく答えてもくれない。いつの日 にか一緒に帰ることができようか。できはしない。つがいの鶏鵡がいないのが とても寂しいことだ。

以上、両者の詞の中から、特に花の字を含んだ詞句をとりあげた。それぞれ に評語を附すると次のようになると思う。

063香花紅‑‑・‑娩曲 116香花吹浦頭・‑‑‑・率直 024草初斉、花又落‑‑‑娩曲 102滴院落花春寂寂‑‑‑・率直

断腸芳草碧

016 123

浦庭堆落花‑・‑‑華麗 落花番露紅‑‑‑・清秀

温 葦 温 章 温 章

曲 娩

(13)

花間集と章荘 29

(

057水風空落眼前花‑‑・・・娩曲温 089滴地落花紅帯雨‑‑‑‑清秀葦

063の香花紅は単に杏の花が紅であるといっているのではなく、女性の嘆き を引き立たせる効果を出している。従って娩曲と評することができると思う。

回花間集所収の書詞 涜渓沙‑‑‑・079

清喋放成寒食天柳球斜衰問花釦捲廉直出葦堂前指鮎牡丹初綻莱日高猶 自覚朱欄含畢不語恨春残

しやじようまじ

清喋に放成る寒食の天柳球は斜泉として花釦を問ふ簾を捲きて直ちに出づ 董堂の前指鮎す牡丹の初めて栄を綻ばすを日高く猶は自ら朱欄に覚り翠 はな

を含みて語らず春の残れるを恨む 其ニー‑‑‑080

欲上轍輝四倍傭擬教人送又心怯霊堂簾幕月明風此夜有情誰不極隔埼梨 雪又玲璃玉容惟俸惹微紅

ものうほつおどろ

轍圏に上らんとして四体憤し人をして送らしめんと擬するも又心惚く墓 堂の簾幕に月明らかに風ふく此の夜情有るを誰か極めざらん増を隔てて

監5S

梨雪又玲瀧たり玉容惟摩して微紅惹る 其三‑‑‑‑081

個帳夢絵山月斜孤燈照壁背薗紗小樽高閣謝娘家暗想玉容何所似一枝春 雪凍梅花満身香霧箕朝霞

佃帳たり夢の錬り山月斜なり孤燈は壁背の薗紗を照らす小棲高閣は謝娘の 家暗かに想ふ玉容何の似たる所ぞ一枝の春雪梅花を凍らし満身の番霧

に朝霞簾がると むら

其四‑‑‑‑082

緑樹戒鷲鴬正噂柳練斜梯白銅堤弄珠江上草妻萎日暮飲蹄何虞客梼鞍騎 局‑響噺満身蘭厨酵如泥

かくかはペ

緑樹は鷲を戒すも鷲は正に噴く柳練は斜に掃ふ白銅堤珠を弄ぶも江上は草

(14)

しげりあしげ

萎萎たり日暮れ飲み顕るは何虞の客ぞ紡鞍の駿馬一撃斯く満身の蘭磨 酵ふこと泥の如し

其五一一一083

夜夜相恩吏漏残傷心明月究欄干想君恩我錦余寒梗尺寮堂探似海憶来唯 把善書看幾時摘手入長安

とき

夜夜相思ふも更に漏残る心を明月に傷ましめて欄干に究り君を想へば戟 が錦裏の寒きを思ふ麿尺の書堂探きこと海に似たり憶ひ棄たりて唯だ蛋 書を把りて看る幾時か手を携えて長安に人らん

菩薩蟹‑‑‑084

紅模別夜堪佃帳香燈半捲流蘇帳残月出門時美人和涙軒繋琶金翠羽絃 上黄鴬語勘我早顕家緑薗人似花

紅榎にて別るる夜佃帳に堪えんや香燈に半ば捲く流蘇の帳残月に門を出 づる時美人涙とともに辞せん棄琶には金翠の羽絃上には黄鴬の語我 に勧む早く家に帰らんことを縁窓人は花に似たり

其二一・一‑085

人大意説江南好遊人只合江南老春水碧於天童船聴雨眠嘘達人似月培 腕凝隻雪未老莫還郷還郷須断腸

しきい

人々尽りに説ふ江南は好Lと遊人はただまさに江南に老ゆべし春水は天よ

こは

りも碧く葦船に雨を聴きて眠る櫨達人は月に似たり培き腕は隻雪と凝 る未だ老いざれば郷に還ることなかれ郷に還らば須らく腸断つベtJ

其三一‑・・蝣・086

如今却憶江南奨常時年少春杉薄騎馬簡斜橋滞積紅袖招翠犀金屈曲酵 入花叢宿此度見花枝白頭誓不厨

いまわか

如今却って憶ふ江南の築しきを常時年少くして春杉も薄し馬に騎りて斜 橋に侍れば浦櫨の紅袖の招く翠犀の金の屈曲醇ふて入る花叢の宿此の 度は花枝の見ゆる白頭厨らざらんことを誓ふ

其四‑‑‑‑087

勘君今夜須泥酔樽前英語明朝事珍重主人心酒深情亦探須愁春満短莫

(15)

花問集と葦荘 31

訴金杯減退酒且珂珂人生能幾何

君に勘む今夜は須らく沈酵すべLと樽前に明朝の事を話すことなかれ主人

i*

の心を珍重し酒深まれば情も亦深まらん須らく春の偏の短きを愁ふべし

しほ

金杯の満つるを訴ふることなかれ酒に遇‑ば且らく喝珂たるべし人生能 く幾何ぞ いくほく

其五‑‑‑088

洛陽城裏春光好洛陽才子他郷老柳暗親王堤此時心韓迷桃花春水練水 上鴬駕浴凝恨封残輝憶君君不知

洛陽城裏春光好し洛陽の才子は他郷に老ゆ柳は暗し親王堤此の時心韓

ゆふひむか

迷す桃花に春水緑にして水上に鴛駕浴す恨みを凝らして残輝に封ひ君 を憶ふも君は知らず

厨国造‑‑‑‑089

春欲幕藩地落花紅帯雨佃帳玉寵鵜鵡畢棲無伴侶南望去程何許問花花 不語早晩得同蹄去恨無隻翠羽

春暮れんとし満地の落花は紅にして雨を帯ぶ佃帳たり玉寵の艶鵡畢り棲 みて伴侶無し南を望むも去程いかばかり花に問ふも花語らず早晩とも

つがひ

に去するを得んや隻の翠羽無きを恨む 其二一・‑‑090

金薪翠馬我南飛博我意電書橋遼春水幾年花下軒別後只知相悦涙珠難 遠寄羅幕祷惟鴛被醤歓如夢裏

ほとり

金の薪翠よ我が烏に南‑飛びて我が意を博えよ寄書橋の辺は春の水幾年 か花の下にて醇はん別れし後は只知る相悦づることを涙珠は遠く寄するこ と難し羅幕に梼椎に鴛被に醤歓は夢裏の如し

其三‑‑‑‑091

春欲晩戯蝶遊蜂花燭慢日落謝家池館柳締金縁断陸覚梯髪風乱董辞書 雨散開侍博山長歎涙流清酷腕

春晩れんとし戯蝶遊蜂花燭燥たり日は謝家の池館に落ち柳練の金種も断

(16)

こうろ

たる睦より覚むれば緑葉の風に乱れ婁昇に雲雨散る聞かに博山に借りて

しろぬ

長歎すれば涙流れて結き腕を枯らす 鷹天長一‑‑ 092

練棟陰裏黄鷺語探院無人春董午董簾垂金鳳舞寂実務界番一往碧天雲無 定虞空有夢魂乗去夜夜線画風雨断腸君信否

かげなひる

線椀の陰裏に黄鴬語き深院は人も無し春の董午垂簾垂れ金鳳舞ふも寂実

SET,

たり梼界に香の一往り碧天に雲の定まる虞なく空しく夢魂ありて来去す 夜夜練窓に風雨あれば断腸するも君信ずるや否や

其二‑・‑‑093

別来半歳音書絶一寸離腸千高給難相見易相別又是玉楼花似雪暗相恩無 塵説佃帳夜来個月想得此時情切涙清紅袖黒海

別れ来たりて半歳音書絶ゆるも一寸の離腸は千菌の結び相見ることは難

Lヽ

く相別るることは易し又是れ玉榎の花は雪に似たり暗かに相思ふも説ふ虜 無く佃慣たり夜来の煙月此の時情の切なるを想い得たるも涙は紅袖の 窯宛を枯らす

荷菓杯‑一一094

絶代佳人難得傾国花下見無期一隻愁黛遠山眉不忍更思惟閲掩翠犀金 鳳残夢羅幕董堂空碧天無路信難通悔恨善房権

うるはし

絶代の佳人は得ること難く傾国は花下に見るに期無し一撃の愁黛と遠山 の眉とは更に思惟するに忍びず聞かに翠昇の金鳳を掩へば夢残り羅幕

SKK

の董堂も空し碧天には路無く信は通じ難し個帳たり善房の権 其二一‑‑‑095

記得那年花下深夜初識謝娘時水堂西面毒簾垂横手暗相期憎帳畷驚嘆 月相別従此隔音塵如今倶是異郷人相見更無因

おぼあ

記え得たり那の年花の下深夜初めて謝娘を識りし時水堂の西面に垂簾垂 れ手を携へて暗かに相期するを慨帳たり暁鴬と裡月に相別れ此れより

いまよし

音塵隔つ如今倶に是れ異郷の人相見るに更に因無し

(17)

花問集と章荘 33

清平楽‑=‑‑098

春愁南階故国音書隔細雨罪罪梨花白燕梯董簾金額表白柏望王孫塵滞 衣上涙痕誰向橋連吹笛駐馬西望消魂

春に南階に愁ふ故国は音書隔つ細雨罪罪として梨花白く燕は垂簾の金戟

到SMS邑i

を梯ふ轟日王孫を相望めば塵は衣上の涙痕に満つ誰ぞ橋遠に向ひて笛を 吹くは馬を駐めて西を望めば魂の消ゆる

其二‑‑‑‑097

野花芳革寂実関山道柳吐金線鴬語早個帳香閏暗老羅帯悔結同心濁完 朱欄恩探夢覚半床斜月中薗風燭鳴琴

野の花と芳しき草寂実たり関山の道柳は金線を吐き鴬は語くこと早きも 個帳たり巷間に暗かに老ゆ羅帯は同心を結びLを悔い濁り朱欄に覚りて恩 ひ探し夢覚むれば半床に斜月中密は風に鰯れて琴の鳴る

其三・・‑・‑‑098

何虞遊女萄園多雲雨雲解有情花解語翠地番羅金程放成整金釦合志待 月轍輝住在緑梯陰裏門臨春水橋遼

何虞の遊女ぞ萄の国は雲雨多し雲は情有るを解し花は語を解すれば寒地 にはか

にして席港の金棲放成り金釦を整え蓋らひを含み月を待ちて撒曙す住ひ かげ は緑根の陰裏に在り門は春水の橋連に臨む

其四一‑‑099

鴬噂頚月橋閣香燈滅門外馬噺郎欲別正是落花時節放成不老蛾眉含愁 濁筒金扉去路番塵莫掃掃即郎去蹄遅

*

鴬輝き月残り番間は香燈滅ゆ門外に馬の斯けば郎は別れんと欲す正に是 れ落花の時節放成るも蛾眉を葺かず慾を含んで濁り金扉に侍る去る路の 春慶は掃くことなかれ掃けば即ち郎去りて腐ること遅からん

望遠行‑・‑‑100

欲別無言倍量犀含恨暗傷情謝家庭樹錦薙鳴残月落遼城大欲別馬頻噺

緑椀千里長堤出門芳草路妻妾雲雨別来易東西不忍別君後却入奮審問

(18)

こころ

別れんと欲して言無く重犀に侍り恨を含んで暗かに情を傷つく謝家の庭樹 に錦難鳴き残月連城に落つ人別れんと欲して属頻りに斯く緑椀千里の長 堤門を出づれば芳草路に著書たり雲雨は別れ衆たれば東西すること易きも 君と別れし後は却って蕃き番閏に入るに忍びず

以上が花間集巻第二に、以下が同集巻第三に収録されている。

謁金門・‑‑‑ 101

春満促金焼暗挑残燭一夜簾前風描竹夢魂相断績有個矯癖如玉夜夜橋 犀孤宿聞抱琵琶尋蕃曲遠山眉悪縁

ときもはt:i:'ゆる

春の漏は促しく金焼暗かに残燭を挑ぐ一夜簾前風の竹を越がせば

IISM3,

夢魂相断横す個嫡有りて嬢やかなること玉の如きも夜夜橋犀に孤宿す

うるはし

聞かに繋琶を抱きて菖曲を尋ね遠山の眉乗は緑なり 其二‑‑・・‑102

空相憶無計得博消息天上常購入不識寄書何感覚新陸襲来無力不忍把 伊書跡涌院落花春寂寂断腸芳草碧

あなたつき

空しく相を憶ふも消息を博へ得るに計無し天上の婦賊も人を識らず書香

かれ

寄するに何魔をか寛めん新たに陸りより覚め来るも力無く伊の書跡を把る に忍びず蒲院の落花春寂寂たり芳草の碧りに断腸す

江城子‑・‑‑103

恩重橋多情易傷満更長解鴛藩朱唇未動先覚口脂番媛揚紡裏抽暗腕 移鳳枕枕播郎

恩重きも嬬多けれぼ情傷つき易し漏は更に長ければ鴬駕を解く朱唇未だ とき

動かず先づ口脂の香りを覚ゆ緩やかに梼裏を掲げて略き腕を抽き鳳枕を もちあぬ

移して播郎に枕とす 其二‑‑‑‑104

撃葉狼籍黛眉長出蘭房別檀郎角響鳴咽星斗漸微荘露冷月残人未起 留不住涙千行

啓饗狼籍たりて黛眉長し蘭房より出でて檀郎と別る角聾鳴咽し星斗

(19)

花問集と葺荘 35

漸く微たたり露冷やかに月残るに人夫だ起きず留むることあたはざれば 涙千行たり

河侍‑‑‑‑105

何虞煙雨晴堤春暮柳色葱前書椀金程翠旗高麗香風水光融青妖殿 脚春放娼軽雲裏締約司花妓江都宮閲清准月映迷模古今愁

何虞にか煙雨ありて惰堤の春の暮れ柳色葱龍たり童椀の金種翠旗春

あが

風に高く舶り水光融く青賊殿脚に春放して娼び軽雲のうち締約たり 司花の妓江都の宮閲清准の月は迷横に映え古今愁ふ

其二‑‑‑‑106

春晩風暖錦城花満狂殺遊大玉鞭金勧尋勝馳騎軽塵惜艮展翠賊争 勘臨邦酒.繊繊手梯面垂線柳蹄時煙裏鐘鼓正是黄昏暗鏑魂

春の晩は風暖かく錦城は花満ち遊人を狂殺す玉鞭金勘もて勝を尋ねて 馳せ軽度を験めて艮居を惜しむ翠紙は争って臨邦の酒を勧め械繊たる手

im&

もて面より垂線の柳を排ふ締る時は煙の裏鐘鼓は正に是れ黄昏暗かに

魂の鏑ゆる

其三一一‑107

錦浦春女橋衣金榎霧薄雲軽花深柳暗時節正是清明雨初晴玉鞭魂 断煙霞路鴬鴬語一望垂山南春慶隈映遥見翠艦紅樟黛眉愁

錦浦の春の女は梼衣に金の穣霧薄く雲軽く花深く柳暗くして時節は

正に是れ清明雨初めて晴るれば玉鞭もて煙霞の路に魂を断ち鴬鴬の語け ば砿山の雨を一望す春慶は障映し遥かに翠鑑の紅榎見ゆれば黛眉愁ふ

天仙子‑・‑‑108

個望前回夢裏期看花不語苦尋恩露桃花裏中腰肢眉限細̀馨雲垂唯有多 情宋玉知

前回の夢裏の期を個望し花を看るも苦尋の恩ひを語らず露しく桃花の裏の mi

中腰肢眉限細く撃雲垂れLを唯だ多情の宋玉の知ること有らん

其二‑‑‑‑109

(20)

深夜厨爽長酷酎扶入流蘇猶未醒醋醗酒気厨蘭和驚陸覚笑珂珂長道人生 能幾何

深夜厨り来たりて長く酪酎し扶けられて流蘇に入るも猶は未だ醒めず醋醋

3E

たる酒気厨蘭と和じる驚いて睦りより覚むれば笑ふこと珂喝として長

いいくほく

んに道ふ人生能く幾何ぞと 其三‑‑‑110

婚彩霜華夜不分天外鴻聾枕上聞梼余香冷憤重煉入寂寂葉紛紛凍睡依 前夢見君

つきしも

婚彩と霜華は夜に分かれず天外の鴻聾は枕上に聞こえ緯裏の香は冷ゆるも

ものう

重ねて焼らすは傾し人は寂寂葉は紛粉として穣かに磨りて前に依り夢に 君を見ん、

其四‑‑‑‑111

夢覚雲犀依奮空杜醜響咽隔簾構玉郎薄倖去無雌一日目恨重重涙界蓮 肥両線紅

夢覚むれば雲犀善に依りて空しく杜醜響咽びて簾瀧を隔て玉郎は薄倖にし

ひぴICかさなりへだ

て去るも蹴無し一日目恨み重重涙は蓮服に界たりて両線紅し

其五一一一112

金似衣裳玉似身限如秋水聾如雲霞栂月帳一軍軍束洞口望煙分劉院不 厨春日噴

衣裳は金に似身は玉に似眼は秋水の如く撃は雲の如し霞栖月破一軍畢潤

くら

口に来たりて煙の分かるるを望む劉・院蹄らず春日噂し 喜遷鴬‑.‑‑‑113

人淘淘鼓襲撃襟袖五吏風大羅天上月腰陵騎馬上虚空春満衣雲蒲路 鷲鳳繞身飛舞常雄緯節一軍軍引見玉華君

どよめきどんどん

人は淘淘鼓は撃饗襟袖に五更の風大羅の天上には月腰鹿たり馬に騎り て虚空に上れば香は衣に満ち雲は路に満つ鷲鳳身を繞りて飛舞し軍旗

むらがりて

緯節一軍翠玉華の君を引見す

(21)

花間集と茸荘 37

其二‑‑‑‑114

街鼓動禁城開天上探人回鳳街金牌出雲乗平地一撃雷鴬巳遷龍己化 一夜満城車馬家家棲上策神仙争看鶴沖天

街は鼓動し禁城開く天上人を探して回り鳳は金牌を街へ雲より出で来る 平地一撃の雷鴬は巳に遣り龍は巳に化す一夜満城の車馬家家の樟上

むらがのぽ

に神仙策り争って鶴の天に坤るを看る 思帝郷‑‑‑‑115

誓書墜風致垂撃墜奴垂無力枕函歌素翠犀深月落漏依依説盛人間天 上雨心知

,‑ssr,

雲馨墜ち鳳録垂る磐墜ち欽垂れて力無く枕面を軟く薪翠の界は深く月

ときい

落つるも清は依依たり説ひ轟くす人間天上両心を知ると

其二・一‑一一116

春日遊香花吹浦頭階上誰家年少足風流妾擬賂身嫁輿‑生休縦被無情 棄不能孟

さまよあぜにわかもの

春の日に遊えば香花の吹ききて頭を満たす階上誰が家の年少ぞ風流に

ほつもおわ

足る妾は擬す身を滞って嫁ぎ輿え一生を休らんことをたとえ無情にして 棄てらるるも蓋づること能はざらん。

訴衷情・‑‑‑117

燭焼香残簾半捲夢初驚花欲謝深夜月耗明何虞按歌登軽軽舞衣塵 暗生負春情

きさしぽしおぽろ

燭憶え番残り簾半ば捲かれて夢初めて驚む花も謝まんと欲深き夜月鹿

あひそこころ

に明かく何度よりぞ按歌の聾の軽軽たる舞衣は塵暗かに生じて春の情

そむ

に負く

其二一‑‑‑118

碧沼紅芳煙雨静侍蘭椀垂玉琳交曹長概腰鴛夢隔星橋遣逮越羅番 暗鏑墜花勉

あかはなしなやはそ

碧沼の紅き芳に煙雨静かに蘭椀に侍れば玉珊垂れ帯交る裏かに繊き腰

(22)

ひそき

鴛夢は星橋を隔てて道道たり越羅の香は暗かに鏑え花勉墜つ 上行杯一一‑119

芳華南陵春岸柳煙深浦棲絃管一曲離響腸寸断今日送君千寓紅棲玉盤 金鐘蓋須勘珍重意莫軒蒲

芳草の蘭陵の春岸は柳煙深く滞積の絃管一曲の離聾に腸は寸断さる今

とほき

日君を千寓に送る紅榎の玉盤に金鐘の蓋須らく珍重の意を勘むべし蒲つ るを蔚することなかれ

其二一一‑120

白馬玉鞭金轡少年郎離別容易退避去程千蔦里憎帳異郷雲水滞酌一杯 勘和涙須悦珍重意莫蔚酵

わかきをとこ

白馬に玉の鞭と金の轡少年郎は離別容易ならんも退避たる去程は千甫里

tsげくまじ

伺候ことならん異郷の雲と水とに一杯を蒲酌して涙和りに勘む須らく珍 重の意を醜づべし酵ふことを軒するなかれ

女冠子‑・‑‑121

四月十七正是去年今日別君時忍涙伴低面合志半赦眉不知魂巳断空 有夢相随除却天遼月没人知

こらいつはかはた

四月十七正に是れ去年の今日君と別れし時涙を忍え伴りて面を低れ蓋

しか

らひを含んで半ば眉を赦めたりき魂の巳に断ゆるをも知らず空しく夢に相

のぞな

随ふあり天連の月を除却けば人の知ること没し 其二‑‑‑‑122

昨夜夜半枕上分明夢見語多時依醤桃花面頻低柳葉眉半蓋還半喜欲 去又依依覚衆知是夢不勝悲

もとあきらかあら

昨夜夜半枕上分明に夢に見ほれ語るに時多し膏に依り桃花の面頻りに

さな

柳葉の眉を低ぐ半ば蓋ぢ遠は半ば喜び去らんと欲して又依依たり覚め莱

たりて夢なるを知り悲しみに勝えず 吏満子‑‑‑ 123

鐘鼓寒楼閣嘆月照古桐金井深院閉中庭空落花香露紅煙柳重春霧

(23)

花問集と章荘 39

薄燈背水薗高閣聞清戸暗法衣待郎郎不蹄

くらおくには

鐘鼓は寒く棲閣は咲く月は照らす古桐の金井深の庭は閉ぢられ中庭は

'MJMfi姻

空しく落花の春霞は紅なり煙る柳は重く春の霧は薄く燈背は水密の

高閣聞かに戸に侍り暗かに衣を枯らす郎を待つも郎は蹄らず 酒泉子‑‑‑124

月落星況棲上美人着陸緑雲傾金枕蹴重罪深子規喝破相思夢曙色東 方縁動柳煙軽花露重恩難任

ねむなめら

月・落ち星沈み模上の美人春に睡る練雲傾き金枕威かなり喜界深きも 子規は噂破す相恩の夢曙色に東方わずかに動けば柳煙は軽く花露は重く 思ひは任せ難し

木蘭花一一‑125

濁上中模春欲暮愁望玉関芳草路消息断不逢大郷赦細眉蹄紡戸坐看落 花空歎息羅挟滞在紅涙満干山高水不曽行魂夢欲教何虞寛

濁り小榎に上れば春暮れんとす愁望す玉関芳草の路消息断たれ人に逢は

¥&i

ず谷Pって細眉を赦めて続戸に締る坐ろに落花を看て空しく歎息すれば羅

m^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^^m.*四

校は滞在して紅涙滴たる千山寓水曽て行かざれば魂夢は何虞に寛むる杏 教えんとする

小重山‑‑‑126

‑閉昭陽春又春夜寒宮漏永夢君恩臥恩陳事暗消魂羅衣漫紅祝有噂 痕歌吹重闇隔繞庭芳草練侍長門寓般個帳向誰論凝情立宮殿欲黄昏

とき

‑たび昭陽閉ぢられ春又春夜は寒く宮漏は永し君恩を夢み臥して事を陳 べんと恩ふも暗かに消魂す羅衣は撮り紅裸には瞬き痕有り歌吹は重闇を

なげき

隔て庭を練りて芳草緑なり長門に侍れば甫般の個帳誰へ向ひて論ぜん

たそが

情を凝らして立てば宮殿は黄昏れんとす

葦荘の詞には作詞の背景が不明なものが多いが、江南遊歴の際と在局の時と

に作られたことがはっきりと分かるものがある。前者は084‑085‑086

087* 088 (いずれも菩薩蛮) ̄及び109 (天仙子)であり、後者は098 (清平楽) ‑ 106

(24)

107 (いずれも河伝)である。

なおB]の章詞は李一喝校の「花間集校」 (1960商務印書館香港分館)に拠るも のである。

建国三十周年1979年10月25日等完 参考文献

花問集校 花間集索引 唐宋名家詞選

和刻本漢詩集成総集篇1 詩詞曲語蔚薩摩

申国文学発展史二 中国詩史下 中国文学史略稿 唐詩紀事 太平広記

李一喝校 青山宏編 龍輪生編選

長沢規矩也編 張相著

劉大悉著 陸侃如・碍子元君著 季長之

計有功撰 李防縮

商務印書館香港分館1960 汲古書院昭49 商務印書館香港分館1953.

汲古書院昭53 中華書局1953 上海人民出版社1976 作家出版社1957 香港華実出版社1976 中華書局1972 古新書局民65

(昭和54年10月25日受理)

参照

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