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私の恩師

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Academic year: 2022

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私の恩師

著者 坂田 加奈子

雑誌名 総合政策研究

号 40

ページ 161‑162

発行年 2012‑04‑30

URL http://hdl.handle.net/10236/9459

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私の恩師

坂田  加奈子

天野明弘先生は、敬愛してやまない私の恩師で す。天野ゼミにいた方々はみな、同じ気持ちだと 思います。

私が人生の岐路に立っていた時、不思議なご縁 で天野先生に出会い、その後、何度も背中を押し ていただく機会がありました。社会の荒波に出て からも何度となく天野先生の穏やかな笑顔を思い 出しながら、今日まで踏ん張ってくることができ ました。紆余曲折あったものの念願だった外資系 企業に就職が決まり、そろそろちゃんとご挨拶に 伺いたいと思い先生の近況を調べていた矢先、訃 報を知りました。

拙文で大変恐縮なのですが、この場をお借り して天野先生との思い出を振りかえらせていただ き、ささやかながら感謝と追悼の気持ちとさせて いただきたいと思います。

小学生の時に国語の教科書で環境問題を知って 以降、ずっと強い関心を抱き続けていた私は、地 元鹿児島の短期大学で英語教員の資格をとったあ と、関西学院大学総合政策学部エコロジー科があ ることを知り、「進むべき道はこれだ」と即断で3 年次編入進学を決めました。

天野先生とのはじめての出会いは今から15年 前、編入試験の面接室でした。部屋に入ると3人 の面接官が座っておられ、その真ん中に穏やかな 笑みをたたえたなんとも優しげな白髪の男性が座 られていました。その方は、当時の私の熱い思い を詰めこんだ志望動機の作文に既に目を通してお られ、その内容についていくつかの質問を投げか けてこられました。

面接官:「どうすれば環境問題は解決すると思い ますか?」

私:「人々の無知により環境問題は起きていると 思います。人々が現状を認識し、問題の起き た原因を知ることから始まると思います。」 面接官:「あなたは環境問題の啓蒙に関心がある

ようですね。」

その方は、最後に笑いながら「志望動機の中で

『環境問題は、人々が共通の理念のもと行動する ときに必ず解決するはず』とありますが、結局『共 通の理念』というのが問題解決の一番難しい部分 なんですよね。そしてまさにそれこそが、私達も 一番知りたいところなんですよ。」とおっしゃって いたのが今でも忘れられません。

面接でのやりとりはとても楽しく実りある内容 で、田舎者の私には思いもよらない刺激的な時間 となりました。面接の帰り道に母親に電話で「今 回落ちても構わない。今日の面接を受けることが できただけで私はもう満足だよ。」と興奮しながら 報告したことを今でもはっきりと覚えています。

その後、幸いにも合格通知が届き、翌年春から 晴れて総政3年生となりました。入学後、あの時 の面接官が総合政策学部長の天野先生であったこ とを知り、また、なんとも不思議なご縁で天野ゼ ミに入ることが決まりました。ゼミでは「必ず1回 は質問する」とマイルールを決めていたのですが、

私のまとはずれな質問に天野先生はいつも根気よ く丁寧に解説してくださりました。また、ゼミで 企画した食事会には必ず参加してくださり、有益 な話題で私たちにエールを送ってくださったり、

有馬温泉でのお別れ会ではカラオケで美声を披露し てくださったことなども懐かしく思い出されます。

「問題解決=知ること」の図式が頭から離れな かった私は、卒業論文のテーマに環境教育を選ん だことを機に、もっと深く学んでみたいと関西学 院大学文学研究科教育学修士課程に進学すること を決めました。大学院進学に際しては、推薦状を 書いてもらうために東灘区にある天野先生のお宅 にお邪魔させていただきました。閑静な住宅街の

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Journal of Policy Studies No.40 (March 2012)

一角にあり、緑いっぱいの手入れの行きとどいた お庭が印象的な家でした。木の温かみの感じられ る室内の2階に天野先生の書斎はあり、その場で 温かい励ましの言葉とともに推薦状を書きあげて くださったことも忘れがたい大事な思い出のひと つです。

私は大学院卒業後に環境教育系NPOに就職し、

その後転職して、現在は民間企業のファイナンス 部門に在籍しています。天野先生という恩師との 出会いによって得られた数々の思い出と感謝の気 持ちを胸に、これからも地に足をつけて、自分の 進むべき道をゆっくりと踏みしめながら歩んでい きたいと思います。

坂田加奈子(さかた かなこ 天野ゼミ2期生)

参照

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