恩師若木教授との思い出
陳 華
ゼミ生代表
若木先生に贈る言葉
若木先生との出会いは四年前のことであった。留学生にとても優しい先生であり、日本文学に おいてたくさんの研究成果を収められるという口コミで、先生との連絡を取らせていただいた。 先生は二階のゼミ室で親切に接待してくださった。学者の雰囲気に包まれる優しい方だという最 初の印象を持ちながら、日本語専攻にもかかわらず、日本の大学を経験したことがない私を受け 入れてくれるかなとちょっと心配した。およそ一週間後のある日、先生から電話がかかってきた。
「おめでとうございます。陳さんの申込は教授会で認められました
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と、先生の喜びに溢れる声 が電波を通して伝わってきた。「ありがとうございます。」とごく普通の感謝の言葉で返事したが、なかなか自分の気持ちをうまく伝えられないと感じた。
その後、先生について、日本の近代文学についての研究を始めた。最初のうち、研究テーマは 中国の若者に人気のある村上春樹の小説に決めたが、しかし、どういうふうに研究を進めるのか について全く知らなかった。講義を聞いているうちに、先生は長崎学の専門家でもあることがわ かってきた。せっかく長崎にいるのに、しかも長崎学に詳しい先生に恵まれていて、何かしない ともったいないということに気づいた。ちょうどその時、先生に研究のことを聞かれ、自分の考 えを打ち明けた。
「遠藤周作はいかがですか。」先生は相変わらず丁寧な口調で聞いてくださった。「はい、頑張っ てみます。」と、遠藤周作の小説を読み始めた。実際に研究を始めると、想像以上細かくて難し い作業であった。長崎の禁教の歴史及び隠れキリシタンのこと、遠藤周作の生涯、代表作『沈黙j に託す思いなど、一々調べ、理解したうえで、自分のアイデイアを見出さないといけないという 過程であった。幸いなことに、先生はずっとそばにいて支えてくれた。歴史背景などについて、
一々詳しく紹介し、必要な資料があれば、さっそく購入してくれた。一番感心したのは、毎週の 火曜日の午前を利用して、『沈黙j を読んでくださることである。一字一字読み下していただく
ことによって、作品に対する理解はなぜか深まるような気がしていた。時々昼休みになっても休 まず、畳ごはんの時間を省いて、章の最後まで読んで、いただいた。そんな痩せている先生の顔の 側影を見て、昔仙台に留学してきた魯迅先生に一つ一つ筆記を訂正してくれた藤野先生のことを 思い出した。自分は将来どうせ魯迅先生のような有名人になれないが、責任を持って一生懸命弟 子の面倒を見る思いやりは、将来中国に帰って自分の学生たちにも伝えて行きたいと思う。
先生はよく「研究は実証主義です」と言われる。真面目に資料を調べ、確実に実証を見つける のは本当の研究態度だと教えてくれた。先生の研究室を邪魔するたびに、いつも本や資料の山の 中から優しい笑顔で迎えてくれた。先生はまさに実証主義者だとしみじみ感じた。特にインター ネットの発達しつつある今日においては、実証主義は科学研究に欠かせない態度であり、いつで も必要である。
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若木先生に贈る言葉
先生の影響を受けながら、先生の期待に応えられるような論文を書かないと、と自分に宿題を 課した。論文が完成するまで、先生は句読点さえ見逃さずに何回も何回も直してくれた。その赤 ペンで添削された原稿は私にとって宝物だと思う。修士論文は一段落になったが、先生から教え ていただいた研究態度、研究方法や親切な指導は、人生の宝物だと思う。
修士論文は先生の指導のもとで順調に書き上げた、私も念願通りに先生の元で卒業した。この 4年の問、先生のもとに教わったことは、研究方法だけではなく、先生の教え子に対する責任感 と親切さである。これこそ将来中国で教育者になる志向を持つ私にとって、 一生の宝物になるも のである。
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先生は私を研究の道まで導いていただいた恩師であり、人生の恩師でもある。 長い間いろいろ御世話になりまして、誠にありがとうございます。