氏 名 授 与 し た 学 位 専攻分野の名称 学 位 授 与 番 号 学位授与の日付 学位授与の要件
学位論文の題目 論 文 審 査 委 員
中原 健吾 博 士 薬科学
博甲第6623号 令和4年3月25日
医歯薬学総合研究科 薬科学専攻
(学位規則第4条第1項該当)
1,2-ナフトキノンによるN-アリール化を介したEGFRシグナリング活性化機構 教 授 垣内 力 (主査)
教 授 小野 敦 准教授 宮地 孝明
学位論文内容の要旨
ヒトは膨大な化学物質を含む環境で生活し,日常的にそれらに曝されている.特に大気中の微小粒子状物 質(PM2.5)には,煤煙や自動車の排ガスなどヒトの活動によって生じる物質が含まれており,その曝露は肺 がんや喘息などの呼吸器疾患発症に関与することが指摘されている.しかし,その作用メカニズムや関与す る分子は,ほとんど明らかになっていない.
1,2-ナフトキノン (1,2-naphthoquinone: 1,2-NQ) は,PM2.5 に含まれる大気汚染物質であり,タンパク 質中のシステイン残基やリジン残基などと反応し,S-もしくは N-アリール化を形成することで標的の機能を 変化させる.これまで,様々な研究から大気汚染物質が DNA 付加体形成を介して発がんに寄与することが示 されているが,タンパク質の化学修飾を介した発がん効果に関してはほとんど報告されてない.一方で,PM2.5 のマウスへの曝露により EGFR-Akt シグナルを活性化することが報告されており,環境化学物質が細胞内シグ ナル伝達に影響することが示唆されている.しかしながら,1,2-NQ が EGFR シグナリングに影響を及ぼし,細 胞応答を変化させるか否かは不明であった.本研究では,EGFR の下流シグナルの 1 つである Akt シグナルに 着目し,1,2-NQ が Akt 経路に及ぼす影響とそのメカニズムの解明を試みた.
まずヒト肺胞上皮腺癌由来 A549 細胞に 1,2-NQ を処理したところ、濃度依存的な Akt のリン酸化が認めら れた。このリン酸化は PI3K 阻害薬である wortmannin や PDK1 阻害薬 OSU—03012/BX-795 の前処理によって抑 制されたことから、1,2-NQ の作用点はこれらキナーゼのさらに上流にあることが示唆された。次に、受容体 型チロシンキナーゼである EGFR、IGF1R、IR の活性化について特異的リン酸化抗体を用いて検討した。興味 深いことに、1,2-NQ 処理によって EGFR でのみリン酸化が認められた。また、この 1,2-NQ による EGFR のリ ン酸化は特異的 EGFR チロシンキナーゼ阻害薬である tyrphostinA25 によって抑制された。さらに、EGFR ア ンタゴニストである cetuximab の前処理によっても 1,2-NQ による EGFR のリン酸化が著明に抑制されたこと から、1,2-NQ は EGFR を介して PI3K-Akt 経路を活性化することが示唆された。さらに EGFR ファミリータン パク質への影響を解析した結果,1,2-NQ は HER2 や HER3 には作用せず,EGFR のみを選択的に活性化すること が判明した.そこで,UPLC-MS 解析により 1,2-NQ の修飾部位を探索したところ,EGFR 細胞外ドメイン中の Lys80 と Lys133 が N-アリール化されることが判明した.標的の Lys 残基を置換した変異体 EGFR を用いた解 析から,Lys80 への N-アリール化が 1,2-NQ による EGFR の活性化に重要であることが明らかとなった.そこ で,血清飢餓によるアポトーシスに対する 1,2-NQ の効果を検証したところ,1,2-NQ は EGFR-Akt シグナルの 活性化を介して血清飢餓誘導性アポトーシスを抑制した.
以上より、1,2-NQ は EGFR の Lys80 を N-アリール化することで活性化し,下流の Akt シグナルを駆動する ことで抗アポトーシス効果を発揮することが明らかとなった.
論文審査結果の要旨
1,2-ナフトキノンが細胞表面上の EGFR の N-アリール化を引き起こすことにより、EGFR を活性化すること を分子レベルで解き明かしている。さらに、EGFR の活性化は、細胞内シグナル伝達を担う Akt 経路の活性 化とそれに伴う抗アポトーシス効果をもたらすことが明らかにされた。以上の知見は、化石燃料の燃焼など から発生する 1,2-ナフトキノンの新たな作用を明らかにするものであり、学術的新規性・応用価値ともに 博士の学位に値するものと判断した。