特 別 講 演
電子スピン共鳴(ESR)で生体を探る
独立行政法人放射線医学総合研究所
理事
小 澤 俊 彦
今 日 は 私 が 長 年 研 究 し て き た 電 子 ス ピ ン 共 鳴 (ESR)についてお話をします。三十数年前,大学4 年の卒論のときは,今と違って昔の真空管方式の ESRを使っていましたが,それから今までこの ESR を使ってフリーラジカルや活性酸素を研究してきま した。最初に in vitro の系,後半は最近開発された 生体を丸ごと測れるような in vivo の ESR の話をし たいと思います。 1 ESR の基礎 1.1 ESRとは (スライド1)ESRは電子スピン共鳴(Electron Spin Resonance) の略であり,ESR 法は ESR スペクトロスコピー (spectroscopy)を用いた測定法のことです。この名
前は,日本やヨーロッパでは「ESR」,アメリカでは
一般的には「EPR」(Electron Paramagnetic Resonance) といわれ,文献上では混同される方もあるかと思い ますが同じ意味です。 1.2 ESRの特徴 (スライド2) ESRは分光光度法の1つである分析機器です。そ の分析機器の一番の特徴は,フリーラジカルや常磁 性物質を唯一測定できる機器であることです。この ESRでは,形状によらない,例えば固体,液体,気 体の状態で測れることも一つの大きな特徴です。 ESRのスペクトルを測定しますと,フリーラジカル などの常磁性物質の濃度,構造,あるいは電子状態 とか電子分布などがスペクトルから得られます。 1.3 ESRの原理 (スライド3) それでは ESR の原理はどういうものでしょうか。 スライド3に示すようにフリーラジカルの不対電子 の状態は,右向きのスピンと左向きのスピンの2つ の状態があり,それがランダムな配向をしています。 回転が右向きのスピンと左向きのスピンは逆なの で,トータルとしては打ち消しているのですが,そ ういう状態に外部磁場を与えると,電子スピンは磁 場の方向に平行(βスピン)か逆方向(αスピン)に向 きをそろえてしまいβスピンとαスピンによるエネ ルギー差が生じます。これがよく知られているゼー マン分裂という現象です。ゼーマン分裂は磁場の強 さに依存しています。このようなゼーマン分裂の起 こっているところへこの分裂に等しいエネルギー差 スライド1 スライド2
のマイクロ波(hν)を照射しますと,βスピンが上の αスピンの状態に移ります。すなわち,外部から与 える電磁波(マイクロ波)のエネルギー hνが gβH の ときに「共鳴」が起きます。なお,h はプランク定数, νは電磁波の周波数,βはボーア磁子(フリーラジ カルの持つ1つの不対電子の示す磁気モーメントの 大きさ),g は電子スピンに特有の定数,H は磁場で す。この遷移の状態を ESR で測定できるわけです。 1.4 フリーラジカルの定義 (スライド4) フリーラジカルはどういうものかというと,基本 的には1つの軌道に1つの電子(不対電子)を持つ物 質(分子・原子)をラジカルと定義しています。我々 が知っている通常の酸素分子(スライド4の括弧の 中の一番上)は三重項状態の酸素です。普通の化学 物質では三重項状態は非常に不安定ですが,酸素だ けは例外で,三重項(triplet oxygen:3O 2)の方がエ ネルギー的に安定です。ただ,不対電子を2個持っ ています。したがって,酸素分子そのものも一種の フリーラジカルと考えられるわけです。 この酸素に1つ電子が入りますと,不対電子が1 つとなります。これがスーパーオキサイド(superox-ide:O−)というフリーラジカルです。ハイドロキシ ルラジカル(hydroxyl radical:・OH)は,見かけ上は 酸素分子から3電子還元されたかたちになるわけで すが,これも不対電子を持っていますのでフリーラ ジカルです。 ところが過酸化水素(hydrogen peroxide:H2O2) は酸素分子が2電子還元されたものですが,すべて 電子は対になっています。過酸化水素は活性酸素で すが,不対電子を持っていませんので,これはフリ ーラジカルではありません。 一重項酸素(singlet oxygen:1O 2)(スライド4の括 スライド3 スライド4
弧の中の一番下)は酸素と同じ電子の数ですが,右 の不対電子が左側に移動し対になっています。これ は非常にエネルギー的に不安定で反応活性が高く, 一重項酸素も活性酸素になっているわけですが,電 子は全部対になっているので,これもフリーラジカ ルではありません。 2 In vitro 系におけるラジカルの測定 2.1 ラジカル測定の方法と特徴 (スライド5) このようなラジカルを検出する方法はいくつかあ るのですが,スライド5に特徴的に有利な点と不利 な点をまとめました。 例えば生成物の分析は非常に古典的な方法です が,この方法では本当にラジカルができているかと いうことは推定しかできません。 スカベンジャーによるフリーラジカルの阻害効果 というのは,阻害スカベンジャーとして抗酸化剤, 抗酸化物質等を入れ,ラジカルの生成を阻害する方 法です。これは非常に簡単な方法ですが,ラジカル の構造についてはほとんど情報が得られません。
Superoxide dismutase(SOD)というスーパーオキサ イドを不均化して過酸化水素と酸素にする酵素は, 非常に特異性の高い酵素ですが,スーパーオキサイ ドの検出にしか使えません。 パルス放射線分解(pulse radiolysis)やせん光光分 解(flash photolysis)は,光学的に検出でき,寿命の 短いものを測定できる非常に有効な方法ですが,残 念ながらこの方法でもラジカルを同定することはで きません。 ESRの特徴としては,ラジカルを直接測る方法と 間接的に測る方法があります。 直接的に測る方法はダイレクトにスペクトルからラ ジカルの構造を取得することができるわけですが,一 般的にフリーラジカルは寿命が短いので,直接検出で きるラジカル種が少ないという欠点があります。 間接的に測る方法はいくつかあり,Spin Trapping 法は非常によく用いられますが,直接的ではないの で,これ以外の方法を併用しないとラジカルの構造 を決められません。 2.2 ESRにより得られる情報 (スライド6) ESRから得られる情報をまとめるとスライド6に 示すように,ラジカルのスペクトルの積分値からラ ジカルのスピンの数がわかります。ラジカルの種類 や構造もスペクトルから得られます。それからスピ ンの置かれている状態,回転運動の様式,あるいは 配向度,スピンの密集度,溶媒の極性,pH,周りの 酸素濃度がスペクトルの変化から情報として得られ ます。 2.3 短寿命ラジカルの測定 2.3.1 ESR法の検出限界 (スライド7) 寿命の短いものをどうやって測ったらいいのかを 考えてみたいと思います。まず ESR はどのぐらいの ラジカルまで測れるのでしょうか。通常用いられて いるX−バンドという ESR では,1010spin/Gが最も 検出感度が高いといわれています。ESR の測定の場 (キャビティ)で,試料として 10 µr程度の体積にこ れだけの数のラジカルの存在が必要だとしますと, ラジカルの濃度で 10− 8∼ 10− 9Mぐらいが最低の検出 濃度です。 スライド5 スライド6
2.3.2 ラジカルの生成と消滅 (スライド8) ラジカルの寿命が短いと,再結合反応や不均化反 応で非常に速く反応が進んで消えるわけです。これ を 拡 散 律 速 と 考 え ま す と , 二 次 速 度 定 数 は 大 体 1010M− 1s− 1です。このラジカルの濃度が 10− 8Mぐら いのときを考えますと,そのラジカルの消失速度は 10− 6M− 1s− 1ぐらいです(スライド8)。したがって, もし最低 10− 8Mの濃度のラジカルを観測するために は,消失速度より速くラジカルを生成すればいいわ けです。 2.3.3 速いラジカルを生成する方法 (スライド9) 速いラジカルを作る方法をスライド9に示しま す。すなわち,①放射線の化学反応は放射線を当て ながら直接 ESR を測定する,②同じように光化学反 応で光反応を行いながら ESR の測定をする,③電気 化学的な酸化還元反応も電解還元を ESR の測定部位 の上限で行ってラジカル生成を高める,④速い酸化 還元反応,ケミカルな酸化還元反応でラジカルを速 く生成させる,という方法で速いラジカルを作るこ とができます。 2.3.4 ラジカル消滅速度を遅くする方法 (スライド10) 短寿命ラジカルを測定するには,速いラジカルを 作る方法以外にラジカルの消滅速度を遅くして反応 性を低くするという方法もあります。 一つは試料を 77 K(液体窒素温度)や4K(液体ヘ リウム温度)のかたちで凍結して ESR を測る方法で す。ただその場合は,スペクトルが固体の ESR とい うことで少し厄介になるのですが,そういうかたち でラジカルの寿命を延ばすことができます。 もう一つの方法としてスピントラップ法がありま す。 2.3.5 通常の化学実験室で測定可能な方法 (スライド11) 通常の化学的な実験室でできる方法は,スライド 11のようにいくつかあります。
① 迅速流通法(rapid flow method):速い酸化還 元方法を使うもの ② 迅速混合−急速冷凍法:混ぜてすぐに液体窒 素中に噴出して反応を止める方法 ③ スピントラップ法 ここでは①と③についてお話します。 2.3.5.1 迅速混合流通法 (スライド12) スライド 12 は我々が使った迅速混合流通法の模式 スライド7 スライド8 スライド9 スライド10
図です。例えば貯蔵室 A と B に反応物質を入れてお き,それを窒素ガスで押して流します。F はフロー メーター,S はバルブで調節してフローメーターで 流速を測るわけです。C は ESR の測定部位(キャビ ティ)で,この直前で2つの液を混ぜて測るという 方法です。 (スライド13) スライド 13 は市販のミキシングチャンバーです。 先程の2つの液が混ざって流れてきて,この直前で 混合されるわけです。混合点から石英のセルに通し ます。実際に混合点から測定の中心部までの容積 (デットボリューム)を流速で割ることによって時間 が測れます。 (スライド14) スライド 14 は一つの実験例ですが,チタン3価と 過酸化水素の反応系で OH ラジカルを生成させ,そ の OH ラジカルにより亜硫酸イオンを酸化しますと SO3−ラジカルができて,これがシグナル(スライド左 図)として得られるわけです。そのシグナルの強度 と流速からラジカルの寿命が約百数十 msec という ことがわかります(スライド右図)。 2.3.5.2 スピントラップ法 (スライド15) 間接的な方法としてスピントラップ法がありま す。この原理は「Rx という寿命の短いフリーラジカ ルをトラップしてできる長寿命のラジカル生成物を 検出する」というものです。今一般的に使われてい るスピントラップは,スライド 15 に示すようにニト ロソタイプとニトロンタイプの2種類です。いずれ も寿命の短いラジカルをトラップしてニトロキシル ラジカル(nitroxyl radical)になります。これは比較 的寿命が長いので,ESR で測ることができます。通 常の測定の時定数の中で測定できる寿命なので,付 スライド11 スライド12 スライド13 スライド14
加ラジカルの ESR からどういうラジカルが反応系に できたかを確認するための実験に使われています。 (スライド16) スライド 16 はよく用いられ,あるいは市販され ているスピントラップの化学構造を示しています。 1 2-methy-2-nitrosopropane(MNP) 2 3,5-dibromo-4-nitrosobenzenesulfonate(DBNBS) 3 5,5-dimethyl-1-pyrroline N-oxide(DMPO) 4 α-phenyl-N-tert-butylnitrone(PBN) 5 α-(4-pyridyl-1-oxide)-N-tert butylnitrone (POBN) 6 5-(diethoxyphosphoryl) -5-methyl-1-pyrroline-N-oxide(DEPMPO) 1∼2はニトロソタイプのスピントラップ,3∼ 6はニトロンタイプのスピントラップです。ニトロ ンタイプの DMPO は生化学的な研究などに非常によ く用いられています。また最近は,このメチル基の 1つを diethoxyphosphoryl 基に変えた DEPMPO も用 いられています。 (スライド17) スライド 17 はスピントラップ法の実験の一つの 例です。スライド一番上の図は,銅のエチレンジア ミン錯体と過酸化水素の反応系で,DMPO を入れて おきますと DMPO-OH 生成物(adduct)という1:2: 2:1のスペクトルが観測されます。分裂定数は大 体 15 G(1.5 mT)です。N と H のカップリングがほぼ 同じ値になるということで,1:2:2:1という特 徴的なスペクトルを示します。 真ん中の図は POBN というスピントラップを用い た例です。これも同じように OH 付加体なのですが, Nで3個に分裂し,プロトンによってそれらがダブ レットに分裂したスペクトルとして観測されるわけ です。 一番下の図はニトロソタイプのスピントラップ で,大きな特徴があります。酸素に不対電子がある 酸素中心ラジカルとは,実は安定な付加体は作らな いということで,この反応系では OH ラジカルが生 成されたら,例えば dimethyl sulfoxide(DMSO)を加 えると DMSO は OH ラジカルにより酸化されてメチ スライド15 スライド16 スライド17
ルラジカルを生成します。そのメチルラジカルはカ ーボン(C)中心ラジカルであり,容易にニトロソタ イプのスピントラップにトラップされるかたちでス ペクトルが得られます。 (スライド18) スライド 18 には反応機構を示しています。銅イ オンと過酸化水素の反応で OH ラジカルが生成され, そ れ を ニ ト ロ ン ス ピ ン ト ラ ッ プ で あ る D M P O や POBNがダイレクトに捕まえます。一方,ニトロソ スピントラップである DBNBS の場合には,OH ラジ カルは DMSO を酸化してメチルラジカルを生成し, そのメチルラジカルが DBNBS にトラップされると いう模式図です。 (スライド19) スーパーオキサイドをキサンチンオキシデース (xanthine oxidase)で発生させる系で,DMPO とい うスピントラップを入れておくとスライド 19 上図 のようなスペクトルが得られます。これが本当にス ーパーオキサイドによるスペクトルなのかを確かめ るために,スライド下図のようにあらかじめ SOD を加えておくとスペクトルが消えるので,確かにト ラップされたのはスーパーオキサイドであることが わかります。 (スライド20) 今の方法を使うことによって,ある基質のスーパ ーオキサイドに対する活性を求めることができま す。このスペクトルをスーパーオキサイドの付加体 の ESR シグナルと考えますと,このシグナルの高 さ(X)を標準物質のシグナルの高さ(A)で割るとそ の値が強度になるわけです。そこである基質,すな わちスーパーオキサイドと反応するものを加え,そ の濃度を増やしていくとシグナルがだんだん減って きます。このスペクトルの強度が2分の1になった 時点の濃度が IC50と定義されています。例えばスラ イド 20 では銅の HisGlyGly 錯体の IC5 0は 0.8 µM, GylHisGyl錯体の IC50は 7.5 µM という値が得られま した。この IC50の値が小さいほど活性が高いので, 銅の HisGlyGly 錯体の方がスーパーオキサイド消去 活性が高いことがわかります。 (スライド21) スライド 21 は OH 付加体の ESR スペクトルです が,この OH 付加体を生成するには OH ラジカルが フリーの状態にあり,直接 OH ラジカルがトラップ されたのか,あるいはいろいろな化学的反応を経て スライド19 スライド18 スライド21 スライド20
最終的に DMPO の OH 付加体になったのかを区別し なければなりません。 (スライド22) スライド 22 は OH ラジカルがフリーの状態にある のかどうかをあらかじめ OH ラジカルと反応する物 質を加えて調べたものです。エチルアルコールを加 えておいて,もし OH ラジカルがフリーの状態であ れば,水素原子を引き抜いて 1-hydroxyethyl radical が生成され,それがトラップされたスペクトルを検 出することによりわかります。実際にそのスペクト ルが観測されており,この反応系では OH ラジカル はフリーの状態で生成されていることがわかりま す。そしてスーパーオキサイドの場合と同じように IC50を求めることができます。 Compound 4というのはベンジリデンアセトフェ ノン型構造を有する化合物でカルコン(chalcom)と いいます。その IC50を見ますと,例えばスーパーオ キサイドに対してはビタミン E よりも 10 倍以上活 性が強く,OH ラジカルに対してはグルタチオンよ りも若干いいことがわかります。 3 In vivo 系におけるラジカルの測定 3.1 生体への酸化ストレスの効果 (スライド23) これからは vivo の系に移ります。生体はいろいろ な酸化的ストレス(環境ストレス)を受けています。 例えば放射線,紫外線(UV)に当たったり,あるいは 公害物質として NOXとか SOX,ディーゼルエンジン の排気粒子状物質(DEP),アスベストなどを吸入し たり,化学物質,例えばある種の医薬品等を飲んだ りしますと,それがストレスになり活性酸素やフリ ーラジカルが生成されることはよく知られています。 3.2 活性酸素の定義 (スライド24) そこでもう少し活性酸素の話をします。活性酸素 (reactive oxygen)にはラジカル性のものと非ラジカ ル性のものがあります。スーパーオキサイド(super-oxide),ヒドロキシルラジカル(hydroxyl radical), ハイドロペルオキシラジカル(hydroperoxy radical), これは O2−との共役酸になりますが,いずれもラジ カルです。アルコキシルラジカル(alkoxyl radical, LO.),アルキルペルオキシルラジカル(alkylperoxyl radical,LO2.)も不対電子を持っていますので,フ リーラジカルです。 NO2と NO は,従来は公害物質と言われたわけです が,最近は特に NO はむしろ生体の中で非常に大事な 働きをしており,生体の中で作られて血管拡張など いろいろな生理作用を行っていることが知られてい ます。この2つも不対電子を持っていますので,フ リーラジカルです。活性酸素といわれる場合もあり ますし,最近では活性窒素ともいわれています。 非ラジカル性のものには,一重項酸素(singlet oxygen),過酸化水素(hydrogen peroxide),脂質の
スライド23
スライド22
ハイドロぺルオキサイド(lipid hydroperoxide),次 亜塩素酸イオン(hypochlorite ion:ClO−),オゾン
(ozone),鉄の酸素錯体(Fe-O2 complex)があり,こ
れらは活性ではありますが,不対電子を持っていな いのでラジカルではありません。 3.3 酸素及び活性酸素種の関係 (スライド25) スライド 25 は酸素から水へ至る経路をまとめたも のです。私たちが呼吸しますと,ミトコンドリア等 で酸素を使ってエネルギーを作るわけです。通常そ ういう状態では酸素から2電子ずつ電子が移動しま す。酸素からペルオキシド,それからもう2電子が 渡されて水になります。通常はスーパーオキサイド, ヒドロキシルラジカルにはならないと言われていま すが,最近の研究では酸素の3%程度はスーパーオ キサイドになると言われています。もちろんミトコ ンドリアの中には,特にマンガンの SOD がたくさん あるので,どんどんスーパーオキサイドは消えてい くと思います。 放射線の影響に関しては,例えば放射線照射によ り酸素分子(3O2)に電子(e−)が1つ入って不対の電 子となりスーパーオキサイドができる,あるいは水 分子から一部ヒドロキシルラジカルがダイレクトに 生成されることも知られています。 3.4 活性酸素・フリーラジカルの関与する病態 (スライド26) 活性酸素とフリーラジカルは,いろいろな生体物 スライド26 スライド25
質と反応します。スライド 26 に示すように,例えば ① DNA 障害を与えるとがんになったり,②膜の損 傷を受けると細胞障害,③スーパーオキサイドが NOと反応することで NO を消失してしまうと高血圧 や循環器障害が起きる,④ LDL を酸化すると動脈硬 化になる,⑤あるいは細胞接着を起こして炎症が起 きます。活性酸素・フリーラジカルがいろいろな病 態のきっかけになっていることは,かなり明らかに なっているところです。 3.5 活性酸素・フリーラジカルに対する防護系 (スライド27) もちろん,活性酸素やフリーラジカルが生体の中 にできてきても防護系があります。スライド 27 は活 性酸素・フリーラジカルに対する防護系をまとめた ものです。よく知られているのは,SOD はスーパー オキシドを酸素と過酸化水素に不均化し,カタラー ゼ(catalase)が生成された過酸化水素を水と酸素に分 解します。それからグルタチオンペルオキシダーゼ (glutathione peroxidase)も過酸化水素あるいは脂質 のハイドロぺルオキサイドを分解します。また,グ ルタチオン-S-トランスフェラーゼ(glutathione-S-transferase)も脂質の過酸化物を分解します。 一次防護系としては,抗酸化酵素(antioxidative enzyme)が働いているということです。もう一つ, 金属イオンが体の中にたくさんあります。例えば鉄 や銅などは非常に反応性が高く,活性酸素やフリー ラジカルを作るわけですが,それら金属イオンとキ レーション(chelation)を起こして反応性を抑えます。 例えばトランスフェリン(transferrin)やラクトフェリ ン(lactoferrin)などは,鉄イオンと結合して安定化さ せます。それからセルロプラスミン(ceruloplasmin) やアルブミンは銅イオンと結合して安定化させます。 これが第一の防護機構と考えます。 二次防護系は,一次防護系で防護できなかった活 性酸素,フリーラジカルを防御します。例えば水に 溶けるような抗酸化物質として,ビタミン C や尿酸, ビリルビンがあります。脂溶性の抗酸化剤としては, ビタミン E,カロチノイド(carotenoid),ユビキノ ール(ubiquinol)などが働いています。 スライド27
三次防衛機構としては,例えば DNA が障害を受 けると修復酵素(repair enzyme)が働いて修復したり, 蛋白のある部分で異常を起こすとそれを分解するよ うな酵素,プロテアーゼが働きます。あるいはリン 脂質(phospholipid)の修復酵素というかたちで,リ パーゼが働くというようないろいろな防護系がある ということです。 3.6 生体中ラジカルの非侵襲的測定法 (スライド28) こういう活性酸素・フリーラジカルが本当に体の 中で生成されているのかを測定する方法は,分子レ ベルあるいは細胞レベルでいろいろ研究されている わけです。ところが,最近生きた状態でそのまま測 れるということで in vivo ESR が開発され,個体レ ベルで非侵襲的に測定できることがわかり使われ始 めています。 3.7 L−バンドESRによるin vivo測定 3.7.1 マイクロ波周波数と誘電損失の関係 (スライド29) なぜ in vivo ESR が最近開発されたのでしょうか。 スライド 29 の点線の曲線は誘電損失とマイクロ波周 波数の関係を示しているグラフです。一般に使われ ている X −バンドは 9.1 GHz 程度の周波数を用いてい るわけです。そうしますと誘電損失が非常に大きい ことになります。誘電損失は電子レンジと同じ原理 ですので,水にマイクロ波が吸収されてしまいます。 そうしますとラジカルを測定するマイクロ波がなく なってしまうわけで,このような周波数では実際に は水の影響が非常に大きく,水のある系ではなかな か測れません。そこで水の影響をなるべく少なくす る方法が取られるわけです。 ところが in vivo ESR は,もう少し低い周波数, 例えば1 GHz の領域,あるいは最近では 300 MHz という NMR に近い周波数の領域を用いています。 この領域を L バンド領域といいます。我々個体には 水がたくさんあるわけですが,L バンド領域だと水 の影響はほとんど受けないので in vivo で ESR が測 れます。ただ,残念ながら感度的には X バンドに比 べると 50 分の1から 100 分1ぐらいに落ちてしま います。 3.7.2 生体内ラジカル反応のin vivo測定 (スライド30)
実際には動物を,in vivo ESR では丸ごと測るこ とができるのですが,残念ながら感度が低いため, 我々の希望としては直接的に体の中にできたラジカ ルを測りたいわけですが,まだ測ることはできませ ん。スライド 30 は現在,in vivo ESR で何を測定し ているかを示しています。安定なラジカル(スピン プローブ)を動物に投与して,その減衰(スピンクリ アランス)から「どういうことが生体の中で起こっ ているか。これを起こす現象がラジカルによるのか, あるいはそれ以外の還元系などによるのか」を調べ るわけです。 3.7.3 X線によるフリーラジカル生成のin vivo 測定 (スライド31) 我々はX線を酸化的ストレスの一つとして用いて in vivo ESRで測定し,この変化をとらえました。 3.7.4 フリーラジカルのin vivo測定の実験系 (スライド32) スライド 32 はフリーラジカルの in vivo 測定の実 験系です。ddy のマウス(3∼4週令)で,この測定 装置では大体 20g ぐらいのマウスが丸ごと測れます。 X線としては 7.5 Gy,あるいは 15 Gy を照射します。 スライド28 スライド29
7.5 Gyというのはマウスの LD50 です。Carbamoyl-PROXYLをスピンプローブとして,280 mM,50 µrの 投与量で投与します。 それから脂質の過酸化,ビタミン E 濃度,抗酸化 酵素を同時に測定します。 3.7.5 L−バンドESR画像化装置 (スライド33) スライド 33 は実際の L-band ESR で,ここに動物 スライド30 スライド31 を置いて測るわけです。マイクロ波周波数は,L −バ ンドあるいは 300 MHz で測れます。 (スライド34) スライド 34 は測定部の中心部分です。ここに動物 を乗せて,挿入するかたちになっています。 (スライド35) スライド 35 は古いタイプの L-band ESR です。実 際にここにマウスを仰向けに寝かせています。しっ ぽからスピンプローブを入れて,これを中に挿入し て測定します。 3.7.6 マウスに投与したスピンプローブのESR スペクトル (スライド36) 投与したスピンプローブはニトロキシルラジカル (NO ラジカル)ですので,N によって3本線に分裂 したスペクトルになり,10 分ぐらいすると減少して きます。この減少は NO ラジカルが還元されて,ヒ ドロキシアミンタイプになる反応が考えられます。 もしこういう反応が起こっているとしたら,もう1 度酸化すればもとに戻るわけです。 スライド 36 右下の表はそれをチェックした結果を
スライド33 スライド34 スライド32 示しています。ニトロキシルラジカルを投与してか ら3分後,13 分後,35 分後にマウスから血漿を取り 出し,フェリシアン化カリを加えて ESR を測ると, 大体 10 分程度まではほぼ 100 %戻ります。したがっ て,大体 10 分までの減少はこういう還元系によるこ とがわかります。 3.7.7 マウス腹部のX線照射によるスピンプロ ーブ消失の経時変化 (スライド37) スライド 37 はマウス腹部のX線照射によるスピン プローブの消失の変化がどうなったかを調べたもの です。X線を当てない方より,15 Gy を当てると傾き が大きくなります。この傾きから速度定数が求まる わけです。放射線を当てないときの速度定数を求め た値と比較すると,7.5 Gy のときは照射直後ではか なり速度が速くなってきます。1日後はまた元に戻
るかたちですが,4日ぐらいたつとさらにまた速く なってきます。15 Gy の場合は1時間の照射直後でも かなり速く,1日後でも速くなってきます。ところ が5日後になるとかなりの速度定数の減少が見られ ます。 3.7.8 マウス全身のX線照射による効果 3.7.8.1 スピンプローブ消失速度の経時変化 (スライド38) マウス全身にX線を当てると照射の初期ではニト ロキシルラジカルの減少が速くなります。スライド 38に示すように 15 Gy の照射の場合は,さらに数日 たつと今度は逆に遅くなることがわかりました。遅 くなってきたのは「体重が正常の場合は 25g ぐらい ですが,大体3分の1以下になっているということ で,体重がかなり減少します。かなり腸などが損傷 されて,ニトロキシルラジカルなどを消す力が弱く なるなど,代謝系がやられてしまったために,この 系が遅くなったのだろう」と推測されます。 では,7.5 Gy で増加するのはどういう影響かをさ らに調べました。 3.7.8.2 スピンプローブ消失速度とX線照射線 量との相関 (スライド39) スライド 39 に示すようにX線の照射線量に対して ニトロキシルラジカルの減少速度定数をプロットし ますと,大体 15 Gy ぐらいまではほぼ線量に依存し て速くなってくることがわかります。ところが約 15 Gyを超えると急速に落ちてきます。この落ちてく るのは体の中の代謝系がやられたせいだろうという ことです。では,X線照射後の立ち上がりのスピン プローブ消失の増加は何によるかを調べました。 3.7.8.3 システアミン前投与の効果 (スライド40) ラジカルスカベンジャーであるシステアミンとい う化合物を放射線を当てる 20 分前に投与しておきま す。そうしますと,例えば 15 Gy,1時間後でもほ ぼその反応速度を元と同じぐらいに戻ります。それ から 7.5 Gy で5日後でもかなり抑えることがわかっ てきたわけです。したがって,システアミンは放射 線防護作用と同時にラジカルスカベンジャーの作用 スライド37 スライド38 スライド35 スライド36
スライド41 スライド42 スライド39 スライド40 があるということで,ラジカルスカベンジャーの作 用によりラジカルが消去されるという可能性が示唆 されます。 3.7.8.4 X線による生体内脂質過酸化の生成量 の照射線量による変化 (スライド41) さらにX線照射による過酸化脂質(TBARS)の生成 量を見ると,スライド 41 にように例えば肝臓のホモ ジネートは線量に応じて脂質の過酸化が起こります。 血清中の TBARS も線量に若干依存するかたちで増え てきます。ところがシステアミンを投与しておくと 過酸化が抑えられるということで,この結果もある 種のラジカルの影響を見ていることがわかります。 3.7.8.5 酸化的ストレスに対する防衛系のX線 照射による影響 (スライド42) スライド 42 左のグラフはビタミン E(α−トコフ ェロール)の含量の変化を示していますが,スライ ド右のグラフの肝臓あるいは赤血球では,X線を当 てても当てなくてもあまり影響はありません。ただ, 血漿中では若干減ってきます。これはどうも LDL が 酸化される中でそのときにこういうものが使われる のではないかとは考えています。右のグラフは酵素 ですが,SOD やカタラーゼ,グルタチオンペルオキ シデース(GSH Peroxidase)の変化を見てみますと若 干カタラーゼが減ってきて,SOD やグルタチオンペ ルオキシデースは活性に変化はなかったということ です。 3.7.8.6 マウス全身のX線照射効果 −まとめー (スライド43) 結果をまとめると先程の立ち上がり部分は 15 Gy ぐらいまでの低線量では,最初にできた活性酸素に 由来するようなラジカルによってスピンプローブの 消失が起こったのだろうということはわかります。 15 Gyを超える高線量ではむしろ代謝系の異常の影響 が非常に大きくなるためと結論づけられます。 (スライド44) 以上をまとめるとスライド 44 のようになります。 一つのまとめとしては,こういうX線の影響を ESR である程度測れるということです。 3.7.9 免疫不全マウス(Scidマウス)を用いた応 用例 (スライド45)
応用の一つとして例えば Scid マウスは,免疫不 全のマウスとして非常に有名ですが,これは非常に 放射線感受性が高いということでその影響を調べた ものです。 (スライド46) 先程と同じような系で Carbamoyl-PROXYL を使っ た実験をしました。 (スライド47) スライド 47 は腹部と頭部を測ったものです。C.B-17というのは Scid マウスのコントロールマウスで, 遺伝的背景は同じです。放射線を与えていないとき はコントロールマウスの方がスピンプローブを消す 力が強いのですが,放射線を当てると逆にスキッド マウスの方が強くなるという現象が腹部でも頭部で も起こっています。 (スライド48) 今の結果をまとめると,腹部でも頭部でも放射線 を当てないときはコントロールマウスの方がラジカ ルを消す力が強くなっています。ところがX線が当 たるとラジカルを消す力が弱くなり,ラジカルが反 スライド45 スライド46 スライド47 スライド44 応してこのように速くなったことが推定されるわけ です。 (スライド49) スライド 49 は放射線感受性マウスの酸化的スト レスによる影響をまとめたものですが,放射線感受 性マウスでは非感受性マウスに比べて酸化的ストレ スによる影響は大きいことが in vivo ESR でわかっ たということです。 スライド43
スライド50 スライド48 スライド49 3.8 重粒子線照射によるラジカル生成のin vivo ESR測定 3.8.1 重粒子線を用いたがん治療用の加速器 (HIMAC) (スライド50)
私たちの研究所では,HIMAC(Heavy Ion Medical Accelerator in Chiba)という炭素線を使った高エネ ルギー重イオン加速器が,すでに平成6年からスタ ートしてがんの治療に用いられています。今年の夏 ぐらいまでで 1,300 症例ぐらいを治療しています。 こういうものも実はラジカルを作るのではないかと いうことで調べました。 3.8.2 重粒子線の特徴 (スライド51) スライド 51 は重粒子線の特徴を示しています。重 粒子線は体の正常な部位にはあまり影響を与えない でダイレクトにがんのところまで行き,がんのとこ ろで止まります。X線等と違って非常に深く入って エネルギーの高い状態でがん細胞に行くということ で,非常に有望な装置として使われているわけです。
こ の 点 線 で 示 し た も の は LET( Linear Energy
Transfer)ですが,この部分が正常の組織に影響する のではないかと考えられますが,この研究は実はあ まりやられていないのです。そこでこのエネルギー の少し高い高 LET の部分と低 LET の部分の影響を in vivo ESRで調べました。 3.8.3 重粒子線照射マウスのin vivo ESR測定 (スライド52) スライド 52 に示すようにX線照射のときと同じ実 験方法を使い,重粒子線による障害の指標としては 体重,肝湿重量の変化,血清 GOT,肝臓ホモジネー トの TBARS を併用して調べました。 (スライド53) 高 LET の 60 keV/µm ですと体重が4日目ぐらいか らかなり減ってきます。ところが 15 keV/µm の場合 は,X線と同じぐらいにそれほど体重の変化はない ことがわかります。 (スライド54) スライド 54 左図は重粒子線による肝湿重量の経 時変化を示しています。60 keV/µm を用いたときは, 7.5 Gyではかなり肝の重量が減っています。0は当 てていないときです。逆に血清の GOT は 7.5 Gy で
はかなり高くなっています(スライド真ん中の図)。 TBARSを見てみますと,7.5 Gy の方が高いことがわ かります(スライド右図)。 (スライド55) 重粒子線照射マウス上腹部のスピンクリアランス を見てみますと,スライド 55 に示すように照射直 後ではかなり増えています。ところが1日ぐらいた ってきますとその逆になっています。このときには スライド52 スライド53 スライド51 肝臓の重量が減ってくるし,GOT は上がってきます。 35∼ 36 時間ぐらいたちますとこの速度は遅いので すが,体重が減ってくるということでこれは代謝系 が損傷されていると考えられます。 (スライド56) 重粒子線照射マウス上腹部のスピンクリアランス の照射直後を見てみますと,スライド 56 左図に示 すように線量にある程度依存しています。肝臓の
スライド58 スライド56 スライド57 スライド54 スライド55 TBARSは同じように対応していることがわかりま す(スライド右図)。 (スライド57) スライド 57 に示すようにジメチルスルフォキシド (OH ラジカルのスカベンジャー DMSO)を 20 分前に i.p.投与すると,スピンクリアランスの速度はコント ロールと同じぐらいになります。DMSO は OH ラジ カルのスカベンジャーですので,重粒子線照射によ りスピンクリアランスの速度が速くなるということ は,OH ラジカルあるいはそれから発生するラジカ ルによるのだろうということが推測されます。 (スライド58) スライド 58 は 7.5 Gy 重量子線照射 4 日目における 傷害指標の LET 依存性を調べたものです。LET の高 い方が 60 keV,低い方は 15 keV です。体重は高 LET の方が影響は大きく,肝臓の重量も高 LET の方が影 響は大きい。逆に血清の GOT は高 LET の方が上が ってきます。肝臓の過酸化も上がってくることがわ かります。 (スライド59) スライド 59 は 7.5 Gy 重量子線照射直後における上 腹部スピンクリアランスの LET の依存性を示してい ますが,これもある程度,高 LET の方が速くなるこ とがわかります。 (スライド60) スライド 60 は以上の結果のまとめです。高 LET の重粒子線照射で肝障害,肝 TBARS の値が増加し, そのときに上腹部でスピンクリアランスが増加しま した。 線 量 依 存 性 で は ス ピ ン ク リ ア ラ ン ス の 増 加 は TBARSの値の増加とよく対応し,DMS で抑えられた
スライド61 スライド59 スライド60 ということで,スピンクリアランスの速度は OH ラ ジカルに関係した現象ではないかと考えられます。 高 LET は低 LET よりも生体障害に強く関与している ことがわかりました。 4 最後に (スライド61) in vivo ESRを用いる研究には,①感度の改善, ②新しいスピントラップの開発(内在性ラジカルに 選択的,例えば NO に特異的な鉄錯体,かつ臓器に 特異的なスピントラップ),③スピンプローブの改 良(臓器に特異的,かつ内在的ラジカルに特異的)な ど,今後改善しなければいけないハードの問題,ソ フトの問題があります。これらの問題を解決すべく, 我々のグループ及び共同研究者とともに研究を続け たいと思っております。ご清聴ありがとうございま した。 (平成 14 年7月2日に富山医科薬科大学で開催され た安全講習会の特別講演の講演録)