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Pamelaの研究 : story‑tellingとcommentation

著者 小林 順

雑誌名 主流

号 39

ページ 18‑32

発行年 1978‑03‑25

権利 同志社大学英文学会

URL http://doi.org/10.14988/pa.2017.0000014920

(2)

18 

Pamelaの研究 s t o r y ‑ t e l l i n g と c o r n r n e n t a t i o n

林 IJ買

Samuel Richardsonにとって Pamelaの執筆は当初予定外でもありま た予想外でもあった.その聞の事情はここにくりかえす必要もないほど広 く知られている .Pamelaは Richardsonを一介の印刷屋の運命から救 い出すばかりか, 18世紀中葉の英国にセンセーションをまきおこし,後世 の小説研究者および読者には近代英国小説発生の究明のための重要な資料 となる.しかし文学史上重要な地位を占める作品でありながら,その評価 は発表当時より今日までけっして高いものとは言えない.H. Fieldingの 作と言われる Shamelaは Pamelaの parodyの形をとり後者の出来栄 えとそこに主張される道徳的見地に対する疑問一一極め付の悪女Shamela がさそう突いは完壁な virtueの持主 Pamela像に対する間接的な攻撃で はあるまいかーーの表明と言えよう

そして,今日なお,Pamelaを一編の小説として高く評価する例は少し 一例をここに紹介すれば, Cynthia Griffin Wolffは以下のとおり公言し てはばからない.

. we can most profitably  explore  this  novel by  raising  two  questions:  why do we sti1l  feel Pamel

s force

, 

why do we  expect it  to be a great  work;  and  secondly

, 

why are  these 

expectations disappointed

, 

why do we reject  the  nove1  as  be‑ trayal of its  own potentiality? 

WolffがPamelaをどの程度に評価するのかは推して知るべしである.

(3)

Pamelaの研究 story‑tellingcommentation 19  彼女はこの作品を Clarissaへの発展的一段階として位置づけるが, あく までも小説史上の遺物としての評価をおこなうのである3 Wol妊の説に与 するにせよしないにせよ Pamelaが自らの小説としてのアイデンティフィ ケイションを高くあがなわねばならぬのはたしかである.

Wolffの Pamela論は characterizationの検討を骨子とするものであ り,彼女の着眼は納得のゆくものである.Dorothy Van Ghentは,その 著書 TheEnglish Novelのなかで, 近代英国小説の重要な特徴に心身両 面にわたる精綾な characterizationを あ げ て お り そ れ の 検 討 を へ て の Wolffの Pamela観は決して唐突なものとはならない. むしろ Pamela

自体に小説としての存在証明をあいまいにする要素が見られるからなので ある. もっとも Wolffは Pamelαを小説と認めることに麗賭するわけで はない.

この小論にはPamelaの小説としてのアイデンティフィケイション自体 の検討が計画されているのではなく,それをしばしば危くする要素に関す る検討がなされる.その要素とはむしろ小説一般に共通するものであり,

ここで問題となるのはPamelaにおけるそれの特徴的位相ということにな る.そして要素とはふつう小説の骨子,あるいは記述にとっての課題とさ れる story‑tel1ingとcommentationであるえ

BedfordshireのB邸の15歳になる小間使い PamelaAndrewsはB夫 人のおぼえめでたく,夫人によっておおいに庇護されることになる.しか し, 間もなく夫人は他界, そのため小間使いは行〈末を案じはじめる.

Pamelα は B夫人の死をくやみ行末を案じる少女による両親宛の書簡を もってはじまる.

しかし, Pamelaのいだく不安は柁憂におわり, B夫人の子息B氏は母 親の言葉にしたがいこの小間使いを擾遇する.ところが,母親ののこした

(4)

20 nelaの研究:story‑tellingcommentation

言葉に忠実な B 氏には下心がある.彼は,下卑た表現を使え~;f, Pamela  を『もの』にする腹づもりである.しかし,

B

氏は重要な一点を見のがし ている.それはPamelaが抱く強情なと言えなくもない強固な貞節観であ る.したがって,

B

氏は彼女をものにできねばかりか,逆に彼が彼女のと りことなる. さらに好余曲折のすえ Pamelaはまんまと B夫人の座を射 とめる.彼女のなめる辛酸はようやくいやされ,結局彼女の貞節は正当に 報いられる.

上記の簡単な要約は Pamela第1巻の storyをかいまみるにしても十 分とは言いがたいが, ともかく第1巻にこのような storyが読まれるこ と, さらにこの storyがこの巻の骨子とされることの銘記に一助となろ つ.

ところでこの第1巻6には453頁をかぞえる. 上に要約したあまりに有 名な storyは第1巻の69%のスペース, 316頁をついやして描かれる.

Pamela, or Virtue Rewardedというタイトルによって暗示される story は453頁のうちの 316頁をもって完結している. のこり 137頁には B夫 人 Pamelaの日常生活がこまごまと描かれる.そうじてこの部分に読み物 としての面白味あるいは魅力はうすいが, 注目すべき2つの episodeが 書かれている.まず Bの実姉, Barbara DaversとPamelaのあいだに たたかわされる息づまるはげしい言葉のやりとり,それにつづく 2人の和 解の episode7,そしてBとSallyGodfreyの恋の顛末の episode8であ る. これら2つの episodeにおいては, すでにその要約をのべた story と同様に, Pamelaは生々しい存在感をおびた人物として姿をあらわすの である. E. A. Bakerは英文学史上一個の人間としての perfect1ike‑ liness, "g 要するにいわゆる verisimilitudeを具現する最初の人物に Pamelaをあげているが,上の storyや episodeの彼女はいかにもそれ

らしい一個の人間のふくらみをそなえている.

しかし,いっぽうには Pamelaの人物像そのものに否定的評価をおこな

(5)

Pamelaの研究;story‑tellingcommentation 21  う向もある.Cynthia GrinWolff10と同時に ArnoldKettleをあげる ことができる.Kettleはつぎのようにのべている.

But the technical crudity

, 

forgivable anyway in a pioneer

, 

is  the least  of  the  faults  of Pamela.  The fundamental  trouble  is  that we are asked to  admire  actions  and characters  whose  moral basis is  quite  unadmirable. Virtue  Rewarded'  is  the  sub‑title of  the novel

, 

and by the  end  of  four  volumesll  the  wel1‑guarded chastity of the heroine is  indeed  rewarded by a  considerable income

, 

not to mention social position.12 

Kettleによる指摘のとおり, 作品全体から考慮するとき Pamelaとい う人物の像に不自然な変形の生じるのは事実である.しかしこのような非 難をまぬがれる, Pamelaの生々とした姿の描かれる sceneのすくなから ずあるのも,すでにのべたとおり,また事実で、ある.

いずれにせよ,第1巻後半部は大方退屈な記述となっている.残念なこ とに今日我々の親しむおおくの小説およびそれの形態とくらべるとき,す こぶるかけはなれた様相をあらわしている.しかし,公式の小説観ないし その定義が今日存在するわけではなく,いわゆる小説らしからぬ小説もで まわっている.しかしながら, そのような小説は Ulyssesや Absalom.

Absalom!がそうであるように, 事前の方法論ときりはなしてはその創 作が考えられぬ作品である .Pamelaの執筆にさいして Richardsonが Joyce Faulknerのように方法論の持主であったとは考えられない.

John  Carrollの指摘にもあるとおり Richardsonは無意識のうちに天才 を発揮していたと考えるのが無難であろう18 このような意味における方 法論の不在にもかかわらず, Richardsonは1つの方法,書簡体を用いる

のではある.

この第1巻後半部137頁とそれ以外の部分の断絶はつぎの点からもあき らかである Pamelaの文章はとつぜん調子のかわったものとなり,それ

(6)

22  Paηzelaの研究:story‑tellingcommentation

は15歳の乙女のものではなくまるで分別盛りの女性のベンによる文章であ るかの印象を与える. A. M. Kearneyは彼女の文章を deliberate," 14 

分別くさいと評している.

また,視点をかえれば,この断絶が記述上の主題の変化によって生じる とも言えよう.はじめの 317頁には Pamelaの試練と,栄光の storyが もっぱら描かれるが, のこり 137頁にはそのスペースを一貫するような storyは描かれてはいない. A. M. Kearneyの言葉を借りるならば,そ こに描かれるのは adeliberate  and literary commentary" 15 なので ある.

ここでこの問題に書簡体とのかねあいで少しく検討を〈わえてみよう.

A. D. Mcki1lopはPamelaの書簡体にかんする研究においてつぎのよう な意味の指摘をおこなっている.書簡にはさまざまの出来事,人の立居振 舞および言動,そしてくさぐさのおもいや考え,このようなことがらの詳 細な記録がなされるあいだに,そのような書衝はあつまって作家の既定の 課題, thenove1ist's  foreordained end " 16の表現となる.Richardson  の書簡体の効果は本来劇的臨場感にあると言われ, Richardson自らこの styleを newManner of Writing‑to the moment'" 17とよんでいる.

かかる styleを用いた Richardsonの意図を推察して Mark Kinkead‑

Weekesはつぎのような意味の指摘をおこなっている.Richardsonは, 書簡の効力を十分に生かし,劇的経験一一M.K. Weekesの言葉を引けば

an experience that is  like' drama " 18 である一ーの言うなれば劇的 進行一‑"the imaginative process  that is  characteristic of  the true  dramatist . . . " 19̲一ーをねらっていた. このような processは Pamelα においては Pamelaの試練と栄光の storyのことである. 劇的経験の劇 的進行が読みごたえある記述にかえられるのは story‑tellingにおいてな のである. したがって heroineでありながら同時に narratorである Pamelaは, そのような story‑tellingに没頭するとき, 臨場感のみなぎ

(7)

Pamelaの研究:story‑tellingcommentation 23  る文章一一A.M. Kearneyはそれを adirect and spontaneous  man ner " 20 と言うーーをつづ、ることができる.

いっぽう第1巻後半部の PamelaBはもっぱらそのたく九、まれなとうた われる人品にくわうるに向うところ敵なしの感さえ読むものにいだかせる 知性と弁舌によって,人々の道徳的向上におおいなる貢献をおこなうのみ である.この部分の主題は第1巻にそなえられた後書きからもわかるとお り, Pamelaを婦女子の鑑,彼女達の道徳の向上のための立派な模範およ び師範とみなされるにふさわしい人物像に措くことである.

Are all  so  signal  instances  of  the  excellency  of  her  mind

, 

which may make her charater worthy  of  the  imitation  of  her  sex;  and the editor  of  these  sheets  will  have  his  end

, 

if  it  inspires a laudable emulation in the minds of any worthy persons

, 

who may thereby entitle themselves to the rewards

, 

the praises  and the blessings

, 

by which Pamela  was 80 deservedly distin‑ guished.21 

書簡の editor,言うまでもな< Richardson自身のねらいは第2巻に おいても同様のあるいはそれ以上の成功の期待をこめて作品化されること

となる.

第2巻にはさまざまの問題にかんする Pamelaの持説を読みとることが できる.その 1例として, readingnovels and romances " 22のこのま しからざる影響にかんする Pamelaの持説を紹介しておきたい. 彼女は romance novelを忌むべき読み物ときめつけるとともに, それらに輿 味をおぼえ実際に読んだとき女子のこうむる影響について以下のように述 べる.

For  to  those, she  would have  it, are  principally  owing, the  rashness and indiscretion of soft and tender dispositions : which

, 

in breach of their duty

, 

and even to  the disgrace of their sex

, 

(8)

24  Pamelaの研究:story‑tellingcommentation

too frequently set  them upon enterprises

, 

like those they have  read in  those pernicious writings

, 

which not seldom make them  fall  a sacrifice to the base designs of some wild intriguer; , , ,23 

Bによるたびかさなる誘惑にも屈せず,逆にその道徳的感化により Bの 改心に成功した Pamelaのこのような romanceおよび novelの見方は きわめて教訓的である.被女はこのような読み物を忌避するのみか,推測 するならば,それらの発禁さえも望むかのごとき語調で書いている.

このように直接的に持論が述べられることもあれば,寓話の形をかりて 述べられることもある. たとえば,第2巻の最後をかざる場面に Pamela が養女 MissGoodwinにたとえ話をする.その話のなかに4人の女性,

Coquetilla,Prudiana, Profusiana, Prudentiaが登場する. 4人それぞれ の characterizationを簡単に紹介すれば以下のとおりである.

Coquetillaの母親は随分派手な女性であり,外出がちのどちらかといえ ば遊び好きな女性である.この母親は娘の教育に真剣になるどころか,娘 をほったらかずのみである.そして Coquetilla自身も母親によく似た女 になってしまう.彼女はちやほやしてくれる男達とのかるはずみな関係の ために浮名をながすが, ついに a man more bold  and more  enter‑ prising than herself" 24と出会うとその後一挙に不幸な運命のもてあそ

ぶところとなる, Irelandに流れてゆき,その地で肺の病いのためにわび しくこの世を去る25

Prudianaは紳士である父親の手一つで育てられる. 彼は娘が男達と交 わることをいっさい許さず, かといって十分の教育を彼女にほどこすに 足る能力の持主でも伝かった. こうして Prudianaは視野の狭い高慢な 女になってしまう. さらに悪いことに, 彼女には sense of  religious  duties " 26のかけらさえもないのである.これも父親の不行届きな教育に 原因がある Prudianaは Coqueti1laの犯したあやまちをくりかえさな いものの,女性としての魅力のとぼしい頑迷な人物となる.その結果,邸

(9)

Pamelaの研究:story‑tellingcommentation 25  の従僕とよからぬ間柄となるにおよんで,激怒した父親によって勘当され,

無一文で家を出る.従僕であった男は他に芸もなく床屋を営み, Prudiana は床屋の女房となってしまう27

Profusianaは上の2人とはくらべられぬほどの理性と魅力の持主では あるが,彼女にも派手好みで遊び好きな面がある.彼女は舞踏会にたびた び出掛けたり,オペラ見物をたのしみにするのみか, TurnbridgeやBath など有名な保養地に姿をあらわすのである. 彼女は Coquetillaのような 浮名もながさず Prudianaのように身分不釣合いの関係をもつのではな いものの,場所や雰囲気や人にあわせた振舞いのあまりにたくみなことの ために,男達は1人として本気で彼女に交際を申し出ないのである.かく

して Profusianaは財産めあての下らぬ男にたぶらかされたあげく, す てられてしまう.彼女がその後どのようになったのかを知る者はいない28

Prudentiaは幼くして両親を失うが,伯父と伯母により育てられる.彼 女は義父母の行きとどいた教育によって,立派な女性に成長する.彼女は Coqueti11a, Prudiana, Profusianaたちの犯した誤ちをくりかえさぬだけ にとどまらず, thegraces of the most perfect " 29にならい彼女自身 そのような女性たらんとつとめる.その甲斐あって,また生れつきのもの である人品および性質もくわわり,彼女は立派な紳士と結ばれるにいたる.

結婚の後 Prudentiaが良妻賢母であるのは言うまでもないことである30

ところで 4人の名前, Coquetilla, Prudiana, Profusiana, Prudentia  はあきらかに寓意的である. 念のため相当する形容詞を記せば, 順次 coquettish, proud, profuse, prudentとなろう. 名前を一見すればおの ずと人物像が浮ぶ仕組みになっている.

このような Pamelaの話に耳を傾ける MissGoodwinは, Bがかつて 恋人であった SallyGodfreyに産ませた子供で、ある.Miss Goodwinの 出生の episodeは第1巻31に書かれているが,彼女にはそのことはかくさ れている. 彼女は Bが実の父親であることを知らされておらず,伯父だ

(10)

26  Pamelaの研究:story ‑tellingcommentation

と信じている32 彼女の実の母親は今Jamaicaに人妻となって幸福な生活 をおくっている33 したがって,Prudentiaの生い立ちはあきらかに Miss Goodwinのそれに似ているため, 彼女は Pamelaの意図をただちに見抜 いている.Prudentiaは彼女自身と,その伯母は Pamelaと照合すること となる.PameIaはPrudentiaのような女性となれと MissGoodwinに 言っていることになる.

しかし, Miss Goodwinは Pamelaがはなしおえると感きわまって次 のように言うが,それにたいする賢婦人 Pamelaの応答もあわせ, 2人の やりとりを引用してみる.

Madam! Madam!"  said  the  dear  creature

, 

smothering  with her rapturuous kisses,Prudentia  is  YOU!... Is  YOU  indeed ! . . . It can be nobody else! . . . 0 teach  me

, 

good God! 

to  follow your example

, 

and 1 shaIl  be a Second Prudentia. 

Indeed 1 shaIl!" 

God send you may

, 

my beloved  Miss!  And may he  bless  you more

, 

if possible

, 

than Prudentia was blssed1 " 34 

Pnelaは MissGoodwinが第2の Prudentiaとなることを願ってL、 る.また,彼女を理想の女性Prudentiaと同一視する Miss Goodwinの ことばをあえて否定はしない. この寓話から1つの教訓!と同時に Pamela とPrudentiaのアイデンティブィケイションが読みとれる. 作品のねら いは,すでにのべたとおり,女性の鑑としての Pamela像の表現にあり,

そのような彼女の存在自体すでに教訓的なのである.そして, Pamela自 身によりそのようなことのいっさいが書かれなければならぬ制約がこの作 品には存在する. このために, Pamelaの真意がどこにあれ結果的にまる で自画自讃の文章をつづ、るという自家撞着におちいる.

他にもまさに数かぎりなく讃辞は Pamelaにむかつてささげられるのだ が,それらを彼女はのこらず記録する.一例として, Barbara Daversが,

(11)

Pamelaの研究:story‑tellingcommentation 27 

ついに実弟 B とPamelaの結婚を承認し,かつて手のつけられぬ蕩児で あった Bの改心にあずかつて力大であり, その聞の事情を物語る一連の 手紙の閲読に Pame1aの同意を求める場面からその一部を引用しておく.

She (Barbara  DaversJ was  pleased  to  kiss  me again

, 

and  said, There is  such a noble simplicity  in  thy  story, such  a  honest artlessness in thy mind

, 

and such a sweet  humility  in  thy deportment

, 

notwithstanstanding thy present  station

, 

that  1 believe 1 shall  be forced  to  love  thee... and  the  sight  of  your papers

, 

dare say

, 

will crown the work;  will  disarm my  pride. . . .85 

上記引用文は他の誰でもなく Pamelaにより書かれたものである.これ に類する個所はひんぱんにあらわれるため,たとえ Pamelaがへりくだっ て, 1am afraid, my dear father and mother, 1 shall  now be  too  proud indeed" 86 と言ってみても, 臆面もなく書きつづける彼女にずう ずうしさとでもいったもの一一M.K. Weekesはそのような Pamelaは

far  from humble " 37だと述べる一ーが感じられたとしてもいたしかた ない.

このようなこのましからざる効果の原因は Pamelaがになう 2つの役割 の相矛盾することにあるのではあるまいか. 2つの役割とは heroineと narratorあるいは letter‑writerのことである.A. M. Kearneyの指摘 にしばらく耳をかたむけると以下のとおりである88

Pamelaにおいて,書簡はもっぱら Pamelaによって書かれるために,

作品を支配する視点は彼女のものとなる.このため彼女の体験自体とそれ の記述との距離をはかる客観的規準がどこにも存在しないことになる.し たがって Pamelaによって述べられることすべては公認のものとなる.

我々には彼女の記述を全面的に信頼するかあるいは疑うかの二者択一しか 許されぬこととなる.しかしこのような意味であれPamelaの記述に一貫

(12)

28  Pamelaの研究:story‑tellingcommentation

性があればまだしも, しばしば当初ねらわれた以上のことが意識されぬま まに書かれてしまうのである.公認された narrator,Pamelaは無視され,

記述はそれ自体のエネルギーによってそれの主題を語りはじめる.一例を ここに紹介しておきたい

.B

は一見傍若無人の蕩児であるかのようにくり かえしくりかえし Pamelaを誘惑する.彼を支配するのは単なる好色と思 えるが,彼の内には真面目な恋心とよこしまな心とのあらそいがひめられ ているというのが真相である. Pamelaは自らはまったく気付いてもいな い Bの苦しみを書いてしまっている. たとえば,両親の元へ戻ることに 決めた Pamelaに翻意を求める Bは胸の内をさらけだし,愛を打明ける.

しかし Pamelaは依然Bを疑い,誘惑のためのあらたな策略と考えてい る.

Only oblige me," said he, to  stay a fortnight  longer.  ー

o

Sir," said 1, my heart wil1 burst, but, on my bended  knees

, 

1 beg  you to  let  me go tomorrow

, 

as  1 designed;  and  don't offer to tempt a poor creature

, 

whose wilI would be yours

, 

if  my virtue would permit."

ーペ.. 

1 intend no injury to  you

, 

God is  my witness l"一 Impossible!" said 1.  . . .39 

Pamelaが自分の体験の詳細な記録をおこなうことは疑う余地といって ない.しかし,彼女は客観できる立場にはいない.そのために,彼女によ ってったえられる Bの人物像は彼女自身の視点をとうしてしか見られぬ ため偏ったものになる叫.しかし,このような不都合も Pamelaが story‑ tel1ingに没頭するとき, 即ち劇的経験の劇的表現が進行するかぎり,相 殺されてしまう.M. K. Weekesは上記に引用したような場面において,

Pamelaによる記述は themoment dramatic narratives"となり, そ こには生々しい肉声の表現一一一 livingvoices in a dramatic present " 41  一一ーがおこなわれている,と指摘している.しかし, E. A. Bakerの指摘42

にもあるとおり, 教訓的意~--"didactic  purpose" 43ーーが Pamela

(13)

Pamelaの研究:story‑tellingcommentation 29  の記述を支配するとき事態は一変する.

突然 moralistの語調の記述を Pamelaがはじめるのは,作品にとって の言うなれば公式の視点としては Pamelaのそれしか存在しない体裁に作 者 Richardsonも不都合を感じているからに相違ない.Richardsonはあ えてその不都合と不便を解消しようとはせず,彼自身の持論をPamelaの ベンを借りて述べようとする.したがって, PamelaはRichardsonの代 理一一‑M.K. Weekesは the formal  surrogate  of  her  author

, 

the  moralist" と述べている一一ーとして健筆をふるわねばならない.同様の 指摘はA.M. Kearneyによってもおこなわれる.Richardson はあえて Pamelaのベンを借りて, adeliberate  and literary  commentary" 45 

を述べ3 そのために作品の dramaticproportion " 46は破壊されてしま う. ことに,第2巻は the sermon  in  shape" 47 と思えるほど徹底し て commentationがもりこまれる.

このようにPamelaには判然と識別できる記述上の2つの課題を読みと ることができる.それらは story‑tel1ingとcommentationである.前者 によって読む者には劇的臨場感が生まれ,Pamelaの重要であると同時に 魅力的な部分となるが, 後者によりその大部分のスペースを占められる 第1巻の後半部と第2巻は魅力ある読み物とはならない.E. A. Bakerは 第2巻を実にあっさりと adull book" 48 と称してはばからぬ.結局,

Pamelaにはっきりと色別けできる2つの部分が存在するのは story‑ tellingと commentationを同ーの textureに織りなす文章を欠くから である.

1 Wi1liam M. Sale, A Bibliogral'calRecord of His Literary Career with  Historical Notes (D. S. A.: Yale University Press, 1969), pp.  11‑35.  Cynthia GrinWol,Samuel Richardson and E弦hteenth‑CenturyPuritan 

Character (Hamden, Connecticut: The Shoe String Press, 1972), p.  59. 

(14)

30  Pamelaの研究:sryllingcommentation 3 Ibid., pp. 7475.

4 Dorothy Van Ghent, The Eπ!fJlish Novel: Form and Fu:nctzくNewYork: 

Harper & Row, c.  1953), p.  8. 

小説になんらかの actionが描かれ,それは特徴ある storyおよびepisodeと して具体化されることは言うまでもない.(cf. MauricZ.Shroder,The Novel  As A Genre,"  The Theory of the Novel, ed.  Philip  Stevick [New Y ork 

London: The FrePress, c.  1967])また,小説には物の見方および思想、といっ たものの表現という意味で commentationがなされることは言うまでもない.

D. V. Ghentは次のように述べる. Final1y, we judge a novel  also  by the  cogency and i1luminative quality of the view of  life  that it  aords,the idea  embodied in its  cosmology."  (D. V. Ghent, p. 7.) 

Samuel Richardson, Pamela (Everyman's Library " ; London : Dent Sons,  1972), 2 Vols.なお,第1巻は1740年2巻本として出版されたが,そのタイトル は以下のようにひじように長いものであった. Pamela:01' Virtue Rewarded. 

In a Series of Familiar Letters j'om a beautグul Yo回 答 Damsel,to  her  Parents.  Now first published in  order to  cultivate the Princzρles  of Virtue  and Religion in  the Minds of the  Youth of both Sexes.  A Narrivewhich  has its  Foundatioπin 7uthand Natu1'e;  and at  the  same time that  it  agreeabかentertains,by a Variety  of curious and affecting Incients,is  entirely divested of all those lmages, which, in  too many Pieces  calculated  for Amusement 0河ら"tend  to  inflame the  Minds  they  should  instr

(Ernest A. Baker, Thestoryof the Englishvel,vo. lIV [New Y ork 、: Barnes Nobles, 1963], pp. 29‑30). 

7 Pamela, vol.  1, pp. 341‑359, 375‑395.  8 Ibid., pp. 435‑441. 

9 Ernest A. Baker, p.  28. 

10 The transformation from serving girl  to  lady is  no mor satisfying than  the techniques used to  render Pamela's chacter."(C.  G. Wolff, p.  72.)  11  Everyman叢書におさめられた Pamela第1巻は1740年に,第2巻は1741年

にそれぞれ出版され 2分冊の形をとったため合計すると4巻となる.

12  Arnold Kettle, AπIntroduction to the Eπ!fJlish Nt. el,vol. 1 (Hutchinson  University Library"; London: Hutchinson, 1972), p.  60. 

13  John Carrol1, In位。duction,"Samuel Richardson: A Collectioll of Critical  Essays, ed. John Carroll (Twentieth  Century  Views";  Englewood  Clis, New Jersey: Prentice.Hall, c.  1969), p.  3. 

(15)

Pamelaの研究:storytellingcommentation 31  14  A. M. KarneyRichardson'sPamela: the  Aesthetic  Case,"  Samuel 

Richardson: A Collection 0/ Critical Essays, p.  29.  15  Ibid., p. 31. 

16  A. D. MckillopEpistolary Technique  in  Richardson's  Novels,"  Samuel  Richardson: Collection 0/ Critical Essays, p. 139. 

17  次に掲げる本にヲ閲されたものである MarkKinkead‑Weekes, Samuel R

chardson: Dramatic Novelist (心ndon:Methuen, 1973), p.  395.  18  Ibμ・, p. 397. 

19  Loc. cit. 

20  A. M. Kearnεy, p.  29.  21  Pamela, vo l.1, p. 453.  22  Pamela, vo l.2"'p. 449.  23  Ibid., p. 450. 

24  Ibid., p. 465.  25  Loc. cit.  26  lbid., p. 466.  27  Loc. cit. 

28  lbid., pp. 468469.  29  Ib以,p.  470.  30 Ibid., p.  471. 

31  Pamela, vol.  1, pp. 435437.  32  Ibid., p. 436. 

33  Loc. cit. 

34  Pamela, vo. l2, p.  471.  35  lbid., p. 413. 

36  Loc. cit. 

37  M. K. Weekes, p.  64.  38 A. M. Kearney, p.  29.  39  Pamela, vol.  1, p.  70 

40  M. K. Weekesはこの点にかんとして次のように述べている。 Aswe have  seen, one of the central ways of misradingPamela is  to  adopt her view of  her master.  To pay close attntionto what B actually does  and  says, and  to puzzle over what is  puzzling about Pamela's account of him, is  to discover  a character by no means so black and so  bbyish, and a great  deal  more 

mplex and interesting than one had supposed.  Yet the true B has appar

(16)

32  Pamelaの研究:storytellingcommentation

ently remianed almost invisible since 1740."  (M. K. Weekes, p.  96.)  41  Ibid., p.  396. 

42  E. A. Baker, p.  28.  43  Loc. cit. 

44  M. K. Weekes, p.  95.  45 M.Kearney, p. 31.  46  Ibid., p.  30. 

47  Ibid., p.  32.  48  E. A. Baker, p.  32. 

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