NII-Electronic Library Service
近
郊
農
村
に
お
け
る
民
間
信
仰
盛
衰
の
一
考
察
N工工
一
Electronlc Llbrary Servlce ー栃
木
市
下
田宿
、
仲
仕
上
の事
例
i
黒
丿
弘
賢
1
近
郊農
村における民 間 信仰
盛 衰の一
考 察(
黒 川 )日
本
民
族
の文
化
を
理解
す
る一
方
法
と し て 民 間 信 仰 を 手 が か り と す る こ と が でき
る。
周
知
の と お り 日本
列
島
の 自然
的
、
地
理
的
諸
条
件
は非
常
に複
雑
で、
そ の社
会 の 基 盤 を なす
農
業
村
落
の 生活
様
式
も 地域
に よ っ てき
わ め て複
雑
な条
件
を具
備
し て い る 。特
に農
耕
と年
中
行
事
と の 密 接 な む す び つき
を み の がす
こ と は でき
な い。
農
耕
従
事者
に と っ て は 天候
や病
虫
害
は作
物
の出
来
不 出来
を作
用
す
る重
要
な問
題 で古
来
か ら農
耕
作
業
の そ れ ぞ れ の機
会
に、
豊
作
を
祈
り、
災
害
の少
な
き
を
祈
っ て真
剣
にと
り く ん でき
た。
我
国
農
業
の根
幹
であ
る稲
作
に と っ て、
適
度
の 降 雨 は 不 可欠
の条
件
で あ る が い っ た ん こ の リ ズ ム が 破 ら れ る と早
魃
・
大
風
水
害
と いう
現象
が お こ り人
々 は こ の危
機
に対
処 す る た め に 雨 乞、
風祭
り、
雲
切
り祈
薦
( 長 雨 の時
に 雨 が上
る よう
に行
う
儀
礼
)等
の諸
儀
礼
が お こ な わ れ て き た。
一
方
現
代
の よ う に農
業
科
学が
進
歩
し 田畑
に撒
布
す る各
種
の優
れ た農
薬
( し か し これ
も
公
害
と いう
新
し い危
機
の問
題
を含
む
)農
耕
機
具
が発
達
し な か っ た時
代
に お い て は農
作
物
の病
虫
害
は ほ と ん ど防
ぎ
よう
が な か っ た 。 そ の 駆除
対
一
413
一
NII-Electronic Library Service
密 教 文 化 論 粲策
と し て は 「虫
送
り儀
礼
」 に み ら れ る神
仏
に祈
念
す
る方
法
し かな
か っ た 。斯
様
な儀
礼 も 農 耕従
事
者
独
り で は な し得
ず
人
々 が一
地
域
に幾
世
代
にも
わ た っ てき
つ い た 生活
のな
か で形
成
さ れ て い る。
我
々 は こ の自
律 性 の強
い生
活
共
同体
の地
域
社
会
を
村
と し て把
握
せ ね ばな
ら ぬ。
勿
論
村
は内
部
の種
々 の構
造
・
組
織
・
機
能
に よ っ て多
様
で あ ワ村
の特
色
が っく
られ
て い る が、
こ こ で い う 村 は伝
統
的
な村
(部
落
に当
る ) で今
日一
般
の行
政
組
織
と し て の何
々村
と は異
な る。
村
の組
織
の中
に は 信仰
に お け る共
同
(信
仰
集
団
) に か か わ る も の が あ る。
信
仰
を
媒
介
に結
び つく
と い う こ と は そ の集
団
が と く に信
仰
の た め に あ る時
間
活
動
す
る こ と に なり
、
さう
す る と そ の媾
成
員
の間
に は特
殊
な雰
囲 気 が か よ う よ う に な る。
村
に お い て は産
土神
を
中
心 と す る氏
子
集
団
、
宮
座
、
共
同 祭 祀 の神
仏
、
檀
徒
集
団
、
講
集
団 等 々 の 組織
がも
た れ て い る。
こ れ ら のあ
るも
の は年
中
行
事
の中
に組
入れ
ら れ て、
道
祖
神
の 祭、
雨 乞、
虫
送
り、
風祭
り、
辻
が た め (辻
念
仏
と称
し、
村
や
部
落
に悪
霊が
侵
入 す る の を防
ぐ
た め村
の出
入 口 の 辻 に社
寺等
の お礼
等
を
た て る行
事
) な ど が各
地
で行
われ
て い る。
こ の共
同
の連
帯
感
を 通 し て村
意
識
は よ り結
束
さ れ村
は外
部
村
に対
し て何
ん ら か の 排 他 性 が み ら れ る 。 こ の こ と は先
学 の徒
が指
摘
し て い る如
く相
接
す
る 二 つ の村
が成
立す
る事
情
や年
代
を
異
に す る とき
は村
の境
は 目 に み え ぬ壁
を有
し非
常
に重
要
性
を お び て い る こ と が う か が え る 。本
稿
で と り あ つ かう
辻
が た め、
(
辻
念
仏
) も こ の よ う な民
間
の 信仰
な の で あ る。
註 1 「 民 閭 信 間 信仰
に 於 け る 鎮 送 呪 術 に つ い て 」 堀一
郎我 が 国 民 間 信
仰
史 の 研 究⇔
宗 教史
編 昭 和 三 十 年 十一
月 三 十 日元 社
「 民 間 念 仏 信
仰
の 研 究 」°
資 料 編仏
教
大 学 民 間 念 仏 研 究 会 編隆 文
館
昭 和 四 十
一
年 二 月− 地 蔵 と 雨 乞 」 井 之 口 章 次 仏 教 と
民
俗7
大 正 大 学 仏 教 民 俗 学 会
昭 三 十 八 年 二 月
「 伊 賀 河 合 の 雨 乞 踊 と 願 の や ま 」 高 谷 重 夫 民
俗
五i
五 昭 和 三 十 七 年 三 月日 本 民 家 集
落
博 物 館 創一
414一
NII-Electronic Library Service
近 郊 農 村に おける民 間 信 仰 盛 衰の一
考察
(黒 川) 「 大 和 高 取 町 の 雨 乞 聴書
」
岸
田 定 雄近
畿
昆 俗第
40
号 近 畿 民 俗 学 会 「 雨 乞 と 竜 王 」 高 谷 重 夫 日 本 民 俗 学 会報
31
昭 和 三 十 八 年 十 二 月 「 西 美 濃 地 方 の 雨 乞 踊 」 長 岡 博 男
女
性
と 経 験 二 巻 二 号女 性 民 俗 学 研 究 会
「
安 心 院 の 雨 乞 」松 岡 実 周 本 民 俗 学
会
報
11昭 和 三 十 五 年 二 月 「 日 本 の 雨 乞 い 」
杉 山
晃
}
武 蔵 野 四 十一
r
一
武 蔵 野 文 化 協 会 昭和
三 十 六年
十 月 「 俗信
に 現 わ れ た 呪 術 と 宗教
」 ー 雨乞
儀礼
に つ い て1
堀 哲日 本 民 俗
学
報
37
昭 和 四 十 年一
月 「 雨 乞 い と 雨 乞 い 唱 詞 」1
福 島 県 相 馬 地 方 を 主 と し て1
相 馬 胤 道 伝 承 文 学 研究
6
伝 承 文 学 会「
雨 乞 大 鼓 踊 に つ い て 」 高 谷 重 夫日 本 民 俗 学 会 報 64
昭 和 四 十 四
年
八 月「
虫 送 り 」 樋 田 豊 ま つ り7
ま つ り 同 好 会 昭 和 三 十 九 年 六 月「
,
疱 瘡 踊 り」
1
主 婦 の 狙 女的
性 格 − 小 野 重 朗 日 本 民 俗 学 会 報 46 昭和
四 十一
年
七 月 「 北 陸 に 残 る 虫 送 リ 習 俗 考 」 石 崎 直 義口 本 民
俗
学 会 報 38昭 和 四 十
年
三 月 「 愛 媛 県 の 虫 送 り 」 森 正 史目 本 民 俗 学 会 報
12
昭 和 三 十 五 年 六 月 「 虫 送 り に 関 す る
史
料」
秋 山 英
一
伊 予 路 8
愛
媛 民 俗 学 会 昭 和 三 十 八 年 五 月 「 虫 送 り 」山 路
勝
彦 西 郊 民 俗 33西 郊 民 俗
談
話
会 昭 和 四 十 年 四 月 「 長 谷 の 風 祭 」渡
辺 行一
日 本 民 俗 学 会 報 昭 和 三 十 四 年 八 月 「 境 界 の 神 」岩
田 孝 三 日 本 民 俗 学 会 報 27 昭 和 三 十 八 年 三 月 「 境 の 明 神 に つ い て」
五 十 嵐 典 夫日 本 昆 俗
学
会 報 29 昭 和 三 十 八 年 「 癒 療 流 し に つ い て」
長 岡 博 男 日 本 民 俗 学 会報
35
昭 和 四 十 三 年 二 月 2 「 村 の 境 」 原 田敏
明 社 会 と 伝 承 第 四 号 「 村 の 境 補 遣 」 原 田 敏 明 社 会 と 伝 承 第 六 号 「 村 の 構 成 」桜 田 勝 徳 日 本 民 俗 学 大 系 3
平 凡 祉 昭 和 三 十 九
年
十 二 月一
415
一
NII-Electronic Library Service
密 教 文 化論 集 「 村 の 組織
と 階層
」最
上 孝 敬日 本
民
俗
学 大 系 3平 凡 社
2
前 項 で
村
落
社
会
に お い て は信
仰
的
結
び っぎ
が よ り村
意
識
を結
束
さ せ て い る こ と を述
ぺ たが
近
年
都
市
化
の進
展 に と も な い、
近
郊
農
村
に お い て は農
業 の経
営
面
積
、
農
業
従
事
者
、
農
業
様
式
、
農
作
物
、生
活
様
式
等
に い ち じ る し い変
容
が み ら れ こ れ に附
随
し て信
仰
的
結
び つき
、
年
事
行
な ど にも
あ るも
の は従
来
ど お り保
持
さ れ、
あ
る も の は消
滅
し新
し い価
値
目 標 え と推
移
し て い る。
本
稿
で は近
郊
農
村
に お け る信
仰
的
結
び つき
が
村
落
に よ り ど の よう
に変
容
し た かを
「辻
が た め 」 と 呼 ば れ る民
間
信
仰
を 通 じ て究
明
を
試
み る 。か か る 調
査
に際
し て は 「辻
が た め」
を行
っ て い る村
落
が
共
通
の条
件
を有
せ ね ばな
ら ぬ が、
今
般
は こ の民
間
信
仰
に お い て て 重要
な機
能
を は た し て い る辻
が た め の祈
薦
札
を
同一
寺
院
か ら拝
受
し て い る点
に着
眼
し て栃
木
市
の城
内
下
旧宿
部
落
と仲
仕
上部
落
の相
接
す る部
落
を選
出
し た。
一
416一
N工工
一
Electronlc Llbrary Servlce栃 木 市 は
関
東
平
野
の最
北
端
で そ の 西北
方
に連
な
る足
尾
山
塊
は、
西北
部
に高
く そ れ よ り東
南
部
に傾
斜
し、
赤
津
川
、
秋
山 川、
巴 波川
等
の幾
多
の河
川 が流
出
し こ れ ら の下
流
が栃
木
市
あ
た り の水
田耕
作
地 に無
限
の灌
漑
用
水
を提
供
し て い る。
調
査
地 の 域内
下 田宿
部落
・
仲
仕
上
部
落
は こ の栃
木
市
の東
南
部
に位
置
し栃
木
市
の米
作
地帯
であ
っ た。
栃
木
市
は 徳 川 時 代 の 例幣
使
街
道 の宿
駅
、
巴波
川舟
運 の終
点
で特
異
な
発
展
を
とげ
た た め明
治
初
年
に東
北本
線
が栃
木
町 を通
る は ず で あ っ た が舟
運
経
済
が無
緬
値
に な る と 町民
が追
い は ら っ て し ま っ たと
い わ れ、
以後
政
治・
経
済
・
産
業
NII-Electronic Library Service
近 郊農
村における民 間 信 仰盛 衰の一
考 察 (黒 川 ) 面 で の た ち お く れ が め だ っ た。
し か し近
年
東
北
従
貫
道
路 の 建 設 が 計画
さ れ ( 昭和
四 十 四年
よ り 工事
着
工 )栃
木
市
に そ の イ ソ タ ー チ ェ ン ジ が で き る こ と に な っ た た め に産
業
開 発 は急
激 に農
村
部
ま で進
展
し近
郊
農
村
は め ま ぐ る し い変
容
を と げ つ つあ
り こ れ に一
層
拍
車 を か け た の は 「新
都
市
計
画 法 」 に よ る知
事
名
で の告
示
であ
る。
こ れ に よ る と調
査
地 は市
街
化
区域
と調
整
区域
の接
点
に あ た っ て い る。
下
田宿
部
落
は戸
数
二十
八戸
(
註 下 田 宿部
落 詳 細 図 参 照)
あ
る が こ の内
十 六 戸 は こ の 地 の農
家
が 四十
三年
−
四十
四年
に か け て ア パ ー ト と し て建
て た も の や新
築
さ れ た も の で従
来
か ら の 下 田宿
と し て の家
連
合
は十
二 戸 で あ る。
下
田宿
の集
落
か ら隣
接
の 仲 仕 上 の集
落 ま で は一
キ ロ弱
であ
る が、
仲
仕
上 部落
は 戸数
五十
四 戸 ほ と ん ど が稲
作
農
家
であ
り、
畠
は自
家
用 の野
菜
を
作
る程
度
で あ る が 三 町以
上
の耕
作
農
家
は 三戸
、
二町
以上
十
三戸
、
平 均 す る と一
町 五反
程
度
の 農家
で あ る の で近
年
男
衆
は 農繁
期
以外
は 近 く の 町 に働
に 出 る も の が多
く な っ て い る。
註 1行
政 的 に は 下 田 宿 部 落 は 栃 木 市 城 内 の う ち に あ り 市 町 村 合 併 以 前 よ り 栃 木 の行
政 区 で あ っ た が 仲 仕 上 部 落 は 市 町 村 合 併 で 栃 木 市 に 編 入 さ れ た、
台
併 前 は 下 都 賀郡
大 宮 村 大 字 仲仕
上 で あ っ た 。栃
木 市 は昭
和 十 二年
四 月一
日 に 市 制 を 施 行 し た が 昭 和 二 十 八 年 九 月 に 公 布 さ れ た 市 町 村 合 併法
は も と づ き 栃 木 市 で も 昭 和 二 十 九 年 九 月 三 十 日 に 栃 木 市、
大 宮 村、
皆 川 村、
吹 上 村、
寺 尾村
と 合 併、
昭 和 三 十 二 年 三 月 国府
村 と 合 併 し て 現 在 に い た っ た 。 2栃 木 県
(
昭 和 四 十 四年
十 月 八 日、
知 事 名 告 示)
の 構 想 に よ る と 小 山、
栃 木 都 市計
画 区 域 と し て 小 山・
栃 木・
都 賀・
大 平・
岩 舟・
藤 岡・
野木
・
国 分 寺・
南 河 内 の 二 市 六 町一
村 を 昭 和 五 十 五 年 度 ま で に 入 口 三 十 三 万 人 か ら 三 十 八 万 人 と し、
こ の 内 市 街 化 区 域 人 口 を 二 十 五 万 人 に す る と し て い る 。 従 っ て 市 街 化 区 域 を現
在
の 四 倍 程 度 と 見 込 ん で の 構 想 で あ る 。一
417
一
NII-Electronic Library Service
密 教文化 論 集両
部
落
の宗
教
的
諸
関
係
ユ
下 田
宿
・
仲
仕
上 の両
部
落
の宗
教的
施 設 や氏
子
関
係
、
寺
檀
関係
を み る と い つ れも
部
落
レ ベ ル で の神
社
を有
し、
下 田コ
ら
宿
に は観
音
堂、
仲
仕
上 に は 薬師
堂 があ
る。
寺
檀
関係
で は下
田宿
は真
言
宗
智
山派
長
清
寺
、
真
言
宗
豊
山
派
宝樹
寺
、
天 台宗
円
通寺
の そ れ ぞ れ の檀
家
と な っ て い る。
仲仕
上 は全
部
落
真
言
宗
豊
山
派
如
意
輪
寺
の檀
家
であ
る。
下 田
宿
の寺
檀
関
係
が 入 り く ん で い る の は 註 に 記 し た通
り長
清
寺
が天
正年
間
に城
内
の 地 から
現
在
の本
町
川
島
に 移 さ れ そ の時
旦那
寺
を異
に し た。
長
渭
寺
が現
在
の 地 に移
る前
は 円通
寺
の と こ ろ にあ
り 弘 法大
師
の開
山
と伝
え
ら
れ て い る。
円通
寺
の庭
前
に 弘 法大
師
ゆ
か り の 独肪
の池
が今
な
を
清
水
を
た た え て い る の は 長清
寺
時
代
の名
残
り であ
る。
長
清
寺
は 現在
の 地 に 移 っ て か ら 火 災 (徳
川 末 期年
代
は 口碑
の み で不
明
) にあ
い現
在
の 庫裏
とな
っ て い る建
物
を 仮本
堂
と し て お り、
明 治 五年
に現
在
の本
堂 が建
立 さ れ た。
こ の時
期
に無
住
の こ と があ
り 明 治十
五年
に岡
部
弘
伝
な る行
者
が成
田 山 よ り 不 動 尊 を受
け て 不動
信
仰
を こ の 地方
に ひ ろ め た。
爾
来
こ の寺
は 〔御
本
尊
の大
日
如
来
)長
清
寺
よ り お 不動
様
で 名 が 通 っ て い る。
当
時
こ の行
者
の活
躍
に よ り毎
月
二十
八 日 に護
摩
講
が
で き、
祈
薦
、
う
ら
な
い、
正月
の御
幣
ヨ の 配
布
が 行 わ れ て き た。
こ の 寺 で 配 札 す る も の に 「 四
方
が た め の御
札
」 と呼
ば
れ るも
の があ
る。
こ の札
は辻
が た め 〔辻
念
仏
) の時
に部
落
の 入 口 の 辻 に 草靴
と一
緒
に竹
で 立 て ら れ る。
こ の
札
は 縦 十 セ ン チ、
横
八 セ ン チ ぐ ら い の札
で部
落
に よ っ て紙
札
、
木
札
と異
な
る が紙
札
の場
合
は中
に 五大
尊
の 種字
、
木
札
の 場 合 は裏
に 五大
尊
の 種字
を書
く。
一
418一
NII-Electronic Library Service
辻 が た め の お札
邑
内
坪
内
安
全
山
倉
大
神
男
女
興
楽
お 札 の し ん訂
ぢざ
召 げ甞
言
日国
召東
方
降
三
世
夜
叉 明 王南
方
軍
荼
利
夜
叉
明
王 西方
大
威
徳
夜
叉
明
王北
方
金
剛
夜
叉
明
王中
央
大
日大
聖
不
動
明
王 駐 即 刷 の 都 合 上 梵 字 は 音 写 し た。
N工工
一
Electronlc Llbrary Servlce 近郊
農村
に おける民 間 信 仰 盛 衰の一
考察 (
黒 川 ) こ の御
札
が い つ ご ろ より
当
寺
で配
布
し て い た か は 不明
で あ る が従
前
は 近隣
の農
村
に数
多
く だ さ れ た の であ
らう
。
し か し近
年
ま で続
い た の は下
田宿
と仲
仕
上 の 二部
落
だけ
で あ る。
註
1
下 田 宿 部 落・
星宮
神
社・
仲 仕 上 部 落・
星 宮 神 社 。2
聖
観
世 音菩
薩
、
十 二 年 目 ご と の御
開 帳 午 年 。 毎 月 旧 十 日 に 長 清 寺住
職 が お 勤 め を す る 。3
薬
師 如 来、
寅
薬 師 と 称す
七 月 二 十 二 日 が 祭 日 十 二 年 目 ご と (寅
年
) に 御 開 帳、
こ の 時 は 如 意 輪 寺 の 住 職 が 来 て 導 師 を勤
め る。
4
栃
木 市 本 町一
四 〜 三 〇 摩 尼 山 委智
院 と 号 す長 清 寺 は 火 災 の た め 記
録
が な い の で 明 ら か で な い が 宿河
原(
現 在 円 通寺
の あ る 地 名)
の増
山 家 系 譜 に 「 こ れ ま で 真 言 宗 長 清寺 に て 葬 っ て い た が
、
天 正 七 年、
川 連 邑 よ り 天 台 宗 円通
寺
が 長 清 寺 あ と に う つ っ て き た の で 円 通寺
に葬
る 」意
味
の こ と が 記さ れ て お り
、
天 正 七年
に 栃 木 城(
こ の城
は 天 正 十 九年
に で き た)
を築
い た 皆 川広
照
に よ っ て 現 在 の 本 町 川島
に 移 さ れ た 。 口碑 に よ る と 同 寺 住 職 に 尺 八 の 名 人 が あ り
、
領 主 が こ れ を 聞 い て 使 を派
し て 招 い た が 強 固 に こ と わ っ た 為 に 怒 り を う け て寺
諸
共 島
流
し と い う意
味 で 川 島 な る 地 に移
つ さ れ た と 伝 え て い る。
こ れ は当
時 長清
寺
は 相 当 栄 え て お り、
皆 川 氏 と何
か 争 を 生 じた
結
果 で あ ら う。
そ れ 故 皆 川 氏 と 特 別 な 閧 係 に あ っ た円
通 寺 が そ の あ と に 移 っ て き た 。 即 ち 円 通 寺 は も と 大 平 山 に あ り 大 平山 は 皆 川 城 と 隣 接 し て お り 密 接 な 要 地 で あ っ た
。
同 寺 が永
禄 六 年 に 大 平 山 か ら 山麓
の 川連
に 移 さ れ 更 に 栃木
城
の築
域
予
定 地一
419
一
NII-Electronic Library Service
密教 文化論集
南 接 の要
地 に あ る 長 清 寺 を 北 接 の 地 に移
し、
そ の あ と に 円 通 寺 を 移 し た も の と 思 わ れ る。
い つ れ に し て も 築 城 に際
し て 南 北 を 寺 で 守 る と い う 築 城・
政 策 上 の 移 転 で あ っ た ろ う 。5
栃
木 市城
内
神 田真
言 宗 豊 山 派 医 王 山 瑠璃
光
院 と 号 し 宝 徳 元 年如
意 輪寺
第
二 世 俊 禅 和 正 の 開 創 な り、
元茅
葺
の 赤 門 が 世 に 知 ら れ 通 称赤
門
と 呼 ば れ る。
6
円 通 寺、
栃木
市 城内
星 住 山
松
樹 院 と号
す 。 常 陸 国 河 内 郡 黒 子 千妙
寺 末、
淳
和 天 皇 天 長 二 年、
慈 覚 大師
に よ り 天 長 二 年 大 平 山 に 創建
さ れ た と 縁 起 は 飯 え て い る が 中 興 開 山 に 等 海 法 師 を 仰 い で い る(
応
永 年 閭)
こ と よ り 大 平 山 に 天 台 宗 円 通 寺 の 七 堂伽
藍 が存
在
し た の も こ の 頃 で あ ろ う。
前述
の 通 り 後 に 川 連 村 に 移 吟(
年代
理 由 不 明)
更 に 天 正 七 年 に 現 在 の 地 に 移 っ た。
7
栃
木 市 大宮
町真
言 宗 豊 山 派こ の 寺 は 創 立 当 初 は 仲
仕
上 部 落(
略 図 参 照V
に あ っ た 。戦
時 中 供 出 し た 為 に 昭 和 三 十 七 年 に 再 建 し た 同寺
の梵
鐘 の 銘 に 「 当 山 は 東 醍 醐 山 乗 琳 院 如意
輸 寺 と 称 し 山 誠 国 宇 治 群松
橋 無 量 院 の 院 家 な り 後 世 大 和 国 長 谷寺
の 末 に 列 す 開 基 は 応 永 年 間 に し て 俊 海 大徳
の建
立 す る と こ ろ な り、
初 め 仲 仕 上郷
に草
創 す 此 地 夏 三 月 蛙 声 法 堂 に 響 き 朝 夕禅
定 に 障 る 之 に よ り 平柳
郷 に 移 し 人 法 繁 昌 せ し も 中 比 乱 世 の 頃 賊 徒 境 内 に 入 り 僧 房 立 ち 難 く亦
現 在 の 地 に 移 り 連 綿 相 続 す … … 」8
御 幣 の 配 布 は 二 三 十 キ ロ 四 方 に も 及 ん だ と 伝 え ら れ、
戦 後 衰 退 し た と は い え 現 在 で も 十 月 下 旬 か ら 正 月 に か け 配 布 す る 家 は 二 百 余軒
に の ぼ り 遠 い と こ ろ は 二 十 キ 卩 に も 及 ん で い る。
参
考 文 献 北 関 東 に お け る一
封 建 都 市 の 研究
日 向 野 徳 久 署県 立 栃 木
女
子 高 等校
社 会 科 研 究 室昭 和 三 十
年
四 月 栃 木 市 の 歴 史 日 向 野 徳 久 著栃
木
市教
育委
員 会 栃 木 市昭 和 四 十
一
年 十「
月一
420
一
NII-Electronic Library Service
近郊 農
村における民 間 信 仰 盛 衰の一
考察
(黒川) 下 田 宿部 落 詳細 図
8
辻 が ためを行
っ ていた時
期の家 連 合
いつれ も農 家
であ るA
一
宝樹 寺 壇 家
B
− .
長清
寺壇
家C
一
円通 寺 壇
家∠
一
一
421
一
N工工一
Electronic LibraryNII-Electronic Library Service
密教
文化
論 集3
昭
和
三十
八年
農
閑
期
を
利
用
し て下
田宿
部
落
のあ
る城
内
地 区が
国
と県
か ら の補
助
金
で耕
地 整 理を
行
っ た 。従
来
曲
り
く ね っ て い た村
道
や
入
り く ん だ耕
地
が整
理
さ れ一
定
規
格
の耕
地、
附
随
し た村
道
、
農
道
の直
線
化
が な さ れ、
各
農
家
所
有
の 入 りく
ん だ耕
地
を交
換
し一
ケ所
に整
理 し た 。 翌 三十
九年
に は隣
接
の仲
仕
上
部
落
が同
様
に耕
地整
理
を
行
い、
道
路・
野道
・
耕
地 の交
換
整
理 が行
わ れ た。
こ の 二部
落
で は年
二回
「辻
が
た め 」 を行
っ て い る が、
時
期
は そ の部
落
内
の都
合 に よ り多
少異
な る が春
と夏
か ら秋
に か け て行
わ れ る。
両
部
落
と も行
事
に参
加 す る の は婦
人
で、
各
家
よ り一
人出
役
す る義
務
が
果
せら
れ、
行
事
の運
営
は年
番
制
(輪
番
) で行
わ れ る。
下
田宿
の 辻 が た め は戦
後
婦
人
会
に よ っ て 継 承 さ れ てき
た が実
質
的
な
運
営
を
行
っ て い た の は部
落
内
の老
婦
人 が中
心
で し た 。終
戦
前
は婦
入 たち
に よ る念
仏
講
の組
織
があ
っ て こ の行
事
の中
心
とな
っ て い た が、
念
仏
講
員
の減
少
と戦
争
激
化
に よ る食
料
難
が こ の行
事
の重
要
な機
能
を果
し て い た オ ベ ヅ カ (共
食
) の儀
礼
を
不
可能
に し、
必然
的
に念
仏
講
は消
滅
し そ れ を婦
人
会
が代
行
し た。
行
事
の縮
小
が行
わ れ茶
菓
子程
度
の 共食
で保
持
さ れ てき
た。
前
述
の 通 り こ の行
事
の準
備
運
営
は年
番
が中
心
に な るが
指
導
権
は経
験
豊 か な 老婦
人
が も ち、
彼
女
等
と年
番
の談
合
に よ り部
落
の都
合
の よ い 日時
が決
定
さ れ た。
当
部
落
で は昭
和 三十
六年
〜 七年
に かけ
て 二 戸 が創
価
学
会
に 入信
し、
行
事
に対
す る批
判 と不
参
加
の 立場
を と っ て、
そ の た め辻
が た め の行
事
に も乱
れ が で た。
耕
地整
理 は従
来
の部
落
の 地形
を一
変
さ せ、
道
路
や川
がす
べ て直
線
で呉
盤
の目
の様
に 区切
ら れ、
い ま ま で の部
落
に一
422一
NII-Electronic Library Service
近 郊農
村は おける民 間 信仰盛 衰
の一
考察 (
黒
川)
下 田宿
・
仲仕 上
両部 落 略 図
及 び 辻
礼
を立
て る位 置
辻 札 を た
て ると
一一
一一
一
部 落 境
…一
・
・
……
耕 地 整
理以
{1
)〜
(
4)
辻 札 を立
て耕
地 整 理
によ る道
一
C23
一
N工工一
Electronlc LlbraryNII-Electronic Library Service
密 教 文 化 論 集 は い る道
、
境
が耕
地 の 中 に な っ て し ま は 部落
民
は と ま ど い を感
じ た。
(
両 部 落 略 図参
照)
斯
様
な要
因
と行
事
の実
質
的
遂行
者
で あ っ た老
婦
人
達
の他
界
、
新
興
宗
教
入
信
者
の離
反等
が戸
数
の多
く
な
い部
落
田 宿 部 落 図照
参
)
を分
解
さ せ、
部
落
レ ベ ル の行
事
であ
っ た 辻 が た め は こ の年
を
最
後
に消
滅
し た 。(
下N工工
一
Electronlc Llbrary Servlce仲
仕
上
部
落
の 辻 が た め は部
落
レ ベ ル の行
事
と な っ て い た が こ の行
事
保
持
に重
要
な役
害
を果
し た の は念
仏
講
の組
織
と部
落
の宗
教施
設
及
び そ の 祭 祀〔
部落
鎮守
の星
宮
神
社
の大
祭)
こ の社
に合
祀
さ
れ
て い る 祗園
様
、
大
杉
様
( い つ れも
神
輿
) の祭
礼
(年
中
行
事
暦
参
照 )、
仏
教
的
施
設
の薬
師
堂
と
薬
師
様
の 祭 り (年
中
行
事
暦
参
照
)、
す
で に註
で述
べ た と お り こ の薬
師
様
は 七月
二 十 二 日 が お 祭 り であ
る が通
称
寅
薬
師
と称
し寅
年
の十
二年
目
ご と に御
開
帳
が行
わ れ、
こ れ が部
落
民
の宗
教
的
連
帯
感
を
強
め る に一
大効
果 を果
し、
辻
が た め 保持
の一
臂
を
にな
っ て い る 。 即 ち辻
が た め を さ さ え て いる 下
部
組
織
の念
仏
講
が戦
後
一
時 下 火 に な っ た が御
開
帳
(昭
和
二十
五年
、
昭
和
三十
七年
を
契
機
に 再編
成
さ れ今
日 に い た っ て い る ) が重
要
な 役割
を 果 し て い る。
こ の
部
落
は 五十
四戸
よ り構
成 さ れ、
隣
組
は原
坪
・
薬
師
・
下坪
・
中
坪
・
辻
・
東
坪
の 六 区域
にな
っ て い る が部
落
の 祭祀
関
係
の 区分
は原
坪
・
下 坪 と薬
師
・
中坪
・
東
坪
と辻
の 四 ブ ロ ッ ク の編
成
とな
る 。辻
念
仏
は春
四 月 と 八 月 に行
わ れ 日時
は年
番
と念
仏
講
員
が談
合
し部
落
の都
合
の よき
日を
選
ぶ、
こ の行
事
の行
わ れ る時
期
は農
の は じ ま る時
期
、
害
虫
や伝
染
病
の多
く
出
る時
期
で あ る の で部
落
内
の各
家
の家
内
安
全
・
疫
病
退
散
・
害
虫
退
散
・
五穀
豊
穣
の祈
願 を 目的
と し て い る。
部
落
レ ベ ル の婦
人
の行
事
であ
る の で各
戸
よ り婦
人 が必
ず
出役
せ ね ば な ら ぬ、
こ の
行
事
に は 祭 祀 関係
の ブ 卩 ッ ク か ら年
番
が一
人 つ つ で る が、
年
番
が念
仏
講
員
以
外
の者
であ
る場
合
は未
経
験
、
不 な れ な の で念
仏
講 の 長 老格
の ア ドバ
イ ス を受
け て諸
準
備
を す る 。年
番
は念
仏講
と打
合 せ て 日時
を定
め、
そ の当
日 の 二 三 日前
に 二人
が長
清
寺
に辻
札
を
受
け
に 行 く。
辻
札
と一
緒
に さ一
424一
NII-Electronic Library Service
近郊
農 村は おける民 間 信 仰盛 衰 の一
考 察 (黒 川 )げ
る草
靴
( 四 ケ ) の襲
作
と竹
( 四本
) の用
意
、
共
食
に 必要
な物
品
の準
備
、
手
配
な どを
行
う 。当
日 は辻
念
仏
の 進 行、
共
食
の用
意
、
食
事
の進
行
、
最
後
に総
費
用
の算
出 と 各 戸分
担金
の徴
収
をも
っ て一
段
落
す
る 。部
落
の者
は 九時
に会
所 に集
合
し、
共
食
の準
備
を す る年
番
以
外
の者
は年
番
(→
人
)、
念 仏講
を 先 頭 に薬
師
堂
に行
く
、堂
に つく
と全
員
が 入 堂 す る。
部
落
の什
器
であ
る 鉦 と 百 万 遍 の珠
数
が出
さ れ、
年
番
が中
に 入 っ て鉦
を
つき
念
仏
講
の長
老
が頭
を と っ て勤
行
(真
言
系
の勤
行
であ
る )を
行
う 。長
老
の頭
に従
っ て全
員
が そ れを
唱
和
し な がら
百
万遍
の念
珠
繰
り を行
う
。
勤
行
が すむ
と辻
札
を建
て に で る。
年
番
が鉦
を
も ち他
の人
々が
百
万
遍
の念
珠
・
辻
札
を
も
つ、
こ の部
落
で の辻
札
を 立 て る 順 は薬
師
堂
か ら一
番
近
い 西 の辻
か ら南
、
東
、
北
〔
部 落 略 図参
照 耕 地 整 理 に よ り 従 前 の 道 と多
少 こ と な る と こ ろ も あ る が そ れ に 近 い 位 置 を も っ て そ れ に あ て て い る。
)
の順
で行
う
、
こ れら
の方
角
の 部落
の辻
に く る と辻
札
を立
て、
鉦 を も っ て年
番 が 念珠
の中
に 入 り 鉦 を た た い て念
珠
繰
を
全
員
で行
い な が ら辻
が た め の念
仏
を
読
誦
す
る 。「
ツ ヂ ガ タ メ ネ ン ブ ツ 」ヒ ガ シ バ ジ ヨ ル リ セ カ イ ト テ
ヤ ク シ ニ ョ ラ イ ノ ジ ョ ウ ド ナ リ
ニ シ バ サ イ ホ ウ セ カ イ ト テ
ア ミ ダ ニ ョ ラ イ ノ ジ ョ ウ ド ナ リ
ミ ナ ミ ハ フ ダ ラ ク セ カ イ ト テ
カ ソ ノ ン セ イ シ ノ ジ ョ ウ ド ナ リ
キ タ ハ ネ ハ ソ ト テ
シ ャ カ ム ニ ニ ョ ラ イ ノ ジ ョ ゥ ド ナ リ
ナ カ バ テ ソ ジ ン
、
シ チ ダ イ ジ シ ン ゴ ダ イ一
425
一
NII-Electronic Library Service
密 教 文 化 論 集 ダ イ ニ チ ニ ョ ラ イ ノ ジ ョ ウ ド ナ リ ヨ イ ニ ャ ク シ ヨ ナ カ ニ カ ン ノ ン ア カ ッ キ ヂ ゾ ウ ノ モ ウ サ レ タ ル オ ネ ブ ツ ハ シ チ ブ ノ オ ン キ ョ ウ ハ チ ブ ノ ボ ケ キ ョ ウ キ 昌 ウ ブ ニ ョ ラ イ ジ 漏 ウ マ ン オ ク ド ノ オ ツ ボ ノ ジ ョ ゥ ド ノ ジ ョ シ ソ ボ サ ツ ナ ム ア ミ ダ ブ ツ ナ ム ア ミ ダ ブ ツ こ の よう
こ の よ うな
辻
念
仏
を
と な え部
落
の 入 口 にあ
た る 四方
の辻
に お札
を建
て て ま わ る と一
時
間
余
か か る。
辻
念
仏
が
お わ る と会
所 にも
ど り念
仏
講
に よ る念
仏
・
御
詠
歌
の奉
詠
が行
わ れ る。
そ れ が す む と共
食
と な る。
ソ バ、
テ ソ プ ラ、
サ イ ダ ー、
菓
子
等
、
季
節
の野
菜
が 山も
り に出
る。
食
事
がす
む と念
仏
講
の 人 々 が中
心 に な り念
仏踊
な どが
にぎ
や か に 夕方
ま で つ けづ
ら れ る 。 註1
仲仕
上 部落
の念
仏 講、
十 九 夜 念 仏 と も 称 さ れ 二 月 九 目 ( 十 九 夜 オ ヒ ラ キ、
開
帳)
か ら 十 二 月 十 九 日(
十 九夜
ナ マ ル メ、
閉 帳 〉 の間
随 時集
っ て は お念
仏 を す る。
部落
レ ベ ル の 辻 ガ タ メ、
薬
師様
の 祭 日、
花
ま つ り 御 施 餓 鬼、
葬 式部
落
内 又 は部
落 出身
者 が姙
娠
す る と安
産
を 祈 っ て 御 祈 薦 念 仏 又 出 産す
れ ば 御 礼念
仏
な ど を行
っ て い る。
現 在部
落 の 念 仏 講 は 十 五 人 で 構 成 さ れ て い る が い つ れ も高
齢
者
で あ る 。(
念仏
講 員 表参
照 )今
日 ま で に は多
少 の紆
余 曲 折 は あ っ た が 現 在 十 五 人 で 構 成 さ れ て い る。
昭 和 四 十年
藤 田某
( 明 三 六、
三、
二 六 生 ) が 現 リ ー ダ 岡 安 サ ワ と意
見 の相
違(
感
情 的 な も つ れ ) が で き こ の 組織
で は 若 手 の 六 十代
一
426
一
NII-Electronic Library Service
前後
の 者 十 四名
と 脱 会 し た。
(
彼女
等
は 昭 和 四 十一
年 正 月 に 岡 安 宅 に 菓 子 二 袋 を も っ て私
達
は ま だ 若 い の で い ろ い ろ 急 が し く念
仏
講 に は い っ て も な か な か 出 席 でき
な い と い う 脱 会 理 由 で あ っ た ) し か し→
年 た ら ず に 六 名(
念 仏 講 の 構 成 表参
照)
は 念 仏 講 に 再 度 は い っ た 。N工工
一
Electronlc Llbrary Servlce念
仏 講の
構 成
近郊農
村は おける民 間 信仰
盛 衰の一
考察(
黒 川 ) 東 辻 中 下 薬 原 坪 坪 坪 坪 師 坪 名員
現5
12
3
31
念仏 講会念
2 3 12
難
脱 岡 黒 鶴 鶴 鴨 黒 岡 岡 佐 賀 鶴 早 岡 早 岡 念安
川 見 見 見 川安 安
藤
畧
見
髪
安
妻
安
講仏 ナ ツ キ サ 栄 ツ チ サ イ ノ ツ モ モ キ ク 員 氏 カ ギ ミ ト 子 ノレ カ ワ ネ ブ ネ ト ト ソ二
名MMMMT
333134228
,. 匿 冒 .
2 3 10 7 100
.
匿
・
.
M
等
書
MM2033
・
・
8 2●
・
TMM14041
,
「
.
123 9,
,
.
MMT4340
5
.
,
.
112 8. . ・
M
聖
o
ぞ
生 年 月 日1
15
5
191520
182124281
171
年707269815172837058636260635463
齢OQOOOQ
2
,
戸数
五 十 四 戸 人 口(
二 九 七)
名 男(
一
五 〇名
)
女(
一
四 七 名 V ○ 印は上 記 脱 会し たが 再 度 仲 間入 りをした 者一
427
一
NII-Electronic Library Service
密教
文化
論 菓 核家
族(
25
戸)
直
系
家 族(
肝 戸)
夫婦
家 族(
1
戸)
独 り者
(
1
戸)
家
族
数
1
名(
2
〃(
3
〃(
4
〃(
5
〃(
6
〃(
7
〃(
8
〃(
9
〃(
36106162731
” ” ” ” ” ” ” ”尸)))))))))
N工工
一
Electronlc Llbrary Servlce 仲 仕 上 部落
の 姓 別 河 川 大 松 舟 多 黒 早 岡 鶴 賀 乙 田島
橋
本
田
谷
川
女 安
見姓
1
1
1
2
3
3
4
8
9
14 戸豊
〃 中 下 辻 薬 中 東 坪 坪響
原
庫
心
犀
坪霹
中
中
中 心 心 心 所
在
地 中新
平
藤
高
佐
小北 谷
村
内田
瀬
藤
山
原
一
姓1
1
1 1 1 1 工 1 戸3
.
仲
仕 上部
落 区分
東 辻 中 下 薬 原 隣 組計
坪
坪
坪
師
坪裝
る 区 分54
下
1210118 戸数
} } 計 東 坪 と辻
中 坪 下 坪 と 薬 師 原 坪 祭 ir巳 関劈
区 分541312218
戸 数一
428一
NII-Electronic Library Service
4
N工工