わ
が
国
如
意
宝
珠
信
仰
の
歴
史
的
展
開
村
山
修
一
一 わ が 国 古 来 の 霊 珠 信 仰 と 仏 舎 利 の 伝 来 さ き に 私 は ﹁ 金 沢 文 庫 研 究 ﹂ ( 二 七 一 号 ) に、 八 幡 信 仰 と 習 合 し た 如 意 宝 珠 信 仰 に つ い て 一 文 を 寄 せ た が、 世 俗 の 願 望 を 満 た す こ の 思 想 は わ が 国 密 教 の 興 隆 に つ れ て 目 ざ ま し い 展 開 を み せ、 庶 民 の 社 会 経 済 的 向 上 を 背 景 と し て 様 々 な 俗 信 仰 を 生 み 出 し、 文 学 ・ 芸 能 な ど 一 般 文 化 に も 大 き な 影 響 を 及 ぼ す に 至 っ た の で、 い ま そ の 経 緯 を 総 観 的 に さ ぐ り、 密 教 文 化 の 一 側 面 と し て の 意 義 を 考 え て み た い。 わ が 国 の 文 献 上、 最 も 古 い 所 見 は ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 仲 哀 紀 二 年 七 月 の 条 に あ り、 神 功 皇 后 が 長 門 国 豊 浦 津 に 泊 り 給 う た と き、 如 意 珠 を 海 中 よ り 得 ら れ た と あ る も の で、 こ れ が 後 白 河 法 皇 の ﹃ 梁 塵 秘 抄 ﹄ (巻 二 ) で は、 は ま の な ん ぐ は 如 意 や 宝 珠 の 玉 を 持 ち、 須 弥 の 峯 を ば か い と し て ち ひ ろ の 海 に そ 遊 う 給 ふ と 謡 わ れ、 摂 津 西 宮 広 田 社 の 浜 南 宮 と い わ れ る 夷 三 郎 殿 が 海 神 と し て こ の 珠 を 皇 后 に 奉 つ た と さ れ た の で あ る。 夷 三 郎 は い う ま で も な く 室 町 期 に は 大 黒 と 並 び 七 福 神 の 代 表 と さ れ た 神 で、 漁 民 の 竜 神 信 仰 に 由 来 し、 す で に ﹃ 万 葉 集 ﹄ (巻 ピ、 巻 十 五 ) の 歌 や ﹃ 土 佐 国 風 土 記 逸 文 ﹄ 等 か ら 上 古、 海 神 が 宝 珠 を 所 持 す る と の 信 仰 が あ っ た も の と 思 わ れ る の で あ る。 ﹃ 日 あ わ び 本 書 紀 ﹄ 允 恭 紀 十 四 年 九 月 条 に は 海 底 の 大 蟻 が 抱 く 真 珠 を 得 て 淡 路 島 の 神 を ま つ り、 狩 猟 に 多 く の 獲 物 が あ っ た 記 事 を の せ て お り、 元 来 珠 は 古 代 人 に と っ て 災 厄 を 除 き 福 を 得 る た め の 呪 物 で あ っ た。 か く し て 仏 教 の 如 意 宝 珠 は わ が 現 世 的 信 仰 の 上 で 呪 術 的 に 受 容 さ れ る 素 地 が あ っ た の で あ る。 わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 開密 教 文 化 奈 良 朝 に は 如 意 宝 珠 を 説 く 経 典 ハ と し て ﹁ 金 光 明 最 勝 王 経 如 意 珠 品 ﹂ や ﹁ 如 意 輪 陀 羅 尼 経 ﹂ が よ ま れ て お り、 こ れ ら は 飛 鳥 白 鳳 の 頃 を 通 じ て 雑 密 仏 教 の 渡 来 に つ れ、 わ が 国 に も た ら さ れ た の で あ ろ う が、 就 中、 如 意 輪 観 音 は 推 古 十 三 年、 聖 徳 太 子 が 鳥 仏 師 に 命 じ 四 十 八 体 の 仏 像 を 作 ら し め た 中 の 五 体 に 二 管 の も の が あ り ( 斑 鳩 古 事 便 覧 ﹄ )、 中 宮 寺 に は 当 時 製 作 の 像 が 遣 さ れ て い て、 宝 珠 の 功 徳 は 知 ら れ て い た。 一 方、 後 世 如 意 宝 珠 と 同 一 視 さ れ る よ う に な っ た 仏 舎 利 は 敏 達 天 皇 一 四 年 ( 五 八 五 ) 二 月、 蘇 我 馬 子 が 司 馬 達 等 か ら 献 ぜ ら れ た も の を 大 野 丘 北 塔 の 柱 頭 に 籠 め た の を 嗜 矢 と す る が、 こ れ は 誰 等 の 弥 勒 石 像 の 法 会 に お い て 斎 食 の 上 に 感 得 し た 霊 物 で あ っ た。 馬 子 は 試 み に 鉄 の 槌 で 擢 い て み た と こ ろ、 か え っ て 槌 の 方 が こ わ れ、 舎 利 は 催 き え ず、 水 に 投 ず る と 心 の 願 う 所 の ま ま に 浮 き 沈 み し た。 こ れ で 舎 利 の 有 難 さ を 知 り、 ま ず 石 川 の 宅 で 馬 子 は 仏 殿 を 建 て て 安 置 し た と い う。 ま た ﹃ 斑 鳩 古 事 俘 覧 ﹄ に は 聖 徳 太 子 二 才 に し て 東 に 向 い 南 無 仏 と 称 し、 再 揮 し、 握 っ た 手 を 開 か れ る と 舎 利 が 堕 ち た。 こ れ は 釈 尊 左 眼 舎 利 な り と あ る。 こ れ か ら 舎 利 へ の 呪 物 観 が う か が わ れ る が、、 塔 の 心 礎 に 籠 め て 人 目 に ふ れ る こ と の 少 な か っ た も の が、 秦 良 朝、 鑑 真 の 如 来 肉 舎 利 三 千 粒 の 請 来 な ど を 契 機 と し て 仏 堂 内 に 安 置 礼 拝 す る 方 向 に す す み、 一 段 と そ の 呪 的 崇 拝 の 風 潮 を お し す す め る こ と と な っ た。 二 弘 法 大 師 の 舎 利 修 法 と 求 聞 持 作 法 平 安 朝 に 入 る と 空 海 を は じ め 円 仁 ・ 円 行 ・ 恵 運 等 入 唐 僧 の 手 で 舎 利 は 続 々 も た ら さ れ、 中 で も 弘 法 大 師 請 来 の 品 は 東 寺 に 納 め ら れ、 真 言 密 教 の 最 も 重 要 な 法 会 に 用 い ら れ、 こ れ よ り 如 意 宝 珠 信 仰 は 本 格 的 な 発 展 の 段 階 に 入 っ た の で あ る。 大 師 は 唐 の 恵 果 阿 闇 梨 よ り 八 十 粒 の 仏 舎 利 (内、 金 色 の 舎 利 一 粒 ) を 付 嘱 せ ら れ て 帰 朝 し、 こ れ が 東 寺 で は、 甲、 乙 二 合 の 銀 製 舎 利 壼 に 入 れ て 安 置 さ れ、 大 師 が 創 め た 後 七 日 御 修 法 に お い て、 後 世 宝 塔 の 蓮 台 上 に 二 合 の 舎 利 壼 何 れ か が 移 座 さ れ 法 会 が 営 ま れ る 例 と な っ た。 す で に 平 安 中 期 頃 よ り こ の 舎 利 は 如 意 宝 珠 と 称 せ ら れ た が、 大 師 自 身、 恵 果 よ り 真 多 摩 尼 法 を 授 け ら れ て お り、 天 長 四 年 ( 八 二 七 ) 五 月、 内 裏 に 舎 利 を 請 じ て 祈 雨 の 祈 祷 を 行 い 験 あ り、 承 和 二 年 (八 三 二 ) 正 月 に 始 ま る 後 七 日 御 修 法 に お い て も 舎 利 を 中 心 と し て 鎮 護 国 家 の 祈 祷 を 行 っ た の で、 事 実 上、 如 意 宝 珠 の 作 法 を 営 ん だ も の と み て
よ い で あ ろ う。 か か る 大 師 の 如 意 宝 珠 信 仰 は す で に 入 唐 以 前 よ り 熱 心 に 行 っ た 求 聞 持 法 に 渕 源 す る も の と 考 え ら れ る。 大 師 は 延 暦 十 年 ( 七 九 一 ) 石 渕 僧 正 勤 操 よ り 始 め て 求 聞 持 法 を 受 け た が、 こ の 法 は 入 唐 沙 門 道 慈 よ り 大 安 寺 の 善 議 大 徳、 そ れ よ り 勤 操 へ 相 承 さ れ た も の で あ っ た ( 心 覚 入 唐 記 ﹄ 等 )。 や が て こ れ を 阿 波 国 大 滝 の 嶽 や 土 佐 国 室 戸 崎 に お い て 実 修 し た と こ ろ、 明 星 来 影 し た と い う ( 三 教 指 帰 ﹄ )。 そ の 本 尊 と な る 虚 空 蔵 菩 薩 の 形 像 は 求 聞 持 軌 に、 結 跡 跣 坐 し、 左 手 に 白 蓮 花 を と り、 蓮 花 上 に 如 意 宝 珠 あ り、 沈 瑠 璃 色 で 黄 色 の 光 焔 を 有 し、 右 手 興 願 印、 五 指 垂 下 し 掌 を 外 に 向 け、 宝 冠 上 に は 三 十 五 仏 の 像 が あ り、 こ れ 大 師 勤 修 の 本 尊 と い わ れ る も の で、 悉 地 成 就 の 本 尊 と 称 す と あ り、 ﹁ 虚 空 蔵 菩 薩 経 ﹂ ﹁ 同 神 呪 経 ﹂ で は 頂 上 に 紫 金 色 の 如 意 宝 珠 を 戴 く と す る。 ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ に は 求 聞 持 作 法 に つ い て 詳 細 な 記 事 が あ る。 そ の 中 心 は 明 星 を 拝 す る に あ る が、 こ れ は 丑 の 終 り に 出 て 寅 の 時 に 顕 現 す る も の で、 無 明 の 極 際 よ り は じ ま り、 寅 は 陽 の 出 発 点、 法 性 の 顕 現 を 意 味 す る。 ま ず 丑 の 終 り 寅 の 一 点 に 霊 地 の 開 伽 水 を 汲 む の は 寅 の と き 竜 神 が 水 を 吐 く か ら で あ る。 乳 を か け る 散 杖 は 桑 を 以 て 半 ば は 宝 剣 の ご と く、 柄 の 部 分 は そ の 末 端 を 宝 珠 の ご と く 作 る。 道 場 に は 方 三 尺 五 寸 の 柏 壇 の 上 に 方 一 尺 八 寸 の 柏 乳 壇 を か ま え、 そ の 中 心 に 乳 器 を 置 く。 乳 壇 は 円 輪 に し て そ の 廻 り に 三 十 六 禽 二 十 八 宿 の 形 像 を 描 く。 本 尊 は 西 に 向 い 行 者 は 東 を 向 く。 本 壇 は 北 に よ せ て 安 置 し、 脇 壇 の 明 星 天 子 壇 は 南 に 寄 せ て 置 く。 以 上 は 葉 上 流 に よ る も の で あ る が、 牛 乳 は 東 寺 も 天 台 も 同 様 に 用 い、 あ る 相 伝 で は 乳 な き と き、 桑 乳 ま た は 關 伽 水 を 用 い、 そ の 中 に 白 米 を 入 れ る と し、 あ る 口 伝 で は 乳 の 代 り に 仏 舎 利 を 安 置 す る と 説 く。 閥 伽 水 に は 明 星 の 影 を 写 す と も 云 わ れ、 取 水 作 法 は 最 極 の 秘 事 と な っ て い る。 ま た 明 星 天 子 供 の と き は と く に 本 尊 を 安 置 せ ず、 生 身 の 明 星 に 対 す る か ら で あ る。 従 っ て 窓 を 開 け、 明 星 供 を 速 か に 行 っ て 窓 を 閉 め 本 壇 に 移 る。 長 く あ け て お く 一 風 が 入 り 風 邪 に か か り 易 い か ら で、 風 薬 も 用 意 す べ き で あ る。 明 星 は 一 に 歳 星 ・ 太 白 星 ・ 長 痩 と も い い、 春 秋 は 東 方 に、 夏 冬 は 西 に 出 る と 天 文 博 士 業 俊 が 鷹 保 二 年 ( 二 六 二 ) 安 倍 泰 親 の 次 男 実 任 に 教 え た。 要 す る に 求 聞 持 法 で は 水 と 宝 珠 が 重 要 な 要 素 と な っ て い た こ と が し ら れ る。 ま た 求 聞 持 法 と 密 接 な 関 係 に あ る 虚 空 蔵 菩 薩 法 を 大 師 が 重 わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 開
密 教 文 化 視 し た こ と は、 請 来 目 録 中 に ﹁ 大 虚 空 蔵 菩 薩 念 諦 法 経 ﹂ 一 巻 ﹁ 大 虚 空 蔵 菩 薩 所 問 経 ﹂ 八 巻 が あ り、 大 同 二 年 (八 ○ 七 ) の 頃、 大 師 が 大 和 国 添 上 郡 に 虚 空 蔵 寺 を 建 立 し ( ﹃ 正 倉 院 文 書 抄 ㌧ あ る い は 天 長 六 年 ( 八 二 九 )、 僧 道 昌 に 教 え て 山 城 国 葛 井 寺 に 百 日 参 籠 し て こ の 法 を 修 せ し め た ( 法 輪 寺 縁 起 ﹄ 源 平 盛 衰 記 ﹄ ) と い わ れ る こ と か ら も し ら れ よ う。 こ の 法 は 平 安 時 代 後 半 に は 五 大 虚 空 蔵 菩 薩 法 と し て さ ら に 盛 大 に 執 行 さ れ、 と く に 仁 海 は 承 暦 四 年 ( 一 ○ 八 ○ ) 辛 酉 五 月 頃 よ り 百 か 日 天 変 の 御 祈 を 行 っ た と ﹃ 覚 禅 砂 ﹄ に あ る が、 承 暦 の 年 号 は 誤 り で あ る。 五 大 虚 空 蔵 と は 智 恵 ・ 愛 敬 ・ 宮 位 ・ 能 満 ・ 福 徳 あ る い は 福 智 ・ 施 願 ・ 能 満 ・ 無 垢 ・ 解 脱 ま た は 法 界 ・ 金 剛 ・ 宝 光 ・ 蓮 花 ・ 業 用 の 五 虚 空 蔵 等 流 儀 に よ り、 名 称 を 異 に す る が、 こ れ を 東 西 南 北 と 中 央 に 配 し、 何 れ の 組 合 せ で も 一 体 (能 満 ・解 脱 ・ 宝 光 ) は 如 意 宝 珠 を 持 つ。 仁 海 の 秘 伝 に よ る と 大 壇 の 中 心 に 小 塔 を 立 て、 仏 舎 利 五 粒 ま た は 一 粒 を 奉 安 す る。 こ れ は 虚 空 蔵 の 三 摩 耶 身 だ か ら で あ る。 供 養 法 に 読 ま れ る 表 白 は つ ぎ の よ う で あ る。 怪 異 屡 呈 国 土 不 静、 善 悪 之 相 凡 界 難 量、 冥 助 力 仏 智 偏 仰、 実 依 悪 星 曜 之 相 剋、 有 運 命 之 危、 答 執 曜 諸 宿 之 行 度、 成 福 禄 凶、 愛 開 九 禁 荘 厳 道 場、 五 大 虚 空 蔵 秘 法 勤 修 御、 今 尊 依 法 勤 行 福 祐 自 在、 致 誠 祈 念 寿 命 長 遠 或 明 星 天 子 除 日 夜 不 祥、 或 坐 五 尊 一 円 施 半 月 吉 祥、 以 是 仰 五 智 之 円 珠 祈 百 年 之 宝 算 念 五 部 之 真 言、 却 七 難 万 方 消 天 災 之 利、 劔 持 者 国 土 安 穏 延 寿 命 之 妙 薬 念 者 身 心 調 暢、 外 払 世 間 之 迷 闇 内 照 無 明 之 長 夜、 因 藪 金 輪 聖 王 転 発 日 之 災、 成 無 辺 之 御 願 御、 四 大 天 王 引 率 春 属 番 々 奉 守 護、 廿 八 宿 示 現 威 力、 日 々 至 囲 続 乃 至 四 海 安 穏 万 民 豊 楽 也 す な わ ち 五 大 虚 空 蔵 菩 薩 は 七 曜 九 執 廿 八 宿 を 春 属 と す る が ゆ え に 曜 宿 の 災 厄 を 除 き、 国 土 安 穏、 寿 命 長 遠 な ら し め る も の で、 宿 曜 道 ・ 陰 陽 道 に 深 く 結 び つ い た も の で あ る。 や が て 平 安 末 頃 ﹁ 五 大 虚 空 蔵 菩 薩 速 疾 大 神 験 秘 密 経 ﹂ な る も の が 偽 作 さ れ、 そ の 中 で 八 天 七 星 廿 八 宿 計 六 禽 の 印 明 や 天 盤 地 盤 を 結 ぶ 結 線 の 作 法 を 示 し て お り、 陰 陽 道 的 呪 法 が 一 段 一 強 く 感 ぜ ら れ る が、 結 線 の 作 法 は 仁 海 僧 正 の 伝 と 称 し て い る。 か く て 平 安 中 期 以 降、 宝 珠 信 仰 と 陰 陽 道 の 結 び つ き は 明 確 と な る が、 求 聞 持 法 ・ 虚 空 蔵 法 に は 本 来 そ の 素 因 が あ り、 新 し い 宿 曜 道 の 経 典 を も た ら し た 大 師 が 虚 空 蔵 法 を 重 ん じ た と こ ろ に 渕 源 す る も の と 考 え ら れ る。 け だ し 大 師 が 始 め た 真 言 宗 最 大 の 法 会 で あ る 後 七 日 御 修 法 に は 虚 空 蔵 法 が と り い れ ら れ て い た か ら で あ る。
三 後 七 日 御 修 法 と 真 言 宗 に お け る 舎 利 の 相 伝 承 和 元 年 ( 八 三 ○ )、 大 師 は 大 唐 内 道 場 に 准 じ、 奏 聞 し て 真 言 院 を 宮 中 に 建 て、 勘 解 由 司 庁 を 以 て 曼 茶 羅 壇 と し、 毎 年 正 月、 後 七 日 に 息 災 増 益 の 御 修 法 を 営 む こ と を 乞 い、 同 二 年 よ り 勤 修 が 始 ま っ た。 大 壇 は 長 者 大 阿 闊 梨 で 胎 蔵 ・ 金 剛 両 界 が 毎 年 交 代 で 修 せ ら れ る。 修 僧 十 四 口 中、 息 災 増 益 五 大 尊 供 一 人、 十 二 天 供 一 人、 聖 天 供 一 人、 神 供 一 人、 行 事 僧 一 人 と な っ て い る。 読 ま れ る の は 最 勝 王 経 で 宝 珠 を 以 て 本 尊 と し、 宝 生 如 来 と も 称 せ ら れ る。 宝 珠 は 大 師 請 来 の 仏 舎 利 で 金 銅 宝 塔 に 入 れ 大 壇 の 中 央 に 置 か れ る。 母 屋 の 北 壁 に は 五 大 明 王 画 像 を 掛 け、 西 の 間 に は 北 向 に 息 災 の 護 摩 壇 を つ く り、 西 北 の 角 に は 増 益 護 摩 壇 を 東 向 に 造 り、 北 の 戸 東 脇 に 聖 天 供 壇 を 設 け、 東 側 に 北 か ら 毘 沙 門 天 を は じ め と す る 十 二 天 画 像 を 掛 け、 並 べ 切 れ な い 日 天 ・ 月 天 は 東 南 の 角 か ら 南 の 側 に か け て 配 置 さ れ る。 胎 蔵 曼 茶 羅 は 東 の 一 問 に 西 向 に、 金 剛 界 曼 茶 羅 は 西 の 一 間 に 東 向 に か け ら れ る。 天 子 の 御 衣 な ど 御 撫 物 は 本 尊 の 大 壇 の 前 に 置 か れ る。 か よ う に 後 七 日 御 修 法 は 明 王 天 部 を 揃 え、 護 法 中 心 の 作 法 の ご と く 見 え る が、 あ く ま で 中 心 は 宝 珠 で あ り、 最 勝 王 経 が 読 ま れ て 如 意 宝 珠 法 が 修 せ ら れ た も の に 他 な ら な い。 従 っ て ま た そ れ は 五 大 虚 空 蔵 法 と も 堅 牢 地 神 の 法 と も 称 せ ら れ る と ﹃ 幸 心 砂 ﹄ は 記 し て い る。 い つ れ に し て も 後 七 日 御 修 法 の 恒 例 化 に 伴 い、 東 寺 に 所 蔵 さ れ る 大 師 請 来 の 舎 利 は そ の 権 威 を 増 し、 真 言 密 教 に お け る 最 高 の 聖 器 と し て 神 秘 化 さ れ、 そ れ は 大 師 自 身 の 神 秘 化 に 結 び つ く こ と と な っ た。 す な わ ち 平 安 中 期、 弘 法 大 師 御 遺 告 が 偽 作 せ ら れ た 中 に、 ﹁ 東 寺 座 主 大 阿 閣 梨 耶 可 護 持 如 意 宝 珠 縁 起 第 二 十 四 ﹂ な る 条 目 が あ っ て そ の 説 明 に、 如 意 宝 珠 は 龍 肝 鳳 脳 等 で は な く、 自 然 道 理 如 来 分 身 で あ る。 こ れ は 祖 師 大 阿 閣 梨 の 口 決 に 任 せ て 成 生 す る 玉 で 能 作 性 の 玉 と い う。 九 種 の 物 と は 仏 舎 利 三 十 二 粒、 沙 金 五 十 両、 紫 檀 十 両、 白 檀 十 両、 百 心 樹 の 沈 十 両、 桑 か ら も も 木 の 沈 十 両、 桃 の 沈 十 両、 大 唐 の 香 木 の 沈 十 両、 漢 桃 の 木 の 沈 十 両 等 で あ る が、 そ れ ら の う ち、 沙 金 五 十 両、 白 銀 五 十 両 を 合 せ て 壺 に 為 し、 三 十 二 粒 の 舎 利 を 安 置 し 永 く 壷 口 を 閉 し 諦 封 し、 別 に 六 種 の 香 木 沈 を 以 て 鉄 臼 に 入 れ て こ れ を 春 き、 絹 袋 で 之 を ふ る う こ と 七 度、 そ の 糟 を ま た 春 い て 同 じ 袋 に 入 れ 漉 す。 か く し て え た も の を 漆 で 丸 め 仏 舎 利 壷 に 入 れ、 大 阿 わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 開
密 教 文 花 闇 梨 が 屏 風 を 立 て 清 浄 の 細 工 師 に 命 じ、 屏 風 内 で こ れ ら を 合 丸 せ し め る 云 々 一 あ り、 察 す る に 芳 香 を 有 す る 光 輝 あ る 珠 で あ っ た か と 思 う。 醍 醍 三 宝 院 で は こ の 宝 珠 二 果 あ っ て、 一 果 は 恵 果 阿 闊 梨 付 属 の も の、 一 果 は 大 師 が 製 作 の 能 作 性 珠 で あ る。 前 者 は 大 和 国 室 生 山 に 埋 め ら れ、 後 者 は 東 寺 長 者 が 代 々 相 伝 す る も の と い い 習 わ し て い る。 ﹃ウ 一 山 記 ﹄ に よ れ ば、 室 生 仏 隆 寺 の 東 の 峯 で 寺 よ り 一 町 程 の と こ ろ に 三 峯 あ り、 そ の 中 の 峯 に 宝 珠 は 埋 め ら れ て い る。 こ れ を 精 進 峯 と 称 す る。 御 遺 告 第 二 十 五 条 や ﹃ 五 部 肝 心 記 ﹄ 等 に よ れ ば、 恵 果 よ り 大 師 が 伝 え た 真 多 摩 尼 法 (如 意 珠 法 ) は 室 生 寺 を 開 い た 堅 慧 に 伝 え ら れ た の で、 後 七 日 御 修 法 で は 彼 の 峯 を 壇 上 に 観 想 す る の で あ る。 室 生 に 如 意 宝 珠 を 結 び つ け る に 至 っ た の は も と も と こ こ に 龍 穴 を ま つ る 神 社 を 中 心 に 龍 神 信 仰 が あ っ た か ら で は あ る が、 は じ め 法 相 宗 興 福 寺 の 僧 賢 環 や 修 円 が た て た 神 宮 寺 を 東 寺 が 真 言 密 教 の 支 配 下 に 入 れ よ う と し て 画 策 し た 結 果 と み ら れ て い る。 (注 ) 一 方、 東 寺 長 者 相 伝 の 珠 は 仁 海 ・ 成 尊 ・ 範 俊 と 相 伝 さ れ、 範 俊 は 白 河 院 に 献 上 し、 院 は 覚 洞 院 僧 正 に 預 け ら れ た と こ ろ、 院 が 崩 ぜ ら れ た の ち も 覚 洞 院 は 返 さ ず、 九 条 兼 実 の 催 促 を う け て 漸 く 返 却 さ れ た が、 他 物 に す り 替 え ら れ た と も い う ( ﹃ 幸 心 紗 ﹄ )。 天 永 三 年 ( 二 三 一) 範 俊 臨 終 の 際、 白 河 院 が 何 か 思 い 置 く こ と は な い か、 ま た 仁 和 寺 宮 覚 法 法 親 王 (白 河 皇 子 ) に 伝 授 法 の こ と は ど う な っ た か と き か れ た と こ ろ、 何 も 思 い 置 く こ と は ご ざ い ま せ ん、 ま た 伝 授 も 大 方 は お 授 け 申 し ま し た。 但 し ﹁ 請 雨 経 ﹂ ﹁ 守 護 国 界 経 ﹂ ﹁ 如 意 宝 珠 法 ﹂ ﹁ 如 法 愛 染 転 法 輪 ﹂ の 五 法 の み は ま だ 伝 授 申 し て い ま せ ん が、 こ れ ら は 阿 弥 陀 峯 の 西 へ は 出 さ ぬ 法 で ご ざ い ま す ゆ え 仕 方 ご ざ い ま せ ん と 返 答 し た (. 幸 心 紗 ﹄ )。 け だ し こ れ ら の 法 は お お む ね 如 意 宝 珠 に 関 係 が あ っ て 小 野 流 が 秘 伝 と し 広 沢 流 に は 伝 え さ せ な か っ た よ う に 見 え る。 ま た ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ に は こ れ に 関 し て 以 下 の 記 事 を の せ て い る 。 あ る 東 寺 の 真 言 憎 の 話 に 、 宝 珠 は 能 作 と 所 作 の 二 種 あ り 自 分 は 秘 伝 を 小 野 伝 沢 両 流 か ら 受 け た 。 こ と に 西 院 嫡 流 か ら 相 承 し た と こ ろ で 鏡 作 と い う こ と は 見 え な い と ・ ま た 別 の 説 で は 広 沢 流 は 能作 、 小 野 流 は 所 作 の 宝 珠 を 相 伝 し て お り 、 所 作 宝 珠 は 中 央 侍 金 山 あ り 、 七 曜 九 執 十 二 宮 三 十 六 禽 が こ れ を と り ま い た もの で あ る と 。 こ れ ら の 記 事 で は 珠 の 相 伝 を め ぐ っ て 両 流 が 対 折 し た 事 情 が あ つ たこ と を 思 わ せ る 。 さ
ら に ﹃ 拾 葉 集 ﹄ は 弘 法 大 師 御 作 の 宝 珠 は 毘 沙 門 堂 経 海 僧 正 が 感 得 し た と こ ろ で は 径 七 八 寸 程 の も の で 衆 宮 を 含 み、 形 珀 色 で あ っ て ( 七 曜 九 執 等 の 種 が 籠 め ら れ た 號 珀 色 の 球 を 意 味 す る も の か )、 数 穎 製 作 さ れ、 そ れ ぞ れ 稲 荷 ( 如 意 峯 )、 高 野 山 (摩 尼 峯 )、 伊 勢 の 多 土 (六 所 権 限 )、 仁 和 寺、 鳥 羽 宝 蔵 の 七 カ 所 に 納 め ら れ た と。 こ れ に よ る と 東 寺 や 室 生 が 除 外 さ れ て お り、 明 か に 広 沢 流 の 側 の 所 伝 と 想 像 さ れ る。 い つ れ が 本 当 か 詮 索 す る の は 意 味 が な い が、 全 体 と し て は 小 野 流 が 宝 珠 信 仰 を リ ー ド し た も の と 判 断 さ れ る。 四 如 意 輪 法、 飛 鉢 法、 偽 経 の 登 場 小 野 流 の 修 法 と い え ば そ の 祖 仁 海 が 得 意 と し た と こ ろ か ら 請 雨 経 法 が 想 起 さ れ る。 勧 修 寺 流 寛 信 の ﹃ 伝 受 集 ﹄ に よ る と 茅 の 龍、 長 さ 九 寸 で 紙 を 巻 い て 金 薄 を 額 に 押 し 舎 利 に 入 れ、 池 中 に 放 つ 作 法 が あ る。 小 野 流 相 承 の 秘 伝 を 集 め た 興 然 の ﹁ 四 巻 ﹂ で は 龍 供 に 舎 利 入 の 金 か 銀 の 壷 を 石 上 に 置 く ( 三 宝 院 流 の 勝 覚 は 銀 の 壺 に 入 れ た ) と し、 ﹃ 厚 造 紙 ﹄ で は 舎 利 を 龍 の 頭 に 結 び つ け、 あ る い は 舎 利 を 筒 に 入 れ て 供 え る 一 し て い る。 三 宝 院 の 勝 覚 が 熱 心 な 宝 珠 信 仰 者 で あ っ た こ と は 始 め に も 掲 げ た 拙 稿 に 述 べ て お い た 通 り で、 醍 醐 清 滝 明 神 の 垂 形 と し て 宝 珠 を 持 つ 天 女 形 を 感 得 し、 そ れ が 正 式 の 御 正 体 と さ れ る に 至 っ た が、 そ れ は 竜 神 の 象 徴 と し て の 宝 珠 で あ り、 同 時 に 医 薬 の 霊 能 を も 象 徴 す る と こ ろ が あ っ た ( 拙 稿. 三 輪 流 神 道 の 研 究 ﹄ 序 説 三 六-三 七 頁 を も 参 照 さ れ た い )。 こ の 明 神 の 本 地 を 勝 覚 は 如 意 輪 ・ 准 砥 両 観 音 と し て ま つ っ た の で、 当 時 一 方 で 観 音 講 が 行 わ れ て い た こ と 一 も あ わ せ 考 え、 勝 覚 の 如 意 輪 信 仰 が 注 日 さ れ て く る。 弘 法 大 師 も つ と に ﹁ 如 意 輪 念 諦 法 ﹂ 一 巻 ﹁ 如 意 輪 観 門 義 住 秘 記 ﹂ 一 巻 を も た ら し て お り、 天 長 五 年 ( 八 二 八 )、 淳 和 天 皇 妃 如 意 尼 に 請 ぜ ら れ て 摂 津 国 武 庫 郡 の 山 に 入 り、 如 意 輪 観 音 像 を 刻 し、 同 八 年 十 月、 神 究 寺 を 興 し た と 伝 え ら れ る ( 元 亨 釈 書 ﹄ ) の が 事 実 か ど う か 問 題 と し て も、 如 意 輪 法 と 大 師 の 因 縁 は 浅 か ら ざ る も の が あ っ た と 思 わ れ る。 如 意 輪 観 音 は 右 の 第 二 手 に 宝 珠 を 持 ち 行 法 は 震 多 摩 尼 法 で 如 意 輪 宝 珠 法 と も い う。 こ こ で 私 が 勝 覚 の 如 意 輪 信 仰 に 注 目 す る の は 本 関 係 を 通 じ て 宝 珠 が 神 祇 的 な も の と 関 係 を も つ き っ か け が つ く ら れ た か ら で あ る。 鎌 倉 期 に 入 る と 仏 家 神 道 形 成 の 一 役 を 荷 い 様 々 の 付 会 が 行 わ れ、 ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ が 載 せ る よ う な 奇 説 も あ ら わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 開
密 教 文 化 わ れ た。 天 照 大 神 が 天 の 岩 戸 に 籠 ら れ た と き は 辰 狐 の 形 で 諸 畜 類 中、 身 よ り 光 を 放 つ の は 辰 狐 で あ る。 辰 狐 が 如 意 輪 観 音 の 化 現 で 如 意 宝 珠 を 体 と 為 し、 辰 陀 摩 尼 王 と も 名 づ け る。 辰 狐 の 尾 に は 三 古 (鈷 ) あ り、 三 古 の 上 に 如 意 宝 珠 あ り、 三 角 の 火 形 で 摩 尼 の 燈 火 に 他 な ら ぬ。 ﹁ 未 曽 有 経 ﹂ に 辰 狐 を あ が め て 国 王 と 成 す と い い、 同 様 に し て 天 照 大 神 を 百 王 元 神 と す る の で あ る 一 い う。 ﹃ 日 本 書 紀 ﹄ 好 明 天 皇 九 年 ( 六 三 七 ) 二 月、 大 な る 星、 東 西 に 流 れ、 雷 の ご と き 音 を 発 し た。 僧 曼 は 流 星 で な く、 あ ま つ ぎ つ ね (天 狗 ) で あ る と い っ た と あ る が、 辰 狐 は 星 の 信 仰 と も 関 係 が あ ろ う。 さ ら に ﹃ 拾 葉 集 ﹄ は 山 伏 の 柿 の 衣 が 辰 狐 の 色 を あ ら わ し、 不 動 袈 裟 が 倶 利 迦 羅 の 囲 続 を あ ら わ し、 弁 才 天 に 他 な ら ず、 頂 上 の 頭 巾 が 蓮 華 を 象 徴 す る ゆ え、 山 伏 の 形 体 す な わ ち 三 天 合 行 の 秘 法 と し て い て 辰 狐 が 如 意 輪 観 音 の 化 現 と す る の も 修 験 者 の 付 会 で あ ろ う。 こ れ に 関 連 し て 鉢 を も っ て 如 意 宝 珠 と す る 説 が 同 書 に の せ ら れ て い る の は 興 味 深 い。 凡 そ 鉢 は 円 融 円 満 の 体、 万 法 円 満 の 姿 な る が ゆ え に 如 意 宝 珠 と 名 づ け 飛 鉢 の 法 と 称 す る。 こ れ も 道 教 ・ 顕 教 ・ 密 教 と 様 々 の 説 は あ る が、 密 教 に つ い て 云 え ば、 弁 才 天 の 大 事 と さ れ る も の で 鉢 を 壇 上 に 安 置 し、 こ れ を 供 養 す る。 悉 地 成 就 す れ ば 竜 神 が こ の 鉢 を 載 せ て 檀 那 の 許 へ ゆ き 米 銭 を 運 ん で く る の で あ る。 北 国 の 泰 澄 や 那 智 の 空 鉢 上 人 は こ れ を 修 し た。 そ も そ も 弁 才 天 は 水 神 で あ り 竜 神 に 通 ず る。 竜 神 は 大 海 の 最 底 に 居 る 水 輪 の 精 で 如 意 宝 珠 も 水 輪 よ り 生 ず る。 竜 神 は 舎 利 の 精 を 以 て 水 の 魂 塊 と す る。 鉢 は 如 意 宝 珠 の 三 摩 耶 な る ゆ え 竜 神 は こ れ を 戴 い て 虚 空 を 飛 ぶ の で 空 鉢 法 と も 呼 ぶ と。 山 岳 行 者 が 修 行 中 鉢 を 飛 ば し て 水 を 汲 み 食 料 を 運 ぶ こ と は 種 々 の 文 献 に み え、 こ と に 有 名 な の は ﹃ 信 貴 山 縁 起 絵 巻 ﹄ で あ る。 こ の 絵 巻 の 中 で 命 蓮 な る 修 験 者 が 護 法 童 子 を 駆 使 し て い る こ と に つ い て は 幾 多 の 研 究 が あ る が、 飛 鉢 の 作 法 に 如 意 宝 珠 信 仰 が か ら ん で い る こ と は 殆 ん ど 注 意 さ れ て い な い。 し か し 上 述 の 通 り 宝 珠 が 竜 神 11 水 神 と 結 び つ い た も の で あ る こ と を 思 う と 山 岳 修 験 者 に と り 如 意 宝 珠 信 仰 が 極 め て 重 要 な も の で あ る こ と は 理 解 さ れ る し、 神 祇 信 仰 と 関 連 さ せ た の も、 彼 等 の 徒、 こ と に 東 寺 ー 醍 醐 寺 の 縁 者 達 の 活 動 と 推 察 さ れ よ う。 ま た ﹃ 慈 覚 大 師 秘 決 ﹄ の 中 に 宝 珠 に は 七 種 あ り、 世 間 宝 珠 四 種、 出 世 間 宝 珠 三 種 で、 前 者 は 福 報 ・ 大 地 ・ 虚 空 ・ 鳥 骨 の 四 種、 後 者 は 前 仏 舎 ・ 釈 迦 舎 利 ・ 一 心 中 道 の 三 種 と す る。 こ
の う ち 大 地 の 如 意 宝 珠 と は 大 地 よ り 五 穀 万 菓 を 出 生 せ し め る も の、 地 蔵 の 徳 で あ り 宇 賀 の 賀 で あ る。 虚 空 の 如 意 宝 珠 は 五 穀 万 菓 が 虚 空 に 生 長 し 川 河 ・ 大 地 ・ 草 木 ・ 樹 林 ・ 有 情 ・ 非 情 が 虚 空 の 中 に 生 長 す る も の、 虚 空 蔵 菩 薩 の 徳 で あ り 宇 賀 の 宇 に 当 る。 両 者 は す な わ ち 天 の 徳 と 地 の 徳 を あ ら わ し、 わ れ わ れ は そ の 間 に 生 長 す る ゆ え 人 間 と い う。 天 地 人 三 交 を 兼 ね た も の が 宇 賀 神 王 で あ る と。 か か る 如 意 宝 珠 と 弁 才 天 ・ 宇 賀 神 の 習 合 に 典 ハ 拠 と し て﹁ 拾 葉 集 ﹄ は﹁ 円 満 陀 羅 尼 経﹂、 神 将 陀 羅 尼 経 ﹂﹁ 宇 賀 長 者 経 ﹂﹁ 王 子 経﹂﹁ 刀 自 女 経﹂﹁ 雨 宝 檀 度 儀 軌﹂ は じ め、﹁ 弘 法 大 師 私 記﹂ な ど を 列 挙 し て い る が、 オ ー ソ ド ッ ク ス な 天 台 の 教 学 説 で も な く、 偽 経 に 基 づ い て 修 験 者 が 造 作 し た も の で あ る。 そ れ の み で な い。 牛 王 も ま た 宝 珠 で あ り 仏 舎 利 と 説 か れ る。 事 実 今 日 遺 存 す る 牛 王 宝 印 の 護 符 に は 宝 珠 を あ ら わ す も の が 多 く、 鎌 倉 期 ま で 遡 る も の が あ る こ と は こ れ を 裏 書 き す る。 こ れ に 対 し て 鹿 王 法 な る も の が あ る。 大 威 徳 法 と も い い、 炎 魔 天 炎 羅 王 の 法 に も 通 ず る。 牛 王 が 大 地 の 如 意 宝 珠 で あ る の に 対 し、 鹿 王 は 虚 の 如 意 宝 珠 で あ る。 要 す る に 上 記 の 虚 空 蔵 地 蔵 二 菩 薩 に 習 合 せ し め た 考 え と 同 一 で、 両 菩 薩 信 仰 の 民 衆 化 を 背 景 に 護 符 が 如 意 宝 珠 信 仰 流 布 の 手 段 と な っ た 事 情 を う か が わ せ、 修 験 流 民 間 活 動 の 一 面 を 物 語 る。 五 弁 才 天 法 ・ 咤 枳 尼 天 法 の 登 場 弁 才 天 の 福 神 的 登 場 も 同 様 で、 摂 津 国 箕 面、 紀 伊 国 天 川、 安 芸 国 厳 島、 近 江 国 竹 生 島、 相 模 国 江 島、 肥 前 国 背 振 山 等 は 修 験 者 の 篠 点 と し て 平 安 末 頃 よ り 次 第 に 脚 光 を あ び て き た と こ ろ で あ る。 ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ は 鎌 倉 時 代 に お け る 弁 才 天 の 俗 信 仰 に つ い て は も っ と も 多 く の 史 料 を 集 め て お り、 そ こ に は 天 台 ・ 真 言 の 宗 派 に か か わ ら な い 密 教 行 者 の 活 動 が 想 像 さ れ る。 と く に 天 川 は 地 蔵 弁 才 天 ・ 厳 島 は 妙 音 弁 才 天、 竹 生 島 は 観 音 弁 才 天 と し て 三 所 穴、 互 に 通 じ、 三 弁 宝 珠 一 体 融 合 す る と 説 く の は こ れ ら を 結 ぶ 彼 等 の 活 動 が あ っ た こ と を 物 語 る。 天 川 弁 才 天 は 悪 竜 を 降 伏 さ せ た 善 竜、 厳 島 大 明 神 は 娑 迦 羅 竜 王 第 二 女 で 正 御 殿 の 前 土 壇 の 下 に 宝 珠 が 埋 め ら れ て い る。 竹 生 島 に は 弁 岩 屋 な る 竜 穴 あ り、 竜 女 が 海 底 よ り 出 で、 鷲 峯 に 詣 つ る と き、 始 め て 明 神 と あ ら わ れ た の で あ る。 石 山 寺 の 如 意 輪 観 音 の 化 現 と も い わ れ る と こ ろ か ら、 同 寺 の 密 教 行 者 と 竹 生 島 は 縁 が 深 い と み ら れ る。 何 れ の 地 に も 役 行 者 ・ 弘 法 大 わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 開
密 教 文 化 師 修 行 の 伝 説 を の こ し て い る。 一 方、 江 島 で は 三 井 寺 の 隆 弁 僧 正 は 関 東 で 祈 雨 法 を 七 日 間 修 し た の に 効 験 が な く、 よ っ て 文 殊 悉 地 成 就 の 法 で し ら れ る 極 楽 寺 長 老 良 観 忍 性 上 人 に 伝 授 を 乞 い、 そ の 方 法 に 従 い 江 島 の 竜 穴 に 入 り、 壇 上 に 舎 利 を お い て 祈 願 す る と 小 蛇 出 現 し て 舎 利 を 食 い 海 に 入 る と み る や 雨 が 降 っ た と い う。 上 人 は ま た 衆 僧 を 扶 持 す る た め 如 意 宝 珠 を 乞 う て 竜 穴 に 七 日 間 籠 っ て 行 法 を 続 け ら れ た と こ ろ、 壇 上 に 狐 子 三 つ 出 現 し、 こ れ を 感 得 し て 寺 に 帰 り、 一 つ を 極 楽 寺 の 方 丈 の 下、 一 つ を 多 宝 寺、 い ま 一 つ を 三 村 に 埋 め ら れ た。 以 後 こ の 三 が 寺 は 繁 昌 す る よ う に な っ た。 極 楽 寺 で は 二 世 長 老 の と き、 方 丈 を 壊 し て 建 て 直 さ れ る 際、 地 を 堀 る と 白 蛇 が 出 て き た の で 打 殺 し た が、 間 も な く 寺 は 炎 上 し た 云 々 と 伝 え て い て 狐 子 や 白 蛇 は 如 意 宝 珠 の 化 現 と み ら れ て い た の で あ る。 狐 と い え ば 托 損 尼 天 法 を 見 逃 す こ と は 出 来 な い。 こ れ も 真 茶 摩 尼 法 で あ っ て 宝 珠 を 本 尊 と す る。 弘 法 大 師 が 宝 珠 を 稲 荷 峯 に 納 め ら れ た と き、 稲 荷 神 が 老 翁 形 で 稲 を 荷 っ て あ ら わ れ、 過 去 七 仏 舎 利 を 持 っ て 来 た と 語 っ た。 稲 は 舎 利 の 本 源 で あ る。 こ の 法 は 東 寺 や 天 台 寺 門 派 相 伝 で 山 門 に は な い。 三 井 寺 で は 金 剛 童 子 法 と 称 し、 智 誇 大 師 が 唐 の 良 譜 和 尚 か ら 伝 授 さ れ た と い う。 ﹃ 聖 徳 太 子 御 伝 ﹄ に 収 め る 太 子 祭 文 に も こ の 天 の こ と が 記 さ れ て い る と あ る の は 太 子 胎 内 よ り 掌 に 舎 利 を 握 っ て い た と の 伝 承 に 基 づ き 旺 枳 尼 に 結 び つ け た も の で あ ろ う。 仁 海 僧 正 は 大 豆 の 粉 を か け た 暖 い 団 子 を 供 え て 一 千 日 間 稲 荷 峯 で 旺 枳 尼 法 を 修 し、 そ の 間、 毎 日 祇 園 の 承 仕 法 師 の 息 女 が 食 事 を 届 け た。 そ の 功 徳 で 天 子 の 妃 と な っ た。 そ れ が 祇 園 女 御 で あ る。 つ ぎ に 三 井 寺 の 刑 部 僧 正 は 文 盲 第 一 の 貧 者 で、 山 臥 に な り、 旺 天 一 字 呪 王 の 秘 法 を 行 い 大 峯 よ り 稲 荷 に 参 詣 し、 地 主 権 現 の 御 前 に 法 施 を 捧 げ て い る と き、 順 徳 天 皇 乳 母 卿 二 位 の お 目 に と ま り、 帰 依 僧 と な っ て 所 領 三 百 六 十 箇 所 を 有 す る 大 福 人 と な っ た。 こ の 呪 王 は 三 井 流 第 一 の 秘 法 と 称 せ ら れ る。 事 実 か ど う か 詮 索 の 限 り で な い が、 旺 枳 尼 法 が 修 験 の 徒 の 利 用 す る と こ ろ で あ っ た 事 情 を 物 語 る も の で あ る。 こ れ ら 他 愛 も な い 話 に 続 い て さ ら に 興 味 を ひ か れ る の は 即 位 潅 頂 の と き 粍 天 の 法 を 天 子 に 授 け る 一 い う 説 で あ る。 鎌 倉 時 代、 両 部 神 道 の 成 立 に つ れ、 神 祇 潅 頂 の 一 貫 と し て 天 皇 に 即 位 の と き 印 信 を 授 け る こ と が 考 案 さ れ、 そ の 際 辰 狐 王 に つ い て の 作 法 が と り い れ ら れ て い る と い う の で、 金 沢 文 庫 所 蔵
の 潅 頂 書 の 中 に そ う し た も の が 遺 さ れ て い る か ら、 ﹃ 拾 葉 集 ﹄ の 話 も 単 な る 妄 説 で は な い。 既 述 し た 辰 狐 が 如 意 輪 観 音 の 化 現 で あ る と の 説 も 同 様 即 位 潅 頂 に 由 来 す る も の と 思 わ れ る。 金 沢 文 庫 に は 即 位 潅 頂 に つ き 法 性 寺 殿 下 が 白 河 院 と 知 足 院 に 作 法 を 授 け、 宇 治 僧 正 覚 忠 は 東 寺 の 僧 に 伝 法 し た 旨 を 記 し て い る か ら、 呪 枳 尼 法 も 院 政 期、 政 情 不 安 の 際、 寺 門 や 東 寺 の 密 教 僧 が 造 作 し、 藤 原 氏 を 通 じ て 宮 廷 に 持 ち こ ん だ も の と 推 定 さ れ る。 ﹁ 源平盛衰記﹂には平清盛が幼少にて藤原家成の許に局住 い し て い た 頃、 家 成 祈 り の 師 で 大 納 言 阿 閣 梨 祐 真 な る 真 言 僧 が い て そ の 邸 の 持 仏 堂 で 護 身 加 持 を し て い た。 清 盛 は こ の 祐 真 か ら 大 威 徳 天 法 を 成 就 さ せ れ ば 天 子 の 位 に 昇 る と 教 え ら れ、 七 ヶ 年 間 清 浄 斎 戒 勤 行 し た が、 一 向 に 富 貴 に も な ら ず、 悩 ん で い る と こ ろ へ、 あ る と き 蓮 台 野 で 大 き な 狐 を 追 い 出 し、 矢 を 射 ろ う と す る と、 狐 は 黄 女 に 変 じ、 自 分 の 命 を 助 け る な ら お 前 の 望 み を 叶 え よ う と い い、 お 前 は 誰 か と き ︿ と 七 十 四 道 の 中 の 王 と 答 え、 さ て は 貴 狐 天 王 に て お わ し ま す か と 馬 よ り 下 り、 敬 礼 す る と、 女 は ま た 狐 に な っ て 消 え た。 清 盛 考 え る に、 わ れ 財 宝 に 飢 え た の は 荒 神 の 所 為 で あ ろ う。 荒 神 を 鎮 め て 財 宝 を 得 る に は 弁 才 天 ・ 妙 音 天 に 如 か ず、 い ま あ ら わ れ た 貴 狐 天 王 は 弁 才 妙 音 で あ る。 さ て は 陀 天 の 法 を 成 就 す る の が よ い と そ の 行 を 始 め た が、 外 法 成 就 は 子 孫 に 伝 え ず と い う こ と も あ る と て さ ら に 清 水 寺 観 音 に 千 日 詣 を 行 い、 満 願 の 夜、 両 眼 の ぬ け 出 る 夢 を み て 人 に 吉 凶 を き く と ﹁ 目 出 つ る ﹂ で 目 出 た し と 占 わ れ、 果 報 あ り と よ ろ こ ん だ。 間 も な く 夜 半 内 裏 に 伺 候 し た と こ ろ、 鶴 と い う 怪 鳥 が 飛 び 込 ん だ の で、 搦 め よ と 命 ぜ ら れ、 早 速 捕 え て 奉 っ た。 見 れ ば 唐 名 毛 じ ゅ う、 す な わ ち 鼠 で あ っ た。 こ の 功 に よ り 安 芸 守 に な っ た。 清 盛 の 出 世 栄 達 は こ れ よ り 目 ざ ま し く な っ た の で あ る。 ゆ え に、 し る し こ れ 清 水 寺 の 夢 想 の 験 な り、 鼠 は 大 黒 天 神 の 使 者 な り、 こ の 人 の 栄 華 の 先 表 な り、 威 勢 は 大 威 徳 天、 福 分 は 弁 才 妙 音 陀 天 の 御 利 生 な り と 述 べ て い る。 こ の 通 り の こ と が 事 実 で あ っ た か ど う か は 怪 し い が、 千 手 観 音 (如 意 宝 珠 を 持 つ ) ・ 大 黒 天 ・ 大 威 徳 天 ・ 弁 才 天 ・ 呪 枳 尼 天 な ど は 富 貴 栄 華 の 世 俗 的 願 望 に 対 応 す る 密 教 作 法 と し て 院 政 期 よ り 脚 光 を 浴 び た 本 尊 で あ っ た こ と を 示 し て い る。 藤 原 家 成 は 鳥 羽 上 皇 の 寵 臣 で 東 寺 長 者 相 伝 の 如 意 宝 珠 を 賜 っ た 次 第 は 既 述 の ご と く、 密 教 的 作 法 に 関 心 強 く、 祈 祷 師 を わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 開
密 教 文 化 雇 っ て 世 俗 的 活 動 に 利 用 し て い た と し て も 不 思 議 で な い。 そ う し た 公 家 の 配 下 に あ る 武 士 で 清 盛 の ご と き 野 心 家 が ま た そ の 影 響 を う け 外 法 を う け い れ る よ う に な る の で、 如 意 宝 珠 信 仰 が 庶 民 社 会 社 会 へ 拡 大 し て ゆ く 一 つ の ル ー ト が こ う し た 話 に 暗 示 さ れ て い る と 見 る こ と も で き よ う。 六 大 黒 天 と 竜 神 の 信 仰 旺 枳 尼 天 と 並 び 外 法 の 本 尊 と し て 代 表 的 な 大 黒 天 は ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ に よ れ ば、 弘 法 大 師 伝 来 の ﹃ 神 憧 軌 ﹄ や ﹃ 南 海 伝 ﹄ が 所 依 の 経 典 で、 摩 訂 迦 羅 天 と も い い、 老 翁 形 で 梨 打 烏 帽 子 を 被 り、 左 手 に 袋、 右 手 に 槌 を 持 っ の が 世 間 流 布 の 尊 形 で あ る。 山 門 相 承 の 大 黒 は 本 経 儀 軌 に な い も の で、 伝 教 大 師 の 感 得 に か か り、 堅 牢 地 神 の 相 貌 を 呈 し、 多 聞 大 黒 と の 口 伝 あ り、 こ れ に 対 し 東 寺 相 伝 の も の は 不 動 大 黒 で あ る。 そ の 他、 大 黒 天 は 愛 染 ・ 毘 沙 門 ・ 弁 才 天 ・ 聖 天 ・ 呪 天 ・ 大 日 ・ 観 音 ・ 文 殊 な ど と 一 体 の 尊 と す る 説 が あ り、 あ る い は 大 日 経 の 教 化、 本 地 は 釈 迦 如 来 と す る な ど 多 種 多 様 の 解 釈 が あ ら わ れ た こ と は そ れ だ け 広 く 俗 世 間 に 親 し ま れ、 卑 近 な 御 利 益 を 付 会 し て 庶 民 の 信 仰 を 集 め よ う と す る 宗 教 家 の 活 動 が 盛 ん だ っ た こ と を 示 す の で あ ろ う。 従 っ て そ の 作 法 に も 奇 抜 な も の が の せ ら れ て い る。 恰 も 聖 天 に 浴 油 を 行 う ご と く 大 黒 天 に 白 米 を 汲 み 懸 け る 作 法 が そ れ で あ る。 あ る 碩 学 の 真 言 師 が こ れ を 数 反 繰 り か え し、 速 か に 作 法 を 成 就 さ せ た。 白 米 は 舎 利 の 当 体 で あ る。 あ る 真 言 師 の 中 に 白 米 を 盛 っ た 器 物 の 中 へ 大 黒 を 入 れ、 腰 ま で 埋 め て さ ら に 白 米 を 汲 み 懸 け る 者 も あ っ た。 ま た あ る 真 言 師 は 大 黒 の 荷 う 袋 の 中 へ 如 意 宝 珠 を つ め、 こ れ を と り 出 し て 行 者 達 に 施 与 で き る よ う 造 立 し 作 法 を 修 し た し、 あ る 真 言 師 は そ ば む ぎ 榎 木 で 蕎 麦 の 形 を つ く り、 大 黒 天 の 種 字 を 書 い て 加 持 し、 福 人 の 家 へ 投 げ こ む と 彼 の 福 徳 は 我 家 に 集 ま る。 こ れ を 大 黒 飛 礫 ( ひ り や く、 つ ぶ て ) 法 と 称 し た。 要 す る に こ れ ら は 大 黒 天 に 結 び つ け た 如 意 宝 珠 信 仰 の 一 形 態 を 示 す も の に 他 な ら な い。 ま た の 説 に 榎 木 の 乾 の 方 に 指 出 た 枝 で つ く り 福 人 の 家 に 投 げ 入 れ る の は 子 刻 と す る な ど 陰 陽 道 臭 が 感 ぜ ら れ る と こ ろ も あ っ て、 こ の 俗 信 に 密 教 修 験 者 の 参 加 が 示 唆 さ れ て い る。 現 実 に 如 意 宝 珠 を 竜 神 か ら 語 っ た 話 も 巷 間 に 流 布 し た ら し く、 つ ぎ に 二 三 の 例 話 を 掲 げ る。 由 良 寺 ( 紀 州 で あ ろ う ) の 前 の
田 に 六 月 頃、 雷 鳴 し て 竜 神 が 落 ち た。 や が て 竜 神 が 昇 天 し て か ら そ の あ と を み る と、 雲 の 渦 巻 く 中 に 径 一 尺 程 の 円 い も の が あ り、 人 が 取 ろ う と す る と 火 焔 が あ っ て や け ど を し た。 火 が 収 っ て か ら 取 っ て 寺 に 献 上 す る と 寺 僧 は 如 意 宝 珠 と よ ろ こ び、 寺 の 蔵 に 収 め ら れ、 爾 来 寺 僧 達 は 不 自 由 な く 暮 す こ と が で き た。 こ れ も 紀 州 の あ る 在 家 人 が 相 伝 の 仏 舎 利 を 所 持 し て い た。 こ れ を 竜 王 が 所 持 す る 如 意 宝 珠 と と り か え て 貰 ろ う と 思 い、 海 岸 で 七 日 の 棚 を 設 け 舎 利 を 安 置 し、 焼 香 礼 拝 す る こ と 七 日、 満 日 の 午 刻 海 上 に 雷 鳴 し て 雲 が 近 づ き、 舎 利 を 覆 う た。 そ の 人 は 高 原 か ら そ れ を 眺 め て い て、 晴 れ て か ら 棚 を 見 に ゆ く と 舎 利 は な く て 炎 の あ る 円 輪 が あ っ た。 熱 が さ あ て 後、 こ れ を と っ て み る と 宝 珠 で あ っ た。 そ れ よ り 福 貴 自 在 と な り、 そ の 子 の 時 代 に こ れ を 法 華 寺 に 施 入 し、 よ っ て 同 寺 も 福 貴 に な っ た ( 以 上﹁ 渓 嵐 拾 葉 集﹂ )。 ﹃ 賢 覚 記 ﹄ な る 書 に よ る と 甲 斐 国 の 農 家 に 落 雷 あ っ て の ち、 樹 の 股 に 白 い 方 丈 の 玉、 光 を 放 つ の を み た。 家 の 男 が こ れ を と り、 自 然 に 富 貴 に な っ た。 男 の 死 後、 妻 が 相 伝 し 衣 の 頸 に 縫 い 込 ん で お い た。 女 は 上 洛 し て 男 を つ く り 豊 か な 生 活 を 営 む よ う に な っ た の で、 そ の 男 が わ け を き く と、 女 は こ の 玉 の 由 来 を 語 っ た。 男 は 女 か ら 玉 を 盗 ん で 女 を 離 別 し た た め、 女 は 白 河 院 に 訴 え、 院 は 院 宣 を 出 し て 重 時 な る 者 に と り 上 げ さ せ、 女 に は 免 田 を 与 え て 本 国 へ 帰 ら せ た (﹁ 覚 禅 紗﹂ )。 以 上 の 巷 間 説 話 は 如 意 宝 珠 に 雷 神 信 仰 が 纒 緬 し て い る こ と を 示 し て お り、 雷 神 の 超 能 力 を 蛇 や 狐 の ご と き 動 物 に 想 定 し、 そ れ ら の 動 物 と 人 間 の 婚 姻 を 通 じ て そ の マ ナ ー が 人 間 の 特 定 の 家 筋 に 伝 わ る と い う 古 代 の ト ー テ ム 的 信 仰 ( こ れ に つ い て は 拙 稿. 日 本 に お け る 神 と 仏 の 交 渉 L 仏 教 思 想 史 -参 照 ) が 如 意 宝 珠 な る、 よ り 理 想 的 象 微 を 通 し て 誰 に も 親 し み 易 い 御 利 益 信 仰 に 変 っ た の で あ る。 こ れ ら の 中 に は 隈 石 な ど の 落 下 を 説 話 化 し た も の も あ る か も し れ な い。 醍 醐 三 宝 院 経 蔵 に は 琳 賢 阿 闇 梨 の 父 の 家 に 落 ち た 雷 が 残 し て い っ た 黒 色 の 宝 珠 な る も の が あ っ て ( ﹃ 覚 禅 鋤 ﹄ )、 隈 石 の 疑 い が な い で も な い。 ﹃ 平戸記﹄(寛元三、正、十二条)に、平経高が聞いた話と し て 昨 日 雷 が 大 番 沙 汰 人 左 衛 門 尉 実 員 の 宿 所 に 落 ち た。 そ の 雷 は 小 法 師 と な り 二 条 通 り 東 へ 内 裏 を 指 し て 走 り 去 っ た が、 大 路 の 人 々 が こ れ を 見 た。 あ る い は 鷹 司 河 原 橋 東 妻 に 落 ち、 騎 馬 の 者 が 一 人 こ れ に 行 き 会 い 病 気 に な っ た。 舞 屋 宿 直 の 下 人 も そ の 姿 を 見 て 両 人 と も に 心 神 不 快 に な っ た、 な ど の わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 関
密 教 文 化 記 事 を 載 せ て い て 鎌 倉 期 に は 雷 神 が 現 実 に 人 間 の 姿 で あ ら わ れ る と 信 じ た 人 も あ り、 こ れ に 逢 え ば 病 気 に か か る と せ ら れ、 雷 神 信 仰 に は 吉 凶 禍 福 が 相 表 裏 し て 考 え ら れ て い た の で あ る。 ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ に、 高 野 山 の 信 仰 の 中 心 で あ る 大 塔 は さ き ご ろ 修 造 の 際、 地 中 よ り 石 櫃 が 出 土 し、 中 に 鉄 筐 が 納 め ら れ、 さ ら に そ の 中 に 五 尺 の 剣 が 入 っ て い て 蛇 が ま と い つ い て い た。 大 塔 は 南 天 竺 の 鉄 塔 を あ ら わ し た も の で 剣 は 知 の 所 表、 蛇 は 竜 神 で 如 意 宝 珠 に も 通 ず る と 述 べ て お り、 高 野 山 で は 大 塔 が 宝 珠 信 仰 の 中 心 的 意 義 を 荷 っ て い た。 七 宝 珠 信 仰 の 日 常 化 と 雨 宝 童 子 の 登 場 室 町 期、 宝 珠 信 仰 は さ ら に 日 常 的 存 在 と な っ た の で、 伏 見 宮 貞 成 親 王 は 正 月 に 伺 候 し た 鞍 馬 寺 の 代 官 が 途 中 で 七 曲 の 扇 一 本 を 拾 得 し た と こ ろ、 そ の 中 に 如 意 宝 珠 が 描 か れ て い た の を き い て 寿 福 の 利 生 あ り、 い よ い よ 信 ず べ し、 扇 秘 蔵 す べ し、 珍 重 珍 重 と よ ろ こ ば れ た (﹁ 看 聞 御 記﹂ 永 享 十、 正、 五 条 ) の を み て も、 扇 子 を 縁 起 よ し と す る 考 え か ら 宝 珠 の 意 匠 が 登 場 し た の で あ ろ う。 伊 勢 で は 絵 馬 に 馬 と 俵 と 升 と 如 意 宝 珠 を 描 い た も の が あ り (﹁ 多 聞 院 日 記﹂ 天 正 三、 正、 五 条 )、 あ る い は 裸 馬 に 如 意 宝 珠 と 稲 を 配 し た 図 様 も あ る と い う ( 同、 天 正 二 十、 正 月 条 )。 福 徳 信 仰 を 象 徴 し た 絵 馬 に は 違 い な い が、 現 存 す る 遺 物 が あ る か ど う か ま だ 調 べ た こ と が な い。 甲 府 の 正 木 神 社 ・ 稲 積 神 社 に は 双 狐 に 火 焔 宝 珠 を あ し ら っ た 絵 馬 が 伝 っ て お り、 か よ う な 図 様 も 源 流 は 中 世 に あ る と 思 わ れ る。 京 都 の 東 寺 で は 毎 年 四 月 二 十 一 日、 潅 頂 院 の 阿 伽 井 に 絵 馬 が 掲 げ ら れ る が、 そ こ に 描 か れ た 馬 の 形 で そ の 年 の 五 穀 の 豊 凶 を 判 断 す る 行 事 が あ り、 弘 法 大 師 の 創 始 と 称 す る。 東 寺 は 稲 荷 神 社 と 歴 史 的 に 密 接 な 関 係 が あ り、 稲 荷 信 仰 の 影 響 と み ら れ る が、 む し ろ 遠 い 根 原 は 如 意 宝 珠 の 利 益 を 説 く 密 教 寺 院 側 に あ っ た の で あ る。 応 永 二 十 三 年 ( 一 四 喜 ハ ) 三 月、 貞 成 親 王 は 順 事 茶 会 に 参 加 さ れ、 余 興 と し て 大 黒 天 神 を あ ら わ し た 風 流 物 を 観 賞 さ れ た。 大 黒 天 は 俵 を ふ み、 大 槌 ・ 小 槌 を も ち、 大 籠 を 張 っ て 袋 と し、 如 意 宝 珠 が そ れ に 描 か れ、 中 に 茶 子 を 種 々 入 れ た も の で、 槌 の 柄 の 中 に は 酒 が 入 れ ら れ、 こ れ を 少 し つ つ 賞 味 さ れ つ ら ね る よ う 趣 好 が 凝 ら さ れ た。 風 流 と 共 に 延 年 連 事 に も 縁 起 物 が と り 入 れ ら れ、 興 福 寺 延 年 連 事 舞 式 に は 如 意 宝 珠 連 事 の 曲 が 出 来 た。
そ う し た 芸 能 関 係 へ の 如 意 宝 珠 の 登 場 に つ い て は 別 に 考 え る こ と と し、 い ま は 以 上 に 止 め、 最 後 に 室 町 時 代 よ り 注 目 さ れ 来 っ た 俗 信 を 代 表 す る も の の 一 つ と し て 雨 宝 童 子 に ふ れ て お き た い。 教 義 的 に は 弘 法 大 師 に 仮 託 せ ら れ た ﹃ 雨 宝 童 子 啓 白 ﹄ が よ く 知 ら れ、 伊 勢 朝 熊 山 金 剛 証 寺 に は 重 要 文 化 財 指 定 の 木 造 雨 宝 童 子 像 や 永 正 六 年 ( 一 五 ○ 九 ) の 墨 書 銘 あ る 同 木 造 が 礼 拝 像 と し て 著 聞 し て い る。 啓 白 に よ る と、 誠 に 融 通 無 凝 変 身 自 在 の 尊 で あ っ て、 国 常 立 尊 ・ 面 足 ・ 惇 根 尊 ・ 明 星 ・ 塑 煮. 沙 土 煮 ・ 大 戸 道 ・ 大 戸 内 辺 尊 と 神 代 七 代 な ど に 次 々 変 身 し、 大 日 霊 貴 ・ 五 十 鈴 尊、 さ て は 皇 大 梵 宮 大 主 と な り、 戸 棄 大 梵 王. 光 明 大 梵 王 と あ ら わ れ る。 左 手 に は 赤 色 の 宝 珠 を 持 し、 諸 天. 諸 仏 ・ 天 地 ・ 草 木 き 石 沙 土 水、 一 切 衆 三 十 六 禽 な ど 万 物 の 愛 敬 の 種 根 を 備 え、 額 に つ け た 白 い 宝 珠 は 衣 服 ・ 福 禄. 弁 才 ・ 美 色 ・ 美 食 を 出 生 し、 万 事 如 意 を 顕 す も の で あ る。 か か る 広 範 な 利 益 を 説 く. 雨 宝 童 子 啓 白 ﹄ も 西 田 長 男 博 士 (﹁ 雨 宝 童 子 管 見﹂ 神 道 及 び 神 道 史 第 一、 第 二 号 ) に よ れ ば、 文 安 五 年 ( 一 四 四 八 ) 成 立 と 思 わ れ る。﹁ 朝 熊 山 儀 軌﹂ に よ っ て 造 作 さ れ た も の で、 元 来 雨 宝 童 子 は 金 剛 証 寺 の 本 尊 で あ る 虚 空 蔵 菩 薩 の 春 属 と し て の 護 法 童 子 で あ っ た。 し か も 同 儀 軌 は 求 聞 持 の 行 者 が 崇 敬 し 奉 る べ き も の で、 衣 食 飛 鉢 童 子 と も い う と し て い る の は 飛 鉢 が 如 意 宝 珠 で あ る 旨 を 述 べ た 既 述 ﹃ 渓 嵐 拾 葉 集 ﹄ の 記 事 に そ の 歴 史 的 素 地 が 見 出 さ れ る の で、 雨 宝 童 子 の 利 益 を 宝 珠 の 機 能 に 出 る と す る 説 を 生 み 出 し て ゆ く の は 自 然 の 趨 勢 で あ る。 如 意 宝 珠 の 機 能 の 絶 大 性 を 強 調 し よ う と す れ ば 勢 い 雨 宝 童 子 を 護 法 的 地 位 か ら 大 梵 天 王 の ご と き 最 高 の 尊 位 に 昇 華 さ せ る 必 要 が あ り、 伊 勢 神 道 の 潮 流 に の っ て そ れ は 天 照 皇 大 神 影 向 の 姿 と な り、 神 本 仏 迩 的 思 想 へ と 発 展 し て ゆ く の で あ る。 し か も ﹃ 儀 軌 ﹄ に 童 子 の 護 法 の 及 ぶ と こ ろ と し て 高 千 穂 山 ・ 大 峯 ・ 葛 城 等 を、 童 子 尊 像 が 飛 行 し た と こ ろ と し て 比 良 山 ・ 立 山 を あ げ た り、 あ る い は そ の 勢 力 の 及 ぶ と こ ろ と し て 葛 川 明 王 院、 能 登 国 石 動 山、 安 房 国 清 栖 山、 信 濃 国 浅 問 山、 同 国 戸 隠 宝 光 社 等 を 列 挙 し て い る こ と は 西 田 博 士 御 指 摘 通 り、 ま さ に 修 験 者 一 派 の 造 作 に な る 信 仰 で あ る こ と を よ く 裏 書 き し て い る。 信 仰 の 内 容 は 上 記 ﹃ 啓 白 ﹄ や ﹃ 儀 軌 ﹄ に よ っ て も 荒 唐 無 稽 の 一 語 に 尽 き る が、 そ れ が 当 時 広 く 信 ぜ ら れ た の は 平 安 末 以 降 の 長 き に わ た る 修 験 者 な ど 遊 行 的 宗 教 家 の 民 間 進 出 に 伴 い、 如 意 宝 珠 の 思 想 が 普 及 し、 上 述 し わ が 国 如 意 宝 珠 信 仰 の 歴 史 的 展 関
密 教 文 化 た 通 り 扇 子 ・ 絵 馬 は じ め 芸 能 に ま で と り 入 れ ら れ、 あ る い は 七 福 神 の 重 要 な 機 能 と な っ て、 日 常 卑 近 化 し た 事 情 が 背 景 と な っ て い た か ら で あ る。 (注) 東 寺 長 者 相 伝 の 舎 利 は 弘 法 大 師 以 外 に も 請 来 さ れ た も の が 多 数 あ り、 ﹃ 覚 禅 抄 ﹄ に は 寛 信 が 代 々 の 長 者 が 計 え た 数 を 掲 げ て い る。 つ ぎ に 長 者 舎 利 勘 記 の 数 字 を 表 に し て 掲 げ る。 金 は 金 色 の 舎 利 の 数 を 示 し、 年 号 は 数 が 調 べ ら れ た 年 で あ る。 弘 法 大 師 の 八 十 粒 か ら 寛 空 の 甲 四 二 五 九 粒 乙 五 三 五 粒 ま で 増 加 し た 経 緯 は 明 か で な く、 覚 源 の と き か ら 甲 乙 両 壷 の 数 が 入 れ 替 っ た。 総 体 に 時 代 が あ と に な る 程 漸 減 の 傾 向 に あ る が、 金 色 の 舎 利 は む し ろ 増 加 し て い る。 い つ れ に し て も 真 言 密 教 の 本 山 で あ る 東 寺 は 舎 利 信 仰 の 中 心 で も あ っ た こ と が こ れ か ら う か が わ れ る で あ ろ う。 東 寺 長 者 甲 ノ 壼 乙 ノ 壼 調 査 年 代 寛 空 4.259 535 天 暦4(950) 救 世 4,409 天 延1(973) 寛 朝 4 421 539 寛 和2(986) 済 信 4,801 長 和3(1014) 深 観 3,878558永 承2(1047) 覚 源 680(金18) 3,645(金61) 永 承6(1051) 長 信 699 (金36) 3,663治 暦2(1066) 695 (金35)3, 686延 久2(1070) 良 深 7403,673 承 保2(1075) 定 賢 693 (金35) 3,668 慮 徳2(1085) 経 範 677 3,406 康 和4(1102) 寛 助 623 3,265 天 永3?(1112) 勝 覚 668 (金30) 4,486(金62) 大 治2(1127) 信 謹 689 3,440大 治 5(1130) 定 海 640(金29) 3,462(金36)長 承 3(1134) 寛 信 618(金44) 3,519(金135) 久 安2(1146)