宗
派
の
統
一
と
分
裂
(そ
の
二
)
幅
場
保
洲
五 宗 教 は、 証 會 を 規 定 し、 杜 會 に 依 て 規 定 さ れ る。 宗 敏 の 就 會 に 灘 す る 規 定 力 は、 魁 會 生 活 の 内 容 と 形 式 と の 雨 方 面 に 作 用 す る。 宗 教 の 就 會 生 活 の 内 容 に 饗 す る 規 定 力 に 就 て は、 薙 で は、 各 民 族 の 從 來 の 文 化 の 核 心 に、 宗 敏 的 な 者 が 存 在 し て ゐ た と 云 ふ に と い め た い。 又、 宗 敢 の 批 會 生 活 の 形 式 に 樹 す る 規 定 力 に 就 て も、 薙 で は、 そ れ は 肚 會 組 織 の 形 成 及 び 破 壊 の 爾 方 面 に 現 れ、 そ の 例 謹 は 歴 史 上 少 か ら す 見 出 し 得 る と 云 ふ に と や め た い(1)。 肚 會 の 宗 教 に 樹 す る 規 定 力 は、 宗 激 生 活 の 内 容 と 形 式 と の 爾 方 面 に 現 れ る。 だ が、 特 に 顯 著 に 現 れ る の は、 形 式 の 方 面 に 於 て い あ る。 宗 激 が、 哲 學 や 科 學 の 深 刻 な 影 響 を 受 け た 結 果、 そ の 教 義 の 解 繹 や 表 現 に 於 て、 新 ら し い 仕 方 を 用 ふ る こ と は あ る で あ ら う 。 だ が、 こ の 影 響 に 依 て、 宗 教 の 数 義 自 禮 が、 根 本 的 に 鍵 革 さ れ る こ と は あ り 得 な い。 若 し そ の 様 な 事 象 が 現 實 に 現 れ る こ と が あ れ ば、 そ れ は 影 響 を 受 く る と 云 ふ が 如 き 軍 純 な 事 象 で な く、 も は や そ の 宗 敢 に 就 て 語 る を 要 し な い 事 象 で あ る と 云 宗 派 の 統 一 と 分 裂 五 三宗 派 の 統 一 と 分 裂 五 四 は ね ば な ら な い。 特 定 の 宗 教 が 宗 教 と し て 存 す る 限 り に 於 て は、 そ の 敢 義 の 根 本 的 部 分 は 常 に 保 持 せ ら れ る。 從 て、 宗 教 生 活 の 内 容 が、 宗 敢 外 の 文 化 つ ま り 肚 會 生 活 の 宗 漱 外 の 内 容 か ら 受 く る 影 響 は 如 何 に 深 刻 で あ つ て も、 根 本 的 な る 者 の 獲 革 と ま で は な ら な い。 だ が、 宗 教 生 活 の 形 式 に 至 つ て は、 特 に 数 團 の 政 治 的 経 濟 組 織 に 至 つ て は、 極 め て 深 刻 な 影 響 を 就 會 か ら 受 け る。 一 般 的 に 云 ふ て、 就 會 に 統 一 が 存 す れ ば そ の 魅 會 に 屡 す る 敏 團 に も 統 一 が 存 し、 そ の 肚 會 が 分 裂 し て ゐ れ ば 殺 團 も 分 裂 し て ゐ る。 こ の 樹 應 の 關 係 は、 常 に 一 方 的 に 肚 會 の み が 規 定 者 た る 地 位 に 在 る こ と を 意 味 す る 者 で な い こ と は、 既 に 一 言 せ る 所 で あ る。 何 れ が 規 定 者 だ る 地 位 に 在 る 場 合 に も、 爾 者 の 統 一 と 分 裂 は 大 膿 樹 應 し て 現 れ る。 デ ユ ル ケ ー ム は。 ﹁ あ る 宗 廟
(un pantheon relgieux)が
示 す 統 一 の 度 合 は、 同 一 時 機 に 魁 會 に 依 て 到 達 さ れ て ゐ る 統 一 の 度 合 に 甥 應 す る ﹂(2)、 と 云 ふ て ゐ る が、 こ の 命 題 中 の 統 一 な る 文 字 は、 分 裂 な る 文 字 を 以 て 置 き 換 へ る こ と も で き る 鐸 で あ る。 中 世 末 期 か ら 近 世 初 期 に か け て、 眞 宗 厳 團 は 日 豊 ま し い 登 展 を と げ た。 而 て、 そ の 登 展 の 原 動 力 と な つ た 者 は、 蓮 如 上 入 の 指 導 家 的 組 織 家 的 力 で あ つ た. 蓮 如 は、 そ の 数 團 の 登 展 に 當 つ て、 二 つ の 組 織 的 方 法 を と つ た 様 に 思 は れ る。 第 一 に 坊 舎 を 建 て、 信 仰 上 の 中 心 道 場 を 作 つ た。 こ の 坊 含 は、 之 が 中 心 と な つ て 漸 次 楼 展 せ る 寺 内 町 に 謝 し て、 信 仰 上 の 中 心 滋 場 で あ つ た こ と は 勿 論、 市 政 上 の 中 心 と な り 警 備 課 税 の 實 権 を さ へ 掌 握 す る 檬 に な つ た(3)。 第 二 に 散 在 せ る 門 徒 に 封 し て は 一 種 の 組 合 に よ つ
て 組 織 す る 方 法 を と つ た。 講 衆、 組 衆 或 は 門 徒 衆 等 は、 名 は 各 々 異 る が 内 容 は 同 一 で あ つ て、 皆 散 在 せ る 門 徒 の 組 織 軍 位 を な す こ の 組 合 に 外 な ら な い。 蓮 如 は、 右 の 様 に 二 っ の 組 織 方 法 を 用 ひ た が、 そ の 組 織 原 理 と な せ る 者 は 何 で あ つ た か。 そ れ は 共 同 主 義 で あ り 團 腱 主 義 で あ つ た。 ﹁ 蓮 如 は 和 衷 共 同 を 教 ふ る こ と 尋 常 な ら す、 ﹂ ﹁ 一 家 に し て は 兄 弟、 一 寺 に し て は 門 徒 総 衆、 組 に し て は 組 衆、 講 に し て は 講 衆 ﹂(4) の 寄 合 談 合 を 説 く こ と 切 實 で あ つ た。 彼 の 一 揆 運 動 が 日 本 の 敏 團 史 に 於 て 稀 に 見 る 強 固 に し て 叉 熱 烈 な 集 團 運 動 を な し た の は、 そ の 信 仰 に 依 糠 す る 所 も 固 よ り あ ら う が、 蓮 如 の 共 同 主 義 團 膿 圭 義 の 訓 練 に 基 く 所 大 で あ つ た ら う と 思 ふ。 右 の 如 き 眞 宗 教 團 に 於 て 用 ひ ら れ た 共 同 圭 義 は、 中 世 末 期 近 世 初 期 の 肚 會 的 特 性、 帥 ち 強 烈 な 個 人 主 義、 そ れ よ り 生 れ た る 下 剋 上 の 精 紳 及 び 既 成 の 肚 會 秩 序 に 豊 す る 破 壊 的 行 爲 と は 矛 盾 す る 様 に 見 ゆ る。 だ が、 一 見 矛 盾 す る か の 如 く に 見 ゆ る こ の 事 象 は、 深 く 考 察 し て 見 る と 然 ら ざ る 事 象 で あ る こ と を 知 る。 當 時 の 如 き 観 離 圏 事 の 世 に 於 て、 教 團 が 自 己 の 地 位 を 確 保 せ ん と す れ ば、 一 方 の 権 門 勢 家 に た よ る か 或 は 自 ら 防 衛 の 方 法 を 講 す る か、 何 れ か 一 を 選 ば ね ば な ら な い。 蓮 如 が、 か、 る 目 的 の 爲 に 意 識 的 に 共 同 圭 義 を 唱 へ た か 否 か は、 速 急 に 断 定 し 得 べ く も な い が、 そ の 共 同 主 義 は 當 時 の 証 會 歌 勢 に 因 由 す る 所 少 く な い と 見 る 方 が 自 然 で あ ら う。 こ の 見 解 は、 蓮 如 が 布 数 中 心 地 を 建 設 す る に 當 っ て そ の 防 備 的 方 法 を 講 じ た(5) こ と に 依 て も 裏 書 き さ れ る と 思 ふ。 尤 も 蓮 如 の 共 同 主 義 を 以 て、 唯 軍 に 魁 宗 派 の 統 一 と 分 裂 置 五 五
宗 派 の 統 一 と 分 裂 五 六 會 歌 勢 の み に 因 由 す る 者 で あ る と す れ ば、 固 よ り そ れ は 誤 で あ る。 根 本 的 に は、 同 信 同 行 と 云 ふ 宗 敢 的 な 態 度 に 因 由 す る 者 で あ る と. 觀 ね ば な ら な い で あ ら う。 だ が、 こ の 同 信 同 行 を 行 せ ん と す れ ば、 か、 る 共 同 主 義 團 燈 圭 義 云 は い 俗 諦 の 盟 約 が 必 要 で あ つ た の で あ る。 斯 の 如 き 蓮 如 の 共 同 主 義 は、 眞 宗 の 巌 團 生 活 の あ ら ゆ る 方 面 に 於 て 實 践 さ れ て ゐ た 様 で あ る が、 徳 川 家 康 が 天 下 を 統 一 す る と 共 に 破 棄 さ れ る 様 に な つ た。 慶 長 七 年 本 願 寺 は 東 西 に 分 立 す る に 至 っ た 。 こ の 事 象 は、 卒 民 階 級 の 問 に 強 大 な 勢 力 を 有 す る 眞 宗 駿 團 を 二 分 す る こ と に よ つ て、 そ の 勢 力 を 劣 弱 な 者 た ら し め よ う と す る 家 康 一 流 の 政 策 に 負 ふ 所 大 で あ つ た と 察 せ ら れ る。 だ が、 そ れ だ け の 外 面 的 な 意 昧 し か 有 し な い 事 象 で あ る の で な く、 眞 宗 教 團 の 内 部 に 分 裂 の 傾 向 が 存 し 家 康 に よ つ て 利 用 さ れ た 者 で あ つ た の で な か ら う か。 そ れ は 兎 も 角 と し て、 眞 宗 漱 團 の 一 宗 一 派 主 義 的 な 共 同 主 義 團 膿 主 義 は、 東 西 本 願 寺 の 分 立 に よ つ て 破 棄 さ れ た こ と は 否 定 る 得 べ く も な い。 家 康 に 依 て 政 治 的 統 一 が 實 現 さ れ る や 否 や、 強 大 な 眞 宗 教 團 が 二 分 す る 檬 に 籐 儀 な く さ れ た こ と は、 注 日 す べ き 事 象 で あ る。 こ の 事 象 は、 魁 會 の 統 ↓ と 敢 團 の 統 一 と 欝 應 せ ざ る こ と を、 實 謹 す る 様 で あ る。 だ が、 私 見 を 以 て す れ ば こ の 時 代 の 統 一 は 武 力 に よ る 表 面 上 の 統 一 に す ぎ な か つ た、 又 前 時 代 の 末 期 以 來 の 個 入 圭 義 的 思 想 は 依 然 証 會 の 思 潮 の 主 要 な 流 れ を な し て ゐ た、 否 隠 微 な 勢 を 以 て い あ つ た が 登 展 し つ、 あ つ た。 故 に、 右 の 二 つ の 相 矛 盾 す る か に 見 ゆ る 事 象 は、 眞 實 に は 欝 應 し 一 致 す る 事 象 で あ る と 云 は ね ば な ら な い。
斯 の 如 く、 近 世 初 期 に 於 て、 同 信 同 行 寄 合 談 合 に 基 く 共 ハ同 圭 義 を 数 團 生 活 の 原 理 と す る 眞 宗 激 團 に 於 て、 分 裂 が 生 れ た 程 で あ つ た か ら、 當 時 に 於 け る 他 の 宗 派 の 内 部 に 於 け る 或 は 宗 派 相 互 間 の 關 係 の 如 き は、 推 し て 知 る こ と が で き る と 思 ふ。 斯 く 云 へ ば と て、 他 の 宗 涙 の 内 部 に 於 て 分 裂 が く り か へ さ れ、 或 は 宗 派 間 に 於 て 孚 ひ が 常 に 行 は れ た と 云 は ん と す る の で は な い。 事 實 は 寧 ろ そ の 逆 に 近 か っ た 様 に 思 は れ る、 帥 ち、 一 宗 涙 は 一 宗 涙 と し て、 一 宗 涙 の 下 の 小 集 團 は 小 集 團 と し て、 叉 一 寺 院 は 一 寺 院 と し て、 環 境 に 適 應 せ る 自 己 の 地 位 を 確 立 す る 爲 に 寧 日 が な か つ た と 見 る 方 が 眞 に 近 い と 思 ふ。 だ が、 か、 る 態 度 の 本 質 的 内 容 は、 佛 漱 或 は 一 宗 と 云 ふ が 如 き 統 一 的 な 大 所 高 所 よ り 生 れ た 進 歩 的 な 者 で あ つ た か、 或 は 個 人 主 義 的 な 退 嬰 的 な 者 で あ つ た か は、 も は や 論 す る を 要 し な い と 思 ふ。 斯 の 如 き 主 張 を 實 謹 す る 幾 分 の 資 料 を、 吾 人 は 現 在 用 意 し て ゐ な い で は な い が、 之 に 依 る 論 述 は 他 の 機 會 に 譲 り た い。 要 す る に、 右 の 如 き 状 勢、 帥 ち 一 宗 派 一 寺 院 の 如 き 種 々 な 形 態 に 於 て と ら れ て ゐ る が、 畢 寛 す る に そ の 本 質 を 個 人 主 義 に 置 い て の 近 世 肚 會 へ 適 應 せ ん と す る 態 度 は、 徳 川 三 百 年 間 持 績 さ れ 元 の ご あ つ た。 明 治 時 代 の 佛 教 々 團 に は、 之 と 異 る 者 が な い で は な か つ た が、 そ の 動 向 の 基 調 は 本 質 的 に 異 ら な か つ た。 そ の 結 果、 各 宗 派 の 法 制 的 な 内 部 機 構 や 位 階 的 な 秩 序 は、 大 に 登 達 し た。 だ が、 漱 團 の 統 一 的 な 澱 痢 た る 生 命 は、 寧 ろ 失 は れ ん と す る 傾 向 が 強 く、 経 濟 生 活 の 如 き も 一 般 祉 會 の 経 濟 生 活 と 共 に、 宗 派 の 統 一 と 分 裂 五 七
宗 派 の 統 一 と 分 裂 五 八 個 人 主 義 化 の 一 線 を 辿 つ た の で あ つ た。 こ の 結 果 は 魁 會 的 必 然 で あ つ た で あ ら う。 だ が、 佛 数 々 團 に 於 け る か ゝ る 経 濟 生 活 の 傾 向 が、 正 し い か 否 か。 此 の 問 題 は、 事 實 を 事 質 と し て 觀 ん と す る 吾 人 の こ の 小 論 に と つ て は、 決 し て 主 題 た る べ き 性 質 の 者 で な い。 だ が、 かゝ る 経 濟 生 活 の 傾 向 の た め に、 現 在 の 数 團 に 於 て、 全 禮 と し て の 佛 激 々 團 に 於 て は 固 よ り 一 宗 派 に 於 て す ら、 却 て、 個 人 の 生 活 は 安 定 せ す 教 團 と し て の 麟 渕 た る 活 動 が 登 揮 さ れ て ゐ な い の が 眞 相 で あ る ま い か。 若 し 然 り と す れ ば、 宗 派 は、 宗 涙 人 の 他 の 生 活 に 於 て-よ し そ の 本 質 的 生 活 に 於 て 統 一 さ れ て ゐ る と し て も、 こ の 方 面 に 於 て は 分 裂 の 危 機 に あ る と 云 は ね ば な ら な い。 然 る に、 宗 涙 の 統 一 は、 宗 派 人 の 生 活 の 全 領 域 に 於 け る つ ま り 全 人 格 的 な 統 一 で あ つ て、 始 め て そ の 本 質 に 契 合 す る。 而 て、 本 質 に 契 合 す る 統 一 が、 大 膿 に 於 て 現 實 化 し て ゐ て、 始 め て 宗 派 の 基 礎 は 安 定 し て ゐ る と 云 は ね ば な ら な い。 か く し て、 宗 派 に と つ て は、 経 濟 生 活 の 個 入 主 義 的 な 分 裂 は、 他 の 集 團 に 於 け る 者 に 比 し て、 一 層 重 大 な 意 味 を 有 す る 者 と 云 は れ ば な ら な い。 宗 派 に 於 け る 経 濟 生 活 上 の か、 る 傾 向 は、 正 し い か 否 か の 問 題 を 逼 り 越 し て、 寧 ろ 宗 派 の 生 命 自 燈 に 關 係 す る 所 大 な る 問 題 で は あ る ま い か。 六
以
上、
宗
派
統
一
の
三
つ
の
要
因
-敏
椹、
之
に
樹
し
又
之
に
基
く
規
律
に
樹
す
る
共
同
的
信
奉、
及
び
共
同
主
義 の 経 濟 生 活 に 就 て、 私 見 の 概 要 を 述 べ た。 第 三 の 経 濟 的 要 因 に 就 て は、 語 り た い こ と 多 く し て 却 てそ の 意 を つ く さ な い 所 が 多 い。 他 の 機 會 に 論 じ て 見 た い と 思 ふ。 以 上 三 要 因 の 外 に、 逸 す る こ と の で き な い 要 因 が 一二 つ あ る 。 一 っ は 宗 派 の 依 存 す る 肚 會 の 統 一 の 度 合 。 第 二 は 他 宗 涙 或 は 他 宗 教 に 封 し て 自 己 を 主 張 し 防 衛 せ ん と す る 宗 派 人 の 態 度 で あ る。 前 者 に 就 て は 既 に 前 項 に 於 て 述 べ た。 後 者 に 就 て 私 見 の 概 要 を 述 べ ね ば な ら な い。 如 何 な る 宗 派 の 人 も、 自 己 の 宗 涙 が 最 も 優 越 せ る 宗 派 で あ る と 云 ふ 意 識 を 有 す る。 コ ー ル が、 寂 會 が 合 同 し 得 ざ る 所 以 は、 各 教 會 が 自 己 の 教 會 の み が 眞 實 の 敢 會 で あ る と 信 す る が た め で あ る(6)、 と 云 ふ 意 昧 を 述 べ て ゐ る の は 注 日 す べ き で あ る と 思 ふ。 宗 派 入 に も こ の 意 識 こ の 信 念 が あ つ て、 而 も 此 は 牢 固 た る 者 ざ あ る。 こ の 牢 固 た る 意 識 信 念 が、 何 よ り 生 成 せ る 者 で あ る か に 就 て は、 大 に 吟 味 す べ き 者 が あ る と 信 す る が、 そ れ は 暫 く 措 い て、 そ の 存 在 は 決 し て 否 定 す べ か ら ざ る 者 で あ る。 宗 派 人 の こ の 意 識 信 念 は、 敢 椹 を 信 奉 す る 宗 派 人 と し て は、 當 然 把 持 さ る べ き 者 で あ つ て、 之 れ が な か つ た な ら ば、 宗 派 の 統 一 の 基 礎 は 甚 だ 弱 い 者 で あ る と 云 は ね ば な ら な い。 然 る に、 吾 人 の 注 日 す べ き 事 象 が、 斯 の 如 き 意 識 信 念-つ ま り 優 越 戚 に は 必 然 的 に 附 随 し て ゐ る。 そ れ は 自 己 の 主 張 或 は 防 衛 で あ る。 前 者 は 積 極 的 で あ り、 後 者 は 消 極 的 で あ る が、 何 れ も 右 の 優 越 戚 に 必 然 的 に 附 随 す る 者 で あ り、 他 宗 派 他 宗 教 に 樹 立 す る 問 題 の 生 す る 毎 に 活 濃 に 具 燈 的 に 現 れ る 者 で め を。 こ の 宗 派 の 自 己 主 張 及 び 自 己 防 衛 は、 宗 派 の 統 一 に と つ て は、 意 外 に 力 強 き 作 用 を な し て ゐ る 者 で あ る。 宗 派 の 統 一 と 分 裂 五 九
宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 〇 元 來、 宗 派 が、 そ の 母 膿 た る 超 宗 派 的 派 團-假 に 之 を 敢 會 と 爾 し よ う-か ら、 分 裂 し 生 成 す る に 至 る 根 本 的 契 機 は、 派 組 と な る 人 の 自 己 の 信 念 に 就 て の 優 越 戚 で あ る。 故 に、 教 會 か ら、 如 何 に 多 く の 宗 涙 が 分 裂 し 生 成 し、 宗 涙 か ら 更 に 宗 派 が 分 枝 す る も、 そ れ は す べ て 最 も 優 越 す る と 思 惟 さ れ だ る 信 念 の 分 化 成 立 に 外 な ら な い。 さ れ ば、 宗 派 と 宗 派 と の 間 に は、 永 久 に こ の 優 越 戚 に よ る ギ ヤ ッ プ が 存 在 す る の は 止 む を 得 な い。 こ の ギ ヤ ツ プ は、 洗 練 さ れ た 宗 派 人 の 問 に 於 て は 準 常 具 燈 化 さ れ な い が、 何 か 相 互 を 樹 立 化 す る 機 會 が 生 れ る や 具 膿 化 し て 來 る。 而 も、 こ の ギ ヤ ッ プ が 具 膿 化 す る や、 そ れ は 諸 宗 派 夫 々 の 側 に 於 て 直 に 排 他 性 と し て 活 溌 に 作 用 し 始 め る。 母 禮 た る 激 會 を 等 し く す る 諸 宗 派 ' の 間 に 於 て、 事 情 斯 の 如 し と す れ ば、 況 や 他 宗 敢 に 謝 し て の 同 様 な る 事 象 に 就 て は 語 る を 要 し な い で あ ら う。 而 て、 一 般 に 排 他 性 は、 樹 内 的 に は 常 に 結 合 統 一 に 寄 與 す る 事 象 で あ る が、 此 は 必 す し も 教 團 の み に 見 る 者 で は な い。 ジ ン メ ル は、 既 に、 ﹁ 醤 内 的 結 合 と 樹 外 的 排 他 の 同 時 性 ﹂(7) を 説 い て ゐ る の み な ら す、 吾 々 は、 日 常 こ の 同 時 性 を 経 験 す る の で あ る。 蓋 し、 他 を 排 す る 心 理 は、 自 己 を 強 く 意 識 す る 心 理 と 表 裏 の 關 係 に 在 る。 從 っ て、 集 團 が 他 の 集 團 を 排 す る 心 理 は、 前 者 の 集 團 人 相 互 の 問 に 於 て 同 類 意 識 を 強 烈 に よ び さ ま し 集 團 人 の 協 働 を 促 す。 故 に、 樹 内 的 結 合 と 封 外 的 排 他 と は、 通 常 同 時 的 事 象 と し て 現 れ る。 而 て、 こ の 排 他 性 が 如 何 に 宗 派 の 統 一 に と つ て 重 要 な 役 割 を 演 す る か は、 新 宗 涙 の 創 立 に 際 し て、 既 成 宗 派 か ら そ れ に 加 へ ら れ る 趣 迫 及 び 前 者 の 後 者 に 樹 す る 批 剣 排 撃 罵 於 て 明 確
に 觀 取 し 得 る。 最 後 の 即 ち 第 六 の 要 因 は、 一 宗 派 が 宗 涙 人 個 々 に 及 ぼ す 威 塵 力 で あ る。 肚 會 は、 濁 自 的 實 在 と し て そ れ 自 膿 と し て の 行 爲 や 思 惟 の 機 式 を 有 し、 そ れ は 個 人 に 封 し て 外 在 的 な 存 在 と し て 強 制 力 を 持 ち、 個 人 を し て そ の 諾 否 に 拘 ら す そ れ に 從 ふ 様 に 籐 儀 な く せ し め る。 此 は 云 ふ ま で も デ ユ ル ケ ー ム の 説 く 所 で あ る。 彼 に よ れ ば、 宗 教 の 如 き は か、 る 行 爲 や 思 惟 の 類 型 の 典 型 的 な 者 と も 云 ふ べ く、 從 て、 ﹁ 宗 教 生 活 上 の 諸 々 の 信 仰 や 儀 式 は、 信 者 が 生 れ る と 共 ハ に 既 成 品 と し て 見 出 す の を 常 と す る ﹂(7)。 故 に、 そ れ 等 は、 信 者 に 樹 し て 外 在 的 な 存 在 で あ つ て、 而 も 信 者 の 行 爲 や 思 惟 を 制 肘 す る の で あ る。 さ て、 肚 會 が か、 る 強 制 力 を 有 し、 個 人 の 行 爲 や 思 惟 を 制 肘 し 指 導 す る こ と は 否 定 し 得 ら れ な い 所 で あ る。 而 て、 か、 る 強 制 力 が 如 何 に し て 作 用 す る か と 云 ふ そ の 過 程 に 就 て は 充 分 考 察 す べ き 者 が あ る が、 そ れ は 暫 く 措 い て、 此 が 宗 派 の 統 一 上 何 を 齎 す か に 就 て は 一 言 し た い 者 が あ る。 前 に 引 用 せ る デ ユ ル ケ ー ム の 語 に 依 て も 知 れ る 様 に、 彼 は 既 に 成 立 せ る 信 仰 や 儀 式 に 就 て 語 つ て ゐ る の で あ つ て、 そ れ 等 の 成 立 を 語 っ て ゐ る の で な い。 換 言 す れ は、 既 に 宗 振 に 於 て 権 威 あ る 者 と な れ る 信 仰 や 儀 式 に 就 て 語 つ て ゐ る の で あ る。 故 に、 此 等 は、 個 人 に 樹 し て 外 在 的 既 成 的 存 在 と し て 強 制 力 を 有 し、 宗 派 の 統 一 を 維 持 す る 上 に 於 て は、 強 力 な 機 能 を 襲 揮 す る こ と は 認 め ね ば な ら な い が、 外 在 的 既 成 的 に な れ る 者 は、 統 一 を 登 展 せ し む る こ と は あ り 得 な い と 云 は ね ば な ら な い。 云 は ん と す る 趣 意 は、 信 仰 儀 式 自 膿 は、 宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 一
宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 二 宗 派 の 統 一 を 生 成 せ し め 登 展 せ し む る 上 に 於 て、 極 め て 重 要 な 作 用 を な す が、 外 在 的、 既 成 的 に な れ る 信 仰 儀 式 は、 統 一 の 維 持 に 役 立 っ に す ぎ な い と 云 ふ に 在 る。 こ れ 等 が、 統 一 の 登 展 に 寄 與 す る 様 に な る が た め に は、 宗 派 人 に よ つ て 内 部 的 問 題 と し て と り み げ ら れ、 そ の 内 容 意 味 が 生 々 と 膿 得 せ ら れ ね ば な ら な い と 思 ふ 。 配 會 威 厘 力 の 問 題 に 就 て は 更 に 考 ふ べ き 問 題 が あ る。 宗 派 に 樹 し て 宗 派 外 の 諸 集 團 特 に 他 教 團 他 宗 涙 か ら 加 へ ら れ る 監 視 批 評 つ ま り 就 會 威 厘 力 の 特 殊 な 現 れ 方 が、 宗 涙 統 一 の 維 持 を 助 長 す る 程 度 も 決 し て 少 く な い と 思 ふ。 監 親 批 評 を 受 く る こ と は、 受 く る 宗 派 に と つ て は、 腱 面 の 問 題 で あ る か ら、 少 く と も 醜 悪 な る 内 部 闘 孚 だ け で も 避 け ん と す る 態 度 が 宗 派 人 の 間 に 自 然 に 生 れ る で あ ら う。 七 以 上、 私 は、 宗 派 の 統 一 を 生 題 と し て、 あ る 場 合 に は そ の 分 裂 に も 言 及 し な が ら、 私 見 の 概 要 を 述 べ た。 次 に、 宗 涙 の 分 裂 を 主 題 と し て、 私 見 の 概 要 を 述 べ て 見 た い。 宗 派 統 一 の 要 因 を 以 て、 凡 そ 斯 の 如 き も の と な す こ と に 誤 り な し と す れ ば、 宗 派 の 分 裂 は、 右 の 諸 要 因 に 樹 す る 宗 派 人 の 態 度 の 動 揺 に よ つ て も た ら さ れ る と 大 盤 云 ふ こ と が で き る で あ ら う。 さ て、 宗 派 成 立 の 根 底 を 熟 親 す る と、 を こ に は 凡 そ 一 種 の 自 由 主 義 的 な 進 歩 主 義 が 存 す る 。 宗 涙 の 原 始 型 が 普 汎 的 な 教 會 か ら 分 化 せ る 者 で あ る こ と は 自 明 で あ る が、 此 が 分 化 す る に 至 つ た の は、 そ の
母 燈 元 る 教 會 の 敏 理 に 樹 す る 新 し い 強 固 な 濁 創 的 な 解 鐸 と 信 念 が 生 れ た こ と に ょ る。 換 言 す れ ば 該 激 會 め 敢 権 の あ る 否 定 が、 宗 派 成 立 の 根 本 動 機 で あ る 。 だ が、 固 よ り、 こ の 否 定 は 輩 純 に 否 定 に と い ま る も の で な く、 新 し い 駿 椹 の 確 立 へ の 第 一 段 階 で あ る。 而 て、 か、 る 敏 理 の 新 ら し い 解 鐸 と 信 念 は、 一 個 人 に よ つ て 提 唱 さ れ る の を 常 と す る が、 そ れ は 決 し て 一 個 人 の 把 持 せ る 者 で な い こ と を 注 意 せ ね ば な ら な い。 か、 る 解 鐸 の 主 張 者 は、 常 に 何 程 か の 共 鳴 者 を 有 す る。 否、 正 し く 云 へ ば、 既 に か、 る 解 繹 を 明 漠 の 別 は あ つ て も 把 持 す る 幾 人 か の 人 が あ つ て、 そ の 相 互 作 用 よ り あ る 結 論 が 生 れ、 そ れ が 聰 明 な 代 表 的 な 人 に 依 て 提 唱 さ れ る に 成 る 者 が、 か、 る 新 ら し い 解 繹 と 信 念 で あ る と 云 は ね ば な ら な い。 か く し て、 宗 派 は、 大 盤 に 於 て、 一 種 の 自 由 主 義 的 な 進 歩 主 義 に よ つ て 生 み 出 さ れ る と 云 は ね ば な ら な い。 固 よ り、 理 論 的 に は、 之 と 逆 に、 尚 古 主 義 的 な 態 度 か ら 新 宗 派 の 生 れ る で あ ら う こ と も、 考 へ 得 ら れ な い こ と は な い が、 そ れ は 現 實 性 の 乏 し い 事 象 と 思 ふ。 斯 の 如 く に し て 生 れ た る 宗 派 も 亦、 そ の 敢 権 を 確 立 し そ の 墓 礎 を 築 く の は 云 ふ ま で も な い。 而 て、 之 も 術 あ る 立 場 か ら 否 定 さ れ 得 る あ る 内 容 を 有 す れ ば、 又 新 た な る 宗 派 の 分 化 を 見 る に 至 る で あ ら う 。 或 は、 一 宗 派 を 別 立 す る 程 の 根 底 の な い 場 合 に は、 一 分 派 を 樹 て る に 至 る で あ ら う。 斯 の 如 く、 激 理 に 饗 す る 解 繹 信 念 の 異 る こ と に ょ つ て、 宗 派 が 分 化 し 成 立 す る に 至 る の は、 畢 寛、 教 権 の 保 守 性 と 敢 團 の 不 寛 容 性 に よ る。 敏 権 が、 そ の 成 立 過 程 か ら 云 ふ て、 保 守 性 を 有 す る の は 必 然 宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 三
宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 四 的 で あ る。 漱 團 は、 そ の 教 理 的 根 底 が 固 く そ の 組 織 が 整 備 し て ゐ れ ば ゐ る 程、 寛 容 性 を 有 す る 程 度 が 低 い。 さ れ ば、 宗 涙 の 系 寛 容 性 は、 屡 指 摘 さ れ る の で あ る (9)。 か、 る 保 守 性 と 不 寛 容 性 の 中 か ら 進 歩 的 な 自 由 主 義 的 な 者 が 生 れ 出 つ る の は、 矛 盾 す る 様 に 思 は れ る が、 實 は 生 命 の あ る 数 團 と し て は 避 け 難 い。 而 し て、 前 者 と 後 者 と の 間 に、 結 局 相 容 れ な い 差 異 が あ れ ば、 後 者 は 母 禮 よ り 脱 し て 濁 立 せ ざ る を 得 な い。 敢 團 は 信 を 根 底 と す る 團 膿 で あ る か ら、 こ の 事 象 は 全 く 必 然 的 な 者 で あ る。 か く し て、 新 宗 派 は 成 立 す る の で あ る が、 こ の 新 宗 派 も 亦、 保 守 性 と 系 寛 容 性 と を そ の 生 命 の 核 心 と す る 様 に な る。 か や う に、 宗 派 は、 進 歩 主 義 自 由 主 義 よ り 生 れ て、 保 守 性 と 不 寛 容 性 と を そ の 中 に 凝 化 す る に 至 る。 こ の 提 言 は、 固 よ り、 傾 向 律 を 示 す 者 に す ぎ な い。 宗 派 の 宗 風 の 如 何 に よ つ て、 こ の 傾 向 を 極 め て 少 く 現 す 者 も あ る だ ら う こ と は 豫 想 し 得 る。 だ が、 一 般 的 に 云 へ ば、 宗 派 は、 か や う に 保 守 性 と 不 寛 容 性 と を 必 然 的 に 有 す る 様 に な る。 然 る に、 宗 涙 は、 自 由 圭 義 的 な 集 團 で あ る と 云 ふ 見 解 が、 屡 行 は れ る。 例 へ ば、 ト レ ル チ エ、 マ ッ ク ス ・ ウ エ ー バ ー、 二 ー ブ ー ル の 見 解 の 如 き は そ れ で あ る(10) 。 思 ふ に、 こ の 見 解 は、 宗 涙 の 登 生 的 相 に 於 て、 或 は 人 の 宗 涙 へ の 出 入 の 自 由 と 云 ふ 意 昧 に 於 て は 正 し い。 だ が、 敢 理 從 て 激 椹 に 封 し て 行 は れ る 解 繹 と 信 じ 方 に は、 姜 當 し な い 見 解 で あ る と 云 は ね ば な ら な い 宗 派 は、 自 由 な 解 繹 と 信 じ 方 に 封 し て は、 系 寛 容 性 で あ り 保 守 的 で あ る か ら、 或 は 異 安 心 或 は 脱 退 破 門 を ひ き 起 し、 逡 に は 新 宗 派 の 別 立 を 生 む に 至 つ た り す る の で あ る 。
八 前 述 せ る 様 に、 宗 派 の 規 律 は、 敏 権 の 一 つ の 現 れ 方 で あ り、 畢 覧 派 耐 の 命 令 で あ る と 宗 派 人 に よ つ て 思 惟 さ れ る。 現 在 に 於 て は、 宗 涙 の 規 律 は、 あ る 程 度 ま で は、 議 會 制 度 に よ つ て、 宗 派 人 が 立 法 灌 に 参 與 し、 改 磨 さ れ る の で あ る が、 そ の 根 本 精 騨 に 至 っ て は 左 右 す る こ と が で き な い。 そ れ は、 恰 も 國 家 の 憲 法 の 根 本 精 神 が 左 右 し 得 ら れ な い の と、 同 様 で あ る。 而 て、 こ の 規 律 は、 宗 涙 の あ ら ゆ る 活 動、 宗 涙 人 の 灌 利 と 義 務 及 び 身 分 上 の 秩 序 即 ち 位 階 的 な 秩 序 を ば、 整 然 た る 者 た ら し め る。 故 に こ れ が、 宗 派 の 統 一 に と つ て 重 要 な モ メ ン ト と な つ て ゐ る こ と は、 既 に 述 べ た。 さ れ ば、 ジ ソ メ ル が、 ﹁ 政 治 的 自 由 が 大 で あ る 國 に 於 て は、 結 鳶 生 活 が 特 に 強 く 登 達 し、 敏 樺 が 籐 り に 位 階 的 に 行 使 せ ら れ な い 敢 團 に 於 て は、 宗 派 が 隆 に 構 成 せ ら れ る ﹂(11) と 云 ふ て ゐ る の は 正 し い と 云 は ね ば な ら な い。 だ が 吾 々 は、 こ の ジ ン メ ル の 命 題 の 裏 の 意 昧 も 亦、 正 し い と 云 ふ こ と を 見 逃 し て は な ら な い。 政 治 的 自 由 が 籐 り に 小 で あ る た め に、 却 て 結 蔵 生 活 -特 に 秘 密 結 肚 の 生 活 を 登 蓬 せ し め る こ と を 吾 々 は 現 に 日 撃 し て ゐ る。 此 の 事 象 は、 明 に、 か、 る 結 就 の 依 存 す る 癒 會 め 内 部 的 な 分 裂 を 示 す 者 で あ る。 吾 々 は、 同 様 な 事 象 が、 教 椹 の 位 階 的 行 使 の 飴 り に 大 な る 激 團 に 於 て 起 る の を 見 る。 思 ふ に、 教 権 の 位 階 的 行 使 が 極 端 化 す る と、 殺 椹 の 本 質 と は 無 關 係 に 敢 権 の 位 階 的 行 使 自 盤 が 宗 派 人 の 重 要 な 關 心 事 と な り、 そ の 結 果 敷 團 内 に 階 級 的 な 封 立 關 係 が 生 れ る で あ ら う。 こ の 調 立 關 係 は、 涙 租 の 宗 敢 宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 五
出示 派 胆の 統 一 と 分 裂 六 六 的 生 命 に よ つ て 帥 ち 宗 派 人 の 眞 實 な る 宗 激 生 活 に よ つ て、 あ る 程 度 ま で は 調 和 さ れ る。 だ が、 数 権 の 位 階 的 行 使 が 寛 大 に な ら ざ る 限 り は、 か、 る 樹 立 關 係 は 完 全 に 解 濾 す る 者 で な い。 而 も、 か、 る 樹 立 關 係 は、 自 律 化 し 元 位 階 的 行 使 の 惰 力 に よ つ て、 極 端 な 一 黙 ま で 行 く の が 通 常 の 傾 向 で あ る。 ル ー テ ル 教 成 立 の 根 本 的 契 機 と し て 薗 由 主 義 が あ げ ら れ、 叉 そ の 直 接 動 機 と し て 法 王 の 赦 罪 券 登 責 の 不 當 が あ げ ら れ る。 此 は、 明 に、 法 王 と そ の 椹 威 に 封 す る 抗 議 と 激 職 制 度 の 排 斥 を 物 語 る 者 で あ り、 激 構 の 極 端 な 位 階 的 行 使 か ら 反 動 的 に 生 れ た 比 較 的 下 層 階 級 の 反 抗 的 な 革 命 意 識 の 存 在 し た こ と を 示 し て ゐ る。 叉 ク ソ ス ト 激 が 東 西 爾 激 會 に 分 離 し た モ メ ン ト も 亦、 之 と 類 型 的 な 者 で あ つ だ と 私 は 解 し て ゐ る。 日 本 の 過 去 の 佛 激 に 於 て も、 之 等 と 類 型 的 な 宗 派 の 分 裂、 例 へ ば、 極 端 な 門 閥 尊 重 の 念 慮、 或 は 巌 格 に す ぎ る 封 建 制 度 的 な 本 寺 末 寺 の 關 係 が、 重 要 な 一 原 因 と な つ て 生 れ た 宗 派 の 分 裂 が あ つ た と 思 ふ が そ れ は 叢 で は 言 及 し な い で 置 き た い と 思 ふ。 要 す る に、 す べ て の 肚 會 的 攣 革 時 に 見 る 様 に、 下 層 が 李 等 の 實 現 を 要 求 す れ ば、 同 時 に 上 盾 は 不 卒 等 の 維 持 を 欲 求 す る の で あ る か ら、 右 の 如 き 駿 勢 に 立 到 つ た 教 團 に 於 て、 あ る 程 度 の 分 裂 傾 向 の 現 れ る の は 蓋 し 止 む を 得 ざ る 者 と 云 ふ べ き で あ ら う。 九 凡 そ、 新 宗 派 興 起 の 肚 會 的 地 盤 を 見 る と、 多 く の 場 合、 既 成 宗 激 の 絵 り 顧 み な か つ た 泄 會 履 を、 そ の 地 盤 と し て ゐ る。 例 へ ば、 眞 宗 及 び 日 蓮 宗 の 李 民 階 級 に 於 け る が 如 く、 臨 濟 宗 の 武 士 階 級 に 於 け る
が 如 く で め る。 ク ソ ス ト 敏 新 激 が ブ ル ヂ ヨ ア を そ の 地 盤 と し て 興 起 し 泥 こ と は 周 知 の 通 り。 ロ シ ア に 於 て は、 十 四 世 紀 か ら 十 九 世 紀 に か け て、 正 教 會 に 不 満 な 人 々 に よ つ て、 多 歎 の セ ク ト 帥 ち 異 端 派 が 作 ら れ た が、 此 等 は、 夫 々、 農 民 或 は ブ ル ヂ ヨ ア を そ の 地 盤 と し て 生 れ た(12)。 こ う し た 現 象 は、 注 意 す べ き 若 干 の 内 容 を そ の 中 に 有 す る と 思 ふ。 新 宗 派 が、 そ の 地 盤 と し て 興 起 し た 肚 會 層 例 へ ば 武 士 階 級 や ブ ル ヂ ヨ ア は、 そ れ ま で 全 然 存 在 し な か つ だ の で な い。 だ が 就 會 的 に 重 要 な 地 位 を 持 つ て ゐ な か つ た の で あ る。 魁 會 的 諸 事 情 の 攣 化 は、 此 等 の 階 級 に 重 要 な 地 位 を 與 へ る 様 に な り、 就 會 組 織 の 中 福 的 役 割 を 課 す る 様 に な つ た の で あ る。 換 言 す れ ば、 古 い 肚 會 組 織 墾 革 の 原 動 力 た る 地 位 に 登 る 様 に な つ た の で あ る。 か く し て こ う し た 階 級 は 新 興 階 級 と 繕 せ ら れ る が、 こ の 新 興 階 級 は 何 程 か 新 し い 内 容 を 包 含 す る イ デ ォ ロ ギ ー を 有 す る。 こ の イ デ オ ロ ギ ー に 契 合 す る 教 理 を、 そ の 安 心 立 命 の 立 脚 地 と し て 有 す る す ぐ れ た る 宗 教 家 が、 新 宗 涙 を 興 起 す る に 至 る の で あ る。 こ の 激 理 と て、 決 し て 突 如 と し て 創 造 さ れ る 者 で な く、 既 成 宗 派 の 教 理 の 中 に 未 登 達 の ま、 で 存 在 し て ゐ た 者 で あ る。 そ れ が、 云 は い 祉 會 歌 勢 に 刺 戟 さ れ て、 登 達 し て 新 宗 涙 の 教 理 と な つ た の で あ る。 か く し て、 新 宗 派 の 成 立 は、 何 程 か の 証 會 礎 革 を そ の 條 件 と す る と 云 は ね ば な ら な い。 而 し て、 新 興 階 級 の 出 現 は、 云 ふ ま で も な く 奮 い 就 會 の あ る 程 度 の 分 裂 の 後 に 現 れ る (固 よ り こ の 階 級 が 中 軸 と な つ て 魁 會 は 統 一 状 態 に 復 蹄 す る ) の で あ る か ち、 趾 會 の 分 裂 は 宗 派 の 分 裂 を 宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 七
宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 八 齎 す と 云 ふ こ と も で き る。 新 興 の 宗 派 と 階 級 と は、 斯 の 如 く、 激 理 と イ デ オ ロ ギ ー と に 依 て 結 合 す る 。 生 死 な ら び 一滅 す る 暉 宗 的 な 安 心 立 命 と 戦 國 圖 箏 に 身 を 虚 す る た め の 武 士 の 心 構 へ、 個 人 的 良 心 に 訴 ふ ゑ 職 音 を 信 じ 又 禁 欲 苦 行 の 人 生 觀 を 排 斥 す る 新 敢 の 信 條 と 個 人 の 自 由 な る 意 志 及 責 任 と に 於 て 経 濟 界 に 活 躍 し よ う と す る 款 興 ゾ ル ヂ ヨ ァ の 熟 望、 此 等 の 契 合 す る 所、 新 興 の 宗 派 と 階 級 と は 結 合 し た。 新 興 の 宗 派 と 階 級 と の 結 合 は、 如 何 な る 場 合 に 於 て も、 そ の 激 理 と イ デ ォ ロ ギ ー の 契 合 に よ る。 そ の 結 合 は、 多 く の 場 合、 斯 の 如 き 眞 創 な 人 生 上 の 欲 求 に よ る。 固 よ り、 あ る 場 合 に は、 遊 戯 的 な 或 は 功 利 的 な 政 策 的 な 動 機 に よ る こ と も な し と は 断 言 し 得 ら れ な い が、 大 膿 の 傾 向 は 決 し て そ う で な い。 だ が、 新 興 の 宗 派 及 び 階 級 共 に、 そ の 存 在 の 基 礎 確 立 す る と、 次 第 に そ の 新 興 當 時 に 於 け る が 如 き 眞 創 さ を 失 ひ 相 互 に 功 利 的 に 利 用 せ ん と す る が 如 き 關 係 に 陥 ら ん と す る 傾 向 な き に 非 す で あ る。 さ れ ば、 新 宗 派 の 成 立 の 跡 を 後 世 よ り 顧 み る と、 こ う し 泥 功 利 的 な 利 用 の 相 が 顯 著 に 而 も 全 面 的 に 現 れ、 宗 派 成 立 の 根 本 的 モ メ ソ ト が そ の 相 を 淡 く す る が 如 き 有 檬 を 呈 す る に 至 る。 而 て、 こ の 相 互 利 用 の 経 濟 的 測 面 の 理 解 説 明 が、 宗 派 成 立 の 全 面 的 な 理 解 説 明 と せ ら れ て 宗 激 の 唯 物 吏 觀 の 姜 當 性 が 主 張 せ ら れ、 或 は そ れ に 近 き 見 解 が 重 要 親 せ ら れ る 様 に な る(13)。 或 は、 相 互 利 用 の 政 治 的 測 面 が 強 調 せ ら れ る な ら ば、 新 興 階 級 は 自 己 の 政 的 治 日 的 達 成 の た め に 新 宗 派 を 擁 護 し、 新 宗 涙 は 自 己 の 地 位 を 確 立 す る た め に 新 抽 階 級 に 働 き か け た
と 云 ふ が 如 き 見 解 も 成 立 す る 可 能 性 が あ る 繹 で あ る。 從 て、 新 興 階 級 新 宗 派 を 作 り、 新 宗 派 新 興 階 級 を 作 る と 云 ふ が 如 き 見 解 が、 政 治 的 見 地 か ら は 行 は れ 得 る こ と に も な る。 だ が、 階 級 及 び 宗 派 の 關 係 は、 そ の 登 生 的 段 階 に 於 て は、 決 し て か、 る 者 に 非 る こ と は 前 述 の 如 く で あ る。 十 以 上、 私 は、 宗 派 の 統 一 と 分 裂 に 就 て、 卑 見 の 概 要 を 語 つ た。 固 よ り 一 試 論 に す ぎ ざ る 不 完 全 な 者 で あ る。 叉、 こ の 試 論 に 於 て、 當 然 考 察 す べ き 問 題 が 残 さ れ て ゐ る。 宗 派 の 分 裂 の 問 題 に 關 聯 し て、 分 裂 に ま で 至 ら ざ る 領 域 に 屡 す べ き 軍 純 な 内 部 的 な 分 化 の 問 題、 新 宗 派 の 興 起 が 文 化 に 野 し て 如 何 な る 影 響 を 與 ふ る か の 問 題 等 は 輕 覗 す べ か ら ざ る 者 で あ る。 又 前 に 一 言 せ る 宗 敢 が 肚 會 の 文 化 と 組 織 と に 與 ふ る 影 響 の 如 き も 亦 重 要 な 問 題 で あ る。 之 等 と 共 に、 語 ら な か つ た 一 つ の 問 題-宗 派 分 裂 ( 一 般 的 に は 教 團 分 裂 ) の 究 極 性 に 就 て、 少 し く 考 察 を な し こ の 試 論 の 結 び と し た い。 宗 派 入 が、 敷 椹 に 樹 し て 濁 自 の 見 解-見 方、 信 じ 方 及 び 實 践 の 仕 方 を 把 握 し、 そ こ に 他 の 諸 事 情 が 加 は る こ と に よ つ て、 新 宗 派 が 成 立 す る に 至 る。 然 し、 宗 派 人 は、 如 何 に 右 の 如 き 革 命 的 な 見 解 を 把 握 す る に 至 つ て も、 宗 租 僧 膿 を 否 定 す る 者 で は な い。 此 の 事 象 は、 宗 派 な き 教 團 か ら 宗 派 の 生 れ る 場 合 に も 當 然 存 在 す べ き こ と で あ つ て、 宗 派 の 派 生 ば 敏 租 の 否 定 で は な い。 爾 者 何 れ の 場 合 に 於 て も 激 租 或 は 宗 胆 の 激 説 と 人 格 と を、 如 何 に 把 握 す れ ば、 最 も 正 し く 最 も よ く 人 生 を 光 庇 し 得 る か の 問 題 宗 派 の 統 一 と 分 裂 六 九
宗 派 の 統 一 と 分 裂 七 〇 が、 宗 派 成 立 の 中 心 問 題 で あ る。 か く し て、 生 れ た る 宗 派 問 の 關 係 は 封 立 的 で あ る が、 数 頑 或 は 宗 租 を 媒 介 と し て 樹 立 し て ゐ る の で あ る か ら、 そ の 封 立 關 係-從 て そ の 分 裂 は、 根 底 に 於 て は 結 ば れ て ゐ な が ら の 分 裂 で あ る と 云 は ね ば な ら な い。 此 は、 全 く 矛 盾 せ る 命 題 で あ る が、 数 團 の 分 裂 關 係 の 本 質 を 示 す 者 で あ る。 教 租 な く し て 駿 團 な く、 宗 租 な く し て 宗 涙 は な い。 而 も、 一 宗 涙 の 新 興 す る こ と に よ つ て、 他 の 古 い 宗 派 が 完 全 に 克 伏 せ ら れ ざ る 限 り、 爾 者 は、 各 々、 宗 租 に よ つ て そ の 存 在 根 擦 を 有 す る 者 と 云 は ね ば な ら な い。 同 一 の 宗 旭 に よ つ て 並 列 す る 若 干 の 宗 派 が 存 在 す る 場 合、 そ れ 等 の 問 に 如 何 に 尖 鋭 な 饗 立 關 係 が 存 す る に せ よ、 そ れ 等 は 果 し て 相 互 に ﹁ 他 人 ﹂ た り 得 る か(14)。 こ の 理 論 は 教 團 一 般 の 分 裂 に 要 當 す る 。 か く し て、 教 團 は 從 て 宗 涙 は、 如 何 に 分 裂 に 分 裂 を 重 ね て も 最 後 の 一 瓢 で 統 一 さ れ て ゐ る と、 吾 人 は 言 は ん と す る 者 で あ る。 (完 )
註(1)Handworterbuch der Soziologie, III. G. Wach, R.
参
照。
(2) E. Durkheim, "Les Regles de la Methode laSecond, p.
(3) 長 沼 博 士 ﹁日 本 宗 教 史 の 研 究 ﹂ 二 八 三 -四 。 (4) 同 二 八 七。 (5) 同 三 二 二。
(6) G. D. H. Cole. "Social Theory."1921. p. 175.
(8) Durkheim, ibid. p. 6. (9) 宗 派 の 系 寛 容 性 ぱ 恐 く 殆 ど 如 何 表 る 宗 派 も 持 つ 者 で あ ら う。 蓋 し 自 己 の 宗 派 が 他 よ り 劣 る と 信 す る 者 に な い で あ ら う か ら、 此 に 必 然 的 で あ る と 云 に れ ば な ら な い 。 次 に こ の 問 題 に 就 て の 諸 家 の 見 解 二 三 な 摘 録 し て 置 か う 。E. A. Ross に、 宗 派 人 に 偏 狭 で 宗 派 外 の 人 と に 容 易 に 融 合 ぜ す 叉 公 共 的 な 事 柄 に 就 て さ へ も 協 力 た 惜 む 傾 向 が あ ろ と 説 き、 更 に、 ﹁ 諸 宗 派 の 反 感 嫌 悪 ぱ 杜 會 々 瓦 解 ぜ し む る 恐 れ が あ る ﹂ と す ら 云 ふ て ゐ る ("Principles of Sociology," 1921. p. 422) Bogardus も 亦 同 檬 の 主 張 た な し て ゐ る 。 ("Inteoduction to Sociologr", 1928, p. 333) 。 此 等 二 氏 の 見 解 に 固 よ り 来 國 の 歌 態 々 封 象 と し て の 見 解 で あ る。 米 國 に 於 け る 宗 派 の 影 響 の 甚 大 さ に 就 て に、H. H. Maurer
が"The American Journal of
Sociology." Volume 30)に 於 て 詳 觀 し て ゐ る。 氏 に よ れ ば、 現 代 の 個 人 主 義 民 族 主 義 或 ほ 地 方 主 義 に、 皆 宗 派 人 の 精 紳 的 み 國 境 圭 義 よ り 生 れ て ゐ ろ 。 少 く 共、 後 者 は 前 者 の 一 つ の 重 要 な 源 泉 た な し て ゐ る。H. R. Niebuhr も 亦、 宗 教 に 於 け る 系 寛 容 性 が 多 く の 宗 派 々 興 起 ぜ し め 糞 こ と に 就 て 論 述 し て ゐ る
("The Social Sources os Denominatio 12)。
又 彼 の Feuerbach は そ の ﹁ 基 督 教 の 本 質 ﹂ ( 木 暮 氏 謬、 四 六 一 -二) に 於 て 次 の 様 に 云 ふ 。 ﹁ か く て 信 仰 に 本 質 上 蕪 派 的 で あ る 。 キ リ ス あ に 組 せ ざ る 者 に、 キ リ ス ト に 背 く 。 私 に 組 す る か 或 に 私 に 背 く か で あ る 。 信 仰 に 敵 か 然 ら す ん ば 友 々 識 る に 過 ぎ す、 何 等 非 黛 派 性 々 識 ら 顔。 そ れ ば 自 ら の こ と 々 の み よ く 思 は ぜ る。 信 仰 に 本 質 的 に 無 容 赦 的 で あ る-蓋 し 信 仰 に に 常 に、 必 然 的 に そ れ の 事 柄 ぱ 紳 の 事 柄 で あ り、 そ れ の 榮 光 に 紳 の 榮 光 で あ る、 と 云 ふ 妄 想 が 結 合 さ れ て 居 る が 故 に、 本 質 的 に で あ る 。﹂ 信 仰 上 の 事 が 紳 の 事 で あ り、 そ れ が 妄 想 で あ る と す る 氏 の 見 解 に に、 勿 論 異 論 が あ る べ し と 思 ふ が、 ク リ ス 下 教 の 黛 派 的 精 紳 そ の 者 に 就 て に、 首 肯 し 得 る 所 が あ る 。
(10) E. Jroltsch. Gesammelte Schriten I. 1923. S. 362. 367. M. Weber.
gie I. 1923. SS. 152-3. II. S. 6. H. R. Schriten Jroltsch
等 参 照 。 (11) ﹁ 肚 會 分 化 論 ﹂ (五 十 嵐 氏 課 ) 二 一 七 。 (12) 佐 木 秋 夫 氏 ﹁ ロ シ ァ 宗 教 杜 會 史 ﹂ 一 四 六-五 八 。 宗 派 の 統 一 と 分 裂 七 二
宗 派 の 統 一 と 分 裂 七 二 (13) Niebuhr (ibi. p. 26)に、 宗 派 主 義 (Deniminationalism)の 一 衝 に 宗 教 史 の 修 正 さ れ 六 経 濟 的 説 明 に よ つ て 大 禮 明 に な す こ と が で 者 る、 何 故 者、 教 會 の 分 裂 の 原 因 と し て ば、 経 濟 的 原 因 の 間 接 或 ほ 直 接 の 作 用 が 他 の 人 間 の 如 何 な る 關 心 よ り も 重 要 な 影 響 た 及 ぼ し て ゐ る か ら で あ る、 と 云 ふ 意 味 為 述 べ て ゐ る。 (14) 日 本 就 會 學 會 年 報 ﹁ 就 會 學 ﹂ 第 一 輯、 二 三 〇 頁、 拙 稿、 ﹁ 文 化 團 髄 と し て の 教 團 の 分 化 の 特 性 に 就 い て ﹂ 勢 照。 附 記 本 論 の ﹁ そ の こ と ﹁ そ の 二 ﹂ と に、 筆 者 多 忙 の 雲 め 時 な 異 に し て 執 筆 し ま し 歪。 そ の 乳 め、 文 の 購 遣 そ の 他 に 於 て、 幾 分 チ グ バ グ し 表 者 が あ る だ ら う と 思 ひ ま す。 編 輯 の 方 が 御 迷 惑 な う け ら れ る こ と な い で も あ る ま い と 思 ひ、 一 筆 附 記 し て 置 く 次 第 で す。 ( 二 五 九 五 ・ 二 ・ 一 一 の 夜 )