論文内容要旨
皮膚外科診療における境界型パーソナリティ障害患者の自傷への対応
SKIN SURGERY 28巻 2号 94-99 2019
外科系形成外科学 藍 嵐
内容要旨
皮膚科・形成外科・美容外科を受診する患者の多くに何らかの精神疾患が認められることはよ く知られている.代表的な精神疾患として境界型パーソナリティ障害(BPD)が挙げられる.美 容外科診療においては受診患者の5~10%はBPDといわれている.自傷に対する治療目的に受診 する患者の大半は本疾患であり対応に苦慮することが多いが研究報告はほとんどなされていな い.本稿では文献検索を元に自験例を供覧しながら BPD 患者の自傷行為とその対応について考 察した.
DSM-5においてBPDは対人関係,自己像,感情の不安定および著しい衝動性の広範な様式で,
成人期早期までに始まり,種々の状況で明らかになる疾患と定義されている.疫学的には,10代 後半から20代前半にかけて発症し,患者の約7割が女性である.10代における有病率は10%
に達するが,年齢とともに低下し高齢者では2%以下といわれている.BPD患者の多くは小児期 に虐待やネグレクトなどのトラウマを経験している.BPD患者の大きな特徴として「自傷と自殺 企図」が挙げられる.患者の 90%に自傷行為,75%に自殺企図の既往が見られ,10%は自殺を 完遂する.
皮膚外科領域における BPD 患者の自傷行為に関して文献検索を行い,特に重要と思われる症 例報告を論文に示した.自験例については,2006 年以降自傷に対する治療を希望して当科受診 した患者のうち,BPDの確定診断を受けている患者8名を調査対象とした.
自験例と文献から BPD 患者は自己愛的で未熟な性格を有し,情緒不安定で自己評価の傷つき に対して自己攻撃性をあらわす傾向があることがわかる.また,自傷の誘因の多くは対人葛藤と いわれており,医師・受付・看護師などの些細な言動に反応して自傷にいたる場合もある.
BPDを疑わせる特徴としては,若い女性で好き嫌いが極端,感情の起伏が激しい.多数のピア スや刺青,複数箇所の美容外科手術歴も本疾患を疑う身体所見となる.
BPDは日常診療で出会う確率が高く,症状が多彩多様で対応が難しい.患者の幼少期の不遇な 環境に理解を示しつつも一定の距離を保ちながら定期的な受診を勧める.自傷行為に対しては 理由を問い詰めず,批判も避ける.前医への怒りには同調も避ける.その一方で非現実的な要求 には首尾一貫した態度で臨み,可能であれば信頼できる家族を同席させ,時間をかけて施術に対 して細かく説明し不必要な治療は避ける.家族が同席できなければ,約束や説明を文章化して具 体的かつ現実的な対応をするよう心がける.一定の距離は置きつつも「決して見捨ててはいない」
という態度を示すことが重要である。患者のほとんどはすでに精神科医にかかっているため,症 状が変化した場合に備えて連携を怠らないようにする.
精神科以外の医師としてこの疾患に対する認識を深めて,「常に味方である」という態度で診 療にあたり,われわれに対する怒りや不安を生じさせないように心がけ,更なる自傷や衝動行為 を防ぐことが重要である.