iv
は じ め に
本書,『脳 -分子・遺伝子・生理- 』は,最近の脳科学の隆盛に比較して,
手軽な入門書がないことから,私が提案し若手のお二人の賛同を得て,書き下 ろしたものである.まず,大学生に知ってもらうべきことは何か,脳を知るとき の基本知識は何か,ヒトを中心とする今の脳科学の進歩をなるべくわかりやす く,しかも最新の知見までも入れたい,ということで
7
章編成になった.第
1
章は脳の構造である.一般的に脳の話は,難しい用語・漢字が出てきた り,そもそも脳の構造が分からないと話が通じないことが多い.そのため,わ かりやすい図が必要である.どのような教科書も最初に分子の構造が出てくる と学生のやる気をそぐことが多いので,それを防ぐために必要最小限にとどめ た.章末のコラムも,読んでほっとするものにした.第
2
章は脳を構成する分子の話である.現在の脳科学には遺伝子の話は不 可欠であり,DNA
からタンパク質へという道筋は,避けて通れないものである.逆に,遺伝子の機能が分かれば,人間の精神までも解明できる時代が来ている.
その意味で,大学生の皆さんにぜひ知っておいてほしい分子の知識を簡潔にま とめてある.
第3章は,遺伝子研究手法について知ってほしいことを述べた.ゲノムとは何か,
DNA
の配列はどのようにして知るのか,PCR
とは何か,遺伝子配列がわかった ら次に何をすべきか,など遺伝子工学のイロハをまとめたものである.また私 たちのからだはタンパク質でできているが,タンパク質の機能解析も人体を知 る上では重要である.第
4
章は,本書に特徴的な章で,遺伝子機能を知る上で欠かせないマウス の行動実験をテーマにしたものである.この章から,マウスの行動を指標にヒ トの精神機能・運動機能が研究されてきた歴史が明らかになり,現在の分子生 物学が解き明かした脳の高次機能についての知見が見てとれるであろう.第
5
章では,神経の細胞生物学的・生化学的基盤が短くまとめられている.v 脳の研究は,最終的にはヒトの知的基盤の研究につながらないと意味がないの である.そのためには,神経細胞の働きを知らなければならない.
第
6
章は,少し難解かもしれないが,記憶・学習とはどういうことか,という ことを分子のはたらきからまとめたものである.長期増強という記憶のプロトタ イプをめぐって,幾多の議論があったが,その決着がようやくつき始めたところ である.難解さが,その複雑さを物語っているが,知識とはそういうものである.最後の第
7
章では,ヒトの脳の病気を概観した.脳の病気というにはこれだ けでは到底足りないのだが,重要度からアルツハイマー病,パーキンソン病,うつ病をとりあげた.アルツハイマー病はすべての人にリスクがある病気であり,
パーキンソン病,うつ病などもこれからの時代に多くなると指摘されている脳の 疾患である.最近の研究から,これらすべてにおいて,分子的なメカニズムも 明らかになりつつあり,その意味で治療を最終目標にした研究が進んでいるも ので,本書の目的にかなうものと判断した.
以上,本書は
21
世紀の脳科学について,リアルタイムでの面白さを目指した ものである.2011年
8
月著者を代表して 石 浦 章 一