i 本書は,21 世紀の新たな創造に向けた「もうひとつのデザイン」について論 考するものです. デザインという創造的行為は,現在,大きくふたつに分かれています.ひと つは,デザイナーが行う「文化」に視座をおくデザイン行為.もうひとつは, 設計者やエンジニアが行う「科学」に視座をおくデザイン行為です.このふた つのデザイン行為に関して,最近では,協調デザインや共創の観点から,統合 に向けた新たな動きも出てきています.このように,これまでのデザイン行為 には,「文化」と「科学」のふたつが重要な視座となっていました.しかし,こ れらの視座に加えて,新たな創造に向けた「もうひとつのデザイン」では,第 3 の視座に注目します.その視座とは「生命」です. 古来より人類は,動物や植物などの生命体をヒントにして,多くの人工物を デザインしてきました.たとえば,空を飛ぶ鳥から飛行機を,花や貝殻から椅 子の形を.著者自身も,牛や羊の天然皮革の構造から新たな風合いの人工皮革 を開発し,車の内装デザインに応用した経験があります.これらのデザイン行 為は,動物や植物などの生命体の形態や構造を模倣してきたものです.これに 対して,「もうひとつのデザイン」は,生命体の形態や構造だけではなく,そ れらの奥に潜み,生命体とその種を発生・維持させる生命システムそのものに 学びます. 20世紀までのデザインは,科学の進歩と相まって,人々の生活を便利にして きました.しかし,その一方で,深刻化する環境問題,一向に減少しない人為 的事故,さらにそれらに伴う被害の大規模化など,多くの負の遺産を置き去り にしたままです.「もうひとつのデザイン」は,21 世紀に残されたこれらの諸 問題への対応策を,生命システムに学ぼうとするものです.自律性,自己組織 化,適応,進化といった様々な生命システムの特徴を総合的に人工物へ取り込 むことで,人工物自身が生命体のような冗長性やロバスト性(頑強性)などを
はじめに
ii 獲得し,そのことが,先の諸問題への解決の糸口になるものと考えているので す. 本書では,この新たな視座から,未だ多くの問題を抱えている 21 世紀にお いて,新たな創造に向けた「もうひとつのデザイン」の方法論とその意義を論 考します.構成は,第一部と第二部から成ります.第一部の「創造を生命に学 ぶ」では,CG アーティストの河口洋一郎氏,デザイナーの山中俊治氏といっ た,世界的なクリエイターであるご両人にご執筆いただきました.第二部の 「方法論を生命に学ぶ」では,システム生命・ロボティクス研究の吉田和夫氏, 人間・建築・都市環境デザイン研究の村上周三氏,ロボティクス・アクチュエ ータ研究の前野隆司氏,建築・デザイン方法論研究の門内輝行氏といった,い ずれも各界の名士に,それぞれの領域のお立場からご執筆をいただきました. 私も,デザイン理論・方法論の立場から一考を加えさせていただいております. 本書は,慶應義塾大学 21世紀 COEプログラム「知能化から生命化へのシステ ムデザイン」(拠点リーダー:吉田和夫氏),およびその教育プロジェクトとし て始動した慶應先端デザインスクールにおける活動の一環として,発刊されま した.また,執筆原稿は,「もうひとつのデザイン―生命と創造のために―」 をテーマに 2004 年秋に開催された「日本デザイン学会秋季企画大会: Design
Forum 2004 at Keio Univ.」(日本デザイン学会主催,慶應 21世紀 COEプログラム
「知能化から生命化へのシステムデザイン」慶應先端デザインスクール共催)で の論議をもとに,各著者が自ら再考され,改めて書き下ろしていただいた論考 です.これらの論考を通じて,読者の方々には,新たな「もうひとつのデザイ ン」の胎動を感じていただければ幸いです. 本書の表紙には,私の敬愛するダ・ビンチを素材として用いています.ダ・ ビンチは,「文化」と「科学」,そして解剖という「生命」の視座をすでに有して いたことは周知のとおりです.その意味で,ダ・ビンチは,本書が論考する
iii 「もうひとつのデザイン」を,遙か以前に先導していてくれたのかもしれませ ん.従来のデザインにおける「文化」と「科学」の視座に加えて,もうひとつの 「生命」という視座.これらの視座を統合することが,21 世紀の新たな創造を 実現するうえで,重要な鍵を握るものと考えます. 最後に,お忙しいなか,玉稿を頂戴いたしました各著者の方々,ならびに多 くの貴重なご助言を頂きました共立出版(株)の小山透氏,鵜飼訓子氏に厚く 御礼申し上げます.また,本書の執筆に際して,慶應義塾大学の氏家良樹氏と 大学院生の佐藤浩一郎君,松岡研究室の学生諸君,電気通信大学の井上全人氏, 表紙のデザインを手伝ってくれた松岡慧君と杉山滝三君,そして「もうひとつ のデザイン」をともに学び,試行した慶應先端デザインスクールの関係諸氏に は,大変お世話になりました.ここに併せて,心より謝意を表します. 2008年 5月 松岡 由幸