高齢者・障害者の生活の質を高める支援技術に関する研究
機能評価用コンピュータマネキンの開発
西村博之 *1
Study on Supporting Technology to Improve Quality of Advanced & Handicapped Life
Development of a Computerized Mannequin for Function Appraising Hiroyuki Nishimura
我が国は世界に例をみない早さで高齢化社会を迎えているが、機能の低下した高齢者・障害者の活動を補助し自 立した快適な生活を支援する用品の開発はあまり実現していないのが現状である。
中でも寝具は生活サイクルの中で最も長時間を占有する用具でありながら,現状ではその評価方法が確定してい ない。そこで本研究では,これらを評価するコンピュータマネキンを開発するために,就寝時の脳波および体温,
皮膚温,心拍などの生体情報と寝床内温湿度を測定した。これらのデータと起床時の寝具に対する主観評価を比較 した結果,寝心地を評価することが出来る可能性が示唆された。また,寝具の物性値と寝心地の間に相関があるこ とが認められた。
1 はじめに
我が国は65歳以上の人口比率が7%から14%までわずか 24年というかつて前例のない急速な高齢化と,小子化,
核家族化による高齢者家族の増加により,高齢社会に おける医療・福祉関連分野の対応技術確立が喫緊の課 題となっている。
しかしながら,未だ高齢化による身体的あるいは生 理的機能の低下を始め,体型の変化や行動科学的デー タが未整備のため,産業構造の変化による今後成長が 期待される15分野のトップに位置づけされながら,現 実には機能の低下がみられる高齢者の活動を補助し、
自立した快適な生活を支援する用品の開発は、あまり 実現していないのが現状である。
なかでも,寝具は生活サイクルの中で,最も長時間 を占有する用具でありながら,現状ではその保温性,
弾力性,水分移動特性の物性評価のみで,その機能性 の評価方法が確立していない。
1)2)本研究においては加齢と共に低下する身体的,生理 的機能を補助して,高齢者の安全で快適な日常生活を 支援する寝具の機能を評価するためのコンピュータマ ネキン開発に関する技術の確立を目的とする。現在,
寝具の機能評価が不統一である中で,快適社会環境を 実現する寝具の開発に向けて,その客観的評価が実現
されれば,機能評価の標準化が図られる。これにより 高齢者にとって,安全で快適な寝床環境の創出に貢献 できる。
本報告では,睡眠ステージの出現比率とOSA睡眠調査 票による睡眠感評価から,敷き寝具の寝心地の検討を 行い,この寝心地と敷き寝具の物性値との相関につい て検討を行った。
2 実験方法
2-1 寝具材の物性評価
敷き寝具の物性を数値で評価するために,表‑1に示 す3種類の敷き寝具について,保温性及び通気性試験,
圧縮試験を行った。
表‑1 敷き寝具仕様
寝具1 寝具2 寝具3
名 称 羊毛敷き布団 エアクイーン ウレタンフォーム サイズ 100×200×8㎝ 92×195×3㎝ 100×200×8㎝
素 材 巻きわた 2.0㎏ 繊維トラス構造 ポリエーテル系 羊毛 50% ポリエステル65% ポリウレタンフォーム ポリエステル50% ナイロン35% 密度:18±㎏/m3
芯わた 2.0㎏ 硬さ:2±1.5㎏
ポリエステル100%
重 量 4.0㎏ 2.7㎏ 2.8㎏
2-1-1 保温性試験
保温性試験は,A.S.T.M.型試験機を用いて行った。
これは,人間の体温(36℃)を標準とした表面温度を保
* 1 化 学 繊 維 研 究 所
持する試験板上に敷き寝具のサンプルを置き,一定時 間内にこの試験片を通過して放散される熱損失(放熱 量)を求め,これと試験板上に試験片のないブランクの 状態で放散される熱損失とを測定し,保温性を算出す る試験機である。
2-1-2 通気性試験
通気性試験はJIS L 1096に準じてフラジール型試験 機を用いて行った。これは,円筒の一端に適当な大き さの敷き寝具のサンプルを取り付けた後,可変抵抗器 によって傾斜形気圧計が一定の圧力を示すように吸い 込みファンを調整し,そのときの垂直形気圧計の示す 圧力と,使用した空気穴の種類から,試験片を通過す る空気量を求める試験機である。
2-1-3 圧縮試験
圧縮試験は下記の条件で行い,その際の加圧量と圧 縮量の関係をグラフ化した。
<試験条件>
室内の温湿度:23℃±5℃ 60%±10%(相対湿度)
試料サイズ:400×400㎜
圧縮押圧版:200φ
加圧量:314N(1N/㎝ =10kPa)
2圧縮速度:100㎜/min
加圧時間:30sec
2-2 睡眠ポリグラフィ測定
寝具の物性値の違いが睡眠中の人体にどのような影 響を及ぼすかを検討するために,8人の被験者に対して 表‑1の3種類の寝具をそれぞれ使用し,睡眠ポリグラフ ィの測定を下記条件にて行った。それぞれの被験者と も前回の実験の影響が出ないように、1週間以上の間隔 をあけて実験を行った。
<実験条件>
室内の温湿度:20℃±5℃ 50%±10%(相対湿度)
被験者:20歳代男性8名
属性は表‑2に示すとおりである。
測定項目:脳波 4点(C3,C4,O1,O2)
眼球電図 2点
筋電図 2点(下オトガイ筋)
使用敷き寝具:パラマウント製ワイドアウラベッド 上に新建畳を置いて,その上に寝具 1〜3を敷いて使用
使用掛け寝具:羽毛布団
睡眠時間:被験者の通常の睡眠時間
(基本的に24:00〜8:00の8時間)
表‑2 被験者の属性
被験者 性別 年齢 身長 体重 日常の睡眠 A 男 25歳 173㎝ 62㎏ 1:00〜9:00 B 男 24歳 173㎝ 77㎏ 2:00〜10:00 C 男 23歳 165㎝ 55㎏ 0:00〜8:00 D 男 23歳 171㎝ 59㎏ 1:00〜8:00 E 男 23歳 172㎝ 78㎏ 23:00〜7:00 F 男 25歳 165㎝ 66㎏ 0:00〜9:00 G 男 24歳 171㎝ 54㎏ 0:00〜9:00 H 男 24歳 176㎝ 72㎏ 1:00〜10:00
2-3 睡眠感評価
睡眠の善し悪しや熟睡感の有無,起床時の体調など の「主観的睡眠感」を評価するために,OSA睡眠調査票 を記録した。
この調査票は,我々の日常の生活態度や起床直後の 睡眠感を評価する質問紙で,就寝直前に記入する「A.
睡眠前調査」(質問項目21問)と目覚めてすぐ記入す る「B.起床時調査」(質問項目33問)の二部から構成 されている。「A.睡眠前調査」は,日中行動の最低限 の把握,一般的な生活態度,就寝前の身体的・精神的 状態を把握する内容の質問構成になっている。「B.起 床時調査」は,起床時の「主観的睡眠」を問うもので,
5つの因子(統合的睡眠の因子,入眠の因子,睡眠維持 の因子,眠気の因子,気がかりの因子)として睡眠感 プロフィールが示される。
3)3 結果と考察
3-1 寝具材の物性評価
3-1-1 保温性・通気性試験結果
表‑1の3種類の寝具について保温性試験,通気性試験 を行った結果を表‑3に示す。
表‑3 保温性・通気性試験結果 寝具1 寝具2 寝具3 保 温 性
5.940 3.634 8.354 (clo値)
通 気 性
35.7 130.2 39.4 (cc/㎝ ・sec)
2寝具1と寝具2を比較すると,寝具2は保温性が低く通
気性が良い結果になっている。また,寝具1と寝具3を
比較すると,通気性はほとんど変わらないが保温性は 寝具3の方が良い結果になっている。
3-1-2 圧縮試験結果
表‑1の3種類の寝具について圧縮試験を行った結果を 図‑1に示す。
図‑1 寝具の圧縮試験結果
この圧縮・加圧曲線においては,曲線の勾配が急で あるほど,加圧量が増加しても圧縮量が変化しないた め硬い寝具であるといえる。逆に,勾配がなだらかで あると僅かな加圧量の変化で圧縮量が大きく変化する ことから軟らかい寝具であるといえる。
圧縮試験結果から,314N加圧したときの圧縮量は寝 具1が43㎜,寝具2が17㎜,寝具3が68㎜となっている。
寝具2は寝具1・3と比較すると勾配が急で硬い寝具であ る。寝具3は加圧が30N以下では勾配が急で硬いが,す ぐになだらかな勾配になり,加圧が100N以上になると また急勾配となっている。
また,曲線で囲まれる面積が小さいものは高弾性で,
面積が大きいものは低弾性でエネルギー吸収性が良い。
3-2 睡眠ポリグラフィ測定結果
測定した各被験者の脳波及び眼球電図,筋電図から 睡眠ステージの判定を行った。被験者Dの寝具1〜3に おける睡眠ステージを図‑2〜図‑4に,被験者Eの寝具 1〜3における睡眠ステージを図‑5〜図‑7に示す。
この結果から,被験者D,Eともに寝具1においてス テージ4(深い睡眠)が周期的に出現する傾向がみられ,
快適な睡眠が得られたと考えられる。寝具2について考 察してみると,ステージ4は入眠期のみに出現し,その 後短時間の覚醒が発生していることから,浅い睡眠で あったと考えられる。
0 50 100 150 200 250 300 350
0 10 20 30 40 50 60 70
圧縮量(mm)
加圧量(N)
寝具1 寝具3 寝具2
図‑2 被験者Dの寝具1における睡眠ステージ
図‑3 被験者Dの寝具2における睡眠ステージ
図‑4 被験者Dの寝具3における睡眠ステージ
図‑5 被験者Eの寝具1における睡眠ステージ
図‑6 被験者Eの寝具2における睡眠ステージ
図‑7 被験者Eの寝具3における睡眠ステージ
被験者D,Eにおける睡眠ステージの出現割合をグ ラフ化したものを,図‑8及び図‑9に示す。
図‑8 被験者Dの睡眠ステージの出現割合
図‑9 被験者Eの睡眠ステージの出現割合
このグラフから,寝具1,3,2の順にステージ3,4の 深い睡眠の出現割合が多く,寝具1,3,2の順に寝心地 が良かったことが推察される。
3-3 睡眠感評価結果
起床時に記録したOSA睡眠調査票を集計して,寝具1
〜3に対する睡眠感プロフィールを得点化した。被験者 D,Eの寝具1〜3に対する睡眠感プロフィールの得点 を比較した結果を=====及び図‑11に示す。
図‑10 被験者Dの睡眠感プロフィール
0% 20% 40% 60% 80% 100%
睡眠ステージの割合 Wake ST1 ST2 ST3 ST4 REM
寝具1
寝具3 寝具2
10 15 20 25 30 35
寝具1 寝具2 寝具3
得点
統合的睡眠 寝付き 睡眠維持 ねむ気 気がかり
0% 20% 40% 60% 80% 100%
寝具3 寝具2 寝具1
睡眠ステージの割合 Wake ST1 ST2 ST3 ST4 REM
0% 20% 40% 60% 80% 100%
寝具3 寝具2 寝具1
睡眠ステージの割合 Wake ST1 ST2 ST3 ST4 REM
図‑11 被験者Eの睡眠感プロフィール
OSA睡眠感プロフィールは,得点が高いほど良い睡眠 感が得られたことを意味している。統合的睡眠の因子 については,得点が高いほど長くぐっすり眠れ,全体 としても良い睡眠が得られたことを意味する。入眠の 因子については,得点が高いほど寝付きがよく,速や かに睡眠状態に入れたことを意味する。睡眠維持の因 子については,得点が高いほど中途覚醒が少なく,よ く睡眠が維持されたことを意味する。ねむ気の因子に ついては,得点が高くなればなるほど起床時のねむ気 が少なく,すっきり目覚められたことになる。気がか り因子については,得点が高いほど起床時の気分が落 ち着いており,気になる心配事やイライラが少ないこ とを意味する。
統合的睡眠の得点をみてみると,被験者D,Eとも に寝具1,3,2の順で得点が高くなっている。したがっ て,寝具1,3,2の順でよい睡眠が得られたことを示唆 している。これは,睡眠ステージ3,4の出現割合と関 連しており,相関があると推察される。
入眠の得点をみてみると,被験者D,Eともに寝具 2の得点が高くなっていることから,寝具2においては 寝付きがよいことが推察される。
4 まとめ
これまでの実験結果より,通気性の良い寝具は寝付 きがよく速やかに睡眠状態に入れるが,全体としてよ い睡眠が得られにくい傾向にあることがわかった。ま た,軟らかく保温性が高い寝具については,睡眠維持 において中途覚醒が起きやすくなる傾向にあることが わかった。
寝具の素材の違いにより,睡眠ステージの出現割合 や睡眠感プロフィールに一定の傾向が現れていること
10 15 20 25 30 35
寝具1 寝具2 寝具3
得点