﹃
文
鏡秘府論﹄と﹃文心雛龍﹄との相
関
小
考
-声 律 ・ 体 性 ・ 詩 の 句 型 を 中 心 と して-萢
月
嬌
は じ め に ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹄ ( ﹃ 弘 法 大 師 全 集 ﹄ 所 収 本 使 用。 以 下 ﹃ 秘 府 論 ﹄ と 略 称 ) は、 劉 魏 の ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ と 並 ん で 中 国 文 学 理 論 の 双 壁 と 称 す る こ と が で き、 日 中 両 国 の 中 国 文 学 理 論 に 与 え た 影 響 が 大 き か っ た。 ﹃ 文 心 雛 龍 ﹄ ( 以 下 ﹃ 文 心 ﹄ と 略 称 ) は、 六 朝 時 代 の 斉 の 劉 囎 の 著 書 で あ り、 系 統 的 な 中 国 文 学 理 論 書 と し て 傑 出 し た も の で あ る。 全 体 は 十 巻 に 分 け ら れ、 第 一 巻 か ら 第 五 巻 ま で は 文 体 の 流 変 を 論 じ、 第 六 巻 か ら 第 十 巻 ま で は 作 文 方 法 や 作 者 の 修 養 や 文 学 批 評 な ど を 論 じ て い る。 劉 総 の 字 は 彦 和、 山 東 省 菖 県 の 人、 永 嘉 の 乱 ( 西 暦 三 〇 七 -三 二 二 年 ) が 起 っ た と き に、 京 口 ( 江 蘇 省 鎮 江 ) に ⋮難 を 避 け て 来 た の で、 京 口 の 人 と も い う。 彼 の 生 年 は よ く 判 ら な い が、 お そ ら く 西 暦 四 六 七 年 ( 劉 宋 の 明 帝 の 泰 始 三 年 ) に 生 れ、 五 二 一 年 ( 梁 の 武 帝 の 普 通 二 年 ) に 亡 く な っ た と 考 え ら れ る。 ﹃ 梁 書 ﹄ 劉 魏 伝 に よ れ ば、 劉 囎 は 早 年 に し て 孤 に な り 婚 婆 せ ず、 沙 門 の 僧 祐 に 依 頼 し て 住 む こ と 十 余 年 間、 仏 教 を 研 究 し、 博 く 内 外 経 典 に 通 じ た、 と い う。 し か し、 彼 の 著 作 に つ い て、 現 存 す る も の は、 ﹃ 文 心 雛 龍 ﹄ の ほ か、 わ ず か に ﹁ 梁 の 建 安 王 刻 山 石 城 寺 石 像 の 碑 を 造 る ﹂ ( ﹃ 会 稽 綴 音 総 集 ﹄ 所 収 ) と ﹁ 滅 惑 論 ﹂ ( ﹃ 弘 明 集 ﹄ 所 収 ) と の 二 文 が 残 っ て い る の み で あ る。 こ の 二 文 は 共 に 仏 教 と 関 係 が 深 い。 そ の 他 の 文 集 は す で に 散 秩 し、 残 っ て い な い。 さ て 弘 法 大 師 と 劉 鋸 と は い ず れ も 僧 侶 で あ り、 前 記 二 著 作 は 六 朝 時 代 か ら 階 唐 時 代 に か け て の 中 国 と 印 度 と の 間 に お け ﹃ 文 鏡秘府論﹄と﹃文心雛龍﹄との相 関 小 考-1-密 教 文 化 る 仏 教 文 化 の 交 流 の も と に 生 れ た 作 品 で あ る。 饒 宗 願 氏 は ﹁ そ の 文 体、 美 術 の 弁、 剖 析 す る こ と 精 密、 正 に 仏 家 の 界 品 と 門 論 と 有 る が ご と し ﹂ ( ﹃ 文 心 離 龍 専 号 ﹄ 十 入 頁 ・ 香 港 大 学 中 文 学 会 ・ 一 九 六 五 年 ) と 言 い、 ま た、 ﹁ 仏 氏、 心 を 言 ひ 心 ( C itta ) と 心 所 ( S itasik a ) と を 区 別 す。 心 は 心 の 主 体 な り、 心 所 は 心 の 多 種 の 作 用 な り ﹂ ( 同 上 ) と 述 べ る。 心 は 一 切 の 事 物 を 照 ら し 尽 く せ る の で 法 鏡 と い い、 心 に 一 点 の く も り も な く、 静 か で 落 ち 着 い た 状 態 を 明 鏡 と い う。 こ の ゆ え に ﹃ 文 心 ﹄ ・ ﹃ 文 鏡 ﹄ と 名 づ け ら れ た の で は あ る ま い か。 饒 氏 は ま た ﹁ 後 漢、 ﹃ 張 芝、 察 琶 の 筆 勢 を 見 て、 遂 に 筆 心 論 五 篇 を 作 る ﹄ ( 書 勢 伝 ) 書 法 を 論 ず る の 作 も ま た 心 を 以 て 名 と 為 す ﹂ ( 同 上 ) と い う が、 大 師 が ﹃ 秘 府 論 ﹄ を ま と め て ﹃ 文 筆 眼 心 抄 ﹄ と 名 づ け た も の、 こ こ に な ん ら か の 関 わ り が あ る よ う に 思 わ れ る。 こ の よ う に、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ と ﹃ 文 心 ﹄ と の 問 に は、 仏 教 を 媒 介 に し て 文 学 理 論 に お い て 深 い 関 わ り が あ る こ と は、 す で に 先 人 の 多 く 指 摘 し 研 究 す る と こ ろ で あ る。 私 も 微 力 を 顧 み ず、 そ の 関 わ り を 検 討 し て み た い と 思 い、 さ し あ た り、 本 稿 に お い て は、 声 律 ・ 体 性 ・ 詩 の 句 型 の 三 部 分 に つ い て 考 え て み た い と 思 う。 一 声 律 に つ い て 六 朝 時 代 に お い て 音 調 で あ る 四 声 の 利 用 が 文 章 に お い て も 行 わ れ て い た の で、 声 律 に つ い て 論 ず る こ と が 始 ま っ た。 こ う し た 新 し い 文 体 が 成 り 立 っ た の で、 一 般 に 学 者 は 声 律 学 を よ く 治 め た。 そ の た め、 四 声 の 原 理 が 世 の 中 に 明 ら か に さ れ 文 学 界 に お い て そ れ を 重 ん じ る 風 潮 と な っ た。 斉 梁 よ り 以 後 の 作 者 た ち が 文 章 を 作 る と き、 た い て い 音 律 が 整 の い、 響 き が 円 転 し た の は、 四 声 が 明 ら か に さ れ た 結 果 で あ る。 た と え ば 唐 人 の 詩、 宋 人 の 詞、 元 明 の 曲、 そ の 他 律 賦 や 四 六 文 な ど が い ず れ も 音 律 に 従 っ て 新 し い 文 体 を 構 成 し、 変 化 の 理 に 通 じ て い る が、 そ れ は、 声 律 を 十 分 に 利 用 し て い る か ら で あ る。 斉 人 で あ る 劉 麗 が ﹃ 文 心 雛 龍 ﹄ 十 巻 を 著 わ し た と き、 と く に 声 律 篇 を 置 い た の は、 声 律 が 文 学 の 重 要 な 本 質 で あ り、 し か も 当 時 の 新 し い ス タ イ ル で あ っ た か ら で あ る。 時 代 が 下 っ て、 弘 法 大 師 が ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹄ 六 巻 を 著 わ し た と き、 ま ず 声 律 を 論 じ た の も、 文 章 に 声 律 を 重 ん じ る 風 潮 が 階 唐 に 至 る ま で、 な お 相 当 盛 ん で あ っ た か ら で あ ろ う。 本 章 は 次 の よ う
な 二 節 に 分 け て 述 べ る こ と に す る 。 (一) 五 音 と 四 声 と の 説 ち ひ く ﹃ 文 心 ﹄ 声 律 篇 に ﹁ 商 ・ 徴 は 響 き 高 く 、 宮 ・ 羽 は 声 下 し ﹂ と い う 一 句 が あ る 。 宮 ・ 商 . 角 ・ 徴 ・ 羽 は 中 国 固 有 の 五 音 階 で あ る 。 し か し こ の 五 音 階 に お い て 、 ど れ が 高 い の か 、 ど れ が 低 い の か に つ い て 、 今 ま で 明 確 な 定 論 を 下 し た 人 は ま だ い な い 。 劉 鋸 の こ の 説 を 始 め て 否 定 し た 人 は 清 朝 の 黄 侃 で あ る 。 彼 は ﹁ 案 ず る に 、 こ の 二 句 、 誰 字 有 り 、 当 に 宮 ・ 商 は 響 き 高 く 、 徴 ・ 羽 は 声 下 し と 云 ふ べ し 。 ﹃ 周 語 ﹄ に 日 く 、 大 な る は 宮 を 瞼 へ ず 、 細 な る は 羽 を 瞼 へ ず 、 と 。 ﹃ 禮 記 ﹄ 月 令 に 鄭 ︹ 玄 ︺ 注 し て 云 ふ 、 凡 そ 声 の 尊 卑 、 象 を 五 行 に 取 る 。 数 の 多 き も の は 濁 、 数 の 少 き も の は 清 。 案 ず る に 宮 の 数 は 入 十 一 商 の 数 は 七 十 二 、 角 の 数 は 六 十 四 、 徴 の ⋮数 は 五 十 四 、 羽 の 数 は 四 十 八 ( 律 歴 志 に 詳 ら か に 見 ゆ ) 、 是 れ 宮 ・ 商 は 濁 為 り 、 徴 . 羽 は 清 為 り 、 角 は 清 濁 の 中 、 彦 和 ︹ 劉 鋸 ︺ の こ の 文 、 誤 ま り と 為 す こ と 疑 ひ 無 し ﹂ ( ﹃ 文 心 離 龍 札 記 ﹄ ) と 言 っ て い る 。 黄 侃 が ﹃ 周 語 ﹄ と ﹃ 礼 記 ﹄ と に よ っ た 推 測 に 私 は 同 意 す る 。 こ の 句 は 劉 鋸 の 説 と は 逆 に ﹁ 宮 ・ 商 は 響 き 高 く 、 徴 ・ 羽 は 声 下 し ﹂ で あ る べ き だ ろ う 。 さ て ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 一 ﹁ 調 声 ﹂ は 唐 時 代 の 元 就 の ﹃ 詩 髄 脳 ﹄ の こ と ば を 引 い て 次 の よ う に 言 っ て い る 。 ﹁ 声 に 五 声 有 り 、 角 ・ 徴 ・ 宮 ・ 商 ・ 羽 な り 。 文 字 の 四 声 を 分 て ば 、 平 上 去 入 な り 。 宮 ・ 商 を 平 声 と 為 し 、 徴 を 上 声 と 為 し 、 羽 を 去 声 と 為 し 角 を 入 声 と 為 す ﹂ と 。 王 利 器 の ﹃ 文 心 雛 龍 新 書 ﹄ ( 香 港 龍 門 書 店 ・ 一 九 六 七 年 ) は こ の 句 を ﹁ 徴 ・ 羽 は 響 き 高 く 、 宮 ・ 商 は 声 下 し ﹂ と 改 め る こ と が で き る と い う 。 こ れ は 宮 ・ 商 ・ 角 . 徴 ・ 羽 の 五 音 を 平 上 去 入 の 四 声 に 配 分 し た 説 で あ る 。 こ の 説 は 五 大 院 の 安 然 の ﹃ 悉 曇 蔵 ﹄ 第 二 に も 見 え る 。 安 然 が ﹃ 白 虎 通 ﹄ に 拠 っ て 推 測 し た 結 果 は ﹃ 秘 府 論 ﹄ の 説 と 全 く 一 致 し て い る 。 彼 は ﹁ 但 し ﹃ 白 虎 通 ﹄ に 云 ふ 、 東 、 そ の 音 は 角 、 南 そ の 音 は 徴 、 西 、 そ の 音 は 商 、 北 、 そ の 音 は 羽 、 中 、 そ の 音 は 宮 、 と 。 こ れ 、 乃 ち 宮 ・ 商 を 平 と 為 し 、 徴 を 以 て 上 と 為 し 羽 を 以 て 去 と 為 し 、 角 を 以 て 入 と 為 す ﹂ と 述 べ て い る 。 五 音 と 四 声 と の 区 別 に つ い て 、 陳 寅 恪 の ﹁ 四 声 三 問 ﹂ ( ﹃ 清 華 学 報 ﹄ 九 巻 二 期 ) に 次 の よ う な 説 明 が あ る 。 ﹁ 蓋 し 、 中 国 古 よ り 声 を 論 ず る と き 、 み な 宮 ・ 商 ・ 角 ・ 徴 ・ 羽 を 以 て 言 と 為 す 。 こ れ 、 学 人 の 声 理 を 論 ず る と き 外 に す る 能 は ざ る と こ ろ の も の な り 。 平 上 去 入 の 四 声 の 分 別 に 至 り て は 、 乃 ち 西 域 ﹃ 文 鏡秘府論﹄と﹃文心離龍﹄との相 関 小 考
-3-密 教 文 化 転 経 の 方 法 を 墓 擬 し て、 以 て 中 国 の 文 を 行 な ふ の 用 に 供 ふ ﹂ と。 陳 氏 の 説 に よ れ ば、 宮 ・ 商 ・ 角 ・ 徴 ・ 羽 の 五 音 は 中 国 固 有 の も の で あ り、 平 上 去 入 の 四 声 は ﹁ 西 域 転 経 ﹂ の 方 法 を ま ね た 方 法 で あ り、 い わ ば 西 域 か ら の 輸 入 品 と 言 え る。 梵 文 の 餅 音 字 母 は 後 漢 に 仏 教 が 中 国 に 伝 来 し、 仏 教 の 経 典 を 翻 訳 す る 必 要 の た め に 興 っ た も の で あ り、 ﹃ 階 書 ﹄ 経 籍 志 に 次 の よ う な 記 載 が 有 る。 ﹁ 後 漢 よ り 仏 法、 中 国 に 行 は れ、 ま た 西 域 の 胡 書 を 得 た り。 能 く 十 四 字 を 以 て 一 切 の 音 を 貫 き、 文、 省 に し て、 義、 広 し。 こ れ を 婆 羅 門 書 と 謂 ひ、 入 体、 六 文 の 義 と 殊 に 別 る ﹂ と。 さ て 弘 法 大 師 は、 弘 仁 五 年、 嵯 峨 天 皇 に ﹃ 梵 字 悉 曇 字 母 井 釈 義 ﹄ 一 巻 を 献 上 し た よ う に、 大 師 が 悉 曇 学 に 詳 し か っ た こ と は 疑 い が な く、 同 時 に 彼 の 四 声 の 説 も 梵 文 の 併 音 原 理 の 影 響 を 受 け た も の と 思 わ れ る。 も っ と も、 ﹃ 文 心 ﹄ の 説 の 拠 り ど こ ろ は、 声 律 篇 に お い て 説 明 さ れ て い な い の で、 何 に 従 っ た の か よ く 分 ら な い。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ の 説 は、 宮 ・ 商 ・ 角 ・ 徴 ・ 羽 の 五 音 を 平 上 去 入 の 四 声 に 配 分 し て い る が、 そ れ は 梵 文 の 声 調 の 影 響 を 受 け た も の で あ っ て、 そ の 根 拠 は は っ き り し な い。 と い う の は、 魏 晋 六 朝 時 代 に お い て い わ ゆ る 宮 ・ 商 ・ 角 ・ 徴 ・ 羽 の 五 音 は、 含 ま れ て い る 意 味 上 か ら 言 え ば、 平 上 去 入 の 四 声 と 全 く 一 致 し て い る わ け で は な か っ た か ら で あ る。 五 音 は 四 声 と 名 異 実 同 の も の で あ る と 言 え な い。 前 引 の 陳 寅 恪 の ﹃ 四 声 三 問 ﹄ に ﹁ 五 声 の 説 と 四 声 の 説 と、 乃 ち 一 中 一 西、 一 古 一 今、 両 種 は、 裁 然 同 じ か ら ざ る の 系 統 な り ﹂ と 述 べ る と お り で あ る。 も っ と は っ き り 言 え ば、 五 音 は 中 国 の 特 産 品 で あ り、 四 声 は 舶 来 品 で あ る。 二 つ の 系 統 は 各 々 異 な っ て お り、 雑 え る こ と は で き な い。 宮 ・ 商 ・ 角 ・ 徴 ・ 羽 の 五 音 は も と も と 音 楽 に お け る 発 音 の 長 短 や 高 低 の 変 異 な ど の 問 題 と 思 わ れ る。 た と え ば ﹃ 韓 非 子 ﹄ 外 儲 説 右 上 篇 に、 ﹁ 疾 呼 し て 宮 に 中 り、 徐 呼 し て 徴 に 中 ら し む。 疾 に し て 宮 に 中 ら ず、 徐 に し て 徴 に 中 ら ざ れ ば、 数 を 謂 ふ べ か ら ず ﹂ と あ る。 戸 田 浩 暁 氏 は 仏 教 に お け る ﹁声 明 ﹂ の 五 音 の 高 下 に つ い て 次 の よ う に 述 べ て い る。 ﹁ 宮 を ソ に 当 て、 徴 を レ に、 羽 を フ ァ に、 商 を ラ に、 角 を ド に 当 て い る ﹂ ( ﹃ 文 心 雛 龍 ﹄ 下 四 七 一 頁 ・ 新 釈 漢 文 大 系 所 収 ) と。 こ れ は 黄 侃 の 商 ・ 徴 は 響 き 高 く、 徴 ・ 羽 は 声 下 し ﹂ と い う 説 に 拠 る も の で あ ろ う か。
な お 小 西 甚 一 氏 が 引 用 し た 加 地 哲 定 氏 の ﹃ 文 鏡 秘 府 論 概 説 ﹄ の 説 明 が も っ と も ふ さ わ し い と 思 う の で、 挙 げ て 置 こ う。 ﹁ 蓋 し 五 音 は 音 楽 の 音、 即 ち 韻 ( ひ び き ) に 従 っ て 区 分 し た の に 対 し、 四 声 は 字 音 の 調 子、 即 ち 発 音 の 長 短 高 低 に よ り 分 類 し た も の で、 宮 の 部 の 字 は 必 ず し も 平 声 と は 限 ら ず、 上 声 ま た は 去 声 た り 得 る。 五 音 に よ る 分 類 の 上 に、 重 ね て 四 声 に よ る 分 類 を 加 へ て も よ い わ け で あ る ﹂ ( ﹃ 文 鏡 秘 府 論 考 ﹄ 第 三 章 第 五 節 ﹁ 四 声 の 成 立 と 四 声 の 展 開 ﹂ ) と。 (二) ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹄ の ﹁ 論 病 ﹂ と ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ の ﹁声 律 ﹂ 篇 ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 一 ﹁ 四 声 論 ﹂ に ﹃ 文 心 ﹄ ﹁ 声 律 ﹂ 篇 を 次 の よ う に 引 い て い る。 傍 線 部 が そ れ で あ る。 (1) (2) 音 有 飛 沈、 響 有 隻 暑。 讐 聲 隔 字 而 毎 舛、 豊 韻 離 句 其 必 醗。 (3) (4) 沈 則 響 蛮 如 断、 飛 則 聲 麗 不 還。 並 鹿 盧 交 往、 逆 鱗 相 比。 逆 其 際 會、 則 往 審 来 替、 其 為 疹 病、 亦 文 家 之 吃 也。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ の こ の 節 の 引 用 は、 後 人 の ﹃ 文 心 ﹄ 声 律 篇 の 引 用 に お い て 最 も 古 い も の で あ る。 そ の 中 に 引 か れ た 字 句 と 今 本 の ﹃ 文 心 ﹄ の そ れ と 異 な る と こ ろ が 多 く、 声 律 篇 を 校 勘 す る と き の 重 要 な 拠 り ど こ ろ と な っ て い る。 こ の 文 は 作 詩 す る と き に 犯 し や す い 音 律 の 欠 点 を 解 釈 し て、 最 も 要 点 を よ く と ら え て い る の で、 清 朝 の 黄 叔 琳 の 注 は 次 の よ う な 高 い 評 価 を 与 え て い る。 ﹁ 声 病 を 論 ず る こ と 沈 隠 侯 ( 沈 約 ) よ り も 詳 尽 ﹂ と。 そ こ で ﹃ 秘 府 論 ﹄ の 論 病 を 傍 線 部 に 附 け た 番 号 に 従 っ て 順 序 検 討 し て ゆ き た い と 思 う。 ニ リ ニ リ (1) 音 有 二 飛 沈 ハ 響 有 二 讐 晶 箋 劉 魏 が ﹃ 文 心 ﹄ を 著 わ し た と き、 つ と め て 沈 約 の 説 に 合 す る こ と を 求 め よ う と い う 気 持 が あ っ た。 沈 約 が 永 明 の こ ろ ( 西 暦 四 入 二-五 〇 〇 年 )、 四 声 を 盛 ん に 提 唱 し、 劉 魏 は と く に 声 律 篇 を 著 わ し て こ れ を 論 じ た。 こ の ﹁ 音 有 飛 沈、 響 有 ニ リ チ ニ ク ァ ル 讐 畳 ﹂ と は、 沈 約 の ﹁ 前 有 二 浮 聲 h 則 後 須 二 切 響 二 ( ﹃ 宋 書 ﹄ 謝 霊 運 伝 ) と い う 一 句 に 従 っ た も の で あ り、 沈 約 の 誉 め 称 え る と こ ろ と な っ た。 劉 鋸 は 沈 約 に 誉 め ら れ て か ら、 有 名 に な っ た。 こ の こ と は ﹃ 梁 書 ﹄ に 記 載 さ れ て お り、 ﹃ 梁 書 ﹄ 文 学 伝 は 次 の よ う に 述 べ て い る。 ﹁ ︹ 劉 ︺ 魏、 自 ら そ の 文 を 重 ん じ、 ︹ 沈 ︺ 約 に 取 り 定 め ん と 欲 す。 約、 時 に 盛 貴、 自 ら ま 達 す る 由 無 し。 乃 ち そ の 書 を 負 ひ て 約 の 出 つ る を 候 ち、 こ れ お か ひ さ を 車 前 に 干 す。 状 は 貨 の 鴛 ぐ も の の ご と し。 約、 便 ち 命 じ て 取 り て 読 ま せ し む。 大 い に こ れ を 重 ん じ、 深 く 文 理 を 得 た り ﹃ 文 鏡秘府論﹄と﹃文心離龍﹄との相 関 小 考
-5-密 教 文 化 と 謂 ひ、 常 に こ れ を 几 案 に 陳 ぬ ﹂ と。 ﹁ 飛 ﹂ と は、 平 声 即 ち 軽 清 の 声 で あ り、 沈 約 説 の い わ ゆ る ﹁ 浮 声 ﹂ で あ る。 ﹁ 沈 ﹂ と は、 灰 声 即 ち 重 濁 の 声 で あ り、 沈 約 説 の い わ ゆ る ﹁ 切 響 ﹂ で あ る。 ﹁ 讐 冨 畳 ﹂ と は、 双 声 と 畳 韻 と で あ る。 双 声 と は、 二 字 が 連 続 し て 成 る 熟 語 の 上 下 の 文 字 の 発 音 が 子 音 を 同 じ く す る こ と、 た と え ば 凛 洌 (lin li b )、 券 芳 (f e n fan g ) な ど で あ る。 畳 韻 と は、 二 字 の 熟 語 で 二 字 と も に 同 韻 ・ 同 調 の も の、 た と え ば 揮 娼 ( cha n ju a n )、 遣 遥 (x iaoyao ) な ど で あ る。 ハ テ ヘ ヲ つ ね ニ タ ガ ヒ バ レ テ ヲ レ ズ そ む ク (2) 隻 聲 隔 レ 字 而 毎 舛、 畳 韻 離 レ 句 其 必 膜。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ ﹁ 論 病 ﹂ 第 七 ﹁ 傍 紐 ﹂ の 項 に、 一 韻 の 中 に 双 声 の 両 字 を 隔 て て 欠 点 と な る こ と に 対 し て 詳 し く 説 明 さ れ て い る。 ﹁ 元 ︹ 就 ︺ 氏 云 へ ら く、 傍 紐 は、 一 韻 の 内 に 字 を 隔 つ る こ と 有 り て 双 声 な り、 と。 ( 中 略 ) 劉 氏 日 く、 傍 紐 と は、 即 ち 双 声 是 れ な り。 讐 へ ば 一 韻 中 に 巳 に 任 の 字 有 れ ば、 即 ち 復 た 忍 ・ 辰 ・ 柔 ・ 蠕 ・ 仁 ・ 譲 ・ 爾 ・ 日 の 類 を 用 ふ る こ と を 得 ざ る が ご と し、 と。 ( 中 略 ) 劉 涌 も 亦 た 云 へ ら く、 重 字 の 関 関 有 る、 畳 韻 の 窮 究 有 る、 双 声 の 参 差 有 る や、 並 び に 風 に 興 る こ と、 ﹃ 詩 ﹄ の ご と し。 ⋮ ⋮ 曹 植 が 詩 に 云 ふ が ご と し、 ﹃ 壮 哉 帝 王 居、 佳 麗 殊 百 城 ﹄ ( 壮 ん な る か な 帝 王 の 居、 佳 麗、 百 城 に 殊 な り ) と。 即 ち 居 ・ 佳 ・ 殊 ・ 城 是 れ 双 声 の 病 な り。 凡 そ 双 声 を 安 ん ず れ ば 唯 だ 字 を 隔 つ る こ と を 得 ざ る の み。 蜘 踊 ・ 郷 濁 ・ 薫 鉦 必 ・ 流 連 の 輩 の ご と き、 両 字 一 処 な る は、 理 に お い て 即 ち 通 じ、 病 の 限 り に 在 ら ず ﹂ と。 こ の ﹁ 傍 紐 ﹂ の 欠 点 は、 即 ち ﹃ 文 心 ﹄ の い わ ゆ る ﹁ 双 声 隔 字 ﹂ の 欠 点 で あ る。 表 現 は 異 な る が、 内 容 は 同 じ で あ る。 同 上 第 六 ﹁ 小 韻 ﹂ の 項 に 畳 韻 に お け る 欠 点 に つ い て 次 の よ う に は っ き り 説 明 し て い る。 ﹁ 劉 氏 日 く、 小 韻 と は、 五 言 の 詩 の 十 字 中、 本 韻 を 除 く 以 外、 自 ら 犯 す も の な り。 若 し 巳 に 悔 有 れ ば 更 に 開 ・ 来 ・ 岬 ・ 毫 等 の 字 を 用 ふ る こ と を 得 ず。 曹 植 の 詩 に 云 ふ、 ﹃ 皇 佐 揚 天 恵 ﹄ ( 皇 佐、 天 恵 を 揚 ぐ ) と。 即 ち 皇 ・ 揚 是 れ な り。 十 字 の 内、 犯 す も の は、 陸 士 衡 が 擬 古 の 歌 に 云 ふ、 ﹃ 嘉 ⋮樹 生 朝 陽、 凝 霜 封 其 条 ﹄ ( 嘉 樹、 朝 陽 に 生 じ こ と 凝 霜、 其 の 条 を 封 ず ) と。 即 ち 陽 ・ 霜 是 れ な り。 若 し 故 さ ら に 畳 韻 を 為 し て 両 字 一 処 な れ ば、 理 に お い て 通 ず る こ と を 得。 瓢 翻 ・ 窃 冤 ・ 俳 徊 ・ 周 流 等 の 如 き、 是 れ 病 の 限 り に あ ら ず。 若 し 相 ひ 隔 越 す れ ば、 即 ち 得 ざ る の み ﹂ と。 こ の ﹁ 小 韻 ﹂ は、 即 ち ﹃ 文 心 ﹄ の い わ ゆ る ﹁ 畳 韻 離 句 ﹂ の 欠 点 の こ と で あ
る。 ﹁ 離 句 ﹂ と は、 句 を 隔 て る こ と を い う。 畳 韻 の 字 が 句 中 に 各 々 隔 て ら れ て 欠 点 と な っ た と い う 意 味 で あ る。 上 句 の ﹁ 双 声 隔 字 ﹂ と 同 じ で あ り、 双 声 や 畳 韻 は と も に 両 字 を 離 れ る こ と を 得 な い の で あ る。 メ パ チ キ シ テ ク ッ ル ガ ペ パ チ あ が リ テ ラ (3) 沈 則 響 蛮 如 レ 断、 飛 則 聲 麗 不 レ 還。 一 句 の 中 に 全 部 平 声 字 或 い は 灰 声 字 を 使 う の は い け な い。 必 ず 平 灰 の 字 を 雑 え 用 い、 読 む と き に 抑 揚 の 変 化 が あ れ ば、 響 き が 良 い こ と を 言 う。 黄 侃 の ﹃ 文 心 雛 橦龍 札 記 ﹄ は ﹁ 飛 と は 平 清 を 謂 ひ、 沈 と は 灰 濁 を 謂 ふ。 一 句 に 純 ら 灰 濁 を 用 い、 或 い は 一 句 に 純 ら 平 清 を 用 ふ れ ば、 則 ち 読 む と き も ま た 便 な ら ず。 い わ ゆ る 沈 は 則 ち 響 発 し て 断 ち、 飛 は 則 ち 声 麗 し て 還 ら ざ る な り ﹂ と 言 う。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ ﹁ 論 病 ﹂ 第 一 ﹁ 平 頭 ﹂ の 項 に ﹁ 平 頭 ﹂ の 詩 を 次 の よ う に 解 釈 し て い る。 ﹁ 平 頭 の 詩 と は、 五 言 の 詩 の 第 一 字 は、 第 六 字 と 声 を 同 じ く す る こ と を 得 ず。 第 二 字 は 第 七 字 と 声 を 同 じ く す る を 得 ず。 声 を 同 じ く す る と き、 平 上 去 入 の 四 声 を 同 じ く す る を 得 ず。 犯 せ ば、 名 づ け て 平 頭 を 犯 す と 為 す。 平 頭 の 詩 に 日 く、 ﹃芳 時 淑 気 清、 提 壷 毫 上 傾 ﹄ ( 芳 時、 淑 気 清 く、 壼 を 提 げ て 台 上 に 傾 く ) ﹂ と。 即 ち 上 句 の 芳 時 は 平 声、 下 句 の 提 壺 も ま た 平 声 で あ り、 こ れ は 平 声 と い う 欠 点 の 例 で あ る。 同 上 第 二 ﹁ 上 尾 ﹂ の 項 に よ れ ば、 上 尾 の 詩 と は、 五 言 の 詩 に お け る 第 五 字 と 第 十 字 と は 声 調 を 同 じ く す る こ と が で き な い と い う 意 味 で あ る。 た と え ば ﹁ 西 北 有 高 櫻、 上 與 浮 雲 齊 ﹂ ひ と ( 西 北 に 高 楼 有 り、 上、 浮 雲 と 斉 し ) と い う 詩 が あ る。 即 ち 上 句 の 楼 と 下 句 の 斉 と は 同 じ く 平 声 で は、 時 に 犯 す も の が あ っ た。 し か し 斉 梁 時 代 以 後 は 犯 す 人 が い な い。 こ れ は 巨 病 で あ る の で、 犯 し た と す れ ば、 文 章 家 と し て 未 熟 で あ る と さ れ た。 同 上 第 三 ﹁ 蜂 腰 ﹂ の 項 に よ れ ば、 蜂 腰 の 詩 と は、 五 言 の 詩 の 一 句 中、 第 二 字 と 第 五 字 と が 同 声 で あ っ て は い け な い こ と で あ る。 と い う の は、 両 端 が 粗 く、 真 中 は 細 く、 蜂 の 腰 み た い で あ っ て よ ろ し く な い か ら で あ る。 た と え ば ﹁ 青 軒 明 月 時 紫 殿 秋 風 日。 瞳 朧 引 夕 照、 晦 曖 映 容 質 ﹂ ( 青 軒 明 月 の 時、 紫 殿 秋 風 の 日。 瞳 朧 と し て 夕 照 を 引 き、 晦 曖 と し て 容 質 に 映 ず ) と。 ま た 第 二 字 と 第 五 字 と が 同 じ く 上 去 入 声 の 場 合 は 欠 点 と な り、 平 声 の と き は 欠 点 と な ら な い、 と い う。 即 ち 第 一 句 の 軒 ・ 時 は 同 じ く 平 声 で あ る が、 欠 点 と な ら な い。 そ し て ﹃ 文 鏡 秘府論﹄と﹃文心離龍﹄との相関 小 考
密 教 文 化 第 二 句 の 殿 ・ 日 及 び 第 四 句 の 曖 ・ 質 は 同 じ く 灰 声 で あ り 、 こ れ は 欠 点 と な る 。 同 上 第 四 ﹁ 鶴 膝 ﹂ の 項 に よ れ ば 、 鶴 膝 と は 、 五 言 の 詩 の 第 五 字 と 第 十 五 字 と が 声 調 を 同 じ に し て は い け な い こ と を い う 。 な ぜ な ら 、 両 端 は 細 く 、 真 中 は 粗 く 、 鶴 の 膝 み た い で あ る か ら 、 と い う 。 た と え ば ﹁ 挑 樟 金 陵 渚 、 遵 流 背 城 閾 。 浪 戚 飛 船 影 、 山 掛 垂 輪 月 ﹂ ( 樟 を 撹 す 、 金 陵 の 渚 、 流 に 遵 っ て 城 閾 を 背 に す 。 浪 は 戚 む 飛 ぶ 船 の 影 、 山 は 掛 く 輪 を 垂 る る の 月 ) と い う 詩 が あ る 。 こ の 詩 の 第 五 字 の 渚 と 第 十 五 字 の 影 と は 、 と も に 灰 声 で あ り 、 鶴 膝 の 詩 で あ る 。 以 上 挙 げ た 平 頭 、 上 尾 、 蜂 腰 、 鶴 膝 な ど の 欠 点 は 、 実 に ﹃ 文 心 ﹄ の ﹁ 沈 則 響 護 如 断 、 飛 則 声 麗 不 還 ﹂ と い う 欠 点 に 当 る 。 斉 梁 の こ ろ 、 永 明 の 詩 作 の 風 潮 は ﹁ 四 声 を 弁 じ 、 八 病 を 忌 む ﹂ と い う こ と を 主 流 と し て い た 。 劉 鋸 が 詩 文 を 論 ず る と き も 例 外 で は あ り え な か っ た 。 一 つ は 、 既 述 の よ う に 沈 約 に 従 お う と し 、 い ま 一 つ は 、 当 時 の 潮 流 に 従 っ た た め で あ る 。 ニ こ も ゴ モ ヒ ブ (4 鹿 盧 交 往 、 逆 鱗 相 比 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ は ﹁ 軸 韓 ﹂ を ﹁ 鹿 盧 ﹂ に 作 っ て い る 。 ﹃ 漢 書 ﹄ 簡 不 疑 伝 に ﹁ 堀 具 剣 ﹂ と い う 一 句 が あ り 、 顔 師 古 の 注 に 晋 灼 の ﹁ 古 長 剣 首 、 玉 を 以 て 井 鹿 盧 形 に 作 る ﹂ と い う こ と ば を 引 い て い る 。 こ れ に よ れ ば 、 ﹁ 較 韓 ﹂ は ﹁ 鹿 盧 ﹂ に 同 じ で あ る 。 ﹁ 鹿 盧 ﹂ と は 、 井 戸 の 水 お け を ま き 上 げ る 装 置 で あ り 、 い わ ゆ る ﹁ つ る べ ﹂ で あ る 。 回 転 さ せ る と 、 つ な が 軸 に ま き 上 げ ら れ る 。 劉 魏 は 鹿 盧 の 回 転 を 音 律 の 円 転 に 愉 え た の で あ る 。 ﹁ 逆 鱗 ﹂ と は 、 竜 の あ ご の 下 に あ る と い う さ か さ に 生 え た う ろ こ で あ る 。 ﹃ 韓 非 子 ﹄ 説 難 篇 は 次 の よ う に 述 べ て い る 。 ﹁ そ れ 竜 の 虫 と 為 る や 、 柔 に し て 押 れ て 騎 る べ し 。 然 れ ど も ふ そ の 喉 の 下 に 逆 鱗 の 径 尺 な る あ り 、 若 し 人 こ れ に 嬰 る る も の 有 れ ば 、 則 ち 人 を 殺 す ﹂ と 。 劉 鋸 が こ れ を 音 律 の 緊 密 さ に 喩 え た の で あ る 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 一 の ﹁ 調 声 ﹂ の 項 に 調 声 ︹ 声 調 を 調 え る ︺ に 良 い 方 法 が 三 つ あ り 、 一 に 換 頭 、 二 に 護 腰 、 三 に 相 承 と い う 。 そ の ﹁ 相 承 ﹂ と い う の は 、 ﹃ 文 心 ﹄ の い わ ゆ る ﹁ 鹿 盧 交 往 、 逆 鱗 相 比 ﹂ と い う こ と ば の 応 用 に 当 る と 考 え ら れ る 。 ﹁ 相 承 ﹂ す な わ ち 相 い 承 け る 方 法 に 二 つ あ る 。 上 に 向 っ て と 下 に 向 っ て と で あ る 。 上 に 向 っ て 相 い 承 け る と は 、 若 し 上 句 の 五 字 の 中 に 灰 声 が 多 く 、 平 声 字 が き わ め て 少 な い な ら ば
上 句 を 承 け る 下 句 の 前 半 に 三 っ の 平 声 字 を 置 く と い う 方 法 で ロ ロ セ ロ ロ に ー の ロ ー あ る 。 た と え ば 謝 康 楽 の 詩 に ﹁ 渓 堅 敏 瞑 色 、 雲 霞 収 夕 罪 ﹂ お さ ( 渓 堅 、 瞑 の 色 を 敏 め 、 雲 霞 、 夕 罪 を 収 む ) と い う よ う な 一 朕 が あ る 。 ( 平 声 を ﹁ 一 ﹂ 、 灰 声 を ﹁ ー ﹂ の 記 号 で 表 わ す 。 上 句 に お い て ﹁ 渓 ﹂ 一 字 だ け が 平 声 、 そ の 他 の 四 字 は 灰 声 で あ る 。 そ こ で そ れ を 承 け て 下 句 の 前 半 に ﹁ 雲 ・ 霞 ・ 収 ﹂ と い う 三 つ の 平 声 字 を 置 い て い る 。 も う 一 つ は 下 に 向 っ て 相 い 承 け る 方 法 で あ る 。 た と え ば 王 セ ほ コ ロ に ヨ ー ー ー 中 書 の 詩 に ﹁ 待 君 覧 不 至 、 秋 雁 隻 讐 飛 ﹂ ( 君 を 待 て ど も 黄 に 至 ら ず 、 秋 雁 、 讐 讐 飛 べ ど も ) と い う 一 朕 が あ る 。 上 句 中 ﹁ 君 ﹂ の 一 字 だ け が 平 声 、 そ の 他 の 四 字 は 灰 声 、 そ こ で 下 句 の 末 に ﹁ 讐 ・ 讐 ・ 飛 ﹂ と い う 三 つ の 平 声 字 を 置 く 。 そ し て 上 句 と 下 句 と の 平 灰 や 清 濁 の バ ラ ン ス を と っ て 、 音 律 を 調 え る 。 若 し 上 に 挙 げ た 二 詩 の 上 句 と 下 句 と を 別 々 に し て 見 て み る と 、 上 句 は 劉 薦 の い わ ゆ る ﹁ 響 発 如 断 ﹂ と い う 欠 点 を 有 し 下 句 は ﹁ 声 麗 不 還 ﹂ と い う 欠 点 を 有 し 、 い ず れ も 良 い 詩 句 で は な い 。 し か し い ま 上 句 と 下 句 と の 平 灰 の バ ラ ン ス を と る と そ の 欠 点 が 消 え て し ま う 。 こ の 方 法 は 、 後 に 進 展 変 化 し て 唐 よ う た い 宋 詩 人 の い わ ゆ る ﹁ 拗 体 ﹂ ( 漢 詩 の 絶 句 や 律 詩 の 変 格 で 、 一 定 の 平 灰 の き ま り に よ ら な い も の ﹂ と な っ た と 思 わ れ る 。 以 上 挙 げ た ﹁ 調 声 ﹂ の 方 法 は 、 大 師 が 元 競 の ﹃ 詩 随 脳 ﹄ か ら 引 用 し た も の で あ り 、 こ の 書 が 大 師 に 好 ま れ た こ と が 分 る 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ の 中 に ﹃ 詩 髄 脳 ﹄ か ら 引 用 し て 来 た 説 が 多 い こ と を 見 る と 、 大 師 の 詩 学 観 は 元 競 の 詩 学 観 か ら 影 響 を 受 け た も の と 思 わ れ る 。 い ず れ に し て も 、 大 師 は ﹃ 秘 府 論 ﹄ を 著 わ す と き 、 劉 魏 の 理 論 か ら 得 た の で あ ろ う が 、 劉 魏 の 文 章 に 対 し て 批 判 す る と こ ろ も 有 る 。 す な わ ち ﹁ 但 だ 恨 む ら く は 、 章 を 連 ね 句 を 結 ぶ こ と 、 時 に 渋 阻 多 き こ と を 。 い わ ゆ る 能 く も の 言 ふ も の は 、 未 だ 必 ず し も 能 く 行 な は ざ る も の な り ﹂ ( ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 一 ﹁ 四 声 論 ﹂ ) と 述 べ て い る 。 二 体 性 に つ い て (一) ﹃ 文 心 雛 龍 ﹄ 体 性 篇 ﹃ 文 心 ﹄ に ﹁ 体 性 ﹂ と い う 一 篇 が あ る 。 こ れ も ﹃ 秘 府 論 ﹄ と 深 い 関 わ り が あ る の で 、 ま ず そ の 内 容 を 紹 介 す る こ と に し た い 。 こ の 篇 の 日 的 は 、 作 者 の 個 性 と 作 品 の 風 格 と の 関 係 の 論 述 で あ る 。 劉 鋸 は 、 作 者 の 個 性 は 生 れ つ き の 才 能 と 気 質 や ﹃ 文鏡秘府論﹄と﹃文心雛龍﹄との相関 小 考
-9-密 教 文 化 後 天 的 に 培 わ れ た 学 力 と 習 慣 な ど の そ れ ぞ れ の 条 件 が 結 び つ い て 形 成 さ れ る と 考 え る 。 作 品 の 風 格 と 作 者 の 個 性 と は 切 り は な せ な い 関 係 に あ る 。 黄 侃 の ﹃ 文 心 離 龍 札 記 ﹄ は ﹁ 体 性 ﹂ に つ い て 、 次 の よ う に 述 べ る 。 ﹁ 体 は 文 章 の 形 状 を 指 し 、 性 よ つ く は 人 の 性 気 の 殊 な る 有 る を 謂 ふ 。 性 気 の 殊 に 縁 っ て 為 る と こ よ う の 文 は 、 状 、 異 な り 。 然 れ ど も 性 は 天 に 由 っ て 定 め ら れ 、 亦 た 人 力 を 以 て 之 を 補 助 す べ し 。 是 の 故 に 習 ふ と こ ろ を 慎 し こ こ む 。 こ の 篇 の 大 指 、 斯 に 在 り ﹂ と 。 ま た ﹁ 才 気 、 情 性 に 本 つ く く き 、 学 習 、 並 び に 陶 染 に 帰 す 。 括 っ て 之 を 論 ぜ ば 、 性 習 の 二 者 の み ﹂ と 言 っ て い る 。 作 品 の 風 格 が 作 者 の 個 性 に 従 っ て 異 な る の は 作 者 に さ ま ざ ま な 顔 が あ る の と 同 じ で あ る 。 そ の よ う に 作 品 の 風 格 に は い ろ い ろ あ る が 、 整 理 し て み れ ば 、 次 の よ う な 八 つ の 型 が あ て ん が え ん お う せ い や く る 。 第 一 は ﹁ 典 雅 ﹂ 、 第 二 は ﹁ 遠 奥 ﹂ 、 第 三 は ﹁ 精 約 ﹂ 、 第 け ん ふ は ん じ よ く そ う れ い 四 は ﹁ 顕 附 ﹂ 、 第 五 は ﹁ 繁 縛 ﹂ 、 第 六 は ﹁ 壮 麗 ﹂ 、 第 七 は し ん き け い び ﹁ 新 奇 ﹂ 、 第 八 は ﹁ 軽 靡 ﹂ 、 で あ る 。 と こ ろ で ﹁ 体 性 ﹂ 全 篇 の 展 開 は 、 次 の 四 段 落 と な っ て い る 。 (一) 作 品 の 風 格 は 作 者 の お の お の の 個 性 に よ っ て 違 い 、 作 者 の さ ま ざ ま な 顔 が あ る の と 同 じ で あ り 、 そ れ は 、 八 つ の ス タ イ ル に 分 類 で き る こ と を 言 う 。 (二) 入 つ の ス タ イ ル の 意 味 を 解 釈 す る 。 日 作 者 と そ の 代 表 的 な 風 格 と の 関 係 を 挙 げ る 。 四 創 作 の 方 法 と し て 、 人 は 模 範 と す べ き 風 格 に の っ と っ て 修 練 を 積 み な が ら 、 一 方 で は 各 自 の 個 性 に 応 じ て 才 能 を 伸 ば さ ね ば な ら な い 。 (二) ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹄ 論 体 篇 ﹃ 文 心 ﹄ の ﹁ 体 性 ﹂ の 説 や そ の 観 点 及 び 文 体 と ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 四 ﹁ 論 体 ﹂ と は 非 常 に 似 て い る 。 た と え ば ﹁ 凡 そ 製 作 の 士 祖 述 、 門 多 く 、 人 心 、 同 じ か ら ず 、 文 体 各 々 異 な り 。 較 べ て 之 を 言 へ ば 、 博 雅 有 り 、 清 典 有 り 、 綺 鑑 有 り 、 宏 壮 有 り 、 要 約 有 り 、 切 至 有 り ﹂ と い う の は 、 ﹃ 文 心 ﹄ の 言 い 方 を ま ね た の で は な か ろ う か と 考 え ら れ る 。 ﹃ 文 心 ﹄ で は 次 の よ う に 言 じ り よ う し ゆ ん っ て い る か ら で あ る 。 す な わ ち ﹁ 故 に 辞 理 の 庸 儒 は 、 能 く 其 ひ る が へ な ん あ の 才 を 翻 す 莫 く 、 風 趣 の 剛 柔 は 、 寧 ぞ 其 の 気 を 改 む る こ と 或 そ む ら ん や 。 事 義 の 浅 深 、 未 だ 其 の 学 に 乖 く を 聞 か ず 、 体 式 の 雅 す く な せ い し ん 鄭 、 其 の 習 に 反 す る こ と 鮮 し 。 各 々 成 心 を 師 と す れ ば 、 其 の こ と め ん ご と す う は つ た い つ 異 な る こ と 面 の 如 し 。 則 ち 数 は 八 体 に 窮 く 。 一 に 日 く 典 雅 、
二 に 日 く 遠 奥 、 三 に 日 く 精 約 、 四 に 日 く 顕 附 、 五 に 日 く 繁 縛 六 に 日 く 壮 麗 、 七 に 曰 く 新 奇 、 入 に 日 く 軽 靡 ﹂ と 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ 論 体 全 篇 の 展 開 を 決 し て み よ う 。 (一) は 作 者 の 祖 述 の 方 法 が 多 く 、 個 人 の 考 え 方 も 違 い 、 そ の ゆ え に 文 体 が お の お の 異 な る が 、 ま と め て み れ ば 、 六 つ の ス タ イ ル が あ る こ と を 言 う 。 (二) 六 つ の ス タ イ ル の 意 味 を 解 釈 す る 。 日 六 つ の 風 格 及 び そ の 代 表 的 な 文 体 を 挙 げ る 。 四 六 つ の 誤 り を 挙 げ 、 そ の 訂 正 の し か た や そ の 誤 り の 防 ぎ か た を 述 べ 、 ほ か に 作 者 の 欠 点 を 指 摘 す る 。 (五) 作 文 の 最 高 の 方 法 や 章 句 の 構 造 を 説 明 す る 。 前 に 挙 げ た 二 篇 ( ﹃ 文 心 ﹄ 体 性 と ﹃ 秘 府 論 ﹄ 論 体 と ) の ス タ イ ル か ら み れ ば 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ 論 体 篇 の 前 半 は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 体 性 篇 の 構 成 に 類 似 し て お り 、 ま た 、 六 つ の ス タ イ ル の 意 味 を 解 釈 す る 部 分 は 明 ら か に ﹃ 文 心 ﹄ の ﹁ 明 詩 ・ 詮 賦 ・ 頬 讃 ・ 銘 箴 ・ 碑 諌 ・ 論 説 ・ 詔 策 ・ 激 移 ・ 章 表 ・ 奏 啓 ﹂ 十 篇 を ま と め た も の で あ る 。 そ こ で ﹃ 秘 府 論 ﹄ の 風 格 を 論 ず る 六 つ の 型 及 び そ の 代 表 的 な 文 体 と ﹃ 文 心 ﹄ の 十 篇 と の 関 係 に つ い て の 相 関 表 を 次 に 示 す こ と に す る 。 六 体 秘 府 論 文 心 (一) 博 雅 碩 ・ 論 頗 讃 論 説 (二) 清 典 -銘 ・ 讃
銘
箴
頚 讃 日 綺 鎧 -詩 ・ 賦 明 詩 詮 賦 (四) 宏 壮 詔 ・ 激 詔 策 傲 移 (五) 要 約 -表 ・ 啓 章 表 奏 啓 (六) 切 至 -箴 ・ 諌銘
箴
諌 碑 (一) ﹁ 博 ﹂ と は 淵 博 で あ る 。 ﹁ 雅 ﹂ と は 正 し さ で あ る 。 ﹁ 秘 府 論 ﹄ に ﹁ そ れ 経 詰 を 模 範 し 、 功 業 を 褒 述 し て 、 淵 乎と み や び し て 測 ら ず 、 洋 哉 と し て 閑 や か な る こ と 有 る は 、 博 雅 の 裁 か り ﹂ と あ り 、 頚 ・ 論 類 を そ れ と す る 。 ﹃ 文 心 ﹄ 頬 讃 篇 に は 次 な び の よ う な こ と ば が あ る 。 ﹁ そ れ 化 の 一 国 を 便 か す 、 こ れ を 鳳 と 謂 ひ 、 風 の 四 方 を 正 す 、 こ れ を 雅 と 謂 ひ 、 容 を 神 明 に 告 ぐ ﹃ 文 鏡 秘府論﹄と﹃文心雛龍﹄との相 関 小 考-11-密 教 文 化 こ れ を 頚 と 謂 ふ ﹂ と 。 だ か ら で あ ろ う 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ は 頚 を 博 せ い て つ い く ん 雅 の 風 格 に 入 れ て い る 。 ﹃ 文 心 ﹄ 論 説 篇 に ﹁ 聖 哲 の 舞 訓 を 経 せ き と 日 ひ 、 経 を 述 べ 理 を 叙 ぶ る を 論 と 日 ふ ﹂ と あ り 、 ま た ﹁ 石 き よ げ い び や く こ し ゆ う 渠 に 芸 を 論 じ 、 白 虎 に 聚 に 講 ず る に 至 っ て は 、 聖 を 述 べ 論 を 通 ず 。 論 家 の 正 体 な り ﹂ と あ る 。 す な わ ち 、 論 の 文 体 を 作 る に は 、 聖 人 の 経 典 を 手 本 と せ ね ば な ら ぬ 。 聖 人 の 経 典 を 手 本 と す れ ば 、 は じ め て ﹁ 論 家 の 正 体 ﹂ に 達 す る と い う 点 に お い て 大 師 の 観 点 は 劉 魏 と 同 じ で あ る 。 (二) ﹁ 清 典 ﹂ と い う こ と ば は ﹃ 文 心 ﹄ に も あ る 。 ﹁清 ﹂ と は 清 洌 で あ る 。 ﹁ 典 ﹂ と は 典 雅 で あ る 。 ﹃ 文 心 ﹄ 明 詩 篇 に ﹁ 張 衡 の 怨 篇 は 清 典 、 味 は ふ べ し ﹂ と あ り 、 興 膳 宏 氏 は ﹁清 洌 . 典 雅 な 趣 き で 味 わ う に 足 る ﹂ ( ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ ・ 世 界 古 典 文 学 全 集 第 二 五 巻 ・ 筑 摩 書 房 ・ 一 九 六 入 年 ) と 釈 し て い る 。 た ﹃ 秘 府 論 ﹄ に ﹁ 徳 音 を 宣 照 し 、 義 を 植 つ る や 必 ず 明 、 言 を 結 ぶ こ と 唯 れ 正 し き は 、 清 典 の 致 な り ﹂ と あ り 、 銘 ・ 讃 類 を そ れ と す る 。 ﹃ 文 心 ﹄ 銘 箴 篇 に ﹁ 銘 は 名 な り 。 器 を 観 れ ば 必 ず や 名 を 正 し 、 用 を 審 ら か に す る に 盛 徳 を 貴 ぶ ﹂ と あ る 。 ﹁ 銘 ﹂ は 器 に 題 す る 文 体 で あ る 。 ﹁ 讃 ﹂ が 頚 と 違 う 点 は 、 頭 に は ほ ﹁ 功 を 歌 ひ 徳 を 頚 む ﹂ と い う 意 味 が 有 り 、 讃 に は そ れ が な い こ と で あ る 。 そ の た め に ﹃ 文 心 ﹄ 頚 讃 篇 は 次 の よ う に 強 調 し て い る 。 ﹁ 讃 は 、 明 な り 、 助 な り 。 昔 、 虞 舜 の 杞 に 、 楽 正 、 讃 を 重 ぬ る は 、 蓋 し 唱 発 の 辞 な り ﹂ と 。 萢 文 瀾 の ﹃ 文 心 離 龍 は じ め し る 註 ﹄ に ﹁ 彦 和 、 首 に 明 ・ 助 の 二 訓 を 標 す は 、 蓋 し 後 人 の 誤 会 を 恐 る る な ら ん ﹂ ( 台 湾 平 平 出 版 社 ・ 一 九 七 四 年 再 版 ) と 注 し て い る 。 こ れ に よ る と 、 大 師 は ﹁ 賛 ( 讃 ) は 功 徳 を 述 ぶ ﹂ と い い 、 讃 の 内 容 に つ い て は 、 劉 魏 の 観 点 と 異 な っ て い る 。 し か し 讃 の ス タ イ ル に 至 っ て は 、 大 師 が 劉 鋸 の 考 え 方 に 従 っ た と 思 わ れ る 。 劉 魏 は 、 こ と ば は 必 ず 四 字 句 に 集 結 し 、 韻 脚 も 数 韻 を 踏 む く ら い の 域 を 出 な い と い う 。 そ こ で 大 師 は ﹁ 皆 限 る に 四 言 を 以 て す 。 分 つ に 定 準 有 り 。 言 、 沈 遁 せ ず 。 故 に 声 、 必 ず 清 く 、 体 、 誰 雑 せ ず 。 故 に 、 辞 、 必 ず 典 な り ﹂ と 言 っ て い る 。 日 ﹁ 綺 鑑 ﹂ と は 、 美 し く は な や か の 意 で あ る 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ に 次 の よ う な こ と ば が あ る 。 ﹁ そ の 淑 姿 を 体 し 、 そ の 壮 か た が た あ ら わ 観 に 因 っ て 、 文 章 、 交 は り 映 じ 、 光 彩 、 傍 発 る る は 、 綺 鑑 の 則 な り ﹂ と 。 詩 ・ 賦 類 が こ れ で あ る 。 ﹁ 詩 ﹂ に つ い て は 、 ゆ ﹃ 詩 ﹄ 大 序 に 次 の よ う に 述 べ て い る 。 ﹁ 詩 と は 、 志 の 之 く と こ ろ な り 。 心 に 在 り て は 志 と 為 し 、 言 に 発 し て は 詩 と 為 す ﹂
と 。 そ の ﹃ 正 義 ﹄ に ﹁ 詩 を 作 る は 、 心 志 の 憤 慧 を 督 べ て 卒 に 歌 詠 を 成 す 所 以 な る を 言 ふ ﹂ と 注 し て い る 。 ﹁ 賦 ﹂ に つ い て し の は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 詮 賦 篇 に ﹁ 賦 は 舗 な り 。 采 を 舗 き 文 を 檎 べ 、 物 を 体 し て 志 を 写 す な り ﹂ と あ り 、 ま た ﹁ 情 は 物 を 以 て 興 る 。 故 に 義 は 必 ず 明 雅 な り 。 物 は 情 を 以 て 観 る 。 故 に 詞 は 必 ず 巧 麗 な り ﹂ と あ る 。 大 師 は 以 上 挙 げ た 言 い 方 に 従 っ て 、 詩 は 声 色 を 兼 ね 、 賦 は 物 象 を 叙 べ る の で 、 言 は 綺 靡 を 取 り 、 文 は 花 鑑 を 極 め る 、 と い う 。 四 ﹁ 宏 壮 ﹂ と は 、 義 を 陳 ね る こ と が 俊 偉 、 こ と ば の 使 い 方 が 雄 壮 で あ る 意 で あ る 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ に 次 の よ う な こ と ば が あ る 。 ﹁ 魁 張 奇 緯 1に し て 威 霊 を 閲 耀 し 、 気 を 縦 に し 、 人 を 凌 お ど ろ ぎ 、 声 を 揚 げ 、 物 を 骸 か す は 、 宏 壮 の 道 な り ﹂ と 。 詔 ・ 激 類 が こ れ で あ る 。 ﹁ 詔 ﹂ に つ い て は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 詔 策 篇 に よ る と 漢 代 の 初 期 に 礼 の 規 範 が 定 め ら れ 、 命 に は 四 つ の 種 類 が 設 け ら れ た 。 そ の 第 一 を 策 書 と い い 、 第 二 を 制 書 と い い 、 第 三 を 詔 書 と い い 、 第 四 を 戒 救 と い う 。 敷 は 地 方 機 関 へ の 戒 告 に 、 詔 書 は 諸 官 僚 へ の 布 告 に 、 制 書 は 恩 赦 の 施 行 に 、 策 書 は 諸 王 の 任 命 に そ れ ぞ れ 適 用 さ れ た と い う 。 ﹁ 激 ﹂ に つ い て は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 激 移 篇 に よ る と 、 雷 の と ど ろ き は ま ず 稲 妻 に 始 ま り 軍 隊 の 出 陣 は と き の 声 か ら 開 始 さ れ る 。 だ か ら 、 人 は 稲 妻 を 見 て 雷 の 大 き さ を 恐 れ 、 と き の 声 を 聞 い て 武 力 の 猛 威 に 恐 れ を な す の だ と い う 。 従 っ て 大 師 が 、 詔 の 文 体 は 宏 大 な 風 格 で な け れ ば な ら ぬ 。 と い う の は 、 皇 帝 の 命 令 を 述 べ る と き 、 そ れ が 天 下 四 方 に 達 せ ね ば な ら な い か ら で あ る 。 ま た 傲 の 文 体 は 勇 壮 な 風 格 が な く て は な ら ぬ 。 な ぜ な ら 、 軍 隊 の よ う す を 述 べ る と き に 雄 壮 な ら ば 、 そ れ を 人 に 聞 か せ る と 恐 れ る か ら で あ る 、 と 主 張 し て い る 。 (五) ﹁ 要 ﹂ と は 、 簡 潔 拒 要 の 意 で あ る 。 ﹁ 約 ﹂ と は 、 す な わ ち ﹃ 文 心 ﹄ 体 性 篇 の ﹁ 精 約 ﹂ に 当 る 。 ﹃ 秘 府 論 ﹄ は 次 の よ う に 述 べ て い る 。 ﹁ 事 を 指 し 心 を 述 べ 、 辞 を 断 ち 理 に 趣 き 、 あ ら わ こ あ ま ね 微 に し て 能 く 顕 れ 、 少 な く し て 斯 れ 沿 き は 、 要 約 の 旨 な り ﹂ と 。 表 . 啓 類 が そ れ で あ る 。 ﹁ 表 ﹂ に つ い て は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 章 表 篇 に よ る と 、 ﹁ 章 ﹂ で 君 恩 に 感 謝 の 意 を 表 し 、 ﹁ 奏 ﹂ で 罪 悪 を 告 発 し 、 ﹁ 表 ﹂ で 要 請 を 述 べ 、 ﹁ 議 ﹂ で 異 議 を 申 し た て る 、 と い う 。 ﹁ 啓 ﹂ に つ い て は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 奏 啓 篇 に よ る と 、 な ん じ ひ ら ﹁ 啓 ﹂ と は 、 ﹁ 開 ﹂ の 意 で あ る 。 股 の 高 宗 が ﹁ 女 の 心 を 啓 い て 、 朕 が 心 に 注 ぎ こ め ﹂ と 言 っ た の は 、 そ の 意 味 に 従 っ て い る 、 と い う 。 だ か ら 、 大 師 が 劉 翻 の 以 上 の 二 つ の 言 い 方 を 合 ﹃ 文 鏡秘府論﹄と﹃文心雛龍﹄との相 関 小 考
-13-密 教 文 化 わ せ て 、 ﹁ 表 は 以 て 事 を 述 べ 、 啓 は 以 て 心 を 述 ぶ 。 み な 之 を 尊 重 に 施 し て 、 須 ら く 粛 敬 を 加 ふ べ し 。 故 に 言 、 要 に 在 り て 理 、 約 に 帰 す ﹂ と 言 っ て い る 。 因 ﹃ 秘 府 論 ﹄ に ﹁ 哀 憤 を 督 情 し 、 約 戒 を 献 納 し 、 言 、 唯 つ ぶ だ 折 中 に し て 、 情 、 必 ず 曲 さ に 尽 す は 、 切 至 の 功 な り ﹂ と あ る 。 箴 ・ 諌 類 が そ れ に 当 る 。 ﹁ 箴 ﹂ と は 、 ﹁ 約 戒 を 献 納 す る ﹂ 文 体 で あ り 、 ﹃ 文 心 ﹄ 銘 箴 篇 に よ る と 、 ﹁ 箴 ﹂ は 官 職 に つ い て 朗 諦 さ れ る も の 、 ﹁ 銘 ﹂ は 器 物 に 記 さ れ る も の で 、 名 称 も 作 用 も そ れ ぞ れ に 異 な る が 、 教 戒 の 役 割 と い う 点 で は 全 く 軌 を 一 に す る 、 と い う 。 ﹁ 諌 ﹂ と は 、 哀 悼 の 感 情 を 述 べ る も の で あ る 。 ﹃ 文 心 ﹄ 諌 碑 篇 に よ る と 、 諌 の 創 作 法 と し て は 死 者 の 言 行 を 選 ん で 記 録 し 、 伝 記 の 本 質 を 踏 ま え つ つ 頚 の 修 辞 法 を 用 い て 、 は じ め に 栄 誉 を 述 べ 、 哀 悼 の こ と ば で 叙 述 を 結 ぶ 。 死 者 を 論 ず る に は 、 あ り あ り と そ の 容 止 を 彷 彿 さ せ 、 死 者 へ の 哀 悼 の 情 を 述 べ る に は 、 切 々 た る 魂 の 疹 き を 披 渥 す る こ と 、 こ れ が 諌 の 趣 旨 で あ る 、 と い う 。 戒 約 を 献 納 し 、 哀 悼 の 感 情 を 述 べ る 文 体 は 、 人 を 感 動 さ せ る こ と を 日 的 と し て い る 。 以 上 述 べ た と こ ろ を 見 れ ば 、 大 師 は 劉 鋸 の 作 り 方 や 考 え 方 に 従 っ た が 、 全 体 的 に 言 え ば 、 ﹁ 論 体 ﹂ 篇 と ﹁ 体 性 ﹂ 篇 と の 二 篇 に や は り 違 う と こ ろ が あ る 。 そ れ は 次 の 点 で あ る 。 ﹃ 文 心 ﹄ ﹁ 体 性 ﹂ 篇 は 作 品 の 風 格 と 作 者 自 身 の 個 性 と の 関 係 を 論 じ た も の が 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ ﹁ 論 体 ﹂ 篇 は 作 品 の 風 格 と 作 品 の 文 体 と の 関 係 を 論 じ て い る 点 で あ る 。 三 詩 の 句 型 に つ い て 劉 総 は 詩 や 頚 の 句 型 に つ い て 、 二 言 、 三 言 、 四 言 、 五 言 、 六 言 、 七 言 な ど 六 つ の 句 型 が あ る と す る 。 こ れ は 次 に 示 す よ う な も の で ﹃ 文 心 ﹄ 章 句 篇 に 見 え る 。 は じ う た (一) 二 言 を 尋 ぬ る に 黄 の 世 に 肇 ま る 。 竹 弾 の 謡 是 れ な り 。 (二) 三 言 は 虞 の 時 に 興 る 。 元 首 の 詩 是 れ な り 。 ら く ぜ い (三) 四 言 は 夏 の 年 に 広 ま る 。 洛 酒 の 歌 是 れ な り 。 こ う ろ (四) 五 言 は 周 の 代 に 見 は る 。 行 露 の 章 是 れ な り 。 (五) 六 言 七 言 は 、 詩 騒 に 雑 出 す 。 (一) 竹 弾 の 謡 は 、 ﹃ 呉 越 春 秋 ﹄ に 見 え る 。 ﹁ 越 王 、 謀 り て のつ 呉 を 伐 た ん と 欲 し 、 萢 蓋 、 善 く 射 る 者 の 陳 音 を 進 む 。 王 、 問 な ん じ い ず れ ひ て 日 く 、 ﹃ 孤 、 子 の 善 く 射 る を 聞 く 。 道 、 何 の と こ ろ に か 生 ず る ﹄ と 。 対 へ て 日 く 、 ﹃ 臣 、 聞 く な ら く 、 弩 は 弓 に 生 じ
弓 は 弾 に 生 じ 、 弾 は 古 の 孝 子 に 起 る 。 父 母 、 禽 獣 の 食 ふ と こ ろ と な る を 見 る に 忍 び ず 。 故 に 弾 を 作 り て 以 て 之 を 守 る ﹄ ﹂ と 。 歌 に ﹁ 断 竹 ・ 続 竹 ・ 飛 土 ・ 逐 宍 ( 肉 ) ﹂ ( 竹 を 断 ち 、 竹 に く を 続 ぎ 、 土 を 飛 ば し 、 宍 を 逐 ふ ) と あ る 。 も っ と も 劉 総 が こ の 二 言 の 詩 が 黄 帝 の 時 代 に は じ ま っ て い る と い う の は 、 何 の 根 拠 に よ る の か 、 よ く わ か ら な い 。 (二) 元 首 の 詩 は 、 ﹃ 尚 書 ﹄ 益 穫 篇 に 見 え る 。 舜 の 作 っ た 歌 と し て 残 っ た も の で あ る 。 ﹁ 股 肱 喜 哉 、 元 首 起 哉 、 百 工 煕 哉 ﹂ ﹁ 元 首 明 哉 、 股 肱 良 哉 、 庶 事 康 哉 ﹂ ﹁ 元 首 叢 挫 哉 、 股 肱 こ こ う 惰 哉 、 万 事 堕 哉 ﹂ ( ﹁ 股 肱 喜 べ る か な 、 元 首 起 こ れ る か な 、 ひ ろ 百 工 煕 ま れ る か な ﹂ ・ ﹁ 元 首 明 ら か な る か な 、 股 肱 良 き か な そ う ざ お こ た 庶 事 康 き か な ﹂ ・ ﹁ 元 首 叢 脛 な る か な 、 股 肱 惰 れ る か な 、 万 お 事 堕 っ る か な ﹂ ) と 。 各 句 と も に 句 末 に ﹁ 哉 ﹂ の 字 が あ っ て 四 言 に な っ て い る が 、 こ れ は 語 調 を 整 え る た め の 助 字 で あ り こ れ を 取 る と 、 三 言 に な る 。 (三) 洛 酒 の 歌 と は 、 洛 酒 は 、 洛 水 の 北 で あ り 、 太 康 の 五 人 の 弟 が 洛 水 の 北 で 人 民 を か え り み な い 太 康 を 怨 ん で 作 っ た 歌 で あ り 、 ﹃ 尚 書 ﹄ 五 子 之 歌 に 見 え る 。 五 子 之 歌 は 五 首 あ り 、 そ の 一 に ﹁ 皇 祖 有 訓 、 民 可 近 、 不 可 下 、 民 惟 邦 本 、 本 固 邦 寧 。 予 視 天 下 、 愚 夫 愚 婦 、 一 能 勝 予 、 一 人 三 失 、 怨 量 在 明 、 不 見 是 図 、 予 臨 兆 民 、 懐 乎 若 朽 索 之 駅 六 馬 、 為 人 上 者 、 奈 何 不 敬 ﹂ ( 皇 祖 、 訓 有 り 。 ﹃ 民 は 近 づ く べ く 、 下 す べ か ら ず 。 こ く に も と か た や す 民 は 惟 れ 邦 の 本 、 本 固 け れ ば 邦 寧 し ﹄ と 。 予 、 天 下 を 視 る に ま さ め い 愚 夫 愚 婦 も 、 一 に 能 く 予 に 勝 る 。 一 人 三 失 、 怨 、 量 に 明 に 在 は か ら ん や 。 見 ざ る に 是 れ 図 る 。 予 、 兆 民 に 臨 む に 、 慎 乎 と し て か み た 朽 索 の 六 馬 を 駅 す る が 若 く に す 。 人 の 上 為 る 者 、 奈 何 ぞ 敬 せ ざ ら ん や ) と 。 四 行 露 の 章 は 、 ﹃ 詩 経 ﹄ 召 南 ﹁ 行 露 ﹂ に 見 え る 。 五 言 の 句 が そ れ ぞ れ 四 つ 用 い ら れ て い る 。 ﹁ 誰 謂 雀 無 角 、 何 以 穿 我 屋 、 誰 謂 女 無 家 、 何 以 速 我 獄 、 錐 速 我 獄 、 室 家 不 足 ﹂ ( 誰 か す ず め つ の い い え う が な ん じ 雀 に 角 無 し と 謂 う や 、 何 を 以 て 我 が 屋 を 穿 ち し や 、 誰 か 女 に ご く ま ね 家 無 し と 謂 う や 、 何 を 以 て 我 が 獄 を 速 き し や 、 我 を 獄 に 速 く と 錐 も 、 室 家 は 足 ら ず ) と 。 劉 麗 の こ の 説 は 東 晋 の 摯 虞 の ﹃ 文 章 流 別 志 論 ﹄ に 従 っ た も の で あ る 。 ﹃ 文 章 流 別 志 論 ﹄ の 原 本 は 已 に 散 侠 し 、 そ の 侠 文 は ﹃ 摯 太 常 遺 書 ﹄ 及 び ﹃ 全 晋 文 ﹄ 巻 七 十 七 に 収 録 さ れ て い る 。 摯 虞 は 古 詩 の 句 型 に 三 言 、 四 言 、 五 言 、 六 言 、 七 言 、 九 言 な ど が あ る と い い 、 ま た そ れ ぞ れ の 例 を 次 の よ う に 挙 げ て ﹃ 文 鏡秘府論﹄と﹃文心雛龍﹄との相 関 小 考
-15-密 教 文 化 い る 。 古 詩 の 三 言 な る も の は 、 ﹁ 振 振 鷺 ⋮、 鷺 ⋮干 飛 ﹂ ( 振 振 た る 鷺 ⋮ こ こ 鷺 干 に 飛 ぶ ) の 属 是 れ な り 。 漢 の 郊 廟 歌 、 多 く 之 を 用 ふ 。 五 言 な る も の は 、 ﹁ 誰 謂 雀 無 角 、 何 以 穿 我 屋 ﹂ の 属 是 れ な り 。 俳 優 侶 楽 、 多 く 之 を 用 ふ 。 六 言 な る も の は 、 ﹁ 我 姑 酌 し ば ら か き ん ら い く 彼 金 暑 ﹂ ( 我 姑 く 彼 の 金 暑 に 酌 む ) の 属 是 れ な り 。 楽 府 も ま た 之 を 用 ふ 。 七 言 な る も の は 、 ﹁ 交 交 黄 鳥 止 干 棘 ﹂ ( 交 交 た る 黄 鳥 、 棘 に 止 ま る ) の 属 是 れ な り 。 俳 譜 侶 楽 、 世 に 之 を 用 ふ 。 古 詩 の 九 言 な る も の は 、 ﹁ 洞 酌 彼 行 濠 抱 彼 注 薙 ﹂ と お か く か れ お さ こ こ そ そ ( 洞 く 彼 の 行 療 に 酌 み 、 彼 を 担 へ て 弦 に 注 ぐ ) の 属 是 れ な り 。 歌 謡 の 章 に 入 れ ら れ ず 。 故 に 、 世 、 希 に 之 を 為 る 。 摯 虞 の 説 に は 二 言 が な く 、 九 言 が あ る 。 し か し 、 ﹁ 歌 謡 の 章 に 入 れ ら れ ず 。 故 に 世 に 希 に 之 を 為 る ﹂ と い っ て い る 。 劉 鋸 が 九 言 を 言 わ な か っ た の は 、 顔 延 年 の ﹁ 庭 諾 ﹂ に い わ ゆ る 詩 体 に も と も と 九 言 無 し と は 、 音 律 が 緩 く 、 鐘 や 磐 な ど の 楽 器 に 調 和 し な い か ら で あ る 。 さ て ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 四 ﹁ 論 文 意 ﹂ 篇 に ﹁ 或 日 ﹂ を 引 い て 、 詩 に 三 言 、 四 言 、 五 言 、 六 言 、 七 言 の 別 が あ る と い っ て い る が 二 言 及 び 九 言 に つ い て は 言 及 し て い な い 。 三 言 は 虞 に 始 ま る 、 元 首 の 歌 に 興 る 。 四 言 は 、 本 、 南 風 に か よ 出 で て 、 夏 の 世 に 流 れ 、 伝 は り て 、 章 孟 に 至 り 、 其 の 文 始 は じ め て 具 は る 。 六 言 は ⋮散 じ て 騒 雅 に 在 り 。 七 言 は 漢 に 萌 ま る 。 五 言 の 作 は 召 南 ﹁ 行 露 ﹂ 巳 に 濫 筋 有 り 、 漢 の 武 帝 の 時 に 屡 々 全 什 見 は る 。 こ れ は あ き ら か に 劉 鋸 の 説 に 従 っ た も の で あ る 。 し か し 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ ﹁ 定 位 ﹂ 篇 は 二 言 、 三 言 、 入 言 、 九 言 に 言 及 し て い る が 、 こ れ ら は あ ま り 作 ら れ な か っ た の で 、 大 師 は 重 ね て 述 べ な か っ た も の と 思 わ れ る 。 あ る い は 呉 検 斎 の ﹃ 親 斎 筆 記 ﹄ は ﹁ 漢 人 、 詩 を 称 す る に 四 言 を 以 て 限 り と 為 し 、 そ の 六 た 言 、 七 言 、 八 言 は 、 或 い は 本 々 琴 歌 為 り 、 或 い は 質 だ 六 言 、 七 言 、 八 言 と 称 し 、 之 に 詩 名 を 与 え ず ﹂ と い う の が 事 実 を と ら え て い る の か も し れ な い 。 じ ん ぼ う 清 朝 の 方 熊 は 南 朝 の 梁 の 任 肪 の ﹃ 文 章 縁 起 ﹄ に 注 し て 四 言 詩 は 、 前 漢 の 楚 王 の 伝 、 章 孟 、 楚 の 夷 王 戊 を 諌 む る の 詩 な り 。 五 言 詩 は 、 漢 の 騎 都 尉 、 李 陵 の 蘇 武 に 与 ふ る の 詩 な り 。 六 言 詩 は 、 漢 の 大 司 農 、 谷 永 の 作 な り 。 七 言 詩 は 、 漢 の 武 帝 が 柏 梁 台 朕 句 な り 。 九 言 詩 は 、 魏 の 高 貴 卿 公 の 作 る と こ ろ な り 。
と あ る 。 前 述 の ﹃ 文 心 ﹄ の 説 に 、 四 言 は 夏 の 時 代 に 広 ま っ た と い い 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ も 四 言 は も と も と 南 風 に 出 で て 夏 の 時 代 に 流 れ 伝 わ っ て 漢 の 章 孟 に 至 り 、 そ の 文 体 が は じ め て 具 わ っ た と い う 。 こ れ ら に よ れ ば 、 四 言 詩 は 方 熊 が 言 っ た よ う に 漢 の 章 孟 か ら 始 ま っ た も の で は な い が 、 卑 孟 に な っ て は じ め て 完 成 し た と 言 え よ う 。 五 言 詩 は 、 ﹃ 文 心 ﹄ 及 び ﹃ 秘 府 論 ﹄ と も に ﹃ 詩 経 ﹄ 召 南 ﹁ 行 露 ﹂ か ら 始 ま り 、 漢 の 李 陵 の と き に は じ め て 完 成 し た と い う 。 六 言 詩 や 七 言 詩 は 、 萢 文 瀾 の ﹃ 文 心 離 龍 註 ﹄ 章 句 篇 に 趙 翼 の ﹃ 咳 飴 叢 考 ﹄ 巻 二 十 三 を 引 い て 、 六 言 詩 は 詩 や 騒 に 始 ま り 、 漢 代 に な っ て 完 成 し た と い う 。 苑 文 瀾 は 注 し て ﹁ 六 言 詩 は 谷 永 に 始 ま る 。 然 れ ど も 劉 魏 云 ふ 、 ﹃ 六 言 ・ 七 言 、 詩 ・ 騒 に 出 づ ﹄ と 。 今 、 按 ず る に 毛 詩 の ﹃ 謂 爾 遷 於 王 都 ﹄ ( 爾 、 王 都 に 遷 る と 謂 ふ ) ・ ﹃ 日 予 未 有 室 家 ﹄ ( 日 く 、 予 、 未 だ 室 家 有 ら ず ) 等 の 句 、 巳 に そ の 端 を 開 け ば は じ 則 ち 谷 永 に 始 ま ら ず 。 或 い は 、 谷 永 、 此 の 体 に 本 づ き て 創 め て 全 篇 を 為 し 、 遂 に 自 ら 一 家 を 成 す 。 然 れ ど も 永 の 六 言 詩 、 今 、 伝 は ら ず 、 ﹃ 後 漢 書 ﹄ 孔 融 伝 に ﹃ 融 、 著 は す と こ ろ の 詩 頬 碑 文 、 六 言 の 策 文 表 激 ﹄ と あ り 。 そ の 六 言 と 日 ふ は 、 蓋 し 即 ち 六 言 詩 な り 。 今 、 ま た 伝 は ら ず ( ﹃ 古 文 苑 ﹄ に 融 の 六 言 詩 を 載 す 。 偽 作 に し て 信 ず べ か ら ず ) 。 古 六 言 、 時 間 、 見 る べ き も の 有 り 。 ﹃ 文 選 ﹄ に 董 仲 野 が ﹃ 琴 歌 ﹄ の 二 句 を 引 く 。 邊 孝 先 が ﹃ 解 嘲 ﹄ の ﹃ 篠 與 周 公 通 夢 、 静 與 孔 子 同 意 ﹄ ( 寝 ぬ る に 周 公 と 夢 に 通 じ 、 静 か な る に 孔 子 と 意 を 同 じ く す ﹄ 。 ﹃ 三 国 志 ﹄ に 曹 が ﹃ 畢 臣 の 勧 進 に 答 ふ る の 書 ﹄ の 自 述 し て 作 る と こ ろ の 詩 に 注 し て 日 く 、 ﹃ 喪 齪 悠 悠 過 紀 、 白 骨 縦 横 萬 里 、 哀 哀 下 民 靡 侍 、 吾 将 佐 時 整 理 、 復 子 明 辟 致 仕 ﹄ ( 喪 乱 、 悠 々 と し て 紀 を 過 ぎ 、 白 骨 、 縦 横 す る こ と 万 里 、 哀 哀 た る 下 た の な た す な ん じ め い へ き 民 、 侍 む 靡 く 、 吾 、 将 に 時 を 佐 け て 整 理 せ ん と し 、 子 に 明 辟 を 復 し て 仕 を 致 す ) と 。 こ れ に 拠 れ ば 、 是 れ 六 言 詩 は 漢 代 に 成 る な り ﹂ と い っ て い る 。 六 言 詩 や 七 言 詩 は 、 ﹃ 詩 経 ﹄ や ﹃ 楚 辞 ﹄ に 始 ま り 、 一 首 の 中 に 雑 え 用 い ら れ 、 全 篇 に 用 い ら れ た こ と が ま だ な か っ た 。 全 篇 に 六 言 を 用 い た の は 、 後 漢 の 魏 の 曹 に お い て 完 成 さ れ る 。 ﹃ 文 心 ﹄ が ﹁ 六 言 七 言 、 詩 ・ 騒 に 雑 出 す ﹂ と い う の は 、 摯 虞 の 説 に 従 っ た も の で あ り 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ の ﹁ 六 言 、 詩 ・ 騒 に 散 ず ﹂ と い う の は 、 ﹃ 文 心 ﹄ の 説 に 従 っ た も の で あ る が 、 ﹁ 七 言 は 漢 に 萌 ま る ﹂ と い う の は 任 肪 の 説 に 従 っ た も の で あ る 。 要 す る に 摯 虞 の ﹃ 文 章 流 別 志 論 ﹄ 、 劉 鋸 の ﹃ 文 心 離 龍 ﹄ 、 ﹃ 文 鏡秘府論﹄と﹃文心離龍﹄との相関小 考
-17-密 教 文 化 大 師 の ﹃ 文 鏡 秘 府 論 ﹄ 、 方 熊 注 の ﹃ 文 章 縁 起 ﹄ を あ わ せ て み る と 、 詩 の 句 型 に 一 一 言 、 三 言 、 四 言 、 五 言 、 六 言 、 七 言 、 入 言 、 九 言 な ど が あ り 、 そ の 中 、 四 言 を 正 体 と み な し 、 ﹃ 文 心 ﹄ 章 句 篇 に ﹁ 詩 碩 の 大 体 に 至 っ て は 、 四 言 を 以 て 正 と 為 す ﹂ 、 ﹃ 秘 府 論 ﹄ 巻 四 の 定 位 篇 に ﹁ 四 言 に 至 っ て は 、 最 も 平 正 と 為 す ﹂ と あ る 。 ( 一 九 八 一 ・ 五 ・ 三 ・ 於 大 阪 )