学
位
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文
聖
覚
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多
角
的
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西
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聖
覚
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多
角
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(
目
次
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序 論 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 頁 本 論 第 一 章 天 台 僧 と し て の 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 一 頁 は じ め に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 一 頁 第 一 節 天 台 僧 と し て の 聖 覚 の 人 物 像 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 三 頁 第 一 項 聖 覚 の 行 実 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 三 頁 第 二 項 在 叡 時 代 の 親 鸞 と 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 五 頁 第 二 節 法 難 と 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 二 頁 第 一 項 承 元 の 法 難 と 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 二 頁 第 二 項 嘉 禄 の 法 難 と 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 四 八 頁 第 三 節 聖 覚 研 究 の 視 座 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 五 三 頁第 一 項 平 雅 行 氏 の 聖 覚 論 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 五 三 頁 第 二 項 真 宗 研 究 者 に よ る 平 氏 へ の 反 論 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 五 九 頁 ( 一 ) 『 唯 信 鈔 』 の 思 想 構 造 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 五 九 頁 ( 二 ) 嘉 禄 の 法 難 時 の 聖 覚 の 行 動 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六 〇 頁 ( 三 ) 親 鸞 の 聖 覚 観 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六 三 頁 ( 四 ) 『 唯 信 鈔 』 の 執 筆 動 機 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六 六 頁 お わ り に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 六 八 頁 第 二 章 唱 導 家 と し て の 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 七 九 頁 は じ め に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 七 九 頁 第 一 節 安 居 院 流 の 唱 導 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 八 一 頁 第 一 項 唱 導 と 安 居 院 流 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 八 一 頁 第 二 項 安 居 院 流 唱 導 の 多 様 性 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 八 八 頁 第 二 節 『 唯 信 鈔 』 の 著 者 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 九 四 頁 第 一 項 松 本 史 朗 氏 の 主 張 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 九 四 頁
第 二 項 教 学 的 側 面 か ら の 批 判 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 九 七 頁 第 三 項 書 誌 学 的 側 面 か ら の 批 判 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 〇 四 頁 第 四 項 『 唯 信 鈔 』 の 門 弟 推 奨 理 由 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 〇 七 頁 第 三 節 説 草 と し て の 『 唯 信 鈔 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 〇 九 頁 第 一 項 『 唯 信 鈔 』 原 本 の 位 置 付 け ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 〇 九 頁 第 二 項 聖 覚 著 述 の 文 献 的 性 格 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 一 四 頁 第 三 項 『 唯 信 鈔 』 原 本 の 成 立 背 景 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 一 六 頁 ( 一 ) 説 草 の 定 義 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 一 六 頁 ( 二 ) 『 唯 信 鈔 』 の 構 成 と 説 草 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 一 九 頁 第 四 項 安 居 院 流 唱 導 資 料 と 『 唯 信 鈔 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 二 五 頁 お わ り に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 三 〇 頁 第 三 章 専 修 念 仏 教 団 に お け る 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 三 九 頁 は じ め に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 三 九 頁 第 一 節 専 修 念 仏 教 団 に お け る 聖 覚 の 地 位 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 四 一 頁
第 一 項 専 修 念 仏 教 団 に お け る 聖 覚 像 の 構 築 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 四 一 頁 ( 一 ) 法 然 門 下 に お け る 聖 覚 の 地 位 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 四 一 頁 ( 二 ) 親 鸞 著 述 に お け る 聖 覚 の 地 位 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 四 九 頁 ( 三 ) 初 期 真 宗 教 団 に お け る 聖 覚 の 地 位 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 五 〇 頁 第 二 項 妙 源 寺 本 「 光 明 本 尊 」 和 朝 太 子 ・ 先 徳 連 坐 像 と 『 聖 覚 法 印 表 白 文 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 五 五 頁 ( 一 ) 『 聖 覚 法 印 表 白 文 』 か ら 見 る 聖 覚 像 の 変 遷 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 五 六 頁 ( 二 ) 上 讃 銘 と の 対 応 関 係 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 六 一 頁 第 二 節 聖 覚 仮 託 文 献 の 意 義 と 評 価 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 六 七 頁 第 一 項 聖 覚 仮 託 文 献 の 概 観 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 六 七 頁 第 二 項 聖 冏 ・ 聖 聡 の 活 動 範 囲 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 七 五 頁 第 三 項 安 居 院 流 と 東 国 の 関 係 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 七 八 頁 第 四 項 聖 冏 ・ 聖 聡 と 『 唯 信 鈔 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 八 二 頁 お わ り に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 一 八 九 頁 第 四 章 親 鸞 に お け る 聖 覚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 〇 五 頁
は じ め に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 〇 五 頁 第 一 節 親 鸞 『 見 聞 集 』 の 文 献 的 意 義 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 〇 七 頁 第 一 項 『 見 聞 集 』 の 書 誌 学 的 検 討 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 〇 七 頁 第 二 項 『 見 聞 集 』 書 写 内 容 へ の 検 討 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 一 六 頁 ( 一 ) 『 五 会 法 事 讃 』 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 一 七 頁 ( 二 ) 『 涅 槃 経 』 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 二 〇 頁 ( 三 ) 『 聖 覚 法 印 表 白 文 』 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 二 三 頁 ( 四 ) 「 御 念 仏 之 間 用 意 聖 覚 返 事 」 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 二 四 頁 ( 五 ) 「 或 人 夢 」 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 二 五 頁 第 三 項 『 見 聞 集 』 第 一 分 冊 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 二 六 頁 第 二 節 『 五 会 法 事 讃 』 の 依 用 態 度 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 三 四 頁 第 一 項 『 五 会 法 事 讃 』 に つ い て ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 三 四 頁 第 二 項 法 然 と そ の 門 下 に お け る 『 五 会 法 事 讃 』 の 依 用 態 度 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 三 八 頁 第 三 項 親 鸞 と 聖 覚 に お け る 『 五 会 法 事 讃 』 の 依 用 態 度 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 四 四 頁 第 三 節 親 鸞 と 聖 覚 の 来 迎 観 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 五 二 頁
第 一 項 親 鸞 の 来 迎 観 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 五 二 頁 第 二 項 聖 覚 著 述 に お け る 「 来 迎 」 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 五 六 頁 第 三 項 聖 覚 の 来 迎 観 に 対 す る 評 価 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 五 九 頁 第 四 項 聖 覚 の 来 迎 観 の 思 想 的 背 景 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 六 三 頁 第 五 項 聖 覚 の 来 迎 観 の 再 検 討 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 六 五 頁 第 四 節 親 鸞 と 『 唯 信 鈔 』 の 相 違 点 と 共 通 点 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 七 〇 頁 第 一 項 『 唯 信 鈔 』 の 評 価 に つ い て の 先 行 研 究 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 七 〇 頁 第 二 項 第 十 七 願 へ の 注 目 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 七 七 頁 第 三 項 親 鸞 に お け る 『 唯 信 鈔 』 観 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 七 九 頁 第 四 項 『 尊 号 真 像 銘 文 』 に お け る 第 十 八 願 釈 と 『 唯 信 鈔 』 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 八 二 頁 第 五 項 『 唯 信 鈔 』 の 基 本 的 態 度 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 八 五 頁 第 六 項 『 教 行 信 証 』 と 『 唯 信 鈔 』 の 結 文 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 八 八 頁 お わ り に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 二 九 三 頁 結 論 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 一 一 頁
初 出 一 覧 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 一 九 頁 付 録 聖 覚 関 連 略 年 表 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 二 三 頁 参 考 文 献 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 三 一 頁 書 籍 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 三 一 頁 論 文 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 三 三 五 頁
〈 凡 例 〉 一 、 引 用 文 は 現 行 の 正 字 体 に 改 め て 示 し た 。 二 、 引 用 典 籍 の 略 称 は 以 下 の よ う に 統 一 し た 。 『 大 正 新 脩 大 蔵 経 』 ↓ 『 大 正 蔵 』 『 真 宗 聖 教 全 書 』 ↓ 『 真 聖 全 』 『 浄 土 真 宗 聖 典 全 書 』 ↓ 『 浄 真 全 』 『 親 鸞 聖 人 真 蹟 集 成 』 ↓ 『 真 蹟 集 成 』 『 真 宗 史 料 集 成 』 ↓ 『 史 料 集 成 』 『 浄 土 宗 全 書 』 ↓ 『 浄 全 』 『 続 浄 土 宗 全 書 』 ↓ 『 続 浄 全 』 『 昭 和 新 修 法 然 上 人 全 集 』 ↓ 『 昭 法 全 』 『 法 然 上 人 伝 全 集 』 ↓ 『 法 伝 全 』 『 大 日 本 仏 教 全 書 』 ↓ 『 日 仏 全 』
序
序 論 本 研 究 の 目 的 は 、 聖 覚 ( 一 一 六 七 ~ 一 二 三 五 ) の 人 物 像 と 思 想 を 、 多 角 的 な 視 座 か ら 明 ら か に す る こ と で あ る 。 真 宗 学 に お い て 聖 覚 と は 、 親 鸞 ( 一 一 七 三 ~ 一 二 六 二 ) が 晩 年 に 至 る ま で 敬 慕 し て い た 人 物 と し て 理 解 さ れ て い る 。 す な わ ち 、 法 然 ( 一 一 三 三 ~ 一 二 一 二 ) に 帰 依 し 、 そ の 主 著 『 選 択 本 願 念 仏 集 ( 以 下 、 選 択 集 ) 』 の 内 容 ( 特 に 二 門 章 ・ 二 行 章 ・ 本 願 章 ・ 三 心 章 ) を 平 易 に 記 し た も の で あ る と さ れ る 『 唯 信 鈔 』 を 執 筆 し て い る 。 ま た 、 『 御 伝 鈔 』 上 第 六 段 、 い わ ゆ る 信 行 両 座 の 一 段 に お い て は 、 法 然 や 親 鸞 と 同 信 を 表 明 す る と い っ た 、 親 鸞 と の 因 縁 に つ い て も 伝 え ら れ て い る 。 以 上 の よ う な 、 聖 覚 と 親 鸞 の 関 係 を 示 す 基 本 的 な 資 料 を 整 理 し て お く と 、 次 の よ う に な る 。 第 一 に 、 最 も 精 力 的 に 研 究 が 行 わ れ て き た の は 、 先 に 述 べ た 『 唯 信 鈔 』 で あ る 。 聖 覚 が 『 唯 信 鈔 』 を 制 作 し た の は 、 高 田 派 専 修 寺 蔵 親 鸞 真 筆 本 ( 信 証 本 ) の 奥 書 に 「 承 久 三 歳 仲 秋 中 旬 第 四 日 安 居 院 法 印 聖 覚 作 」 ( 『 浄 真 全 』 二 、 一 一 〇 一 頁 ) と あ る 通 り 、 承 久 三 年 ( 一 二 二 一 ) 八 月 、 聖 覚 五 十 五 歳 の 時 で あ る 。 親 鸞 は 1 こ の 『 唯 信 鈔 』 を 繰 り 返 し 書 写 し て お り 、 親 鸞 の 書 写 本 系 統 以 外 に は 、 『 唯 信 鈔 』 の 完 本 は 伝 わ っ て い な い 。2 最 初 の 書 写 と さ れ る の は 、 同 じ く 信 証 本 の 奥 書 に 、
寛 喜 二 歳 仲 夏 下 旬 第 五 日 以 彼 草 本 真 筆 愚 禿 釈 親 鸞 書 写 之 二 一 二 一 ( 『 浄 真 全 』 二 、 一 〇 一 一 頁 ) と あ る 通 り 、 寛 喜 二 年 ( 一 二 三 〇 ) 五 月 二 十 五 日 親 鸞 五 十 八 歳 の 時 で あ る 。 『 真 蹟 集 成 』 八 の 解 説 に よ る と 、 現 存 す る 古 写 本 の 奥 書 な ど か ら 、 書 写 日 時 に つ い て は 次 の 五 回 が 明 ら か と な っ て い る 。3 一 、 寛 喜 二 年 ( 一 二 三 〇 ) 五 月 二 十 五 日 ( 親 鸞 五 十 八 歳 ) 専 修 寺 蔵 真 蹟 信 証 本 奥 書 二 、 文 暦 二 年 ( 一 二 三 五 ) 六 月 十 九 日 ( 親 鸞 六 十 三 歳 ) 専 修 寺 蔵 真 蹟 平 仮 名 本 奥 書 三 、 仁 治 二 年 ( 一 二 四 一 ) 十 月 十 四 日 ( 親 鸞 六 十 九 歳 ) 堺 真 宗 寺 蔵 古 写 本 奥 書 四 、 寛 元 四 年 ( 一 二 四 六 ) 三 月 十 四 日 ( 親 鸞 七 十 四 歳 ) 専 修 寺 蔵 顕 智 書 写 本 奥 書 五 、 建 長 六 年 ( 一 二 五 四 ) 二 月 ( 親 鸞 八 十 二 歳 ) 恵 空 写 伝 本 の う ち 一 本 奥 書 た だ し 、 書 写 回 数 は こ の 五 回 に と ど ま ら ず 、 『 浄 真 全 』 二 の 解 説 に よ る と 、 親 鸞 は 生 涯 に 少 な く と も 八 回 4 『 唯 信 鈔 』 を 書 写 し て い る 。 『 唯 信 鈔 』 と は 、 基 本 的 に 法 然 よ り 相 承 し た 念 仏 往 生 の 要 義 を 述 べ 、 た だ 信 心
を 肝 要 と す る こ と を 明 ら か に し た 書 物 で あ る と 認 識 さ れ て い る 。 ま ず 『 唯 信 鈔 』 の 前 半 部 の 概 要 は 、 一 、 仏 道 に 聖 浄 二 門 の あ る こ と を 述 べ る 。 二 、 浄 土 門 に 諸 行 往 生 と 念 仏 往 生 の あ る こ と を 述 べ る 。 三 、 難 易 二 道 に よ り 聖 浄 二 門 を 配 当 し 、 念 仏 往 生 を 勧 め る 。 四 、 念 仏 往 生 に 専 雑 二 行 の あ る こ と を 述 べ る 五 、 専 雑 二 修 の 得 失 を 述 べ 、 専 修 が す ぐ れ て い る こ と を 述 べ る 。 六 、 『 観 経 』 三 心 往 生 に つ い て 述 べ る 。 七 、 本 願 文 を 示 し て 「 十 念 」 を 解 釈 す る 。 と な っ て い る 。 ま た 、 後 半 部 で は 、 一 、 臨 終 の 念 仏 と 尋 常 の 念 仏 二 、 弥 陀 の 願 力 と 先 世 の 罪 業 三 、 念 仏 と 宿 善
四 、 一 念 と 多 念 に つ い て 述 べ て い る 。 こ の よ う に 『 唯 信 鈔 』 の 内 容 は 、 先 に も 述 べ た 通 り 法 然 の 『 選 択 集 』 に 示 さ れ た 要 5 義 を 略 述 し た 書 と い え る の で あ る 。 以 上 の よ う に 、 『 唯 信 鈔 』 を 中 心 に し て 聖 覚 の 思 想 を 叙 述 し た 場 合 、 法 6 然 に 近 し い 思 想 を 有 し て い る と 捉 え る こ と が で き る 。 以 上 が 『 唯 信 鈔 』 の 概 要 と な る 。 第 二 に 、 『 唯 信 鈔 』 を 書 写 し た だ け で は な く 、 御 消 息 の 中 で 幾 度 と な く 門 弟 に 『 唯 信 鈔 』 を 推 奨 し 、 文 書 伝 道 と し て 用 い て い る こ と が 指 摘 さ れ て い る 。 親 鸞 の 御 消 息 を 集 成 し た も の は 『 末 灯 鈔 』 や 『 親 鸞 聖 人 御 消 息 集 』 等 、 様 々 に あ り 、 通 数 は そ れ ぞ れ の 編 集 に よ っ て 異 な っ て い る 。 そ こ で 、 『 浄 真 全 』 二 の 付 録 「 親 鸞 聖 人 御 消 息 」 配 列 各 本 対 照 表 に 基 づ い て 通 数 を 示 す と 、 第 四 通 、 第 八 通 、 第 十 七 通 、 第 十 八 通 、 第 三 十 三 通 、 第 四 十 一 通 の 計 六 通 に 、 『 唯 信 鈔 』 を 推 奨 す る 文 言 を 確 認 す る こ と が で き る 。 特 に 、 第 四 十 一 通 ( 『 親 鸞 聖 人 御 消 息 集 ( 広 本 ) 』 第 八 通 、 教 忍 御 坊 御 返 事 ) に は 、 ま づ 一 念 に て 往 生 の 業 因 は た れ り と 申 し さ ふ ら ふ は 、 ま こ と に さ る べ き こ と に て さ ふ ら ふ べ し 。 さ れ ば と て 、 一 念 の ほ か に 念 仏 を ま ふ す ま じ き こ と に は さ ふ ら は ず 。 そ の や う は 、 『 唯 信 鈔 』 に く は し く さ ふ ら ふ 。 よ く よ く 御 覧 さ ふ ら ふ べ し 。 ( 中 略 ) か な ら ず 、 一 念 ば か り に て 往 生 す と い ひ て 、 多 念 を せ ん は
往 生 す ま じ き と ま ふ す こ と は 、 ゆ め ゆ め あ る ま じ き こ と な り 。 『 唯 信 鈔 』 を よ く よ く 御 覧 さ ふ ら ふ べ し 。 ( 中 略 ) 一 念 こ そ よ け れ 、 多 念 こ そ よ け れ な ん ど ま ふ す こ と も 、 ゆ め ゆ め あ る べ か ら ず さ ふ ら ふ 。 な を な を 一 念 の ほ か に あ ま る と こ ろ の 御 念 仏 を 法 界 衆 生 に 回 向 す と さ ふ ら ふ は 、 釈 迦 ・ 弥 陀 如 来 の 御 恩 を 報 じ ま い ら せ ん と て 、 十 方 衆 生 に 回 向 せ ら れ さ ふ ら ふ ら ん は 、 さ る べ く さ ふ ら へ ど も 、 二 念 ・ 三 念 ま ふ し て 往 生 せ ん ひ と を ひ が ご と ゝ は さ ふ ら ふ べ か ら ず 。 よ く よ く 『 唯 信 鈔 』 を 御 覧 さ ふ ら ふ べ し 。 念 仏 往 生 の 御 ち か ひ な れ ば 、 一 念 ・ 十 念 も 往 生 は ひ が ご と に あ ら ず と お ぼ し め す べ き な り 。 ( 『 浄 真 全 』 二 、 八 三 一 ~ 八 三 三 頁 ) と 、 一 通 の 御 消 息 の 中 で 三 度 ま で も 『 唯 信 鈔 』 の 熟 読 を 推 奨 し て い る 。 第 三 に 、 親 鸞 は こ の 『 唯 信 鈔 』 の 題 号 と 引 用 さ れ た 経 釈 要 文 を 註 釈 し た 『 唯 信 鈔 文 意 』 を 著 し て い る 。 こ れ を も っ て さ ら に 『 唯 信 鈔 』 の 敷 衍 に 努 め て い る の で あ る 。 し か し な が ら 、 従 来 『 唯 信 鈔 』 と 『 唯 信 鈔 文 意 』 の 間 に は 、 共 通 点 と 相 違 点 、 連 続 性 と 非 連 続 性 が 指 摘 さ れ て い る 。7 第 四 に 、 親 鸞 は 『 見 聞 集 』 と い う 要 文 抄 出 集 に 、 「 聖 覚 法 印 表 白 文 」 や 「 御 念 仏 之 間 用 意 聖 覚 返 事 」 と い っ た 、 聖 覚 に 関 係 す る 種 々 の 文 書 を 書 写 し て い る 。 第 五 に 、 『 尊 号 真 像 銘 文 』 に 、 「 聖 覚 法 印 表 白 文 」 を 選 8 ん で 、 「 法 印 聖 覚 和 尚 の 銘 文 」 と し て 註 釈 し て い る 。 第 六 に 、 『 正 像 末 和 讃 』 に 、 『 唯 信 鈔 』 お よ び 「 聖 覚 法 9
印 表 白 文 」 を 典 拠 と し て 作 成 し た 和 讃 が あ る 。 ま た 、 親 鸞 の 著 述 で は な い が 、 『 歎 異 抄 』 第 十 三 条 に は 、 専 10 修 賢 善 の 異 義 を 批 判 す る 際 に 、 『 唯 信 抄 』 に も 「 弥 陀 い か ば か り の ち か ら ま し ま す と し り て か 、 罪 業 の み な れ ば す く は れ が た し と お も ふ べ き 」 と さ う ら ふ ぞ か し 。 ( 『 浄 真 全 』 二 、 一 〇 六 六 頁 ) と 『 唯 信 鈔 』 を 引 証 し て い る 。 さ ら に 、 覚 如 ( 一 二 七 〇 ~ 一 三 五 一 ) の 『 御 伝 鈔 』 上 第 六 段 に は 、 親 鸞 が 法 然 の 門 下 で 学 ん で い た 時 に 設 け た と い う 信 不 退 、 行 不 退 の 二 つ の 座 に つ い て の 逸 話 を 記 し た 信 行 両 座 の 一 段 が あ る が 、 信 不 退 の 座 に 列 し た 者 の 中 に 聖 覚 の 名 が み え て い る 。 以 上 が 、 特 に 真 宗 学 の 分 野 に お い て 重 要 11 視 さ れ て き た 聖 覚 と 親 鸞 の 関 係 を 示 す 資 料 と な る 。 こ う し た 真 宗 関 係 の 資 料 と は 別 に 、 日 蓮 宗 の 日 向 ( 一 二 五 三 ~ 一 三 一 四 ) が 著 し た 『 金 綱 集 』 に は 、 嘉 禄 三 年 ( 一 二 二 七 ) の 念 仏 弾 圧 、 い わ ゆ る 嘉 禄 の 法 難 に お い て 、 聖 覚 が 朝 廷 に 念 仏 停 止 を 要 請 し た こ と が 記 さ れ て い る 。 こ の 『 金 綱 集 』 の 記 事 が 事 実 で あ る と す る な ら ば 、 「 源 空 の 精 要 を よ く 伝 え た 平 易 な 談 義 本 的 略 12 述 書 」 と も 称 さ れ る 『 唯 信 鈔 』 を 承 久 三 年 ( 一 二 二 一 ) に 著 し た 聖 覚 が 、 『 唯 信 鈔 』 執 筆 の 数 年 後 に は 、 念 13
仏 弾 圧 を 朝 廷 に 対 し 要 請 し た と い う こ と に な る 。 こ の よ う な 人 物 像 は 、 少 な く と も 真 宗 学 の 立 場 か ら み た 聖 覚 の 人 物 像 と は 乖 離 し た も の と 考 え ざ る を え な い 。 し か し 、 日 本 中 世 史 を 専 門 分 野 と す る 平 雅 行 氏 は 、 当 時 の 周 辺 史 料 を 用 い て 検 証 し た 結 果 、 『 金 綱 集 』 の 記 事 が 疑 い え な い も の で あ る と 述 べ て い る 。 平 氏 の 論 考 は 、 そ れ 以 後 の 聖 覚 研 究 に お い て 高 い 頻 度 で 言 14 及 さ れ る こ と に な り 、 聖 覚 を 研 究 す る 上 で 避 け て は 通 れ な い も の と な っ て い る と 考 え ら れ る 。 も は や 聖 覚 の 人 物 像 を 、 「 法 然 に 帰 依 し 、 親 鸞 が 敬 慕 し た 人 物 」 と の み 捉 え る こ と は 、 聖 覚 の 人 物 像 叙 述 と し て は 、 十 分 で は な い と い え よ う 。 さ ら に 、 聖 覚 が 安 居 院 流 の 唱 導 家 で あ っ た と い う 事 実 も あ る 。 安 居 院 流 の 法 会 唱 導 に 関 す る 資 料 に つ い て は 『 言 泉 集 』 『 転 法 輪 鈔 』 『 讃 仏 乗 鈔 』 等 を 挙 げ る こ と が で き 、 『 唯 信 鈔 』 以 外 の 要 素 か ら も 聖 覚 の 思 想 を 論 考 す る 必 要 が あ る だ ろ う 。 小 峯 和 明 氏 は 、 安 居 院 流 は 権 門 の 中 枢 に 関 わ っ て お り 、 公 家 や 武 家 の 法 会 を 全 面 的 に 担 っ て き た こ と か ら 、 特 定 の 権 門 に の み 依 拠 し な い 、 ゼ ロ 記 号 的 な 立 場 に あ っ た と み る べ き で あ る と し て い る 。15 以 上 の よ う な 、 天 台 僧 と し て の 聖 覚 像 や 、 唱 導 家 と し て の 聖 覚 像 は 、 真 宗 学 の 視 座 か ら の み で は 、 聖 覚 の 人 物 像 や 思 想 を 把 捉 す る こ と が 困 難 で あ る と い う こ と を 示 し て い る と 考 え ら れ る 。 聖 覚 の 人 物 像 と 思 想 を 、 歴 史 学 や 国 文 学 と い っ た 多 角 的 な 視 座 か ら 再 度 俯 瞰 す る こ と で 、 一 面 的 な 視 座 か ら は 明 ら か に す る こ と の で き な い 「 聖 覚 像 」 を 描 き 出 す こ と に 、 本 研 究 の 意 義 が 存 し て い る の で あ る 。 16
本 研 究 の 問 題 意 識 は 前 述 の 通 り で あ る の で 、 以 下 に 本 論 文 の 各 章 で 取 り 扱 う 内 容 に つ い て 概 観 し て お く 。 第 一 章 で は 、 天 台 僧 と し て の 聖 覚 の 姿 を 確 認 し て い く 。 聖 覚 研 究 の 第 一 次 資 料 と し て は 、 従 来 『 唯 信 鈔 』 が 重 視 さ れ て き た 。 す な わ ち 、 『 唯 信 鈔 』 は 聖 覚 が 法 然 の 『 選 択 集 』 の 肝 要 を 抽 出 し た 書 で あ る と い う こ と が で き る か ら で あ り 、 真 宗 学 に お い て は 、 法 然 と 親 鸞 間 の 思 想 を 媒 介 す る 存 在 で あ る と 認 識 さ れ て き た 。17 し か し 、 聖 覚 は 天 台 僧 と し て そ の 生 涯 を 全 う し て い る ば か り か 、 嘉 禄 三 年 ( 一 二 二 七 ) に 勃 発 し た 専 修 念 仏 弾 圧 事 件 で あ る 嘉 禄 の 法 難 の 折 、 弾 圧 に 深 く 関 わ っ た と い う 指 摘 が あ る 。 そ こ で 第 一 節 に お い て は 、 天 台 僧 と し て の 聖 覚 の 姿 に 焦 点 を 定 め 、 そ の 行 実 に つ い て 整 理 概 観 し て い く 。 続 く 第 二 節 で は 、 特 に 聖 覚 の 行 動 に 顕 著 な 相 違 点 が 見 出 せ る 、 承 元 の 法 難 と 嘉 禄 の 法 難 と い う 二 つ の 法 難 に つ い て 確 認 し 、 専 修 念 仏 教 団 に 対 す る 弾 圧 事 件 の 際 に 、 聖 覚 が ど の よ う に 行 動 し た の か を 確 認 し て い く 。 第 三 節 で は 、 上 来 の 確 認 を 踏 ま え 、『 唯 18 信 鈔 』 の 著 者 と い う 聖 覚 像 に 対 し て 見 直 し を 迫 っ た 平 氏 の 論 考 を 手 が か り と し て 、 平 氏 の 論 に 対 し 寄 せ ら れ た 、 真 宗 研 究 者 に よ る 反 論 を 整 理 検 討 し て い く 。 そ の 上 で 、 平 氏 の 論 考 に 対 す る 反 駁 が 多 く の 視 座 か ら な さ れ て い る た め 、 批 判 の 論 点 が 今 ひ と つ 明 確 に な っ て い な い と い う 点 を 指 摘 し 、 特 に 唱 導 家 と し て の 聖 覚 像 を 重 視 す る 必 要 が あ る の で は な い か と い う 問 題 を 提 起 し た い 。 第 二 章 に お い て は 、 第 一 章 第 三 節 に お い て 述 べ る 通 り 、 唱 導 家 と し て の 聖 覚 像 を 明 ら か に し て い く 。 繰 り 返 し に な る が 、 真 宗 学 の 立 場 か ら 見 た 聖 覚 の 人 物 像 と い う も の は 、 基 本 的 に は 「 親 鸞 の 敬 慕 し た 人 物 」 「 法
然 門 下 に お け る 兄 弟 子 」 と い う も の で あ る 。 し か し 、 国 文 学 の 分 野 に お け る 聖 覚 と は 、 父 で あ る 澄 憲 ( 一 一 二 六 ~ 一 二 〇 三 ) と と も に 、 後 に 隆 盛 を 極 め る 安 居 院 流 唱 導 の 基 盤 を 作 っ た 人 物 で あ り 、 膨 大 な 唱 導 資 料 を 編 纂 し た 唱 導 家 と し て の 側 面 が 強 調 さ れ る 。 無 論 、 真 宗 学 に お い て こ う し た 聖 覚 の 立 場 が ま っ た く 勘 案 さ 19 れ て こ な か っ た と い う わ け で は な い に せ よ 、 そ の 考 察 の 中 心 は あ く ま で 『 唯 信 鈔 』 に 集 中 し て い る の で あ る 。 そ こ で 、 第 一 節 で は 唱 導 の 定 義 や 安 居 院 流 の 唱 導 師 と し て の 聖 覚 が 、 当 時 ど の よ う な 場 で 活 動 し て い た の か を 確 認 し て い く 。 続 く 第 二 節 で は 、 第 三 節 に 先 立 っ て 、 『 唯 信 鈔 』 を 著 し た の は 親 鸞 で あ る と す る 松 本 史 朗 氏 の 論 考 と 、 そ れ に 対 す る 反 駁 を 確 認 す る 。 本 論 文 に お い て は 『 唯 信 鈔 』 を 聖 覚 の 著 述 と し て 取 り 扱 っ て 20 21 い る た め 、 松 本 氏 の 論 考 は 無 視 で き な い た め で あ る 。 そ し て 第 三 節 で は 、 『 唯 信 鈔 』 の 文 献 的 性 格 に つ い て 考 察 し 、 唱 導 家 と し て の 聖 覚 像 を 勘 案 す る こ と で 、 『 唯 信 鈔 』 に も 唱 導 資 料 と し て の 文 献 的 性 格 を 見 出 し う る の で は な い か と い う 点 に つ い て 考 察 す る 。 第 三 章 で は 、 法 然 没 後 の 専 修 念 仏 教 団 に お け る 聖 覚 像 に つ い て 考 察 す る 。 第 一 節 で は 、 伝 記 資 料 を 主 た る 検 討 対 象 と す る 。 種 々 の 法 然 伝 に お い て 聖 覚 は 、 法 然 の 思 想 の 理 解 者 と し て 登 場 し 、 自 宗 の 正 統 性 の 保 証 人 と し て の 役 割 を 担 保 さ れ て い る 。 親 鸞 没 後 の 初 期 真 宗 教 団 に お い て も 、 『 御 伝 鈔 』 上 第 六 段 「 信 行 両 座 」 の 一 段 、 「 光 明 本 尊 」 へ の 描 画 な ど 、 一 見 す る と 法 然 門 下 と 同 様 の 地 位 を 与 え ら れ て い る と い え る が 、 そ の 当 否 も 含 め 、 法 然 や 親 鸞 の 没 後 に 形 成 さ れ た 聖 覚 像 を 考 察 す る 。 第 二 節 で は 、 聖 覚 に 仮 託 さ れ た 書 を 検 討 対 象
と す る 。 浄 土 宗 内 に お い て 現 れ た 聖 覚 仮 託 書 に つ い て は 、 明 確 に 偽 書 で あ る と 断 じ ら れ た も の や 、 未 だ 真 偽 未 決 と さ れ て い る も の 等 様 々 で あ る が 、 聖 覚 に 仮 託 さ れ た 文 献 が 、 ど の よ う な 理 由 で 聖 覚 に 仮 託 さ れ 、 そ れ ら の 文 献 が 真 撰 と し て 扱 わ れ て い た 当 時 に は 、 ど の よ う な 影 響 を 周 囲 に 及 ぼ し た の か と い う 点 を 、 『 唯 信 鈔 』 と も 関 連 付 け つ つ 検 討 し て み た い 。 第 四 章 で は 、 親 鸞 が 聖 覚 と そ の 著 述 を ど の よ う に 理 解 し て い た の か と い う 点 に つ い て 改 め て 考 察 す る 。 第 一 節 で は 、 主 と し て 書 誌 的 な 側 面 よ り の 考 察 を 試 み る 。 こ こ で は 、 『 見 聞 集 』 と い う 要 文 抄 出 ノ ー ト を 検 討 対 象 と す る 。 『 涅 槃 経 』 や 『 五 会 法 事 讃 』 と い っ た 経 釈 要 文 や 、 聖 覚 に 関 わ る 様 々 な 事 項 が 書 写 さ れ て い る も の で あ る 。 こ の 『 見 聞 集 』 は 、 『 唯 信 鈔 』 と も 無 関 係 で は な い た め 、 一 考 の 余 地 が あ る と 考 え る 。 第 二 節 以 降 で は 、 教 学 的 な 側 面 よ り の 考 察 を 行 う 。 第 二 節 で は 、 『 唯 信 鈔 』 の 中 に お い て 第 十 七 願 お よ び 第 十 八 願 を 開 示 す る 際 に 引 用 さ れ る 『 五 会 法 事 讃 』 の 文 に つ い て 、 親 鸞 と の 思 想 的 関 連 性 を 論 考 す る 。 『 五 会 法 事 讃 』 は 法 然 門 下 に お い て も 重 用 さ れ た 形 跡 が 認 め ら れ る た め 、 『 唯 信 鈔 』 の み か ら で は 明 ら か に し 得 な い と 思 わ れ る 、 親 鸞 に お け る 聖 覚 観 の 一 端 の 解 明 を 試 み た い 。 続 く 第 三 節 で は 、 親 鸞 と 聖 覚 の 思 想 に お い て 顕 著 な 相 違 点 と さ れ て き た 来 迎 観 に つ い て 、 聖 覚 の 来 迎 観 は 、 い わ ゆ る 臨 終 来 迎 思 想 と は 異 な る 点 が あ る 、 と す る 浅 野 教 信 氏 の 研 究 を 参 考 に 再 検 討 を 試 み た い 。 第 四 節 に お い て は 、 改 め て 親 鸞 の 『 唯 信 鈔 』 観 を 考 22 察 す る 。 『 唯 信 鈔 』 の 上 に 底 流 し て い る と 考 え ら れ る 本 願 を 重 視 す る 姿 勢 を 確 認 し 、 そ れ に 対 し て 親 鸞 が い
尚 、 『 唯 信 鈔 』 が 聖 覚 で は な く 親 鸞 の 著 述 で あ る と す る 研 究 が 存 在 す る 。 こ の 問 題 に つ い て は 、 第 二 章 第 二 節 に お い て 詳 述 1 す る 。 た だ し 、 抄 出 は 真 宗 外 に お い て も 確 認 で き る 。 こ の 問 題 に つ い て は 、 第 三 章 第 二 節 に お い て 詳 述 す る 。 2 『 真 蹟 集 成 』 八 、 三 六 四 頁 。 3 かな る 理 解 を 示 し て い た の か に つ い て 、 考 察 し て い く 。 お よ そ 各 章 は こ の よ う な 内 容 で あ る 。 本 論 文 で は 、 終 生 比 叡 山 に 所 属 し 、 学 匠 と し て 最 高 峰 に 君 臨 し た 上 、 時 の 政 治 権 力 者 に も 重 用 さ れ た と い う 天 台 僧 と し て の 聖 覚 、 父 澄 憲 と と も に 、 安 居 院 流 と い う 、 後 に 隆 盛 を 極 め る 唱 導 集 団 の 礎 石 を 築 き 上 げ 、 道 俗 貴 賤 を 問 わ ず 説 教 師 と し て の 名 声 を ほ し い ま ま に し た 、 唱 導 家 と し て の 聖 覚 、 法 然 門 流 に お い て も 親 鸞 門 流 に お い て も 、 と も に 派 祖 に 親 近 し た 人 物 と し て 好 意 的 に 描 か れ 、 派 祖 の 没 後 に お い て も 長 く 教 団 内 で 重 要 な 地 位 を 保 ち 続 け た 、 専 修 念 仏 教 団 が 構 築 し た 聖 覚 、 と い っ た 多 角 的 な 視 座 か ら 、 聖 覚 の 人 物 像 と そ の 思 想 を ど の よ う に 理 解 す る こ と が で き る の か を 考 察 す る 。 そ し て 、 親 鸞 と の 関 連 に つ い て も 、 従 来 の 研 究 に お い て 、 『 唯 信 鈔 』 ほ ど に は 重 視 さ れ て こ な か っ た 資 料 や 、 親 鸞 と 聖 覚 の 間 に は 思 想 的 相 違 点 が 存 す る と い っ た 先 行 研 究 に 対 し 、 再 考 す る こ と を 試 み た い 。
『 浄 真 全 』 二 、 一 〇 八 〇 頁 。 4 『 唯 信 鈔 』 の 概 要 に つ い て は 、 安 藤 光 慈 『 唯 信 鈔 文 意 講 読 』 ( 永 田 文 昌 堂 、 二 〇 一 一 ) 一 四 ~ 一 五 頁 参 照 。 5 た だ し 、 安 藤 光 慈 氏 は 、 『 選 択 集 』 が 立 教 開 宗 を 目 的 と し て い る 書 で あ る と さ れ る の に 対 し 、 『 唯 信 鈔 』 に は そ の よ う な 立 6 場 を 見 出 す こ と は で き な い と し て い る ( 安 藤 光 慈 『 唯 信 鈔 文 意 講 読 』 ( 永 田 文 昌 堂 、 二 〇 一 一 ) 一 八 頁 ) 。 義 門 ( 一 七 八 六 ~ 一 八 四 三 ) は 『 唯 信 鈔 講 説 』 ( 『 真 全 』 四 五 ) に お い て 、 『 選 択 集 』 と 『 唯 信 鈔 』 の 間 に 「 回 向 」 「 往 生 」 7 「 第 十 七 願 」 「 専 修 ・ 雑 修 」 と い う 四 点 の 相 違 点 を 挙 げ 、 『 唯 信 鈔 』 と 『 唯 信 鈔 文 意 』 の 間 に 「 往 生 」 「 称 名 」 「 雑 修 」 「 来 迎 」 「 安 心 ・ 起 行 」 「 『 観 経 』 三 心 」 「 「 散 善 義 」 の 訓 点 」 「 臨 終 ・ 平 生 の 念 仏 」 「 乃 至 一 念 」 「 結 文 」 と い う 十 点 の 相 違 点 を 挙 げ て い る 。 『 見 聞 集 』 に つ い て は 、 第 四 章 第 一 節 に お い て 詳 述 す る 。 8 『 尊 号 真 像 銘 文 』 と 「 聖 覚 法 印 表 白 文 」 に つ い て は 、 第 三 章 第 一 節 に お い て 詳 述 す る 。 9 そ の 和 讃 と は 、 ま ず 「 聖 覚 法 印 表 白 文 」 の 、 10 無 明 長 夜 之 大 灯 炬 也 、 何 悲 智 眼 闇 。 生 死 大 海 之 船 筏 也 、 豈 煩 業 障 重 。 二 一 二 一 ( 『 浄 真 全 』 二 、 九 七 一 頁 ) と い う 文 を 典 拠 に し て 作 成 さ れ た 、 無 明 長 夜 の 灯 炬 な り 智 眼 く ら し と か な し む な
生 死 大 海 の 船 筏 な り 罪 障 お も し と な げ か ざ れ ( 『 浄 真 全 』 二 、 四 八 六 頁 ) と い う 和 讃 、 同 じ く 「 聖 覚 法 印 表 白 文 」 の 、 倩 思 教 授 恩 徳 、 実 等 弥 陀 悲 願 者 歟 。 粉 骨 可 報 之 、 摧 身 可 謝 之 。 二 一 二 一 レ レ レ レ レ レ ( 『 浄 真 全 』 二 、 九 七 一 頁 ) と い う 文 を 典 拠 に し て 作 成 さ れ た 、 如 来 大 悲 の 恩 徳 は 身 を 粉 に し て も 報 ず べ し 師 主 知 識 の 恩 徳 も ほ ね を く だ き て も 謝 す べ し ( 『 浄 真 全 』 二 、 四 九 八 頁 ) と い う 和 讃 、 さ ら に 『 唯 信 鈔 』 の 、 仏 力 無 窮 な り 、 罪 障 深 重 の み を お も し と せ ず 。 仏 智 無 辺 な り 、 散 乱 放 逸 の も の お も す つ る こ と な し 。 ( 『 浄 真 全 』 二 、 一 〇 九 五 頁 ) と い う 文 を 典 拠 と し て 作 成 さ れ た 、 願 力 無 窮 に ま し ま せ ば 罪 業 深 重 も お も か ら ず
『 浄 真 全 』 四 、 八 五 頁 。 11 『 日 蓮 宗 宗 学 全 書 』 一 三 、 二 一 四 ~ 二 二 〇 頁 。 12 松 野 純 孝 『 増 補 親 鸞 』 ( 東 本 願 寺 出 版 部 、 二 〇 一 〇 ) 二 七 六 頁 。 13 平 雅 行 「 嘉 禄 の 法 難 と 安 居 院 聖 覚 」 ( 平 雅 行 『 日 本 中 世 の 社 会 と 仏 教 』 塙 書 房 、 一 九 九 二 ) 。 な お 、 平 氏 以 前 に 『 金 綱 集 』 14 の 記 事 に 対 し て 言 及 し た 研 究 者 が ま っ た く い な か っ た と い う わ け で は な い ( 松 野 純 孝 『 増 補 親 鸞 』 ( 東 本 願 寺 出 版 部 、 二 〇 一 〇 ) 、 三 田 全 信 『 成 立 史 的 法 然 上 人 諸 伝 の 研 究 』 ( 光 念 寺 出 版 部 、 一 九 六 六 ) 、 細 川 行 信 「 法 然 と 親 鸞 」 ( 『 真 宗 研 究 』 二 二 、 一 九 七 七 ) 等 ) 。 平 氏 の 論 考 の 特 筆 す べ き 意 義 は 、 『 金 綱 集 』 の 史 料 的 価 値 を 強 固 な も の に し た と い う 点 に あ る と い え る 。 小 峯 和 明 『 中 世 法 会 文 芸 論 』 ( 笠 間 書 院 、 二 〇 〇 九 ) 二 二 二 頁 。 15 本 論 文 に お い て 「 聖 覚 像 」 と い う 語 は 、 人 物 像 と 思 想 を 包 含 し た 意 味 で 用 い る 。 16 藤 枝 昌 道 『 聖 覚 法 印 の 研 究 』 ( 顕 真 学 苑 出 版 部 、 一 九 三 二 ) 等 。 17 本 論 文 に お け る 「 専 修 念 仏 教 団 」 と い う 語 は 、 基 本 的 に 「 法 然 を 祖 と 仰 ぐ 集 団 」 と い う 概 念 と し て 用 い る 。 尚 、 第 三 章 第 18 一 節 で は 、 親 鸞 を 祖 と 仰 ぐ 初 期 本 願 寺 教 団 に も 言 及 し て い る が 、 教 団 形 成 期 に 該 当 す る た め 、 広 く 「 専 修 念 仏 教 団 」 の 枠 内 で 仏 智 無 辺 に ま し ま せ ば 散 乱 放 逸 も す て ら れ ず ( 『 浄 真 全 』 二 、 四 八 七 頁 ) と い う 和 讃 で あ る 。
永 井 義 憲 ・ 清 水 宥 聖 『 安 居 院 唱 導 集 』 上 ( 角 川 書 店 、 一 九 七 二 ) 、 小 峯 和 明 『 中 世 法 会 文 芸 論 』 ( 笠 間 書 院 、 二 〇 〇 九 ) 等 。 19 松 本 史 朗 『 法 然 親 鸞 思 想 論 』 ( 大 蔵 出 版 、 二 〇 〇 一 ) 。 20 安 藤 光 慈 「 『 唯 信 鈔 』 と 『 唯 信 鈔 文 意 』 ー 松 本 史 朗 氏 の 論 考 に つ い て ー 」 ( 瓜 生 津 隆 真 先 生 退 職 記 念 論 集 刊 行 会 編 『 仏 教 21 か ら 真 宗 へ 』 永 田 文 昌 堂 、 二 〇 〇 三 ) 、 平 松 令 三 「 聖 覚 の 『 唯 信 鈔 』 と 親 鸞 へ の 毀 誉 褒 貶 ー 平 雅 行 ・ 松 本 史 朗 両 氏 へ の 反 論 ー 」 ( 平 松 令 三 『 親 鸞 の 生 涯 と 思 想 』 吉 川 弘 文 館 、 二 〇 〇 五 ) 。 浅 野 教 信 「 唯 信 鈔 文 意 の 一 考 察 ー 特 に 来 迎 観 に お け る 伝 統 と 己 証 ー 」 ( 大 原 先 生 古 稀 記 念 論 文 集 刊 行 会 編 『 浄 土 教 思 想 研 22 究 』 永 田 文 昌 堂 、 一 九 六 七 ) 。 取 り 扱 っ て い る ( 斎 藤 信 行 「 初 期 本 願 寺 に お け る 「 信 と 教 団 」 」 ( 『 真 宗 研 究 』 五 四 、 二 〇 一 〇 ) 一 三 四 頁 、 坪 井 剛 「 鎌 倉 期 に お け る 専 修 念 仏 教 団 の 形 成 と 展 開 」 ( 『 史 林 』 九 八 ー 一 、 二 〇 一 五 ) 三 六 頁 ) 。
第
一
章
天
台
僧
と
し
て
の
聖
覚
第 一 章 天 台 僧 と し て の 聖 覚 は じ め に 従 来 、 聖 覚 を 研 究 す る 際 に 最 も 重 要 な 資 料 と し て 用 い ら れ て き た の は 、 『 唯 信 鈔 』 で あ る 。 『 唯 信 鈔 』 と は 、 親 鸞 が 『 唯 信 鈔 文 意 』 に 「 鈔 」 の 字 を 註 釈 し て 、 「 「 鈔 」 は す ぐ れ た る こ と を ぬ き い だ し あ つ む る こ と ば な り 」 ( 『 浄 真 全 』 二 、 六 八 三 ~ 六 八 四 頁 ) と 述 べ て い る 通 り 、 聖 覚 が 法 然 の 『 選 択 集 』 の 肝 要 を 抽 出 し た 書 で あ る と い え る 。 そ う し た 書 を 著 す 一 方 で 、 聖 覚 は 天 台 僧 と し て そ の 生 涯 を 全 う し 、 そ れ ば か り か 嘉 禄 の 法 難 の 折 、 専 修 念 仏 弾 圧 に 深 く 関 わ っ た と い う こ と が 指 摘 さ れ て い る の で あ る 。 そ こ で 本 章 に お い て は 、 天 台 僧 と し て の 聖 覚 の 姿 に 焦 点 を 定 め 、 そ の 行 実 に つ い て 整 理 概 観 し て い く こ と と す る 。 ま ず 、 承 元 の 法 難 と 嘉 禄 の 法 難 と い う 専 修 念 仏 教 団 に 対 す る 弾 圧 事 件 の 際 に 、 聖 覚 が ど の よ う な 動 き を 見 せ て い た の か を 確 認 す る 。 そ れ を 踏 ま え 、 『 唯 信 鈔 』 の 著 者 と い う 聖 覚 像 に 対 し て 見 直 し を 迫 っ た 、 平 雅 行 氏 の 論 考 を 手 が か り に 、 そ れ に 対 し て 寄 せ ら れ て き た 真 宗 学 関 係 の 研 究 者 に よ る 反 駁 の 整 理 も 行 う こ と と す る 。 と い う の も 、 平 氏 の 論 考 に 対 す る 反 駁 意 見 は 、 後 に 述 べ る よ う に 現 在 に 至 る ま で そ れ な り の 数 が 寄 せ ら れ て い る の で あ る が 、 こ れ を 整 理 し て い く こ と で 、 特 に 嘉 禄 の 法 難 に お け る 聖 覚 の 立 場 を ど の よ う に 理
解 す べ き か と い う 問 題 に 対 す る 解 答 の 視 座 を 、 見 出 し う る の で は な い か と 思 わ れ る の で あ る 。
第 一 節 天 台 僧 と し て の 聖 覚 の 人 物 像 第 一 項 聖 覚 の 行 実 ま ず 、 聖 覚 の 行 実 に つ い て 確 認 し て お き た い 。 聖 覚 に 関 す る ま と ま っ た 伝 記 は 見 当 た ら な い が 、 種 々 の 法 然 伝 の 一 部 分 と し て 記 録 さ れ た も の が 残 さ れ て い る 。 よ っ て 、 生 誕 年 時 を 明 示 し た も の は な く 、 幼 少 時 の 記 録 も 残 っ て は い な い が 、 藤 原 定 家 ( 一 一 六 二 ~ 一 二 四 一 ) の 『 明 月 記 』 文 暦 二 年 ( 一 二 三 五 ) 二 月 二 十 一 日 条 に 、 濁 世 富 楼 那 遂 為 遷 化 之 期 者 、 実 是 道 之 滅 亡 歟 。 悲 而 有 余 、 今 年 六 十 九 云 々 。 ( 『 明 月 記 』 三 ( 国 書 刊 行 会 、 一 九 一 二 ) 四 四 八 頁 下 ) と あ る こ と か ら 、 そ の 生 誕 は 仁 安 二 年 ( 一 一 六 七 ) で あ る こ と が わ か る 。 聖 覚 の 父 は 安 居 院 流 唱 導 の 祖 で あ る 澄 憲 で あ り 、 『 法 然 上 人 行 状 絵 図 』 に は 、
安 居 院 の 法 印 聖 覚 は 、 入 道 少 納 言 通 憲 の 孫 子 、 法 印 大 僧 都 澄 憲 の 真 弟 な り 。 叡 山 竹 林 房 の 法 印 静 厳 を 師 と す 、 論 説 二 道 を か ね て 、 智 弁 人 に す ぐ れ た り き 。 し か る に 宿 習 の い た り に や あ り け ん 、 ふ か く 上 人 の 化 導 に 帰 し て 、 浄 土 往 生 の 口 決 を う く 。 大 和 前 司 親 盛 入 道 、 御 往 生 の 後 は 疑 を た れ の 人 に か 決 す べ き と 、 上 人 に と ひ た て ま つ り け る に 、 聖 覚 法 印 わ が 心 を し れ り と の 給 へ り 。 ( 『 法 伝 全 』 八 〇 頁 ) と あ る 。 「 真 弟 」 と は 実 子 を 弟 子 に し た 場 合 に 用 い る 言 葉 で あ る 。 も と よ り 聖 覚 の 一 族 は 僧 侶 で あ り な が ら 妻 帯 し て い た こ と が 知 ら れ て い る 。 父 で あ る 澄 憲 の 行 実 に つ い て は 、 九 条 兼 実 ( 一 一 四 九 ~ 一 二 〇 七 ) の 日 記 で あ る 『 玉 葉 』 を は じ め 、 藤 原 定 家 ( 一 一 六 二 ~ 一 二 四 一 ) の 日 記 『 明 月 記 』 、 鎌 倉 期 の 軍 記 物 語 『 源 平 盛 衰 記 』 や 『 平 家 物 語 』 、 説 話 集 『 古 今 著 聞 集 』 、 虎 関 師 錬 ( 一 二 七 八 ~ 一 三 四 六 ) の 仏 教 史 書 『 元 亨 釈 書 』 等 々 の 資 料 が あ る 。 父 は 信 西 の 名 で 知 ら れ る 藤 原 通 憲 ( 一 一 〇 六 ~ 一 一 六 〇 ) で 、 母 は 高 階 重 仲 の 女 で あ る 。 円 1 珍 か ら 檀 那 流 の 法 門 を 受 け 、 比 叡 山 東 塔 竹 林 院 に 住 し た 。 平 治 元 年 ( 一 一 五 九 ) 、 平 治 の 乱 に お い て 下 野 国 に 配 流 と な る が 、 ほ ど な く 許 さ れ て 承 安 四 年 ( 一 一 七 四 ) の 最 勝 講 に お い て 雨 を 祈 り 、 そ の 功 績 に よ っ て 権 大 僧 都 に 任 ぜ ら れ る 。 そ の こ と は 『 興 福 寺 略 年 代 記 』 の 承 安 四 年 ( 一 一 七 四 ) 五 月 二 十 四 日 条 に 、
澄 憲 法 印 祈 雨 之 説 法 。 即 甘 雨 降 。 当 座 任 大 僧 都 。 ( 『 続 群 書 類 従 』 二 九 ( 下 ) 一 五 二 頁 上 ) と あ る 通 り で あ る 。 多 く の 法 会 の 導 師 と な り 、 『 尊 卑 分 脈 』 に は 「 四 海 大 唱 導 一 天 名 人 也 」 ( 『 国 史 大 系 』 五 九 、 四 九 二 頁 ) と 謳 わ れ た 。 建 仁 三 年 ( 一 二 〇 三 ) に 七 十 八 歳 で 没 し た 。 常 に 里 坊 で あ る 安 居 院 に 住 し 、 安 居 院 流 唱 導 の 祖 と な っ た 。2 聖 覚 は 仁 安 二 年 ( 一 一 六 七 ) に 生 ま れ 、 父 と 同 じ く 比 叡 山 竹 林 院 の 静 厳 に 師 事 し 、 ま た 宝 池 房 証 真 の 門 下 で あ っ た こ と も 知 ら れ 、 恵 心 流 と 檀 那 流 を 相 伝 し た 。 そ し て 同 じ く 安 居 院 に 住 し て 唱 導 師 と し て 活 躍 し た 。 平 氏 は 、 私 た ち は こ れ ま で 聖 覚 を 『 唯 信 鈔 』 を 軸 に 理 解 し て き た 。 し か し 、 そ も そ も こ れ が 誤 り の も と で あ る 。 聖 覚 の 関 係 資 料 は 膨 大 に あ り 、 二 三 〇 項 目 以 上 の 事 跡 が 判 明 す る が 、 彼 は 一 貫 し て 延 暦 寺 の 僧 侶 と い う 立 場 を 貫 い て い た 。 3 と 述 べ 、 聖 覚 は あ く ま で 天 台 僧 で あ っ た と い う こ と を 強 調 し て い る 。 平 氏 が 述 べ る よ う に 、 聖 覚 の 行 実 に つ
い て は 、 『 玉 葉 』 『 明 月 記 』 『 三 長 記 』 『 百 練 抄 』 『 民 経 記 』 『 華 頂 要 略 』 『 門 葉 記 』 『 天 台 座 主 記 』 『 明 義 進 行 集 』 『 法 然 上 人 行 状 絵 図 』 等 、 多 数 の 史 料 か ら 確 認 す る こ と が で き る 。 そ こ で 、 天 台 僧 と し て の 聖 覚 像 を 確 認 し て い く 。 ま ず 、 『 探 題 次 第 』 を 見 て み る と 、 聖 覚 法 印 竹 林 房 明 禅 之 義 也 俊 範 大 僧 都 南 勝 房 建 暦 二 年 五 月 任 聖 覚 還 補 円 能 還 補 貞 雲 大 僧 都 円 頓 房 建 暦 二 年 五 月 任 顕 瑜 少 僧 都 承 久 二 年 円 能 死 闕 処 也 公 性 少 僧 都 同 年 恵 光 房 貞 雲 辞 退 之 処 宗 厳 少 僧 都 竹 中 房 朝 晴 少 僧 都 石 泉 延 真 常 寂 房 常 陸 ヽ ヽ 貞 応 二 年 七 月
隆 承 竹 林 房 、 大 納 言 僧 都 竹 林 房 辞 退 之 処 、 安 貞 二 年 最 範 坐 禅 房 、 大 納 言 僧 都 延 真 死 闕 之 処 、 安 貞 三 年 浄 遍 少 僧 都 、 花 光 房 寛 喜 三 年 ( 『 続 群 書 類 従 』 四 ( 上 ) 、 四 五 一 頁 ) と あ り 、 聖 覚 が 「 探 題 」 で あ っ た こ と が 確 認 で き る 。 探 題 と は 、 竪 義 の 時 の 出 題 者 で あ り 、 解 答 の 判 定 者 の こ と で あ る 。 竪 義 と は 学 匠 と な る た め の 口 頭 試 問 の こ と を い う 。 延 暦 寺 に お い て は 両 法 華 会 ( 六 月 会 ・ 霜 月 会 ) で の 広 学 竪 義 、 南 都 で は 維 摩 会 の 研 学 竪 義 が あ る 。 そ こ で は 十 問 の 出 題 が あ り 、 一 問 ご と に 問 者 が 質 問 し 、 堅 者 の 応 答 を 探 題 が 評 価 し な が ら 合 否 を 判 定 し た の で あ る 。 以 上 の よ う に 、 探 題 は 学 匠 の 指 導 者 と し て 4 理 解 さ れ て い た と い う こ と で あ る 。 次 に 、 聖 覚 が 当 時 の 仏 教 界 に お い て ど の 程 度 の 位 置 を 占 め て い た の か を 確 認 し て い く 。 寿 永 二 年 ( 一 一 八 三 ) か ら 建 長 二 年 ( 一 二 五 〇 ) ま で の 六 十 六 年 分 の 法 勝 寺 八 講 証 義 の 中 、 延 暦 寺 の 僧 侶 と 、 同 時 期 の 最 勝 講 四 十 七 年 分 の 最 勝 講 証 義 の 中 、 延 暦 寺 の 僧 侶 を 抜 き 出 せ ば 、 次 の 表 の 通 り に な る 。
表 ( 一 ) 5 法 勝 寺 八 講 証 義 ( 延 暦 寺 関 係 ) 澄 憲 一 一 八 三 、 一 一 八 五 、 一 一 八 六 、 一 一 九 一 、 一 一 九 三 静 厳 一 二 〇 三 聖 覚 一 二 一 八 、 一 二 二 四 、 一 二 二 六 、 一 二 二 八 明 禅 一 二 一 八 円 能 一 二 一 九 貞 雲 一 二 三 七 、 一 二 三 九 宗 源 一 二 三 八 、 一 二 四 二 俊 範 一 二 四 〇 公 豪 一 二 四 九
表 ( 二 ) 6 最 勝 講 証 義 ( 延 暦 寺 関 係 ) 澄 憲 一 一 八 六 、 一 一 八 八 、 一 一 九 四 顕 真 一 一 九 〇 、 一 一 九 二 静 厳 一 二 〇 四 良 快 一 二 一 八 、 一 二 一 九 、 一 二 三 〇 、 一 二 三 二 聖 覚 一 二 二 〇 、 一 二 二 六 、 一 二 二 九 宗 源 ? ( 年 次 欠 落 ) 、 一 二 四 九 証 義 と は 、 論 義 の 際 に 、 質 問 者 と 解 答 者 の 所 説 を 非 難 し 、 可 否 を 判 定 す る 役 職 で あ る 。 法 勝 寺 八 講 の 延 暦 寺 僧 の 証 義 出 仕 は 一 八 回 、 出 仕 者 は 九 名 で あ り 、 最 勝 講 の 延 暦 寺 僧 の 証 義 出 仕 は 一 四 回 、 出 仕 者 は 六 名 で あ る 。 そ の 中 で 聖 覚 は 、 両 講 合 わ せ て 七 回 出 仕 し て い る 。 以 上 の こ と か ら 、 聖 覚 が 学 僧 と し 7
て 極 め て 高 く 評 価 さ れ て い た と い う こ と が 分 か る 。 た だ し 、 『 華 頂 要 略 』 三 四 に は 、 奉 仕 慈 鎮 和 尚 聖 覚 法 印 澄 憲 法 印 真 弟 竹 林 院 静 厳 法 印 弟 子 両 界 堂 源 空 上 人 弟 子 探 題 元 仁 元 年 月 日 補 青 蓮 院 殿 執 事 文 暦 二 年 三 月 五 日 寂 葬 安 居 院 ( 『 天 台 宗 全 書 』 一 、 二 八 四 頁 ) と 、 聖 覚 を 「 源 空 上 人 弟 子 」 と し て お り 、 天 台 宗 側 の 記 録 に も 法 然 の 弟 子 で あ る と さ れ て い る た め 、 天 台 宗 側 に お い て も 、 聖 覚 と 法 然 の 関 係 に つ い て は 十 分 に 把 握 し て い た と 考 え ら れ る 。 こ の よ う に 、 聖 覚 が 法 然 8 に 親 近 す る こ と に な っ た 経 緯 を 考 え る 際 、 祖 父 で あ る 信 西 に 連 な る 一 族 に 注 目 し た い 。 中 で も 、 聖 覚 の 伯 父
に 相 当 す る 遊 蓮 房 円 照 ( 一 一 三 九 ~ 一 一 七 七 ) の 存 在 が 、 重 要 な 役 割 を 果 た し て い る と 指 摘 さ れ て い る 。 信 9 西 と そ の 一 族 に つ い て は 、 『 愚 管 抄 』 巻 第 五 に 、 コ ノ 信 西 ハ マ タ 我 子 ド モ 俊 憲 大 辯 宰 相 ・ 貞 憲 近 衛 司 ナ ド ニ ナ シ テ ア リ ケ リ 。 俊 憲 等 才 智 文 章 ナ ド 誠 ニ 人 ニ 勝 レ テ 、 延 久 例 ニ 記 録 所 オ コ シ 立 テ ユ ヽ シ カ リ ケ リ 。 大 方 信 西 ガ 子 ド モ ヽ 、 數 シ ラ ズ オ ホ カ ル ニ モ 、 ミ ナ ホ ド 〳 〵 ニ ヨ キ 者 ニ テ 有 ケ ル 程 ニ ( 『 愚 管 抄 』 日 本 古 典 文 学 大 系 八 六 ( 岩 波 書 店 、 一 九 六 七 ) 二 二 六 頁 ) と あ り 、 傑 出 し た 人 材 を 多 く 輩 出 し た こ と で 知 ら れ て い る 。 『 尊 卑 分 脈 』 に よ れ ば 、 そ の 子 は 男 子 十 五 人 ( 俊 憲 、 貞 憲 、 是 憲 、 成 範 、 脩 範 、 静 賢 、 澄 憲 、 光 憲 、 寛 敏 、 憲 曜 、 覚 憲 、 明 遍 、 勝 賢 、 行 憲 、 憲 慶 ) 、 女 子 五 人 と さ れ て い る 。 男 子 の 中 、 是 憲 、 静 賢 、 澄 憲 、 寛 敏 、 憲 曜 、 覚 憲 、 明 遍 、 勝 賢 、 行 憲 、 憲 慶 の 十 名 が そ れ ぞ 10 れ 出 家 し 、 延 暦 寺 、 園 城 寺 、 仁 和 寺 、 興 福 寺 、 東 大 寺 等 の 諸 寺 に 所 属 し 、 名 声 を 得 た 。11 さ て 、 『 愚 管 抄 』 巻 第 五 に 、 信 西 ガ 子 ニ 是 憲 ト テ 信 乃 入 道 ト テ 、 西 山 吉 峰 ノ 往 生 院 ニ テ 最 後 十 念 成 就 シ テ 決 定 往 生 シ タ リ ト 世 ニ 云 聖
ア リ シ ガ ( 『 愚 管 抄 』 日 本 古 典 文 学 大 系 八 六 ( 岩 波 書 店 、 一 九 六 七 ) 二 二 七 頁 ) と あ り 、 『 尊 卑 分 脈 』 の 是 憲 の 項 に 、 「 円 照 」 や 「 号 遊 蓮 上 人 」 と あ る こ と か ら 、 是 憲 が 出 家 し て 遊 蓮 房 円 照 と 号 し た こ と が 分 か る 。 円 照 に つ い て は 『 明 義 進 行 集 』 に 、 12 少 納 言 入 道 ノ 一 族 コ ソ リ テ 遊 蓮 房 ヲ タ フ ト ム 事 、 仏 ノ 如 シ 。 ウ ヤ マ ウ コ ト キ ミ ニ 同 シ 。 コ レ ス ナ ハ チ 道 心 堅 固 ニ 勇 猛 精 進 ニ シ テ チ リ ハ カ リ モ 俗 ニ 混 セ サ ル ユ ヘ ナ リ 。 ( 『 明 義 進 行 集 影 印 ・ 翻 刻 』 一 一 九 頁 ) と 述 べ ら れ 、 『 法 然 上 人 行 状 絵 図 』 巻 四 四 に も 、 遊 蓮 房 円 照 は 、 入 道 少 納 言 通 憲 の 子 、 信 濃 守 是 憲 こ れ な り 。 生 年 廿 一 歳 に し て 発 心 出 家 す 。 は じ め は 法 華 経 を そ ら に お ぼ え て 読 誦 し け る か 。 の ち に は 上 人 の 弟 子 と な り て 一 向 に 念 仏 す 。 道 心 堅 固 に 厭 離 の 心 ふ か き 行 者 に て 。 い つ と な く う ち な み た ぐ み て 。 も の お も ひ す が た に て そ 見 え け る 。
( 『 法 伝 全 』 二 八 三 頁 ) と あ る 通 り 、 一 族 の 中 に お い て も 特 に 敬 虔 な 念 仏 行 者 と し て 尊 崇 さ れ て い た と 考 え ら れ る 。 そ の 臨 終 に つ い て は 、 『 明 義 進 行 集 』 に 、 経 一 巻 モ 書 籍 一 巻 モ ミ ニ 持 セ サ リ シ 人 ナ リ 、 法 花 経 ハ 初 心 ノ 時 オ ホ ヘ ラ レ タ リ キ 、 後 ニ ハ 一 向 念 仏 ハ カ リ ナ リ 、 臨 終 ニ 九 念 シ テ イ マ 一 念 ト 法 然 上 人 ニ ス ヽ メ ラ レ 申 シ テ 高 声 ニ 一 念 シ テ ヤ カ イ キ タ ヘ ヌ 、 廿 一 ニ シ テ 出 家 卅 九 ニ シ テ 往 生 、 ハ シ メ ニ ハ 西 山 ニ ヒ ロ タ ニ ト イ ウ ト コ ロ 止 住 、 後 ニ ハ ヨ シ ミ ネ ニ シ テ 終 焉 ( 『 明 義 進 行 集 影 印 ・ 翻 刻 』 一 一 七 頁 ) と 述 べ て あ り 、 『 法 然 上 人 行 状 絵 図 』 巻 四 四 に も 、 西 山 の 善 峰 に し て を は り を と る 。 名 号 を と な ふ る こ と 九 遍 。 上 人 す す め て い ま 一 遍 と お ほ せ ら れ け れ は 。 高 声 念 仏 一 遍 し て 。 や が て い き た え に け り 。 ( 『 法 伝 全 』 二 八 三 ~ 二 八 四 頁 )
と あ り 、 法 然 を 臨 終 の 善 知 識 と し て い る の で あ る 。 尚 、 法 然 と の 関 係 は 、 師 弟 関 係 と い う よ り も 同 法 の 法 友 と い う 認 識 で あ っ た よ う で あ る 。 さ ら に 法 然 は 、 13 上 人 つ ね に は 、 浄 土 の 法 門 と 、 遊 蓮 房 と に あ へ る こ そ 、 人 界 の 生 を う け た る 、 思 出 に て は 侍 れ と ぞ お ほ せ ら れ け る 。 厭 離 穢 土 の 心 も ふ か く 、 欣 求 浄 土 の 行 も 、 ま こ と あ り け る 故 に や と 、 あ り が た く た う と く ぞ お ぼ え 侍 る 。 ( 『 法 伝 全 』 二 八 四 頁 ) と 、 浄 土 の 法 門 と 、 遊 蓮 房 と に あ え る こ と こ そ 、 こ の 世 に 生 を う け た 思 い 出 で あ る と ま で 評 価 し て お り 、 法 然 の 比 叡 山 下 山 の 理 由 に は 、 こ の 円 照 と の 出 会 い が 契 機 と な っ た と も い わ れ て い る 。 ま た 、 円 照 は 最 期 に 安 14 居 院 に 宛 て て 書 状 を 送 っ て お り 、 最 後 ニ 所 労 ノ 時 安 居 院 ノ 法 印 ( 澄 憲 ※ 引 用 者 註 ) ノ モ ト ヘ 消 息 ヲ ツ カ ハ シ タ リ ケ リ 。 ソ ノ 状 ニ イ ハ ク 、 後 世 ノ ツ ト メ ニ ハ ナ ニ コ ト ヲ カ セ ム ス ル ト 人 申 シ 候 ハ 、 一 向 ニ 念 仏 ヲ マ ウ セ ト 御 勧 進 ア ル ヘ ク 候 。 智 者 ニ テ オ ハ シ マ セ ハ 世 間 ノ 人 定 メ テ 尋 申 候 ハ ム ス ラ ム ト テ 申 候 也 。
( 『 明 義 進 行 集 影 印 ・ 翻 刻 』 一 一 六 頁 ) と あ る よ う に 、 円 照 は 称 名 念 仏 を 推 奨 し て い る 。 以 上 の こ と か ら 、 伊 藤 真 徹 氏 は 、 円 照 を 媒 介 と し て 、 信 西 一 族 と 法 然 の 交 流 が 成 り 、 聖 覚 が 法 然 へ と 親 近 す る き っ か け と な っ た の で あ ろ う と 述 べ て い る 。15 第 二 項 在 叡 時 代 の 親 鸞 と 聖 覚 さ て 、 こ れ ま で 特 に 天 台 宗 に 属 す る 立 場 を 中 心 に し て 聖 覚 像 を 確 認 し て き た 。 平 氏 の 指 摘 の 通 り 、 こ れ ら の 天 台 側 の 記 録 に は 『 唯 信 鈔 』 と い う 書 名 は 見 当 た ら ず 、 親 鸞 が 敬 慕 し た 人 物 と い う 人 物 像 を 、 即 座 に 見 出 す こ と は 困 難 で あ る よ う に 思 え る 。 そ れ で は 、 親 鸞 と 聖 覚 の 間 に は 、 『 唯 信 鈔 』 を 介 在 さ せ な い 限 り 、 直 接 的 な 交 渉 を 見 出 す こ と が 出 来 な い の で あ ろ う か 。 こ こ で は 、 そ の 点 に つ い て 確 認 し て い く 。 親 鸞 と 聖 覚 を 結 び つ け う る 人 物 が 、 親 鸞 の 伯 父 で あ る 日 野 範 綱 ( 生 没 年 未 詳 ) で あ る 。 範 綱 は 、 『 御 伝 鈔 』 上 に 、 「 後 白 河 上 皇 の 近 臣 也 上 人 の 養 父 」 ( 『 真 聖 全 』 四 、 七 六 頁 ) と あ る 通 り 、 後 白 河 法 皇 に 仕 え て い た 。
そ し て 、 『 明 月 記 』 建 久 三 年 ( 一 一 九 二 ) 三 月 十 六 日 条 ( 後 白 河 上 皇 葬 送 ) に 、 御 前 僧 十 三 口 、 加 護 摩 庭 定 也 、 勝 賢 、 、 澄 憲 、 良 縁 、 雅 縁 、 実 全 、 弁 暁 、 公 胤 、 禅 聖 、 、 行 舜 、 寛 護 摩 護 摩 舜 、 仙 雲 、 祐 範 、 聖 覚 ( 中 略 ) 人 々 云 、 雅 賢 卿 、 経 業 朝 臣 、 為 保 、 光 遠 、 範 綱 等 出 家 ( 『 明 月 記 』 一 ( 国 書 刊 行 会 、 一 九 一 一 ) 、 一 九 頁 上 ) と あ り 、 後 白 河 法 皇 の 葬 送 に お い て 、 範 綱 が 聖 覚 や そ の 父 澄 憲 と 交 渉 が あ っ た こ と が 確 認 で き る 。 ま た 、 『 心 記 』 建 久 九 年 ( 一 一 九 八 ) 四 月 二 十 一 日 条 ( 範 綱 仏 事 ) に 、 範 綱 入 道 仏 事 、 三 尺 阿 弥 陀 三 尊 、 金 泥 一 部 、 素 紙 十 一 部 、 導 師 聖 覚 ( 『 大 日 本 史 料 』 四 ー 四 、 七 二 頁 ) と あ り 、 聖 覚 は 親 鸞 の 伯 父 で あ る 範 綱 の 仏 事 で 導 師 を 勤 め て い た こ と が 知 ら れ る の で あ る 。 建 久 三 年 ( 一 一 九 二 ) は 、 親 鸞 在 叡 時 代 の た だ 中 で あ る た め 、 や は り 聖 覚 と の 直 接 の 面 会 が あ っ た か 否 か は 不 明 で あ る 。 し か し 松 野 純 孝 氏 は 、 少 な く と も 聖 覚 と 日 野 家 の 間 に は 交 渉 が あ り 、 宗 祖 が 聖 覚 と 接 触 す る 機 会 が あ っ た と 考
え ら れ る と 述 べ て い る 。16 続 い て 、 真 宗 内 部 の 資 料 と な る が 、 『 親 鸞 聖 人 正 統 伝 』 お よ び 『 親 鸞 聖 人 正 明 伝 』 に 、 親 鸞 を 吉 水 へ 導 い た の は 聖 覚 で あ る と す る 記 事 が 確 認 さ れ る 。 す な わ ち 、 『 親 鸞 聖 人 正 明 伝 』 二 十 九 歳 条 に は 、 大 誓 願 ヲ 発 シ 、 京 都 六 角 精 舎 如 意 輪 観 音 ニ 一 百 日 ノ 参 籠 ア リ 。 サ シ モ ケ ハ シ キ 赤 山 越 ヲ 毎 日 ユ キ カ ヘ リ 、 イ カ ナ ル 風 雨 ニ モ 怠 ナ ク 、 雪 霜 ヲ モ イ ト ハ セ タ マ ハ ズ 、 誠 ニ ア リ ガ タ キ 御 懇 情 ナ リ 。 是 精 誠 シ ル シ ア リ テ 、 計 ラ ザ ル ニ 安 居 院 聖 覚 法 印 二 逢 ヒ テ 、 源 空 上 人 ノ 高 徳 ヲ 聞 キ 、 ワ タ リ ニ 船 ヲ 得 タ ル コ ヽ ロ ニ シ テ 、 遂 二 吉 水 禅 坊 二 尋 子 参 リ タ マ ヒ ケ リ 。 是 モ ハ ラ 六 角 堂 ノ 観 世 音 ノ 利 生 方 便 ノ イ タ ス ト コ ロ ナ リ 。 ( 『 真 全 』 六 七 、 二 九 九 頁 ) と あ る 。 こ の 内 容 を さ ら に 詳 し く 述 べ た の が 『 親 鸞 聖 人 正 統 伝 』 で あ る 。 同 じ く 二 十 九 歳 条 に 、 三 月 中 旬 、 四 条 橋 ニ テ 、 計 ラ ザ ル ニ 安 居 院 聖 覚 法 印 ニ 行 キ 逢 ヒ タ マ フ 。 法 印 詞 ヲ カ ケ テ 云 ク 、 常 ナ ラ ヌ 有 様 ニ 見 エ 待 ベ リ 、 何 処 ヘ カ 行 セ タ マ フ ト 。 範 宴 モ ト ヨ リ 教 示 ノ 親 ミ ア レ バ 心 底 ヲ 不 残 カ タ リ 給 フ 。 法 レ 印 ソ レ コ ソ 、 期 サ ン メ レ 、 今 東 山 吉 水 ニ 、 法 然 房 源 空 聖 マ シ マ ス 、 実 ニ 一 天 ノ 明 匠 、 四 海 ノ 導 師 也 、 早
ク 、 彼 ノ 許 ニ 詣 デ 、 要 津 ヲ 問 タ マ ヘ 。 我 モ 此 頃 、 ソ ノ 教 化 ヲ 受 ケ 、 今 日 モ 参 ル 也 ト 申 サ ル 。 ( 『 真 全 』 六 七 、 三 四 六 頁 ) と あ っ て 、 親 鸞 と 聖 覚 の 親 密 さ を 伝 え る も の で あ る 。 た だ し 、 こ の 二 書 の 内 容 を そ の ま ま 歴 史 的 事 実 と し て 理 解 す る こ と は で き な い 。 ま ず 、 『 親 鸞 聖 人 正 統 伝 』 は 江 戸 期 の 高 田 派 学 僧 で あ る 五 天 良 空 ( 一 六 六 九 ~ 一 七 三 三 ) の 著 述 で あ る 。 専 修 寺 宝 庫 に 伝 来 し た と す る 史 料 を 用 い て 編 纂 さ れ た も の で 、 親 鸞 の 年 齢 に よ っ て 編 年 体 に 整 理 し て 記 述 し て い る 。 刊 行 以 後 、 広 く 世 間 に 流 布 し た が 、 そ の 正 式 な 書 名 が 『 高 田 開 山 親 鸞 聖 人 正 統 伝 』 で あ る と こ ろ か ら 、 高 田 派 が 親 鸞 の 教 え の 正 統 を 継 承 し て い る 、 と い う こ と を 明 ら か に し よ う と い う 意 図 を 看 取 す る こ と が で き る 。 そ れ 故 に 、 本 願 寺 派 の 学 僧 で あ る 玄 智 ( 一 七 三 四 ~ 一 七 九 四 ) が 反 駁 書 で あ る 『 非 正 統 伝 』 を 著 し て い る 。 次 に 『 親 鸞 聖 人 正 明 伝 』 で あ る が 、 こ の 書 に も 問 題 が あ る 。 本 書 は 享 保 一 八 年 ( 一 七 三 三 ) に 良 空 に よ っ て 開 版 さ れ た も の で あ る 。 良 空 は そ の 刊 記 に お い て 、 こ の 書 の 著 者 は 存 覚 ( 一 二 九 〇 ~ 一 三 七 三 ) で あ る と し 、 存 覚 か ら 下 野 国 高 田 専 修 寺 の 宝 庫 に 寄 贈 さ れ 、 三 百 余 年 間 、 そ れ を 見 る 者 が な か っ た の で 刊 行 し た 、 と い う の で あ る 。 こ れ が 真 実 で あ れ ば 本 書 の 史 料 的 価 値 は 高 い も の と 考 え ら れ る の で あ る が 、 玄 智 は 『 非 正 統 伝 』 に お い て 、 存 覚 に 仮 託 し た も の で あ る と 弾 劾 し て い る 。 こ の 玄 智 の 説 が 定 説 と な っ て お り 、 現 在 『 親 鸞 聖 人 正 明 伝 』 を 存 覚 の 作 と 考 え て い る 研 究 者 は 皆 無 で あ る 。 尚 、 平 松 令 三 氏 に