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『宗教研究』季刊第1年第1輯(*99号)

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(1)

――目次――

1,

小乗仏教の実践的意義,宇井伯寿,Hakuzyu UI,pp.1-29.

2,

豊玉姫神話の一考察,松村武雄,Takeo MATSUMURA,pp.30-47.

3,

実相論における唯心論的解釈,智円,仁岳の観境論について,石津照璽,Teruji ISHIDSU,pp.48-68.

4,

共観福音書と様式史的方法,原始基督教の現代的理解の一齣,三枝義夫,Yoshio SAEGUSA,pp.69-100.

5,

教育目的としての儒仏一致論,高橋俊乗,Toshinori TAKAHASHI,pp.101-112.

6,

仏教思想を現代哲学へ導入することに対する論難の批判,仏教的哲学の意義素描,山口等澍,Tōzyu

YAMAGUCHI,pp.113-128.

7,

現代蒙古青年の宗教意識,赤松智城,Chizyō AKAMATSU,pp.129-137.

8,

金倉円照博士著『印度古代精神史』,山本快龍,Kairyū YAMAMOTO,pp.138-150.

9,

神学における『神と人間』の問題,桑田秀延,Hidenobu KUWATA,pp.151-165.

10,

レヴィ・ブリュール氏の思出,宇野円空,Enkū UNO,pp.166-168.

Posted in 1939

(昭和14)年

(2)

筍くも多少悌教について知る人は、殆ど皆、大乗と小乗との名稀に慣れて居るが、然し、其中の小乗彿教とは

賓際上何を指すかといふ問題になると、専門家すら、之を確定することは困難であらう。元来小乗といふ命名は

日ら奉ずる所を大乗と誇辞する人々の側から↓挺し窒息味を含めて、起したものであつて、何れの時代、何れの

場所にも、自ら奉ずる所を小乗と自稀したものはないから、初めから既に漠然たる命名であつたのであらう。然

し、恐らく賽開法又は寡聞粟の名の方が、小乗の名よ力も忘古いであらうと考へられるが、之に対して望屈

法が大乗又は諸悌法である。然らば、客間乗の内容は何であるかといへぼ、十二因縁、四諦八塑造、三十七遺品、

其他種々なる繹定、智慧の分類語明等であるといはれ得ることになつて居るが、然し一般的にいへぼ、これ等が

直に馨聞莱の特質をなす詮と看徹さるべきではなくして、所謂大乗と錐、これ等の法数名日は其まま之を用払て

居る。唯大乗としては、馨聞乗の用ひない﹂切宙衰とか、諸法賓相とかが、初期時代に於て、特有のものとせら

● \ ll、 小乗係数の箕蹟的意義

小乗偶数の算段的意義

字 井 伯 毒

も、・.

(3)

ノ l 、\ ■ l 二 小乗沸教の衰應的意義 れて居るに過ぎないであらう。然むぼ、大鰹からいへば、十二田緑等の法数名目などは、いはば、適沸教の教材 とも解すべきもので、少なくとも、草間束に特有なものではない。而も、これ等の所謂教材は、ナ切皆茎や諸法 賓紆などよ力も古く認められて居たものであるから、或鮎から見れぽ、これ等の教材に基いて、後に整聞凍即ち 小乗沸教と菩薩諸彿泡即ち大乗彿敦とが蟄達したともいへるであらう。故に又、これ等の教材に封する取扱払の 態度の相違から小乗と大乗とになるに至ったともいへるであらう。取扱払の態度の相違といふのは、所謂彿教な るものを、新興として受取って故ふ精神と輿へる側に立って活用する精神との相違に辟著するであらう。此精神 の相違は、恐らく、大鰐は、経蔵の精神と冷蔵の精神とであるといへよう。経は凡て詮者が、鵡老の素養等種々 なる事情を稽へて、適切なる方法により、最庵効果的に誘導啓蟄する教育のl記録であ少、かかる脛が多数あるか ら、之む銀輪して脛裁といひ、論は、聴者の側に立って、これ等の麿止宿する種々なる詮教の項目即ち法数名日 を解詮し蒐集し分類して、理解と賓修とに便宜な組織を立てるものであつて、これも多数存するから、規格して 冷蔵と解する。茸際としては、脛戒の中にも既に冷蔵的の部分が存するが、それは全く聴音の立場で扱うた結果 るが、紛裁の製作は上庭部系統の特色をなすといへるであら、ぅ。鹿今俸讐て居る書から言うても、又俸詮とし 、、 すことになる。 今いふ一般的の特質の例外となるものではない。この舐者を贅聞と名づくるから、馨閲乗は差雷り冷蔵の詮を指 に外ならぬし、論戒の中にも諭戒的でない部分も見出されるが、それも鵡者の立場を離れたものではないから、 沸教は阿育王治下甘上軽部と大衆部との二流に分裂し、更に両派内にそれぞれ枝末分裂が起ったとせられて居 ゝパ V タ・′タL ・Jl ′ ・ \ \ ヽ 苓

(4)

㌧ト ′ rノ ∴y ・・ \ト

書㍍∴り∴ .へ

・. ・轟音攣 1 ご ■l 1 \t j .︼ \ J− 1 ▼ \ タ 糟′ \ ヽ

て知られて居る説から考へても、論或は凡て上座部系溌のもので、大衆部系統に膵係するものは殆ど知られて居

ない。檻って、審問乗又は小乗と指名されるものは、之を上座部系統に於て求むる外はないことになるっ蓋し.

上座敵は併滅後彿敦なるものを推潜し俸承する責任の地位に在った代々の諸上座の系統に成ったものであつて、

彿教を新興のものとして受取旦且つ受渡すことに努力したから、必然的に、其受取った併敦を整頓し解繹し組

織することになつたのである。之に封していへぼ、大衆部は白由進歩的に彿敦を活用して、教育と蟄展とに努力

し、必ずしも論蔵製作には向はなかったと見える。勿論両系統は相互に影響し合うて居るから、思想上では、時

には劃然直別の立てられないこともあるが、然し大鰐の傾向上此の如き観察が容れられ得るであらう。

進むで上座部系統を観るに、論戒の最もよく俸はって居るのは説一切有部で、朗鮎では他の何れの部波も之に

比肩し得るものはない。茸際としては、詮一切有部に於て諭戒製作が最も盛であつて、他の部派では、かほどに

は努力せられなかったのであらうが、然し、現今までも俸はって居る射で、此部のみが完備した論蔵む有すとい

へるのである。故に、此難から見ても、詮一切有部が客間乗又は小乗と指名されるものであるといへよう。之を

茸際に徹するに、印度にあつても、小乗其もの又は小乗の代表者と見られるのは詮﹁切有部であ少、支部並びに

日本としても亦此部を以て小乗其も阻又は其代表者となして居るので参る。印度としては、大乗傲教取起る時、

封者として考へるものは、冷蔵の最もよく整うた説一切有部を奉げて、其能迷の情を却け所迷の教を容れること

に放らざるを得なかったが、 ら卸て居るのである。然し、 l掛蕎敦の棄戌的意義 J・ \ ナ1 .へ8ど 此風潮が後世まで塘緯した為に、詠一切有部が小康其もの又は其代表者上して奉げ 詮﹁切有部の内に於ては、長い時代の問に、、種々なる欒蓮を経て、亀に略飯食給tの

ぎ∴・∴い二∴㌧ ▼.∴、も.

(5)

小乗併敦の箕践的意義

如き俸説上必ずしも偉溌誅に忠資でないとせられるものまでが遣られ、而も聴明論と賞讃せられで、大小乗の畢

徒に研究講述せられるに至った。之に封して、支部に於ては、元来が印度彿教の移植で始まつたから、大に事情

を異にL、本土に於ける蟄達の順序のままに俸はることがなく、叉詮一切有部以外の部のものも俸はったから、 古く屁曇宗と解せられたものは、詮−切有部の正系としての迦演禰羅系統よりも、むしろ異系とでも稀すべき健

駄羅系統のものが主で、それに他部のものの加はつたものであつて、この尾登宗小乗と指名せられるものであ

った。然るに後に倶舎論が俸竺て、倶舎筈稀せられて、盛に研究せられるに至ると菟の屈曇宗は之に代られ

て倶舎宗小乗となる理である。而も其問に、最初は相雷の期間大衆論と看傲されて居た成安静に依る成軍示が

遂に又小森とせられ荒ら、小乗としては有を説く倶含筈穴冨説く成軍示とを指すことにな?莞我国として

は、昏等宗は全く俸はることがなく、そして奈良朝時代に既に倶舎蒜漁相宗の寓宗、成賓宗は三翰宗の寓宗た

るの地位を占むとせられたから、爾来猶立の宗派として立つことなく唯草間的に考究せられたのみであつた。而

も三論宗は後竺宗としても勢力を失うて殆ど消失するに至ったが為に、成軍示も亦其運命を共にし、畢間的に

も全く研究せられることもない状態となつ寛之に反しで、法相宗倶舎ボの教義は草間研究の方面では、筍くも

悌教を学ぶ入門として、蒼悌敦表孟解する基礎として、各宗の聾者によつて力が注がれ窓ら、所謂性相

畢として流行し、其故に、悌歌登着たる為には、性相畢の蒜に通暁せすぼ、英資格なしとまで考へられるに至

った。経って、小乗としては倶舎論が其代表者である如くに看傲されるのである?茸際の例から見ても、例へぼ

天台宗の戒通別図の四教に於て、三蔵教は古くは層票を指したに相違ないが、後には倶舎論の詮を用ひて詮㌫

(6)

て居る経である。故に支部に於ても、また我困に於ても、慣例上、小乗彿教は倶舎論の説を以て代表せしめて居

る、のである。セイロンなどの悌教は明治時代以後ならばともかくとして、明治時代以前には全く問題の申に入ら

ない。

倶舎諭はいふまでもなく、世親の著述である。世親は健駄羅系統の詮﹂初有部で出家し、後産部をも畢び、よ

ヵて有部の詮に封して取捨む懐ふに至ったが、俸詮にょれぼ詐って迦演摘確固に入って大蛇婆沙論を聴き、四年

にして之に通じ、数々経部の詮にょつて有部の詮む難じた。然し、悟入の息骨によつて、故郷健駄羅に辟わ、蘭

亀 釆毎日婆沙諭の要領を講じ、二月講じ詰ると其要鮎を一項に纏め、かくして六百頒を待、之を迦演滴羅に造った。

之を見た其地の詮一切有部の人々は吾宗がかくて蟄揚せられるとなして喜び迎へた、にも拘らず、悟入は之を然

らすとなして、世親自身の繹を請はしめ、其八千頭の長行繹を待て之を見れぼ、悟入のいふ如く、有部の偏執む

覚破して法の正理を顧揚するにあつたことが明かになつたといふ。果して世親が迦演禰羅困に潜入したかどうか

確茸でなく、叉一日の講空頒になしたといふのむ専賓竺致しないこと、倶舎給の額を見れぼ判るし、繹を見

て初めて偏執の覚被せられて居るのが判ったといふのも其ままには信ぜられない如くである。恐らく世親は健駄

羅に在って有部軽部の詮に通達し、自ら待たる所を頒と繹とに菅はしたものであらう。固より有部の俸流説を其

優に述べたものでなくして、批評的の眼で論述したのであるから、Lたとひ文面上に明瞭には褒庶取捨が現はれて

居なくとも、古来、理長璽示によつて正法む顧揚する主旨であるといはれる如く、決して盲従的ではなかったの

小乗係数の賓腐的意義 .︼▼

(7)

ー ヽ \、− − し 六 小乗係数の賛成的意義 である。理の長するを宗と焉すといふのは、現今の語でいへぼ、批評的態度で論述したといふことであつて、有 1 ヽ 部の俸統語でも、之を脛部の詮と比して、姪部の詮に理の長する研があらぼ、之を用ひたとせられるのである。 然らば、倶舎翰研究の努むべき所は、著者世親の眞の趣意がどこにあるかの射でなけれぼならない理であるァ世 親は既に有部の俸統語む其まま恩賞に論述する意囲でなかったのであり、それが為に衆賢の偵合名静、即ち恨正 理論の製作を喚起した程であるから、倶合論を以て有部の詮を知る焉の論となすのは、これ全く著者世親の趣意 に副はないことであるといはねぼならぬ。蓋し、倶合論と倶舎電論との閲係の事茸の如きは、古来殆ど全く例の 無いことであるから、倶舎論の製作が有部に封し、少なくとも迦藩摘羅系統の有部に勤して、如何に大なる衝動 を輿へたかを推測するを得るであらうし、それだけ叉偵舎論の内容又は論述の精神が薪新なものであることを示 して居る。この倶舎給が眞終にょりて諾出せられてから約千四百年、玄共にょつて俸課せられてから約千三百年、 其聞此諭の研究は和漢に於て頗る盛大であつて、我国の近世に於ては、唯識論と相山出びて、俄教一般を知る要門 とせられ、彿教研究の放くべからざる階梯として所謂唯識三年、偵舎八年の謹まで生するに至った程に、よく研 究議連せられたものであるが、然し、茸際としては、此論にょつて所謂小乗悌数なるものの一醸む知るといふの が童であつて、倶舎論の其趣意を穿笠し、以て世親の意固した論理的成果む結茸せしめることに封しては、殆ど 無関心であるといへよう。従って、世親の理長為宗を徹底せしむれぼ、五億七十五法の中、果して幾何を茸有と 見突か、幾何を慣立となしたか、進むで其結果にょつて、有部の教理が如何なる新組織を得るかの鮎が全く眠か にせられて居ないのは、誠に遺憾の至りである。或はいはむ、此の如くすれば、所謂有部又は小乗係数の漁胡乱 ′ 、・■

(8)

ノがも ′ノ、 ﹂

敵が全部破壊せられ終古から、此の如きは、紘相上許されないと。然し理長鳥宗愈決して俸流説を其まま維持す

るを以て満足して居るものでないから、そこには新しいものが現出せねばならないものである。倶合論に通じて、

而も此新しいものに腰到しないならぼ、それは果して倶舎給を研究し、それに通じたといはれ得るであらうか、

どうか。

然し、倶舎諭に於ける破顔は、文面上では、直に判明する如くには、明言せられて居らぬ。僅に俸詮すらぺな

ど望昆よつて、世親が英語に封する不信を表はす程度であるとせられて居る。これが、恐らく、従来倶舎論の

精神を蟄挿せずに、倶舎諭にょつて、小乗悌教の詮一般を知ることにせられた所以であらう。従って、これに不

満を抱きつつも、今も亦倶合論の論述する所を取って、有部の教理の一舞、従って小乗彿教の教理の大襟を知り

得るものとなし、之にょつて小乗彿数の茸践的意義を考察することにしょう。

近世の徳門普寂が成唯識給略疏懸渾に於て、意思基公が小乗を歴斥し、時には外道と同除となし、甚しきせき 、

は小乗を以て耶執とまで解したことを嘆き、続いて

定日、瞥開法敦考是我彿世尊、癖二間浄重障衆望令レ入二彿琴最妙第一之方便也。此不三止繹迦女彿而作二斯

彗三世十方諸併、亦皆以二此泣叫救二扮難染衆生ペ是革レ凡成レ聖之初甘露也。畳可レ嫌二斥之義。.

というて居るが、之にょれぼ、閣浮提、即ち此地球上、の重障の人類は小乗彿教の所被の機であつて、小乗彿教

を解し小乗沸教を行ふに堪へるだけの素質のものに過ぎないから、大泉高遠の敢む潜行するを得ないとせられる ㌢

小乗徳政の箕康的意義 m. .J▲ ・・ 、∴・嘉1 . J\㌧ 一1ご

(9)

のである。閥浮提の人々が凡て重障の衆生であるとすれぼ、何人も大乗彿教を理解し茸践すること峠出来ない理

せあるが、之に反して重障の衆生は単に一部分のものに過ぎぬとすれぼ、其他は大乗相應の機であることになる。

然七宗教的の謙畏心あ張㌫人々は自らを重障の衆生と考へるから、かかる人々は小乗彿教を茸餞することに努

力するであらう。此働からいへぼ、小乗悌教も決して排持すべきものではないであらう。加之、彿教竺の大な

る教育詮であつて、而も被教育者の素質に應じて種々なる階段的の教相を分つから、上級教育の素質のものに封

する教のみあらぼ、初級教育の教は無くとも可なりとはいへない。又上級教育の教から見れぼ、初級教育のそれ

は不完全でもあり不徹底的でもあるが、然し、初級教育に相應する人芸らいへぼ、決して不完全でもなく不徹

底的でもなく、而も通常な穀果を収め得るものである。古来小乗彿教を奉じたものは甚だ多く、真申でも手近い

例を取れぼ、求郵政摩︵三六七−四三この如きは二男を讃したというて居るし、其他初男二男等を待なくとも

大なる徳化を布いた人々も少くない。小乗係数の如き頗頸な畢詮を有するものが永く存績し待たのは全くこれ等

賓修者穂他者の賓である。然るに、此の如き賓修者徳化者を見出すのは、支部でいふ艮曇宗に於てであつて、倶

舎誓いはれる倶合論に関しては、右往今釆、畢解者はあつても、賓修者として聞えて居るものは無い如くであ

る。倶舎論は最初から畢解の論として扱はれ、殆ど全く茸修の論と豊られて居票つ充といはねぼなら警透

らう。然し今は倶舎論によつて茸践的に見るとき、賓際としてどうなるかを考へて見よう。

倶舎論は九品=手金で、第完品二巻は諸法の饉を、第二根品五巷は諸法の用を明し、これにて総じて有漏無

漏を明し、第三世間品五巻は有漏の果を、第四薬品六巻は有漏の因を、・第五随眠品三巻は有漏の繚を有し、第六

小乗沸教の箕顔的意義 八 β

(10)

賢書m四番は無漏の果を、第七智品二奄は無漏の因を第八定晶二奄は無漏の繚を明し、以上で別して有漏無漏を

明すとせられるが、更にこれ等凡ては諸法の事を明すもので、第九破我品一巻が無我の理を明すのと相侠って、

一部の内容をなすとせられて居る。聾者は之を簡単にして、界根二品は諸法の饉用を、世間、業、随眠三晶は迷

の因果、即ち流樽相韓を、賢聖、智、定三晶は悟の因果即ち断惑謹理を、破我品は無我の道理を明すとなして居

る。之によつて兜づ在日すべきは、最初に諸法の慣用を詳説して居ることである。一般に、彿教の凡ては断惑謹

理を目的となすのであるが、通常は、かかる賓践門に入らしむる為に、先づ吾々の流捧相績の硯賓を知らしめ、

其厭はしきことむ痛切に感ぜしめて、修行を確茸ならしめる。然し其流韓相輯を明知せしめる・には、吾々並びに

世界を構成する要素的の諸法の如何なるものなるかを解繹する必要が存する。此故に、諸法の嘘用む明すを以て

最初となしたのであかと説明せられて居る。然し、最初から茸餞修行を説くことむ主となすならば、決してかか

る迂遽な順序を以て論述することはないであらう。賓践的の要求が切茸でないから、此の如きことになるのであ

って、倶合論が畢解抄論に過ぎな小ことは此鮎にも硯はれて居ると息はれるが、然し、此中の断惑詮理の中心を

見れぼ、J修行の道程としては、身心遠離、菩足少欲、任四里程、︵以上身器清浄︶、五停心、別相念任、親相念任、 ︵以上三撃、侠、頂、忍、世第一洪、︵以上四書撮、三賞と合せて七方便︶、.預流向、︵これ見遣︶、預流果、﹁釆 向、﹂兼用、不還向、不選果、阿羅漢向、︵以上修造、見遣と合せて有草道︶、阿羅漢果、︵これ無草道︶であつ七、 五/停心観から世魔一法までを七賢とし、四向四果を合せて四聖と栴して、之を全過程となして居る。即ち、身器

清浄は一種準備的のものであるから、賓際修行の過程の中には礪立の地位を占めることにはならぬのである。そ

小乗彿敦の算段的意義 九 タ 専

(11)

J 嶋 ︼○ 小乗沸教の貿蹟的意義 して此七単四塑の間に要する期間を見ると、極速のものでも三生、極道のもの埜ハ十劫を要すとせられる。蓋し、甘 五停心、別相念任、紙相念任を順解脱分と名づけ、外凡位となすが、此間礎一生、また煉痛忍也第一汲む鹿決樺 分と稀し内凡位となすが、此間が一生、進むで第三生に曳に入って乃至解脱すとせられるのであるが、同時に、 第一一生に於て聴解脱分左生じ、第二生に於て成就し、第三生に於て順決按分を起し、即ち塑造に入ると解絆する 異説もある。之に封して、枝道のもの竺ハ十劫といふのは、慣解脱分に二十劫、順決韓分に二十劫、其以後に二 十劫を配嘗する説である。然らば、一生とは何年の間をいひ、一劫とは幾何を指すかを規定しなけれぼ、意味が 明確にならないが、細かにいへぼ、此地球上、即ち閣浮提では時期によつて一定して居布い。欲界包界無色暴か ら成る此世界は成佳境茎の四劫に各々二十劫を要すとせられ、各劫の始と経とでは人寿の長さを畢にするからで あるが、然し、一般的にいへば、人生は五十年となすのが一種梗準的なるが如くである。胎外五位を分つ時に、 出生より六歳頃までを嬰該、七歳より十五歳頃までを童子、十六歳よ旦二十歳頃までを少年、三十一哉より四十 歳頃までを盛年、四十一歳以後を老年となすのが注繹者などの誼で、大鰐五十歳を一生と考へて居ると居はれる が、これは恐らく諸天の毒量を算出するに人間の五十歳を棟準となす詮などに基いて居るのであらう。また劫の 長さは、一寵にょれぼ、一千五百九十九寓八千年程で、之を二十劫とすれぜ、三億一千九百九十六高年となると いふから、六十劫は六億五千九百八十八高年となる理である。勿論異説も存するが、これ等は事賓上では茸数む 必要となすのではなくして、畢に梅長期といふ程の意味に過ぎない。劫といふ軍使が既に数ふることの出衆ない 長時を指すのであるが、倶舎論は、任劫の初めは人の薄命は無量歳で、それが百年毎に一読を減じて遂に薄命十 ●

(12)

!r ′ †いト ■・ ’r・・■ ㌢ヽ

1r

歳となる聞を第一の任の中劫とし、そして千歳から又百年毎に一歳を増して遂に寿命八萬歳となり再び八蔦歳か

ら有年毎竺歳を減じて十歳の藩となる嗜と減とが第二の申劫で、この中劫が第三国より第十九固まで十七回繰

進むで七賢四聖の聞に於て断惑すといふのは如何なる煩悩を断癒るのであるかを見よう。一般に煩悩としては

、ヽ

返され、最後に寿命十歳から叉百年に一読を増して八寓歳の藩命となる第二十の中劫といはれる此二十中劫の間

が任劫でぁって、滅劫と壊劫と基劫とにも各々かく二十中劫があるとせられるから、極遅のものの六十劫といふ

のは、此中の基劫の二十中劫を隙いた間を摘すこと尼なるのであらう。任劫の初めの寿命が無量歳といふから、 /

従って劫の長さも正確には算せられないことになるが、第一申劫と第二十申劫とは何れも中間の十八中劫と共時

量が等しいといはれる黙に基いて算出し得るのである。然し、茸際として果して六十劫の間を緯いて修行に努力

し得るかどうか

時に叉三生を要すといふのも、一生の少なくとも五分の一文些一は修行に入り得る年齢でないから、事賓上濫て

は可能でなく、従ってこれも概念的に考へて定めたものに過ぎないことは言ふまでもないであちう。然らば、こ

の修行の期間の問題も、他の意味があると考へなければ、到底此ままに認めてよいものではなからう。之むしも

此ままに承け七、此ままに説いて居るから、修行などは吾々の茸際生活とは全く無関係なものとなつて凍るので

あるし、無閲係である為に全く不要成せられるにも至るのである。

》 _

貪、暖、痍、慢、疑、、悪鬼の六根本煩悩、又は悪鬼を身見、適温、

前の五種上倉せた十根本煩悩と、放逸、僻怠、不信、悼沈、韓拳、

小乗彿敦の箕腐的意義

邪見、見取見、戎禁取見の五種に開き、之を ︵之に痍を加へて大旗惰鞄放め六種︶、無漸、 −︼ 7J

(13)

しlヽ■′

小乗彿敦の箕塵的意義

無塊、︵これ大不善地ノ法︶、念、覆、憧、娯、悩、害、恨、詔、註、惰、︵これ小煩悩地洪︶、痙眠、患作、︵これ 不定地法中の二種︶の十九枝末煩悩とが重要成せられるが、これ等を断ずる掛からいへぼ、根本煩悩を断すれぼ

枝末煩悩は必然肘に断ぜられ経るから、枝末煩悩を断ずることはぇ塞かなく上もよい為に、通常、断慈として

は根本燈悩にのみ関係して説いて居る。枝末煩悩む加へたとしても、断すべき煩悩は僅に二十五種又は二十九軽

のみで、根本煩悩のみならば、六種又は十種に過ぎない。然るに此等の煩悩を断ずることは茸際上客易ではない

から、長時を要することになるが、それが為に、叉煩悩について種々なる詮をなして居る。

一般に煩悩は心の汚れであ久本心を煩擾悩乱するものとせられて居るが、元来は心の作用に外ならぬもので

ぁる。既に心の作用とすれぼ、心の作用はこれ等以外にも多数者し、倶舎論としては凡てで四十六種を数へ、そ、

れ等旦ハ種に大蝕する。

大 地 法−−受・想・息・解・欲・烹・念・作意・勝解・三摩地の十種 大書地法−−信・不放逸・軽安・捨・漸・塊・無食・無喋・不害・勤の十種 大不善地法− 無噺・無塊の二種 大旗悩地法−痕・放逸・僻怠・不信・悼沈・掠拳の六種 小旗悩地訟﹂−念﹂覆・怪・嫉・悩・害・恨・詔・誼・惜の十種 不定地法Tl尋.・伺・睡眠・患作・貪・咲・慢・疑の八種 前め根本煩悩と枝末煩悩とを、これ等四十六種に封照すれぼ、分類に於て全く異なるものであることが判る8 −−−

凍 ピ

(14)

1.J∴

根本旗偶の大部分は不定地法とせられるのは、倶舎論の文には不定地法は尋伺睡眠意作のみあるのを、在籍者等

が、等の中に、貧賎慢疑を含むとなすのに基くのである。療は大煩悩地法、そして意見は大地法申の意を慣とな

すものである。烹は法に封して簡接することで、簡揮は分別することに外ならぬから、意見は烹が邪分別に走っ

たものを直別したのである。痍は愚痴で、無明・無智・無頼ともいはれ簡樺む放くものである鮎でいへぼ、全く滑

梅的のものといふべく、夢見の積極的邪分別なると相表裏する如くである。之に封して枝末頗悩は大不幸地放と

大煩悩地法︵療を除く︶と小煩悩地法と不定地法の二種とであつて、根本枝末爾煩悩にょつて大境不善と煩悩との

凡てが含まれる。故に、六種に大別する如きはこれ全く概念的理論的の見方で一切の心作用を包括せむとする

のであるが、娘本枝末繭煩悩に分つのは賓際的賓践的の見方で煩悩として扱ふものである。心に封Lて作用を考

察することは古くから行はれて居るが、作用を以て心所有法又は略して心所と課して用ふるのは既に作用を一種

茸鰻的に現て居るものであつて、心より礪立に起ることは認めないにしても、心より猫立な喋のものと見て居る

のである。かく茸常的に見ることも小乗論病中の最古の一と考へられる法薙論に心・心新法とか心相應行心不相

應行とかを論じて居る夙に現はれて居るし、心所を分類することは界身諭に初めて十大地法・十大煩悩地法・十

小煩悩地法・五煩悩・五見などとして奉げられて居る夙に見える。故に、恐らく小乗冷蔵の最初から心作用に関

する考案が行はれて遂に大地法等の分類をなすに至ったものであらう。従って此満面はこれ賓践修行にょる断惑

とは直接の関係阻ないものである。之に反して煩悩として見る方面は、たとひ根本と枝末との土に分つ如き理静

的な鮮があるにしても、最初から賃銭的に見たものであつて、二に分つすら茸践的の根壌に立って居るものであ

小乗沸教の貴腐的意義 一三 7J 一ト、 さ

(15)

,√t ノーざ ♪ 一 一四, ≠ 小乗係数の箕蹟的意義 る。かかる煩悩を断ぜむと希ふときは、それが切賓に希はれと、それだけ、煩悩を賓慣的に見ると宣になるもの であらう。此見方を基として、根本煩悩について之を迷理の審と迷事の惑とに分つ如き分類を取る。迷理は四諦 の理に迷ふの意、迷事は宰相に迷ふの謂ひで、前著は分別起即ち経験的に邪師・邪教・邪思惟にょりて起り其性 猛利であるが、許理を勒知して道理が判れぼ頓臥せられるし、後者は倶生起即ち覚菜的に存し、其性遅鈍である から数々道を修して漸次に断ずるを得るものである。諦理を観知するのは四諦の理を見ることを指すから、之む 見遣といひ、その煩悩は見遣に於て断ぜられるから見遣所断・の惑で、略して見惑と呼び、数々道む修するのは見 遣を繰返すことで、之を修造といひ、之にょつて断ぜられる煩悩は修道所断の惑、即ち修惑である。根本煩悩文 は本態を見惑修惑に配督すると、十種凡ては見惑、貪隕疾慢は修惑である。故に疑と五意見とは見慾たるのみで、 其他の四種は見惑でもあり修惑でもあるとせられるのである。疑は四諸因果の理を疑ふことであるかち、四諦の 理が判れぼ頓に断ぜられる七、五意見は耶分別であるから正しき理を見れぼ頓断せられる。其他は見遣にょつて 一應断ぜられても、修造によつて数々断ぜねぼならぬ性質のものである。これ等の軒は吾々の日常心に訴へて反 省して見ても、直に理解せられ得るであらう。貪欲・隕意・愚痍の如きは自制心ある人ほ一應は之を制し得るで あらうが、全く制御し毒すことは蓋し.容易でなく、慢は慢と過慢と慢過慢と我慢と増上慢と卑慢と邪慢との七種 に分たれて居る程に放強きものであるから、何等慢心を起ざざるに至るには非常なる寛己心を要する。殊に小乗 彿教で偲、 には死に保つ外はないことにもならうが、ともかく人類としては容易ならざることである。従って叉自制心克己 74 ▼ J

(16)

心にょつて多少にてもこれ等々制御し得れぼ、それだけ人格修葦を遂げたことになるので透る。

見修一惑は之を.四締三界に配常して、見慾八十八使J修怒八十二品となすが、四諦は欲界の四諦と色界無色界、

即ち上二界、の四締とな旦欲界四締の音締め下には十惑全部、集諦には有身見・透見・戎禁取見の三を除いた

七撃滅紆にも之と同数があ旦造諦には有身見・達見の二を除いた八惑があゎ、上二界各の四諦の苦諦の下に

は膜を除いた九惑、集蹄には瞑・有身見・達見・戎禁取見の四を除小空ハ惑、滅諦にも之と同数があり、遁辞に

は咲・有身見・達見む除いた七惑があるから、合せて几十八使となる。叉修惑は貪・暖・疲・慢の四種のみであ

るが、上二界には凡て咲はないから、欲界の此四惑と上二界各の三惑とであつで合せて十慈となる。然しこれ

等の惑の起る強弱によつて上上と上申と上下と、中上と中中と中下と、下上と下申と下下との九晶とせられ、叉

ぎり欲界には九品の食暖疾慢があ聖上二界八地には各九品の貪療慢があるのである。然し見惑修惑と呼ぶ以上

心と随意と慢疲と我見と散乱心とを治するのであ夢、次の別柏倉任は身・受・心・法む順次に不浄・苦・無常・

ぼならぬので▼ある。

\ 脱分の一生と順拠韓分の一生と合せて二生を費し、或は第三生にも及ぶのであるし、然らざれぼ四十劫を費さね 従って七単四聖の中の七賢は見遣以前であるから、これ全く準備的階段に過ぎないものである。.この準備に順解

は、少なくとも見遣に入って、初めて根本煩悩を断ずるに至るのであつて、それ以前には之を断ずるを得ない。

欲界と上二界とは欲界と色界四繹天と無色界四虚七の九地と忽して、九地に九晶があるから八十言卯となる。つ

七賢の最初の五倍心で、五停心は不浄親と慈悲観と縁起観と界分別親と数息観を指しノ之にょって順次に食費

小乗悌敦の貸段的意義 ゝ† 、

(17)

小乗彿教の算段的意義

﹂六

無我と哉じ、又身受心法の一一に不浄・苦・無常・無我を観じて常・柴・我・浄の四顧倒を封治するを指し、更

に練相念任は四法を親じて観じて四顧倒を封治する

初の決は、見通に於て起る無漏智が煩悩を断するを、火が煩悩を焼くに喩へ、其火の起る前相としての暖気の意

味で旗といひ、ヱこにては勝れた有漏の四諦観慧の起る場合であるとなす。燥善根は長期に亙る位で、此間に欲

界の四締十六行相と上二界の四諦十六行相と合せて八諦三十二行相を修する。四諦十六行相は、苦諦の下で一功

法に封して非常・苧苧非我を、集諦の下で煩悩に封して甲集・生・緑を、城締切下で淫楽に封して、城・

浄・妙・離を、道諦の下で糞漏塑造に封して道・如・行・出を観ずるから、合せて四諦十六行相とな少、之を欲

界の四諦と上二界の四諦とに於てなすから、八諦三十二行相となるのである。この親をなすから無漏智に接近す

るのであ五∴此快音棍が進みて最極成滅する時、又勝れた善根が生じ、それを頂善根と稀する。この頂善根に於

ても亦八諦三十二行相をなすのでありて、煩善根と共に之を動善根と呼び、忍と世第一放とを不動善根と呼ぶの

と寝別する。又、頂善根が進みて最極成就に達すると勝れた善根が生じ、それを忍と稲する。忍善根は下忍と中

忍と上忍との三晶に分れ、下忍では八諦三十二行相を修し、中忍では減繚減行をなし、八緒三十二行相をなす申、

欲界苦諦の四行相から始まつて、上二束苦諦四行相、欲界集諦四行相、上二界集諦四行相、.欲界滅諦四行相、上 二界親許四行相、欲界造締四行相、上二界道諦四行相をなすl第二周に於て、其経りに上二界造締の下の第四行相

たる出行相む減じ去るから之を減行といひ、かくして漸次減行し、第四周には上二界道締を減ずるから減経で、

かく減行し職務して行って、革手工周に欲界苦諦の非常行相のみ室一刹那に修するので中忍は満位とな聖上

(18)

売声 忍では一利郵の心を以て欲界苦諦を観じて一行相を修するのみで、直に世第一法に進むが、上忍に接いて起る勝 れた善根が世間有漏法の中の最膠であるから世第一法と解するのであつて、この世第一法は一行相一利郵のみで、 直に進むで見遣に入るのである。上忍も世第一法も共に単に一利郵のみであるから、極めて短小の樹間に過ぎな い。従って中忍以前は長期間に亙る七とが判る。 以上の如き準備を経、世第一法の直後に、これより以前に未だ曾て見たことのない四締を硯執するを見遣と輸 し、ここで無漏智を得ることになる。この見遣に於てまた欲界四諦と上二界四紆と合せて上下八諦を緑ずるが、 これに十六剰郊を要する。無漏智は分って法智と類智との二となすが、法智は法切眞理を澄智する智、類智は法 智に類似する智である。法智によつて欲界四緒の理を観じて、欲界に関する三十二種の見惑を断じ、類智にょつ て上二界四諦の理を観じて上二界に関する五十六種の見暑を断する。然し法智と類智とには、各前剃郵に法衣と 類忍とがあるが、忍は智に封する漁決力で、まさしく断惑作用を起す無漏心、之を無間道といひ、智は決断のこ とで、漁決したのを決断するのであるから、まさしく理を讃する心、これを解脱造といふのがある。従って欲界 四締の〓に封して法忍と法智、上二界四諦の二に類忍と類替とが働くことになる。十六剰郵の順序は欲界四 紆の苦諦に封して苦法忍と苦法智とで観じて二剃邪を要し、これにて十種の見惑を断じ、次に上二界苦諸に封し て苦類忍と苦類智との二心を起して観じ、これにも二利邪を資して九種の見惑を断じ、かくして欲界集諦から上 二界集諦、欲界滅諦から上二界滅諦、更に欲界道諦から上二界造語と進み、上二界道路の道類忍までで十五剰邪 を賛すのであるが、此間が見遣で、第十六剰郵たる上二界道時の道類智を起すのは既に修造に屠する。故に十六−7 小薬彿敦の算段的意義 一七

(19)

蔽、 ■ 一八 小栗沸教の資腐的意義 心の中、﹂前十五心が見遣で、之を預流向とし、第十六心は修道で、預流果である。この預流果は見惑八十八鹿を 柑 断じたものであるが、然し狼未だ修惑を断じて居ない。即ち迷事の惑としての欲界の貪瞑疾慢、上二界の貪疲慢 た断じて居ないから㌧これ等を断ずる為に、更に完向二乗果・不達向・不達果・阿羅漢向と進ぶ修造を経、 此間に修惑八十一品を断じて、遂に阿羅漢果の無草道に入るのである。八十〓晶は九地九品の惑で、之を断サる にも欲界から上二界に及び、二品二品に無間道と解脱道とあつて、合せて百六十二心となるが、此中、前の百六 十一心と前の第十六心預流果とが修道で、第百六十二心たる無色界非想非非想虚第九品の解脱造は阿羅漢果であ る。之にょつて見れぼ、見遣修道無草道は百七十八心となるのであるが、然しこれ等の四向四果は次第詮の場合 であつて、若し之を超越詮の場合でいへぼ、見遣に於て一茶向となるもあるし、・不達向になるものもある。又、 修惑について、欲界の修惑は一品たして二生又は二生を潤するもの、二品又は三晶で一生を潤すものもあカ、更 ・に向と果との中に種々なる種類の分れるのもあつて、複雑な説となつて居る。然し今これ等を明詮することむ必 婆と容すのではないから、ここには凡てそれ等を省略する。 七資1 −三賢−1外凡− −四書根−内凡− −五停心− − 別相念任− −粗相念任−・ 1燥書取1 ⊥渦書経丁

去[叩門

不浄戟、慈悲就、線起親、界分別恕、数息戟 身、受、心、法Ⅰ不浄、菅、無常、無我﹂常、栄、我、弊 紙観 欲界四諦十六行相、上二界四諦十六行相、合計八諦三十二行相 同右 同着 入諦三十二行相之滅縁減行

(20)

ルー′

以上簡単に筋道を叙したものについて考へて見る。要領としては根本煩悩を四終に関係せしめ、更に雨着聖二

界に配首して見惑八十八使と修惑八十二品とに分類し、これ等を断する階梯を組織立てて居るのであるが、第一

に三界なるものが如何なる意味を有するか。

三界詮は印度のせ界形態に幽する神話の一に過ぎない。而も如何なる時代にも印度一般に承認せられたことの

ある詮でなく、又沸教の考出した説でもない。印度最古の時代に三界というては居るが、これは天と茎と地とを

三界というたものであつて、決して欲界と色界と無色界とを指したものでない。其後、此世界は水世界に固まれ

其上に順次上層に基世界、乾闊婆世界、太陽世界、月世界、星辰世界、諸紳世界、因陀羅紳世界、生主神世界、

梵天世界が任するとなす詮が出て、これは大鰐正統婆羅門の一般に承認した詮となつたであらうが、然し必ずし 柑

四聖− 小薬彿敦の箕践的意義

去流し[銅〓

−果 − −不 達⊥

⊥苧[門

第首六十二心 一向− −果− 一−上忍−・一行相一刹那 世襲一法1一行相一刹那 第十大心− 官六十一心− 前十五心−−−見遣− −修道− ー有草道 一九.

(21)

小乗係数の貸践的意義

二〇.

もー般息想界の認めたものではない。ヂサイナでは世界は地下と地上と紳界とに分れ、地上は閣浮揚と大鯨とで

ぁ旦紳界は地下にバグナグーシン︵bh雪呂邑sin宮殿に任する紳ヱとギアンタラ︵童邑≡軋間の紳ヱ とのT謹があり、此申或紳は人界にも任し、天上としてはずヨーティシュカ︵jy。t官学光明ある神々︶とブイマ ーニカ︵邑m劉ni訂動宮に任する紳ヱとがあゎ、このブイマーニカは二群た分たれるが、竺群は十二群に、

第二群望ハ群に小分せられ、第蒜の第五は梵天界と名づけられる。正統婆羅門としては隠天界が鞠去るは首

然で、又最上でなけれぼならぬも町であるが、ヂャイナは之を最上としないのはこれ一般思想界に屠するからで

ある。ヂャイナ及び彿教の興起以前に稔伽行が流行し、玲伽行者の問に於て生前漁伽行の進むだ階段に應じて死

後それだけの天に生ずることが考へられ、稔伽行としての繹定が大段として四、その四に各小段を有すとせられ、

これに應じて天界も大別して四、その四に各幾程かの天があり、更に繹定の進むだものを四種囲別し、これに應

じて四虞を分つ如き詮が行はれるに至つ驚これ四挿四無色克と色界四繹天四無色界四魔とである。これに欲界

が下位として存すとせられるが、欲界は所謂六欲天で、四天王天ふ利天・夜摩天・兜率天・化楽天・龍此自在

天である。欲界は散地であるから繹定によつて生ずといふのではないが、色界無色界は定地で、繹定を修したも

ので在くぼ、これに生じない。色界は初繹天・第二繹天・第三繹天・第四繹天に分れ、初繹天は梵衆天・梵輔天

・大梵天に、第二繹天は少光天・無量光天・光青天に、第三繹天は少浄天・無量浄天・礪浄天に、第四繹天は虞

果天・無想天・無頗天・無熱天・書見天・善硯天・色究貴天に分れ、無色界は基無達虞・識無遵虞・無所有虞・

非想非非想虞に分れる。然るにこれには種々なる異詮があつて、天の数が一致しない。叉色界全部を梵天界とも 、、

20

(22)

色較天界ともいひ、無色界を無色梵天界ともいひ、或は色界無色界を凡て梵天界とも栴する。蓋し通常の三界詮 では梵天は色界初繹天に任すとせられるのであるが、これは明かに一般思想界の考たるもので、決して正統婆羅 門の考たるものではない。然し異説として、.或は色界全鰐を梵天界となすのも、或はまた無色界をも梵天界とな し、更に色界無色界をも梵天界となす詮の出で▲たのも、梵天がこれ等を支配すると考へるものであつて、ここに 多少正統婆羅門の考が入って居る。無色界は形もなく叉虞もー足して居ないから、別の存在と見られるものであ る。倦詮にょれぼ、悌陀が出家後直に訪うたアーラーラ・カーラーマ︵A−腎p内巴p.m£は無所有虎を以て在韓と し、サッダカ・ラーマブック ︵qdd浄pR劉mぢまt且 は非想非非想虞を以て捏菓となして居たといひ、梯陀時代 の現在捏輿論の五詮の中第二以下は順次に四繹む首てて居たといひ、悌陀は出家以前に初繹の繹定を修したとい はれる如き、lニ界詮が彿陀以前の詮なるを示す倦詮である。古くは三界詮は必ずしも須禰山詮と結合して居たの ではないらしいが、結合した詮に於ては須摘山の頂上に仰利天があつて帝繹天の宮殿があり、それ以上の天界は 基による宮殿に諸紳が任して居るといふ。この三界詮の中にはヂャイナの詮と共通する名辞等も見出されるが、 世界形態としては全く別である。故に彿敦ヂャイナの時代には各異なつた詮が行はれて居たのであ謁し、これよ

・一

り以後には又他の異なる改も表はれて居る。三界詮は悌教中にのみ俸はったもので、而も後世彿敦の教理が三界 説に配督して組織せられることになるから、如何にも沸教特有の世界形態詮であカ、途近は悌教が考出した詮な るかの如ぐ看倣されることになるのであるが、決してさうでない。沸教が考出した艶でなくして、悌教が接解し た宗教界の中に行はれて居た詮が彿敦中にのみ保存せられたに過ぎない。其常時の宗教の何れも、彿教程に、典 27 小乗俳教の箕顔的意義 ニー

(23)

籍を俸へて居らぬから、彿敦のみに保存せられたのであるし、保存したものとしてはヂャイナの如き全く異なる 二二 . 小乗沸教の算段的意義 詮をなして居るものもあるのである。然らば、たとひ彿教蟄達の何時頃からか此の如せ三界詮と結合したにしで も、之を引離して彿教の教理を考察しても、趣意の上では、失はれる所はない理である。 加之、茸践修行として要求する時、少息くとも色界無色界が吾々と何の関係があると考へられ得るか。叉、欲 界と錐直接には人趣を除いた他の六欲天並びに四趣若しくは五趣が如何なる鮎に於て意味があるか。吾々の有す る係数は人間に封する教であつて、決して色界無色界の諸天文は六欲天、或は四趣五趣などに封する教ではない。 三界詮はもともと印度の一部に行はれた神話に過ぎないもので、資産して居る世界とせられるものではない。現 今の彿敬老と錐何人が之を資産の世界と考へて居らうか。倶舎論の詮を述べる人すら三界を賓在と信ぜず、鵡′く 人は勿論かかる詮を信じないにも掛らす、依然として又平然として説かれて居るのである。三界詮が彿教中に保 存せられて居た一の理由は確に輪麹詮との関係の為であるが、輪廻詮すらが、其説.の性質上、これ宗教的道徳的 の要請信仰に外ならないもので決して事茸安産となす詮ではない。道徳的宗教的の因果律の要求上、来世の生存 山似びに前せの生存もなけれぼならぬといふのであつて、決して来世前世の生存が寄算上衣るといふのではない。 然し、之を単なる要求又は信仰とのみいうたのでは、教を説くとしては、力がないが為に、寄算となすに至るの であるし、而も四趣五趣の中畜生趣即ち動物の如きは資見するものであるから、茸例たり得る鮎で、事茸となす に便であることに助けられるのである。をして現世に於ける菓即ち行為と飴力、は極めて優雅であゎ、又各人各 磯に複灘であるから、凍世前世も畢瀧では不足である為に、必然的に複雑多様に考へねぼならぬ所に、従来の三 22

(24)

暴説む見れぼ、それに結付いて来るのは極めて自然の経過である。而も三界詮は常時尊貴の世界と考へられて桓 たから、此射で叉来世前世も安産とせられるに至るのである。かくして沸教教理が三界詮と結合して組織せら弟 るのであるが、三界詮が事茸を硯はさす叉到底眞として信ぜられないとすれぼ、これは唯修行の困難で長期に亙 るべきものであること、又煩悩を断ずるは容易でなく発生かの努九をも要する経であること、等の意味を其趣意 となすと解して設けぼよいことにならう。何れの鮎からいうても、三界詮などを如何にも重大な、決して省くを 得ざる詮なるかの如くに保存して置く要は認められない。之を省いて考へる時は、詮金環は簡単に而も適切なも のになるであらう。勿論今ここに改革を企でむとするのではないが、試みに一例として拳げ′て見よう。 四紆は彿教教理の根本的の綱格をなすもので、重要なものであるし、文通切な詮である。小乗彿教の如くに解 するのは必ずしも原意のままではないが、然しかく説くのも力ある詮方となるから、決して冷つべきもので牒な い。叉板木煩悩も適切恵ものであつて﹂吾々の反省上、決して迂遠とは考へられないし、ヂャイナも心の汚濁と して怒と慢と詐と貪とを奉げ、これ煩悩と同じであるから、根本煩悩と共通するもの多く、印度としてはかかる. 煩悩を重大視したことむ示して居る。然し、四紆と根本煩悩とを給付けることは、四諦の智によつて煩悩を断サ ることを考へて居るが薦であるが、之を結合して考へても、三界詮と引離していへぼ、見惑は欲界のみに限る射 で、単にlニ十二使とな少、修惑は四煩悩が欲界のみに於て九晶あるに過ぎ放いこ上になる。叉、七貿四聖につい て見ても、三貴は其ままとなすも、燥頂に於て単に四諦を観じ十六行相を修するのみで、上下八肺患槻サること なく、忍に於て、下忍もそれと同じく、中忍の滅練成行は第十五周までであ斗上忍と世第−放と練共生塗や準ガ ● 小乗彿敦の貴腐的意義 二三

(25)

二四 小乗沸教の算段的意義 るし、四聖の中、預流向の見遣は欲界四諦の八心のみになり、上二界道諦の遣類智たる第十六心は省かれるから、 預流果の配首も異な旦叉一系向果、不達向果、阿羅漢向果も、修惑九品なる為に、塗く異なつて配首せられね ぼならなくなる。これ等は聾者の考究すべきことであるが、元衆預流・一衆・本道・阿羅漢は、阿含経に於ては、 五下分結の初三結、即ち有身見・疑・戎禁取見を断じたのが預流、他の貪・隕・疾︵疾は五下分結の一ではない︶ Q薄ちいだのが一爽、貪・院・療を断蓋したのが不還、更に五上分結を断じたのが阿羅漢とせられて居るのが二 般的で、法経論に於ても亦全く此の如くであるのが、蟄智論以凍前述した如くになるに至ったのであるから、明 かに欒蓮を経た詮であつて、決して古くからの詮其ままではなく、従って改革の容れられ待ないものとはいへな いであらう。加之、欲界というても、茸際としては人間界に限るべきで、吾々は人間界以外の者に封する教を考 へた所で、何等の役にも立たないし、之を他界に施しやうがなく、叉吾々の釆世生存に必要なと看倣したにして も、これも全く不要なものである。来世生存が専茸上あるとしても、吾々は何れの趣又は天に生れるかは到底知 / 一 られ得ることでなく知られ待たにしても、 支ないでないか。何ぞ今生に於て衆生の準備として知って置く必要があらうか。今生ですら、教の如くに茸践す ることが出非難いから、むしろ今生の努力に〓暦の精進をなす方が有意味である。 然し吾々はかかる言を以て道徳的因果律を無税せむとするのではない。道徳的因果律を信じ、之に薄ふでなく ば、彿教は成立しない。香、吾々の日常生活が眞茸には成立たない。悌数はこの日常生活をより善くする焉のも のであつて、其外には何等の目的もなく、叉日常生活だに完全眞賓な域に達すれぼ、沸教はもはや必要なきもの か/ 24

(26)

\ ● である。此斯からいへぼ、彿教は必ずしも目的たるものではなくして、却って目的を示す手段たるものたる性質 のものであるといへるが、然し、人生は絶封完全な域に達する性質のものでなくして、絶封完全態といふ理想を 追うて無限の努力を登り痍に璧息義を有するものであるから、沸教も亦その絶封完全態を明示して、ケしてそれ に封するこの無限の努力精進を起さしめ緯かしめ、促進せしめる役目を漬するものである。其為には党づ第一に↓ 人をして、この日常生活の現賓態が決して之に満足するに足らぬものであることを痛切に感ぜしむるヱとを必要 とする。それを痛感せしめるのが即ち根本煩悩を挙げて居る鮎である。根本煩悩としての貪暖痍は貪欲・随意・ 愚癖であるから、特別の鎗明を要しない程曙普通知られて居るもの、慢は前述した如く七種にも置別せられるが、 通常の高慢心に外ならぬもの、疑は四諸因果の理を疑ふものといはれるが、人生龍封する懐疑であるし、意見に っいては多少の説明を要す渇。有身見は身見で、自己の身心に賓慣我があると固執する、我見、我所見、達見は 達執見ともいひ、.我見む持して而も我が今生のみで断滅すると考へる断見と、来生までも常任不欒此であるとな す常見とを指し、何れも中正の理に背くから遽執見、邪見は特に道徳的因果律を認めない見解、見取見は前三見 む固執して動かない見解並びに劣ったものを勝れて居るとなす見解、戎禁取見は生天の因に非ざる特別の苦行な どむ眞の因となす如き見解︵即ち非因計因︶とJ解脱の道に非ざる五戒十善を眞の道となす如き見解︵砂ち非道 計道︶とである。此中、戎禁取見は印度に於て、悌教以外の外拳の取つた誤った戒律誓行を指すものであるから、 現今としては適切なものでなく、従って省いても差支ないであらうし、見取見も特別なものとして猫立成する要 もなく、凍る所、身見と達見と邪見との三が重要成せらるべきであらう。この三見は結局我見に固着すといへる 小薬沸教の貴腐的意義 二五 † ■ 2g

(27)

▲▼

ト ヽ− 、I 幣イ∴

二大

小薬沸教の箕践的意義

し、叉我見を根本として起るものに過ぎないといへるであらう。我見があるから、断見も常見も成立す渇を得る

のであるし、この二の達見が道徳的因果律を撥無することになるに外ならぬのである。故に五種の頚見は我見の

一に辟着せしめ得る。然るに、更に大乗唯識語の説く所を参照すると、我見と我疾と我慢と我愛との四焼隠が染

汚意と相應するもので、四煩悩の中では我疾が根本で、これにょつて他の三煩悩があるとせられるが、我痍は無

明で、前の痍又は愚痴に外ならぬから、従つて、五種の意見は貪暖疾の療にょつて起るものであるといへるし、

慢も我慢と同じであるから、痍に基くと考へられ得るであらうし、疑も道琴に明かでないものたる鮎では疾の中

に入れられ得る呼あらう。此の如く見れぼ、貪隕痍が中心板紙をなすものであるといへよう。然し又或難からい

へぼ、貪幌痍も我見に基くどもいへるもので、我を固執することを激怒せすしては、貪隕の如きは起り得ないし、

我見があるのが疾たる所以であるといへよう。・然らば又、疾が根本で、貪渡は之にょつて起るともいへる理であ

る。喜々の生存がかかる我見貪院に悩まされ、かかる我見貪陽に引づられての他律的の生活であることは、多少

の自省をなせぼ何人にも否定せられないことで、自明であるし、これ専が発天的のものであることも判るであら

う。この他禅的生存を苦と辞するのであつて、これ四紆の申の苦諦の明かにするものである。傲に苦諦を説くの

は、決して厭世観たるを硯はすのではなくして、むしろ日常生活の硯賛態に満足せずして向上心を起さしむるを

趣意とするものである。然らばこれ程日常生活に適切なものは舞いといふべきで、これが眞に人生を意味付ける

ものであることは何人にも異論なからう。而もかかる我見食院を制御するのは、偶数一般としていへば、これ基 \

敬に徹する道程たるに外ならぬ。即ち小乗彿敦と経基観に基かしむることにょって展の小乗彿教たり得るのであ

†・て†I ′一− l 26 1 ㌔ ユ 1 l 盲 、 璃= l

(28)

ヽ ヽ 、 ・.へヽ. .1、 欝守豆㌢、∵∴㌣J−㌧ \、 、▼ る。 他律的生活の因つて起る所を明かにするのが集諦の趣意であつて、今いふ研から見れぼ、集諦は我見貪院を指 すに外なちない。小乗彿教は此集紆を断絶せしめることを教へるのであるが、我見倉掛が倶生起であ牒先天的に 固有であちとすれぼ、断絶は結局死に於て初めて可能となるから、死が究極になるで・あらう。然し、断絶といふ のは茸際は特に語に重きを琴いていうて居ることであつて、制御といふ意味に外ならないことである。生存中に は、倶生起のものを断挺することは事茸上不可能であるから、死をいはぎるを待なぃことになるのであるが、然 し完全に制御するを得れぼ、集紆の有無は問題とはならぬであらうし、むしろ有るのを制御する所に、眞の制御 の意味が認められる。完全に制御し得れぼ、他律的生活は全く自律的生活となるのであつて、それが滅諦捏盤で ある。滅諦は人生の範封完全態であるから、事茸上では、到底茸現するを待ないものである。然し茸現し得ない からというて、之を放棄すべきではない。苦諸に於て向上心を起したのは、この絶封完全態に封して、之を茸現 せしめる努力精進を為す決心をなしたことであるから、放棄はこれと矛盾する。たとひ完全には賽現するを待な いにしても、絶封完全態に封して無限の努力をなすのが人生の意義であつて、努力する所に一歩一歩茸現せられ つつあるのである。吾長の日常生活が箕際上此の如くで雪て、吾蒜意識する卜しないとに拘らず理想の茸現 に努力しっつあるのであつて、而も何人も満足な状態に達せずに努力しっつある。主の無限の努力むなす研が即 ち這許で、従って造簡は我見貪院の制御の過程である。故に人生の行路は凡て道諦に外ならぬといふべきで、こ こに七贅四聖が直別せられると見るべきである。七賢四豊は元来古くから、詮かれて居た種々なる説む系統的に 小乗彿敦の賃践的意義 こ七 27

(29)

二八 小乗沸教の賛蹟的意義 整理して組織したものであるから、凡てが必ず此順序を経ねぼならぬといふべきものでなく、殊に快頂忍世第一 法の如きは必ずしも古くからの鎗でなく、蟄智論以来組織せられたものに過ぎぬ。かかる階段を立てるのは要す るに煩悩断表の容易ならざることを考へて居るが禿であつて、其趣意にょつて、又三生又は六十劫の期間を言ふ に至ったに相違ない。故に無限の努力を韓けねぼならぬ鮎で、七賢四聖などの階段が立てられることになるので あつて、必ず之に依って進まねぼならぬといふものではない。凡ては概念上考へた詮であつて、決して賓謹的に 成立したものでないから、到底茸際上の力は認められぬ。加之、絶封完全態への無限の努力をなす誠意からいへ ば、階段組織の如きは顧みる要のないものである。従って七貿四聖を以て破るべからぎるものなるかの如く看倣 すのは迂遠に障った考に過ぎないものである。舎利弗は馬膠から抜身舎利偽を聞いたのみで直に預流果を待たと いはれ、須故陀は悌陀の最後の説法を聞いたのみで阿羅漢果を得たといはれるから、たとひこれ等は小乗悌教の 組織以前であるにしても、古来凡てのものが階段を経たとはいはれない。 五 以上の如く考へるならば、小乗彿教の賓践的意義は、前述の意味での、我見貧賎を制御することを説く鮎にあ ると見るべ′く、又それは日常生活上適切なる指導となるものであつて、決して迂遠の詮としてのみ却くべきもの でない所にあるといはねぼならぬ。ただ小乗悌教の詮く所は、其根本に 態度を取るが為に、凡てが固定的の型にはめられて、組織は整うても、生々した漕力を失うて居るのである。倶 舎論も亦全く型を整へたもので、倶舎論の詮く所を以て小乗彿教であると見れぼ、殆ど竜も生彩のない型のみの そ ′ 軒∴、⋮

(30)

もの上なつて居る。之を叉型の如く知ったとしても、果してどれだけ得る研があるか、疑なきを得ない。而も、

倶舎論の眞意は従爽明かにせられて了つて居るとはいへないであらうし、倶舎論の表はす詮の賓践的意義も、倶

合冷製作の常時に於ても、果して幾何明確に考へられて居たか、疑なきを待ない。然し、この一小論文は決して

倶舎論の眞趣意壱考案し、又はそれによつて小乗係数の誼を新に組織せむとするが如き意固を以て書かれたもの

でなて、叉供合論の詮其ものの賓践的意義を研究せむとするものでもなべ、唯倶舎論の詮を通じて見た小乗彿教

の賓践的意義を考へて見むとしたのみのものであつて、其鮎を以上述べた如くに見て行かむとするのである。

然し、以上の如きことをいへぼ、全く倶舎諭の法相を破壊するものであつて、小泉彿教の教理組織も支離滅裂

になるものであらうが、小乗悌教又は倶舎論の教理組織庭俸統のままに維持する所に、果して何の意味があるか

をも反省する要があるであらう。倶舎論の眞趣意に従へば、俸溌詮を其まま奉じて居ることは出凍ない理である。

加之、倶舎諭の詮に通するでなくぼ、到底理解することの田来ない如き彿教教理又は宗乗が、印度支部日本に於

て、果してどこに存するであらうか。沸教教理一般から大観するときは、倶舎諭の法相を乱した所で、失ふ研が

どれだけあるかを考へて見るに、恐らく大なる損失もなきが如くに息はれる。然らば、凡てを世親の望息を徹底

せしめて新組織を明かにするのは理論的要求に副ふものとして歓迎せらるべきであ聖文法相の関係の内面に入

って茸践的意義を考察することも茸際的要求に應ずるものとして持つべきことではないであらう。かかる方面か

ら見れぼ、小乗係数の賽践的意義を論ずるのも、これ等に進む第一歩として多少の意味あることではなからうか。

︵十四・三・二十︶ 小乗係数の箕踵的意義 二九 29

(31)

、 7ヰ ■ 1■ − \\

記紀・の語るところにょると、蓼火火出見尊の配で海神の女なる豊玉姫が、産期の近づいた時、失神に封して﹃す

_

カレ、 べてあだし圃の人は、子産む折になれば、本つ岡の形になカてなも産むなる。故あれも今本の身になりて産みな

丁 むとす。妾をな見給ひそ﹄と戒め、産屋に龍られたが、辛がその言を怪しんで掻かに産屋を窺ふと、姫は八尋鰐

になつてゐた。姫は夫が禁戎を犯したことを知久﹃海阪五塞きて﹄故国に腐り去ったとある。

この神話には、吾人を困惑させる難が少くとも三つ含まれてゐる。

︵l︶ 何故咤女人は出産に際して故国の者の形態をとらねぼならぬか。 ︵2︶ 故国の者の形態は何故に動物でなくてはならなかったか。 ︵$︶ 産室を覗かれることが何故に夫婦永別の因とならねばならなかったか。

がこれである。

豊玉姫静話の一考察

豊玉姫神話の・一考察

松 村 武 雄

三〇 β¢

(32)

ヽ みy・‘ 一?∴∴∵㌧ / .. これ等の疑問を解くためには、先づ神話畢上で﹃浴身森組禁忌型﹄とでも呼び得る詮語群に日をつくべきだと 息ふ。賓例を支那の説話界に求めるなら、﹃捜紳記﹄巷十四に、. 湊露膚時。江夏黄氏之母。浴盤水中。久而不立。襲名亀実。婦駕走昔。此家人釆。亀韓入深淵。其後時時出見。 初浴啓一銀欽。潜在其首。於是黄民兵世不敢食亀肉。 とある。この説話に於ては、或女性が或行為中に或動物に欒ずる鮎では、豊玉姫神話に類同してゐるが、その行 為が出産でないこと、該行為を見ることが禁制であつたか香かが明かでないこと、目撃したものが女人の夫に限 られてゐないことの三鮮で、異つ七ゐる。然るに同書同会に出てゐる他の一説話には、 或黄初中。清河宋士宗母。夏天於浴室嘉浴。達家中大小悉出。礪在室中長久。家人不解其意。於壁穿中窺之。 不見入腰。見盆水中有一大幣。遽関戸。大小悉入。了不興人相承。昔党著銀欽。潜在頭上。相輿守之噂泣。無 \ オ奈何。意欲求宅永不可留。祓之積日韓僻。自捉出戸外。其去甚駿。逐之不及。造便入水。 とある。この説話では、女性の或行為を見ることが禁忌である。かくて豊玉姫神話との差違鮎が減じて二となる。 更に宋の洪邁の﹃夷堅志﹄によると、 丹陽願外十里間。士人孫知願婁同邑某氏女。女兄弟三人。孫妻居少。⋮⋮容儀意態全如蘭書中人。但毎躁浴時 、 必施重棒蔽障。不許脾妾柵至。雑婚背亦不恨事。孫数和英故。笑而不答。歴十年。年三十実。孫一日因微酔伺 其入浴。戯鎮隙窺之。正見大自蛇堆盤於盆内。云々。 とある。この説話では、女性の禁忌行薦を見た者は正しくその夫である。かくて豊玉姫紳託との隔りは更に減じ 封 . 豊玉船群話の一考察 三一 .、 、・ \■一.∵\ ヽ l

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