博 士 ( 医 学 ) 及 川 隆 司
学 位 論 文 題 名
潰瘍性大腸炎に伴なう dysplasia の形態学的および 免 疫 組 織 学 的 定 量 分 析 に 関 す る 研 究
― 癌発 生 との 関連 につ いて―
I.組織構築と形態学的定量分析 皿 . 免 疫 組 織 学 的 定 量 分 析
学位論文内容の要旨
I.研究目的
潰瘍性大腸炎にみられる粘膜病変であるdysplasiaの生物学的性質を,画像解析による組織 形態計測および免疫組織染色の定量分析を行なって解析し,dysplasiaと癌発生との関係にっい て,大腸癌,腺腫と対比させて検討した。
H.材料と研究方法
sm以 上に浸潤した癌の合併3例を含む潰瘍性大腸炎切除例6例の全割標本(1,163切片)を 作製し た。HE染色を行ない,異型 上皮をMorsonの分類に従って ,severe dysplasia(以下 SD129病巣),moderate dysplasia(以下MOD386病巣),mild dysplasia(587病巣)に分類 して組織再構築を行なった。
組織 形態計測として,細胞レベルにおける異型度を表わす係数である核腺管係数Index of Nucleus―Gland (ING)を , 画 像 解 析 装 置 を 用 い て 直 接HE染 色 標 本 か ら 測 定 し た 。 ras癌遺伝子産物p21の免疫組織 染色をABC法で行なった。一 次抗体にはras癌遺伝子産物 p21の モノク口ナールIgM抗体rp35(マウス)(北大医学部癌研分子遺伝部門作製)を80倍に 希釈し て使用し,4℃で24時間反応させた。二次抗体には,biotin標識抗マウスIgG抗体(ヤ ギ )(Bio一 Genex社 , BSA―PO kit)を 使 用 し , 室 温 で 1時 間 反 応 さ せ た 。 secretory componentの免疫組織 染色を行なったが,ras癌遺伝子産物p21の免疫組織染色 と同じ染色法を用いた。一次抗体にはsecretory componentに対するポリクロナール抗体であ
る抗人secretory component(ウサギ)(DAKO社製codeNo.187, Lot No.096B)を50倍に希釈 して使 用し,4℃で24時間反応させた。二次抗体としてbiotin標識抗ウサギIgG抗体(ヤギ)
(Bio―Genex社,BSA―PO kit)を室温で1時間反応させた。
高 速 画 像 解 析シ ステ 厶XL500(OLYMPUS―Avio)を 使 用し て, 染色 密 度係 数Index of Staining Density (ISD)二ニ一定面積に含まれる全腺管の面積に対する腺管内染色部分の面積の 比率,および染色腺管係数Index of Staining Gland (ISG)二ニ一定面積に含まれる全腺管の面 積に対する染色腺管面積の比率を測定して定量分析を行なった。
INGの測定およびras癌遺伝子産 物p21,secretory componentの免疫組織染色は,潰瘍性 大 腸炎症例でsm以上に浸潤した癌の粘膜内 進展部,SDおよびMODと分類 した病変およびそ れに隣接した部分に対して行ない,潰瘍性大腸炎を合併していないsm以上に浸潤した大腸癌の 粘膜内進展部,腺腫,正常大腸粘膜を対照とした。
原則 としてINGの測定には,一標 本当り100倍率で5視野測定 。ISDの測定には一標本当り 200倍率で5視 野測定し,ISGでは100倍率で3視野測定した。ras癌遺伝 子産物p21はISDとI SGを測定し,secretory componentはISGを測定した。
潰瘍性大腸炎症例および対照例に対して,・測定した係数の平均値の有意差検定のため,3群以 上の平均値の差の検討では,一元配置分散分析を行った。また2群間の平均値の差の検討ではF 検定を行ない,分散が5%以下の危険率で測定数が30以上の場合は正規分布検定を,30未満の 場合はt分布検定を行なった。分散 が5%以上の危険率の場合は ,Cochran−Cokの近似法に よりtを分布検定を行なった。
m.結 果
1.異型度 係数を用いた解析
潰瘍 性大 腸 炎症 例のsm以 上に 浸 潤し た癌 部のSD,MODは,対 照例のsm以上に浸潤した 大腸癌と 同じく腺腫より有意にING値 が高かった。また,SDは潰瘍 性大腸炎症例のsm以上 に浸潤し て癌部と同じく,MOD,腺腫 より有意に高値であった。更にMODの60病巣中44病巣 (73.3%) が腺腫より高値であった。また,そのうち13病巣(21.7%)は対照例のsm以上に浸 潤した大 腸癌のINGの95%信頼区間の範囲の値であり,31病巣(51.6%)はいわゆる良性悪性 境界領域 にあった。
2. ras癌遺伝子産物p21の 免疫組織染色の定量分析 1) ISDの比較
潰瘍 性大 腸 炎症 例のsm以 上に 浸 潤し た癌部,SD,MODは,対照例のsm以上に 浸潤し た大腸癌と同じく,腺腫 より有意に高値であった。
2) ISGの比較
潰瘍性大腸炎症例のsm以上に浸潤した癌部,SD,MODは,対照例のsm以上に浸 潤した 大腸癌と同じく,腺腫よ り有意に高値であった。
3. secretory componentの免疫組織染色の定量分析
MODと 腺腫 は, 潰瘍 性大 腸 炎症 例のsm以 上に浸潤 した癌部,SD,対照例のsm以 上に浸 潤した大腸癌より有意に高 値であった。
IV.考 察
潰瘍性大腸炎症例には癌が高率に合併するが,通常の大腸癌の肉眼型と相違して,診断が困難 で手遅れになることが多く,癌の早期発見の指標としてdysplasiaの重要性が指摘されている。
しかし,その組織診断に混乱がみられており,客観的な指標にようて組織診断基準を作ることが のぞまれている。
本 研究では,Morsonの 分類にもとづいて,SDおよびMODと分類した異型上皮を組 織形態 計測および免疫組織染色の定量分析を行ない,客観的診断基準によって再検討し,潰瘍性大腸炎 に お け る dysplasiaの 生 物 学 的 特 徴 を 明 ら か に し よ う と し た も の で あ る 。 細胞異型度を表 す核腺管係数(ING)を指標と して組織形態計測を行なった結果では,潰瘍 性大 腸炎症例のsm以上に 浸潤した癌部,SDのみならずMODも対照例の腺腫より明ら かに異 型度が高度であっ た。また,SDは潰瘍性大腸 炎症例のsm以上に浸潤した癌部や対照例のsm 以上に浸潤した大腸癌と同様,MOD,腺腫より有意に高値を示した。すなわち,潰瘍性大腸炎 に合併したSDは高度の異型を示しており,形態計測上,粘膜内に限局した癌,すなわちcar・ cinoma in situと 考えることができる。また ,MODの異型度は癌と良性である腺腫との中間 の位置にあり,いわゆる良性悪性境界領域病変と考えられるが,全症例のうち21.7%が癌と同じ 異 型 度 を 示 し て お り ,MODを 示 す 症 例 に は 癌 が 高 率 に 含 ま れ て い る可 能性 があ る。
ras癌遺伝子産 物p21の定量分析としてISDやISGを計測したが,いずれも潰瘍性大腸炎症 例のsm以上 に浸 潤し た 癌分 ,SD,MODは ,対 照例 のsm以上に浸潤した大腸癌と同 じく腺 腫より有意に高値 を示した。INGの測定結果と 照らしあわせてSDは粘膜内癌の生物学的性質
をもっと考えられた。さらに,MODの中には高い頻度で粘膜内癌が含まれていると考えられる。
secretory componentのISGの計測 でtま,MODは対照例の腺腫 と同じく,潰瘍性大腸炎症 例のsm以上に浸潤した癌部,SDより 有意に染色率が高かった。MODのsecretory component の合成能はSDより高く,機能分化を反映していると思われた。
V.結 論
1. SDは,対照 例のsm以上に浸潤した大腸癌と同じく高度の細胞異型を示し,ras癌遺伝子 産物p21も増幅していた。したがって粘膜内に限局した癌,すなわちcarclnoma in situであ ると考えられた。
2. MODの細胞 異型は,癌と腺腫との中間であり,またSDより分化傾向を示していた。した がって良性悪性境界病変と考えられたが,全症例のうち21.7%が癌と同じ細胞異型を示してお り,ras癌遺 伝子産物p21も対照例のsm以上に浸潤した大腸癌と同じく増幅していたことか ら,悪性のものが含まれていると考えられた。
学位論文審査の要旨
主査 教授 内野純一 副査 教授 葛巻 暹 副査 教授 細川真澄男
潰瘍性大腸炎症例には癌が高率に合併するが,通常の大腸癌の肉眼型と異なるため診断が困難 で,進行癌になることが多い。そのため癌の早期発見の指標としてdysplasiaの重要性が指摘 されているが,その組織診断に混乱がみられており,客観的な指標による組織診断の基準を作る ことが期待されている。
申請者 はMorsonの分類にもとづぃ て,dysplasiaをsevereおよ びmoderateに分類し,客 観的診断基準として組織形態計測および免疫組織染色による定量分析を用いて,異型上皮を通常 の大腸癌,腺種と対比検討し,潰瘍性大腸炎におけるdysplasiaの生物学的特徴の解明を試み た。
材料と して,粘膜下sm以上に浸潤した癌の合併3例を含む潰瘍性大腸炎切除例6例の全割標
本(1163切 片 ) を 作 製 し た 。HE染 色 を 行 い , 異 型 上 皮 をMorsonの 分 類 に 従 っ て ,severe dysplasia( 以 下SD)129病 巣 ,moderate dysplasia( 以 下MOD) 386病巣 ,mild dysplasia 587病 巣に分 類し て組織 再構築 を行っ た。
組 織 形 態 計 測と し て , 細 胞レ ベ ル に お ける 異 型 度 を 表わ す 係 数 で あ る核 腺 管 係数Index of Nucleus―Gland (ING)を , 画 像 解 析 装 置 を 用 い て 直 接HE染 色 標 本 か ら 測 定 し た 。 さ ら にras癌 遺 伝子 産 物p21の 免 疫 組 織 染色 をABC法 で 行 っ た 。一 次 抗 体 に は ,北 大 癌 研 分 子 遺 伝 部 門 作 製 のras癌 遺 伝 子 産 物p21の モ ノク 口 ナ ー ルIgM抗 体rp35( マ ウス ) を80倍に 希 釈 して 使 用 し ,4℃ で24時 間反 応 さ せ た 。二 次 抗 体 に は,biotin標識 抗マウ スIg抗 体(ヤ ギ)
(Bio−Genex社 ,BSA一PO kit)を使 用し, 室温で1時 間反応 させ た。
secretory componentの 免 疫 組 織染 色 を 行 な った が ,ras癌 遺 伝 子 産 物p21の 免疫 組 織 染 色 と 同じ 染 色 法 を 用い た 。 一 次 抗体 に は ,secretory componentに 対する ポリク ロナ ール抗 体で あ る抗 人secretory component( ウ サ ギ)(code No.187,Lot No.096B DAKO社製 )を50倍に希 釈 して 使 用 し ,4℃で24時間反 応さ せた。 二次抗 体と してbiotin標識 抗ウサ ギIg抗 体(ヤ ギ)
(Bio―Genex社 ,BSA―PO kit)を室 温で1時間 反応さ せた。
高 速 画 像 解 析 シ ス テ ムXL500 (OLYMPUS―Avio)を 使 用 し て , 染 色 密 度 係 数Index of Staining Density (ISD)二二一 定面積 に含ま れる 全腺管 の面積 に対する腺管内染色部分の面積の 比率, およ び染色 腺管係 数Index of Staining Gland(ISG)二二二一定面積に含まれる全腺管の面 積に対 する 染色腺 管面積 の比率 を測定 して ,定量 分析を 行った 。
異 型 度 係 数 を 用 い た 解 析 の 結 果 で は , 潰 瘍 性 大腸 炎 症 例 のsm以 上 に 浸 潤し た 癌 部 ,SD, MODは , 対 照 例 のsm以 上 に 浸 潤 し た 大 腸 癌 と 同 じ く 腺 腫 よ り 有 意 にING値 が 高 か っ た 。 ま た ,SDは 潰 瘍 性 大 腸 炎 症 例 のsm以 上 に 浸 潤 し た 癌 部 と 同 じ く,MOD,腺 腫 よ り 有 意 に高 値 で あ っ た(pくO.01)。 さ ら にMOD GO病 巣 の う ち44病 巣(73.3% ) が腺 腫 よ り 高 値で あ っ た 。 そ の う ち13病 巣(21.7% ) は 対 照 例 のsm以 上 に 浸 潤し た 大 腸 癌 のINGの95% 信 頼 区 間 の範 囲 の値で あり ,31病巣(51.8%)は いわゆ る良性 悪性境 界領 域に属 した。
ras癌 遺 伝 子 産 物p21の 免 疫 組 織 染 色の 定 量 分 析 の 結果 で は ,ISDとISGの 比 較 で 潰 瘍性 大 腸 炎 症 例 のsm以 上 に 浸 潤 し た 癌 部 ,SD,MODtま , 対 照 例 のSsm以 上 に 浸 潤 し た大 腸 癌 と 同 じく, 腺腫 より有 意に高 値であ った。(pく0.01)。
secretory componentの免 疫 組 織 染 色の 定 量 分 析 ではISGの 比較 で は 腺 腫 と同 様 に潰 瘍性大 腸 炎 症 例 のsm以 上 に 浸 潤 し た 癌 部 ,SD, 対 照例 のsm以 上に 浸 潤 し た 大腸 癌 よ り 有 意 に高 値 であっ た(pくO.05)。
以上より,SDは対照例のsm以上に浸潤した 大腸癌と同じく高度の細胞異型を示し,ras癌 遺伝子産物p21も 増加しており,粘膜内に限局した癌すなわちcarclnoma in situであると考 えられた。MODの 細胞異型は癌と腺腫との中 間であり,またSDより分化傾向を示しており,
いわゆる良性悪性境界領域病変と考えられた。しかし癌と同じ細胞異型度を示しているものもみ られ,ras癌遺伝 子産物P21も対照例のsm以上に浸潤した大腸癌と同じく増加しており,悪性 であるものが含まれていると考えられた。
審査にあたって,葛巻教授よりdysplasiaに対してras,p21を使用した報告例にっいて,細 川教授より潰瘍性大腸炎に伴う癌の発生頻度にっいて,阿部教授より組織構築の特徴,核異型に 対する形態学的定量分析の応用にっいて,長嶋教授より癌診断にっいてINGとras,p21の有効 性と構造異型に 対する方法等にっいて質疑があったが,申請者は概ね妥当な回答を行った。
潰瘍性大腸炎症例のdysplasiaに対して,組織形態計測と免疫組織染色の定量分析を組合せ て検討した報告はなく,本研究は今後のdysplasiaの総合的評価の可能性を示唆した点で意義 があり,学位授与に値するものと考える。