刑法上公然性を必要とする犯罪
著者
吉田 常次郎
著者別名
T. Yoshida
雑誌名
東洋法学
巻
21
号
1
ページ
p53-57
発行年
1978-03
URL
http://id.nii.ac.jp/1060/00006059/
Creative Commons : 表示 - 非営利 - 改変禁止 http://creativecommons.org/licenses/by-nc-nd/3.0/deed.ja刑法上公然性を必要とする犯罪
吉
田
常 次郎
一、事実 起訴状によれば被告人両名はMなる婦女に対し、それぞれ暴行を加え、狸襲の行為をした旨記載し、罪名・適條と して強制狸褻、刑法一七六条と記載してある。第一審は犯罪の証明がないものとして無罪の言渡をした。 検察官は事実誤認を理由として控訴した。控訴審はこれを理由あるものとして有罪の言渡をした。そして公然の事 実を認定し刑法一七四条の公然狸褻罪として処断した。 弁護人はこれに対し上告した。日く、被告人の行為は現代の風俗から見て責むべきでなく周囲の者がこれを目撃し たとしても不快を感せしめる程度のものでないからこれに刑法一七四条を適用したのは法令の適用を誤ったものだ。 且つ起訴状には公然性について何等記載していないのに原審が公然性について認定したのは違法であると。−⋮因み にいう。本件犯行の行われた場所は淫売窟で、目撃者は右淫売屋の者数名と他のお客が二・三名だったのである。 東洋法学 五三刑法上公然性を心要とする犯罪 五四 上告審は日く、弁護人の上告趣意書は刑訴四〇五条に該当しない。しかし、職権をもって調査すると前記のような 事実関係で、起訴状には公然性については何等の記載がないから訴因変更の手続を経ない限り無罪の言渡をすべきに 拘らず原審が公然狸褻罪として処断したのは審判の請求を受けない事実について判決をしたもので右違法は明らかに 事件の解明に影響を及ぼし且つ原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると説示し、原判決を破棄し、事件を原裁 判所に勢戻した︵昭和二九年八月三〇鷺第二小法廷判決、刑集八巻二一四九頁︶。 二.研究 最高裁は原判決を破棄しなければ藩しく正義に反するとしている点が多少閥題である。これを破棄しなければ正義 に反するだろうがそれが著しく正義に反するかが多少疑問ではなかろうか、 それは暫く措き、本件犯行は公然性があるかが大問題である。これを欝撃した者は数名で.しかも特定しているの である。公然とは不特定又は多数の人々が認識することのできる状態をいう︵改正刑法準備草案八条3号−ーー最近の 改正草案は乙の3号の規定を削除している︶。 ドイツ刑法一八三条は公然獲褻罪を規定し、公然獲褻行為をなし.これにより世人に憤満を与えたときは⋮⋮の刑 に処すると規定している。わが刑法では右の憤感云々に相当する字同が存しない。しかし公然わいせつ行為により風 俗をみだし良俗を害することを要求しているものと解するのが相当であろう。従って犯入においてこの点を認識する こと要する。すなわち行為の意義を認識すべく、その点の認識のないときは故意犯として、これを罰することはでき ない。刑法三八条3項の規定があるが行為の意義を知ることは故意犯として罰するには是非必要であると考える。
三、刑法において行為が公然なされたことを要求しているのは上述の公然わいせつ罪のほかに名誉殿損罪︵刑二二 一〇条︶と侮辱罪︵刑、壬一二条︶である。 大審院時代に次の如き事実関係について上告審は無罪を言渡した︵昭和一二年一一月一九日付判決、大刑集一六巻 一五一三頁以下︶。 事実関係は昭和十一年七月七日項某村蛇池団体事務所内において消防の小頭だった被告人は消防組合役員八名に対 し組合長が組合の金八千円を横領した旨話したのである。 原審は刑法壬二〇条一項の罪に該当するものとして有罪の判法をした。 弁護人はこれを不当として上告をなし、大審院は上告理由あるものとして事実審理開始決定をなし、更に審理の上 無罪の言渡をした。 日く、刑法壬二〇条にいわゆる公然とは不特定且つ多数人たることを要せず、萄くも多数人であるときはその特定 せる場合も公然というべきであるが、元来法律が公然性を規定し、而して判例が之がこれを不特定又は多数人と解す るに至りたる所以のものは蓋し多数人なるときはややもすれば秘密が保たれ得ぎるおそれあるが故に外ならぎるをも って多数人なりといえども、その員数の点に鑑み又その集会の性質が鑑み、よく秘密が保たれ得て絶対に伝播のおそ れのなき場合には公然と称する要なきものと解するを相当とすべしと。 今本件事案を按ずるに、右蛇池団体事務所における会合は一定の範囲に限られたる八名の役員会で、しかも同役員 会において、被告人は組合小頭辞職の理由の釈明を求められるや、人事に関する問題なるの故をもって当初理由の開
東洋法学 五五
刑法上公然性を心要とする犯罪 五六 示を拒みたるが列席者が右会合は懇意な役員の会合なることを挙げ、強いてその釈明を求めたので、已むなくその理 由を開陳したるものなれば、その経緯に鑑み、列席者は当然被告人の開示したる事項につき秘密を保つべき責任ある ものというべく、従って被告人が秘密の保たるべきことを予期して右の会合において小頭辞職の理由として開示せる ところがたまたま人の名誉を鍛損する事項に渉れりとするも、これを目して公然事実を摘示して名誉を殿損したるも のということを得ず.被告人の行為は名誉毅損罪を構成せぎるものであると。 黛 本判決が被告人が他人の横領事実を公然摘示するに至った事情を仔細に検討し、摘示もやむを得なかったもの として無罪としたのであると考えるが.構成要件該当性と責任性の間題を区別せず、被告人を助けたい嘉,心に駆られて 理論を曲げたものがあると考える、筆者は被告人助けたさに理論を曲げた勇気、温編には敬服するが.現代は水戸黄 門さま時代と異り結論さえよければ.それでいいではすまされぬ。本件は被告人の行為は構成要件には該当するが他 に適法行為をなすことができなかった事情の下においてなされた。いわゆる期待可能性がなかったものとして無罪の 判決をすべきであったと考える。 3 裁判をする者は被告人は自分の近親の者に対するように被告人に利益になるような事情を多少裁判が遅延して も詳細に調査すべきである。それには現行法が最高裁裁判官を十五名としているのは員数が少な過ぎる。大審院判事 は二十数名もいたのである。現代でも行政関係の大臣は三十名以上もいるのである. なお最高裁は上告理由があるときは破棄差戻しでなく、破棄自判できるようにすべきである。差戻すれば事件の解 決に全体としてより多くの時間を要するのである。破棄自判には十五名の定員では少なすぎる。
公然の意義については拙著﹁刑事法判例研究﹂三二頁以下にドイッにおける学説を紹介し、期待可能性について は拙著﹁日本刑法二一天頁﹂において、法律の錯誤については日二一〇頁以下︶において、それぞれ詳説してある。 罪となるべき行為をなし情状をしんしゃくすべきものがない犯人は断呼として処罪すべきであることは勿論である が、情状しんしゃくすべき犯人は公益に反ないし限り処罰すべきではないと考える。十人の有罪者を逸するも一人の 無膏者をも罰してはならないのである。もともと刑は刑無きを期するので、為政者は犯罪の発生しないような社会を 建設すべきである。 犯罪の効果として刑のほかに保安処分は必要であるがこの点については巳に卑見を明らかにしたから省略する。仮 正仮案は保安処分として強制労役をも規定し、ドイッ刑法もそうである。この点は研究の余地があると考える。