• 検索結果がありません。

茨城大学教育学部紀要 ( 教育科学 )67 号勝二ら (2018) : ダウン症児の運筆能力 399 ダウン症児の運筆能力 勝二博亮 * 加納茜音 ** 田原敬 * (2017 年 8 月 31 日受理 ) Handwriting Skills in Children with Dow

N/A
N/A
Protected

Academic year: 2021

シェア "茨城大学教育学部紀要 ( 教育科学 )67 号勝二ら (2018) : ダウン症児の運筆能力 399 ダウン症児の運筆能力 勝二博亮 * 加納茜音 ** 田原敬 * (2017 年 8 月 31 日受理 ) Handwriting Skills in Children with Dow"

Copied!
9
0
0

読み込み中.... (全文を見る)

全文

(1)

       

*茨城大学教育学部障害児生理研究室︵〒 310-8512 水戸市文京 2-1-1;Laboratory of Physiology, College of Education, Ibaraki University, Mito 310-8512 Japan︶.

**茨 城 県 立 境 特 別 支 援 学 校︵〒 306-0405  猿 島 郡 境 町 塚 崎 2170;Ibaraki Prefectural Sakai Special Needs Education School, Sakai 306-0405 Japan︶.

ダウン症児の運筆能力

勝二博亮*・加納茜音**・田原 敬*

(2017 年 8 月 31 日受理)

Handwriting Skills in Children with Down Syndrome

Hiroaki SHOJI*,Akane KANO** and Kei TABARU*

(Accepted August 31, 2017) はじめに  近年のICT(情報通信技術)の発展により,学校の中でICT機器を積極的に活用しようとする 試みがなされている。そのようなICT活用の流れは,知的障害特別支援学校でも生じており,個々 の子どもたちのニーズに合わせたICT機器の活用効果が検証されつつある(佐原,2014)。例えば, 書字が苦手な子どもにとって,補助代替ツールとしてICT機器を活用するなど,必ずしも書字に 依存せずとも情報伝達や記録保持が可能な時代になってきたといえる。しかし,文字を書くことの 実用的な面だけでなく,書字活動をとおして学ぶことの楽しさやできたことへの喜びを感じるなど, 教育における書字活動の果たす役割は未だ大きい。そのことは知的障害児でも同様であり,社会で 豊かに文化的な生活を送るため,そして情報伝達の手段を広げるために,書字学習は重要であろう と考える(エクスタスティンら,2016)。しかし,知的障害児において書字学習は大きな困難を伴 う場合も少なくなく(渡辺,2010),そのような現状に反して書字行為のつまずきとそれに応じた 指導方法の蓄積が不十分であるとされている(大庭,1998)。また,知的障害児の場合,個々の事 例で個人差が大きく,書字という高次に統合化された能力に関して,そのいかなる部分につまずき があるか,個々のケースで検討する必要があるだろう。  知的障害を合併しやすいダウン症は21番染色体のトリソミーが原因として起こる代表的な染色 体異常であり,とりわけ言語発達面での遅れが生じることで知られている。さらに,ダウン症児に おいては,微細な手指操作の困難さも指摘されており(鈴木ら,1997),微細運動は運筆技能の最 もよい予測因子となりうることが明らかにされている(Moy et al.,2016)。したがって,ダウン症 児においては,言語発達面だけでなく運筆操作面での弱さが書字の困難さを引き起こしている可能 性が示唆される。一方で,ダウン症児の運筆能力に関する先行研究は必ずしも多くはなく,その中

(2)

でも近年の研究を概観すると,青年および成人期に達したダウン症者を対象とした場合,発達年齢 をマッチングさせた健常児と比較すれば,単位時間当たりに筆記した文字数や文字自体の読みやす さなどの運筆能力はほぼ同等であることが明らかにされている(Tsao et al.,2011)。  最近では,これらの書字行動を定量的に評価する指標として,従来のように筆記された文字を分 析するだけでなく,筆記プロセスを記録することで筆記速度,運筆の休止回数や時間,筆圧などの 運筆特性にまで迫ろうとする試みがある。たとえば,Tsao(2017)はグラフィックタブレット(ペ ンタブレット)を用いてダウン症児の筆記過程を記録したところ,筆記速度などの定量化された運 筆特性は精神年齢を一致させた健常児と類似していたことを明らかにしている。しかし,グラフィッ クタブレットによる筆記では,筆跡がわずかに遅延して表示されたり,筆を通して伝わる触感覚が 紙面とは異なる違和感を生じさせたりするなど,実際の紙面上での筆記とは異なる側面がある。  一方で,グラフィックタブレットに代わって,運筆特性を定量的に計測できるツールとして,デ ジタルペンを用いた研究が挙げられる。デジタルペンの外見は普通のボールペンであり,紙面上に 筆記させることで,デジタルペン内部にあるCMOSカメラが時々刻々と変化する筆跡情報を読み 取り,メモリに保存することができる。尾上(2017)は,このデジタルペンを用いて,書字入門 期の子どもたちを対象として,未学習漢字について書字学習でよく用いられる「なぞり」と「視写」 を求めた際の筆記過程を検討している。その結果,なぞりについては発達的変化を認めなかったの に対して,視写に関しては月齢が上がるにつれ,筆記速度が遅延することを報告している。そこで, 本研究では尾上(2017)の課題に準じ,「なぞり」と「視写」による筆記過程をデジタルペンにより 記録し,健常児データとの比較からダウン症児における運筆特性を明らかにすることを目的とした。 方法 1.対象児  A特別支援学校小学部在籍のダウン症児5名(平均生活年齢±1SD:10.4±1.2歳;平均精神 年齢±1SD:3.9±0.8歳)を対象とした。対象児の書字側はいずれも右手側であり,生活年齢(以下, CAとする)の順にA~Eと表記した(表1)。なお,精神年齢(以下,MAとする)の推定には, 田中ビネー知能検査Vを用いた。  さらに,対照群として,尾上(2017)の健常児データを使用した。その内訳は,年中群12名(平 均CA±1SD:5.3±0.2歳),年長群17名(平均CA±1SD:6.1±0.2歳),1年生群12名(平 対象児 CA(年齢) MA(年齢) ペンの持ち方 書字側 学校での書字の様子 A 8.5 3.5 3指握り 右 平仮名清音ならほとんど読み書き可能で,筆記時の姿勢はよい。筆 圧はやや弱く,丁寧に作業に取り組む。 B 9.4 4.4 3指握り 右 平仮名はほぼ読み書きが可能であり,書字に対する興味も高い。 視力は弱く,紙に顔を近づけて書字する傾向がある。 C 10.9 2.9 2指握り 右 平仮名について文字形態と音のマッチングはできているが,読み書 きは完璧ではない。姿勢は崩れる傾向がある。 D 11.5 5.4 2指握り 右 平仮名もカタカナも読みが十分ではない。書字に対する興味関心も 弱く,筆圧も低い傾向にある。 E 11.5 3.5 2指握り 右 自分の名前は読めるものの,平仮名は読めない。書字に対する興 味関心も低く,なぞり書きは可能だが視写は難しい。 表1 ダウン症児のプロフィール

(3)

均CA±1SD:7.3±0.1歳)であった。対象児の書字側に関しては,左手側は年中群で1名,年 長群で2名,1年生群で1名であり,それ以外は全員右手側で書字していた。  本研究は茨城大学教育学部研究倫理委員会の承認(承認番号15012)を得て行われた。 2.課題  小学校2年生の配当漢字である「牛」のなぞりと視写をそれぞれ3回ずつ2.5cm四方のマスに 反復筆記するよう求めた(図1)。「牛」を対象漢字として用いたのは,幼児・小学校1年生にとっ て未習漢字であり,かつストローク数も少なく,文字の要素(縦線,横線,斜め線)を比較的多く 含んでいることが選定理由であった(小野瀬,1995;尾上,2017)。なぞりについては,手本の線 からはみださないように書くよう指示し,視写については,手本を見て書くよう教示した。なお, 遂行課題以外の場所はカバーで覆うとともに,視写の際には,右利きの対象児は手本をマスの左側 に,左利きの対象児はマスの右側になるように配置した。視写の手本に用いた文字は,光村図書出 版の小学校2年用の書写教科書より引用した。書き始める前に,「この文字を見たことがありますか」 と質問し,見たことがないと答えた場合には牛のイラスト画を見せ,漢字の「牛」であることを説 明した。さらに,筆順に関しては色別に表した紙を見せながら,教示者とともにその線を筆順どお りに指でなぞるよう促した。なぞりと視写の実施順は対象者間でカウンターバランスをとった。 3.筆記計測方法

 Anoto digital pen(アノト社製)とアノトパターンと呼ばれる位置情報の分かる細かなドットパ

ターンが印刷された専用紙(Seldage社製)を使用し,課題遂行中の筆記軌跡を計測した。これら を利用することで,実際に専用紙に書かれたアナログ情報をデジタル情報に変換し,パソコン上で 再生処理することができ,筆記軌跡の情報を読み取ることができる。専用紙には,位置情報を示す なぞり 手本 視写用の枠 図1 なぞり(左)および視写(右)課題 なぞりは,手本となる線をはみ出さずに筆記するよう教示した。視写は手本を左側(左利きの際は右側)に配 置し,隣の空白にある2.5cm四方のマスに手本を見ながら書き写すよう教示した。

(4)

ため0.3mm間隔の点が1枚当たり700000個の座標で印刷されており,これをデジタルペンの内 部にあるCMOSカメラにより座標情報を1秒間に75回の頻度で読み取り,内部メモリに保存す ることができる。なお,アノトパターンは小さくかつ薄く印刷されているため,専用紙に図表など を印刷しても座標が気にならないようになっている。本研究においては,なぞりや視写に使用した 課題を専用紙に印刷し,机上にメンディングテープで貼付した上で計測を行った。 4.分析

 ダウン症児の筆記過程データはElian software(Seldage社製)を用いて,なぞりと視写の各課題 における運筆時の筆記速度(mm / s)を算出した。さらに,視写については,崎原(1998)による 分節・構成の観点から作成された評価段階と誤りの定義に基づいて,書かれた文字形態をレベル別 に評定した。評価は3名の評価者によって実施し,評価が一致しなかった文字は,再度文字評価を 行い,合議制により評価を決定した。  尾上(2017)の健常児データと比較するにあたって,健常児においては5回の反復筆記であっ たのに対して,ダウン症児では3回の反復筆記であり,筆記回数が異なっていた。そこで,健常児デー タをダウン症児の筆記回数に合わせるために,なぞりと視写のそれぞれの課題について,初めの3

回分の筆記データのみElian software(Seldage社製)を用いて再分析し,課題ごとに3文字分の筆

記速度をそれぞれ求めた。これらのデータを,学年(年中群,年長群,1年生群)×課題(なぞり, 視写)を要因とする2要因分散分析を実施した。さらに,視写の文字形態評価に基づいて,レベル(低 レベル群,高レベル群)×課題(なぞり,視写)を要因とする2要因分散分析も実施した。統計処 理にはSPSS Statistics 22を用いた。 結果 1.健常児の書字データ  なぞりと視写について,各群における漢字書字の筆記速度を図2左に示す。この図をみると,な ぞりと視写のいずれの課題においても年齢が上がるにつれて,筆記速度が遅くなっているようにみ えた。そこで,学年と課題の関連を明らかにするために,学年(年中群,年長群,1年生群)×課 題(なぞり,視写)を要因とする2要因分散分析を行った。その結果,課題の主効果(F(1,38) =16.760,p<.001,ηp² =.306)は有意に認められたが,学年の主効果(F(2,38)=1.198,p >.1, ηp² =.059)及び学年×課題の交互作用(F(2,38)=1.599,p >.1,ηp² =.078)は認められなかっ た。したがって,年齢のいかんにかかわらず,視写よりもなぞりの方が筆記速度は有意に低下して いることが明らかとなった。  一方で,なぞりについてはいずれの対象児もほぼ正確に手本となる線の上をなぞることができた ものの,視写により書かれた文字に関しては,同じ年齢群であっても手本文字とはかなり異なるも のから,手本文字に近いものまで書字形態の幅が広かった。そこで,崎原(1998)による文字の 分節と構成の観点から作成された評価段階に基づいて,視写された文字を4段階のレベル別に評 定した。年齢群に関わらず,レベル1と2に判定された場合を低レベル群(n=21),レベル3と 4に判定された場合を高レベル群(n=20)とし,なぞりと視写についてレベル群ごとに漢字書字

(5)

の平均筆記速度を算出した(図3)。レベル(低レベル群,高レベル群)×課題(なぞり,視写)を 要因とする2要因分散分析を実施した結果,課題の主効果(F(139)=17.376,p<.01,ηp² =.308) は有意であったが,レベルの主効果(F(1,39)=1.482,p>.1,ηp² =.037)は認められなかった。 さらに,レベル×課題の交互作用(F(1,39)=6.806,p<.05,ηp² =.149)が認められたことから, 単純主効果検定を実施したところ,低レベル群でのみなぞり時に比べ視写時で有意に筆記速度が上 昇していた(F(1,20)=24.490,p<.001,ηp² =.550)。さらに,視写時においては低レベル群より 高レベル群で筆記速度が遅い傾向が認められた(F(1,39)=3.674,p<.1,ηp² =.086)。 0 5 10 15 20 25 30 年中 年長 小1 A B C D E 筆 記 速 度 健常児 なぞり 視写 ダウン症児 (mm/s) 0 2 4 6 8 10 12 14 16 低レベル 高レベル 筆 記 速 度 健常児 なぞり 視写 (mm/s) *

p

<.001 †

p

<.1 † * 図2 健常児(左)およびダウン症児(右)におけるなぞりと視写時の筆記速度 図3 レベル別のなぞりと視写時の筆記速度(健常児)

(6)

2.ダウン症児の書字データ  なぞりによる書字において,描線が蛇 行してしまう対象児もみられたが,いず れの対象児も「牛」の文字形態は保持 されていた。一方で,視写による書字 では,E児において判読不能であり,崎 原(1998)による段階評価ではレベル1 に判定されたが,それ以外の対象児はい ずれもレベル2に相当していた(図4)。 レベル2と評定された文字は,描線が明 らかに波打っていたり,文字のバランス が悪かったりするなど2つ以上のエラー が生じていたものであり,文字形態とし ては基本的に保持されており,判読可能 な文字であった。  ペンの持ち方に注目すると,Aおよび B児は母指,示指,中指,その対側を環 指で支えて筆記具を掴む3指握りで書 字していたのに対して,C,D,E児は 母指と示指,そしてその対側を中指で支 えて筆記具を掴む2指握りで運筆操作を 行っていた。  このようなダウン症事例における運筆特性に注目するために,各ダウン症児でなぞりと視写時の 筆記速度を算出した(図2右)。各対象児はCA順に左から並べられており,左図には健常児群デー タもあわせて示されている。事例ごとにみてみると,A児では視写時にはゆっくりと丁寧に運筆す るのに対して,なぞりになると顕著に筆記速度が上昇していた。一方で,D児やE児のようにな ぞりでは健常児と同程度の速さで運筆できていたのに対して,視写になると速度が顕著に上昇する 事例も見られた。B児のように,なぞりや視写とも健常児に比べて顕著に筆記速度が高いケースが いる一方で,C児のように,健常児群に比べると若干筆記速度が早いものの,両者の筆記速度に違 いがみられないケースもいた。 考察 1.幼児期における運筆能力の特徴  幼児期のかな文字習得は,読みと書きのいずれにおいても早年傾向にあるが(郡司・勝二, 2015),その背景には,家庭での教育,それを支える幼児向けの知育玩具,絵本,映像教材の開発, 幼児向けの外部教育機関の存在など,様々な環境的要因が関与しているものと想像できる。その一 方で,文字習得のレディネスが十分に発達していないにも関わらず,半ば強制的な文字の読み書き A児 B児 C児 D児 レベル1 E児 レベル2 図4 ダウン症児の視写による書字とレベル分け

(7)

が求められた場合,学習意欲の低下を引き起こし,就学後に学習態度が形成されないなど,新た な問題を引き起こしかねないであろう。本研究では,運筆動作の定量的評価を試みた尾上(2017) の健常児データを利用して,書字学習法としてよく用いられている「なぞり」と「視写」による書 字筆記過程に注目し,運筆能力の発達的特徴について再検証を行った。  今回実施したダウン症事例への運筆回数と一致させるために,尾上(2017)のデータのうち, はじめの3回分の筆記データを利用して再分析を行った。その結果,年齢発達のいかんに関わらず, 筆記速度が視写よりもなぞりで遅かった。これは,幼稚園年長児と大学生を対象として,同じく「牛」 の漢字を用いてなぞりと視写を求めた小野瀬(1995)の結果と一致していた。小野瀬(1995)の 研究では,筆記時間と筆圧を分析対象としていたが,筆記時間に関しては年長幼児や大学生ともな ぞりの方が視写に比べて筆記時間が延長していたことを報告している。すなわち,なぞりの方が視 写よりも筆記速度が遅かったことを意味しており,このような傾向は,かな文字学習の入門期にあ たる年中から小学校1年生にかけて同様であることが明らかとなった。なぞりが視写に比べて筆記 速度が遅くなった要因として,なぞりは手本となる線を正確にトレースすることが要求され,運筆 の自由度が制限されたことが挙げられるであろう。すなわち,筆記者は絶えず線から逸脱していな いかフィードバックされ,その都度,運動プログラムを修正しながら筆記しなければならないはず である。逆にいえば,なぞりという行為は筆記速度の制御を筆記者に要求する課題ともいえるだろ う。  一方で,発達的変化に関しては,なぞりや視写に関わらず,認めることができなかった。この点 に関して,視写された文字をみてみると,同年齢群であってもそのバランスや歪みに個人差が大き く,このことが漢字書字における筆記速度の発達的変化をもたらさなかった要因であったのかもし れない。そこで,視写による文字形態からレベル分けを行った上で再分析を実施した結果,低レベ ル群でのみなぞり時に比べ視写時で筆記速度が上昇することが明らかとなった。このような結果か ら,高レベル群のように正確に視写できていた子どもたちは,筆記速度をコントロールしながら書 字できるものの,低レベル群では視写時に運筆速度の上昇をコントロールできず,文字形態のバラ ンスの歪みを引き起こしたものと推察された。 2.ダウン症児における運筆能力の特徴  本研究で対象としたダウン症児は,いずれもなぞり書きが可能な事例であり,視写についても, 判読可能という点からみれば,対象児Eを除く全ての対象児で視写による書字が可能であった。 渡辺(2010)によれば,グッドイナフ人物画知能検査(DAM検査)によるMAが3歳6か月過 ぎからなぞり書きが始まり,MA 4歳過ぎから下書き線に合わせて明瞭に書字することが可能とな ると報告されている。さらに,視写はこれよりも遅れ,MA 4歳6か月前後で可能となることが指 摘されている。本研究の対象児では,MA 4歳に満たない事例も含まれていたが,そのような事例 であってもなぞりや視写が必ずしもできないわけではなかった。この点に関して,本研究における MAの推定がDAM検査でなく田中ビネー知能検査Vによって行われたことが一つの要因として 考えられる。木舩・中島(1988)によれば,知能の程度に関わらず,DAM検査は言語性知能より も動作性知能で相関が高いことを指摘している。田中ビネー知能検査Vは様々な検査から構成され, 包括的に知能を捉えていると考えると,なぞりや視写といった書字活動と田中ビネー知能検査V

(8)

によるMAとの関連がDAM検査ほど一致しないことは起こりうるであろう。  一方で,伊藤(1996)は,知的障害児のMAと健常児のCAをマッチングさせた場合,ひらが な文字の視写可能率は知的障害児の方が健常児よりも高かったことを指摘している。すなわち,こ の結果は,生活経験の多い知的障害児の方が健常児よりも優位であったことを意味しており,学習 や生活経験などが運筆能力に関与していたものと推察される。したがって,ダウン症児における運 筆能力には,精神発達に加えて,様々な経験の積み重ねが複雑に絡み合っているのかもしれない。  このような生活経験による影響は,ダウン症児の筆記速度でもうかがいしることができる。先述 のように,健常児においては,なぞり書きという行為が筆記速度のコントロールを促すことを指摘 したが,ダウン症児では必ずしも筆記速度の低下につながらない場合もあった。例えば,対象児A やBのように,学校での学習経験が比較的浅い事例においては,筆記速度が健常児に比べて顕著 に高く,そのようなケースでは手本となる線から外れて,丁寧になぞることが困難な様子が認めら れた。しかし,ダウン症であっても対象児C,D,Eのように,年齢発達が上昇していくと,筆記 速度も低下していく様子が観察された。確かに,学校での学習場面では図形や文字のなぞりが頻繁 に行われていることを考えると,そのような学習経験の積み重ねが安定したなぞり書きの習得に関 与しているものと推察される。一般的に,なぞり書きは正確な書字獲得に寄与するといわれている が(明崎ら,2009),ダウン症児の中にはその発達過程の中で必ずしも正確な筆記につながらない 場合もあり,安定したなぞりの習得には一定程度の運筆経験の積み重ねが必要であるものと示唆さ れた。  視写に関しては,全般的に健常児よりも筆記速度が高い傾向にあり,手本を見ながら書き写そう とする際に,筆記速度のコントロールが特に困難な事例がみられた(対象児B,D,E)。これらの 事例に関して,CAやMAとの関連性が明確ではなかったことから,生活経験や精神発達という側 面のみで,視写の困難さを説明するのは難しかった。その背景として,視写はなぞりとは異なり, 記憶やイメージなど様々な認知機能の負荷を生じさせると考えられており(小野瀬,1987),これ らの認知機能の負荷が運筆コントロールに影響を与えたのかもしれない。一方で,対象児Aのよ うに,なぞり書きで筆記速度が顕著に高かったとしても,視写を要求すれば筆記速度を緩めて書字 することが可能な事例も認められたことから,事例によっては丁寧な書字を求める場面で,むしろ なぞりよりも視写の方が効果的な場合もありうることが示唆された。  このように,ダウン症児においては,個々の児童によってその運筆特性は異なっていることが明 らかとなった。したがって,書字学習を行う際には,個々の児童の運筆特性を十分把握した上で教 材を吟味する必要があるものと考えられた。その際,運筆時の姿勢やペンの持ち方などにも気を配 るとともに,筆を持って描くことの喜びを味わわせながら,自信をもって書く活動の機会を増やす など,書字活動にこだわらずに運筆技能の向上を図っていく必要があるものと示唆された。 謝辞  本研究の一部は日本学術振興会科学研究費補助金基盤研究(B)(課題番号16H03807,研究代表 者:勝二博亮)の助成を受けて行われた。

(9)

引用文献 明崎禎輝・川上佳久・平賀康嗣・野村卓生・佐藤 厚.2009.「非利き手の書字正確性を向上させる練習方法」『理 学療法科学』24,689-692. エクスタスティン昇子・江田裕介・西出雅美.2016.「特別支援学校小学部に在籍する知的障害児の書字技能に 関する調査」『和歌山大学教育学部紀要 教育科学』66,107-114. 郡司理沙・勝二博亮.2015.「幼児におけるひらがな書字習得に関わる認知的要因」『LD 研究』24,238-253. 伊藤 徹.1996.「視覚-運動知覚の観点からみた幼児と精神遅滞児の視写能力-ひら仮名文字視写の難易性を中 心に-」『愛媛大学教育学部障害児教育研究室研究紀要』20,35-75. 木舩憲幸・中島聖奈子.1988.「精神薄弱児における人物画発達検査の併存的妥当性」『特殊教育学研究』26, 41-48.

Moy,E.,Tardif,C.,and Tsao,R.2016.Predictors of handwriting in adolescents and adults with Down syndrome. International Journal of Disability,Development and Education,64,169-181.

大庭重治.1998.「障害児における筆圧コントロール機能の形成に関する予備的研究」『上越教育大学研究紀要』 17,665-673. 小野瀬雅人.1987.「幼児・児童に澄けるなぞり及び視写の練習が書字技能の習得に及ぼす効果」『教育心理学研 究』35,9-16. 小野瀬雅人.1995.「書字モードと筆圧・筆速の関係について」『教育心理学研究』43,100-107. 尾上裟智.2017.「初出漢字筆記過程からみた子どもの書字習得の発達-「なぞり」と「視写」の比較による-」 公益信託松尾金藏記念奨学基金編.『明日へ翔ぶ4 -人文社会学の新視点-』(風間書房)pp.121-134. 佐原恒一郎.2014.「重度知的障害児教育におけるタブレット端末利用の効果と課題」『教育情報研究』29(2), 29-38. 崎原秀樹.1998.「幼児における文字の視写の発達的変化-分節・構成の観点からの検討-」『教育心理学研究』 46,212-220. 鈴木弘充・小林知恵・池田由紀江・菅野 敦・橋本創一・細川かおり.1997.「新版SM 社会生活能力検査による ダウン症児の発達特徴」『心身障害学研究』21,139-147.

Tsao,R.2017.Handwriting in children and adults with Down syndrome:developmental delay or specific features? American Journal on Intellectual and Developmental Disabilities,122,342-353.

Tsao,R.,Fartoukh,M.,and Barbier,M.L.2011.Handwriting in adults with Down syndrome.Journal of Intellectual and Developmental Disability,36,20-26.

渡辺 実.2010.「知的障害児における文字・書きことばの習得状況と精神年齢との関連」『発達心理学研究』21, 169-181.

参照

関連したドキュメント

文部科学省が毎年おこなっている児童生徒を対象とした体力・運動能力調査!)によると、子ど

当日は,同学校代表の中村浩二教 授(自然科学研究科)及び大久保英哲

活用のエキスパート教員による学力向上を意 図した授業設計・学習環境設計,日本教育工

[ 特集 ] 金沢大学の新たな教育 02.

地域の中小企業のニーズに適合した研究が行われていな い,などであった。これに対し学内パネラーから, 「地元

大学は職能人の育成と知の創成を責務とし ている。即ち,教育と研究が大学の両輪であ

工学部の川西琢也助教授が「米 国におけるファカルティディベ ロップメントと遠隔地 学習の実 態」について,また医学系研究科

学識経験者 品川 明 (しながわ あきら) 学習院女子大学 環境教育センター 教授 学識経験者 柳井 重人 (やない しげと) 千葉大学大学院