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ii はじめに近代の臨床検査室では 血液を主とする体液の電解質濃度を測定するとき イオン選択電極法によることが多い 一般に普及している ph メーターは 溶液中の水素イオン濃度を測定するための装置であるが 水素イオンに特異的であるという点からいえば イオン選択電極法の装置の一つには違いがない また

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(1)

イオン選択電極

Ion Selective Electrode (ISE)

を理解する

・ pH を測定する ・ Na や K などのイオン濃度を測定する 神戸大学医学部保健学科 非常勤講師

中 恵一

2003.6.16 (2015.5.25 J 版)

(2)

はじめに 近代の臨床検査室では、血液を主とする体液の電解質濃度を測定するとき、イオン選択電極法に よることが多い。一般に普及しているpH メーターは、溶液中の水素イオン濃度を測定するための装置 であるが、水素イオンに特異的であるという点からいえば、イオン選択電極法の装置の一つには違い がない。また、応用されている基本理論は全く同じである。 これまで、臨床検査を志すものに対して、pH メーターの初歩的な講義がなされるとき、ネルンスト Nernst の式によれば・・と、いきなり、水素イオン濃度から電極電圧を導き出す数式が出てくることが 多く、そのことの意味や、水素イオン濃度とそれによる起電力の関係が分かりやすく説明されることが 少なかった。 逆に、【電気化学】と題する講義では、数式が黒板やテキストのページに氾濫し、なぜそのような数 式がイオン濃度を測定することの理解に必要なのか、説明に納得できないものが多かった。 今日、電解質濃度の測定に炎光光度法や原子吸光光度法などの機器分析に代わって、イオン選 択電極法が好まれるのは、ひとえにそれが静かで安全だからというのではなく、装置に複雑な構造も なく、保守もブロックになった消耗品を交換するだけで、日常の装置管理が楽だからであろう。 しかし、日常の作業がそのように手も汚れず簡単で高度な技術は必要ではないといっても、そこにど のような基本原理が応用されているかを学ばないでは、担当する検査技師が毎回正しく測定されて いるとする保証を与えることは難しい。どのようなときに妨害を受けやすいかを理解しないで日常作業 をするのは、生命に関わる医療の場で働く専門家として楽天的すぎる。 そこで、少し基本の知識から、金属イオンの濃度と測定する電力との間に架かっている橋を学べるよ うに、テキストを作成した。金属イオンが電池と関わっていること、pH メーターを測定するための試料容 器は pH 電極がそれに浸けられたとき全体が電池を構成すること、測定されるのはイオン濃度ではな く起電力であることなどについて、順を追って説明した。 電解質測定のためのイオン選択電極法について、一人でも多くの初心者が、このテキストを自習用 として使い学ばれることを願っている。また、テキストの記述に関して多くの批評をお待ちしたい。

(3)

目次 電気エネルギー ... 1 ・ 金属のイオン化 ... 1 ・ 電池 ... 4 ・ 水素の反応 ... 9 ・ 燃料電池 ... 10 ・ 化学反応と電気エネルギー ... 14 エネルギーと熱力学 ... 20 ・ エネルギー保存則 ... 20 ・ エンタルピー ... 24 ・ エントロピー ... 26 ・ ギブス自由エネルギー ... 28 ・ 電池における化学反応のギブス自由エネルギー ... 30 ・ 理想気体の状態方程式 ... 33 ・ 理想溶液のギブス自由エネルギー ... 37 ・ 膜電位 ... 38 水素イオン濃度測定 ... 40 ・ 化学反応の一般的な式 ... 41 ・ pH の定義とその目盛り ... 44 ・ pH 標準液 ... 44 ・ 銀・塩化銀参照電極 ... 47 ・ 実用的な pH 測定 ... 50 ・ ガラス電極 ... 53 ・ 電極の校正 ... 56 ・ 金属イオンに対応するイオン選択電極 ... 56 補遺 ... 60 ・ 状態関数 ... 60 ・ エンタルピー ... 63 ・ エントロピー ... 64 ・ ギブス自由エネルギー ... 70

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電気エネルギー

・金属のイオン化

原子や分子から一個の電子を引き離すと、その原子や分子はプラスに帯電し、 陽(プラス)イオンになる。金属は、最外殻の電子軌道に活発な電子を持つ一 連の元素のことをいい、その電子を失いやすい。 金属固体を塩溶液につけると、電子を失ってプラスイオンになろうとする性質 がある。これを金属のイオン化傾向という。 金属の種類によってイオン化傾向に大小が見られる。イオン化傾向を比較して、 その強さの順に並べたものを「イオン化列」とよぶ。

イオン化列

K-Ca-Na-Mg-Al-Zn-Fe-Ni-Sn-Pb- (H2

) -Cu-Hg-Ag-Pt-Au

イオン化傾向は、イオン化列の左にある金属の方が高い。 イオン化傾向の大きな金属は、電子を失いやすいことを意味する。 参考:基底状態にある原子や分子から、 一個の電子を無限遠に引き離すのに要 するエネルギーをイオン化エネルギー (Ionization energy :IE)もしくは、イ オ ン 化 ポ テ ン シ ャ ル (Ionization potential :IP)という。これは元素の物 理学上の基本的な見方で、「イオン化 列」の順に、第一イオン化エネルギーが 大きくなるとは限らない。たとえばイオ ン化列で一番左にあり、もっともイオン 化傾向の大きな金属はカリウムである。 カリウムの第一イオン化エネルギーは、 4.34 eV(418.8KJ/mol)である。これは、 ナトリウムの第一イオン化エネルギー

(5)

が、5.14 eV であるのに対して数値が小さいので、カリウムの方がナトリウムよりプラスイ オンにされやすいことを示している。また水素のイオン化エネルギーは13.595eV であって、 数値ではこれらの元素よりはるかにプラスイオン化されにくいことを示している。ところ がイオン化列で水素より右にある、つまりイオン化傾向がより低い銀の第一イオン化エネ ルギーは7.58eV で、それはイオン化列でナトリウムのすぐ隣にあるマグネシウムの値に極 めて近い。マグネシウムの第一イオン化エネルギーは、7.65eV である。 金属電極がイオン化する際の議論では、電極反応の主体が電極─溶液界面での電荷移動で あって、さらに静電場を考慮する必要がある。電荷を持つものが金属表面から10−4cm 程度 の距離にあるとき、鏡像にあたる誘起引力が生じる。これは鏡像力の効果(image force) とよばれ、無視できない。Guggenheim EA は「電気化学ポテンシャル」を提唱した。これ によれば金属内部から鏡像力の効果がおよぶ点までは、金属の化学結合に関わる電子の持 つ化学ポテンシャルμeMと、金属表面の電荷分布に由来する表面電位χMの引力が関わり、 電子を引き離すのに要する仕事量は[μeM− M]が必要となる。さらに鏡像力の効果が 無視できない点からその力がおよばない溶液中の無限遠に引き離すのに要する仕事量は、 金属の外部電位をΨMとして、[− M]で表される。したがって、電極として溶液につけ ら れ た 金 属 原 子 の 電 子 に 関 す る 電 気 化 学 ポ テ ン シ ャ ル μ ˜ eM は 、 ˜ μ e Me M − FψMM

(

)

e M − FφM で表される。φMは電極金属の内部電位という。 イオン化傾向は、溶液との関係において電極反応の電位として理解できる。 金属が塩溶液につけられたときにとけ出そうとする現象は、化学反応の1つと してとらえることができる。金属が電子を放出して、プラスイオンとなる過程 は化学反応式を使って、次のように表すことができる。 亜鉛を例として取り上げれば、その化学記号にはZn が使われるので、金属固 体を表す添え記号を(s)とすることにして、 Zn(s) → Zn2+ + 2e- ・・(1) 反応式(1)は、金属の亜鉛片が溶液につけられると、亜鉛は溶液にとけだし て、2価のプラスイオンになることを意味する。このとき、電子が2つ遊離す る。 化学反応では、このように電子を放出する反応を、「酸化反応」という。 したがって、(1)の反応が進めば、亜鉛は酸化される。自身が酸化されるも

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のに対して、その反応で発生した電子を受け取る相手は、還元されると言う。 すなわち、この反応が起きるとき、上の例での亜鉛は「還元剤」としての能力 を持つことになる。 このように考えると、イオン化傾向の大きな金属は還元剤としての能力が高い と言うことができる。したがって、K や Ca は強い還元剤である。 逆に言えば、イオン化傾向の上位にある金属は酸化力が弱い。 金属の酸化力の強さは、水溶液にあってイオンの状態から金属単体になりやす い傾向を言う。これはイオン化列の右にあるものの方が高い性質を持っている。 金属に対して「酸化還元反応」を考えるとき、金属と金属イオンの組み合わせ で考えることができる。 ある金属の塩を水に溶解して、金属イオンとして存在する水溶液を準備し、そ の金属よりイオン化列の上位にある金属片をその水溶液に浸ける。 すると、イオン化列の上位にある金属片が溶液に溶けだし、最初水溶液をつく ったイオン化列の下位にある金属が析出してくる。 例で示そう。硫酸銅 CuSO4の水溶液を作り、これに亜鉛板を浸ければ、亜鉛 板の水溶液に使っている部分はやがて茶褐色に変化する。 ここで起きる反応は次の反応式で書き表すことができる。 Zn(s) → Zn2+ + 2e- ・・(2) Cu2+ + 2e- → Cu(s) ・・(3) 2つの反応式を合わして、全体の酸化還元反応を反応式として表すことができ る。 Zn(s) + Cu2+ → Zn2+ + Cu(s) ・・(4) このように、イオン化傾向が水素よりも小さなものがあれば、まずその金属 が析出する。イオン化傾向が水素よりも小さなものがなければ、酸性なら水素 イオンが、中性やアルカリ性なら水が反応する。 水溶液において、水素よりもイオン化傾向が大きい金属は、電極に析出はし てこない。このとき、水の反応を示すと、

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H2O + 2e- → H2 + 2OH このように水酸イオンOH- が出来るので、中性の水溶液を用いると、水が反 応して、その周りはアルカリ性になる。

・電池

酸化還元反応に伴う化学エネルギーを用いて電子の流れを発生させれば、その 化学エネルギーを電気エネルギーに変換することができる。 化学エネルギーから電気エネルギーに転換させる過程を見てみよう。 硫酸銅 CuSO4の水溶液に亜鉛板をつけたときの反応は、上で、反応式(2) と(3)、およびその全体を(4)で示した。 それぞれの金属だけについて化学反応を、(2)や(3)のように単独で示す とき、これを「半反応」という。 亜鉛に対する半反応(2)では、亜鉛分子が亜鉛板に電子を残してプラスイオ ンになって水溶液にとけ出すことを表している。一方、半反応(3)では、銅 イオンが発生した電子を亜鉛板表面で受け取り、金属銅となって析出すること を表している。このとき亜鉛は酸化を受け、銅は還元される。 ここで電子を亜鉛板から取り出すことを考えよう。 反応に用いたのは硫酸銅の水溶液であったが、このような塩溶液を電解質溶液 と呼ぶ。電子を取り出すために電解質溶液に工夫をしよう。 2つの水槽を準備し、一つには硫酸亜鉛 ZnSO4の水溶液を入れて亜鉛板をこ れに浸ける。もう一方には硫酸銅CuSO4の水溶液を入れ、それには銅板を浸け る。 それぞれの水槽内で起きることを期待するのは、反応式(2)と(3)で示し た各半反応である。 ここでそれぞれの水槽の金属板に導線をつなぎ、両方をそれで接続すると、電 子が導線を伝わって移動するなら、その電子の流れを電流としてこれを利用す ることができる。そうすれば、化学反応のエネルギーを電気エネルギーに変換 できたことになる。つないだ電線の途中に豆球ランプを入れるならこれが点る だろう。下図ではこの導線の中間に電圧計を入れたものを示している。

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図1:亜鉛と銅を電解質溶液に入れる 再度、それぞれの水槽で起きると予想する反応を書いておこう。 左の水槽: Zn(s) → Zn2+ + 2e- 酸化反応 右の水槽: Cu2+ + 2e- → Cu(s) 還元反応 左の亜鉛が入れられた側では亜鉛板に電子がたまり、亜鉛の酸化反応が起きる。 一方、右の銅が入れられた側では電子が水溶液に移動し、銅の還元反応が起き る。 亜鉛は電子を電極に残し、プラスイオンとなって水溶液中に出て行き,亜鉛板 の電極中に電子が余分にたまる。このとき、水溶液にある硫酸イオンは変化を 受けない。 一方の銅板では、水溶液中の銅イオンが銅板から放出される電子を受け取って 銅単体となり析出する。こちらの水槽でも水溶液にある硫酸イオンは変化を受 けない。 電極に余分にたまっている電子の量を、電極電位という。

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上の図では導線の中間に電圧計がつなげてあって、両極の電極電位の差を測定 することができる。電極電位の差、すなわち「電位差」は電極間をつないで回 路をつくれば、その回路に電流が流れるので、「起電力」ともいう。この電位差 や起電力の数値については後で考えることにしよう。 電圧計は電流を流さず、両極間の電位差を計ることができる。この状態では電 子の移動がない。電子の移動がないので各イオンの濃度にも変化はない。電圧 計はこのときに電池の起電力に対して最大値を与える。もしも電流が流れると、 各イオン濃度の変化が起きるので起電力にもわずかながら変化が生じる。 両方の極を導線でつないでその中間に電圧計を入れ、亜鉛板から銅板へ導線を 介して電流が流れないときの状態をさらに考えてみよう。 左の亜鉛板に残った電子は、溶液中に続いて出てゆこうとする亜鉛イオンを逆 に引っ張り戻そうと働く。この結果、亜鉛板に残った電子の量がある程度以上 になると、もはや亜鉛は溶け出さない。 この状態を平衡状態という。 一方の銅板では電子の流れがないので、同様に銅イオンの還元反応は進まない。 そこで、電子の流れが起きるように導線の中間に豆電球を入れて回路を作るこ とにしよう。このように電池の両極間に電球などを入れることを「負荷をかけ る」という。 回路ができ、それに負荷をかけることによって電子の流れが起き、豆電球が点 る。この結果、陰極では亜鉛がどんどん水溶液に溶けだし、陽極では銅が析出 する。 ところが、こうしてうまく電子の流れが始まっても、それは持続しない。 どちらの水槽においても硫酸イオンは変化を受けないことをすでに述べてい た。これでは、亜鉛側のプラスイオンが、また銅側のマイナスイオンがたちま ち過剰になってしまう。この結果一瞬電流が流れるだけで、すぐ電子の流れは 停止し、豆電球は点り続けないだろう。 うまく豆電球を点り続けさせるには、それぞれの水槽のプラスイオンとマイナ スイオンの均衡が保てるようにしなければならない。 この解決には、それぞれの水槽で過剰になるプラスイオンとマイナスイオンが 移動できるようにすればよい。 それには2つの方法がある。 一つは、塩橋とよばれるイオンの通路を両水槽に掛け渡す方法である。塩橋は

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チューブ内に飽和塩化カリウム(KCl)溶液などをゼラチンで固めて詰め、それ がこぼれ出ないように、それぞれの口を濾紙などで封じたものである。 図2:亜鉛と銅を電解質溶液に入れ、塩橋を渡す この塩橋の代わりに素焼きの陶板やセラミックなどの、イオンを通す性質があ る固体で両水槽を仕切る方法でもよい。図に示したように、塩橋もしくはしき りを介してイオンが移動できる。

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図3:亜鉛と銅を電解質溶液に入れ、しきり板にセラミックを使う このように電子の流れを発生させて利用しようとする装置を「電池」とよぶ。 電池には2つの極がある。陽極(+)と陰極(-)である。 陽極(+)は、正極ともよばれ、電極に伝ってきた電子が水溶液に移動し、還 元反応が起きる側をいう。 これに対して陰極(-)は負極ともよばれ、電極金属がイオン化し酸化反応が 起きて、電子が電極から取り出される側をいう。 今の例では、亜鉛板が陰極(-)、銅板が陽極(+)とよばれる。 有名な「ダニエル電池」は、このように考案された。 電池を電球などにつなぎ電気回路を形成すれば、亜鉛電極内の電子が導線へ流 れ出て電球を明るくし、亜鉛はつぎつぎ溶液に溶け出す。 回路を切れば、再び電極に電子がたまり、平衡状態に達して、亜鉛イオンの溶 出は止まる。 ここで電池の表記についての取り決めを記しておこう。

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電池は2つの極からなる。陽極と陰極である。陽極、すなわち還元反応が起き、 導線を介して電子を受け取る極を右に書く。ダニエル電池の場合には陽極は銅 板であり、銅イオンを供給する硫酸銅の水溶液が電解質溶液として用いられる。 陽極金属と電解質溶液の間は縦棒で区切る。そこで陽極は次のように表記され る。

CuSO4(aq) | Cu(s) (+)

記号(aq)は、水溶液のこと。 同様に陰極は、酸化反応が行われる極でこれを左に書く。 (-) Zn(s) | ZnSO4(aq) この両方の極は別々の水槽にあって、イオンの交換が塩橋、あるいはセラミッ クのようなしきりを介して行われるので、この隔壁をタテ二重線で表記し両極 を並べて記す。 ダニエル電池は次のような記号で表記される。これを電池式と呼ぶ。 (-) Zn(s) | ZnSO4(aq) || CuSO4(aq) | Cu(s) (+)

両端の極を導線で接続し回路を形成すれば、電子の流れが左の陰極から右の陽 極に起こり、電流は右から左へと流れる。

・水素の反応

イオン化傾向の大きさが異なる金属を組み合わせて、酸化還元反応が起きると、 電子の流れが生じ、それを取り出して豆電球を点灯する仕事として利用するこ とができる。 イオン化列の、鉛と銅の間には水素がある。この水素の酸化還元反応を見るこ とにしよう。 水素の酸化反応は次のように表される。 H2 → 2H+ + 2e- ・・(5) これを半反応として、電子の流れを作り出せば電池として機能するから、取り 出された電子を利用する還元反応を考えよう。 水素と反応する相手に酸素を選べば、水が生成物として得られることを期待で きる。

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酸素が電子を受け取る還元反応の半反応は次のように表される。 1/2 O2 + 2e- → O2- ・・(6) 半反応(5)と(6)を組み合わすことができれば、次の全反応によって、水 が生じる。 H2 +1/2 O2→ H2O ・・(7) このとき得られる電子を導線に誘導すれば、電気エネルギーとして利用が可能 になる。 問題は、ダニエル電池で見たようにそれぞれの半反応で生じるイオンの処理で ある。半反応(5)と(6)はそれぞれ隔離された容器で行わなければ、水素と 酸素が直接反応して水を生じてしまう。しかし、容器の隔壁がイオンを通さな いと電池として機能しない。

・燃料電池

固体は一般に分子やイオンを通過させないが、中には特定のイオンを通過させ るものがあり、これを固体電解質とよんでいる。 半反応(5)で発生する水素イオンを効率よく通過させるためには、ナフィオ ン(Nafion; Du Pont 社:米国デラウェア州ウィルミントン)とよばれる固体高 分子膜が有力である。 ナフィオンは、フッ素を含む高分子パーフルオロスルホン酸系といわれるイオ ン交換膜で、全体はテフロン様構造からできており、側鎖にスルホン酸基を持 つ。その厚さは20∼50 ミクロン程度である。膜の内部で負に荷電するスルホン 基(SO3-)が水素イオン(H+)を引きつけ、これを通過させる。この水素イオ ンの通り道は電子顕微鏡で見ると、トンネルのようにできている。

(14)

図4:ナフィオンを使った燃料電池 陰極では水素の酸化反応が起きる。 H2 → 2H+ + 2e- ・・(5) 一方、陽極では、次の還元反応が起きる。 1/2 O2 + 2e- → O2- ・・(6) O2- + 2H+ → H2O ・・(8) 全体の反応は、反応式(7)で表される。

(15)

H2 +1/2 O2→ H2O ・・(7) こうして開発された電池は、「燃料電池」とよばれている。燃料に水素ガスが 利用される。 反応式と図に示した気体酸素は、通常の空気が利用され、反応で生じた水と酸 素以外の利用されない気体元素は排気される。 この燃料電池は、水素と酸素を遮断し、水素イオンだけを通過させる固体電解 質を使った。これは、上の半反応(5)で生じた水素イオンの処理を考えたわ けである。 これに対して、半反応(6)で生じる酸素イオンを移動させる工夫もある。 図4:安定化ジルコニアを使った燃料電池

安定化ジルコニア(Stabilized Zirconia :ZrO2/CaO)は、高温下で酸素イオン通過 性のある固体電解質として開発された。ジルコニウムに10モル%程度の酸化 カルシウムを加え結晶を作ると、+4価のジルコニウムイオンの位置の一部を+

(16)

2価のカルシウムイオンが占める。できあがった安定化ジルコニアは、このカ ルシウムの数だけ、酸素イオンの不足が起き、固体全体を電気的中性に保つた めに酸素イオンの透過性ができる。ジルコニアの両面に白金粉末を焼き付け、 それに白金のリード線を取り付ける。焼き付けられた白金には多くの孔があり、 その孔を通して気体とジルコニアが接触する。 酸素イオン導電性の固体電解質として、ジルコニアを用いた燃料電池は、次 のように動作する。 1)空気極(右側)に入った酸素 O2は電極で電子を受け取り、酸素イオン O 2-になる。 1/2 O2 + 2e- → O2- ・・(6) 2)O2-は固体電解質、ジルコニア中を移動していき、燃料極(左側)で H2 と 反応し水H2O を生じる。この過程に伴って電子が放出される。 H2 + O2- → H2O+ 2e- ・・(9) 3)これら結果として外部回路に電流を取り出すことができる。 燃料電池の起電力は、酸素イオンが電解質中を移動することにより生じる。 酸素イオンが移動する駆動力は、固体電解質の両端、すなわち燃料極と空気極 の酸素濃度差である。

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・化学反応と電気エネルギー

ダニエル電池の陰極は、亜鉛板が硫酸亜鉛の水溶液につけられていた。このと きの現象は次のように説明された。亜鉛は電子を亜鉛板電極に残し、陽イオン となって出て行く。その結果、亜鉛板電極中に電子が余分にたまる。 ダニエル電池の陰極の「電極電位」は、この電極に余分にたまっている電子の 量をさしている。それでは、この半反応による電極電位を測定することができ るのだろうか。半反応は、次のように示される。 Zn(s) → Zn2+ + 2e- ・・(1) 亜鉛が1モル反応すると、2モルの電子が持つ総電荷量が流れる。 1電子の持つ電荷量は、1.6022x10-19 C (C:coulomb:クーロン)であ るから、 1モルの電子の総電荷量は、アボガロド数をかけて、 96,485 = 9.6485 x 104 C/mol である。これを、1F、1ファラデーと表す。 1F = 9.6485 x 104 C/mol 亜鉛が1モル反応すれば、2モルの電子が持つ総電荷量が流れるので、これを、 記号q として表すと、次の電気量が得られる。 q = 2F ・・(10) 化学反応によって取り出せる電気量は、このように計算される。 それでは、電気エネルギーとして、その電力はどのようになるだろう。 電力は、 電力=電圧×電流×時間 ・・(12) 電流×時間=電気量、であるから、式(12)を書き直せば

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電力=電圧×電気量 ・・(13) ここで、電気量q は、式(10)で表しているので、 電力=電圧×q=電圧×2F ・・(14) と書くことができる。 電圧を、記号Vで表すことにし、電力をWにすれば式(14)は W = 2FV ・・(15) として表しておくことができる。 電圧の単位系は、仕事量が電力Wであるので、(13)から V= W / q ・・(16) 仕事量をジュール:J(ジュール)で表せば、電圧は、J / C (ジュール/クー ロン)で、その単位を表現することができる。 式(15)の表すところは、亜鉛を化学反応の材料として得られる電力という 仕事量が、その電力すなわち電極電位で決定されることを意味している。 一般に、化学反応で1分子の材料を消費し、n個の電子が流れることを、その 半反応で知ることができるとき、式(15)を一般化して、次のように得られ る電気エネルギーを表すことができる。 W = n FV ・・(17) 化学反応によって生じる電子を取り出し、回路に導けば、ここに電流が生じる。 その起電力(V)は、陽極、陰極のそれぞれの電位を、E+ E- と記号で表し て、次式で書くことができる。 V= E+ E- ・・(18)

(19)

ここで、問題になるのは陽極、陰極のそれぞれの電位、E+とE-で、上に議論し たように回路を形成しなければ、それぞれの電位は決定できない。 ここでいま、片方の電位をゼロとすれば式(18)は、たとえばE- = 0 で V= E+ として、陽極の電位が決まる。 そこで、申し合わせにより、水素の半反応による電位をゼロとすることになっ た。 その半反応の式は、水素の還元反応として、次のように表せた。 2H+ + 2e- → H2

標準には、Max Julius Louis Le Blanc (1865-1943) が発明した水素電極を用 いる。これを標準水素電極(Standard Hydrogen Electrode: SHE)とよび、この 電極電位をいつも 0 volt(ゼロボルト)と取り決めている。 図6に示した水素電極は、1atm の水素ガスとそれに平衡状態にある水素イオ ンが存在し、次の半反応が平衡状態にある。 H2 (g: 1 atm)→ 2H+ (aq: 1 M)+ 2e- ・・(5) g は気体を示す この反応において、平衡状態にある電極電位を0 volt と定義する。 電極に白金を用いるのは、電極材料自体が溶解しないものであること、すなわ ち、イオン化傾向の低いものであること、また、水素イオンの還元に対してな るべく活性の高いものであることが条件として求められるが、白金はこの2つ の性質を兼ね備えていて、陽極の電極材料に適している。 気体の標準状態は、1atm を標準としている。この分圧を維持し、溶液中の水 素イオン活量を1にする。水蒸気の分圧が変化すると平衡電位は変化する。

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図6:標準水素電極(0 ボルトの基準)

標準水素電極は1モル塩酸溶液につけた白金電極に、1atm の水素ガスを吹き込んで使う。 白金電極は、分極を防ぐために白金板に白金メッキを施し(白金黒とよばれる)、上半分 を水で飽和させた(1atm の水蒸気分圧が必要)、1atm(101.325 kPa)の水素ガスを流し、 下半分を1mol/l の塩酸溶液につける。水素ガスが電極として働き、白金板に電子が集めら れる。 ダニエル電池の亜鉛電極を、この標準水素電極につなげば、亜鉛電極電位が測 定できる。 亜鉛電極側では、酸化反応の半反応が起きる。 Zn(s) → Zn2+ + 2e- ・・(1)

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標準水素電極側では、還元反応の半反応が起きる。 2H+ + 2e- → H2 図7:亜鉛電極と水素電極をつないで電池とする 25℃の基準状態における亜鉛電極の半反応(1)に対する平衡電位はすでに 知られている。 E゜= -0.763 volt また、銅板側の電極電位も、同じようにして測定することができる。 起きる半反応は、すでに上述したが再度記しておこう。 Cu2+ + 2e- → Cu(s) ・・(3) 25℃の基準状態におけるこの電極電位は、E゜=+0.337 volt と、知られて

(22)

いる。 ここで、亜鉛電極と銅電極の組み合わせでできる電池の最大電圧を、これらの 平衡状態における観測値から計算することができる。式(18)を使って、 V= E+-E- ・・(18) V= +0.337-(-0.763) = +1.10 volt つまりダニエル電池で得られる最大電圧は、1.1volt と計算できる。実際に は、イオンの濃度が変化すれば、反応の平衡が変化するので得られる電圧も変 化する。 ここで、ダニエル電池で亜鉛1モルが反応するとき、式(17)を使って、得 られる仕事量としての電力を計算できる。 W = n FV ・・(17) すなわち、ダニエル電池における電極反応は、 Zn(s) → Zn2+ + 2e- ・・(2) Cu2+ + 2e- → Cu(s) ・・(3) であったから、反応が進んで移動する電子は、n = 2 である。 1F = 9.6485 x 104 C/mol を適応すると、 W = 2 x 9.6485 x 1.1 x 104 = 2.1227 x 105 J/mol = 212.3 KJ/mol (K = 103:キロ) すなわち亜鉛1モルの化学反応によって、212.3 KJ/mol の電気エネルギーが得 られる。 水素ガスを使う燃料電池の起電力は、電極の半反応から、 O2 + 4H+ + 4e- → 2H2O ・・(19) 25℃の基準状態におけるこの電極電位は、E゜=+1.229 volt が得られている。

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したがって、燃料電池で1モルの水素が反応すれば、 W = 2 x 9.6485 x 1.229 x 104 = 237.2 KJ/mol すなわち、237.2 KJ/mol の電気エネルギーが基準状態で取り出せる最大電力 と計算される。現在作られている燃料電池の電力は、実際上、0.8 volt ほどで ある。したがって、現実的に取り出せる電気エネルギーは 154.4 KJ/mol の仕 事量と計算される。「仕事量」という言葉については、電気でモーターを回し、 なにがしかの「仕事」をするなど思い浮かべれば、実感できるだろう。

・エネルギーと熱力学

これまで述べてきたように電池は、化学反応から直接電気エネルギーを取り出 す仕掛けである。ダニエル電池では、亜鉛と銅が酸化還元反応を起こす過程で 電子を放出するのを利用する。また水素ガスによる燃料電池は、気体水素と酸 素を原料とし、水が生成される。この過程が1atm の気体原料を25℃(298.15 K)で1モル反応させて、生成物も1atm の液体の水を得るなら、次の全反応に よってすでに計算したとおり、237.4 KJ/mol の電気エネルギーが取り出せる。 H2 + 1/2 O2 → H2O 圧力と温度がともに反応の過程を通じて一定の場合に、その過程から取り出せ る仕事量は、熱力学的に考えることもできる。 それは、ギブス自由エネルギーとして議論される。電池で取り出した電気エネ ルギー、すなわち電力はこのギブス自由エネルギーに相当する。 次に、化学反応をこの熱力学の面から考えてみよう。 ・エネルギー保存則 水素ガスを使う燃料電池のように、独立した一つの仕掛けを考え、これを「系」 と呼ぶことにする。系を考えるとき、電池のように具体的なものを持って考え るのが容易いのでそうすることが多い。熱力学では自然界全体をあつかうので、 しばしば概念的になり、非現実的な記述が行われるが、系の大きさや系を構成 する分子の大きさについて特定する必要はない。 系におけるエネルギーを、内部エネルギー、熱エネルギー、力学的エネルギー の3つの要素からなると考える。これらのエネルギーを考えるとき、系の熱力

(24)

学的なパラメーター(変数)が必要となる。熱力学的な状態は、これらのパラ メーターのうちのいくつかを指定すれば決定される。 熱力学的なパラメーターは、2つに分類される。 ・示量パラメーター(示量性変数): 系の大きさや、構成する物質の量を示す、体積や質量 ・示強パラメーター(示強性変数): 系の大きさに依存しない、系における1つの点で決まった値で与え られる。圧力や温度、密度など いくつかのパラメーターで完全に決定できる状態を関数で表現することがで きる場合がある。そのような関数を熱力学的な状態関数(→補遺 p60)と呼ぶ。 関数で状態の変化を表すことができれば、数学的に取り扱うことができ、いろ いろの面で便利である。 一つの系について、その状態を知ろうとするとき、系が熱力学的な平衡状態に あると議論する上で都合がよい。 熱力学的な平衡状態とは、系を外部と独立させ、長時間放置した後に達成され る状態をいう。このとき、系の状態をその外部のパラメーターで表現できる。 たとえば、電池を独立した系と考えるとき、平衡状態に達した電極電圧を外部 においた電圧計で測定することができる。 ある系を考えるとき、前提としてその系はエネルギーを保有していると考える。 系が独立してそこに存在するということで持っているエネルギーである。これ を内部エネルギーと呼ぶ。系がある過程を経て状態を変えるとき、系から系の 外部へ力学的な仕事をする場合には、力学的エネルギーの出入りがあると考え る。また、系に熱が出入りする場合が考えられ、それを熱エネルギーの出入り と考えることにしよう。 まず、力学的エネルギーについて考えることにする。 いま、系が状態を変えその体積が増えれば、系の‘壁’がその系に接している 「外部」へ力学的な仕事をすることになる。 このように系が膨張し、壁が外部に向かって押し出されると考えたとき、膨張 する過程における圧力を一定でpとし、系が膨張した体積をΔV(膨張した分だ けの体積増加量)とするなら、系の仕事量ΔWは両者の積で表される。Δは変 化量を表すときにつける記号と決めておこう。

(25)

ΔW = p・ΔV ・・(20) 系の体積が凝縮する場合があるので、仕事を記号で表す場合には注意する。も し系に接した「外部」から、系に力が加わって体積を小さくしたなら、ΔVは マイナスとなるのでΔWもマイナスで表される。 −ΔW = −p・ΔV ・・(20′) 今考えている系を「系A」と呼び、その内部エネルギーを UA、外部の系を「系 B」と呼んで、その内部エネルギーを UBと表すなら、二つ合わせた全体の内部 エネルギーは、両者の和で表すことができる。 U = UA+UB ・・(21) この体積変化に必要なエネルギー変化量は、どこから得られたかを考えれば、 その変化があった「系A」と外部の「系 B」のいずれかあるいは双方の内部エネ ルギー変化分でまかなわれたと考えざるを得ない。(図8参照) そこで、このエネルギーの収支関係は、変化分を表す記号に先と同様Δを用い ることにすると、次式のようになる。 −ΔU =ΔW ・・(22) すなわち、観察している「系A」のエネルギーと外部の「系 B」のエネルギー を合わせた総エネルギーを見て、その微少な減少量− ΔU が仕事をなすために 必要であったエネルギー量と考えてみることにする。 ついで、この体積の変化が、「系 A」に接する外部の‘熱’によって起きたも のと考えてみよう。すなわち、外部の「系B」が系 A より高温で、「系 B」によ って系A が暖められたことになる。 このとき、移動したエネルギーを「熱量」と定義する。

(26)

図8:熱量の移動と系が外部にする仕事 「熱量」を、記号Qで表すと、外部の「系 B」が失ったエネルギー− ΔUB で あり、これが熱量であるから、式で表せば、次式のように書くことができる。 −ΔUB = Q ・・(23) ここで、「系A」とそれに接する「外部 B」、両方のエネルギーを合わせた総エ ネルギーの変化量ΔU は、式(22)で与えられていた。 −ΔU =ΔW ・・(22) −ΔU =−(ΔUA+ΔUB) であるから、 − ΔUA− ΔUB=ΔW ・・(24) これに式(23)を当てはめて、ΔUAで整理すれば

(27)

ΔUA= Q-ΔW ・・(25) この式(25)は、「エネルギー保存則」あるいは「熱力学の第一法則」を数 学的に表現したものである。 すなわち、 独立した系を考え、その状態が変化するとき、系の内部エネルギーの変 化量は、その系に入る熱量と系が外部にした仕事との差である。 式(25)には、また重要な主張がある。つまり、エネルギー保存則にしたが うとき、熱量は力学的エネルギーに、また力学的エネルギーは熱量に変換しう ることを意味している。 熱量を表す単位は、カロリー(cal)を用いる。1cal は 1 cal = 4.184 J と換算される。ジュールは 1J = 1Nm (ニュートン・メートル)で仕事量を 表現する単位系で表される。 ・エンタルピー 式(25)から、定圧過程で式(20′)を利用して次の式(26)が誘導さ れる。 Q =ΔUA+p・ΔV ・・(26) ここで、Qは熱量を表していたので、この関係式(26)から、熱関数として 新しい関数を定義する。 新しい関数は、エンタルピー(enthalpy)(→補遺 p63)と呼ばれ、次の関数 式Hで表される。 H = U+PV ・・(27) エンタルピーの微少変化量を、記号Δを使って、表現してみよう。

(28)

ΔH = ΔU +Δ(P・V) =ΔU +ΔP・V+ P・ΔV ・・(28) 独立した系で、圧力が一定の下に起きる過程を考えるなら、ΔP = 0 (圧力の 変化はゼロ)であるから、式(28)は、次のようになる。 ΔH =ΔU + P・ΔV ・・(29) 化学反応の過程を考えるとき、系に容積の変化がなく、過程の前後で一定であ るなら、さらにΔV = 0 であるので、エンタルピーの変化量は ΔH =ΔU ・・(30) また、系の仕事を体積の変化としてみる式(20)から ΔW = p・ΔV= 0 であるので、これを、式(25)へ適応すると、 ΔU= Q − ΔW = Q ΔW= 0 だから 結果的に系の圧力と体積が変化の過程で一定である場合には、その系のエンタ ルピーの変化を表す式(29)、(30)は次のように簡単な式になって、熱関 数と呼ばれる意味が理解しやすいだろう。 ΔH = Q ・・(31) 独立した系に、等圧等積で起きる過程を見る場合には、エンタルピーは系が外 部と交換する熱量の直接的な尺度となる。 H>0 なら、反応に熱を使うので吸熱反応 H<0 なら、発熱反応 電池のように系に起きる化学反応で生じる電子の流れを取り出す装置を考え る場合、エンタルピーの変化を電気エネルギーとして取りだしている点に留意

(29)

しなければならない。式(31)のように、エンタルピー変化が交換される熱 量に直接表現できるといっても、必ずしも熱として取り出すとは限らないこと を注意しよう。 ところで、エンタルピーは、内部エネルギーと同じ次元にある状態量で、定圧 変化の熱量がエンタルピー変化であるから、ある一点を標準として定めれば、 すべての物質について任意の点のエンタルピーを変化量として定めることがで きる。すなわち、化学反応の過程で発熱あるいは吸熱する熱量は、反応材料と 生成物の間の状態変化に対応するエンタルピーに対応する。 そこで、一つの元素に対して、もっとも安定な状態にある物質を標準物質とし て定め、298.15K(25℃)、1atm を標準状態として、その標準物質からある化 合物を合成するときの反応熱(発熱あるいは吸熱)をその化合物の「標準生成 エンタルピー」として定義できる。多くの元素に対して標準生成エンタルピー は、現在、表としてまとめられている。 水素や酸素はその気体状態が標準物質であり、それらの標準生成エンタルピー が、ゼロと定義される。 ・エントロピー もう一つ新しい状態関数として、エントロピー(entropy)(→補遺 p64)を 定義する。エントロピーを表す記号は通常、S を用い、その定義は次の式(32) による。 S Q T ・・(32) エントロピーは系の2つの状態が決まると、状態量として決まる。 このとき、Q は2つの状態の間を可逆的に変化したとき、系が受け取る熱量、 T は系が熱量 Q を受け取ったときの温度(°K)である。 「熱力学の第二法則」は、エントロピーに関するものである。 図9では、2つの系が接しており、それぞれの温度を Thigh 、Tlowとする。 Thigh>Tlow ・・(33)

(30)

今、温度の高い系から温度の低い系に直接熱量 Q が移動したとすれば、温度 の高い系のエントロピーの変化量ΔS は、熱量が失われるので負の値になる。 図9:熱の移動 そこで、温度の高い系のエントロピーの変化量ΔS を、式で表すことにすると、 次式のようになる。 Shigh   Q Thigh ・・(34) 一方、低い系のエントロピー変化量ΔS は、熱量が与えられるため、 SlowQ Tlow ・・(35) 両方の系を合わせたエントロピーの変化量ΔS は、 S  Shigh Slow   Q ThighQ Tlow                      low high low high low high T T T T Q T T Q 1 1 ・・(36) 式(36)の最終項で、(33)を前提、すなわち最初に温度の高い系は高い と決めたのだ、とするなら、エントロピーの変化量ΔS は必ず次のようになる。

(31)

ΔS >0 ・・(37) すなわち、独立した系があり、それより温度の低い別の系、あるいは温度の低 い外界が接した場合、熱量は高い方から低い方へ移動するという自然の成り行 きを説明するものである。 自然界に置いて、エントロピーは ΔS≧0 の値を取り、ΔS=0のときは、可逆的過程である。 今の例でいうなら、熱は温度の高い系から低い系へ移動し、その逆は起きない。 常にΔS >0の方向に過程が進行する。また、2つの系が同じ温度であるとき、 両者は平衡状態にあって熱量の移動は見かけ上なく、ΔS=0と表現される。 「熱力学の第二法則」はエントロピーによって表現されるもので、系の変化が 可逆的であるかどうかを判定する指標であり、現実の世界で起きる不可逆過程 が、正の値を取る方向へ進むことを示す。 あるいは、系の変化が起きるとき、外界を含めて考えれば、総エントロピーが 増大する方向に変化が起きることを意味するというようにも表現される。 ・ギブス自由エネルギー 熱力学の第一法則によって、エネルギーの取りうる形である「仕事」と「熱」 は互いに変換されうることを理解した。このことの数量的な意味は、1cal=4.18J で示される。さらに、仕事は100%熱に変換可能であるが、一方の熱はうま くやっても100%を仕事に換えることができないことを熱力学の第二法則で 説明しようとした。そのために、エントロピーという概念が導入された。 ここで、電池のような独立した一つの系を見るとき、系の内部エネルギーの減 少を仕事として取り出しうるなら、それは化学反応を一つの例としてどれほど の仕事量が取り出せるのかは、どうしたら与えられるだろうか。 化学反応を電気エネルギーに換える電池では、先に正負それぞれの電極におけ る半反応の平衡電位の値を利用してその起電力に対する最大値を計算した。 この化学反応から取り出しうる最大仕事量を与えるものとして、新しくギブス 自由エネルギー(→補遺 p70)と名付け、記号 G を使って、それを次のように 定義する。

(32)

G = HTS ・・(38) H は、エンタルピーである。第2項にある S はエントロピーを表す。 ギブス自由エネルギーは、化学反応のような、独立した系の定温定圧過程に適 応されるので、変化量ΔG を式(38)から得ておこう。 ΔG =ΔH-Δ(T・S) =ΔH-(S・ΔT+T・ΔS) 温度を一定と考えているので、ΔT=0 であるから、 ΔG =ΔH-T・ΔS ・・(39) この式(39)を書き換える。 ΔH=ΔG + T・ΔS ・・(39’) ここで、定圧過程では、エンタルピーを次のように式(29)で定義できた。 ΔH =ΔU + P・ΔV ・・(29) 式(29)の意味するところを復習すれば、 系のエンタルピー変化ΔHは、内部エネルギーの変化量と、系が外部に した仕事量の和として表される これは、 定圧過程で系が得るエネルギー量から、仕事量を除いたもの と、言い換えることができる。エンタルピー変化量は、化学反応などの過程で、 始めと終わりの2つの状態の差であるから、それが正の値を示す(>0)なら 系のエンタルピーは増加することを意味し、その過程が進行するためには、系 の外部からエネルギーが供給されなければならない。 一方、式(39’)の右辺第2項、T・ΔS は、エントロピーの定義(32)より T・ΔS = Q ・・(40) であるので、これは可逆過程で系に供給される熱量を意味する。

(33)

もし、エンタルピー変化量が負の値を示す(<0)ならば、系のエンタルピー は減少し、その過程が進行することによってエネルギーが取り出せる。すなわ ち、式(39)、(40)から次のようにこれら3つの状態量を改めて説明する ことができる。 ある化学反応が、定圧で可逆的に進行するとき、それから取り出せる エネルギーのうち、ΔG を仕事として放出し、熱量 Q を放出する 標準状態、298.15K(25℃)、1atm で、標準物質からある化合物を合成すると きの反応熱(発熱あるいは吸熱)を、その化合物の「標準生成エンタルピー」 として定義した。同様に、ある物質に対する「標準生成ギブス自由エネルギー」 は、この標準状態で標準物質からその化合物を化学反応で生成するとき、式(3 9)によって与えられる変化量をいう。 ・電池における化学反応のギブス自由エネルギー 先に、ダニエル電池の亜鉛板側に対する電極反応を検討したとき、電極反応が 仕事として放出するエネルギーを表現する重要な式があった。次の式(17) である。 W = n FV ・・(17) ギブス自由エネルギーを用いて、今これは次のように書くことができるように なった。 W = n FV=-ΔG ・・(41) この式が表していることを実際に、水素の燃料とする燃料電池の反応過程で見 てみよう。燃料電池の図を再掲する。 図中右にある陰極では水素の酸化反応が起きる。 H2 → 2H+ + 2e- ・・(5) 一方、図では左にある陽極において、次の還元反応が起きる。 1/2 O2 + 2e- → O2- ・・(6) O2- + 2H+ → H 2O ・・(8) 全体の反応は、すでに示したように次の反応式(7)で示される。 H2 +1/2 O2→ H2O ・・(7)

(34)

標準状態における可逆的仕事は、式(41)であらわせ、 n FV=-ΔG ・・(41’) このΔG は、式(39)であらわせた。 ΔG =ΔHT・ΔS ・・(39) すなわち、標準状態、298.15K(25℃)、1atmにおいて、ある化合物を標準物 質から合成するときの標準生成ギブス自由エネルギー変化ΔG゜は、標準生成エ ンタルピー変化ΔH゜と、その温度におけるエントロピー変化T・ΔSの差で求ま る。これらは、燃料電池の全反応を表す式(7)で与えられる。 標準生成エンタルピーΔH゜変化と、エントロピー変化は、すでに一般的な元 素やその化合物に対して表が作成されている。 液体の水に対する標準生成エンタルピーΔH゜(H2O)は、 ΔH゜(H2O)=− 285.83 KJ/mol また、水素ガスと酸素ガスは、それぞれの元素の標準物質であるので、生成エ ンタルピー変化はゼロである。

(35)

そこで、式(7)での水を1モル化学合成するときの標準生成エンタルピーΔ H゜は、水素(ガス:1モル)と酸素(ガス:1/2 モル)の2つの材料と水(液 体:25℃;1atm)の両状態における状態量の差として表される。 ΔH゜=ΔH゜(H2O)-ΔH゜(H2) -1/2・ΔH゜(O2) ・・(42) 式(42)の右辺第2項と第3項がゼロであるので、 ΔH゜=ΔH゜(H2O) =-285.83 KJ/mol ・・(43) 標準状態、298.15K(25℃)、1atm における水素(ガス)と酸素(ガス)、お よび水(液体)のエントロピーは、それぞれ、 ΔS(H2O)=69.91 J/K・mol ΔS(H2) =130.68 J/K・mol ΔS(O2) =205.14 J/K・mol 単位で分母のKはケルビン温度の意味 と計算されているので、 ΔS=ΔS(H2O)-ΔS (H2) -1/2・ΔS(O2) ・・(44) =69.91-130.68-1/2×205.14 =-163.34 J/K・mol したがって T・ΔS=298.15×(-163.34)=-48699.8=-48.70 KJ/mol ・・(45) そこで、標準生成ギブス自由エネルギーΔG゜は式(39)から -ΔG゜=-(ΔH゜-T・ΔS) ・・(39) =-{-285.83-(-48.70)} =+237.13 KJ/mol

(36)

すなわち、このエネルギーを電気エネルギーとして取り出すことができる。そ の起電力は、式(41’)から n FV=-ΔG ・・(41’) V= -ΔG/(n F) 各数値を当てはめれば、 V=237,130/(2×96,485) =1.229 volt 先に、【化学反応と電気エネルギー】のところで記したとおり、25℃の基準 状態におけるこの電極電位は、E゜=+1.229 volt が得られている。すなわち、 こうして標準生成ギブス自由エネルギーから計算することでも、同じ値を得る ことができた。 水素を単純に酸素と化合させる、燃焼では、式(43)で示されるエンタルピ ーが、発生する熱量を示している。水素1モルあたり、285.83 KJである。電池 にすれば、水素1モルあたり、237.13 KJの仕事量が電気エネルギーとして取り 出すことができる。その差は、電池の場合、熱が発生して利用できない。 化学反応の過程を利用して化学エネルギーから直接電気エネルギーに変換す るのが、電池という装置であるが、化学エネルギーは、100%電気エネルギ ーに換えることはできない。このようにエネルギーの一部は、電池の熱として 発散してしまう。 ・理想気体の状態方程式 ギブス自由エネルギーΔG を定義した式(39)と、エンタルピーΔH の定義 式(28)から ΔG =ΔH-T・ΔS ・・(39) ΔH =ΔU +V・ΔP+ P・ΔV ・・(28) そこで、次式が得られる。

(37)

ΔG =ΔU+V・ΔP+ P・ΔV−T・ΔS ・・(46) また、エネルギー保存則から得られた式(26)を応用すれば、ギブス自由エ ネルギーが、変形できる。 Q =ΔUP・ΔV ・・(26) から、 ΔU=Q−P・ΔV ・・(47) したがって、式(46)は ΔG = Q−P・ΔV+V・ΔP+ P・ΔV−T・ΔS ΔG = Q−T・ΔS+V・ΔP ・・(48) エントロピーの定義から、QT・ΔSであるから、結局、式(48)は ΔG = V・ΔP ・・(49) と表すことができる。 成分が混合された気体分子の分子間に働く力をゼロと仮定した「理想気体」を 考えるとき、状態方程式として、ボイル・シャルル(Boyle-Charles)の法則が 利用できる。 PV=nRT ・・(50) ここで、nは気体のモル数、PVT は、それぞれこれまでと同じ圧力、体 積、温度(ケルビン温度)であり、R は気体定数と呼ばれるもので次の値を持 つ。 R= 8.31441 J/mol・K ・・(51) 単位で分母のKはケルビン温度の意味

(38)

状態方程式から、式(49)の右辺を導くことを考えてみよう。式(50)は、 1モルの気体についてV に対し、次のように変形することができる。 V 1 PRT ・・(50’) 両辺に圧力の微小変化量⊿P をかけると、 P P RT P   V ・・(52) これを微分方程式として圧力p0 からp1 まで(p0≦p1)積分するなら、

1 

0 1 0 1 0 1 p p p p p p PdP RT dP P RT dP V ・・(53) 関数 f(x)=1/x を積分したときの関数は、F(x)=ln(x)であるので(ln は e を底 とする自然対数:loge)、 右辺= 0 1 ln ) 0 ln( ) 1 ln( p p RT p RT p RT   ・・(54) ギブス自由エネルギーを表す式(49)は次のようであったから、 ΔG = V・ΔP ・・(49) 式(52)から得た式(54)を当てはめると、状態、G0(p0,T)からG1(p1,T) へ変化する過程で、圧力がp0 から p1 まで変化するものとして, dG G0 G1

 G( p1,T)  G(p0,T)  RT ln p1 p0 ・・(55) あるいは、これを書き直して V

(39)

G(p1, T)= G( p0,T) + RT ln p1 p0 ・・(56) 特別に、G0(p0,T)を、標準状態、T=298.15K(25℃)、p0=1atmに指定する なら、標準生成ギブス自由エネルギーを記号G゜として、 ・・(56’) と、表すことができる。 式(56’)の意味するところは、標準状態から圧力の変化を伴う過程で、理 G(p1, T) = Go+ RT ln p1 想気体のギブス自由エネルギーは、圧力の対数に比例して上昇することである。 このことは、さらに新しい着想を生む。 すなわち、水素を燃料とする上の燃料電池で1atm 標準状態の水素ガスの圧力 を2atm に上げれば、式(56’)から、RT・ln2 余分にギブス自由エネルギー が取り出せることになる。 燃料電池において、起電力を生むエネルギーは隔壁を水素イオン、もしくは酸 素イオンが浸透しようとする力であるので、1atm の水素ガスと2atm のそれで は浸透しようとする圧力が異なり、ここに起電力が生じる。 式(56)の第二項が圧力の差による仕事であるから、これをΔG とすれば、 W=-ΔG の仕事量が電気エネルギーとして取り出せるはずである。 W = −ΔG = −RT ln p1 p0 ・・(57) 起電力に換算するために式(41)を使うと、 W = n FV=− ΔG ・・(41) から、 0 1 ln p p nF RT V ⎟ ⎠ ⎞ ⎜ ⎝ ⎛ − = ・・(58) この式(58)は、一般にネルンスト(Nernst)の式と呼ばれる。

(40)

・理想溶液のギブス自由エネルギー 理想気体を想定したように、無限に希釈された混合溶液に対して理想溶液を仮 定する。「系」の圧力温度を一定に保つならば、体積、内部エネルギー、エンタ ルピー、ギブス自由エネルギーなどの示量数は、混合溶液を構成する物質のモ ル数mに比例する。たとえば、標準状態にある物質の1モルの体積をVとすれば、 mモルの体積はそのm倍、mVである。そうすると、溶液中のi番目の成分がmi モル、「系」から「外界」に仕事をするとき、その成分iの持つ自由エネルギーの mi倍の仕事が「外界」になされると考えればよい。 この溶液成分のモル数と化学的仕事を結びつける示強因子がギブスによって、 化学ポテンシャルと名付けられ、一般に記号μが用いられる。 化学ポテンシャルは、これまで見たようにギブス自由エネルギーで表される。 また、電位がψ(プサイ)にある系から、-Δeの電荷が放出されるときには、 -ψ・Δeの電気的仕事が得られる。そこで、記号μに両者を合わせた意味を持 たせて、「電気化学ポテンシャル」と呼ぶ。 概念の上で、物質は電気化学ポテンシャルの高い方から低い方へ、勾配にした がって移動する。 理想気体の標準状態が気体分圧を T=298.15K(25℃)で 1atm としたのに対 し、溶液成分の標準状態は、その分圧に相当するモル数 m を用いる。すなわち、 標準状態にある成分 i の電気化学ポテンシャルμ0 iは、成分の持つ電荷(H+なら 1)を n として、 μ0 i = G i゜+nFψ i ・・(59) ギブス自由エネルギーは式(56’)を借り、理想溶液中の成分に対しては、気 体圧力をその成分のモル濃度Cに書き換えればよい。そこで、 G(C,T)  G RT ln C ・・(60) と、表すことができる。 したがって、一般的な成分 i の電気化学ポテンシャルμiを表す式は、標準状態 からの自由エネルギーの変化を考え、式(59)と合わせて、次のようになる。

(41)

i i GnFψ 0 式(60)から GG(Ci,T)G0RTlnCi よって i i0 RTlnCinFψ ・・(61) 実際的なことを考えると、成分濃度はその有効イオン濃度とする必要があり、 「活量係数」γを導入して、次式で表されるイオン活量aを用いる。 ai = γCi ・・(62) 一般的には、γ=1と近似して、モル濃度Cを使っている。このテキストでも、 必要ではない限り、イオン活量を用いることを省略して、簡単に記述したい。 ・膜電位 燃料電池に使われたナフィオンのような、一つのイオンを通す膜を介して、膜 の両側に、C0とC1のイオン濃度差がある溶液が接するときの電気化学ポテン シャルを考えよう。 ある容器の底に、ナフィオン膜を取り付け、容器の中と外のイオン濃度をC0 とC1とし、それぞれの電気化学ポテンシャルをそれぞれ、μinと、μoutとする。 式(61)を使って、 容器の中の電気化学ポテンシャル: in  RT CnFψin ・・(63) 0 0 ln   容器の外の電気化学ポテンシャル: out out ・・(64) nF C RT  ψ   1 0 ln   イオン浸透性の膜を介して、濃度変化が無視できるほどの移動があると考え、 その電気化学ポテンシャルの差を式(63)(64)から求めれば、

(42)

ln ( ) 0 1 out in in out nF C C RT  ψ ψ       ・・(65) この系において、今注目しているイオンが膜を介した両側で、平衡状態にある とき、式(65)はΔμ=0と考えることができる。すなわち、 ln ( ) 0 0 1  outinnF C C RT ψ ψ 膜内外の電位差をΔψ=ψout− ψinとすれば、 1 0 0 1 ln ln C C nF RT C C nF RT    ψ  ・・(66) 式(66)は、理想気体に対するネルンストの式(58)と同様、溶液中のイ オンに対する、ネルンスト(Nernst)の式として与えられる。 細胞の膜においても、その生体膜の内外で、たとえばカリウムイオンのように、 非対称に分布して平衡に達している場合には、式(66)で与えられる膜内外 で電位差が生じる。これは一般に膜電位と呼ばれる。膜電位は、平衡電位とも 呼ばれる。 たとえば、膜内外に1価のカリウムイオンに10倍の濃度差があるとすると、 通常カリウムイオンは細胞内の濃度が高いので、 C0 = 10×C1 であるから、 これを式(66)に当てはめて、ln(10)=2.303 を用い、log への変換をすれば、 Δψ=2.303×(RTF)×log(10) である。これに R=8.31441 J/mol・K、F=96485 C/mol、T=298.15 K(25℃) の各数値を当てはめると、 Δψ=2.303×8.31441×298.15×1/96485 J/C =+0.05917 volt すなわち、膜の内外で約+60ミリボルトの膜電位が生じることになる。この 分だけ細胞の外側の電気化学ポテンシャルが高く、膜の内側の膜電位が負であ る。そして、膜にあるカリウムチャネルがこの電位を示すとき、受動的なカリ

(43)

ウムの膜内外の移動は平衡に達することになる。

・水素イオン濃度測定

「標準水素電極」は1モル塩酸溶液につけた白金電極に、1atm の水素ガスを 吹き込んで平衡状態に達したときの電位を基準としてゼロボルトと規定した。 そこで、ある溶液について、その水素イオン濃度を知ろうとするとき、同じ水 素電極を用いることを考えれば、標準状態にする目的で用いた1モル塩酸溶液 を、濃度未知で X モルの塩酸溶液と想定すれば、その水素イオン濃度を知るこ とができるだろうか。 標準状態ではない X モルの塩酸溶液に浸けた白金電極が半電池として働くこ とは間違いなさそうである。しかし、その白金電極が持つ電極電位を測定する には、いずれにしても、標準電極と組み合わせて「電池」を構成し、その電池 の起電力として計る必要がある。電池を作れば、起電力を知ることができ、相 手の半電池の電極電位が知られていれば、濃度が未知で X モルの溶液について、 その水素イオン濃度を知ることができるだろう。 こうした目的のために、いちいちゼロボルトと規定した標準水素電極を用いる のは煩雑なので、しばしば後出の「銀・塩化銀電極」が参照電極として用いら れる。 まず、予め「銀・塩化銀電極」を標準水素電極と組み合わせて電池とし、一度 その起電力を測定しておけば、後はいつもそれを標準電極として利用できる。 「銀・塩化銀電極」の半電池は、

H+ (1 mol/l), Cl- | AgCl | Ag(s) これに、「標準水素電極」を組み合わせ、電池を構成すると、次のような電池 になる。

Pt(s) | H2(g) | H+ (1 mol/l), Cl- | AgCl | Ag(s)

この、電池の起電力を知れば、「銀・塩化銀電極」の半電池としての電極電位 を知ることができ、参照電極として未知の半電池と組み合わせて、起電力を測 定して、相手の電極電位を計算できる。

(44)

濃度 X モルの塩酸溶液を未知の溶液と想定すれば、その電極電位を知るために 組み立てる電池は、次のようになる。図10にその電池の図を示した。

Pt(s) | H2(g) | H+ (x mol/l), Cl- | AgCl | Ag(s)

この電池の全反応は、次の反応式で表される。 AgCl(s)1 2H2(g) H Cl Ag(s) ・・(67) 図10:未知溶液の水素イオン濃度を測定しようとするための電池 ・化学反応の一般的な式 ここで、電池に利用される化学反応から、得られるエネルギーをギブス自由エ ネルギーに換算し、起電力を具体的に知る手だてとすることは、上ですでに学

(45)

んだが、より一般的な式を、再度ここに書きだしておこう。 化学反応が、紙面で左から右に進む反応として、次のような一般式で与えられ るとき、 aA + bB → cC + dD ・・(68) ギブス自由エネルギー変化量は、標準状態ΔG゜からの変化量を加える形で式 (60)と同様、次の式によって表される。 G G RT(ln aC c a D d ln a A a a B b )   G RT lnaC c a D d aAa aBb ・・(69) aAは、成分 A のイオン活量である。その他の成分も同じ。 得られたエネルギーを、電気エネルギーに換えるなら、式(41)に習って、 次式で表せば、 ΔG=-n FV ∴V=-ΔG/(nF) ・・(70) このときの起電力は、標準状態における電位E゜からの変化量として次式で与 えられる。  E E  RT nF ln aCc a D d aAa  aBb ・・(71) 標準状態における起電力E゜は、反応が平衡状態にあるときで、反応平衡定数 を K とするなら、 KaC c a D d aAa aBb ・・(72) で表される。そこで、E゜は次のように書き改めることができる

参照

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