企業と連携した商品開発の教育訓練
’08
Educational Training through the Product Development in Cooperation with the Company ‘08 辻野 栄一、繁昌 孝二 TSUJINO Eiichi,HANJYO Koji 1.はじめに 昨年度、産業デザイン科では、東京アンチモ ニー工芸協同組合からの依頼により、2年生(2 6名)の総合制作実習(12単位)において、 「錫製品の新商品開発」に取り組んだ。今回、 その教育訓練事例について報告する。 2.新商品デザイン開発の背景 2.1 東京アンチモニー工芸協同組合と新素 材エテナについて アンチモニー製品の生産地は東京だけであり、 トロフィー、メダル、喫煙具、ペン立て、タン ブラー、皿、箸置き、ぐい呑み等の製造を主体 に、輸出雑貨品としても成長してきた。東京ア ンチモニー協同組合には葛飾区等の企業38社 が加盟している。アンチモニー合金は、どっし りとした重量感と高級感があり、他の鋳物製品 よりもピンホールの欠点が少なく、メッキの乗 りが良いため金、銀、ブロンズ等のメッキが綺 麗に施されるという特徴がある。アンチモニー の成分は、鉛85%、アンチモン13%、錫2% である。 今回使用する新素材エテナは、当組合と東京 都立産業技術研究所が開発した環境対応型の錫 合金である。従来の錫合金と異なり鉛を一切含 んでおらず、より環境や健康に配慮した金属で ある。エテナの成分は、錫96.8%、アンチモ ン2.566%、銅0.62%、ビスマス0.0 14%である。 2.2 錫製品の現状 錫地金の価値は金銀に次ぐものと評されてお り、金と同様に水を浄化し、まろやかで美味し くする作用があると言われている。そのため酒 器や茶器等古くから工芸品の素材として使用さ れてきた。ここ数十年、業界ではテーブルウェ アを中心とした幅広い用途の製品開発・生産に 取り組んできた。しかしながら合成樹脂等の安 価な生活用品が多く使用されるようになり工芸 品全般についてその使用が減少傾向にある。錫 製品もその例外ではない。そこで今日の日々変 化する消費者ニーズに応え、時代性、生活様式、 消費者の価値観や嗜好等を敏感にとらえた新商 品のデザイン開発がより重要となり大きな課題 となっている。 3.デザインプロセス 3.1 課題説明 課題主旨及びデザインプロセス等について説 明する。特に、企業と連携した新商品開発は、 生産現場に密着した実践的な商品開発であり、 それに取り組む意義を説明し、本課題に対する 学生の士気を高めることに努めた。 3.2 組合側からの説明 東京アンチモニー工芸協同組合理事長をはじ めとする4名の方々から、錫合金エテナについ て、製造方法、現状の問題点、新商品開発に対 する指針等の説明を受けた。 写真1 組合側説明時の授業風景 <説明を受けた錫に関しての主な内容> ・錫の採掘量1位はマレーシアであり、世界の 生産量の47%を占める。マレーシア特産品 の錫合金ピューターは、錫91%、アンチモ ン7%、銅2%が含まれている。 ・錫には水や酒等を浄化する作用がある。
・人間の汗が付くと変色するためブレスレット や指輪には向かない。 ・純錫(100%)は柔らかいのでコップ等は 簡単に歪む。 ・エテナ製品の理想とする肉厚は、1mmから 1.5mmである。 ・融点が低いため火に直接かけることは出来な い。 ・単価比較として銀1kg約5万円に対して錫 1kgは約3千円である。 ・錫の鋳造方法として、焼き吹き、戻し吹き、 冷やし吹きという3種類の技法がある。 ・東日本では武家社会なので錫よりも銀の方が 多く使われ、馴染みがある。 3.3 現状把握のための市場調査 市場調査の実施は、4名程度のグループ単位 で、販売店等の訪問、アンケートの実施、イン ターネット等による調査をし、分析を行なった。 ① 調査内容 ・販売店における錫製品及びその他の金属製品 の販売状況調査(百貨店、ロイヤルセランゴ ール/マレーシアのピューター製品販売店、 雑貨店他) ・贈答品や土産物としての金属製品の販売状況 ・記念日、祝日、お祝い事等の把握 ・錫製品のイメージ・アンケート調査 ② 主な市場調査結果 ・錫製品は、市場にあまり出回っていない。(百 貨店や専門店等でしか置いていない) ・製品の種類が少ない。男性向けの商品が多い。 食器が多い。シンプルなデザインが多い。 ・購入者の年齢層が高い。 ・値段が高い。重い。 ・銀婚式、金婚式に比べて、錫婚式(結婚10年 目)はあまり知られていない。 ・錫の認知度が低い(知らない。宣伝されてい ない。見た目は銀に似ている。) ③ エテナ・鋳造技法の見学 第24回葛飾区産業フェア(平成20年10 月17日)を見学し、葛飾アンチモニー会が行 うエテナ製品の鋳込み実演を見ることが出来た。 写真2 葛飾区産業フェアでの鋳造実演風景 3.4 コンセプト設定 グループ作業で行なった市場調査の分析結果 に基づき、学生各自がコンセプト設定を行なっ た。 <コンセプト設定例> ・男性向けの商品が多い中、女性をターゲット にした商品提案 ・錫婚式の記念に贈り物として ・和をテーマに外国人のお土産物として ・錫独特の輝きと重さを活かした提案 ・ガラス、木、アクリル等の他の素材と組み合 わせた商品提案 3.5 アイデア展開 各学生20案以上のアイデアスケッチを行い、 その中からデザイン性、機能性、生産性等を考 慮し、教員との話し合いで1案に絞り込んだ。 3.6 第一次モデル制作 ① アイデア案から具体的設計をし、その後試作 品造りに取りかかった。 <作業工程> ケミカルウッドを使用した原型造り ↓ 石膏、シリコーンゴムによる型取り ↓ 鋳込み作業 ↓ 研磨・仕上げ作業 個々の学生が錫合金エテナ独特の光沢や重厚 感を感じてもらうために、また、鋳込み方法を 研究するために出来るだけ実素材のモデル(一 部ケミカルウッドによるモデル)を制作した。 しかし鋳造作業では当初、気泡が入る、表面 が荒れる、ひび割れる等の不具合が多く出て失
3.9 具体的設計 敗を繰り返した。 ② ラバーキャスト・鋳物職人の今 和夫氏に直 接話をお聞きし、貴重な鋳造技法を教わった。 再検討後、教員側との話し合いにより第二次 モデル制作のための具体的な設計を行い図面化 した。 <鋳造の主なポイント> 3.10 第二次モデル制作 ・原形をラッカーエナメル等で表面処理した後、 型取りをする。 各自の具体的設計に基づき、再度モデル制作 を行った。この最終プレゼンに向けてのモデル は、すべて錫合金エテナを使用した鋳造製品と した。 ・型はなるべく合せ型が良い。注ぎ口を作る。 ・鋳造品の肌を良くするために灯油(布に浸み 込ませて燃やす炎)のすすでシリコーン型を まぶしてから、タルクを刷り込む。余分なタ ルクは取り除く。 3.11 プレゼンテーションペーパーの制作 各自完成したモデルを写真撮影し、その後パ ソコンを使用して、最終プレゼンテーションの ためのペーパーを制作した。 ・エテナの流し込み適正温度 250℃~255℃ ・凹凸の細かい型は、針で空気孔を作り空気を 逃がす。 A3用紙にタイトル・コンセプト・デザイン ポイント・使用方法・図面・ネーミング等を記 載し、分かりやすさや見やすさを重視した紙面 作りを心掛けた。 ・肉厚のある物は熱を逃がしにくくて難しい。 写真3 中間プレゼンに向けての作品例 3.7 中間プレゼンテーション 組合側から2名の出席のもと、グループごと に市場調査結果を発表し、その後、学生個々の 試作品をプレゼンテーションした。 それぞれの試作品に対し、デザイン性や生産 上の問題点、コストパフォーマンス等、製造現 場からの助言を頂いた。 写真5 プレゼンペーパー例 写真4 中間プレゼン風景 3.8 モデル再検討 中間プレゼンでの生産者側からの意見等を踏 まえて商品としての魅力、デザイン性、寸法、 重量、生産性等を再検討した。 3.12 最終プレゼンテーション 組合側から、理事長、常務理事をはじめ5名 の出席のもと、学生それぞれが制作したモデル を前に最終プレゼンテーションを行った。一人 の学生に対して組合側2~3名の方から講評を 頂いた。 写真6 最終プレゼン風景
<講評の主な内容> ・モデルの完成度が非常に高く、今すぐにでも 商品化したいデザインがある。 ・若者のアイデアは、非常に参考になる。 ・エテナ素材の魅力を十分引き出してくれ、学 生が頑張ったことが伝わってきて感動を覚え る。 ・デザインは良いが製造面において複雑で大変 難しいものがある。 ・エテナ素材が高価であるためデザインは良く ても、大きさ・重さとコストパフォーマンス を考えると厳しいものもある。 写真7 最終プレゼンモデル作品例 4. 考察 ① 学生にとって、直接企業の方々から講評や助 言を頂くということは、見栄えや使い勝手ばか りを考えるのではなく、生産性やコストパフォ ーマンス等を十分考慮した上で商品開発に取り 組むことが出来、非常に有意義で勉強になるこ とが多かった。 ② 融点が低い錫は、ガスコンロを使用しての溶 解が可能で、容易に鋳造が出来る。そのため抜 け勾配を考えた原型造り、石膏型・シリコーン 型の制作、溶解した錫合金の流し込み、そして 研磨作業という一連の作業工程を行い、実素材 でモデル制作が行えた。また、ものづくりとし て金属の美しさや鋳造の難しさ等を体感出来た 良い素材であった。 ③ 春にデザイナーとして社会に旅立つ彼らに とって、「創造性」「表現力」「企画力」は言うま でもなく、「プレゼンテーション力」「コミュニ ケーション力」は、重要な専門スキルである。 そういう面で、企業の経営者の方々を前にして、 緊張感や責任感のある中、各自の成果物を分か りやすく説明するプレゼンテーションは大変貴 重な体験であり自信にもつながったと思う。 ④ 生産量の低下、技術者・後継者の減少に悩む 当組合にとって、これからの商品開発は、錫製 品の伝統的な技術・製法を守りつつ、消費者ニ ーズを捉え、現代の生活様式に違和感なく溶け 込むデザイン性の高い製品づくりが重要である。 今回の若者たちの斬新な50点以上のデザイン 提案が、伝統産業の当組合にとって見方考え方 の転換及び今後の商品開発の一助となれば幸い である。 5. おわりに ① 現在、学生が提案した作品の中で2点程商品 化が進められている。本校にとっても嬉しい限 りである。 ② 東京アンチモニー工芸協同組合・組合ニュー ス4月号と5月号に学生たちの作品がすべて紹 介された。 写真8 学生作品が掲載された組合ニュース ③ 今回、共同研究として「錫製品の新商品開 発」をテーマに授業を進めるにあたり、材料の 提供や技術的なアドバイス等多大なご支援、ご 指導を頂いた東京アンチモニー工芸協同組合 の中村勝行理事長、株式会社アートランド林文 雄社長をはじめとする組合の方々、並びに当組 合に本校を紹介、ご助言頂いた中小企業診断士 の村山賢誌様に深く感謝致します。