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オリンピックとパラリンピックの 連携 に関する共同調査研究報告書 目次 はじめに 本調査研究の趣旨 小倉和夫 1 研究論文 オリンピックとパラリンピックの 連携 : その歴史的経緯と研究課題 舟橋弘晃, 遠藤華英 2 資料集 オリンピックとパラリンピックの理念 11 オリンピック パラリンピック競技

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オ リ ン ピ ッ ク と パ ラ リ ン ピ ッ ク の「 連 携 」に 関 す る 共 同 調 査 研 究 報 告 書

オリンピックとパラリンピックの「連携」に関する

共同調査研究

R e p o r t

報 告 書

(2)

オリンピックとパラリンピックの「連携」に関する共同調査研究

報告書

目次

はじめに

 本調査研究の趣旨……… 小倉和夫 1

研究論文

 オリンピックとパラリンピックの「連携」:   その歴史的経緯と研究課題……… 舟橋弘晃, 遠藤華英 2

資料集

 オリンピックとパラリンピックの理念………11  オリンピック・パラリンピック競技大会概要表 ………12  1980年代以降に見られる国際オリンピック委員会(IOC)と    国際パラリンピック委員会(IPC)の協力関係の変遷 ………16  国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)に加盟している    国内オリンピック委員会(NOC)と国内パラリンピック委員会(NPC)一覧 ………18  パラリンピック競技関連の国際および日本国内の競技団体一覧 ………20  開閉会式会場一覧………21  オリンピック・パラリンピック競技大会におけるメダル獲得上位 3 ヵ国と独占率 ………22  大会優勝記録と伸び率の推移………26  ピクトグラム比較表………28

共同調査研究メンバー

………42

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はじめに

本調査研究の趣旨

小倉和夫

 パラリンピックについての社会一般の認知度は、近年における報道の著しい増加のせいもあって相当高まってい る。同時に、パラリンピックの社会的意義、とりわけ2020年の東京大会と関連しての社会的、経済的意義について の議論も次第に広がっている。障がい者スポーツの振興、発展のみならず、いわゆるバリアフリーの推進や障がい 者との共生、さらには社会の成熟化などへの触媒の一つとしてのパラリンピックの意義も一層注目されつつある。  そうした状況の下では、パラリンピックの存在意義、あるいはその「アイデンティティ」の問題も一層吟味され なければならない状況になりつつあると考えられる。  今日、こうしたパラリンピックの「アイデンティティ」を考える際、オリンピックとの関係を考慮せねばならな い。とりわけ、現在一般的な傾向として、パラリンピック大会の態様や運営方法などを出来るだけオリンピック大 会に近づけることが、パラリンピックへの社会的、経済的意味を高めるためにも望ましいとの考え方が強まり、か つ、国際的にもオリンピックとパラリンピックとの結合、連携への動きがみられる状況の下では、オリンピックと パラリンピックの現状比較と、これまでの連携の経緯をしっかりと把握しておくことが、パラリンピックの在り方 を考える上でも重要となってきている。  このような認識の下で、日本財団パラリンピックサポートセンターは早稲田大学関係者と共同で調査研究チーム を結成し、オリンピックとパラリンピックの連携の歴史を回顧するとともに、双方の理念、競技種目、大会運営の 態様、競技記録向上の程度、国別格差の実態などについての比較調査を行った。  この調査研究はいまだ不十分なところも多々あり、国際的な視野を持ちつつ、今後さらに研究を広め深めていく 必要があるが、2020年を控え、これまでの調査研究成果をここに取りまとめたものである。関係者の方々の参考に 供することができれば幸いである。 2017年11月

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2 研究論文

オリンピックとパラリンピックの「連携」:

その歴史的経緯と研究課題

舟橋弘晃 遠藤華英

 紀元前776年から行われてきたオリンピアの祭典をもとに、クーベルタンの提唱によって1896年から開始された 世界最大のスポ―ツ祭典であるオリンピックに対して、パラリンピックの原点は第二次世界大戦後の傷痍軍人の医 学リハビリテーションの一環であったストークマンデビル大会にある。今日では、オリンピックとパラリンピック を一体的に捉える考え方が浸透してきており、オリンピックとパラリンピックの連携・統合を巡る国際的な議論が 様々な場で行われている(e.g., GlobeScan, 2012)。わが国では2013年に政府が内閣官房に2020年オリンピック・パ ラリンピック東京大会推進室を設置したことをきっかけに、その略称「内閣オリ・パラ室」から両大会を「オリ・ パラ」と略すことが一般的となりつつある。ひいては、2018年秋に福井県で開催される国民体育大会の会期中に、 全国障がい者スポーツ大会の競技を重ねて行うことが発表されるなど、国内の競技大会においても「オリ・パラ一 体」の考え方が浸透し始めている。  歴史的文脈の違う二つの大会がいかにして双方の協力関係を深めてきたのか。まずは、その歴史的経緯を概観す る。

◇オリンピックとパラリンピックの連携:その歴史的経緯

 この 2 つのムーブメントが公的な形で初めて接点を持つのは、1956年メルボルン・オリンピックである注 1 。国際

オリンピック委員会(International Olympic Committee: IOC)は、パラリンピックの前身である国際ストークマ ンデビル大会を、オリンピック・ムーブメントに貢献する活動と称えフィアンリー杯を贈呈した(Gold & Gold、 2010)。このことは、同大会がオリンピックの精神を体現した競技大会であるとの評価を得たことを意味している (小倉、2016)。同時に、主催者であるグットマンが「私はこれがストークマンデビル大会とオリンピックの間のよ り緊密な連携の始まりに過ぎないことを願っています。ここ数年、私はいつもストークマンデビル大会がオリン ピックに相当するものであることを強調してきました」(Brittain, 2008, p.22)と語っていることから、グットマン 自身は両大会の連携強化を強く切望していたことが推察される。  グットマンに代表される障がい者スポーツ・ムーブメント関係者の努力の成果が実るかたちで、第 9 回国際ス トークマンデビル大会は1960年ローマオリンピックの直後に同一都市・会場にて開催されるに至り、同大会は後に 第 1 回パラリンピックと認定された。この形式は続く1964年東京大会においても踏襲されることとなる。また、オ リンピックに合わせたサイクルでパラリンピックを開催することも決定し、両大会の連携は大きく前進した。  ところが、その後両大会の同一都市開催は暫くの期間途絶え、1988年ソウル大会においてようやく復活することと

なる注 2。それまでの期間は、「パラリンピック・スポーツの声が統合され出した時期」(Tweedy & Howe, 2011, p.11)

と形容され、障がい者スポーツの黎明期と位置付けられる。障がい別の国際競技団体による個別の活動を束ねた実 働機関を設立する機運が高まり、1989年に国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee: IPC)が設立された。IPC の創設は、IOC と対等なコミュニケーションを可能とする障がい者スポーツの統括団体 の誕生を意味するとともに、従来の医学リハビリテーションとしての障がい者スポーツ振興の域を脱して、障がい

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者エリートアスリートの競技大会としてパラリンピックの発展を加速させることとなる。1992年バルセロナ大会後 に、これまでパラリンピックを主催していた国際障害者スポーツ調整機構(The International Co-ordinating Com-mittee of the World Sports Organizations: ICC)から IPC へ正式に権限が委譲された。

 議論を本筋に戻すと、1988年ソウル大会以降、あくまで非公式な形であるが、オリンピックとパラリンピックは

同一都市において開催されるようになり、また両組織委員会も協力関係を構築し始めた注 3。2000年代に入るとオ

リンピックとパラリンピックの連携がより具体的なものとなる。 2000年シドニー大会期間中に、いわゆる「One Bid One City の原則(オリンピック開催都市は、オリンピック終了後に、続いてパラリンピックを開催しなけれ ばならない原則)」や IPC への IOC による財政援助に関する基本的な合意に達した。オリンピズムの根本原則など を成文化した「オリンピック憲章」にパラリンピックの存在が明文化されたということである。2001年に正式な覚 書が交わされ、2008、2010、2012年のオリンピック・パラリンピックは必ず同一都市で開催することが決定された。 また2008年北京大会から、オリンピックとパラリンピックの組織委員会は正式に統一され、さらに2012年大会の開 催都市の選定においては、立候補都市がオリンピックのみならずパラリンピックも開催できる能力があることが条 件として明文化された。  併せて、両大会のマーケティングや運営規則に関する細かな合意・改訂も進められていくこととなる。2003年に は、IOC と IPC の間でマーケティングに関する協力関係を確認し、大会組織委員会が大会開催によって得た放映 権料などのマーケティング収入を IPC に分配することが規定に盛り込まれ、IPC の収入増加につなげる試みがな された。2004年には、選手村の配置や組織委員会の構造など、オリンピックとパラリンピック両大会の運営規則を 細かに記載したテクニカルマニュアルが IPC より発行された(IPC, 2004)。両組織・大会の協力協定は、改定や延 長を繰り返し2032年大会まで協力関係を延長することが決まっている。新たな合意内容ではオリンピック改革案で ある「オリンピック・アジェンダ2020」を反映し、パラリンピックの認知度やブランド価値を高め、財政面での協 力を継続することが決定されている。  細部に目を向けても、2010年バンクーバー大会では大会組織委員会の名称に「パラリンピック」が加わり、理事 にカナダパラリンピック委員会の関係者が初めて選出され(Legg et al., 2014)、2012年ロンドン大会や2014年ソチ 大会では色違いで同型のエンブレムが用いられるなど、オリンピックとパラリンピックの連携関係の発展が伺える 注 4  一方で、両組織間に緊張関係が顕在化する局面もある。例えば、IPC がかつて採用していたオリンピックカラー の 5 つの勾玉をあしらったシンボルマークをめぐって両組織は対立をした。IOC は公式スポンサーの権利を守る ために、似通ったシンボルマークの使用を認めなかったのである。あるいは、2015年にスポーツ界を震撼させたロ シアのドーピング問題において、リオデジャネイロ大会出場の判断を競技団体に委ねた IOC に比べ、IPC は全面 除外というより強硬な結論を出した。また、同大会では IOC 会長が1984年以来初めてパラリンピックの開会式を 欠席するなど、必ずしも、足並みが揃わないケースも存在する。  次節では、オリンピックとパラリンピックの「連携」についての先行研究を紹介し、今後の求められる研究につ いて検討する。 ◇オリンピックとパラリンピックの「連携」についての主な学術研究    障がい者アスリートのインクルージョン問題については、テクノロジー(Howe, 2011)、倫理学(Wolbring, 2012)、生理学(Weyand & Bundle, 2010)、人類学・社会学(Swartz & Watermeyer, 2008)、および法学(Friedman & Norman、2009)など様々な分野に跨って議論されてきた。しかしながら、競技大会や組織単位を研究の主眼に 置き、組織間関係を論じた学術研究は極めて限定的である。以下では、特に Purdue(2013)と Legg et al.(2014)

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4 の研究について詳しく解説する。  尾崎(2001)は、世界レベルでの健常者と障がい者の競技団体や大会の「統合」が加速し、パラリンピックの競 技志向が強まることで生じる問題について論点整理をしている。第一に、パラリンピック大会における「南北問題」 の加速である。障がい者の競技力向上のためのスポーツ科学が益々発展することによって、車椅子や義足の性能が 急速に発達し、器具の優劣で国別格差が生じるという問題である。現に2016年リオパラリンピック参加国のうち、 実に約 6 割が自国から選手を10名以上派遣できていない注 5 。第二に、両大会の統合が進む中で、勝利によってもた らされるものが個人の名誉以外のものへと拡大していくという、勝利の意味変容である。例えば、パラリンピック におけるドーピング問題に代表される選手の不正行為の増加が、こうした勝利の意味変容を体現しているものとし て挙げられる。そして第三に、パラリンピック特有のシステムである「クラス分け」の問題である。勝利の意味が 変化する状況の中で、競技の公平性を確保するための「クラス分け」の議論が最前線の課題となる。商業化を進め る中で巨大化したオリンピックから、パラリンピックが受ける影響は決して小さくないと考えられている。  それでは、2000年以降結びつきが強くなったオリンピックとパラリンピックの間には、果たしてどのような相互 作用が働いているのであろうか。Purdue(2013)は、パラリンピックの様々なステークホルダー(パラリンピアン、 障がい者スポーツのアドミニストレータ、研究者、代弁・擁護者)に対するインタビューを通じて、IOC と IPC の関係性や、両組織の連携強化がパラリンピックにもたらす影響について検証している。著者は2011年初頭に勃発 したイギリスオリンピック委員会(BOA)とロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会(LOCOG)の大 会余剰金分配にまつわる論争注 6から、競技大会開催による経済資本を巡る組織間対立が、IOC と IPC の将来の関 係性を考える上で非常に重要な要因であると考え、フランスの社会学者である Pierre Bourdieu の資本理論を用い て、オリンピックとパラリンピックが係わる中で生産・交換されている資本の諸形態を論考している。  Bourdieu の資本の概念には、経済資本、文化資本、社会関係資本、および象徴資本の 4 種類が存在する。経済 資本と社会関係資本は、その名のとおり財力や人間関係を表す。文化資本とは、行為者がもっている「文化」が資 本になるということであり、書物・絵画など客体化された文化資本、学歴・資格など制度化された文化資本、文化 的教養・振る舞いなどの身体化された文化資本が含まれる。それぞれの資本の多寡が、他の資本の多寡へと変換さ れる要素を持っている(例:豊かな文化環境・教養によって(文化資本)、結婚市場で資産家の配偶者を得る(経 済資本))。象徴資本については、Bourdieu and Wacquant(1992)が、「経済、社会関係、文化資本は、それぞれ

の特有の論理を認める4 4 4知覚カテゴリーを通して把握されたとき、あるいはそれら資本の所有と蓄積の恣意性を見落 とす知覚カテゴリーを通して把握されたときに、象徴資本の形態をとる」(p.119)と定義付けている。すなわち、 いかなる資本であれ、それを認識し、価値を付与する物事の捉え方を持った社会的主体によって知覚されたときに、 それは象徴資本になるということである。例えば、名誉、地位(ステータス)、権威などが象徴資本に該当する。  Purdue は、インタビュー調査を通じて、オリンピックとパラリンピックが協力関係を強める中で、どのような 資本の蓄積や変換が起きているのかを以下のように示した。 ◦  オリンピックとパラリンピックの連携が深まることで、パラリンピック・ムーブメントがオンピック・ムーブ メントに包含されることになり、「パラリンピック」という言葉に含まれた文化資本が、象徴資本へと変換さ れない可能性がある。 ◦  オリンピックとパラリンピックの連携が深まることで、パラリンピックは、オリンピックから周縁化されたエ リートスポーツの競技大会として認識されるようになり、その文化資本を毀損してしまう懸念がある。 ◦  パラリンピアンが、オリンピックと同じ大規模会場で大会を開催されることで、チケットやグッズの売り上げ が向上する。すなわち、パラリンピアンという文化資本が経済資本へと変換される。 ◦  オリンピアンと同じ環境でパフォーマンスをすることで、パラリンピアンのステータスが向上する。すなわち、

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パラリンピアンという文化資本が象徴資本へと変換される。 ◦  IPC が IOC から得る資金はチャリティー的要素が強く、それによってパラリンピックがエリートスポーツの 競技大会として認識されなくなる可能性がある。すなわち、経済資本の象徴資本への変換が失敗する。 ◦  IPC が IOC から得る資金による活動で、パラリンピック文化が再編成・リブランドできる可能性がある。す なわち、経済資本の文化資本への変換が起きる可能性がある。 ◦  IPC が IOC とより緊密な関係になり、エリートスポーツ偏重化が進むことで、重度の障がいを有したアスリー トの存在が矮小化される。その結果として、IPC やパラリンピック・スポーツ特有の文化が損なわれる。すな わち、社会関係資本や経済資本が文化資本への変換に失敗する。 ◦  IPC が IOC とより緊密な関係になることで、パラリンピアンはパラリンピックにおいて公正な競技大会を実 現することに加え、スポンサー、メディア、IOC の経済・象徴資本を最大化させることが要求される。 ◦  IPC が IOC とより緊密な関係になり、メディアの報道等でパラリンピアンが「スーパークリップ」注 7として 扱われることで、障がい者を逆に遠ざけてしまうことになり、パラリンピック・ムーブメントの文化資本が棄 損される。  以上のような資本の複雑な関係性についての議論を通じて、Purdue は IPC がパラリンピック・ムーブメント特 有の文化資本を保持しつつも、障がい者エリートアスリートと一般の障がい者という二つのコホート間に軋轢を生 まないような方法で、さらなる経済資本をレバレッジしなければならないという難しい立場にいることを明らかに している。一方で、IOC が IPC に対して財政支援をしてまで連携を深めている動機が判然としないことから、そ の検討の必要性が指摘されている。IOC が IPC との連携を深める理由は、かつて IPC のシンボルマークをめぐる IOC との対立のような出来事の再発防止のためのリスク管理とも見て取れるし、障がい者アスリートが過少評価 された場合にはオリンピズムや企業の社会的責任が揺らいでしまうからであるとも考えることができる。

 では、IOC と IPC は今後どのような関係性を構築していくべきなのであろうか。Legg et al.(2014)は、スポー ツにおけるアイデンティティ・グループのインクルージョンに関する組織的連続体(Organizational Continuum for the Inclusion of Identity Groups in Sport: OCIIS)と主要変化要因モデル(Critical Change Factors Model: CCFM)という 2 つのフレームワークを用いて、IOC と IPC の関係性について理論的整理をし、両組織・大会の 関係性についての今後のシナリオを提示している。 単 一 文 化 ◀       ▶ 多 文 化 ステージ 1 排他的クラブ ステージ 2 口先だけの インクルージョン ステージ 3 形だけの平等主義 クリティカルマスステージ 4 多様性の容認ステージ 5 多様性の尊重ステージ 6 排他的組織 ◀       ▶ 包括的組織 図1 アイデンティティ・グループのスポーツへのインクルージョンに関する組織的連続体(OCIIS)  OCIIS は、スポーツ組織におけるインクルージョン文化の変容を示す 6 つのステージによって構成されたモデル である(図 1 )。ステージ 1 は、特定のアイデンティティ・グループを公然と、あるいはひそかに除外する排他的 な状態、ステージ 2 は実態の伴わない口先だけのインクルージョンに留まる状態を示す。続く、ステージ 3 は、トー クニズム (形だけの平等主義)的環境の段階であり、ステージ 4 では、アイデンティティ・グループのクリティカ ルマス(多様性が尊重される文化をつくる基準となる数値)が確保された状態を表す。そして、ステージ 5 は組織 内において多様性が容認された状態であり、最後のステージ 6 では多様性が組織内の全てのステークホルダーにわ

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6 たって尊重され、完全なインクルージョンが達成された状態を表す。  他方 2 つ目のモデルである CCFM は組織に変革をもたらす10の主要変化要因を抽出したものであり、OCIIS を 上位ステージへ駆動する要因とも解釈できる。このモデルは、メジャーリーグにおける黒人のインテグレーション、 カレッジスポーツにおける女性アスリートのインテグレーション、オリンピックにおける障がい者のインテグレー ションなどの異なるアイデンティティ・グループの歴史的分析によって作成されており、エクイティ理論、批判的 社会理論、およびオープンシステム理論などをベースにしている(表 1 )。 表 1  主要変化要因モデル(CCFM) CCF- 1 ) アイデンティティ・グループに対する世論に影響を与える主要な社会的イベントの発生・変化 CCF- 2 ) アイデンティティ・グループに対する公共政策の転換における法律、政府、裁判における変化 CCF- 3 ) アイデンティティ・グループの著名なロールモデルたちの世論に対する影響度の変化 CCF- 4 ) 主要マスメディアのアイデンティティ・グループに対する描写のレベルと性質における変化 CCF- 5 ) 優秀な競技成績を残したアイデンティティ・グループ内のアスリートたちのクリティカルマスの変化 CCF- 6 ) 現状打破の触媒となるパワーエリートにおける主要なリーダーの態度の変化 CCF- 7 ) パワーエリートにとって貴重であるというアイデンティティ・グループの認知的または実質の経済的価値の変化 CCF- 8 ) アイデンティティ・グループの医学的・知的固有観念に関する信念の変化 CCF- 9 ) 経営やリーダーシップの役割に関連したアイデンティティ・グループに対する雇用慣行の変更 CCF-10) パワーエリートたちによる、より一層の統合を達成するための戦略的プロセスの使用における変化

 Legg et al.(2014)は、上述の 2 つのモデルを用いて、IOC と IPC の関係性について以下のような解釈をしてい る。 ◦  1984年ロサンゼルスオリンピックにおいて、車椅子陸上がエキシビション種目として開催されたが、公式プロ グラムに記載されることはなく、獲得メダル数にもカウントされなかった。2004年アテネオリンピックを最後 にエキシビションも終了した。したがって、各障がい者アスリートの頑張りによってオリンピックへの参加は 実現したものの(CCF- 3 )、クリティカルマスは確保できず(CCF- 5 )、ステージ 3 (形だけの平等主義)よ りも先の段階に変容することはなかった。 ◦  健常者であったステッドワード政権時代(1989~2000年)には、自身もパラリンピアンであったクレイヴァン 政権(2001年~)と異なり、IPC のインクルージョンはステージ 2 (口先だけのインクルージョン)やステー ジ 3 (形だけの平等主義)に停滞していた。CCFM からもわかるように利害関係の大きいパワーエリートが 大きな変化をもたらす原動力となることがわかる(例えば、元パラリンピアンの政策決定者)。 ◦  IOC がパラリンピックをオリンピック・ムーブメントの範疇に入れることを認めたという点で、IPC は少なく ともマネジメントにおいてはステージ 5 (多様性の容認)に到達したと考えられる。一方で、パラリンピアン 個人のインクルージョンに焦点を当てるとステージ 2 (口先だけのインクルージョン)止まりである。 ◦  IOC と IPC の協力協定を締結させたものの、実態としては IOC が権限の大半を握るステージ 3 (形だけの平

等主義)である。 ◦  IOC と IPC の協力協定の締結と、その後の連携体制の構築には、CCFM の全ての要因が動的に関与している。 IOC が IPC を支援・協力することに関心を示したことには例えば以下の要因が関係する。   ◦  障がい者アスリートをエリートアスリートと認識するような世間の認識に変化が起きた(CCF- 1 )   ◦  国際連合によって障害者の権利に関する条約が採択された(CCF- 2 )   ◦  著名なパラリンピアンの競技力向上と報道の変化による影響(CCF- 3 、 4 、 5 )   ◦  IOC と IPC の会長の関係性、および多くのスポーツリーダーたちによるパラリンピックの経済価値向上 に関する認識の変化(CCF- 6 、 7 )

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  ◦  最新式の義肢を用いて競技をする著名なアスリートの登場による固定観念の変化(CCF- 8 )

  ◦  協力協定を結ぶことにより、IOC、大会組織委員会、および IPC が連携してより優れたパラリンピックの マネジメントが可能となった(CCF- 9 、10)

 これらの議論から、IPC と IOC の関係性の強化は、IPC の生存能力やパラリンピックのブランド向上に寄与し ているが、例えばメジャーリーグにおける黒人のインクルージョンや大学スポーツにおける女性アスリートのイン クルージョンと大きく異なり、選手(パラリンピアン)自身のインクルージョンに主眼が置かれていないことがわ かる。こうした論点整理から、IOC と IPC の将来的な関係性について以下の 5 つのシナリオが導出されている。 ①  オリンピック開催の 2 週間後にパラリンピックを別の競技大会として開催する(現状維持) ② オリンピック開催直前にパラリンピックを別の競技大会として開催する ③ パラリンピックの一部のプレミア競技種目をオリンピックに組み込んで開催する ④ コモンウェルス・ゲームズのように、障がい者アスリートにもフルメダルステータスを与えて開催する ⑤ IOC-IPC の協力協定を解消する  実際には、2016年 6 月14日に IOC と IPC は、オリンピックとパラリンピックで新たに長期的な協力関係を結ぶ 覚書を交わし、2032年までの延長に合意したことを発表している。新たな合意内容には、IOC の改革指針「オリ ンピック・アジェンダ2020」が反映され、パラリンピックの認知度や価値を高め、IPC に対して財政面でも協力す ることが明記された。したがって、当面は上記のシナリオ 1 が維持される可能性が高いといえる。「口先だけのイ ンクルージョン」、あるいは「形だけの平等主義」状態が慣行化するのであろうか。

◇今後求められる研究課題

 以上の先行研究を要約すると、Purdue(2013)は、IOC と IPC の連携から主としてパラリンピックや IPC が受 ける影響を論じ、Legg et al.(2014)は、IPC やパラリンピアンのインクルージョンについて歴史的・多角的に検 証をしたものである。当然ながら、IPC との連携を深める上での IOC サイドの真の狙いについて考究することが 求められよう。Brittain(2016)は、2002年ソルトレークシティオリンピック招致委員会による IOC 委員買収スキャ ンダルからのスポンサーや世間のイメージ回復の側面があると主張している。関連して、IOC-IPC 間の連携が「オ リンピック・アジェンダ2020」を達成する上でどのような機能を果たすのかを考察することも今後求められる研究 である。「オリンピック・アジェンダ2020」の40の提言には、パラリンピック・ムーブメントにとって肯定的に働 く可能性のあるものや、リスクとなり得るものも含まれている。IPC との関係強化を謳っているのは提言 7 (さま ざまな能力を持つ人々のためにスポーツを運営する組織と関係を強化する)であるが、提言 2 、 4 、10、11、13、 33、および39もパラリンピック・ムーブメントに一定の影響を与えるものと思われる注 8(Brittain, 2016)。  また、IOC と IPC という統括団体の連携強化が他のアクターに与える影響についても検討の余地がある。例えば、 スポンサー、マスメディア、国際競技連盟、IPC に属さない障がい者スポーツ、一般の障がい者、など研究対象は 多岐にわたる。GlobeScan(2012)は、19ヵ国における1万人以上の社会調査パネルを対象に、オリンピックとパ ラリンピックの統合に関する世論調査を実施している。東京大会を控えたわが国においても、社会心理要因等を含 めた社会調査による定量的な意識測定をすることは重要である。  他方、GlobeScan(2012)が「オリンピックとパラリンピックの統合に関しては多くの論争を招く決断となる」 と結論づけているように、慎重な議論が要されることは言うまでもない。推奨派は、パラリンピックの注目度の向

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8 上や、パラリンピックに経済的な資本が求められること、あるいは共生社会を具現化したものとして統合の重要性 を唱えている。一方で、慎重派はパラリンピアンとしての誇りや特有のアイデンティティや価値が損なわれること を危惧している。また大会の規模の肥大化によって完全なる統合開催は現実的でないのも周知の事実である。  結局のところ、大会をどのようにしたらインクルーシブなものにできるのかというプラクティカルな各論より も、ルーツの異なるこの 2 つの組織あるいはムーブメントの連携が深まり、スポーツ特有の情報拡散能力を活用す ることで、社会に向けていかにシンボリックなメッセージを発信することができるのかを考えていくことが重要に 思える。その際、パラリンピックが目指すべき理念は何なのか、この「パラリンピズム」の創造・定義の議論に回 帰する必要性がある。 【注】 1 )  第 1 回ストークマンデビル大会が1948年ロンドンオリンピックの開会式と同日に開催されたことも、ストー クマンデビル大会とオリンピック・ムーブメントとの結びつきの強化を図っているものと考えられるが、偶 発的との見方が強い(Brittain, 2016)。 2 )  1984年ロサンゼルスオリンピックでは、エキシビション種目として車椅子陸上が開催され、2004年アテネオ リンピックまで続いた。1992年アルベールビル大会より、冬季オリンピックとパラリンピックも同一都市開 催となった。 3 )  アトランタ大会は、開催都市は同一であるが、組織委員会同士の連携はみられなかった。 4 )  リオデジャネイロ大会以降、両大会が混同されるおそれのあるエンブレム・デザインは認められていない。 5 )  IPC 公式ホームページから情報収集、算出。 6 )  BOA はロンドンパラリンピックが大きな損出をもたらすと主張し、自組織に対する大会余剰金の分配(20%) は、オリンピックの利益のみを考慮するよう LOCOG に訴えていた。BOA 所属の 2 名の LOCOG 理事が一時 的に停職となった他、国際パラリンピック委員会も介入し、事態の収束に務めた。 7 )  「スーパークリップ」とは勇気、熱意、努力によって不可能を成し遂げたと表象される障がい者を指す (Berger, 2004)。障がいのある人々が達成できることについての社会の非現実的な期待を助長してしまうこ とが懸念されている。 8 )  提言 2 「鍵を握る好機とリスクを審査し候補都市を評価する」、提言 4 「オリンピック競技大会のすべての側 面に持続可能性を導入する」、提言10「競技に基づくプログラムから種目に基づくプログラムに移行する」、 提言11「男女平等を推進する」、提言13「オリンピック・ムーブメント関係者との相乗効果を最大化する」、 提言33「Olympism in Action」プログラムへのスポンサーの関与を強化する、提言39「社会との対話および オリンピック・ムーブメント内の対話を促進する」 【引用参考文献】

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資料集

目次

オリンピックとパラリンピックの理念………11

概要表

 オリンピック夏季競技大会………12  パラリンピック夏季競技大会………13  オリンピック冬季競技大会………14  パラリンピック冬季競技大会………15  1980年代以降に見られる国際オリンピック委員会(IOC)と    国際パラリンピック委員会(IPC)の協力関係の変遷 ………16  国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC)に加盟している    国内オリンピック委員会(NOC)と国内パラリンピック委員会(NPC)一覧 ………18  パラリンピック競技関連の国際および日本国内の競技団体一覧 ………20  開閉会式会場一覧(*)………21

メダル獲得上位 3 ヶ国と独占率(*)

 オリンピック夏季競技大会………22  パラリンピック夏季競技大会………23  オリンピック冬季競技大会………24  パラリンピック冬季競技大会………25

大会優勝記録と伸び率の推移

 男子陸上………26  女子陸上………27

ピクトグラム比較表(*)

 夏季競技大会………28  冬季競技大会………34 * 1964年東京大会以降で初めてオリンピックとパラリンピックが同一都市で開催され、競技会場も共有された1988年ソウル大会以降の 情報を記載している。(1964年東京大会は参考として記載)

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オリンピックとパラリンピックの理念

オリンピック パラリンピック 価値 「卓越性」「友情」「尊重」 「勇気」「強い意志」「インスピレーション」 「公平」 モットー より速く、より高く、より強く スピリット・イン・モーション シンボル オリンピック・シンボルは、単色または 5 色の 同じ大きさの結び合う 5 つの輪(オリンピッ ク・リング)からなり、単独で使用されるもの を指す。 5 色のカラー版での使用では、左から 順に上段に青、黒、赤の輪を、下段には黄、緑 の輪を配置する。オリンピック・シンボルはオ リンピック・ムーブメントの活動を表すととも に、 5 つの大陸の団結、さらにオリンピック競 技大会に全世界の選手が集うことを表現してい る。 このシンボルマークは「スリーアギトス」と呼 ばれている。「アギト」とは、ラテン語で「私 は動く」という意味で、困難なことがあっても あきらめずに、限界に挑戦し続けるパラリンピ アンを表現している。赤・青・緑の三色は、世 界の国旗で最も多く使用されている色というこ とで選ばれた。

出典:日本オリンピック委員会(Japan Olympic Committee: JOC)公式ホームページと日本パラリンピック委員会(Japan Paralympic Committee: JPC)公式ホームページをもとに作成。

JOC: http://www.joc.or.jp/games/youth_olympic/cep.html 

JPC: http://www.joc.or.jp/olympism/charter/pdf/olympiccharter2016.pdf  JPC: http://www.jsad.or.jp/paralympic/what/ 

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オリンピック夏季競技大会概要表(1960年〜)

開催 年月日 大会正式名称 開催都市 主催 参加数 選手数(*1) 選手数日本 日本選手団メダル獲得数 (*2) 競技数 種目数 国 選手 男子 女子 男子 女子 男子 女子 金 銀 銅 合計 1960年 8月25日 ~9月11日 Games of the ⅩⅦ Olympiad ローマ IOC 83 5,338 4,727 611 147 20 17 1 4 7 7 18 18 150 1964年 10月10 ~24日 Games of the ⅩⅧ Olympiad 東京 IOC 93 5,151 4,473 678 294 61 28 1 16 5 8 29 20 163 1968年 10月12日 ~27日 Games of the ⅩⅨ Olympiad メキシコシティ IOC 112 5,516 4,735 781 153 30 24 1 11 7 7 25 19 172 1972年 8月26日 ~9月11日 Games of the ⅩⅩ Olympiad ミュンヘン IOC 121 7,134 6,075 1,059 144 38 27 2 13 8 8 29 21 195 1976年 7月17日 ~8月1日 Games of the ⅩⅩⅠ Olympiad モントリオール IOC 92 6,084 4,824 1,260 152 61 24 1 9 6 10 25 21 198 1980年 7月19日 ~8月3日 Games of the ⅩⅩⅡ Olympiad モスクワ IOC 80 5,179 4,064 1,115 − − − − − − − − 21 203 1984年 7月28日 ~8月12日 Games of the ⅩⅩⅢ Olympiad ロサンゼルス IOC 140 6,829 5,263 1,566 178 53 29 3 10 8 14 32 21 221 1988年 9月17日 ~10月2日 Games of the ⅩⅩⅣ Olympiad ソウル IOC 159 8,391 6,197 2,194 188 71 11 3 4 3 7 14 23 237 1992年 7月25日 ~8月9日 Games of the ⅩⅩⅤ Olympiad バルセロナ IOC 169 9,356 6,652 2,704 181 82 13 9 3 8 11 22 25 257 1996年 7月19日 ~8月4日 Games of the ⅩⅩⅥ Olympiad アトランタ IOC 197 10,318 (*3) 6,806 3,512 160 150 7 7 3 6 5 14 26 271 2000年 9月15日 ~10月1日 Games of the ⅩⅩⅦ Olympiad シドニー IOC 199 10,651 (*4) 6,582 4,069 158 110 5 13 5 8 5 18 28 300 2004年 8月13日 ~29日 Games of the ⅩⅩⅧ Olympiad アテネ IOC 201 10,625 6,296 4,329 141 171 20 17 16 9 12 37 28 301 2008年 8月8日 ~24日 Games of the ⅩⅩⅨ Olympiad 北京 IOC 204 10,942 6,305 4,637 170 169 13 12 9 6 10 25 28 302 2012年 7月27日 ~8月12日 Games of the ⅩⅩⅩ Olympiad ロンドン IOC 204 10,568 (*5) 5,892 4,676 137 156 21 17 7 14 17 38 26 302 2016年 8月5日 ~21日 Games of the ⅩⅩⅩⅠ Olympiad リオデジャネイロ IOC 207 (*6) 11,238 約6,500 ~4,700 174 164 23 18 12 8 21 41 28 306

出典: 主に国際オリンピック委員会(International Olympic Committee: IOC)公式ホームページ , 日本オリンピック委員会(Japan Olympic Committee: JOC)公式ホームページをもとに作成。

   IOC: http://www.olympic.org/olympic-games, (2017年 8 月26日)    JOC: http://www.joc.or.jp/games/olympic/, (2017年 8 月26日)

* 1 : IOC の公式ホームページでは、各大会全体の選手数および女性選手数が発表されている。そのため、IOC から発表されている FACTSHEET WOMEN IN THE OLYMPIC MOVEMENT UPDATE – January 2016(https://stillmed.olympic.org/ Documents/Reference_documents_Factsheets/Women_in_Olympic_Movement.pdf)を参考に、2017年 5 月末日時点で発表さ れている全体選手数から女性選手数を引いた数を男性選手数として表記した。     なお、2017年 5 月末日時点で、2016年リオデジャネイロ大会の選手数に関して、大会全体の参加選手数(11,237)は発表されて いるが、女性選手数が概数(~4,700)であったため、男性選手数も同様におおよその数を表記した。 * 2 : 日本選手団メダル獲得数は JOC 公式ホームページ 「HOME > 大会 > オリンピック > 大会別日本代表選手 入賞者一覧」 から各 大会の結果を参照。http://www.joc.or.jp/games/olympic/winnerslist/,(2017年 8 月27日)

* 3 : NOC(国内オリンピック委員会)選手団として参加していない国・地域の選手も IOP(Independent Olympic Participants)と して 3 名参加。

* 4 : NOC 選手団として参加していない国・地域の選手も IOA(Individual Olympic Athletes)として 4 名参加。 * 5 : NOC 選手団として参加していない国・地域の選手も IOA(Independent Olympic Athelrtes)として 4 名参加。

* 6 : 参加国数の207のうちに、リオデジャネイロオリンピック独立参加選手団(Independent Olympic Athletes)とリオデジャネイ ロオリンピック難民選手団(Refugee Olympic Team)も含む。

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パラリンピック夏季競技大会概要表

開催年 月日 大会正式名称 開催都市 (*1)主催 参加数(*2) 選手数(*2) 日本選手数(*2) 日本選手団メダル獲得数(*3) 目 数 競 技 数 障がい種 (*6) 国 (*4)選手 (*4)男子 (*4) 男子 女子女子 男(*5) 金 銀 銅混合 合 1960年

9月18~25日 Mandeville Games9th Stoke (*7)ローマ ISMGC 21 (23) 209 (400) 164 45 − − − − − − − − − 8 113 SI 1964年 11月8日~12日・ 11月13~14日 (*8) 13th Stoke

Mandeville Games (*8)東京 ISMGC (21)20 (378)268 (166)195 (72)71 (51)14 2 9 1 − 1 5 4 10 9 143 SI 1968年

11月5日~14日 Mandeville Games17th Stoke テルアビブ ISMGC 29 (750) 578 198 775 (32)40 (5) 10 17 1 2 2 8 12 10 188 SI 1972年

8月2日~11日 Mandeville Games ハイデルベルグ ISMGF21th Stoke 43 (984) 654 268 922 (20)23 5 7 5 − 4 5 3 12 10 188 SI 1976年

8月4日~12日

Torontolympiad - 1976 Olympiad for the Physically

Disabled

トロント ISMGF, ISOD 40 (1,657) 1,000 270 1,271 (33)31 4 12 7 − 10 6 3 19 13 448 SI, A, VI, LA 1980年

6月22日~7月1日 Olympics for the Disabled アーネム ISMGF, ISOD (42)43 (1,973) 1,225 423 1,654 (32)24 (5) 18 86 − 9 10 7 26 13 590 SI, A, VI, LA, CP 1984年 6月17日~8月1日 NY: 6月17日 ~29日 SM: 7月22日 ~8月1日 (*9) 1984 International Games for the

Disabled ニューヨーク、 ストーク・マン デビル (*9) ICC, ISMGF 54 2,105 (2,102) (*10)1,569 536 27

(37)(15) 12 1210 − 9 7 8 24 18 975 SI, A, VI, LA, CP

1988年

10月16日~25日 1988 Summer Paralympics ソウル ICC 61 (3,057) 2,370 672 3,042 (108)109 (33) 37 934 − 17 12 17 46 18 733 SI, A, VI, LA, CP 1992年

BA: 9月3日~14日・ MA: 9月15日~22日

(*11)

1992 Summer

Paralympics バルセロナ(*11) ICC 83 (3,001) 2,300 699 2,999 (53) 22 23 754 − 8 7 15 30 16 489 SI, A, VI, ID 1996年

8月20日~29日 1996 Summer Paralympics アトランタ IPC 104 (3,259) 2,465 790 3,255 58 23 19 15 3 14 10 13 37 19 519 SI, A, VI, LA, CP, ID 2000年

10月22日~31日 2000 Summer Paralympics シドニー IPC 122 (3,881) 2,890 989 3,879 111 40 20 21 − 13 17 11 41 19 550 SI, A, VI, LA, CP, ID 2004年

9月23日~10月4 日

2004 Summer

Paralympics アテネ IPC 135 3,808 2,643 1,165 108(109) 54 31 21 − 17 15 20 52 19 519 SI, A, VI, LA, CP 2008年

9月6日~17日 2008 Summer Paralympics 北京 IPC 146 (3,951) 2,699 1,382 4,011 (97)98 (65) 23 464 − 5 14 8 27 20 472 SI, A, VI, LA, CP 2012年

8月29日~9月9日 2012 Summer Paralympics ロンドン IPC 164 (4,237) 2,742 1,503 4,245 89 (44) 14 245 − 5 5 6 16 20 503 SI, A, VI, LA, CP, ID 2016年

9月7日~18日 2016 Summer Paralympics リオデジャネイロ IPC (*12)159+1(4,333) 2,657 1,671 4,328 86 46 17 5 2 0 10 14 24 22 528 SI, A, VI, LA, CP, ID

出典: 主に国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee: IPC)公式ホームページ、日本パラリンピック委員会 (Japan Paralympic Committee: JPC)公式ホームページをもとに作成。

   IPC:https://www.paralympic.org/results/historical, (2017年8月26日)    JPC:http://www.jsad.or.jp/paralympic/what/past.html, (2017年8月26日)

* 1 : ISMGC: International Stoke Mandeville Games Committee(国際ストーク・マンデビル競技委員会), ISMGF: International Stoke Mandeville Games Federation (国際ストーク・マンデビル競技連盟), ISOD: International Sports Organisation for the Disabled (国際身体障害者スポーツ機構), ICC: International Co-ordinating Committee(国際調整委員会), IPC: International Paralympic Committee (国際パラリンピック委員会) * 2 : IPC と JPC のホームページ上の数字が異なる箇所は、カッコ内に JPC 記載数を表記した。 * 3 : 競技パートナーである、タンデム(自転車)のパイロット、陸上のガイドランナー、ローイングのコックス、5 人制サッカーのゴー ルキーパー、ゴールボールのランプ設置者などは健常者が務めることができ、メダルが授与される場合もあるが、表では障がい のあるアスリートのメダルの個数のみ表記した。 * 4 : 男女別の合計が選手総数と合致していないのは、試合前登録数と公式報告書の間に齟齬があることに加え、団体種目における個 人名の記載漏れなどがその理由と考えられる。 * 5 : 日本選手団が男女混合種目でメダルを獲得したのは、1968年大会ではダーチェリー、1996年大会では自転車、2016年大会ではウィ ルチェアラグビー、ボッチャである。

* 6 : SI: Spinal Injury(脊髄損傷), A: Amputee(切断), VI: Visually Impaired(視覚障がい), LA: Les Autres(その他), CP: Cerebral Palsy(脳性まひ), ID: Intellectual Impairment(知的障がい)

* 7 : 日本選手団の参加はなかった。 * 8 : 第 1 部が国際大会、第 2 部が国内大会であった。 * 9 : 1984年大会はイギリスとアメリカの 2 ヵ所で開催された。当初開催予定地だったイリノイ州の財政破たんにより、脊椎損傷のみ アイレスベリーのストーク・マンデビル病院(SM)で「第 7 回世界車椅子競技大会」が開かれ、その他の障がい種はニューヨー ク(NY)で競技が行われた。 *10: IPC によれば、ニューヨーク大会には45カ国、1,800名(日本選手団:17名)の参加があり、ストークマンデビル大会には、41 カ国、1,100人(日本選手団:35名)の参加があった。 *11: 知的障害のみマドリード(MA)、その他の障がい種目はバルセロナ(BA)で開催された。

(16)

14

オリンピック冬季競技大会概要表(1960年〜)

開催 年月日 大会正式名称 開催都市 主催 参加数 選手数(*1) 選手数日本 日本選手団メダル獲得数 (*2) 競技数 種目数 国 選手 男子 女子 男子 女子 男子 女子 金 銀 銅 合計 1960年 2月18日 ~2月28日 VIII Olympic

Winter Games スコーバレー IOC 30 665 521 144 36 5 0 0 0 0 0 0 4 27

1964年 1月29日 ~2月9日

IX Olympic

Winter Games インスブルック IOC 36 1,091 892 199 42 6 0 0 0 0 0 0 6 34

1968年 2月6日 ~2月18日

X Olympic

Winter Games グルノーブル IOC 37 1,158 947 211 53 9 3 0 1 1 1 3 6 35

1972年 2月3日 ~2月13日

XI Olympic

Winter Games 札幌 IOC 35 1,006 801 205 70 20 0 0 0 0 0 0 6 35

1976年 2月4日 ~2月15日

XII Olympic

Winter Games インスブルック IOC 37 1,123 892 231 49 8 0 0 0 0 0 0 6 37

1980年 2月13日 ~2月24日

XIII Olympic

Winter Games レークプラシッド IOC 37 1,072 840 232 46 4 1 0 0 1 0 1 6 38

1984年 2月8日 ~2月19日

XIV Olympic

Winter Games サラエボ IOC 49 1,272 998 274 32 7 1 0 0 1 0 1 6 39

1988年 2月13日 ~2月28日

VX Olympic

Winter Games カルガリー IOC 57 1,423 1,122 301 37 11 1 0 0 0 1 1 6 46

1992年 2月8日 ~2月23日

XVI Olympic

Winter Games アルベールビル IOC 64 1,801 1,313 488 42 21 5 2 1 2 4 7 6 57

1994年 2月12日 ~2月27日

XVII Olympic

Winter Games リレハンメル IOC 67 1,737 1,215 522 49 16 4 1 1 2 2 5 6 61

1998年 2月7日 ~2月22日

XVIII Olympic

Winter Games 長野 IOC 72 2,176 1,389 787 100 66 8 2 5 1 4 10 7 68

2002年 2月8日 ~2月24日

XIX Olympic

Winter Games ソルトレーク シティー IOC 77 2,399 1,513 886 61 48 1 1 0 1 1 2 7 78

2006年 2月10日 ~2月26日

XX Olympic

Winter Games トリノ IOC 80 2,508 1,548 960 59 53 0 1 1 0 0 1 7 84

2010年 2月12日 ~2月28日

XXI Olympic

Winter Games バンクーバー IOC 82 2,566 1,522 1,044 49 45 3 2 0 3 2 5 7 86

2014年 2月7日 ~2月23日

XXII Olympic

Winter Games ソチ IOC 88 2,780 約1,660 ~1,120 48 65 6 2 1 4 3 8 7 98

出典: 主に国際オリンピック委員会(International Olympic Committee: IOC)公式ホームページ , 日本オリンピック委員会(Japan Olympic Committee: JOC)公式ホームページをもとに作成。

   IOC: http://www.olympic.org/olympic-games, (2017年10月23日)    JOC: http://www.joc.or.jp/games/olympic/, (2017年10月23日)

* 1 : IOC の公式ホームページでは、各大会全体の選手数および女性選手数が発表されている。そのため、IOC から発表されている FACTSHEET WOMEN IN THE OLYMPIC MOVEMENT UPDATE – January 2016

    (https://stillmed.olympic.org/Documents/Reference_documents_Factsheets/Women_in_Olympic_Movement.pdf) を 参 考 に、 2017年 5 月末日時点で発表された全体選手数から女性選手数を引いた数を男性選手数として表記した。     なお、2017年10月末日時点で、2014年ソチ大会の選手数に関して大会全体の参加選手数(2,780)は発表されているが、女性選手 数が概数(~1,120)であったため、男性選手数も同様におおよその数を表記した。 * 2 : 日本選手団メダル獲得数は日本オリンピック委員会(JOC)公式ホームページ 「HOME > 大会 > オリンピック > 大会別日本代 表選手 入賞者一覧」から各大会の結果を参照。http://www.joc.or.jp/games/olympic/winnerslist/,(2017年10月23日)

(17)

パラリンピック冬季競技大会概要表

開催 年月日 大会正式名称 開催都市 (*1)主催 参加数(*2) 選手数(*2) 日本選手数(*3) 日本選手団メダル獲得数(*9) 目 数 競 技 数 障がい種 (*7) 国 (*4)選手 (*4)男子 (*4) 男子 女子女子 男(*5) 金 銀 銅混合 合 1976年 2月21日~28日 Winter Olympic Games for the

Disabled エンシェルツ ヴィーク(*6) ISOD 16 53 161 37 (*5) 0 − −1 − − − − − 2 53 VI, A 1980年 2月1日~8日 2nd Olympic Winter Games for

Disabled ヤイロ ISOD 18 299 229 70 5 0 0 0 − 0 0 0 0 3 63 VI, A, SI, CP, LA 1984年 1月15日~21日 3rd World Winter Games for the

Disabled インスブルック ISOD 21 419 325 94 10 2 0 0 − 0 0 0 0 3 107 VI, A, SI, CP, LA 1988年

1月18日~25日

4th World Winter Games for the

Disabled インスブルック ISOD 22 377 300 77 12 2 1 1 − 0 0 2 2 4 97

VI, A, SI, CP, LA 1992年

3月25日~4月2日 Paralympics5th Winter アルベールビル ICC 24 365 288 77 11 4 0 2 − 0 0 2 2 3 79 VI, A, SI, CP, LA 1994年

3月10日~19日 Paralympics6th Winter リレハンメル IPC 31 469 379 90 20 7 6 0 − 0 3 3 6 5 133 VI, A, SI, CP, LA 1998年

3月5日~14日 Paralympics7th Winter 長野 IPC 31 (571) 440562 122 (55)53 (15) 19 2214 − 12 16 13 41 5 122 VI, A, SI, CP, LA, ID 2002年

3月7日~16日 Paralympics8th Winter ソルトレークシティ IPC 36 415 328 87 30 6 1 2 − 0 0 3 3 4 92 VI, A, SI, CP, LA 2006年

3月10日~19日 Paralympics9th Winter トリノ IPC 38 474 375 99 33 7 2 7 − 2 5 2 9 5 58 VI, A, SI, CP, LA 2010年

3月12日~21日 10th Winter Paralympics バンクーバー IPC 44 502 381 121 33 8 7 3(*8) 3 3 5 11 5 641 VI, A, SI, CP, LA 2014年

3月7日~16日 11th Winter Paralympics ソチ IPC 45 (538) 412541 129 14 6 6 0 − 3 1 2 6 5 72 VI, A, SI, CP, LA

*出典: 主に国際パラリンピック委員会(International Paralympic Committee: IPC)公式ホームページ、日本パラリンピック委員会 (Japan Paralympic Committee:JPC)公式ホームページをもとに作成。

    IPC:https://www.paralympic.org/results/historical, (2017年10月22日)     JPC:http://www.jsad.or.jp/paralympic/what/past.html, (2017年10月22日)

* 1 : ISMGC: International Stoke Mandeville Games Committee(国際ストーク・マンデビル競技委員会), ISMGF: International Stoke Mandeville Games Federation (国際ストーク・マンデビル競技連盟), ISOD: International Sports Organisation for the Disabled (国際身体障害者スポーツ機構), ICC: International Co-ordinating Committee (国際調整委員会), IPC: International Paralympic Committee (国際パラリンピック委員会)

* 2 :Legg, D. and Gilbert, K.(2011), Paralympic Legacies, Illinois: Common Ground Publishing LLC. * 3 :IPC と JPC のホームページ上の数字が異なる箇所は、カッコ内に JPC 記載数を表記した。

* 4 : 男女別の合計が選手総数と合致していないが、試合前登録数と公式報告書の間に齟齬があることに加え、団体種目における個人 名の記載漏れなどがその理由と考えられる。

* 5 :個人参加。

* 6 :日本選手団参加なし。

* 7 : SI:Spinal Injury(脊髄損傷), A: Amputee(切断), VI: Visually Impaired(視覚障がい), LA: Les Autres(その他), CP: Cerebral Palsy(脳性まひ), ID: Intellectual Impairment(知的障がい)

* 8 : アイススレッジホッケーとチェアカーリングは男女混合チームで競技される。日本選手団はバンクーバー大会(2010)において アイススレッジホッケーで銀メダルを獲得した。

* 9 : 競技パートナーである、アルペンスキーのガイドなどは健常者が務めることができ、メダルが授与される場合もあるが、表では 障がいのあるアスリートのメダルの個数のみ表記した。

(18)

16

1980年代以降に見られる国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC) の協力関係の変遷

年度 OG PG 年度 IOC-IPC の協力関係

1980年代 1980年代

1984 Los Angeles (USA) Stoke Mandeville (GBR) & New York (USA) 1984 ・ロサンゼルスオリンピックのエキシビジョンとして車椅子バスケットボールが開催される

1988

Seoul (KOR)

1988

・1964東京大会以降で初めてオリンピックと同一都市で開催され,競技会場も共有された大会

・ ソウル大会以降,のちの初代 IPC 会長 Dr. Robert D. Steadwardと IOC 会長 Juan Antonio Samaranch の協力関係の構築により, 1992年から2004年は非公式ながら同一都市でオリンピックとパラリンピックを開催することとなる(*1)

・「パラリンピック」と正式に呼称 Calgary (CAN) Innsbruck (AUT)

1989 1989 ・ドイツのデュッセルドルフ(Duesseldorf)で IPC(International Paralympic Committee)が設立・初代会長に Dr. Robert D. Steadward が選出される

1990年代 1990年代

1992 Barcelona (ESP) 1992 ・バルセロナパラリンピック大会より公式に ICC から IPC に権利が移譲される Albertville (FRN) Tignes-Albertville (FRN) ・この大会以降冬季オリンピックおよびパラリンピック大会も同一都市で開催される 1994 Lillehammer (NOR) 1994 1996 Atlanta (USA) 1996 ・ ソウル大会以降の非公式な協力関係として同一都市のみならず組織委員会も連動していたが,今大会における組織委員会は例外である・パラリンピックに知的障がい選手が参加 ・パラリンピックが初めてテレビで放映される(*2) 1998 Nagano (JPN) 1998 2000年代 2000年代 2000 Sydney (AUS) 2000 ・IOC-IPC の協力関係に関する基本合意 1. パラリンピックはオリンピックと同一都市において開催することとし,また開催都市はパラリンピックの運営についても責任を果たす 2.オリンピック開催後にパラリンピックを開催する 3.IOC の評価委員および調整委員に IPC の代表者が含まれる 4. IOC においてパラリンピック・ムーブメントが推進されるとともに,IPC においてもオリンピック・ムーブメントが推進されること 5.IOC は IPC に対して資金協力をする

⇒ IPC 会長 Dr. Steadward が,IOC のメンバーとして選ばれる

2001 2001 1.2008年,2010年,2012年の各大会において、オリンピックとパラリンピックの開催都市は正式に統一される・IOC-IPC の正式な協力協定(「One bid, One city」を原則) 2.2012年大会の招致はオリンピックのみならずパラリンピックの開催として相応しいかが選定条件となる 2002 Salt Lake (USA) 2002

2003 2003 ・IOC-IPC のマーケティングに関する協力関係の改訂2008年,2010年,2012年の各大会組織委員会は放映権料やマーケティングで得た収入の一部を IPC へ分配する

⇒ IPC の収入の増加へつながる

2004 Athens (GRE) 2004 ・オリンピックの運営規則をパラリンピックにも採用

例:選手村の配置,組織委員会の組織構造,大会における IPC の役割と責任 2006 Torino (ITA) 2006 ・IOC-IPC 協力関係の延長2014年,2016年大会まで協力関係を延長する

2008 Beijing (CHN) 2008 ・開催都市,組織委員会,競技施設,選手村,スポンサーが公式に統一され開催される

2010年代 2010年代

2010 Vancouver (CAN) 2010

・大会組織委員会の名称に「パラリンピック」の文字が入る ・NPCと共同のマーケティング契約を締結する

・大会組織委員会のメンバーに Canadian Paralympic Committee のメンバーが選出される

2012 London (GBR) 2012

・ロンドン大会のエンブレムがオリンピック・パラリンピックで融合される

・IOC-IPC の協力関係の再延長

1.2018年,2020年大会まで協力関係を延長する

2.IF development,IOC Olympic Solidarity,Transfer of Knowledge のプログラムに IPC が参加可能となる

3. (a) the IOC Athletes’ Committee, (b) the Co-ordination Commissions of the Olympic Games, (c) the IOC Medical Commission, (d) the Women and Sport Commission, (e) the Press Commission, (f) the Radio and Television Commission に IPC が参加可能となる

4.IOC から IPC への資金協力を増額させる

2014 Sochi (RUS) 2014

2016 Rio de Janeiro (BRA) 2016 ・IOC-IPC 協力関係の再々延長 2032年大会まで協力関係を延長する

出典:

Legg, D. et al.,(2014)“The International Olympic Committee-The International Paralympic Committee Relationship: Past, Present, and Future.” Journal of Sport and Social Issues,1-25.

IPC:https://www.paralympic.org/feature/7-first-ipc-ioc-agreement,(2016年8月3日)

IOC:https://www.olympic.org/news/ioc-and-ipc-sign-cooperation-agreement,(2016年8月3日) IPC:https://www.paralympic.org/feature/12-ipcioc-agreement-signed-london-2012,(2016年8月3日)

IOC:https://www.olympic.org/news/ioc-and-ipc-sign-long-term-agreement-supporting-the-paralympic-movement,(2016年 8 月 3 日)

* 1 : Legg, D. et al.,(2014)“The International Olympic Committee-The International Paralympic Committee Relationship: Past, Present, and Future.” Journal of Sport and Social Issues, 7 .

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1980年代以降に見られる国際オリンピック委員会(IOC)と国際パラリンピック委員会(IPC) の協力関係の変遷

年度 OG PG 年度 IOC-IPC の協力関係

1980年代 1980年代

1984 Los Angeles (USA) Stoke Mandeville (GBR) & New York (USA) 1984 ・ロサンゼルスオリンピックのエキシビジョンとして車椅子バスケットボールが開催される

1988

Seoul (KOR)

1988

・1964東京大会以降で初めてオリンピックと同一都市で開催され,競技会場も共有された大会

・ ソウル大会以降,のちの初代 IPC 会長 Dr. Robert D. Steadwardと IOC 会長 Juan Antonio Samaranch の協力関係の構築により, 1992年から2004年は非公式ながら同一都市でオリンピックとパラリンピックを開催することとなる(*1)

・「パラリンピック」と正式に呼称 Calgary (CAN) Innsbruck (AUT)

1989 1989 ・ドイツのデュッセルドルフ(Duesseldorf)で IPC(International Paralympic Committee)が設立・初代会長に Dr. Robert D. Steadward が選出される

1990年代 1990年代

1992 Barcelona (ESP) 1992 ・バルセロナパラリンピック大会より公式に ICC から IPC に権利が移譲される Albertville (FRN) Tignes-Albertville (FRN) ・この大会以降冬季オリンピックおよびパラリンピック大会も同一都市で開催される 1994 Lillehammer (NOR) 1994 1996 Atlanta (USA) 1996 ・ ソウル大会以降の非公式な協力関係として同一都市のみならず組織委員会も連動していたが,今大会における組織委員会は例外である・パラリンピックに知的障がい選手が参加 ・パラリンピックが初めてテレビで放映される(*2) 1998 Nagano (JPN) 1998 2000年代 2000年代 2000 Sydney (AUS) 2000 ・IOC-IPC の協力関係に関する基本合意 1. パラリンピックはオリンピックと同一都市において開催することとし,また開催都市はパラリンピックの運営についても責任を果たす 2.オリンピック開催後にパラリンピックを開催する 3.IOC の評価委員および調整委員に IPC の代表者が含まれる 4. IOC においてパラリンピック・ムーブメントが推進されるとともに,IPC においてもオリンピック・ムーブメントが推進されること 5.IOC は IPC に対して資金協力をする

⇒ IPC 会長 Dr. Steadward が,IOC のメンバーとして選ばれる

2001 2001 1.2008年,2010年,2012年の各大会において、オリンピックとパラリンピックの開催都市は正式に統一される・IOC-IPC の正式な協力協定(「One bid, One city」を原則) 2.2012年大会の招致はオリンピックのみならずパラリンピックの開催として相応しいかが選定条件となる 2002 Salt Lake (USA) 2002

2003 2003 ・IOC-IPC のマーケティングに関する協力関係の改訂2008年,2010年,2012年の各大会組織委員会は放映権料やマーケティングで得た収入の一部を IPC へ分配する

⇒ IPC の収入の増加へつながる

2004 Athens (GRE) 2004 ・オリンピックの運営規則をパラリンピックにも採用

例:選手村の配置,組織委員会の組織構造,大会における IPC の役割と責任 2006 Torino (ITA) 2006 ・IOC-IPC 協力関係の延長2014年,2016年大会まで協力関係を延長する

2008 Beijing (CHN) 2008 ・開催都市,組織委員会,競技施設,選手村,スポンサーが公式に統一され開催される

2010年代 2010年代

2010 Vancouver (CAN) 2010

・大会組織委員会の名称に「パラリンピック」の文字が入る ・NPCと共同のマーケティング契約を締結する

・大会組織委員会のメンバーに Canadian Paralympic Committee のメンバーが選出される

2012 London (GBR) 2012

・ロンドン大会のエンブレムがオリンピック・パラリンピックで融合される

・IOC-IPC の協力関係の再延長

1.2018年,2020年大会まで協力関係を延長する

2.IF development,IOC Olympic Solidarity,Transfer of Knowledge のプログラムに IPC が参加可能となる

3. (a) the IOC Athletes’ Committee, (b) the Co-ordination Commissions of the Olympic Games, (c) the IOC Medical Commission, (d) the Women and Sport Commission, (e) the Press Commission, (f) the Radio and Television Commission に IPC が参加可能となる

4.IOC から IPC への資金協力を増額させる

2014 Sochi (RUS) 2014

2016 Rio de Janeiro (BRA) 2016 ・IOC-IPC 協力関係の再々延長 2032年大会まで協力関係を延長する

出典:

Legg, D. et al.,(2014)“The International Olympic Committee-The International Paralympic Committee Relationship: Past, Present, and Future.” Journal of Sport and Social Issues,1-25.

IPC:https://www.paralympic.org/feature/7-first-ipc-ioc-agreement,(2016年8月3日)

IOC:https://www.olympic.org/news/ioc-and-ipc-sign-cooperation-agreement,(2016年8月3日) IPC:https://www.paralympic.org/feature/12-ipcioc-agreement-signed-london-2012,(2016年8月3日)

IOC:https://www.olympic.org/news/ioc-and-ipc-sign-long-term-agreement-supporting-the-paralympic-movement,(2016年 8 月 3 日)

* 1 : Legg, D. et al.,(2014)“The International Olympic Committee-The International Paralympic Committee Relationship: Past, Present, and Future.” Journal of Sport and Social Issues, 7 .

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