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W・B・イェイツ小論 (塩田義遜教授古稀記念号)

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Academic year: 2021

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イヱィッは最初ブレィク、シエレィ、ロゼッテイの詩を学び象徴主義に近接した。次にシモンズに導かれて、フラ ンスの詩人達に親しんだ。更に重要なことは、その青年時代に於て西欧神智学、神秘学に接近したことである。上述 の如く象徴主義とはその本質に於て、宇宙、世界の神秘に到達せんことを目的とする。イェイッは象徴主畿に親しむ と共に西欧神秘学に接近して世界の神秘、本質を把握せんとした。古来人間に触れたすべてのものを容れる大いなる 記憶は象徴によって呼び出すことが出来ると信じたのである。併しイェイッが究極に於てこの神秘に到達したかどう を基盤として成立している。 W・B・イェィッは一九六五年の生れであるから、その青年時代の教溌は世紀末的である。 アーサー・シモンズはマラルメの火曜会に出席し、その﹁文学に於ける象徴主義運動﹂︵一八九九年︶を書きこれ をイェィッに献じた。象徴主義とはジャン・モレァの言葉を借りれば説明、叙述、客観描写を斥け、ある観念、対象 を触知しうる姿で表わそうとする。しかもその観念、対象とはそれだけのものではなくして、常にそれらのものと原 初的なるものとの神秘的な親近関係を表わすものである。即ち象徴主義とはロマン主義、古典主義より更に深き意識

W・B・イェイッ

桐谷

’ (141)

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このさみしき姿は生き続ける。 さみしき姿とは吹きすさぶ無常の風の風だ。この無常の風の嵐はイェィッの筆によって、より深き内面性を得て具象 化された、といL得ないであろうか。 元来、世紀末の文学、象徴主義の文学なるものは、十九世紀を貫流する科学、唯物思想に接して生れたものであ る。理知を斥け、精神性、直観を重んじ、俗世界を離れ、内的美の世界に到達しようとする願望はイェイッの生涯をる。理知を斥け、趣 貫くものであった。 まで達する如きより深き内面性を与えたとは言いうるであろう。 かは知らない。併しながら彼の青年時代の象徴主義、神智学の訓練は、彼に対してある意味に於て、意識下の世界に 我、慨界共に過ぎ去る。我、慨界共に過ぎ幸 すべては醜く、そこなわれている。 すべてはつかれはて、陳腐である。 路傍の子供の泣声、車のきしみ 冬の泥をはねかえす農夫の重い足どり 冬空の下を流れる、 れ る 、 それらはすべて 人の心の中に 大空の水泡、 青き水のゆらめき 流れる星の下 (142)

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この詩は初期の詩集﹁葦間の風﹂︵一八九九年︶の中の一篇であるが、その後半に於てはイニイッ後年の重要なテー マである混沌の中に秩序を打ちたてようとする願望が歌われている。 私はそれらのものを、新しく打ちたてたい。 そして大地と空と水で造りなした緑の丘に座りたい。 心の奥深く・ハラの花を咲かせるあなたの姿を夢みるため。 他方イヱィッの青年時代にはアイルランド独立運動の大立物。ハーネル、オリアリイが在世した。特にイェイッはオ リァリィから大なる影響を受けた。又彼の生涯を通じての恋人、いくつかの美しき杼情詩の主人公モード・ゴンと知 りあったのもアイルランドの独立運動を通じてであった。パーネルは一八九一年に死ぬのであるが、二十世紀に入る と共に独立運動は次第に騒然たる趣きを呈してくる。この独立運動に刺戟されてイ↓|イッはケルトの民謡、民話を研 究して作詩のインスピレーションとするのであるが、その多くは俗世界を離れて理想国、それはイェイッにあっては 古代ケルトの国、朝露が光り、ねずみ色のたそがれが美しく、神々が角笛を吹く国であった。 この様な逃避的な詩を雷いていたイ棗イッはこの騒然たる二十世紀初頭のアイルランドに直面して如何様に感じた ことであろうか。一九○四年の詩集﹁七つの森﹂の一端﹁アダムの呪﹂に於ては、イニイッの苦悩がまざノーと歌わ れている。そのテーマは曽っては愛は高尚なる礼儀曾碕ロCO日庁$己を以て歌われたのであるが、今やその様な純 粋な愛というものは考えられなくなったということである。イェイッも言及しておると考えられるのであるが、この 私の心の奥にバラの花を咲かせる あなたの姿をそこなうのだ。 (14劇) 8

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0 場合の愛を美の概念に置きかえることによってその意味する処はより一層含畜深いものになるであろう。この﹁七つ の森﹂に続く﹁緑の胃﹂﹁責任﹂などの詩集に於ては従来の標びようたる美の世界、ケルト的美の世界はしばらくう すれて、そのスタイルほ古典的な緊密さ、固さを持ち、意味する処は明哲さを加えたということが出来よう。﹁緑の 宵﹂の中の一職﹁第二のトロイを願はず﹂は恐らく奔放な美に恵まれた志士、モード・ゴンを歌ったものであろう が、騒然たる独立運動の現実を歌いながら巧みにトロイ戦争の伝説の美女ヘレンを聯想して、モード・ゴンのイメー ジをロマン化する手法は注目すべきものがある。 我が青春の日を悲しみもて充たし、又無知なる人にはげしき途を示し、小国アイルランドをして大 国イギリスに向わしめたとて私はどうして彼女を責めることが出来ようか。炎の如き単純なけだか さ、ひきしぼった弓の如き美、高尚で孤独で厳粛な美を持った彼女の心は何によって安らぎ得たで あろうか。彼女の為しうることは何であったか。焼きつくすべき第二のトロイがあったのである 現実を詩化する、詩の高さにまで高めるということは現代詩の持つ重要な問題の.一つであり、エリオットはイギリス 十七世紀の詩人たちの用いたウイットによって、この問題を考えようとした。即ち知的ヴィジョンを惹き起そうとす る主知的な手法である。イェィッの詩は知的ではない。彼にあっては、あらゆる現実は何らかの意味に於て理想、あ るいはロマン的世界を離れたものではない。あらゆる現実的仙界の奥にひそむ本質的なものにイェイッの心は惹かれ たのだ。 詩集﹁責任﹂の中には二九一三年九月﹂﹁亡篭に寄する﹂などアイルランドの独立運動あるいは当時の俗悪な世 うか。 (144) 0

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相、人心を歌った楓刺詩がある・・前者は当時の独立運動の一方の雄であったコノリーの労働者の運動に対し資本家は 工場閉鎖を以てこれに答えた。イェィッは労働者に味方し、たぎ祈り搭えることをこと畠する当時の肚相を悲しんで 独立の志土オリァリィの活脈した昔を憧れたのである。 ロマンティックなアイルランドはもうこ畠にはない。 それはオリアリイと共に墓場の中にある。 イェィッは資本家、労働着の対立に対して労働者に味方したのではない。俗悪なブルジョア意識に対して、俗悪な当 時の世相に対して、労働者の意識をより純粋なもの、ロマンティックなものとしてこれに組したのであるo後者﹁亡霊に 寄する﹂の第一聯は隙大な独立運動指導者パーネルを歌い、俗悪中傷をこと世する当時のアイルランド民衆を攻蝶し た。第二聯に於ては勝れた劇作家シングの作品に言及して、これを解し得なかった低劣な国家主義者共を潮笑したの だ。これらの詩に於て、アイルランドの岸辺を吹きすぎる潮風とか、灰色のかもめなど祖国の風景を点綴して、曽て の美しき、ロマンティックなアイルランドへの郷愁を秘めていることは注目すべきである。 イェィッの当時の独立運動、アイルランド国家主義者達に対する態度は裡雑なものがあった。当時の民衆の教餐は 低く、独立運動も派閥の争いに明け群れる有様であった。イェィッは勿論独立を欲したであろうが、民衆の無教接、 俗悪さに対して神経をいらだたせた。こ&に彼の保守的な貴族主義というものが生れてくる。それは周囲の喧騒、俗 悪をよそに己れの純粋性、自我を守ろうとする。それは混沌の中に秩序を打ち樹てようとする意志でもある。一九二 五年の散文作品﹁幻想録﹂に於ては、人事、世界の百般を月の盈虚、二十八の相を以て解釈しようとする。併し彼自 身の言葉によれば、この様な体系を何も彼自身信じたわけではない。た凹其後の作品に自信と力を与えたのは、この (145)

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よきものすべて確信を欠き 邪しまなるもののみあれ狂いぬ。 詩集﹁マィヶル・ロ。ハーテスと舞姫﹂︵一九二一年︶の一篇﹁第二の啓示﹂の一節であるが、イェイッは二十世紀初 頭の世相を月の第二十三相に象どり、その混乱の姿を歌ったのである。次の一篇﹁我が娘に対する祈り﹂こそ、イェ ィッ晩年の心境を窺うに足る作品である心イェィッが幼き娘に望むものは、相応の美しさと礼儀とやさしさ、おだや かな心である。そして最も斥けるものは知的憎悪と傲慢の心である。 すべての悩悪の心がなくなるとき 魂はその根本の無垢の心をとりもどす そしてそれは自らを喜ばし、ゆるし恐雌させる。そして 様な稀有な経験であったという。それは又闇黒の中に光を求め、混沌を通って秩序に至る確乎たる自信を表明するも のでもあった。 無垢の碇は姿消しぬ。 血にかすむ思潮はあふれ 世界には、たg混沌あるのみ。 もの皆はくずれ落ち、中心を支うる能わず 隅は騰師の笛を聞かず 烈しき旋回に疲れはて (巡6) 分

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それ自身の意志は神の意志であることを知るのだ。 その時には、あらゆる人が顔をしかめても、又 如何なる狂乱怒濡が訪れようとも 人は幸福でありうるのだ。 願わくは花聟が娘をすべてに慣例と儀式が守られている家に導かんことを。 傲慢と憎悪は大道に行商される商品である。 慣例と儀式をおいて、何処に無垢の心と美が生れるであろうか。 この様にすべてに慣例と儀式を守ろうとするイェイッの態度は、変貌脱皮を続ける二十枇紀の現実に直面して、激し い摩擦を惹き起すことは必然である。こ畠に彼の悲劇的な賢族主義の姿が、烈しく浮き彫りされる。 流れをさかのぼり、夜の明方に、水ほとばしる石の傍に釣糸を垂れるあの廉直の士を私は択ぶの だ。彼らこそ私の誇りをうけ継ぐ者たちだ。その誇りは、朝の直光が放たれた時の早朝のそれの様、 あるいは豊饒の角のそれ、あるいは水枯れた時の爽やかな俄雨のそれ、あるいは白鳥が日没の光を 見つめ、黄金の流れに漂い、般後の歌をうたうそれにも似るか。・・・⋮.::. この様なイェィッの誇りは、そのま旦彼にとっては喜びなのだ。それは魂の喜びだ。あらゆる俗悪、低劣なものに対 する怒り、その怒りは一穂の喜びなのだ。彼はドロシィ・ウエルズレィスへの手紙︵一九三六・一二・二三︶に次の 如くいう。﹁憎悪は受動的な苦しみ、併し怒りは一種の喜びだ。オランダのある神秘主義者はいう。世界がこの私の 喜びにおの&こうとも、私は限りなく喜ばねばならぬと。喜びは魂の救いだ﹂晩年のイェイッは異常な烈しさを以て ダ (147)

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魂の喜びにおの§いた様に思われる。 杖にすがったおんぼろの案山子だ。 もしも魂がそのおんぼろをよしとして 手を打ちかわし、声高く歌うことがなければ。:⋮⋮⋮ 老人はとるに足らぬもの 8 ︵一九五九・四・九︶ . (148)

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