Kobe Shoin Women’s University Repository
Title
近世・加賀農村住居の研究(1)
―住空間の史的展開過程に関する研究(その 11)―
Study on Kaga-Farmers’ Dwellings of Edo-periods
Author(s)
島村 昇(Noboru Shimamura)
Citation
生活科学論叢(Review of Living Science)
,
No.27:1-37
Issue Date
1996
Resource Type
Bulletin Paper / 紀要論文
Resource Version
URL
Right
近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の研 究(1)
住 空 間 の 史 的展 開 過 程 に 関 す る研 究(そ の11)島
村
昇
目
次
1.加 賀 ・農 村 住 居 の歴 史 的 成 立 背 景 1.1加 賀 農 村 の成 立過 程 1.2白 山 ・山村 住 居 との 関 連 性 1.3加 賀 ・農 村 住 居 の 初 期 状 況 1.4白 山 ・山村 住 居 と加 賀 ・農 村 住 居 の 相 異 点 4.近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 規 模 4.1近 世 前 期 の 住 居 規 模 4.2作 業 小 屋 ・コ ナ シ ヤ 4.3セ ッ チ ン と ウ マ ヤ 4.4土 蔵 と ニ ワ 4.5.ド マ と オ エ 2,加 賀 ・農 村 住 居 の 社 会 的成 立 背 景 2.1加 賀 農 村 部 の 階 層 構 成 2.2加 賀 農 村 部 の 階 層 間流 動 2.3加 賀 農 村 部 の ム ラ 2.4加 賀 農 村 部 の 家 族 構 成 2.5加 賀 藩 に お け る家 作 制 限 5.オ モ ヤ ・住 空 間 の 状 況 5.1床 仕 上 げ の 状 況 5.2オ モ ヤ の平 面 形 式 5.3モ ヤ 住 空 間 の 保 護 ・拡 張 装 置 5.4モ ヤ 住 空 間 の 変 形 5.5モ ヤ 住 空 間 の 改 造 3近 世 ・加 賀 農 村 部 の住 居建 築 3.1加 賀 農 耕 風 俗 図絵 3.2配 棟 形 式 3.3宅 地 規模 3.4屋 根 形 式 3.5壁 画 形 式 3.6開 口形 式 3.7壁 面 の 閉鎖 ・開 放 度 3.8柱 ・柱 脚 部 の 状 況1.加 賀 ・農 村 住 居 の 歴 史 的 成 立 背 景 1,1加 賀農 村 の 成 立 過 程 前 回 まで に 白 山 ・山 村 住 居 の 史 的 展 開 過 程 を追 跡 した。 対 象 地 域 の 各 種 住 居 種 の うち 、 山 村 住 居 が もっ と も古 い形 態 を と どめ て い るた め 、まず 最 初 に 山村 住 居 を と りあ げ た の で あ った が 、 そ の 成 果 を もふ ま え て 、 次 に は 平 野 部 の 農 村 住 居 を と りあ げ る。 題 して加 賀 ・農 村 住 居 の 研 究 で あ る。 加 賀 ・農村 住 居 の 発 展 は 、 い うま で も な く加 賀 平 野 部 の水 田 開 発 を前 提 と して い るの で 、 まず は そ の あ た りの 状 況 を み て お か ね ば な ら な い。下 出積 与 『石 川 県 の 歴 史 』(山 川 出 版 社 、昭 和45年 、 P.73)に は 次 の よ うに 述 べ られ て い る。 や まかい 加 賀 平 野 の 中心 を な す の は 、鶴 来 あ た りで 山峡 か ら離 れ た 手 取 川 の 流 れ に そ っ て 広 が る扇 状 地 で あ る。全 土 の な か ば 以 上 を 山地 で 占め られ て い る加 賀 で は 、こ の加 賀 平 野 が 最 大 の 平 地 で あ っ た。 しか しこ こ は 平 安 時 代 の 末 ご ろ まで は ほ とん ど未 開 の 原 野 で 、 ひ ら け て い るの はむ し ろ 、谷 間 に は さま れ た せ ま い段 丘 や 山麓 ぞ い の 地 帯 で あ っ たの で あ る。 こ の 山 峡 や 山 麓 地 帯 を 起 点 に して 、本 格 的 な 開 発 の 手 が 扇 状 地 の平 野 部 に伸 び て くる の は 、 よ うや く中世 に 入 っ て か らで あ っ た。 した が っ て 、石 川 郡 を 中 心 とす る 地域 が 歴 史 の主 舞 台 と な り、そ こ に 生 活 の 根 拠 を お くもの が 加 賀 の 歴 史 の 主 役 を演 ず る よ う に な るの も、 鎌 倉 時 代 以 後 で あ っ た の で あ る。 この 論 点 に 立 脚 す る と、加 賀 平 野 部 の 水 田 開 発 は 、古 代 末 か ら中世 に か け て で あ り、 し たが っ て 、 本 論 の対 象 とす る加 賀 ・農 村 住 居 もこ の 時 期 以 降 の こ と と しな けれ ば な ら な い 。 1.2白 山 ・山村 住 居 との 関連 性 以上 の 歴 史 的観 点 か ら加 賀 ・農 村 住 居 の 成 立 を 推 察 す る に 、 白 山 ・山村 住 居 との つ よい 関 連 性 が 考 え られ ね ば な ら な い。 白 山 山 中 に お け る焼 畑 農 耕 は 、加 賀 平 野 部 の 水 田 開 発 に よ りは るか 以 前 か らお こ な わ れ て お り、 か つ 水 稲 農 耕 に お い て は 山 麓 部 に お い て お こ な わ れ て い る か らで あ る。 す な わ ち、 農 業 的 生 産 方 式 は 山 中 → 山 麓 → 平 野 とい う場 所 的 移 行 を示 して い る の で あ る。 この よ うな 生 産 方 式 の 移 行 は 、そ れ に付 随 す る 生 活 文 化 全 搬 の 移 行 を も意 味 して お り、住 空 聞 にか か わ る問 題 もそ の 中で 考 えね ば な らな い で あ ろ う。 白山 ・山村 住 居 を論 じた 際 に 用 例 と した ヒル クイ ゴヤ(昼 喰 い小 屋)は 、 山 麓 部 に お け る 水稲 農 耕 の た め の 一 種 の デ ゴ ヤ(出 小 屋)で あ り、 山 中 の 焼 畑 農 家 が 農 繁 期 に 使 用 す る居 住 用 の建 物 で あ った 。 この ヒ ル ク イ ゴ ヤ の 中 に は 、古 代 的 性 格 をつ よ くと どめ る もの が あ り、そ れ は 断 面3角 形 の ネ ブ キで あ っ た(写 真1-1)。 こ の種 の 住 居 建 築 は 、山中に造営 され る住居建築 と全 く同一 の手法 2
に よ る もの で あ り、 ご く近 年 まで残 存 した。 この よ うな ネ ブ キ建 築 を、万葉集 では フセヤ 、タブ セ 、 フセ イ ホ な ど とよ ん で い た。 筆 者 は 、 加 賀 ・農 村 住 居 の初 期 的 状 況 を こ の種 の ネ ブ キ建 築 に 求 め る。 写 真1-1ネ ブ キ の ヒル ク イ ゴヤ 資 料)『 尾 口 村 史 ・第2巻 』(P.670) 1.3加 賀 農 村 住 居 の初 期 状 況 ネ ブ キの 内部 状 況 に つ い て は 、本 論 第1巻 にお い て 詳論 して い るの で 、こ こ で は く り返 さ な い が 、 主 要 な点 は床 全 面 をワ ラ、 カヤ 等 で敷 きつ め た土 座 で 、 も ち ろ ん単 室 住 居 で あ り、炉 を設 け て い る こ とで あ る。 本 論 で は ネ ブ キ部 分 を モヤ(母 屋)と して い る が 、 モヤ 内部は ドマ(土 間) の な い オ エ(御 上)で あ る。 オ エ は い う まで もな く上 足 スペ ー スで あ る。 こ の段 階 に お い て は 、 まだ モ ヤ 内 部 に ドマ が つ く られ て い な い 。 写 真1-1に もみ られ る よ うに 、 モ ヤ の 前 面 に サ シ カ ケ(差 し懸 け)と よ ば れ る仮 設 的 な架 構 が あ り、こ の 部 分 が ドマ で あ る。今 日み られ る 民 家 の ドマ は 、ほ とん どが モ ヤ 内 部 に組 込 まれ て い るが 、初 期 に お い て は この よ うな 形 態 を と って い た 。したが って、ドマ はモヤ に対 して事 後的 ・ 補 足 的 に付 加 され た 空 間 で あ っ た 。 しか し、 いず れ に して もモ ヤ とい うオ エ ・ス ペ ー ス とサ シ カ ケ とい う ドマ ・スペ ー ス の2つ の 構 成 部 分 か らな る一 個 の住 空 間 が 成 立 し て お り、本論 では これ らを合 わ せ て オ モ ヤ(主 屋)と よん で きた 。 モ ヤ の オエ ・スペ ー ス は 食 寝 等 の起 居 の 場 で あ り、 サ シ カ ケ の ドマ ・ス ペ ー ス は 作 業 等 の場 で あ る 。本 論 で は 前 者 を リビ ン グ 系 空 間 、後 者 をサ ー ビ ス系 空 間 とよ ぴ 、 これ を住 空 間 の2大 構 成 要 素 と した 。 加 賀 ・農 村 住 居 に 限 らず こ の 関 係 は み とめ られ るが 、 初 源 的 状 況 に お い て は リビ ン グ系 空 間 が まず 成 立 し、 サ ー ビ ス 系 空 間 は これ に付 加 され る。 そ の 意 味 で 住 空 間 の 発 展 史 は 、 モ ヤ(リ ビ ン グ系 空 間)の 機 能 分 化 と同 時 に ドマ(サ ー ビス 系
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空 間)の 付 加 状 況 な い しモ ヤ へ の 組 込 み 状 況 が 重 要 な 問 題 点 とな る。 ドマ の もつ 諸 機 能 は本 来 、 戸外 スペ ー スや 付 属 屋 が受 け もっ て い た の で あ り、そ の機 能 が 選 択 的 に モ ヤ と一 体 化 し、オ モ ヤ 住 空 間 を形 成 し て い っ た と考 え られ る。 1.4白 山 ・山村 住 居 と加 賀 ・農 村 住 居 の相 異 点 加 賀 ・農 村 住 居 の 源 流 を 白山 ・山 村 住 居 に求 め た と して も、 発 展 過 程 の途 上 にお い て 、 こ の 両 者 は異 っ た ル ー トを た ど る。 山村 住 居 は 単 室 住 居 か ら タ テ1列 型 に発 展 し、間 口長 さ が 拡 張 さ れ る と ヒ ロマ 型2列1段 な い し2段 等 の 構 成 を と る よ うに な る。 しか し、 この よ うな平 面 型 の 発 展 は あ くまで オ エ で の こ とで あ り、 ドマ は僅 少 か ほ とん ど皆 無 で あ った 。 山村 住 居 にお け る ドマ は 、あ る とす れ ば モヤ 前面 に付 加 され たサ シ カ ケ部 分 で あ り、そ れ も平 野 部 の 農 村 住 居 ほ ど大 きな面 積 を 占 め る もの で は な か っ た 。 この よ う な ドマ の差 は 、両 者 の 生 活 基 盤 を なす 生 産 方 式 、す な わ ち 山 間部 の 焼 畑 農 耕 と平 野 部 の水 稲 農 耕 の 差 に起 因 す る もの と考 え られ る。 本論 第1巻 に お いて 、半 山 村 住 居 と命 名 した住 居 タ イプ を紹 介 した 。 こ の タ イプ は 、山 間 部 と 平 野部 の 中 間 に 位 置 す る住 居 タ イ プ で 、1列 多段 構 成 の 平 面 型 を もち 、あ き らか に 山村 住 居 の 流 れ の 中 に あ る が 、純 粋 な 山 村 住 居 と異 る点 は 、前 面1段 分 が ドマ に な っ て い る こ とで あ っ た。 そ して 、 その ドマ に は カマ ドが 設 け られ て い た。 この 地 帯 は 河 岸 段 丘 を利 用 した 水 稲 耕 作 が お こ な わ れ る とこ ろ で あ る。 山間 部 の 焼 畑 農 耕 地 域 で は ヒエ を常 食 と し、オ ミヤ と よば れ る ヒ ロ マ に 設 け られ た ジ ロ と よば れ る炉 に お い て 、 これ を煮 炊 した。 した が っ て 、 カマ ドは な い 。 しか し、平 野 部 の水 稲 農 耕 地 域 や これ に準 ず る 山麓 部 で は米 食 の た め の カ マ ドが ドマ に設 け られ た 。この よ うな 食 生 活 の 相 違 点 も、 結 局 は 農 耕 方 式 の 差 異 に 帰 着 す る。 白 山 ・山村 住 居 と加 賀 ・農 村 住 居 は 、 オ エ に 関 して は ほ とん ど 同 一 と断 定 して よ いが 、 こ と ド マ に関 して は 大 い に相 違 す る 。 お そ ら く、 この 相 違 点 の 発 生 時期 が 加 賀 ・農 村 住 居 の 成 立 時 期 で あ る。それ は 、先 に 引 用 した歴 史 学 の論 述 、「本 格 的 な開 発 の 手 が 扇 状 地 の 平 野 部 に伸 び て くる の は 、 よ うや く中世 に は い っ て か ら で あ っ た 。」 か ら類 推 され よ う。 2.加 賀 ・農 村 住 居 の 社 会 的 成 立 背 景 2.1加 賀農 村 部 の 階 層 構 成 前 節 で 述 べ た よ うに 、加 賀 農 村 部 が か な り充 実 した 内 容 を も っ て くるの は 中世 に 入 っ て か ら の よ うで あ るが 、住居 に関 して は こ の期 の 資 料 は 管 見 に して 見 当 らな い。近世 初 期 の 状 況 か ら類 推 す る他 な い。 4
住 居 の 規 模 ・構 造 ・意 匠 等 は 、 当 然 階 層 性 を反 映 す る が 時 代 が 古 い ほ ど階 層 差 が す くな い。 農 村 全 体 の 生 活水 準 も低 く、 こ こ に投 入 さ れ る建 築 材 料 ・技 術 も一 定 の制 限 内 に あ るか らで あ る。 そ の 意味 で は 、近 世 初 期 の 住 居 建 築 を調 べ る こ とに よ って 後 代 か らの 類 推 が 可 能 で あ り、他 方 、白 山 ・山村 住 居 で 追 求 した ネ ブ キ に み られ る古 代 的 性 格 に よ っ て前 代 か らの 類 推 が 可能 で あ ろ う。 近 世 は 幕 藩 体 制 が確 立 した 時期 で あ り、加 賀 農 村 部 は 加 賀 藩 の 支 配 体 制 に組 込 まれ て い る。そ の 支 配 体 制 は 、何 よ り も よ く農 村 部 の 階 層 性 を示 して い よ う。支 配 体 制 を 図 式 化 す る と次 の よ う で あ る。 御算 用場 一 改作奉 行 一 郡 奉 行
]
十村騨
百姓一 頭振
一
(村民)
こ の 図 式 に お い て 、十 村 以 下 が 農 民 で あ るが 、十 村 は10ヶ 村 程 度 の 村 を代 表 す る豪 農 で 、行 政 の 末 端 機 構 で もあ る。 山村 の取 次 元 に相 当 す る。 肝 煎 は村(30軒 程 度)を 代 表 し、 組 合 頭 は村 内 お と な の 組(5人 組 、10人 組 な どの 隣 保 組 織)を 代 表 す る 。 十 村 、 肝 煎 は 組 に属 さ な い別 格 で あ る。 長 百 姓 は 肝 煎 や 組 合 頭 をつ とめ る高 持 の長 老 農 民 で 、相 談 役 と して 重 き をな した。 肝 煎 、組 合 頭 、 長 百 姓 を村 方 三 役 とい う。 村 民 は持 高 の あ る百 姓(自 作 農 民)と 、持 高 の な い 頭 振 に わ か れ る。百 姓 は そ の 持 高 の 多少 に よ っ て階 層 性 を もつ が 、 頭 振 は小 作 ・手伝 い ・出稼 ぎ等 に よっ て 生 計 を た て る最 下 層 の 農 民 で あ る。 2.2加 賀農 村 部 の 階 層 間 流 動 近 世 は士 農工 商 の 階 級 制 が一 段 と きび し く固 定 さ れ た 時 代 で あ った が 、就 中 、農 民 は 最 下 位 の 階 級 と して低 い生 活 水 準 に抑 え られ た。加 賀 農 村 部 に お い て も この 事 実 に 変 る と こ ろ は な か っ た が 、 農 民 の 多数 を 占め る の は 百姓 、 頭 振 層 で あ っ た。 し た が っ て 、 加 賀 ・農 村 住 居 の 圧 倒 的 多 数 は この 階 層 に属 す る もの で あ っ た。当 該 階 層 の 住 居 につ い て 述 べ る ま え に 、こ の 階 層 の 動 態 を一 瞥 して お き た い。 表1-1、 図1-1は 百 姓 層 の 持 高 の 時 代 的 推 移 を示 した もの で あ るが 、福 野 村 の 場 合 、享 保 19年(1734)か ら安 政4年(1857)の 約120年 間 の 変 化 に は か な り大 きな もの が あ る。 象 徴 的 な の は 、高1石 未 満 の 零 細 な百 姓 の 割 合 が 享 保 期 に は8%で あ った もの が 、120年後 の安 政 期 に は41% に 激 増 して い る。仏 木 村 の 場 合 で も、 この 零 細 百 姓 層 は天 明期 に は3%で あ っ た もの が70年 余 後 の安 政 期 に は40%と や は り激 増 し、 同様 の 傾 向 を示 して い る 。 この よ うな 百 姓 層 の 零 細 化 は 、例 示 した 村 だ け の こ とで は な く加 賀 藩 領 全 域 に通 じて い え る こ とで あ っ た。 加 賀藩 で は 元 禄6年(1693)切 高 仕 法 が 公 布 され 、 農 地 の 売 買 が 認 め ら れ た た め 富 農 の 土 地 集 積 と貧 農 の 土 地 放 出 が加 速 的 に 進 行 した 。貨 幣 経 済 の侵 透 に と も な っ て 、多数 の 貧 農近 世加賀百姓層 の階層間流 動 表1-1 村 名 A福 野 村 B仏 木 村 C谷 内八 ヶ村 百 姓 数 百 姓 数 百 姓 数 持 高 ラ ン ク (石) 享 保19 (1734) 安 政4 (1857) 天 明5 (1785) 安 政6 (1859) 文 化13 (1816) 天 保9 (1838) IlOO以 上 2 (5.6) 1 (L8) 一 一 一 一 II50∼100 1 (2.8) 2 (3,6) 2 {6.1) 一 1 {1.0) 一 III40∼50 3 (8.3) 3 (5.4) 一 一一 1 〔0.8) IV30-40 5 (13.9) 2 (3.6) 一 一 2 イ1.9) 3 〔2.3) V20∼30 8 (22.2) 3 (5.4) 4 (12.1) 5 (6.3) 7 {6.7) 12 19.4) VIIO∼20 5 (13.9) 5 (8.9) 2 (6.1) 7 (8.8) 45 (43.3) 39 130.5) Vn5∼10 4 (11.1) 4 (7.1) 5 (15.2) 12 (15,0) 34 (32.7) 37 f28,9) V101∼5 5 (13.9) 13 (23,2) 19 (57.6) 24 (30.0) 15 (14.4) 28 f21,9) Dく1未 満 (8.3)3 (41.1)23 (3.0)1 32 (40,0) 一 8 〔6,5) 合 計 (100,0)36 56 (100.0) 33 (100.0) 80 (100.0) 104 (100。0) 128 (100.0) 村 高(石) 893.7 933.5 320.8 305.7 ? ? 注)1,()内 は 率(%)2.資 料 は 組 替 えて い る 。 資料)A、Bは 福 野 村 ・仏 木 村 の 持 高 構 成 の 変 化(『 志 賀 町 史 ・第5巻 』P.328)、Cは 谷 内 八 ヶ村 高 恨 (『富 来 町 史 ・通 史 篇 』P.P.254∼255) 図1-1 40 0 0 nU り0 96 1 百 姓 数 比 率 (% ) 近 世 加 賀 百 姓 層 の 階 層 間 流 動 6一
を析 出 した の で あ る。 そ して 、零 細 な 百 姓 層 は、つ い に 土 地 を手 放 し て 無 高 の 頭 振 に転 落 した 。 以 上 の よ うに 、百 姓 層 全 体 と して は 多数 が 零 細 化 して い くが 、中 に は これ に逆 流 す る か た ちで 上 昇 す る もの も現 わ れ る。 後 にみ る よ う に、 百 姓 の持 高(石 数)と 住 居 規 模 の相 関 性 等 を考 察 す る場 合 、例 外 的 な 存在 が み られ るの は こ の よ う な階 層 内 の 上 昇 、下 降 に よ る もの と考 え られ る。 2.3加 賀 農 村 部 の ム ラ 百 姓 層 や 頭 振 層 が 大 半 を 占め る加 賀 農 村 部 は 、平 均30軒 程 度 の ム ラ(村)を 構 成 して い た 。 近 世 に入 る と加 賀 平 野 は 、今 日み られ る よ うな 美 田 が 拡 が り、そ の 中 に農 村 集 落 が 散 在 し、そ れ ぞ れ が ム ラ で あ った 。ム ラ は 当 時 の 生 産 単 位 で あ る と同 時 に 生 活 単 位 で もあ り、一種 の コ ミュ ニ テ ィ空 間 で あ っ た 。 表1-2は ム ラの 具 体 例 で あ る 。ま ず最 初 に生 産 単 位 と して の 村 高 が あ る。村 高 に は お の ず か ら大 小 が あ る か 、こ れ は 農 地 の規 模 や 肥度 に 起 因 す る。平 均260石 余 で あ る 。百 姓1人 当 りの 高 を 算 出 す る と、平:均は11石 余 で あ る が ム ラ に よ って か な りの 差 が あ る。ム ラ の 平 均 百 姓 高 をみ る と、 20石 以 上 の ム ラ もあ れ ば 数 石 の ム ラ も あ る。つ ま り富 村 と貧 村 が 明確 に分 か れ て お り、ム ラの 階 層 化 が 進 行 して い る。 ム ラ の階 層 化 は 頭 振 率(全 家 数 に対 す る頭 振 家 数 の 百 分 率)に も よ く現 わ れ て い る 。 高率 な も の で は、高 田 村 の86%、 福 浦 村 の52%な どが あ り、低 率 な もの で は 頭 振 の い な い0%の ム ラ も散 見 す る。前 項 で 述 べ た よ う に、 貨 幣 経 済 の 侵 透 に よ る農 村 の 階 層 差 は 、 た ん に百 姓 や 頭 振 とい っ た個 人 の階 層 差 だ け で な く、 ム ラ その もの の 階 層 差 を も現 象 させ た 。 た だ 、平 均 的 に み る と頭 振 率 は 約25%で あ るか ら、 百 姓 家3軒 に対 して 頭 振 家1軒 とい う割 合 に な る。 次 に家 数 に つ い て み る と、これ も大 き な差 が あ る。大 き い もの で は 地 頭 町 村 の167軒 、福 浦 村 の 101軒 、赤 崎 村 の89軒 な どが あ る。ム ラの 平 均 家 数30軒 余 に 比 べ る と、これ らの ム ラ の 家 数 の 大 き さが わ か る。他 方 、 こ れ らの ム ラの 平 均 百 姓 高 を み る と、 地 頭 町 村4.87石 、 福 浦 村4,03石 、 赤 崎 村2.47石 で 平 均 の11.51石 よ りか な り低 い。 これ は今 日で い う兼 業 農 家 が 多 い た め で あ ろ う。 近 世 に お いて は、農 村 部 に お け る 商工 の 発 達 も無 視 で きず 、半 農 半 商 、半 農 半 工 の もの も増 加 しつ つ あ っ た。街 道 ぞ いの 宿 場 町 や 在 町 、漁 港 に開 け た港 町 な どは そ の 代 表 で あ る が 、ム ラ の 中 に はマ チ(町)に 準 ず る密 集 度 を も っ た居 住 地 区 を もつ もの が あ った 。 こ の よ うな ム ラで は、 農 業 以 外 の 労働 力 を も要 し、 そ の 分 頭 振 率 も高 くな っ て い るの で あ る。 ひ と くち に ム ラ とい っ て も、 そ こ に は お の ず か ら富 村 と貧 村 の 階 層 差 が あ り、 また ム ラ の家 数 も数 軒 か ら数10軒 、中 に は マ チ的 な家 並 み を構 成 す る100軒 程 度 の もの もあ っ た 。本 論 の 対 象 とす る加 賀 ・農 村 住 居 は 、 こ の よ うな ム ラ を構 成 す る単 位 で あ り、 集 落 景 観 を決 定 す る重 要 な要 素 で あ っ た 。
表1-2 近 世 加 賀 農 家 の村 別 石 高 ・家数(18C) 郷 庄 名 Nα 村 名 村 高 A 石 口 2 百 姓 高 A 石 口 家 数 A 軒 星 百 姓 家 A 軒 口 頭 振 家 A 軒 口 頭 振 率 % 口 郷 庄 名 Nα 村 名 村 高 A 石 口 百 姓 高 A 石 口 家 数 A 軒 口 百 姓 家 A 軒 口 頭 振 家 ハ 軒 V 頭 振 率 A % 口 A 冨 来 郷 ハ 26 村 口 1高 田 村 2小 室 村 3広 地 村 4江 漆 村 5大 西 村 6貝 、 田 村 7田 中 村 8和 田 村 9今 田 村 10八 幡 †寸 11八 幡 座 主 刊 (飯室村' 12里 本 江 †士 13給 分 村 14中 泉 村 15相 坂 村 16草 江 村 17稲 敷 村 18栢 木 村 19大 鳥 居 †寸 20大 福 寺 村 21酒 見 村 22相 神 村 23中 浜 村 24領 家 町 村 25地 頭 町 村 26本 江 村 115.17 485.00 177.00 51.00 181.00 573.OO 332.00 450.00 266.50 134.00 97.00 (73.00) 297.00 185.00 44.50 32.00 163.00 245.00 227.00 48.00 890.00 1,301.00 581.OO 57.50 55.90 330.90 181.00 」 14.40 14.70 13.62 17.00 18.10 14.33 17.47 16.67 15.68 6.09 13.86 8.49 9.74 22.25 132・00 14.82 22.72 16.21 6.86 17.80 20.02 12.63 4.11 0.82 4.87 13.92 57 34 14 4 11 43 (3) 22 28 18 25 8 56 28 2 1 13 11 17 7 62 (1) 78 57 18 73 (1) 167 (4) 13 8 33 13 3 10 40 19 27 17 22 7 35 19 2 1 11 11 14 7 50 65 46 14 68 68 13 49 1 1 1 1 1 3 1 1 3 1 21 9 0 0 2 0 3 0 11 13 11 4 4 95 0 86.0 2.9 7.1 25.0 9.1 0.0 13.6 3.6 5.6 12.0 12.5 21.6 32.1 0.0 0.0 15.4 0.0 17.6 0.0 17.7 16.7 19.3 22.2 5.5 56.9 0.0 B 熊 野 方 郷 A 17 村 口 27七 海 キ寸 28領 家 七 海 村 29生 神 村 30牛 下 村 31福 浦 村 32三 明 村 33中 畠 村 34長 田 村 35田 原 村 36釈 迦 堂 村 37中 山 村 38町 居 村 39日 用 村 40草 木 村 41日 下 田 村 42荒 屋 村 43谷 神 村 126.00 61.00 71.50 86.00 197.50 189.00 255.00 138.00 187.00 373.00 390.32 524.74 72.17 445.00 72.00 135.00 183.00 9.69 8.71 5.50 8.60 4』3 11.12 12.14 19.71 12.47 16.95 20.45 20.18 14.43 14.83 14.40 16.88 15.25 13 7 13 12 101 18 25 (3) 9 20 23 20 30 7 34 5 8 12 13 7 13 10 49 17 21 7 15 22 19 26 5 30 5 8 12 o " 0 2 52 1 1 2 5 1 1 4 2 4 0 0 0 0.0 0.0 0.0 16.7 51.5 5.6 4.0 22.2 25.0 4.3 5.0 13.3 28.6 11.8 0.0 0.0 0.0 小 計 一 一 357 (3) 279 75 一 平 均 206.25 12.57 21.0(0.2)16.4 4.4 21.0 C 藤 掛 郷 ■ 庄 A 9 村 口 44深 谷 村 45前 浜 村 46笹 波 村 47鹿 頭 村 48小 窪 村 49赤 崎 村 50千 浦 村 51風 無 村 52風 戸 村 48.00 15.00 684.00 1,000.00 208.00 148.00 240.00 170.00 47.00 12.00 0.68 10.36 18.52 10.40 2.47 4.21 3.78 1.34 6 37 101 (2) 63 22 89 (2) 78 63 60 4 22 66 54 20 60 57 45 35 2 15 33 9 2 27 21 18 25 33.3 40.5 32.7 14.3 9.1 303 26.9 28.6 41.7 一 小 計 一 一 867 (9) 623 235 一 平 均 291.29 12.16 33.4 (o、3) 24.0 9.0 27.1 8
郷 庄 名 No村 名 村 高 宕 口 百 姓 高 宕 口 家 数 軒 口 百 姓 家 軒 口 頭 振 家 舜 口 頭 振 率
露
V 郷 庄 名 Nα 村 名 村 高 宕 口 百 姓 高 宕 口 家 数軒
口 百 姓 家軒
口 頭 振 家軒
口 頭 振 率露
小 計 一 一 519 〔4) 363 152 一 E 堀 松 兵 2 埜 61大 笹 村 62米 町 村 397.08 161.50 24.82 10.77 19 20 16 15 3 5 15.8 25.0 平 均 284.44 7.05 57.7 (⑳ 40.3 16.9 29.3 D 稗 造 庄 ( 8 村 ) 53尊 保 村 54阿 川 村 55楚 和 村 56灯 利 57入 釜 村 58鵜 野 屋 村 59地 保 村 60切 留 村 275.00 143.00 107.00 79.00 110.00 342.00 170.00 156.OO 18.33 13.00 15.29 1L29 10.00 12.21 13.08 17.33 15 12 8 7 12 30 14 11 15 11 7 7 11 28 13 9 0 1 1 0 1 2 1 2 0.0 8.3 12.5 0.0 8.3 6.7 7.1 18.2 小 計 一 一 39 31i
一 平 均 279.29 18.02 19.5 15.5 4.0 20.5 F 徳 田 庄 2 旦 63小 室 村 64直 海 村 180.50 925.00 12.89 23.72 16 60 (2) 14 39 2 19 12.5 31.7 小 計 一 一 需 (2) 53 21 一 平 均 552.75 20.86 38.0 (1.o)26.5 10.5 27.6 一 一 F 胃 ¶ 小 計 ± 一 109 101 8 一 合 計 」 一 1、9酢7 (18) 1.4聞 499 平 均 172.75 13.68 13.6 12.6 1.0 7.4 総 平 均 260.72 11.51 30.7 (旺3) 22.77.i
25.4 一 注)1.百 姓 高(村 高 ÷ 百 姓 家 数)、 頭 振 率(頭 振 家 数 ÷ 家 数)は 筆 者 算 出 。 2.家 数 の()内 数 値 は 、 百 姓 ・頭 振 以 外 の 家 数 で 、 藤 内 ・座 頭 ・非 人 頭 ・御 蔵 番 。 3.領 家 町 村 の 家 数 は 、 原 資 料 で は109軒 と な っ て い る が 、 こ こ で は 百 姓 ・頭 振 ・そ の他 を合 せ た73軒 と し て い る 。 4.飯 室 村 は 無 家 村 で 八 幡 座 主 村 に 寄 村 して い るの で 、Nα11に連 記 し、村 高73石 は 村 高 計 、百 姓 高 平 均 に は 算 入 して い る。 5,笹 波 村 の 百 姓 家 数 は 、原 資 料 で は63軒 と な っ て い る が 、家 数 に 一 致 させ る た め 、こ こ で は66軒 と し て い る。 6、風 無 村 の 右 姓 家 数 は 、 原 資 料 で は139軒 とな っ て い るが 、家 数 に 一 致 させ る た め 、 こ こで は45軒 と して い る。 資 料)六 拾 四 ヶ村 明 細 記(18C。 『富 来 町 史 ・資 料 篇 』PP.903∼926)2.4茄 賀 農 村 部 の 家族 構 成 ム ラの 構 成 単 位 で あ る農 村 住 居 に は、当 然 家 族 が 居 住 し た。 こ こ で は近 世 加 賀 農 村 部 の 家 族 構 成 に つ いて ふ れ て お く。まず 表1-3に よ っ て、家 族 構 成 を概 観 す る。9村 の平 均 家 数 は33軒 で 、 先 の30軒 とほぼ 等 しい 。 こ れ は ム ラの 家 数 規 模 で あ る。 当 時 の 家 族 人数 は 、ム ラ に よ っ てか な りの 差 が あ る。最 大 は 舘 村 の5.36人 、最 小 は上 棚 村 の3.45 人 で あ る。この よ うな ム ラに よ る家 族 人数 の 差 は 、や は りム ラ の 階 層 性 とつ よ く関 係 して い よ う。 簡 単 に い え ば 、富 村 で は家 族 人 数 が 多 く、 貧 村 で は少 な い とい うこ とで あ る。 そ の指 標 の 一 つ と して 、百 姓 層 と頭 振 層 の 家 族 人 数 を み る と、前 者 は4.77人 、後 者 は3.84人 で 歴 然 た る差 が あ る 。 両 者 を合 わ せ た平 均 は4.56人 で あ る。近 世 加 賀 農 村 部 で は 平 均 的 に は4∼5人 の 家 族 が 居 住 して い た。 次 に図1-2に よ っ て具 体 的 な家 族 構 成 をみ る。 一 見 して あ き らか な よ う に、 肝 煎 、 組 頭(組 合 頭)な ど の上 層農 民 は大 家族 で あ る。 肝 煎 ・藤 兵 衛 宅 は3世 代 が 健 在 で9人 家 族 、 組 頭 ・西 兵 衛 宅 も3世 代 で8人 家 族 で あ る。 組 頭 ・喜 三 右 衛 門宅 も3世 代 で10人 家 族 で あ る。 百 姓 層 で も五 郎 兵衛 宅 は10人 家 族 、森 兵 衛 宅 は8人 家 族 、仲 弥 宅 は7人 家 族 と い っ た よ うに 多 家 族 もあ る が 、 他 方 で は1∼3人 程 度 の少 家族 もみ られ る。 百 姓 層 の 階 層 分 化 ・2極 分 解 が よ く現 象 して い る。 表1-3近 世 加 賀 農 村 部 の ム ラ別 家 数 お よ び 人 数(天 明6年 ・178の A百 姓 B頭 振 C-A+B合 計 D平 均 家族 人数 Nα 村 名 家 人 口 家 人 口 家 人 口 a. b. C. 百 頭 数 男 女 小 計 数 男 女 小計 数 男 女 計 姓 振 計 1舘 村 23 59 67 126 2 5 3 8 25 64 70 134 5.48 4.00 5.36 2川 尻 村 22 71 61 132 13 28 26 54 35 99 87 186 6.00 4.15 5.31 3福 野村 46 111 128 239 23 40 44 84 69 151 172 323 5.20 3.65 4.68 ≦ 上棚村 15 24 31 55 5 6 8 14 20 30 39 69 3.67 2.80 3.45 5宿 女村 21 51 58 109 12 18 27 45 33 69 85 154 5.19 3.75 4.67 6百 浦 村 48 96 119 215 18 36 46 82 66 132 165 297 4.48 4.56 4.50 7倉 垣村 33 70 79 149 3 4 5 9 36 74 84 158 4.52 3.00 4.39 8岩 田村 29 72 65 137 7 10 9 19 36 82 74 156 4.72 2.71 4.33 9狐 谷 村 61 126 133 259 3 4 11 15 64 130 144 274 4.25 5.00 4.28 a.計 298 680 741 1,421 86 151 179 330 384 831 920 1,751 一 一 一 一 日 一 b.平 均 33.1 75.6 82.3 157.9 9.6 16.8 19.9 36.7 42.7 92.3 102.2 194.6 4.77 3.84 4.56 c.率(%) 77.6 38.8 42.3 81.2 22.4 8.6 10.2 18.8 100.0 47.5 52.5 100.0 一 一 一 1 注)1.原 資 料 の 「絶 棟 」 は 除 外 す る。D.a.b.c欄 は 筆 者 算 出 。 資 料)各 村 百 姓 頭 振 家 数 人数 調 上 書(天 明8年 ・1788『 志 賀 町 史 ・資 料 篇 第2巻 、P.P.700-706) 一10一
近 世 加 賀 農 村 部 の 家族 構 成 例(天 保8年 ・1837)
図1-2
注)1.● 男 、o女 、 数 字 は年 令 を示 す 。2.す べ て 家 持 。
表1-4近 世 加 賀 農 村 部 の 家 族 構 成(天 保8年 ・1837) 一一 A百 姓 B頭 振 A+B合 計 男 女 小計 男 女 小計 男 女 計 1人 口 115 108 223 20 26 46 135 134 269 2家 族 数 門 49 13 62 3家 族 当 り 人 数 4.55 3.54 4.34 4平 均 年 令 24.89 28.41 26.59 27.75 28.96 28.43 25.31 28.51 26.91 5 年 令 階 層 ( 人 ) 70才 台 60才 台 50才 台 40才 台 30才 台 202台 10才 台 1才 台 2 4 5 14 14 23 26 27 2 6 10 9 21 20 17 23 4 10 15 23 35 43 43 50 一 一 1 4 4 5 4 2 一 2 -5 2 7 9 1 一 2 1 9 6 12 13 3 2 14 6 18 18 28 30 29 2 8 10 14 23 27 26 24 4 12 16 32 41 55 56 53 資 料)図1-2に よ る 。 図1-3近 世 加 賀 農 村 部 の 年 令 階 層 構 成(天 保8年 ・1837) 301 人数(人) 一12一
一 方、頭 振 層 をみ る と、 さ す が に3世 代10人 家 族 とい っ た 大 家 族 は な いが 、そ れ で も市 右 衛 門 宅 、覚 助 宅 は6人 家 族 、 市 左 衛 門宅 、覚 兵 衛 宅 は5人 家 族 で百 姓 層 とな ん ら遜 色 な いが 、 これ ら の 家 族 は百 姓 層 か ら頭 振 層 に転 落 し た可 能 性 が つ よ く、本 来 的 な頭 振 層 の 家 族 構 成 は1∼3人 の 少家 族 で 、 そ れ も欠 損 家 族 が 多い こ とで あ る。 総 じて近 世 加 賀農 村 部 の家 族 構 成 は 、階 層 間 流 動 の せ い で部 分 的 に は 混乱 して い る が 、全 体 と して は上 層 の 大 家 族(7∼10人 程 度)、 中層 の 中家 族(4∼6人 程 度)、 下 層 の 少 家 族(1∼3人 程 度)が 結 論 づ け られ よ う。 な お 、 図1-2の 家 族 構 成 を数 値 化 した の が 表1-4で あ るが 、 先 の 表1-3の 結 果 と照 合 して もほぼ 一 致 して い る。な お 、図1-3に よ っ て 家 族 の 年 令 構 成 につ い て も概 略 の 傾 向 を み て い るが 、 男子30才 台以 上 の 減 少 傾 向 が 目立 って い る。 2.5加 賀藩 に お け る家 作 制 限 幕 藩 体 制 の 下 で は 、農 民 の 生 活 は きび し く監 視 され抑 圧 され た。家 作 制 限 もそ の 一 環 で あ る。 加 賀 藩 も例 外 で な く、寛 文8年(1668)の 定 書 に次 の 条 項 が あ る。 一、 家 作 は 自今 以 後 二 間梁 、 ひ さ し六 尺 に過 べ か らず 。但 高 多持 百 姓 、 土 之 間 廣 仕 候 義 は不 苦 。 但 住 還 筋 人 宿 仕 者 は 各 別 之 事 。 一、 なげ し作 ・杉 戸 ・附書 院 ・く しが た ・彫 物 ・組 物 、 一 切 無 用 、 床 ぶ ち ・さ ん ・か ま ち等 ぬ り候 義 、並 か ら紙 は り付 堅 令 停 止事 。 最 初 の 条 項 は 、モヤ 規 模 と くに梁 間 の 制 限 で あ る。当 時 の 農 村 住 居 はサ ス 組 カヤ 葺 き屋 根 で 、 2間 梁 が 一 般 で あ った た め で あ ろ う、 そ の 寸 法 を 法 制 化 して い る。 た だ し、桁 行 の 制 限 は な い。 モヤ に付 加 さ れ る ピサ シ(庇 、 廟)は6尺 まで 認 め られ て い る か ら、 梁 間2間 の 両 側 に6尺 の ピ サ シ を付 け る と梁 間 方 向(間 口方 向)は4間 ま で 可 能 で あ り、家 人 数 等 に対 応 して ピサ シ を活 用 した もの と考 え られ る。 しか し、か りに こ の よ う な制 限 が な くて も 当 時 の 農 民 の 生 活 水 準 か らは こ の程 度 の 家 作 しか で きな か っ た で あ ろ う。 た だ し、米 の収 穫 に影 響 す る ドマ は制 限 か ら除外 さ れ て い る。 次 の 条 項 は 内 部 意 匠 の制 約 で あ る。 な げ し作(加 賀 藩 で は武 家 で も平 士 級 で は 長 押 は 認 め られ な か っ た)、 杉 戸(杉 柾 目一 枚 板 の 板 戸 で枠 は うる し塗)、 附 書 院(足 軽 級 も認 め られ な か っ た)、 く しが た(櫛 形 欄 間 、 櫛 形 窓)、 彫 物(桁 尻 な ど の模 様 彫刻)、 組 物(斗 棋)な ど 中 級 な い し上 級 武 家 にみ られ る意 匠 は禁 止 され て い る。 また 、 床 ぶ ち(床 椎 〉・さん(障 子 の桟)・ か ま ち(建 具 の 枠)の う る し塗 や 並 か ら紙 は り付(並 製 の 襖)な ど も禁 止 さ れ 、 内 部 意 匠 の 奢 修 に 流 れ るの を 防 い で い る 。 加 賀藩 の 家 作 制 限 は 、 住 居 規模(そ れ は 同 時 に構 法)の 制 約 と武 家 住 居 にみ られ る よ うな 内部 意 匠 の 禁 止 が 主 軸 に な っ て い る。この よ うな制 限 ・禁 止 令 を遂 行 す る た め に 、「右 之 條 々 相 守 候 様 、 十 村 並 扶 持 人 ・村 肝 煎 常 々 改 之 可 申付 。 若 令 違 背 者 有 者 、 十 村 ・扶 持 人 ・村 肝 煎 よ り、 郡 奉 行 ・
改 作 奉 行 へ 急 度 可申達 。 自然 隠 置 、 脇 よ り令 露 顕 せ ば 、 十 村 並 扶 持 人 ・村 肝 煎迄 可 為 曲事 。」 とい う監 視 体 制 で あ っ た。 以 上 の よ う な家 作 制 限 は 、お そ ら く一 般 の農 民 に とっ て は無 縁 で あ っ た。彼 等 の 生 活 は そ れ ほ ど余 裕 の あ る もの で は な か った か らで あ る。 しか し、一 部 の 上 層農 民 に対 して は 有 効 で あ っ た ろ う。 3.近 世 ・加 賀 農 村 部 の 住 居 建 築 3.1加 賀 農 耕 風俗 図 絵 近 世 ・加 賀 農 村 部 の住 居建 築 につ い て 具 体 的 な 全体 像 を把 握 す る資 料 と して は 、 土 屋 又 三 郎 著 『加 賀農 耕 風 俗 図 絵 』(元 禄 期 ・1700頃、 石 川 県鶴 来 町 ・桜 井 家 蔵)が 有 効 で あ る。 幸 い 同絵 図 は 、 『日本 農 書 全 集 第26巻、 農 業 図 絵 』(農 山 漁村 文 化 協 会 、 昭 和58年)と して 刊 行 さ れ て い る の で 、 同書 に よ って 考 察 を進 め た い。 同絵 図 は 、金 沢 近 郊 の 加 賀 平 野 に営 まれ る農 作 業 の 様 子 を 、季 節 を追 っ て 着 彩 で 描 写 し た もの で あ るが 、 その 中 に 往 時 の 農 村 住 居 が しば しば 現 われ る 。や や 伏 磁 的 に描 か れ て い るの で 、外 観 は も と よ り家 屋 内部 の状 況 も瞥 見 す る こ とが で き る。 ま た 、同時 に 家 屋 の 配 置 状 況 や 戸 外 の 使 用 状 況 な どに つ い て も識 る こ とが で き、 貴 重 な絵 画 資 料 とい わ ね ば な ら な い。 同絵 図 よ り判 定 で き る近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 要 素 は 、 お よ そ次 の諸 点 で あ る。(1)配置 形 式 に 関 して は 、住 居 お よ び付 属 屋 の 配 棟 状 況 、 戸 外 空 間(主 と して前 庭)の 使 用 状 況 、 ② 外 観 形 姿 に 関 して は 、屋 根 葺 き材 料 お よ び 屋 根 形 式 、軒 先 に付 加 さ れ た 庇 、 土 庇 、 下 屋 等 の 状 況 、 壁 面 材 料 お よ び 開 口部 の 状 況 、妻 入 りの 形 式 種 別 、 柱 お よ び 柱 脚 部 の状 況 、(3)住居 規 模 に 関 して は 、柱 間 に よ る 間 口 ・奥 行 間数 か らお よ そ の 規 模 判 定 、(4)内部 状 況 に関 して は 、 床 仕 上 げ の 状 況 、 間仕 切 の 手 法 、 室 の 使 い 方 な どで あ る。 た だ し、同 絵 図 は 素 描 的 な描 法 に よ って い るた め 、建 物 の プ ロ ポー シ ョ ンや 内部 の パ ー ス ペ ク テ ィ ブ な ど に か な りア ンバ ラ ンス な とこ ろ が あ る。 そ の た め 、同 絵 図 を使 用 す るた め に は 、他 の 資 料 を も参 考 に しな が ら判 読 しな けれ ば な らな い点 も あ る。まず は 同絵 図 に現 わ れ る農 村 住 居 の 立 面 図 をで きる だ け 整 合 的 に 図 化 す る と図1-4の よ うに な るが 、こ の 中 に は納 屋 が 混 入 して い る可 能 性 も あ る。 全48例 とな った 。 3,2配 棟 形 式 図絵 に 描 出 さ れ た 近 世 ・加 賀農 村 住 居 を み る と、た い て い2∼3棟 が グ ル ー プ をつ くっ て い る。 た と えば 、 図1-5に 示 す よ うな具 合 で あ る。 こ の数 棟 の 建 物 の 集合 は 、住 居 の 集 合 と い うよ り は、 住 居 とナ ヤ 、 セ ッチ ン 、 ク ラ な どの 付 属 屋 の 集 合 で 、 こ の数 棟 で ワ ン セ ッ トの 農 村 住 居 で あ 一14一
近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 姿(元 禄 期 ・1700頃)
4 表1
33 34 35 36 37 38 39 40 注)図 絵 に抽 出 され て い な い と こ ろ を、 破 線 で 補 足 して い る。
ろ う 。 と くに 百 姓 層 で は そ の 傾 向 が つ よ い で あ ろ う 。頭 振 層 で は 付 属 屋 の な い 住 居 の み の 場 合 が 多 い か ら 、 そ の 場 合 は 住 居 の み の 集 合 で あ る。 図 絵 に 描 出 さ れ て い る 人 物 の 動 作 を み て も 、ナ ヤ に お け る 作 業 や オ モ ヤ に お け る 食 事 の 様 子 な ど か ら 当 時 の 農 村 住 居 が2∼3棟 構 成 で あ っ た こ と が わ か る が 、 図1-6に 示 し た 「ま き の や 伝 兵 衛 」 の ヤ シ キ(屋 敷)で は 、 オ モ ヤ に あ た る イ エ(家)、 ホ トケ(仏)、 ウ マ ヤ(馬 屋)、 セ チ ン (雪 隠)、 ナ ヤ1納 屋)、 ク ラ(蔵)、 ケ ラ イ(家 来)の7棟 構 成 で あ る 。 伝 兵 衛 は 、 か な りの 上 層 農 民 で あ っ た ら し く 、 ク ラ や 使 用 人 の 住 居 で あ る ケ ラ イ ま で も っ て い る 。 伝 兵 衛 の イ エ ヤ シ キ(家 屋 敷)は150歩 、 風 留 林300歩 で 計450歩 で 、 ち な み に 同 資 料(P.294) に は 高2石5斗 の 百 姓 の イ エ ヤ シ キ は30歩 と あ る か ら 、敷 地 面 積 か ら し て も 上 層 農 民 の ヤ シ キ で あ る 。 し か し 、 後 の ブ ツ マ(仏 間)に あ た る 祭 祀 空 間 が 別 棟 に な っ て い る の は 、 日 常 的 な 生 活 空 間 で あ る オ モ ヤ と こ の 種 の 空 間 を 戴 然 と区 別 す る た め で あ ろ う 。 こ の ヤ シ キ 図 に は 明 示 さ れ て い な い が 、 セ チ ン は 便 所 兼 肥 溜 で あ る か ら 、 田 畑 へ の 施 肥 の 便 か ら 街 路 と の 接 近 性 が 要 求 さ れ る の で 、 セ チ ン の あ る 方 が 敷 地 へ の 出 入 口 で あ ろ う 。 そ う だ と す る と 、 セ チ ン 、 ナ ヤ 、 ケ ラ イ を 出 入 口 近 く に 、 イ エ 、 ク ラ 、 ホ トケ を 奥 の 方 に 配 置 し て い る こ と に な る 。 ま た 、 ウ マ ヤ が オ モ ヤ の イ エ に 近 接 し て い る の は 馬 の 管 理 を徹 底 させ る た め で あ ろ う 。 オ モ ヤ に ウ マ ヤ を 付 属 さ せ る 例 は 図 絵 に もみ ら れ る 。 『加 賀 江 沼 志 槁 』(天 保 年 間 ・1830∼43 、 加 賀 市 史 ・資 料 篇 第 一 巻 所 収)に よ る と、 家 数4,181 軒 に1,028疋 の 馬 が い た と 記 録 さ れ て い る か ら 、 平 均 す る と4軒 に1疋 の 割 合 で 馬 を 所 有 し て い た こ と に な る 。 ウ マ ヤ の 普 及 率 も か な り高 か っ た で あ ろ う。 図1-5成 立 期 ・加 賀 農 村 住 居 の 集 合 形 態 一18一
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図1-6成 立 期 ・加 賀 農 村 住 居 の ヤ シ キ 配 置 例(元 禄11年 ・1698) 三十 間 注)図 中 の ○ 印 は 、 境 界 の:塚を示 す 。 資 料)ま き の や 伝 兵 衛 屋 敷 廻 り小 塚 之 覚(元 禄11年 ・ 1698、 『志 賀 町 史 ・資 料 篇 第2巻 』P.292) 3.3宅 地 規 模 農 村 住 居 の宅 地 規 模 は 、イ エ ヤ シ キ とヤ シ キ を 区 別 して お か ね ば な らな い 。 イエ ヤ シ キ は純 粋 に住 居 の 建 つ 敷 地 で あ り、ヤ シ キ は住 居 以外 の 付 属 屋 等 を も含 め た 全 敷 地 で あ る。先 の ま きの や 伝 兵 衛 の 場 合 で もイ エ ヤ シキ は150歩 で あ っ たが 、 ヤ シ キ は450歩 で あ っ た。 イ エ ヤ シ キ の規 模 の 例 と して 、 「福 野 村 水 帳 」(天 正10年 ・1582)が あ る。 同 水 帳 は近 世 初 頭 の 検 地 帳 で 、 田 方 、 畠 方 、屋 敷 方 の 面 積 を記 載 した もの で あ る が 、近 世 初 頭 の こ とゆ え面 積 の 単 位 も古 式 を と どめ て お り、 町(10段)、 段(360歩)、 大(240歩)、 半(180歩)、 小(120歩)な どが み え る 。 表1-5で は 歩 換 算 をお こ な っ て い る。 水 帳 の イ エ ヤ シ キ は 、最 小10歩 か ら最 大120歩 で 平 均46歩 余 で あ る。最 小 の10歩 の イ エ は2間x 3間 程 度 の 小 居 で あ った ろ う。最 大 の120歩 の イ エ は4間 ×6間 程 度 で あ っ た ろ う。住 居 規 模 につ いて は後 に ふ れ る。 本 論 第1巻 で 扱 っ た 白 山 ・山 村 住 居 の イエ ヤ シキ は、 天 明4年(1784)の 記 録 で あ った が 、40∼50歩 が 多 く最 大 が150歩 で あ っ た。約200年 の 時 代 差 は あ るが 両 者 の 宅 地 規 模 の 類 似 性 が うか が え る。 ま た、 水 帳 の 九 郎 三 郎 の 場 合 は 、 オ モ ヤ の 宅 地 は60歩 で あ るが 、 そ の 他 に庵 室(ア セ チ 、 納 屋) 30歩 と空 家 の 宅 地 が40歩 、50歩 と2ヶ 処 あ る。幸 心 の場 合 は100歩 と20歩 の2ヶ 処 、新 二 郎 の場 合 は10歩 と80歩 の2ヶ 処 とい っ た よ うに複 数 の イ エ ヤ シ キ を もつ もの も あ る。余 分 の イ エ は 先 の ま きの や 伝 兵 衛 の と きの ケ ラ イ の よ うな使 用 人 か 同 族 の もの に 対 す る貸 家 で あ ろ う。
水 帳 の 宅 地 規 模 は 、田 方面 積 とあ る程 度 の 相 関 性 を も って お り、そ こに 一 定 の 階 層 差 が み とめ られ るが 、必 ず し も厳 密 な もの で は な い。中 世 か ら近 世 へ の 過 渡 的 な 時 期 に あ る か らで あ ろ うか 。 降 っ て 、 天 保14年(1843)の 資 料(表1-6)で は ヤ シキ 規 模 と持 高 は 完 全 に 相 関 して い る。 こ の場 合 の ヤ シ キ規 模 は 、い う まで もな く付 属 屋 等 を含 め た 全 宅 地 規 模 で あ る。持 高 との 相 関 性(図 1-6)に つ い て は 一 種 の 作 為 性 を感 じる が 、 近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の ヤ シ キ 規 模(全 宅 地 規 模) が どの 程 度 の もの で あ っ た か の 目安 とは な ろ う。 平 均 で は 約300歩(坪)で あ る 。 表1-5近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 宅 地 規 模(天 正10年 ・1582) 屋敷 田 田 畑 畑 田 ・畑 計 Nα 名 前 (歩) 町 段 歩 (歩換 算) 段 歩 (歩換算) (歩) 1九 郎 三 郎 60 2 0 150 7,350 0 350 350 7,700 同 庵 室 30 一 一 一 -■ 一 一 門 同 明 屋 敷 40 一 一 一 一 冊 冊 一 門 同 明 屋 敷 50 一 一 一 一 一 一 一 冊 2大 左 ヱ 門 120 6 2 330 22,650 1 135 495 23,145 3新 左 ヱ 門 30 一 一 一 一 一 一 一 一 4新 五 郎 30 一 一 一 一 一 一 一 一 一 一一 5藤 二 郎 60 一 一 一 一 一 一 一 占 6幸 心 100 3 3 60 11,940 1 250 610 12,550 同 主 20 一 一 一 一 一 一 一 一 7宗 二 郎 30 一 一 一 一 一 一 一 8三 郎 四 郎 40 一 一 一 一 一 一 一 一 9孫 七 郎 70 一 一 一 一 0 180 180 180 10南 介 70 3 5 170 13,850 1 70 430 14,280 11北 介 80 2 4 120 8,760 一 一 一 8,760 12清 四 郎 50 一 一 一 一 一 一 13四 分 一 80 2 6 90 9,450 1 180 540 9,990 14新 二 郎 10 1 6 0 5,760 1 330 690 61450 同 主 80 一 一 一 一 一 一 一 一 15鍛 治 30 一 一 一 一 一 一 一 一 16左 ヱ 門 四 郎 60 一 一 一 一 一 一 一 17藤 左 ヱ 門 40 5 1 0 18,360 2 140 860 19,220 18福 泉 坊 40 一 一 一 0 20 20 20 一20一
Nα 名 ⊥ 屋敷 田 嗣 田 畑 畑 田 ・畑 計 目1」 (歩) 町 段 歩 (歩換 算) 段 歩 (歩換算) (歩) 一 19駒 40 一 一 一 一 一 一 一 一 20助 太 夫 80 12 5 330 45,330 3 240 1,320 46,650 21伊 賀 20 一 一 一 一 一 一 一 一 22神 主 40 一 一 一 一 一 占 一 一 23与 二 郎 30 一 一 一 一 一 一 一 一 24三 郎 太 郎 10 一 一 一 一 一 占 一 ■昌 25高 左 ヱ 門 60 3 0 60 10,860 一 一 一 10,860 26兵 ヱ ニ 郎 40 一 一 F 一 一 L 一 一 27太 郎 五 郎 15 一 一 一 一 一 一 一 一 28播 磨 30 1 5 0 5,400 一 一 門 5,400 29木 の 下 30 2 9 60 10,500 0 240 240 10,740 30宗 左 ヱ 門 20 一 一 一 一 一 一 一 一 31髪 20 1 0 0 3,600 一 〒 冒 3,600 32二 郎 ヱ 門 70 1 9 240 7,080 一 1 一 7,080 33高 二 郎 20 一 一 一 門 一 一 一 一 34酒 屋 兵 ヱ 60 一 一 -■ 一 一 一 一 一 平 均 46.3 一 一 一 5,320.3 一 一 168.7 5,489.0 35善 与 一 5 6 180 20,340 一 一 一 20,340 36福 野 一 2 2 0 7,920 一 一 一 7,920 37こ う や 一 1 9 180 7,020 一 一 一 7,020 38福 井 一 0 9 0 3,240 一 一 一 3,240 39助 九 郎 一 一 一 一 L 1 20 380 380 40左 ヱ 門 1一 一 一 冒 一 0 20 20 20 一 平 均 一 一 ■_ 一 6,420.0 一 一 66.7 6,486.7 総 平 均 46.3 一 ■_ 一 5,485.3 一 一 153.4 5,638.6 一 注)1.屋 敷 歩 数 の 平 均 は 宅 地 筆 数 割 。 2,田 ・畑 歩 数 の 平 均 は 人数 割 。 資 料)福 野 村 水 帳(仮)(天 正10年 ・1582『 志 賀 町 史 ・資 料 篇 第2巻 』P.777∼783)
表1-6近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 全 宅 地 規 模(天 保14年 ・1843) Nα 名 前 1持 高 (石) 屋 敷 割(歩) 上 畠 (歩) 下 畠 (歩) Nα 名 前 持 高 (石) 屋 敷 割(歩) 上 畠 (歩) 下 畠 (歩) 1新 左 ヱ 門 21,971 351.3 347.1 24L7 11市 右 ヱ 門 10,040 160.6 156.8 110.4 2次 郎 左 ヱ 門 24,743 395.9 390.9 2722 12長 次 郎 35,417 566.7 559.6 389.6 3仁 兵 ヱ 10,010 160.1 158.2 110.1 13左 近 太 郎 29,437 471.0 465.1 323.8 4兵 左 ヱ 門 6,065 97.0 95.8 66.7 14長 左 ヱ 門 39,278 628.4 620.6 432.0 5久 次 郎 23,522 376.3 371.6 258.7 15孫 右 ヱ 門 4,044 64.7 64.7 44.5 6長 兵 ヱ 14,543 233.0 229.8 160.0 16太 郎 兵 ヱ 2,262 36.2 35.7 24.9 7和 右 ヱ 門 14,514 232.2 229.3 160.0 17久 兵 ヱ 28,994 463.9 458ユ 318.9 8長 八 15ユ40 240.2 237.2 165.1 18太 郎 左 ヱ 門 21,728 347.6 343.3 239.7 9和 泉 26,896 430.3 425.0 295.8 一 一 一 一 一 10孫 十 郎 6,060 96.1 94.9 66.1 平 均 18,592 297.3 270.6 204.5 注)平 均 は 筆 者 算 出 資 料)御 畠 居 屋 舗 万 歩 数(天 保14年 ・1843『 富 来 町 史 ・通 史 篇 』P.168) 図1-7近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 持 高 と全 宅 地 規 模 の 相 関 600 500 宅 地40Q 規
塵
査
300 200 100 40 30 20 持 高(石) 10 0 一22一3,4屋 根 形 式 前 項 でみ た よ うに 、 平 均300坪 程 度 の ヤ シ キ 内 に 数 棟 の建 物 が 集 っ て加 賀 農 村 部 の 居 住 空 間 を 構 成 して い る が 、 これ らの 建 物 の 屋 根 形 式 は ほ とん どが 入母 屋 形 式 で あ る 。図絵 の48例 の屋 根 形 式 か ら そ の よ うに 判 定 され る。 た だ1例 の み 寄 棟 に み え る もの(Nα6)が あ る。 後 に み る高 田 家 で は 、正 面 が 入 母屋 で 背 面 が寄 棟 とい っ た 混 用 形 式 もあ るの で 一 概 に は い え な い が、近 世 の加 賀 で は 入 母 屋 の 方 が 優 勢 で あ っ た とは い え よ う(高 田 家 の 正 面 は い ち お う こ こ で は 入 母 屋 と して お く)。 杉 本 尚次 『日本 民 家 の 研 究 』(ミ ネ ル ヴ ァ書 房 、 昭 和44年 、P.75)の 「草 葺 屋 根 型 の 分 布 」図 を み る と、入 母 屋 は近 畿 を 中心 とす る 周辺 部 で加 賀 地 方 は か ろ う じて 入 母 屋 圏 に入 っ て い るが 、他 の地 域 は ほ とん ど寄 棟 で あ る。全 国 的 に み れ ば 寄 棟 が 圧 倒 的 に 多 い 。近 畿 地 方 に 入 母 屋 形 式 が 集 中 して い る の は 、公 家 の 寝 殿 造 に由 来 す る もの と考 え られ るが 、そ の 意 味 で は加 賀 百 万 石 の 農 村 住 居 は 京 風 で あ る。 しか し、加 賀 地 方 に も寄 棟 の 痕 跡 が あ るか ら、時 代 を遡 行 す れ ば寄 棟 の 割 合 は さ らに 多 くな る もの と考 え られ る。図絵 にみ られ る入 母 屋 形 式 は 、江 戸 時 代 もす で に100年 を 閲 し た元 禄 期 の もの で あ り、 こ の 間 に京 風 の 影 響 を受 け た で あ ろ う こ とは首 肯 され る とこ ろで あ る が 、他 方 、近 世 の 加 賀 ・農 村 住 居 もこ の 発 展 段 階 に お い て は 実 用 的 な面 に お い て も入母 屋 形 式 を必 要 と して い た と 考 え られ る。 そ れ は破 風 口の 排 煙 効 果 で あ る。寄 棟 で は屋 根 面 が す べ て 閉 鎖 さ れ て しま うが 、入 母 屋 で は 妻 側上 部 に3角 形 の 破 風 口が 孔 を あ け、内 部 の 炉 か ら立 ち昇 る煙 を排 出 す る煙 出 しの役 割 を果 す 。 事 実 、図 絵 の 中 に も破 風 口 か ら煙 の 立 ち昇 る様 が 描 か れ て い る。 と くに 冬 季 多雪 な加 賀 地 方 に お い て は、 閉 鎖 的 に な ら ざ る を え な い住 居 内 部 の 炉 の排 煙 処 理 は大 き な課 題 で あ っ た と思 え る。 また 、 屋 根 葺 き材 料 につ い て は 、 近 世 文 書(後 出)に カヤ ヤ(萱 家)な る語 が み え るの で カ ヤ 葺 きが 一 般 で あ っ た ろ う。 以 上 の よ うに カヤ 葺 き入 母 屋 形 式 が 支 配 的 な近 世 ・加 賀 農 村 住 居 で は あ るが 、 図 絵 の 中 に は付 庇 、 土 庇 、下 屋 が 散 見 す る。付 庇 、土 庇 は妻 側 、平 側 い ず れ に もつ き、 下 屋 は 平 側 に つ く。 付 庇 は 開 口部 の 防 雨 ・防雪 装 置 で あ り、 土 庇 は そ れ に加 え て 薪 置 場 等 の収 納 スペ ー ス を 兼 ね る。下 屋 は 軒 先 か ら外 へ 住 空 間 を張 り出 した もの で 、床 面 積 増 を 目的 と して い る 。 これ らの 庇 やF屋 の 屋 根 は 、た い て い 板 葺 石 置 きで 仮 設 的 な性 格 を もっ て い る が 、軒先 の 付 加 的 な屋 根 と して 見逃 す こ とが で きな い 。 こ れ らに つ い て は 、 後 に い ます こ し詳 論 した い。 3.5壁 面 形 式 前 項 で は 屋 根 に つ い て ふ れ た の で 、本 項 で は そ の 下 の 壁 面 な い し開 口部 の 状 況 に つ いて み る 。 まず 、 壁 面 の 状 況 で あ る。 図 絵 に 現 わ れ る壁 面 形 式 は 、 図1-8の よ うで あ る。
● 図1-8近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 壁 面 形 式 腰張 り カ ヤ箕 張 り 竹 箕張 り 板 張 り 土 壁 壁 面 で も っ と もわか りや す い の は 、柱 間全 面 が 土 壁 で塗 り込 め られ て い る もの で あ る。しか し、 この 場 合 に 柱 は は っ き り見 え て い るの で 真 壁 と され て い る こ とが わ か る。本 論 第1巻 で 扱 っ た 白 山 ・山村 住 居 に お い て は 、 壁 下 地 に小 枝 等 を使 用 す る 関係 か ら外 側 は 大 壁 と な っ て い た 。 これ に 比 べ る と加 賀 ・農村 住 居 の 方 が 細工 が 細 い こ とに な る。 次 項 の 開 口部 の と こ ろ で下 地 窓 が み え る こ とか ら、 竹 小 舞 の下 地 を組 ん で い た よ うで あ る。 土 壁 の 他 に板 張 りら しい もの が み られ る。部 分 的 には 板 壁 も使 わ れ て い た よ うで あ る。そ の 他 、 土 壁 を保 護 す る た め の 竹 箕 張 りや カヤ 贅 張 りな ど が み え る。加 賀 平 野 は 風 の 強 い 日が 多 く、 と く に 冬 季 の 日本 海 か らの 季 節 風 は 吹 雪 とな っ て家 々 を襲 う。冬 季 に は 雪 囲 い を別 に設 け るが 、土 壁 の 壁 面 保 護 もお こ な わ れ て い る。 ま た、土 壁 の下 部 の み を保 護 す る板 や 竹 の 腰 張 り もみ られ る。 なお 、 非 居 住 用 の 納 屋 な どで は 、 立 掛 戸 や 竹 管 ・カ ヤ質 を暫 定 的 に 柱 間 に 入 れ て 壁 面 と した 形 跡 が あ る。 これ は 、い うな れ ば 可 動 壁 とい っ た と こ ろで あ る が 、総 じて 土 壁 が 多 いの は 、わ が 国 の 民 家 一・般 の傾 向 と軌 を一 にす る もの で あ る が 、 壁 面 保 護 の 問 題 は 多雨 ・多雪 ・強 風 の 北 陸 的 風 土 性 とつ よ く関 係 して い よ う。 近 世 は こ う した 壁 面 装 置類 の 発 達 して い く時 期 で もあ った。 3.6開 口形 式 次 に開 口部 の 形 式 で あ る。前 項 と同様 に し て 、図 絵 に現 わ れ る開 口部 の 形 式 は 、図1-9の よ うで あ る。 開 口部 は 、 柱 間 を全 面 開 放 す る場 合 と窓 を とる場 合 が あ る。 柱 間 を全 面 開 放 す る場 合 は 、農 繁 期 等住 居 の 出 入 りの は げ しい 時 に建 具 類 を取 り去 っ た状 態 で あ るが 、他 方 で は この 開 口部 を 閉鎖 す る必 要 も あ る か ら、図絵 で 全 面 開 放 さ れ て い る とこ ろ は 、 何 らか の建 具 が あ った もの と考 え られ る。 図 絵 に は シ トミ戸(蔀 戸)ら しい もの が み え る の で 、 元 禄 期 に は す で に シ トミ戸 が 入 れ られ て い た よ うで あ る。 現 代 の 加 賀 ・農 村 住 居 で は前 面 ドマ の 柱 間 に シ トミ戸 を 入 れ て い る もの が あ るか ら、 これ の は し りで あ ろ う。 シ ト ミ戸 は柱 間 に 上 下2枚 の 板 戸 を横 長 に 入 れ て 、柱 の 溝 に そ って 上 下 に ス ラ イ ドさせ る建 具 で あ る が 、引 戸 な ど と違 って こ の場 合 は柱 間 を全 面 開放 す る こ とが で き る。 ま た、 図 絵 に は 出 入 口 に縄 ノ レ ン を 吊 って い る もの が み られ る が 、こ の場 合 は片 開 きの 大 戸 が つ いて い た か も知 れ な い。 しか し、 シ ト ミ戸 や 大 戸 な どは 当 時 と して は か な り上 普 請 で あ り、百 姓 層 も中上 層 の 住 居 に 24一
入 れ られ た もの と考 え られ る。 下 層 の 百 姓 層 や 頭 振 層 で は タ レム シ ロ(垂 れ 莚)、 タ テ カ ケ 戸(立 掛 戸)、 竹 や カヤ の 質 な ど で 開 口部 を塞 ぐこ と も 多か った で あ ろ う。 こ う した 開 口形 式 の 階 層 差 は 、 と うぜ ん 窓 の 形 式 に もみ とめ られ る。 図絵 にみ られ る窓 は 、 中連 窓 、格 子 窓 、連 子 窓 、十 字 格 子 窓 、下 地 窓 な どで あ る。 こ の うち 、 中連 窓 や 格 子 窓 、連 子 窓 は 窓 部 分 に板 戸 や 障 子 戸 をお そ ら く引 違 い に 入 れ て い た。 こ の 場 合 は 、今 日の 窓 と同 じ くらい の 開 放 性 が え られ 、格 子 や 連 子 の 細 工 の 程 度 か ら も中 上 層 の 百 姓 層 に使 用 され た とお も え る。 同 じ窓 で も十 字 格 子 窓 や 下 地 窓(下 地 の竹 小 舞 を塗 り残 した 小 窓)は 、 上 記 の 中連 窓 、 格 子 窓 、 連 子 窓 に 比べ る と簡 易 な もの で あ り、内側 に小 さ い板 戸 や 油 紙 障 子 を 吊 り下 げ る もの で あ る。 こ の 種 の 小 窓 は 今 日に お い て も しば しば 見 受 け られ る。 こ う した簡 易 な小 窓 は 、頭 振 な どの下層住 居 にみ られ る もの で あ ろ う。 図1-9近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 開 ロ 形 式 中連窓 シ ト ミ戸 縄 ノ レ ン 開 放 下地窓 十 字格 子 窓. 連子窓 格子窓 3.7壁 面 の 閉 鎖 ・開 放 度 前2項 に わ た っ て 壁 面 お よ び 開 口部 の状 況 を み た が 、これ は 結 局 柱 間 を閉 鎖 す るか 開 放 す るか の 問 題 で あ る。 柱 間 の 閉 鎖 ・開 放 度 は 、 住 空 間 の 外 部 との交 流 性 あ る い は 内部 の 居 住 性 とつ よ く か か わ っ て くる。 本 論 第1巻 で 扱 っ た 白 山 ・山村 住 居 に お い て は 、 ネ ブ キ にみ られ る よ うな 閉 鎖 的 な住 空 間 か ら柱 建 て の 開 放 的 な 住 空 間へ と発 展 した の で あ っ た 。 近 世 の 加 賀 ・農村 住 居 は 、 す で に 柱建 て に移 行 して い るの で 柱 間 の 閉 鎖 ・開 放 に つ い て は 自由 度 が 高 いが 、全 体 と して み る と柱 間 が 閉 鎖 され る場 合 と開放 され る場 合 は相 半 ば す る。 い ず れ か に偏 向 して い るの で は な い。 しか し、 同 じ壁 面 で も妻 側 と平 側 で は状 況 が 異 る よ うで あ る。そ こ で 、 本 論 で は 開 放 度(全 柱 間 間数 に対 す る全 面 開 放 され る柱 間 間 数 の割 合)な る概 念 を導 入 す る 。 図 絵 に よ る 開放 度 の 結 果 を表1-7に 示 す 。
表1-7近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 閉 鎖 ・開 放 度 妻 側 平 側 妻 側 ・平 側 1建 物 妻 側 平 側 妻 側 平側 建 No. 聞 柱 間状況 間 柱 間状 況 開 放 開 放 規 No. 間 柱間状 況 間 柱 間状 況 開 放 開放 物 規 数 A 間 V 閉 鎖 A 間 星 開放 、 間 冒 数 A 間 口 閉 鎖 A 間 口 開 一 放A 間 ∀ 度 A % V 度 A % v 模 A 坪 星 数 A 間 口 閉 鎖 A 間 口 開放 A 間 口 数 A 間 口 閉 鎖 A 間 口 '開 放 A 間 V 度 A % 口 度 A % 口 模 A 坪 V 1 Il.5 0.5 1.0 ? ? ? 67 凡 一 26 ? ? ? 2.0 1.0 1.0 一 50 一 2 2.0 一 2.0 ? ? ? 100 一 一 27 ? ? ? ? ? ? 一 一 一 3 2.0 一 2.0 ? ? ? 100 腎 ¶ 28 2.0 2.0 一 2.0 1.0 1.0 0 50 4.0 4 2.0 1.7 0.3 ? ? ? 15 一 一 29 2.0 1.0 1.0 ? ? ? 50 一 一 5 ? ? ? 2.5 1.5 1.0 一 40 1 30 ? ? ? ? ? ? 一 一 6 ? ? ? ? ? ? F 一 一 31 1.5 一 1.5 3.0 2.0 LO 100 33 4.5 7 2.0 一 2.0 ? ? ? 100 一 一 32 2.0 1.0 1.0 3.0 2.0 1.0 50 33 6.0 8 2.0 1.0 1.0 4.0 4.0 -一 50 0 8.0 33 2.0 1.0 LO 2.5 1.5 1.0 50 40 5.0 9 ワ ? ? ? ? ? 一 一 34 ? ? ? 2.5 LO 1.5 一 60 一 10 ? ? ? ? ? ? 一 一 一 35 L5 0.5 1.0 2.3 2.3 一 67 0 3.5 11 1.5 0.5 1.0 2.5 2.5 一 67 0 3.8 36 ? ? ? 2.0 2.0 一 一 0 一 12 2.0 1.0 1.0 ? ? ? 50 一 一 37 1.5 一 1.5 3.0 3.0 F 100 0 4.5 13 2.0 1.3 0.7 ? ? ? 29 一 門 38 L5 一 1.5 2.5 1.0 1.5 100 60 3.8 14 2.0 2.0 一 3.5 2.5 1.0 0 29 7.0 39 1.5 0.5 1.0 2.0 一 2.0 67 100 3.0 15 ? ? ? ? ? ? L_ 一 一 40 1.5 一 1.5 2.0 0.5 1.5 100 75 3.0 16 1.5 一 1.5 2.0 2.0 一 100 0 3.0 41 1.5 1.5 2.5 L5 1.0 100 40 3.8 17 ? ? ? ? ? ? 一 一 一 42 ? ? ? 3.0 3.0 一 一 0 一 18 ? , ? 2.0 2.0 一 一一 0 一 43 1.5 0.5 1.0 2.0 一 2.0 67 100 3.0 19 2.0 0.5 1.5 2.0 2.0 75 0 4.0 44 1.5 一 1.5 2.0 1.0 1.0 100 50 3』 20 2.0 一 2.0 ? 1? ? 100 一 一 45 2.0 一 2.0 3.0 2.0 1.0 100 33 6.0 21 1.5 .一 1.5 2.0 1.0 1.0 100 50 3.0 46 ? ? ? 3.0 3.0 一 一 0 一 22 1.5 1.5 F 2.0 1.0 1.0 0 50 3.0 47 L5 一 1.5 2.5 0.5 2.0 100 80 3.8 23 1.5 1.5 一 3.0 3.0 一 0 0 4.5 48 ? ? ? 2.0 一 2.0 一 100 一 一 24 ? ? ? ? ? ? 一 一 一 有効 例数 32例 31例 28例 31例 23例 25 2.0 1.0 1.0 3.0 2.0 1.0 50 33 6.0 平均 L8 0.6 1.2 2.5 1.7 0.8 75 33 i4.3 . 注)1.小 数 は 第2位 四 捨 五 入2,閉 鎖 は盲 壁 、 窓 つ き壁 、 開 放 は 全 面 開放 3.開 放 度 は 開 放 間 数/全 壁 面 間 数 ×100(%)4.妻 側 開 放 度 は 、0の もの を 除 い た28例 の%。 一26一
まず 、 妻 側 の 閉 鎖 ・開放 の 状 況 を判 別 で きる事 例 は32例 で あ るが 、 この うち全 面 が 閉鎖 され て い る もの が4例 あ る。 この4例 は 、建 物 の背 面 を描 写 して い る もの と考 え られ る。残 り28例 につ い て 開 放 度 を求 め る と、75%と な る。 す くな く と も妻 側1面 の 開 放 度 は 、非常 に高 い。また、先 に み た よ うに妻 側 開 口部 に 縄 ノ レン を吊 る もの が4例 あ っ た。縄 ノ レ ン は 出入 口 を表 わ して い る の で 、上 記 の 開 放 度 と合 わ せ 考 え る と、妻 側 か らの 出 入 りは か な り高 率 で あ る。 す なわ ち 、妻入 り形 式 が か な り優 勢 で あ る よ う にみ え る。 次 に 、平 側 につ い て み る と、事 例 数 は31例 で 平 側 全 面 が 閉 鎖 さ れ る開 放 度0%の もの が11例(戸 数 比35%)あ るが 、 他 方 、 開 放 度20%以 上50%未 満 の もの は8例(戸 数 比26%)、 開 放 度50%以 上 100%ま で の もの が12例(戸 数 比39%)も あ る。 こ の 結 果 を み る と、 平 側 の 開 放 度 も結 構 高 率 と い わ ね ば な ら な い。 す な わ ち 、平 側 に お け る外 部 との 交 流 もか な り行 わ れ て い るの で あ る。 そ の 意 味 か らは 、平 入 り形 式 も同 時 的 にみ うけ られ る の で あ る。 な お 、平 側 に 縄 ノ レ ン を 吊 る もの は3 例 あ る。 農 繁 期 な どで は住 居 の ドマ部 分 へ の 出 入 りも は げ し く、妻 側 平 側 いず れ を も開 放 す る場 合 もあ り、 妻 入 りか 平 入 りか を判 定 す る こ とは む つ か しい 。 した が っ て 、 元 禄 期 の 加 賀 ・農 村 住 居 に お いて は 、両 形 式 が 混 在 して お り、全 体 と して は 妻 入 りの傾 向 に あ る と い え よ うか 。 な お 、近 代 以 降 の 加 賀 ・農 村 住 居 に お い て は 例 外 な く妻 入 り形 式 で あ るか ら、 近 世 後 期 に こ の 形 式 が 確 立 さ れ て い っ た と考 え られ る。 3.8柱 ・柱 脚部 の 状 況 屋 根 の 支持 や 壁 面 構 成 に不 可 欠 な柱 の状 況 を図 絵 に 徴 す る と、チ ョ ンナ 研 りの 角 材 や 皮 つ きの 自然 木 を使 用 して い る こ とが わ か る。 また 、柱 脚 部 の 状 況 も よ くわ か り、図1-10に 示 す よ う な 方 法 が と られ て い る。 図1一 田 近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 柱 脚 部 の 状 況 柱 脚 部 の 状 況 は 、 図 に示 す よ うに最 も原 始 的 な堀 立 か ら、玉 石 建 て 、柱 間 に 入 れ た地 覆 、柱 下 に 入 れ た 地 覆 の4種 類 が み られ るが 、 こ の う ち堀 立 と柱 間地 覆 が 多 くみ られ る。後 に み る近 世 文 書 「谷 内村 火 災書 上 」(貞 享 元年 、1684)に は 、 住 居 と して 「堀 立 か や 家 」 「礎 かや 家 」、 付 属 屋 と して 「堀 立 あ せ ち」 「礎 あ せ ち」 「堀 立 馬 屋 」 「礎 馬 屋 」が み え、 堀 立 柱 や 玉 石 建 て の 柱 が 当時 一 般
的 で あ っ た こ とが わ か る。 図絵 や 上 記 文 書 か ら判 定 す る に 、 元 禄 期(1700)頃 に は 各 種 の 状 況 が 混 在 して お り、 まだ 一 定 の手 法 が 確 立 す る に至 っ て い な い。 堀 立 か ら玉 石 や 地 覆 へ の 移 行 期 に あ る とい え よ う。 そ し て、堀 立 は い うに 及 ば ず 、玉 石 や 地 覆 の場 合 で も壁 は柱 脚 部 の 地 面 ま で 垂 れ 下 っ て い るの で 、内 部 は ドマ か 土 座 で あ ろ う。 こ の 時 期 に は まだ 一 般 に揚 床 は み られ な い。 と くに堀 立や 玉 石 建 て の 場 合 は 、壁 と地 面 の な じみ が悪 く、 こ の 間 に 多少 の 隙 間 が 生 じ、 隙 間 風 や 雨 水 が 侵 入 した で あ ろ う。 この 点 、地 覆 の 場 合 は 有 利 で あ る。最 下 層 の 堀 立 は 別 と して 、土 座 ず ま い で は 地 覆 、 玉 石 で はせ い ぜ い転 ば し根 太 の 板 床 とい っ た とこ ろか 。 4.近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 規 模 4.1近 世 前 期 の 住 居 規 模 図 絵 に み ら れ た 元 禄 期 の 加 賀 ・農 村 住 居 は 、 図 絵 の 性 格 か ら正 確 な 値 を 期 待 す る こ と は で き な い が 、 当 時 の 概 略 の 住 居 規 模 を 推 定 す る こ と は で き よ う 。 表1-7に 示 し た 間 口 長 さ(渠 間)、 奥 行 長 さ(桁 行)か ら お よ そ の 住 居 規 模 を み る 。 ま ず 、 間 口 長 さ か ら み る と 、 間 口 長 さ の 判 明 す る32例 の う ち 間 口 長 さ が1.5間 の も の16例 、2.0 間 の も の16例 で 相 半 ば す る 。 御 定 書 に あ っ た 「梁 間 二 間 庇 六 尺 」 の 規 制 の 範 囲 内 に あ る が 、 そ れ は 法 的 規 制 の 結 果 と い う よ り 当 時 の 農 民 の 貧 し さ を 表 わ し て い よ う。 次 に 、奥 行 長 さ を み る と 、 そ の 長 さ は2.0間 、2.5間 、3.0間 、3.5間 、4.0間 と な り、 か な り大 き な 差 が あ る 。 し た が っ て 、 住 居 規 模 は 間 口 長 さ よ り奥 行 長 さ に よ っ て 決 定 さ れ る 。 奥 行 長 さ の 分 布 状 況 を み る と 、2.0間 の も の13例(戸 数 比42%)、2.5間 の も の8例(戸 数 比26%)、3.0間 の も の 8例(戸 数 比26%)、3.5間 の も の1例(戸 数 比3%)、4.0間 の も の1例(戸 数 比1%)で 、 大 半 は2.0∼2.5間 で あ る 。 奥 行 長 さ3.0間 以 上 の も の は 戸 数 比 に し て32%に す ぎ な い 。 平 均 的 な 長 さ は 、 間 口2.0問 、 奥 行2.5間 と い っ た と こ ろ で あ る 。 こ の 住 居 規 模 は 、 畳 数 に し て 10畳 で あ る か ら 内 部 の 室 分 化 は ほ と ん ど不 可 能 で あ り、単 室 の 土 座 住 居 で あ っ た と考 え ら れ る 。 奥 行 長 さ が3.5間 あ る い は4.0間 程 度 に な る と2室 構 成 の 可 能 性 も で て く る が 、こ の 場 合 で も タ テ 1列 の2段 構 成 で 、 間 口 方 向 の 分 割 は 不 可 能 で あ る 。 以 上 の よ う に 、 図 絵 に み る 近 世 ・加 賀 農 村 住 居 の 規 模 は 非 常 に 狭 小 で あ る 。 し か し 、 図 絵 の 描 か れ た 元 禄 期 か ら 約100年 後 の 記 録 文 書'「 風 戸 村 火 災 注 進 」(寛 政2年 ・1790、 後 出)の 中 に 、 小 規 模 な 居 家 と し て2間 ×3間 が い くつ か み え る の で 著 者 が 故 意 に 小 規 模 な 住 居 を 好 ん で 描 い た と も思 え な い 。 一28一