教員養成における書写・書道教育の実践的研究II : 学習資料の作成と活用
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(2) 108. おかれている状況は、そんなに甘い楽観的なものではない。皆 のこれまでの学習体験を辿ってみても、それは明確である。 小学校・中学校での書写の学習の記憶が、どれ程鮮明に残っ ているか-?学習内容は、自分の生きる上で、何等かの影響 を与え続けているか-・?書写能力や文字感覚、国語・国字へ の関心を高めることに繋がってきたか-?乏しい学習の記憶 は、貧田な学習が展開されてきたことを示すものではないか? 『21世紀を担う子供達を教育する教師』という言葉は美しい が、 『言語のプロ』として実態を形成することは難しい。子供 達の良き道標として、良さ指針として生き続けられるよう、現 状の正しい認識と反省の上に立って、新しい課題を設定してい. ・書写がおかれている 実態の把握。 ・書写の学習経験の想 So ・国語科に位置付く書 写としての認識。 ・国語科教師としての 課題。. くことにしよう。. (二) 『手習いの記』あれこれ 自分の学習体験を辿る-・ということで、昨年度の学習の冒頭 には、作家三浦綾子の「わたしと書道」を掲げた。本年度は、 童話作家岩崎京子である。. ・文字・書写力獲得に向 けた歩みの碓諾。 ・学習経験から考えた 自分の位置。. 私の手習い 「文は人なり」とか、 「書は人なり」というけれど、何 につけても人はあらわれてしまうものらしい。私も自分で. ・伝統的な書への位置 付け・世評。. はそんなにどうしようもないほどひどい人格とは思えない のだが、 「書は人なり」といわれれば、これはもう恐れい るしかない。 私の知人で、字を見てその人の性格や運勢を占うという. ・社会での実態。. 人がいる。 「書は人なり」の信念のもとに、あれこれ当て 推量したり、憶測したりするのであろう。私はなるべくそ の人の所に近づかないようにしている。手紙も出さない。 ペンとか鉛筆ならそれほどでもないが、毛筆となると、 私はすくんで手が動かなくなる。 たとえば地方に行った時など、色紙を出されることがあ る。私ははげしく両手を振り、後しぎりをするが、そんな 事では許していただけない。そこでるるとして、いかに私. ・書写への意識。 ・書の活用される社会 的状況。. は書く手を持たないかをのべる。でも一旦出した色紙は引っ 込まない。多分先様は私が謙遜していると思っていられる のだろう。私は途方にくれて、 「むじな和尚も多分こんな 心境だったのだろう」と、いつかきいた民話を思い出した。 「むじな和尚」とは、神奈川県、山梨県に残る話である。 鎌倉の建長寺は二度の火災で、寺宝から仏具まで失ったが、 宝暦五年(一七五五)に再興した。そのとき、建長寺の僧 たちが山門再建のため、諸国を勧請したOその道すじに、 この話が残っている。. ・筆者の視点からの興 味付け。.
(3) 教員養成における書写・書道教育の実践的研究Ⅲ. 109. ある村に建長寺の買主がくるとしらせがあった。来 たのは実はむじなであった。貰主様は風呂に入るのも 人払い。食事も犀風を立て廻し、給仕人を近づけなかっ た。がちゃがちゃ、ぺちゃぺちゃ、ちんちろりん、が つがつ-・いろんな音がしてきた。 「すんだぞ。おっは ん」というので、 「お粗末でした」と、下げに行って 驚いた。皿小鉢はひっくり返っているし、魚の骨、飯 粒、椀のつゆがあたり一面飛び散っていた。さて、名 主が硯箱を持って、 「記念に一筆戴きてえ」というと、 何やら書いてくれたが、絵だか字だかわからなかった そうだ。 つまり私もむじな同様、万策つきて筆をとるが、むじな でも鎌倉五山第一の建長寺の買主に化けるだけあって、絵. ・書写力の実態と筆者 の意識。. か字かわからぬ幽玄な禅味のある、前衛的な揮毒であった ろうが、私の方はそうはいかない。 私の字を見て、はじめて先様は私が青くなったり赤くなっ さと. たりしていたのは、謙遜でも何でもないことを覚られるが、. ・伝統的な書への位置 付け・世評。. 後の祭り。私は帰りの車中で、 「ああ、人は書なりですな」 と、私の人格について疑っている光景が目に浮かんでくる。 そしてその時だけ本気で習字をやろうと肝に命じる。とこ. ・意識の日常的実態。. ろが家へ帰りつくと、とたんに忘れてしまう。なんとずぶ とい神経であろうか。 一体全体、どうしてこうも字が嫌いになってしまったの だろうか。. ・学習経験の検証。. そもそもは小学校の時のこと、私は一年の時、近くの公 立小学校に入学した。父は私立にいれたかったらしいが、 入学試験日を間違えた。そこでとりあえず一年だけ、近く の学校に通い、二年の時、今度こそ補欠試験日を間違えず、 私立の方に編入した。 父がなぜ私立に固執したかわからないけれど、習字に関 する限り、はずれだったと思う。というのは、公立では二 年生から「書き方」が始まったのに、私立では四年生にな. ・学校間による教育課 程の差と、学習者の 実態。. らなければ「書き方」はやらなかったのである。ところが 四年生の時、私は家庭の事情(私立は月謝が高かったので、 両親は払えなくなり、教育方針を急拠変更した。 )で、も といた公立小学校に舞いもどった。そこには一年の時の級 友がそっくりいたので、その点はよかったのだが、困った のは習字であった。 私は墨のすり方も知らないし、筆の持ち方もわからなかっ た。先生も級友たちも、私のうすい墨の色とかはねを飛ば す、紙には書かず手や顔を汚す(むじなもかくや・-)とい うありさまを見て、あきれたと思う。. ・入門期の実態と以後 への影響。.
(4) 110. これが終生、私の劣等感として、いまだに後遺症を残し ているのである。もし私に根性があって、ここで大いに発 奮していたら、あるいは私も能書家のひとりになって、私 の人生、大いに変わり、ばら色になっていたのではなかろ うか。 あいにく私にはそんな気概も見識もない。小学校はもち. ・課題や意識の変革さ. ろんのこと、女学校でも習字の時間は、半分は墨をすって. れないままの学習の 継続。. つぶし、あと半分は筆の穂先をととのえるのに使い、時間 が余るとしょうがなくて字を書いた。だから習字というと、 息をつめ、背をまるめ、トンネルでもくぐっているように、 ひたすら何かを耐えていたような記憶しかないのである。. 先年扱った三浦女史の場合は、自分が教員として教える立場 になった時のことまで論及しているが、岩崎女史の場合は赤裸々 で、現実的である。この文章の中から、我々が学ぶものは何か-0 幾つもの要素があるだろう。どういう読み方をしていくかが、 今後の学習に大きな影響を与えていく。 ☆ 『書』に対する世評 ☆教師の力量や教育課程の格差 ☆ 『教えるために学ぶ』ということ. ・学習経験の中で形成 された意識。. 展開. ・学習目的の意識化。 ・ 『教えるために学ぶ』 ことの必要性。. (三)自分の実態を見っめる 授業は、習字や書道の『塾』ではない。手本を与えられて、 それを見ながらうまく書けるという能力も、ある意味では「書 写能力」の一つであろう。しかし、現代の『書写』が求めてい る文字感覚・書写能力は、もっと広義で複合的なものである。 ☆ 「書写」と「書道」の差異 ☆指導者の意識と実態 大学で学ぶ皆の、文字に対する意識・感覚は確実だろうか。 広々とした枝の広がりと、豊かな根を持っているだろうか。中 学生の学習内容から、基礎的なものを拾って確認してみること にしよう。. 成り立ちは? 同類の文字は? 「成り立ち」の上で、どう区別されているか? ☆少し遊んでみよう! 澄 檀 m. 港 樵 請 荏 柱 註. 臣]□. ≪練習スペース≫. ・教科目としての位置 付け。 ・ 『書写』実施の実態。 ・学習の方向付け。 ・自己の実態の確認。. ・漢字学習の着眼点。 ・教材研究の方法。 ・漢字学習の要点。 部分・部首の意織。.
(5) 教員養成における書写・書道教育の実践的研究Ⅲ. ☆文字の成り立ちを知るということも、書写においては大切 なこと。その上にたって、字形・許容・筆順などを考えてい くことが大切である。 では、本日の最後は「自分の名前」です。健闘を祈ります。 漢字で書いてみよう。 (名前が仮名の人はそのまま). 111. ・学習への導入法。. 右端の欄に、平仮名で書いてみよう。. ・自分の字形の確認。 漢字 平仮名 片仮名. 左端の欄に、片仮名で書いてみよう。. ・相互批判の方法。. (四) 「学びがい」のある学習の構築 学習の中に価値観を見出だすということが、各人それぞれに できただろうか。指導者が価値観を持たずに展開する学習活動 は空しい。 これまで繰り返し行われてきた手法 その手法が引き起こしたもの 指導者が伝えたいと感じているものと、学習者が学びたいと 感じているものが一致し、それが価値として位置付けられてい くことが学習のスタートであるO一方的に知識や技術を振りか. ・学習の価値。. ・学習形態の歴史的変 遷。 ・学習方法と学習効果。 ・実習教科における創 造力の育成。. ざし、指導者の論に追従させていく方法を、学習指導とは言わ ない。特に、書写・書道のように学習を含む教科目の場合、児 童・生徒の主体的に活動できる場は、数多く学習の中に存在し ている。その芽を踏みつぶしてしまって、意欲や創造力の向上 を唱えることはできない。. ・実習教科における意 欲の発現。. かつて皆が、 「そう決まっているのだから、生徒は黙って従 えばいいのだ。 」に反発した道を、今、子供達も歩き始めてい る。 「どうして?」という問いに、一つ一つ応えていこう。応 えられる力量をっけていこう。. ・理解させ、定着させ る学習への道。. 二エ. 先週の文字学習を、系統的にとらえてみよう。. i . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . I . -. 教科書の考え方の転換. .コヨ.i. 歴史的流れの中で. ラ メ .I. 教科目としての系統性. クタ.. (五)系統的学習の必要性 多量の情報が氾濫する中で、それを記録する技術・能力を効 果的に身につけさせていくためには、 『系統的学習』が必須で mm. ・学習の系統性。 ・書写学習の変遷。 『ノメクタ』に見 られる転換。.
(6) in葛. 一つのことを一つの事例として教えているのでは、百の事例 に百の学習が設定されなければなるまい。どの事例と事例が関 連があるか分類し、分類問の構造や系統を明確にする。それが、 『系統的学習』の基本姿勢である。多くのことを、少ない労力 で理解・定着させ、かつ一般的な事例に転移しやすい形で位置 付ける-。これが、学習の場の先導者としての教師の果たすべ き役割である。 (六) 『文字の歴史』を教える ①書体の歴史に触れる 文字を書く上で、五っの書体として、楢書・行書・草書・隷書・ 蒙書が位置付けられている。しかし、日本語として使用される 文字について考えてみると、ここに大きな矛盾があるのに気付 くだろう。書体については、基本的には次のように考えておく のが良い。 この内、小学校では槽書を、中学校では樽書と行書を中心と して扱うことになる。 槽書-① ② ③ ④ 6) 行書蝣・・(丑② (診④ ⑤ その他の各書体については、次のような関連で位置付け、興 味・関心を高めておけば良い。妙に古典的なものに踏み込んで、 芸術性とか書道はとかいう論議に終始してしまうようでは、国. ・文字学習の系統性。. ・学習者の実態把握。 ・負担にならぬ学習計 画の立案。 ・教材研究の必要性。. ・書体の種類と変遷。 ・国語科書写で扱う書 体。. 槽書・行書の特徴と 位置付け。. 語科書写としての、本来の姿を見失ってしまうことになる。. 蒙書-隷書・-草書読めぬ!. 文字例. ・芸術科書道で扱う書 体・内容の確認。. ②書風というもの. ・書風のとらえ方。. 人間一人ひとりの顔が違うように、同じ書体であっても書か れる文字の書きぶりには差がある。この「書きぶりの差」を、 『書風』という。 『書風』として位置付けるためには、文字構 成や表現上の価値が確立されていなければならない。何でもか んでも「個性よォ-!」という生徒達の論法に、安易に乗って しまうことなく確実な指導を展開していきたい。 ③筆順について. ・筆順の意義。. 筆順については、これまでに幾っかの例について触れてきた。 正しい筆順は、字形を整える上で有効に作用する。 『学習の系 統性』ということを、以前述べた。筆順についても、多くのこ とに転移できるよう、系統立てて考えてみよう。.
(7) 113. 教員養成における書写・書道教育の実践的研究Ⅱ. 筆順の原則 大原則1①大原則2① ゥゥ 小原則 各自の筆順を碓認してみよう。 田. 究. 悲. 何. 帳 発 方. ・筆順の系統への理解。. 成 飛 秀. 自己採点は、いかがですか? ある特殊な例を考えてみよう。 『友』という字を使った授業実践 ゆくえ定めぬ『無』の変遷 ④許容について 小・中学校で学習する漢字については、その標準となる字体 が定められている。この標準的な字体の元となっているのが、 教科書体活字である。小学校低学年の段階では、 「はねる」か 「はねない」か、あるいは「つける」か「つけない」かが大き な問題となってきたが、活字体を筆写する際には、その原則に 必ずしも拘束されないものも数多く存在している。現在使用さ れている「常用漢字表」の「字体についての解説」には、 常用漢字表では、個々の漢字の字体(文字の骨組み) を、明朝体活字のうちの一種を例に用いて示した。この ことは、これらによって筆写の槽書における書き方の習 慣を改めようとするものではない。字体としては同じで. ・筆順の指導上の課題。 字源と筆順の相違 歴史の中での変異 ・許容字体の理解。. ・常用漢字表への注目。 理解と発展 ・当用漢字表の理解。 ・字体への関心。. あっても、明朝体活字(写真植字を含む。 )の形と筆写 の梧書の形との間には、いろいろな点で違いがある。そ れらは、印刷上と手書き上のそれぞれの習慣の相違に基 づく表現の差と見るべきものである。 このような字体上の表現の幅を認めることは、長短両面から 様々な課題を投げかけていると言える。各自の書写体験を元に、 まとめておこう。. 長 所 短 所 許容の例は、次のような2分類で示されている。 (1)明朝体活字に特徴的な表現の仕方があるもの 折り方に関する例・点画の組み合わせ方に関する例・ 「筆押さえ」等に関する例・曲直に関する例・その他. ・表現の幅の理解。 ・用語『許容』の定着。 ・許容字体の功罪。 ・許容字体の分類。.
(8) 114. (2)筆写の槽書ではいろいろな書き方があるもの ・長短に関する例 ・方向に関する例 ・つけるか、はなすかに関する例 ・はらうか、とめるかに関する例 ・はねるか、とめるかに関する例 ・その他 それでは、各自の字体に関する注意力を測定してみましょう。 莱. 莱. Tfa -r.. 考. 飛. 純. 弟. 荒. (参漢字の分類と字数 学習進度・使用頻度等により、漢字は幾つもに分類され、状 況に応じて活用されてきている。小学校では『学年別配当漢字』 が学習漢字の基盤として設定されているので、とりあえず、こ れ位は知識の中に入れておくことが必要でしょう。 かっての学習漢字996字(備考漢字115字を含む。 )は、渡辺 茂氏によって、次のように分類されている。改訂された学年別 配当漢字の状況と比較して、どのようなことが言えるだろうか。 碇類 a 配当 学年. 相. m-. ft 形 指 事. 事 8. 会. 形. ォ. 声. n. 3. 1年. 24. 2年. 30. 3年. 25. 0. 31. 4年 5年. 12 8. 0 0. 0 2. D. 6年 備考 汁. 7. 21. 1. 187. 5 4 205. 10 1. 5. 7 55 4. 1g. 4 1 14 33 ll 25. ・漢字の字数-の理解。 ・漢字の要素別分類へ の理解。 ・学習漢字の部首分類。 ・部首の活用度の碓認。. 4 105. 10. 1 8. 1 5. ・各自の字体の確認。. 汁 3. 1. ll ll. 負 意 形 声. ・行書体への発展。 日常書写能力の 育成. g. 康照字典(清) 42174字(261) 当用漢字(昭和21年-56) 1850字(184). ⑥字形 「常用漢字表」の考えからすると、点画を骨組みとした文字 の概念形を「字体」というのに対し、実際に書き表された具体 的な文字の形を「字形」ということができるだろう。時として、 「字体」と「字形」は同義語として用いられることもあるが、 「書体」 ・ 「書風」と混同される場合があるので注意を要するO 〔字形要素の系統図〕. ・字形と字体の区別。. ・字形要素の系統の理 解。. ・字形の要素別分類。 ・学習指導の着眼点。.
(9) 教員養成における書写・書道教育の実践的研究Ⅱ. 115. 書写で目標としている「正しく整った文字」というのは、誰 もが読みやすく書きやすい字形であることが望ましい。その観 点で、 『字形要素の系統図』を分析・理解しておこう。 部分の位置関係からすれば、主要には、左右・上下・内外で字 形を区分して学習するのが妥当だろう。次のそれぞれの類型を 参考に、下掲の文字を書いてみよう。 左右から形成される文字の類型. ・指導事項の再確認。. 林. 和. 咋. 切. 醍. 価. 唱. 請. 転. 破. 印. 帳. 秘. 暗. 派. 畑. 妹. 戟. 泳. 批. 境. 村. 群. 松. 待. 筆順や字形の指導の際の、点画を指し示す用語に統一を持た せることが必要である。 -ネとハライの区別さえ不明確な指導. ・各自の字形の確認。. ・左右の組み立て方の. ・学習指導の効率化へ の配慮。. 者がいるが、そんな初歩的なことは当然解決されるべきとして おうかくいち. も、 『堵画』を「横棒」 ・ 「横線」 ・ 「横-」ということなどは、 日常的なことである。一人の指導者が、場合によって「横画」 と言ったり、 「横線」と言ったりするのでは、学習者に正しい 知識を与えることはできない。自分の教室での共通の言語は形 成するとしても、とりあえずは基本的な用語を正しく押さえて おきたいものである。 (七)用具の知識 ①硬筆書写用兵の変遷 ・つけペン・万年筆・鉛筆・ボールペン. ・用語・指示語の精選。. ・硬筆書写用具の種類。 ・時代との関連。. ・シャープペンシル・フェルトペン・サインペン. ・ 『軟筆』 -この不思議な用具 ②毛筆書写用具の変遷 ・初期の毛筆 ・毛筆についての知識. ・新しい用具への注目。 ・毛筆の歴史の理解。. ・硯についての知識 ・紙についての知識 ・墨についての知識 ・ 『文房四宝』という表頚. ・硯の構造への理解。 ・紙の種類と用法の醜 ・墨の種類と用法の醜 ・ 『文房四宝』の位置 付けと理解。 ・教具活用上の工夫。. 鱒いて止めてある.. FE3由選5由rasii. ・学習指導上のアイディア. ・毛筆の構造への理解。.
(10) 116. ③視聴覚機器の活用 OHPスライド・掛け図・実物投影機 ・フロッピ-カメラ・その他の機器 教育の近代化ということが叫ばれ、指導実践の過程で機器を 導入することが、書写・書道教育においても盛んである。昔な がらの『加朱添削』も、それなりの効果は期待できるが、常に 「書けたら、作品を持ってきなさい」 ・ 「◎がついたら合格です-」 という学習展開では、指導者自身に意欲や工夫は生じまい。指 導者自身が学習に意欲を感じない中で、どうして学習者に『感 動』を伝えることができようか。人間が人間に影響を与えると いう『そら恐ろしい』教育という現場で、少なくとも教師が、 周到な準備と配慮で、工夫ある学習展開を構築していかなけれ ばならない。 どうすれば効果的な学習になるか、何をどう提示するべきか、 問題点はどう導き出すか。幅広い視野を持ちながら、様々な試 行錯誤と実践を繰り広げたい。 (八)自主教材の作成 ①自主教材についての考え方と必要性 『教科書だけでも手一杯なのに、それ以上の学習は とてもとても-』という現実の中で ・学校間格差 ・指導者間格差 子供達を目の前にして、 『不十分な教師でゴメン』で は済まない!!その『城』を守り切る責任を自覚し、意 欲的であること。. ・機器導入の傾向。 ・機器の種規と活用法 oHPを使用した学 習指導の展開例. ・新しい指導法の意識 化。 ・機器活用の指導上の 工夫。 ・機器活用による効率 化。. 自主教材が必要とさ れる背景の理解。. ・教材研究の必要性と 学習指導法の研究。. ②学習指導要領や指導要録と教科書の動向 指導要録で何が評価され始めたか"*'。 (九) 『新しい書写』のめざすもの 前述のように学習指導要領が改訂され、書写も新しい時代に 対応するべく、様々な教育研究が進められている。それらの中 で、我々が心得ておかなければならないのは、時代的背景・時 代的状況-・そして生徒の実態と学習要求の現実であろう。 書写の学習指導を展開する上で、 『書写は、書道へ繋ぐため の基礎として存在する』とか、 『国語科に存在させるがゆえに、 指導が不充分になり、日本の伝統文化としての書道が衰退して いく』という考えが、厳然として存在し続けていることに注目 しなければなるまい。. ・教育改革のねらい。 生涯学習・自己教育 力・新しい学力観 ・国語科に位置付く書 写への認識。. ・学習の系統性と理解。 ・旧態依然とした教育 観からの転換・発展。.
(11) 117. 教員養成における書写・書道教育の実践的研究Ⅱ. ・ 『書写』と『書道』の混同を支える背景 ・毛筆書写の変遷と新しい動向 ・ 「日本の伝統文化を-!」というレベルの、感傷的復古 主義を振り払いながら-0 書道的発想に支えられたまま書写の学習指導にあたろうとす ると、指導者自身の教材研究は、筆を執っての実技練習に終始 してしまい、勢い現実の指導実践も「書かせるだけ」の表現に 止まってしまう。事実、これまで私自身が指導した教育実習生 の中にも、 「教材研究をするようにと言われても、一体、何を 調べれば良いのか分からない」という学生が、数多くいた。 学習指導の第一歩は、 『教えてどうなるか?』であろう。そ れが、教育的価値を探るスタートである。何のために‥・、どう して扱わなければならないのか-・、そのことによって生徒たち はどう変わったのか-・。様々な視点から、教材に迫る工夫を続 nan 行書学習の中から ・この教材は、何の学習として設定されたものか。. ・方向性への理解。 学習形態上の類似 と目標の相違 ・硬・毛筆関連学習の意 義。. 『新しい書写』の意 識化。. ・教材研究の着眼点O. ・教材研究の典型的事 例についての理解。. ・学習上の問題点は何か。. ・学習要素の発見。. ・自分なら、どんな学習 の展開を計画するか。 ・どのような学習展開で、 価値を持たせるか。. ・学習を仕組むことの 必要性。. 先年、広島大学附属中・高等学校が、文部省の『6年制教育 課程』の研究指定校となり、その中で書写の指導実践をカリキュ ラム化することとなった。次ページに掲げているのが、その記 録資料である。 自分の受けてきた書写教育、自分が実地教育の中で経験・体 験してきた書写教育と、どのような異同があるか。比較する中 で、考えをまとめてみよう。. ・学習指導の系統性と 年間指導計画の立案。 ・現場での実態と課題 の認識。. 3, 『新しい書写』の指導者に求められている資質と『学習資料』の関連 かつて、拙論『横書き書字の特性とその速書体の転移』 (1881)において、横書きの 『公用文書式』の導入時点の国語政策に触れ、 「縦書きする中で形成された国字を横書き することによって、字形が歪曲されることを予測できなかったのか。 」と述べた。悲しむ べきことに、活字文字文化の確立期の中では、活字に象徴される『固定化』された字形し.
(12) 118. か国語・書写書道関係者の中に意識化されておらず、 1980年代の『マンガ字』の流行とい う洗礼を受けることになる。 『マンガ字』蔓延の中でも、運動特性・字形の構成要素およ び書写用具・書式への研究の視点は、容易に開かれなかった。このように、学習者である 児童・生徒の実態への正しい認識が、教育研究における始点であるにもかかわらず、現実 は既成の学習題材を伝統的手法で教授しているだけという教育現場の現実が、実態や現象 -の適切な対応を遅れさせてきたことは否定できない。 一般的に、学習指導の場において『書写』と『書道』は、書写書道教育と並列的に呼称 されている。しかし、教科目・領域として国語科書写と芸術科書道は、 「文字を書く」と いう行為において関連はするが、合致はしない。並列的な扱いは、学習における目標・内 容の混乱と唆疎さを助長している。混乱の要因は、次のように分析できよう。 ① 「毛筆で半紙に書く」という形態が、学習の中心となりやすい。 ② 「毛筆」という用具の使用に技能が必要とされるため、国語担当者ではない書道経 験者によって、学習指導が支えられてきた。 ③ 『書写』の学習が、過程よりも結果としての作品に焦点が当てられ、伝統的な古典 などの追体験に終始する場合が多い。 ④指導者側の教材研究不足により、毛筆を駆使する方法についての説明的学習になり、 発見的学習の場が設定されない。 ⑤実用と芸術の対比の中で階層的な位置付けがなされ、実用から昇華して芸術へ至る 図式が、観念的に正しいとして定着した。 芸術科書道における学習が、 ③で述べたと同様に、伝統的表現の追体験という日常性か ら遊離した形態で進行することが多いことを考えれば、日常的言語の習得・形成期の書写 教育の在り方は、自ずと明らかなものとなる筈である。これまで書写担当者に必須とされ ていた「毛筆で手本が書ける」 、 「書道の素養がある」及び「字が上手である」という表 層的な資質を越えた部分に、 『新しい書写』の指導者として求められる資質が存在してい る。作成した学習資料の中で繰り返し述べてきたのは、本項の冒頭で述べた実態や現象を 分析する視点や、言語・文字教育の担い手として位置付けられる書写指導者の必要性であ る。学習指導にあたって、単一の学習を『書写』と『書道』と呼称を違えて実践するので はなく、本質的な指導目標・内容の差異について理解を深め、生徒達の日常的な書写能力 向上へ向けた実践を展開していくことが必要であろう。 4,おわりに-・・・ 『書写する自分の手・・・』 (200字レポート)実践の中から 前項で述べた「指導者としての資質」について、より具体的な事例を掲げてみよう。驚 くべき実態ではあるが、 『書写する自分の手-』と題したレポート提出者41名中、正しい 用具の持ち方で書写しているものは、僅か4名にすぎない。 正しくない持ち方の事例スケッチ.
(13) 教員養成における書写・書道教育の実践的研究II. 119. 「正しい」という表現にこだわる学生もいるが、 「正しい」ということは「機能的であ る」と置き換えられよう。個人にとって長年慣れ親しんだ方法は、ある意味で、その個人 にとっては機能的といえる。しかし、ここでいう「機能的である」こととは、 「指や手の 構造上、最も自然に活用できる方法」で、なおかつ「用具の特性を、最も発揮させる方法」 のことである。それは、一個人の習慣にのみ合致する「機能性」を指し示してはいない。 前掲の実態は、将来、小・中学校の教員として国語科の学習指導を行う予定の41名の学生 中37名は、児童・生徒の前に自分の手を示し、文字を書く指導を展開することができない ということを示している。前年度の「ナイフで鉛筆が削れない」実態同様、本年度の「鉛 筆を正しく持てない」実態は、学生達の育ってきた文字・書写環境の陥没を、如実に示し ているものであろう。 「大学にきて、初めて鉛筆の持ち方を習った」という学生が多くい る反面、次のような学習の歴史もレポートには綴られている。 い つ か ら、 正 しい鉛 筆 の持 ち方 が で きな くな っ たの だ ろ うか 0 小 学 校 の時 に正 しい 鉛 筆 の持 ち方 の絵 が あ る プ リン トを配 られ た こ と は覚 え て い るが 、 意 識 して な お した と い う記 憶 が な い0 今 で も正 しい持 ち方 をす る と変 な 感 じが して、 つ い つ い 間違 った 楽 な持 ち方 に して しま う0 将 来 子 供 に正 しい持 ち方 が教 え られ る よ うにな りた い と思 う0. 自分の手を見ながら、小さい時よく母に叱られたことを思い出した。鉛筆の持ち方が 悪いことを、いつも注意してくれた。 「あの時、きちんと直しておくんだったなぁ」 と悔やまれてならない。日頃から、気をっけておこうと、今日ばかりは心に誓った。. 鉛筆の持ち方が誤りであると意識しだしたのは、小三ぐらいからだったと思う。授業 で毛筆を使ってから、人指し指・中指2本を鉛筆にかける持ち方をするようになった。 だから私のペンだこは、薬指にある。教師になろうとする人間がこんな風ではいけな いと思う気持ちがあるけれども、悲しいかな一度ついてしまったくせは、なかなか抜 けないのです。. ほとんどの学生は、教員養成課程という学習の機会により、自らの課題を発掘するとい う部分には辿り着いている。しかし、その課題を解決し、自らのものとして定着させてい るかというと、現段階では極めて頼りない希望的推論の域を出ない。今後の演習やグレー ドの中で、どれだけのものを獲得していくかが、 「指導者としての資質」に関わる重要な 部分であろう。 2年目の『書道・書写』の講義である。標題にも『書写・書道教育における』と記して いるが、そのほとんどは国語科書写の立場からの論述である。本学学校教育学部の特質か ら、書道教育に関しての論及も、その国語科書写という視座からの展開を、意識的にとる こととした。残された芸術科書道に限定した実践的研究は、別稿に譲りたい。 研究I ・ Ⅱで掲げたように、学習者の反応を踏まえながらの学習資料の編成は終了した。 今後は、新しい資料や単元を適宜導入しながら、学習の効率化を図ることになる。本学で 展開される各講義・演習の中で、どのような学習資料が作成され、どのような効果を上げ ているかを学びたい気持ちで一杯である。様々な立場からの御助言・御指導をお願いし、 まとめにかえたい。.
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