『和字正濫鈔』における典拠小考
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(2) 3. 4. 行. 雄. ( 347 ). 田. −347−. 久. 量、典拠として利用された文 献の種類や文献が引用された数量に ついては具 体 的 な調 査 がなさ れてこなかった。築 島 裕 氏 は 『和字正 濫鈔』に掲載された字 音語に着目し、それらに典拠が記されていな いことから、これらの語 は 「多 分 、契 沖 が見 た古 書 などによったのか も知れない」と述べる。帰納的実証主義と評される契沖の学問的姿 勢 を考 慮 す れば、築 島 氏 の指 摘 にもあるよう に、表 記 の典 拠 が記 されていない語についても何らかの典拠があると推測される。そのた め、これらの語 を検 討 す ることで 『 和 字 正 濫 鈔 』が執 筆 さ れる際 に 利用された書物を具体的に特定することが可能となるだろう。 これまでの研究では 『和字 正濫鈔 』を契 沖の個別的な学問成果と 見なす傾向があり、 『和字正 濫鈔』と先行する仮名遣い書との関連 は論じられてこなかった。しかし、契沖の他の著作である注釈書等を 見 ると明らかなように、契沖は先行する学問を広く参照している。 そのため、 『和字正濫鈔』に関しても、先行する仮名遣い書との関連 について見直すべきであると稿者は考える。 そこで、本稿ではその検討を行うための準備として 『和 字 正 濫 鈔 』 の掲 載 語 、および語 釈 に記 さ れた典 拠 の整 理 を行 い、 『和字正濫 鈔 』において表 記 の典 拠 が示 さ れていない語 の数 量 およびその特 徴 を明らかにする。また、本稿では典拠として利用された文献の数量、 およびそれらの文 献が引用された数量についても明らかにし、契 沖 が 『和字 正 濫鈔 』を執 筆す る際に典 拠としてどの文 献を重視 したの. 2. 『和字正濫鈔』における典拠小考. 一、はじめに 『 和 字 正 濫 鈔 』は元 禄 八 年 (一 六 九 五 )に刊 行 さ れた契 沖 の著 作 である。それまで信奉されてきた定 家仮名 遣いとは異なり、古 代の 文 献 に基 づいて仮 名 遣 いを示 したことにより 『 和 字 正 濫 鈔 』は学 術 的に評価されてきた。しかし、『和字正濫鈔』に掲載された全ての 語 に典 拠が示 さ れているわけではなく、掲 載 さ れた語の仮名 遣 いの 典 拠 が不 明 なものも多 く存 在 す る。これらの語 は 『 和 字 正 濫 鈔 』の 学 術 的 評 価 にも関 わるはず であるが、従 来 充 分 な検 討 はなさ れて おらず、その数量さえも明らかにされていない。 本稿では 『和字正濫鈔』の掲載語および掲載語に記された典拠を 整理 し、典 拠 が明示されている語 および明示されていない語の数量 を明 らかにす る。また、これらの検 討 を通 して、契 沖 が 『和字 正濫 鈔 』を執 筆 す る際 に参 照 した文 献 や 文 献 の引 用 数 を明 らかにし、 契沖の学問のあり方の一端を解明す る。その中でも、本稿では特に 『 和 名 類 聚 抄 』(以 下 、 「 和 名 抄 」とす る)の利 用 状 況 について詳 細 に 検討する。 二、先行研究と問題の所在 『和字正濫鈔』はその学術的な評価の高さから、編纂過程や掲載 語 の特 徴 について検 討 がなさ れてきた。しかし、実 際 に 『和字正濫 鈔 』において表 記 の典 拠 が示 さ れた語 および示 さ れていない語 の数 1.
(3) 5. 雲脂. いろこ 和名。頭垢也。鱗と同し義なるへし。(巻二). もっとも、語釈に書名が記載されていれば必ず掲載語の典拠であ るというわけではなく、関連する語の考証のために書名が記載され る場 合 もある。そのため、表 記 の典 拠 として記 載 さ れているかどう かは内容から判断する必要がある。 古 襪. ( 348 ). いにしへ 万 葉 に方 の字 をへとよめり。いにしかたの意 なり。 (巻二) したう つ 和 名 にはしたぐつと有 るを常 にはかくいへり。同 シタクツ 韻にて通す。意は下沓なり。(巻四) くえ 万葉にくやす、くゆとはたらけり。(巻四). −348−. 真名 未 考. へ. 「古 いにしへ」の語 釈 を見 ると、 「 万 葉 」は 「方 」の読 みを示 したもの であり、 「古 いにしへ」の表記の典 拠として記載されているわけではな いことが分 かる。そのため、 「 古 いにしへ」は 「 典 拠 なし」に分 類 した。 また、 「襪したうつ」のよう に 『和字 正 濫鈔 』で示さ れた表記「したう つ」と和 名 抄 に示 さ れた表 記「 したぐつ」が異 なる場 合 も、 「典 拠 な し」として扱 った。更 に 「 真 名 未 考 くえ」のよう に動 詞 の活 用 から推 測したと考えられるものも、本稿では 「典拠なし」と分類した。 典 拠 の有 無 を見ていく上 で、重複 して掲 載 される語について触 れ ておく。重複 語はそれぞれの掲載箇所で語釈(典 拠のみの場 合も含 む)が同じ場 合もあれば異 なる場 合 もある。語釈が異なる際には、 片方 に何の記載もなされていないものもある。重複語における語釈 の有 無 は掲 載 箇 所 の先 後 関 係 とは関 わりがなく、先 には語 釈 がな く、後 には語釈があるものも存在 す る。また、どちらにも語釈がな いものもある。このように重複語における典拠の有無については一律 に扱えないため、重複語はそれぞれ別語として扱った。. 7. かを解 明 す る。さ らに、 『 和 字 正 濫 鈔 』の全 ての掲 載 語 を和 名 抄 と 対照させ、契沖が実際に使用した和名抄について考察し、和名抄を どのように利用していたのかについても検討する。 『 和字 正 濫 鈔 』には契 沖 自 筆 稿 本 や 自 筆 書 き入 れ本が存 在 す る が、本 稿 の調 査 には元 禄 八 年 版『 和 字 正 濫 鈔 』(中 河 喜 兵 衛 ・中 河 五郎兵衛版)を使用する。. 三、 『和字正濫鈔』の掲載語について 『和字 正濫鈔』は五巻五冊から成 り、巻二から巻五に仮名遣いに 関 す る語 が示 さ れている。巻 一 は契 沖 の言 語 観 などが窺 える重 要 な巻であるが、本稿では考察の対象としない。 『和字 正濫鈔』に掲載された語数は二〇四〇語であり、その内訳 を示すと 【表1】の通りである。巻二が五七一語、巻三が四六二語、 巻四が五七〇語、巻五が四三七語である。なお、一つの語が複数箇 所に掲載されることがあるため、先に示した二〇四〇語は述べ語数 であり、異 なり語 数 は一 九 三 五 語 である。仮 名 表 記 が同 じでも漢 字 表 記 が異 なれば別 語 と見 なした。また、語 釈 の相 違 については異 なる要 素 とは見 なしていない。最 も掲 載 数 が多 い語 は 「 葵 あふひ」 「蝙蝠かはほり」「侍さふらひ」「手水てうつ(づ)」の四語であり、それ ぞれ三 箇 所 に掲 載 さ れている。一 つの語 が複 数 箇 所 に記 載 さ れる 場 合 、基 本 的 に表 記 に違 いは見られないものの、 「 勢 」「薫 」に関して のみ、それぞれ 「 いきほひ」(巻 二 )「 いきほい」(巻 三 )、 「 かをる」(巻 三 )「 かほる」(巻 三 )と異 なる表 記 が見 られた。ただし、この二 語 に 関しては異なる語とは見なさず、同一語として扱った。 【表1】では掲載語の表記における典 拠の有無を示している。例え ば、以下のような場合は 「和名抄」を表記の典拠と見なす。(適宜句 読点を補った。傍線は稿者による。引用は以下同じ。) 6.
(4) あ あ あ あ ああ ああ あ ああ あ ああ あ ああ あ あ ああ あ ああ あ ああ. 32. ひをりのひ 古今。伊勢物語。(巻三). 8. 9. 41. 55. 41. −349−. ( 349 ). 表 記 の典 拠 として多 く記 載 さ れている文 献 (和 名 抄 、日 本書紀、万葉集、古事記)に関しては、 【表1】に掲載語数と その割合を示した。なお、一つの語に複数の書名が記載され る場 合 があるため、 「 典 拠 あり」に示 した語 数 と、各 文 献 の 項 目 に示 した語数 の合計 は合 致 しないことを断 っておく。ま た、一 つの語 に同じ書名 が複 数 回記 載 されていても、 【表1】 では 「1」とカウントしている。 「その他」には、上記以外の文献 が表記の典拠として利用されたものを計上している。複数の 文献が表記の典拠として記載されていても 「その他」では 「1」 と計 上 している。例えば、以 下の 「 引折 日ひをりのひ」のよう な場 合 、 「古 今 」と 「伊 勢 物語 」という二 つの典 拠が挙 げられ ているが、 【表1】の 「その他」では 「1」として扱う。 引折 日. なお、典拠であるかどうかの判断に困難を伴ったものも存 在する。そのため、典拠であるかどうかに関わらず語釈に記 載された数も 【表1】においてパーセンテー ジの後ろに括弧を 付して示した。 【 表 1】を見 ると、表 記 の典 拠 が記 載 さ れていない語 は全 二 〇 四 〇 語 の中 で八 三 五 語 (約 % )であることが分 かる。 仮名遣いの典拠が明示されていると評されてきた 『和 字 正 濫 鈔 』において、約 四 割 の語 に典 拠 が明 示 さ れていないことは 注 目 に値 す る。それぞれの巻 における表 記 の典 拠 の有 無 の 割 合 を見 ると、巻 二 ・巻 三 ・巻 四 は 「 典 拠 なし」がそれぞれ %、 %、 %と、 「典拠なし」の割合が低いことが分かる。 一 方 、巻 五 は 「 典 拠 なし」が % であり、他 の巻 に比 べて 「典 拠なし」の割合が高いことが分かる。巻五は他の巻に比べて項 37.
(5) 目が多くあり、それらの項目の中には従来の仮名遣い書ではあまり 着 目 さ れてこなかった項 目 が含 まれている。それらの項 目 に掲 載 さ れる語数 自体 は少ないものの、 「むにまかふふ」や「みにまかふひ」な どは 「典拠なし」の割合が高いことが指摘できる。 また 【表1】から、表記の典 拠として最も多く記載されているのは 和 名 抄 であることが分 かる。典 拠 として和 名 抄 が記 さ れる語 は八 〇五語あり、全体の約 %に当たる。日本書紀(二 一八語)や万葉 集 (二 〇 六 語 )、古 事 記 (二 九 語 )に比 べ、和 名抄 が多く利 用さ れて いることが指 摘 できる。ただし、典 拠 が記 さ れていない八 三 五 語 を 和 名 抄 と対 照 さ せたところ、その中 の二 二 八 語 (一 八 五 語 + 関 連 語 四 三 語 )は和 名 抄 に掲 載 さ れていることが明 らかとなった。これ らの語 は和 名 抄 に記 載 さ れているはず が、 「 和 名 」と表 記 の典 拠 が 明記されていないのである。 例 えば、 「 珠 洲 す ゝ」や「 添 上 そふのかみ」といった地 名 、 「正親司 おほきむたちのつかさ 」「 主 水 司 もひとりのつかさ 」などの官 職 名 に は、 「 和 名 」と記 さ れていない。 『 和 字 正 濫 鈔 』には地 名 や 官 職 名 が 記 載 さ れており、和 名 抄 が表 記 の典 拠 として挙 げられているが、こ れらの語 は和 名 抄 に確 認 できるにもかかわらず 、 「 和 名 」とは記 載 さ れていないのである。他にも、 「虎掌おほほそみ」や「炒 魚ひほし のいを」のような、まさ しく和名抄を典拠としていそうな語にも 「和 名」とは記されていない。なお、典拠が記載されていない語で和名抄 で確 認できる語 の中には 「妹 いもうと」や「板 いた」のように、必ず し も和 名 抄 が直 接 の典 拠 であるかどう かは判 断 がつきにくい語 も存 在する。このような実情を考えると、これらの語は典拠を記載し忘 れた語とそもそも和名抄とは関 わりなく採録された語の二種類に 分 けられると考 えられる。なお、前 者 の語 についても和 名 抄 からの 直接の引用ではなく、和名抄以外の書物から採録したため、 「和名」 と記 さ なかった可 能性 も考えられる。 『和字 正 濫 鈔 』に先 行す る仮 11. 39. 10. 𤏛𤏛. 12. 49. 14. 38. −350−. ( 350 ). 名 遣 い書 である 『 類 字 仮 名 遣 』(寛 文 六 年〈 一 六 六 六 〉刊 )には和 名 抄を典拠としている語も確認されており、これらの書物から採録さ れた可 能性 も検 討 す る必 要があるだろう 。契 沖 の和名抄の利 用方 法については五節で詳細に扱う。 以下、 『 和 字 正 濫 鈔 』に記 載 さ れた典 拠 の文 献 について明 らかに し、契 沖 が 『 和 字 正 濫 鈔 』を執 筆 した際 の文 献 利 用 の実 態 について 見ていく。. 四、典拠として記載された文献について 『 和 字 正 濫 鈔 』において和 名 抄 や 日 本 書 紀 、万 葉 集 、古 事 記 とい った古 代 の文 献 が利 用 さ れていることは、巻 一 に記 載 さ れているこ ともあり夙 に知られている。築 島 氏は、その他にも風土記、仏 足石 歌 、続 日 本 紀 のよう な上 代 文 献 や 、日 本 後 紀 、続 日 本 紀 、文 徳 実 録 、三 代 実 録 、延 喜 式 、新 撰 万 葉 集 、古 語 拾 遺 のよう な平 安 時 代 初 期 から中 期 の文 献 が利 用 さ れていることを指 摘 している。また、 築島氏は古今集、後撰集、拾遺集、玉葉集、諸私家集などの和歌・ 和 文 文 献 や 、白 氏 文 集 、文 選 、日 本 紀 (和 訓 )、秘 蔵 宝 鑰 などの訓 点資料も使用されていることを指摘する。 これらの文 献 や その他 の文 献 が 『 和 字 正 濫 鈔 』の典 拠 としてどの 程 度 使 用 さ れているかを示 したのが 【 表 2】である。 「 仲 正 の歌 」 「 行 阿 の仮 名 遣 い」は特 定 の文 献 名 ではないが、具 体 的 な典 拠 に 準ずるものと判断したため 【表2】に記載した。 【 表 2】から、和 名 抄 、日 本 書 紀 、万 葉 集 、古 事 記 以 外 に の文 献 が典 拠 として記 さ れていることが分 かる。なお、和 名 抄 、日 本 書 紀 、万 葉 集 に比 べれば、これらの文 献 を典 拠 としている数 はかなり 少ないことが指摘できる。 【表2】の中では延喜式や続日本紀の例が 多く見られるなか、遊仙窟や文選といった漢 籍の訓点に拠ったと思 われる例も多 く使用 されていることが分かる。また、築 島氏の指摘 49. 13. 15.
(6) にもある通 り、和 歌 集 からの引 用 もあり、その中 でも古 今 和 歌 集 や 拾 遺 和 歌 集 が多 く、次 いで古 今 和 歌 六 帖 、後 撰 和 歌 集 、諸 私 家 集 と続 く。私 家 集 からの引 用 数 はほとんど一 例 であり、順 歌 集 と 貫 之 歌 集 のみ、それぞれ三 例と二 例 である。また、一例だけである が 「行阿の仮名遣い」が典拠として挙げられている。これは 「頽くつを る」の語 釈 に記 載 されているものであるが、語 釈には続けて 「頽は崩 の字の訓と同しけれは、崩れ折といふ心欤 。くつるを、くつほると詞 をそへたる欤 。然 らは、ほなるへし」と独 自 に考 証 を行 い、 「 ほなるへ し」と 「くつをる」を否定している。しかし、 『和字正濫鈔』の掲載語に. は 「くつをる」で表記されており、典拠に示された表記をそのまま使 用したものと思われる。 【 表 2】に記 さ れた、これらの文 献 については契 沖 が実 際 にどの本 を典 拠としていたのかについてそれぞれ考察すべきであるが、調査に はかなりの困 難 が伴 う 。例 えば、語 釈 に 「蜻 蛉 日 記 に有 」と記 さ れ た 「 真 名 未 考 よろかひ」という 語 は、現 在 確 認 できる蜻 蛉 日 記 の諸 本 には確 認 す ることができないことを遠 藤 嘉 基 氏が指 摘 している。 これには様 々 な可 能 性 が考 えられる。契 沖 が参 照 した本 が現 存 し ていないのか、この語は蜻蛉日 記の本文から直接採ったものではなく 他の文 献 に記 された蜻蛉日 記に関す る記 述を参照したものであり、 その参 照 した文 献が拠 った蜻 蛉 日 記 の本 文 が現 存しないのか、それ ともこの記述が契沖の記憶違いによるものであるか、などである。 また、契 沖 は万 葉 集 の注 釈 書 である 『 万 葉 代 匠 記 』だけでなく、 『 勢 語 臆 断 』や『 古 今 余 材 抄 』、 『 源 註 拾 遺 』など多 くの注 釈 書 を執 筆しており、その執筆過程で先行する注釈書も多 く閲覧していた。 さらに注釈書に限らず、契沖は手に入れた板本や写本に書き入れ を行 い、本文の異同 に関す る考証や 語釈などを行っていたことが明 らかにされている。そのため、 【表2】に記載された文献について検討 す るには、契 沖 の学 問 と関 連 さ せて考 察 す べきであるが、本 稿では その調査を行う準備がない。今後の課題としたい。 以下、本稿では典 拠として最も多く利用されている和名抄につい て取り上げ、契沖の和名抄利用の実態について明らかにする。. 16. 五、和名抄利用の実態について 『 和 字 正 濫 鈔 』における和 名 抄 利 用 に関 して見ていく上 で、先 ず は契 沖 が典 拠 とした和 名 抄 について考 察 す る。 『 和 字 正 濫 鈔 』にお ける和 名 抄 利 用 については、長 谷 川 千 秋 氏 が調 査 を行 っている。長 谷 川氏 は 『和字正濫鈔』において和名抄が典拠として記載される語. 17. 18. −351−. ( 351 ).
(7) ヰノアシ. ゐのあし 和名。俗ゐのつめといふ物なり。(巻二). を整 理 し、その語 釈 に記 さ れた内 容 が和 名 抄 の語 釈 と合 致 す るか を調査している。その調査の結果、 『和字正濫鈔』は元和古活字版の 和 名 抄 ではなく、寛 文 七 年 版 の和名 抄 に拠 っている可能 性が高 いこ とを指摘した。寛文七年版和名抄は、元和古活字版を整版で出版 した慶 安 元 年 版 の再 印 であるが、語 の増 補 や 漢 字 の変 更 など元 和 古活字版との相違が存在する。長谷川氏は元和古活字版には存在 せず 、寛 文 七 年 版 に見 られる 「 団 扇 」の語 とその語 釈 が 『和字正 濫 鈔』に記載されていることを明らかにし、このことから契沖は寛文七 年版に拠った可能性が高いと指摘する。 本稿では 『和字正濫鈔』における和名抄利用の実態を検討するた めに、 『和字 正 濫鈔 』に記 載さ れた全ての語を和名抄と対照させた。 その結 果 、本 稿 の調 査でも、長 谷 川 氏 の指 摘 は追 認 さ れた。 『和字 正 濫 鈔 』において、元 和 古 活 字 版 ではなく、寛 文 七 年 版 に拠 ったと 考えられる箇所 が 「団扇 」以 外 にも確 認 された。寛文 七年版に拠っ たと思 われる例 を挙 げる。(〈〉は割 書 、/ は割 書 内の改 行 を示 す。 寛文版には合符や送り仮名が付されているが省略した。). ( 352 ). 食也(巻十七). 和名。(巻三). おふ 和名。(巻三). −352−. 元和古活字版:荼 爾雅注云荼〈音途和名/於保都知〉苦菜之可 食也(巻十七). とほつおや. これらの例を見 ると、 『和字 正 濫鈔 』はそれぞれ寛文 七 年版を典 拠 としていることが分 かる。 「 織 複 ゐのあし」を見 ると、元 和 古 活 字 版では 「織 椱 」、寛文 七 年版では 「織複 」であり、漢字 が異なっている ことが分 かる。そして、 『 和 字 正 濫 鈔 』は寛 文 七 年 版 と同 じ 「織複」 と記 載 している。また 「茶おほとち」に関しては、元和古 活字版と寛 文七年版に語釈の違いは見られないものの、寛文七年版には振り仮 名 が施 さ れている。 『 和 字 正 濫 鈔 』はこの寛 文 七 年 版 の振 り仮 名 に ある 「オホトチ」に拠 ったため 「おほとち」と記載 したと考えられる。 振 り仮 名 ではなく、真 仮 名 で表 記 さ れた 「於 保 都 知 (オホツチ)」を 見れば、誤ることのなかった例と言える。 もっとも、契 沖 も寛 文 版 を無 批 判 に使 用 していたわけではなく、 独自に考証を行っていたと考えられる。その例を示す。 上祖. 寛文七年版:高祖父 爾雅云曽祖王父之考為高祖王父日本紀止 祖〈和名止保/豆於夜〉文字集略云五世祖 也 巻 二〔 元 和 古 活 字 版 は同 文 のた省 略 〕 蛿. 寛 文 七 年 版 :白 貝 唐 韻 云 蛤〈古 三 反 一 音 含 弁 色 立 成 / 云 於 富 本 朝 式 文 用 白 貝 / 二 / 字 〉爾 雅 云 貝 在 水 曰. ). おほとち 和名。(巻三) オ ホト チ. (. 茶. 元和古活字版:織椱 孫愐曰織椱〈音/服〉機之巻繒者也漢語鈔 云〈井乃/阿之〉(巻十四). 寛文七年版:織複 孫愐曰織複〈音/服〉機之巻繒者也漢語鈔云 〈井乃/阿之〉(巻十四). 織複. 20. 寛文七年版:荼 爾雅注云荼〈音途和名/於保都知〉苦菜之可. 21. 19.
(8) おふ 和名。上総国望陀郡郷名。(巻三). ( 353 ). ことなり」と記 述している。これは 「大 」という漢字の読 みは本来「お ほ」であるはずが、 「大内」では 「おを」となっていることに疑念を示し たものである。しかし、この 「大内」を 「おをうち」と記載しているのは 寛 文 七 年 版 であり、元 和 古 活 字 版 を確 認 していれば 「おほ」に訂 正 できたはずの誤りである。このような例は一例しか確認できていない ため推 測 の域 は出 ないものの、おそらく契 沖 は元 和 古 活 字 版 を確 認していたわけではないと考えられる。 以上の考察から、 『和字正濫鈔』が執筆される際に参照された和 名 抄 は寛 文 七 年 版 である可 能 性 が高 いと考えられる。しかし、 『和 字 正 濫鈔 』に 「和 名」と記 された語 について調 べると、元 和古 活字 版 や寛文七年版では確認できないような語が確認される。 飫布. 和 名 。す はゝ。俗 に細 く長 きにいふ詞 。えは枝 なり。 (巻四). たはれめ 和名。(巻四) す はえ. 遊女 楚. 「上総国望 陀 郡郷名」と記される地 名は元和古 活字版と寛文七 年版では共に 「飯 富」と表記されるが、 『和字正濫鈔』では 「飫布」と 表 記 さ れている。そして、この 「 飫 布 」は和 名 抄 で確 認 す ることがで きない。同 様 に 「 遊 女 たはれめ」も、元 和 古 活 字 版 と寛 文 七 年 版 で は 「遊 女 あそび、う かれめ」と記 さ れるが、 『和字 正 濫鈔 』では 「たは れめ」と表記される。 「楚すはえ」に関しては、元和古活字版と寛文 七 年 版で確 認 す ることができていない。これらの例だけでなく、 「和 名 」と記 載 さ れていながらも和 名抄 では確 認 す ることができない例 が他 にも存 在 す る。これらの語 は元 和 古 活 字 版 の系 統 とは異 なる. −353−. 蛤也(巻十九). 和 名 。伊 予 国 和 気 郡 郷 名 。おほう ちなるへき を此仮名常にことなり。(巻三). 22. 元 和 古 活 字 版 :白 貝 唐 韻 云蛿〈古 三 反 一 音 含 弁 色 立 / 成 云 於 富 本 朝 式 文 用 / 白 貝 / 二 字 〉爾 雅 云 貝 在 水 曰蛿也(巻十九). おをう ち. 「上祖とほつおや」をみると、元 和古活字版・寛文版ともに 「高祖 父」の語釈に 「止祖」と記されており、その下に 「止保豆於夜」と書か れていることが分かる。 『和字正濫鈔 』はこの箇所を参照したと考え られるが、 「止祖」ではなく 「上祖」と表記されている。これは契 沖が 独自に考証して、正しい文字に改めた例だと考えられる。また、 「蛿 おふ」に関 しては、和名 抄 の 「白 貝」の語釈 を参 照したと思 われるが、 元和古活字版では 「蛿 」であった箇所が、寛文七年版では 「蛤」となっ ている。しかし、 『 和字 正 濫 鈔 』は寛 文 七 年 版 の 「蛤 」ではなく、元 和 古活字版と同じ 「蛿」の字を使用している。 これらの例から、契沖は寛文七年版によりながらも、独自に考証 を行 っていたことが分 かる。 「蛿 おふ」の例 からは、契 沖 が元 和 古 活 字 版 も参 照 していた可 能 性 が考 えられるが、実 際 に契 沖 が元 和 古 活字版を参照していたかどうかは疑わしい例も存在する。 大内. 寛文七年版:大内〈於/乎/宇/知〉(巻九) 元和古活字版:大内〈於保/宇知〉(巻九) 『和字 正濫鈔』の語釈を見 ると、 「おほうちなるへきを此仮名常に. 23.
(9) 和名抄に拠ったのか、それとも和名抄からの直接の引用ではなく他 の書 物 から引 用 したのか、それとも記 載 の誤 りかなど様 々 な可 能 性が考えられる。調 査の結 果から 『 和字 正濫鈔 』では寛文 七年版の 和名抄に拠った可能性が高いと指摘できるものの、和名抄利用の実 態については更なる検討が必要である。 最 後 に、実 際 に 『 和字 正 濫 鈔 』が和 名 抄 をどのよう に利 用 してい るかについてみていく。 『和字 正 濫鈔』に掲載された二〇四 〇語のう ち、典拠として和名抄が記載されている語は 【表1】でも確認した通 り、八 〇 五 語 である。そして、三 節 で確 認 したよう に、典 拠 が記 載 されていない語(八三五語)の中で、和名抄に記載されている語は二 二八語である。これらの語は和名抄から直接採録されていない可能 性について言及したが、これらの語に 「和名」と記載されていないとい うことは、 『和字正濫鈔』において掲載する語が決定した後に、契沖 はこれらの語が和 名 抄 に記 載 さ れているかどう かを確 認していない という ことを意 味 していよう 。このよう な和 名 抄 利 用 のあり方 は、 和 名 抄 以 外 の典 拠 が記 さ れた語 にも当てはまる。和 名 抄 以 外 の典 拠 が記 さ れた語 (四 〇 〇 語 )の中で和 名 抄 にも掲 載 さ れているもの が二 七 語 存 在 す る。これらの語 は和 名 抄 を典 拠 として記 載 す るこ とも可 能 であったはず だが、これらの語 には和 名 抄が典 拠 として記 載されていない。 和 名 抄 以 外 の典 拠 が記 さ れた語 に関 しては、あえて和 名 抄 と対 照 さ せる必 要 性 がなかったことは合 理 的 に考えられる。しかし、何 も典 拠が記載されていない語に関しては、表記の根 拠を示すために 和名抄 との対 照が行われていても不思議ではないにもかかわらず、 そのような作 業 は行 われていない。 『和字 正 濫鈔 』において和名抄は 表記の典 拠として重視さ れていたことは、その引用数からも明らか であるが、和名抄を典拠として示せる語の全てに 「和名」と記載しよ うとする意図は無かったのだと考えられる。 24. ( 354 ). このような実態 から 『和字 正 濫鈔 』の執 筆過 程を考えると、掲載 語 を決 める段 階 で既 に典 拠 の情 報 も記 載 さ れており、それ以 外 の 文献にその語が記載されているかどうかを、その都度網羅的に確認 していたわけではないと考えられる。その一方で、複数の典拠が記載 されている語は、どのような執筆過程を経て複数となったのか、その 方 法 についても検 討 していく必 要 がある。これらのことについても、 今後調査を継続する。. 六、おわりに 本 稿 では 『 和 字 正 濫 鈔 』の掲 載 語 、および典 拠 として使 用 さ れる 文 献 の数 量 と引 用 数 を調 査 し、その実 態 を明 らかにした。掲 載 語 二〇四〇語の中で、最も典拠として記載されているのは和名抄であ り、日 本 書 紀 、万 葉 集 と続 く。それら以 外 の文 献 も典 拠 として幅 広 く参 照 さ れてはいるものの、その引 用 数 は三 書に比 べれば圧 倒的 に少ないことが明らかとなった。また、本稿の調査により、契沖が参 照 した和 名 抄 は寛 文 七 年 版である可 能 性 が高 いことを明 らかにし た。しかし、寛 文 七 年 版 には確 認 す ることができない例 も存 在 し、 契沖の和名抄利用のあり方については更なる検討が必要であること を指摘した。 また、表 記 の典 拠 が示 さ れていると評 さ れてきた 『和字正 濫鈔 』 において約 四 割 の語 に典 拠 が示 さ れていないことを明 らかにした。 これらの語は 『和字 正濫鈔 』と先行す る仮名 遣い書との関連性を検 討していく上でも重要な語であると考えられるため、今後更なる調 査を行う予定である。 本稿では典拠 として多く記 載されていた日 本書紀と万葉集に関 しては触れることができなかった。これらの二書も、注釈書が数多く 執 筆 さ れており、学 問 的 な蓄 積 が存 在 す る。これらの学 問 成 果 と 『和字 正 濫鈔 』がどのように関 連 しているかについても今 後検討 して. −354−.
(10) いく必要がある。 『和字正濫鈔』は古代の文献に基づいて仮名遣いを示した点で、画 期的な成 果であり学術的に高い評価がなされてきた。その一方で、 『和字正濫鈔 』は先行する仮名 遣い書や 、当時の学問成果との関わ りからは十 分 な検 討 がなさ れておらず 、学 術 的 な位 置 づけが明 ら かにされたとは言いがたい。 『和字正濫鈔』を史的に位置づけるため にも、仮名遣いという学問との史的な関連と、同時代の学問との関 連を改めて検討すことが喫緊の課題であると考える。 注 稀 記 念 国 語 学 論 叢 』桜 楓 社 、一 九 七 七 年 )、高 瀬 正 一「『 和 字 正 濫 鈔 』. (1)遠 藤 和 夫「『和字 正 濫鈔』考 ― 稿本から板本への展開 ―」(『浅野信博 士古. うな観点から 『和字正濫鈔』も検討を行う必要があるだろう。. (5)仮名表記における濁点の有無は異なる要素とは見なしていない。. 所に掲載される語(「真名未考そほづ」)が存在する。ただし、語釈の内容. (6)『和字正濫鈔』には 「真名未考」と記される語が複数あり、その中には二箇. から、この二 つは同 じ語 であると判 断 できるため、同 じ語 として扱 った。. ったが、記載 された内容 から判断 が難しい語に関しては 「典 拠あり」と見. (7)「真名 未 考 くえ」のよう に推 測したと見 なせるものは 「典 拠なし」として扱 なして計上した。. 「和 名 には載ず 」と記 されたものがあり、これらは 【表1】の括弧 の数から. (8)和 名 抄 に関 しては、 「 和 名 」を「 和 語 」の意 味 として使 用 しているものや、. 抄」や「四声字苑」などの数は含めていない。. 外 している。また、 「 その他 」には、和 名 抄 の語 釈 から引 用 さ れた 「漢語. わけではないことを断っておく。. などを 「関連語」として扱った。. 載していない。. ( 355 ). (9)典 拠 と見なすかどうかの判断は困難を伴うため、この数値を絶対 視する. ( )巻 五 に見 られる 「ふともとかよふ類 」「へとめとかよふ類 」「めと聞 ゆるへも. 方 どちらかであれば 「 典 拠 あり」と見 なしている。しかし、掲 載 語 の仮 名. し」などに関しては、語釈に記された語が取り上げられた二つの仮名の片. 表記 (候さふらふ)と語釈 に示された仮 名 表記 (日 本紀 并 万葉 にはさも の割合は更に高くなる。. らふ)が異なる場 合を 「典拠なし」と見なせば、巻 五における 「典拠なし」. ( )和 名 抄 に直 接 的 な記 載はないものの、複合 語 から表 記 が特 定できるもの ( )注3前掲書。 いない。. ( )築島 氏は 「 玉葉集 」を指 摘 するが、本稿の調査では確認 す ることができて. ( )「 秘 蔵 宝 鑰 」は掲 載 語 の典 拠 として挙 げられていないため、 【 表 2】には掲. ( )『和字正濫鈔』に記される典拠の名前は、同一文献でもその示し方が異な. −355−. における定 家 仮 名 遣 いについて― 批 判 と受 容 の実 態 ― 」(『 国 語 国 文 学 語 文 字 史 の研 究 』 、和 泉 書 院 、二 〇 一 六 年 )、今 野 真 二『 仮 名 遣 書 論. 報』 、一九九七年)、長谷川千 秋「『和字正濫鈔』は仮名遣い書か」(『国 攷』(和泉書院、二〇一六年)など。 が注1前 掲書 において触 れている。しかし、今 野氏の調査は 「い」の数例に. (2)『和字 正濫鈔』において典拠が記載されていない語については、今 野真二氏. も『 和 字 正 濫 鈔 』の典 拠 が見 られない語 について触 れるところがある(遠. 限られたものであり、全体的な調査は行われていない。また、遠藤嘉基氏 藤嘉基「「勢語臆断」と 「和字正濫鈔」」〈『契沖全集』第十巻月報、一九七. 10. 11. 13 12. 三年〉)。 (3)築島裕『歴史的仮名遣い その成立と特徴』(中央公論社、一九八六年)八 五頁。 (4)『和字正濫鈔』と同時期に刊行された 『万葉仮名遣』(元禄一一年刊)にお いて、先行する仮名遣い書である 『類字仮名遣』(寛文六年刊)や『和字正 濫鈔』が利用されていることを、久保田篤氏が指摘している(「『万葉仮名 遣』の依拠した仮名遣書について」〈『成蹊国文』 、二〇一七年〉)。このよ 50. 14. 15. 15. 55.
(11) る場 合 がある(新 撰 万 葉集 は 「新 撰 万 葉 」「 菅 家 万 葉 」など)が、これらの 示し方の違いは違いと見なさず、同一文献として集計した。 ( )注2前掲月報。 本の転写本が翻刻されている。. ( )『契 沖 全集 』巻 一五および巻一 六 に契 沖 の書 き入れ本もしくは書 き入れ ( )注1前掲論文。 ( )和 名 抄 の板 本 については、宮 澤 俊 雅「 倭 名 類 聚 抄 の板 本 について」(『 北 海 道 大 学 文学 部 紀 要 』 - 、一九九八年)に詳しい。 ( )寛文七年版は慶安元年版和名抄の再印であるが、この両版の間に万治二 年版も出版されている。そのため、契沖が参 照した和名抄は慶安元年版 契 沖 が書 き入 れを行 った和 名 抄 (寛 文 七 年 版 )が存 在 す ることから、本. もしくは万治 二 年版である可能性も存在する。もっとも、三手文庫 には 稿では契沖が参照した和名抄は寛文七年版と見なしておく。 こり、いまた知らす。」と記載されている。. ( )「蛿 おふ」は巻 五にも掲載されており、語釈 には 「和名。此ふもし、すみに ( )長谷 川 氏 の調 査 においても、和名 抄 の注と合致 しない 『和字正 濫鈔 』の語 釈が存在することが指摘されている。 ( )契 沖 が書 き入 れを行 った 『 和 字 正 濫 鈔 』の 「 楚 す はえ」には、 「 魚 條 、読 須 す くえう し 曜 余 照 切 」(補 入 )という 書 き込 みが見 られる。前. 波 夜 利 、本 朝 式 云 、楚 割 」という 和 名 抄 巻 十 六 に見 える記 述 と、 「〇宿 曜師 え」との関連は不明である。. 者 の書 き入 れから「 楚 」の読 みが推 定 さ れたのかもしれないが、 「楚すは ( )典 拠 が記 載 さ れていない語 に関 しては、和 名 抄 を典 拠 として示 す までも なく、その表 記 が明 らかであると見 なさ れていた可 能 性 も考 えられる。 のかが問題となる。. しかし、この場合、表記が明らかであると判断された基準がどこにあった. (ひさだゆきお/北海道教育大学釧路校講師). 号 『和字正濫鈔』の再定置」に 20K21954)「近世期仮名遣い研究史における よる成果の一部である。. ( 356 ). 46 2. 〔付 記〕本 稿は、日本学術 振興会 科学 研究費 ・研究 活 動スタート支援(課題 番. −356−. 17 16. 19 18. 20. 21. 22. 23. 24.
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