はじめに rと.はずがたり」に虚構性が濃い事は、 既に研究家諸
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。
氏によって指摘さ れている この問題は、 今後、 史実と の照合や先行作品との影響関係 ・時代背景等を考え合わ せ、 多方面から吟味 ・検討していかなければならない誼 要な課題のーつである。 本稿では、 特に作者と有明の月 の交渉について、 「夢」と いう言葉を手がかりに、 創作 意識 ・構想の問題を探り、 rとはずがたり」の虚楳性を 考える上での一資料としたい。一
はじめに、 rと はずがたり」以前の女流日記文学から\ー
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' 9 i/1••999 •. ,91 ,.\ , 幾つ か用例を拾い、 rとはずがたり」に至る「夢」の語2
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先ず思い起こされるのは、 「劉よりもはかなき世の中 を、 歎きわびつつ明かし荘らすほどに」という‘ r和泉 式部日記」曽頭の一節である。 ここでは、 「夢」をはか ないものの例として引き、 「世の中」すなわち亡き為尊国
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親王との恋を、 その夢よりもっとはかないものであった と表現している。 森田兼吉氏の「夢よりもはかなき女流日記孟子と夢」 に (3-ある通り、 「人生 と 夢とを結びつけた比較的早いもの」 と し ては、 『古今和歌集』巻第十六.哀傷歌に次の三首 が見える。 藤原敏行朝臣の身まかりにける時に、 よみてかの 家に遣はしける 紀友則 寝ても見ゆ窪でも見えけり大方はうつせみの世ぞ夢 にはありける あひ知 れりける人の身まかりにければよめる 紀貫之 夢とこそいふぺかりけれ世の中にうつつあるものと 思ひけるかな あひ知れりける人の身ま かりにける時によめる 壬 生忠斉 寝るがうちに見るをのみやは夢といはむは か なき世 をもうつ つ とは見ずー作者と有明の月の交渉をめぐって1
『とはずがたり』の「夢」
吉
幸
恵
この三首において注目すぺき事は、日親しい人の死を契 機としている、口仏教思想の影響が見られる、臼「夢」 .と「世」が「はかなし」という共通の性質で結び付けら れている、等の点であろう。 「和泉式部日記」の「夢よりもはかなき世の中」とい う表現は、直接には為尊親王との恋愛を指しなが ら、背 後に敦道親王 との交渉をも重ね合わせ、二人の恋人の死 を契機として生まれたものと 見ることができる。こう考 えれば‘r和泉式部日記」の右の表現は、「古今集」の 三首と日の点で共通し、しかもこれが重要な成立基盤と なっていると言えよう。 次にr更級日記」から例を取る と‘夫の死を契機 とし て前半生を振り返り、過去 に見た稲 々の夢 を回想し総括 する部分に、左の一文が見られる 0 . 昔より、よしなき物語、歌のことをのみ心に し め で 、夜昼思ひて、おこなひを せましかば、い とかか る割の世をば見ずもやあ らまし。 ここでは「はかなし」 という形容詞を介さずに「夢」と 「世」とが連結している。当面の問題は「夢」という言葉 ではあるが`r更級日記」において、作者が実際に見た 拶の内容を語るのに多く箪を費やしており、それらの夢 が構想上きわめて重要である事、又、そうした夢の扱い 故に、孝標女がr夜半の寝覚」や「浜松中納言物語」の 作者に擬せられている事は忘れてはならないだろう。 そ うした事情を承認した上で、このr更級日記」における 「夢の世」 という表現には、日契機としての夫の死、ロ 仏教信仰`臼前半生を「rよしなき」、「はかなき」、 rゆくへなき」四」とする認讃、すなわち先に「古今集」 の三首に見られたと同様の要因が認められることに注意 したい 。 孝標女が「自己の生涯をかけて夢の世という認識とこ とばに 到逹し虚」 とするならば、鎌倉期に成立した「建 礼門院右京大夫楳」や「うたAね」には、r古今集」以 来の伝統を踏まえ、 「夢」が人生のはかなさ を 象徴する 語 と して定消した跡がうかがわれる。 r建礼門院右京大夫集」では 、「夢」 の語の「ほとん で どの例がいわゆる下巻に集中する」 。しか も、寛永二十一 年刊板本の上冊にあたる部分に見える三OOの「夢」は、 睡眠中に見るいわゆる「歩」を指すものであって、象徴 的意味を担った語ではない。一方、いわゆる下巻は「刃 永元府などの頃の世のさわぎは、夢ともまぼろし とも、 あはれともなにとも、すぺてすぺ ていふぺききはにもな かりしかぱ」と始まり、続いてすぐ「いはむかたなき夢 J という表現がある。「寿永元暦などの頃の世のさわぎ」
とは、 言うまで もなく平家の都落ちから減亡までを指す のであって、 特に右京大夫にとっては資盛の死を意味す るも の である。 つまり、 この作品においても、 人生を 「夢」と表現する所には、 愛する者の「死」が影を落と し ているのである。 この二例が、 平家減亡時の作者の体験を「夢」と総括 したものであるとするならば、 同じ<r建礼門院右京大 夫集」に見える「むかしの夢」や「さめやらぬ夢」と い った例では、 「拶」の指示内容が限定され、 汽盛との恋 愛を意味する語として用いられている。 これと同様の例が「うたAね」に見 え、 実ることのな かった恋を「憂き世の夢」と表現している。rう たAね」 には` 「さすがに 絶えぬ夢の心地は、 ありしに 変るけぢ めもみえぬものから」 . という一節もあって、 次田香澄氏 によれば‘ . この「夢の心地」は「恋の逢瀬」を意味する。 後に述ぺる通り、 「とはずがたり」では、 「夢」が単独 で逢瀬を表わす例が多く認めら れるが、 いま述ぺた「右 京大夫集」 と 「うたA ね」の 例は 、 「とはずがたり」に おける、 そのような随喩としての 「夢」の用法へ向かう 過程と見ることができよう 。 「うたAね」の「憂き世の 夢」は、 「 とはずがたり」では、 有明の月の言葉の中に 見えている。 rうたAね」においては、 r古今集」の三首 ・「和泉 式部日記J . 「右京大夫集」 に共通のモチーフであった 「死」は認められ ないが、 しか し 仏教思想の影響は明ら かで ある。 例えば、 先の「憂き世 の夢」の前後は次のよ うに記されている 。 …・・・経つと手に持ちたるばかりぞ、 たのもしき友な りける。 「世界不牢固」とあるところを 、 しゐて思 ひつゞけてぞ、 憂き世の夢もをのづから、 思ひさま すたよりなりける。 又、 「仮の世の夢の中なるなげき」 といった表現も見受 け られ る 。 もう一っ、 主題の面から先の女流日記との共通点を挙 げると、 「和泉式部日記」 ‘r右京大夫集」 .rうたA ね」ともに、 短く激しくはかない恋を描いたものであり、 殊に前の二作は恋人の不慮の死によって恋愛が断たれて いる。更に‘ rうたAね」の場合注目されるのは、 「ぅ たAね」の題号が、 作中の「はかな しなみじかき夜半の 草枕むすぷともなきうたA ねの夢」 の歌に由来し、「この 作品全体の内容を象徴するものとして作者 が 名づけた」 (次田香澄氏)と考えられる事である。 ここには、 全篇 を「うたAねの夢」として構成しようとした作者の創作 意識を認めることができる 。
「夢」という言葉に は、以上 見てきたようふ甲g涼ぁ る。そうし た先行作品と同様の趣向を rとはずがたり」 の「夢」にも認め、その上で「とはずがたり」の作者固 有の主張を「夢」の語に 読みとろうとするのは、さしあ たって当然の手順 であろう。しかし、私は それを一歩進 めて、「とはずがたり J では、「夢」(特に作者と有明 の月の交 渉に関するもの) は 伝統に即して作者の心情を 表現した語であるばかりでなく、作品形成の積極的な方 法として用いられていると考えるのである。すなわち、 r夢」の語によって、作品世界はーつの主題のもとに構 成され、同時に、伝統的に「夢」の語に伴うイメージが 取り込まれること で、奥行きの深いものとなっているの である。 rとはずがたり」における「夢」の語は、「夢に夢見 る」という表現を二と数えれば‘七十二例に上る。これ らを先ず二つの用法に大別し、該当する用例数を示すと、 次のようになる。
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睡眠中に、現実のように種々 の事物を見たり聞い たり する現象。又、睡眠中に見える像 40例 ロ日から派生した比喩表現 31例c
(外に、「夢」の語 を含む部分の文脈が 乱れ ており、 意味不明のものが一例ある。 ) 口は表現の内容によって、更に次の三つに分けること が 7 )。
できる A B はかなさ・むなしさ 男女の交渉 ・逢瀬 異変・不慮 の 出来事. このうち、Bは「とはずがたり」において比喩として用 いられ た「夢」の半数以上を占めている。 そこで、このBのr夢」を交渉 のあった 人物ごとにま とめてみると、次のようになる。 イ 作 者と有明の月. 7例 ロ 前 斎宮と後深草院 4例 ハ 作 者と近衛大殿 3例 ニ 作 者と後深草院 2例 * さ さがにの女と後深草院 1例 作者自身に関すゐもの(イ・ハ・ニ)は十二例を数える が、このう店比例,速でが有明の 月との関係 で用い られ た ものであるのは注目される。rとはずがたり」によれば、 作者が交渉を持った男性は、後深草院・雪の曙・有明の 月・近衛大殿・亀山院の五人であるが、そのうち雪の躇 と亀山院については、逢瀬を表わす「夢」の例は認めら 5例 17例 9例れない。亀山院と作者の関係については異論のあるとこ ろなので別にするとしても、 雪の曙は作者にとって初恋 の相手とも言える人であり、 全巻を通じて登場するのに、 この人 との逢瀬を「夢」と言った例が全く見出せないと いうのば奇妙に咆われる。 同様に、 作者と後深草院に関
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するものが、 わずか二例というのも意外である。 rとは ずがたり」では、 「夢」が逢瀬の隠喩として慣用的に用 いられてはいるが、 単に逢瀬一般を「夢」 と表現したの ではなく、 作者が意識的に使い分けていたのでは ないか という 疑問が起こる。 そこで、 次に、 作者 と有明の月の交渉において用いら れた「夢」のうち、 その主要な用例を抜き出し、 二人の 関係を描くにあたって「夢」の果たす役割を通観してみ たい 0 番号を〇で囲んだも のは 、 他の分類項目に属すと 考えられる用例であるが� それ 以外は「男女の交 渉・逢 瀬」(口fB1イ)を表わすと認められる例である°括 弧内の数字 は巻数とテキストの頁数を示している。 ① 後 白河院御八講の折、 作者と有明の月の交渉の発端 を描いた部分で あ る 。 思はずながら、 不思議なりつる夢とや言はんなどお ぽえてゐたるに ...... (巻ニ・l0三) 後深草院の病中 、 有明の月は延命供の ために参仕、 ⑦ 6 再度作者に言い寄る。 いとむつかしくて、 薄様の元結のそぱを破りて、「夢」 とい ふ文字をーつ書きて、 参らするとしもなくて、 うち置きて帰り ぬ 。 ( 巻二.l0六) 2の作者の行為に対し、 有明の月は次の歌で応じる。 椛摘む暁起 き に袖濡れて見果てぬ夢の末ぞゆかしき (巻ニ・10七) 同じ折‘ 遂に作者が有明の月に屈し、 最初の契りを 結んだ直後に次の表現が見える。 見つる夢の名残もう つつともなき 程なるに ...... (巻二·-0八) 4に続いて密会を重ねた後、 取り替えた小袖の複に、 有明の月の歌が付けられている。 うつつとも夢とも いまだ分きかねて悲しさ残る秋の 夜の月 (巻二·-0九) 後深草院に二人の関係を知られて 後、 動行の合間を 縫うあわただしい逢瀬の場面に、 次のような表現が見゜
ぅへる ⑤ 43
「時なりぬ」 ・・・・・・見る夢のいまだ結びも 果てぬに‘ とてひしめけば、 後の障子より出でぬるも ...... (巻三・一六二) 6の後、 局に戻った作者の述櫻の部分に「夢」の語11 10 が見える。 睡眠中に見る普通の 「 夢」である。 .;•••これや逃れぬ契りならんと、 われながら先の世 ゆかしき心地してうち臥したれども、 又寝に見ゆる 夢もなく て明け果てぬれば・・・・・・ (巻三 ・一六二) 8 有 明の月の第一子を恢妊した事を記す部分 に、 逢瀕 を表わす「夢」の語が見える。 違はず、 その月よりただ ならねば‘ 疑ひ紛るぺき直 にし なきにつけ て は、 見し夢の名残も今更心にかか るぞ、 はかなき。 (巻三 ・一六六) ⑨ 有 明の月の突然の死に接し、 悲嘆に暮れる場面に、 「夢に夢見る」と いう 「 きわめて はかない気持を表す 慣用句」(福田秀一氏)が用いられている。 ……十一月――十五日にや、 はかなくなり給ひぬと聞 きしは、 夢に夢見るよりもなほたどられ、 すぺて何 と言ふぺき方もなきぞ、 われ ながら罪深き。 (巻三 ・一九二) ⑨に続く部分。 3 .⑤の場面が回想されている。 「見果てぬ夢」とかこち給ひし、 「 悲しさ残る」と ありし面影よりうちはじめ 、 憂 かりしままの別れな りせば、 かくは 物は思はざらましと思ふに ...... (巻三・一九二) 有明の月供毀のため に東山に参寵する作者の夢に‘ • 9 1 • 有明の月が現われる湯面である。 ...... 聴聞所に袖片敷きてまどろみたる暁、 ありしに 変らぬ面影にて、 「憂き世の夢は長き闇路ぞ」とて 抱きつき給ふと見て:;・ (巻一 ll .一九七 ) 以上十一例のうち、 4 .6 .8の「夢」は、 そのまま 「逢瀕」と個き換えることのできるものであ る。 11の例 については、 さきにrうた A ね」との関係で触れたが、 「rとはずがたり」夢の分類」の 仏教の立場で「迷い」と同義 に「夢」を用いる‘ ..• ... 罪業という惑がつよい。 という説明が適切であろう。 2の例は非常に問題の多い 所である。 この「夢」は、 直接には①の箇所、 すなわち、 有明の月がはじめて作者に 思いを打ち明けた時のことを 指すものと考えられるが、 11の例と同様に仏教思想の影 密を認め 、 作者が悩侶である有明の月をたしなめたもの と も解釈できる C これに対し、 有明の 月は「見果てぬ夢 の末ぞゆかしき」と応えるのであ るが、 このやりとりは、 恋愛の発端を描く場面であるだけに‘ きわめて効果的で あり、 後の 作品展開を考える と 非常に暗示的で もある。 結論を先に言えば、 作者 と有明の月と の関係は、 2で作 者が有明に示した「夢」という言葉、 この 一語に集約さ れると言ってもよい。 実際、 作者 と 有明の月の交渉を描
いた部分を追って行くと、二人の関係を「夢」 と見なす 作者の一貫した姿勢が浮かび上がってくるの である 。 作者と有明の月の交渉は、先に「夢」 の用例①として 挙げ た後白河院御八講の時に始まるのである が、 「有明 の月」の仮称で呼ばれる人物は、これより早く巻一に登 場している。 「有明の月」を実在の誰と見るか は、 いま だに論議のある ところで、宮内三二郎氏などは法助法親 王説 を屯えら れ江が、現在の ところ 、性助法親王説が有 カであり、ここで も後者に拠ること とする。この立場で は、巻一のはじめの部分に記さ れた東二条院御産の場面 に登場す る「大御室」 もまた、仁和寺後中御室 であっ た す )。 性助 法親王すなわち「有明の月」と考えられるのである しかし 、 本稿で問題 とするのは、 「とはずがたり」 に描 かれた「有明の月」 と呼ばれる高貸な僧と作者との恋の 物語である。し か も 、 その男主人公である「有明の月」 は、 性助法親王における仁和寺後中御室としての社会性 を切り捨てた ところで描かれている 。従って、ここ では 右の事情を承認した上で、有明の月の登場を、巻ニ・後 白河院御八講の時 としたい。 次に‘二人の交渉を描いた世界(宮内論文の言う「第
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二主題」)の終結をどこと見るかであるが、「とはずが たり」中の現実世界で の二人の交渉は、有明 の死によっ て終 わって も、 「夢」の用例11に学げた通り、夢の中で 二人は最後の逢瀬を遂げている0この後、作者が有明の 第二子を出 産した所まで としたい。 rとはずがたり 」の世界は時間の流れに沿って進行し てい るので、右の両時点に挟まれた部分において も、作 者と有明の 月の交渉は断続的に叙述され 、その問に他の 様々な話が織り込まれている。しかし 、 その中で、二人 の交渉はやは り大 き な主題の一っとして捉えることがで I' ,99 ... , ... l , 'l'ー
き、これ は多分に物語的性格を有しているの である。 ーつには、予告 とし ての伏線、その展開、そして実現 という叙述方法が挙げられる。後深互院の見た「五鈷の 夢」は、 その後の院・作者・有明の月の関係や、 作者の 條妊、生まれた子供の処匠を暗示する内容で あるし、 有 明の見た「鴛喬の夢」も、作者の第二子棲妊と、有明の死 という形で実現している。有明の起請文中に見える「われ 定めて悪道に堕つぺし」という条は、同じく有明の「憂き 世の夢 は長き闇路ぞ」という言葉と照応する ものである。 又、 ー先行 文学の枠組みを借りで、ー物語的、世界‘のtg築材r ー意図じ.tq跡ii
か�釘�o柿本僧正と染股后にまつわる 伝承や、志賀寺の型と京極御息所 の説 話を取り入れているのが、 それである。 もっとも、 rとはずがたり」では 各説話問で登場人物が錯綜 している。 内容面では、 有明の月の第二子恢妊の時期 が、 第一子 出産直後の車として語られてい て、 事実とは認め難い事 など が挙げられる。 これは、 事実の讃化を意図して、 作 中の年時を実際の事件年時と ずらして習いてい くという 手法が、 他の主題における同様の叙述方法と衝突して破 綻を来たしたものと説明される。しかし、 その事によっ て 作品世界は少しも破綻を生じてはおらず、 むしろ、 ニ 人の恋の幕切れにふさわしい劇的要紫が加味されたとい う印象を受ける。 そこには、 常識の枠を超えた世界を容 認させる創作の魔術が働いているのである。 以上の点に加えて、 本作中、 作者 と有明の月の交渉を 描いた話が、 他の主題とともに断続的に叙述されていな がら、 有機的結合の強いものとなっているのには、 各所 に用いられ た「夢」の語が大きく作 用している。作者は 先ず、 二人の出会いを「不思議なりつる夢とや言はん」 (例①)と記してい る。 次に、 作者が有明から手紙の返 事を強要されて示したのが 「夢」の一文字(例2)で あー'C5ノ作者と有明 の月の交渉は、 短く激しくはかない恋であ る。 これに対し、 有明が「ゆかしき」と言った「見果て った点で 、 r和泉式部日記」 . r建礼門院右京大夫集」 ぬ夢の末」(例3)、 すなわち二人の恋の行方は、 例4 . rうたAね」の場合と共通する。特に、 恋人の突然の .6.8などの逢瀬を重ねた後、 「憂き 世の夢は長き闇 死による廂切れは、 前の二作と類似す るものである。雪 四 路ぞ」(例ll)という、 作者の夢に現われた有明自身の 言葉で示される。 このように、 離れた段の各々が、「夢」 の語によって相互に呼応し連続して いるのであ る0 殊に、 例2の 「夢」は例3の「見果てぬ芽の末ぞゆかしき」の 句を挟んで 、 例11の「憂き世の夢…·:」と見部に照応し ている。作者と有明の月の交渉は、 このような、 いわば 「夢」の連現によって、 表現し尽されていると言えるの
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ではないだろうか。 このように考え て くると 、 作 者は本作執筆にあたっ て、 有明の月との恋を主題とする世界を、 それ自体独立して 一個の作品となり得るような形に、 あらかじめ組み立て、 これを分解して、 他の事件の展OOと合 わせて配置したの ではないかと考えられるのである。}構想の主軸となって いるのがr夢」であり、 こうした設定の背後には、 作者 が、 有明の月との交渉の中に、 「夢」と表現するにふさ わしい要因を認めていたことが知られる。の曙や後探互院と違い、 有明の月は突然作者の前に現わ I I I れ、 一挙に燃え上がって瞬く問に逝ってしまった。 有明 の月にとっても、 思い残す事の多い恋であったはずであ る。 二 人 の交渉のこうした側面をとらえ、 作者はこれを 「夢 」 ●表現したのであろう。 2
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次に考えられ るの は、 有明の死 が作者に与えた衝撃で ある。愛する者の死を契機として、 人生ど「夢」が結び 付く事は、 既に見てき た通りである。 有明の月の死に接 . し 茫然とする様を 、 作者は「夢に夢見 るよりもなほたど ら れ、 すぺ て 何と言ふぺき 方もなき」(例⑨)と表現し、 有明の最後の手紙を携えて来た稚児との 対面についても、 「夢の心地して ...... げに筆の海にも渡りがたく 、 詞にも 余る 心地し侍る」と記している。「建礼門院右京大夫集」 のい わゆる下巻の冒頭 や 、 死 を兌悟した資盛を前にし て返す言葉もなく、 遂に平家の都落ちが現 実の もの とな った時の、 「涙のほかは、 言の 葉もなかり しを、 つひに 秋の初めつか たの、 夢の うちの夢を聞きし心ち、 なにに かはたとへむ」といった部分と、 きわめて近い表現と言 える 。3a溜
三に、 仏教思想を背景とする罪の意識が考えられる。 作者にとって、 この恋愛は 最初から「思ひの外なる事」 であ り 、 死 を予感した有明 の言葉に対しても 、 「由なき 妄念」という表現が用いられている。 こうした見方は、 二人の交渉に対する作者の基本的姿勢である と言えよう。 それが、 例⑦に見え るよ うに、 「これや逃れぬ契りなら む」という認識に 至ったの には、 二つの要因が考えられ る。ーつは、 いわゆる女楽班件と伏見の麻件によ って作 者の周囲の状況が変化し、 作者が 孤立無援の状態に追い 込まれた事である 0 今―つは‘ 二人の関係が後深な院に よって公認された事であり、 これによっ て作者の「心の 鬼」すなわち良心の呵責が軽減し た訳で はないが、 一応 ,'1 の大 義名分が与えられたことになり、 作者にとって、 有 ,.,.
明との 関係 を正当化する大き な材料になったと考えられ゜
「逃れぬ契り」という認識 は、 この後改めて確認され るが、 これは「見し夢の名残」としての作者の俵妊が明 らかになった事を踏まえ てい ると見るべきであろう。 同 時に、 「男女の印こそ罪なき事に侍れ」とする後深草院 の宿世観も、 二人の交渉を余鍛な いものとする作者の判 断を展付けていると言える。後深荘院のこうした見方は、 作中に統り返し語ら れているが、 これは一稲の方便で し かなく、 その裏には、 やはり罪の意徴が看取される ので ある。後深草 院の会話中に有明の月の 言葉が引用され、 作者との結び付き を「悪繰」と言 った箇所が見えるが、有明の死の場面(例⑨)には「 われながら罪深き」と いう表現が見え、 ここに至って、 作者は有明の「妄執」 を自分自身に関わるものとして捉える立場に立つ。 二人 の関係は、 僧である有明の月にとっては勿論、 作者自身 においても、 愛執の罪と見なされるものだったのである。 例11に引いた「憂き世の夢は長き閤路ぞ」という有明の 百葉は、 二人の交渉を「夢」すなわち罪と認 め、 その罪 に よって死後も救われないという事を言ったものと考え られる。
筐五恥員旦'H
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の意味するものは、 作者と有明の月とでは、 まったく異 なる。 有明にと っては破戒行為であり 、 そ の生涯中唯一 無二のものであったのに対し 、 作 者にとって有明は複数 の男性中の一人であった。 そうした事情を反映して、 作 者自身、 自己の心埋の変化を、 恋愛の一般的な展開とし て捉えた箇所が作中に見受けられる。 又、 有明死後の後 深草院の態度に対し、 「わが咎ならぬ誤りも 、 度 重なれ ば、 . 御 ことわり に おぽえて」と 表 現する所から、 作 者が 有明との交渉を近衛大殿や亀山院の場合と同一線上に監 二人の関係は、 やは り「悪縁」と呼ぶべきものであった と見られる。 このように、 作者と有明の月の恋の物語は、 めぐる二人の応酬を描いた発端と、 クライマブクスとも 言うぺき東山での暁の場面とが呼応し、 「夢」の連閑に よって、 「とはずがたり」中に一個 の独立した作品世界 を形成している。 こうなれば、 そこにr.ったAね」にお けると同様の創作意識を認め、 巻二で提示される「夢」 の一文字を主題とする世界を作者が描き上げようとした と考えることが可能なのではないだろうか。 なお、 rとはずがたり」に おけるこのような作品世界 形成の方法は、 「夢」の語の表現内容の歴史的な推移と 無関係ではないと思われる が、 この点については改めて おわ り に き、 すぺて「わ が咎ならぬ誤り」 れる 。 「歩」を と捉えていた出が知ら 二人の結び付きは、 直接的 には有明の月の「由なき妄 念」、 間接的叫叫、ー作老ーの躁がけ叫孤独な立場と後深草 1,, 9 ,J' 院の公認によるものであることを作者 は強調する。 この \し' _ | _ \ /\lll ー ー 1ー \ ーしー ー J . 9 ,' ように、 作 者は自己弁明 を 繰り返し、 自己の行為を正当抄r
り召且寸バが:5で月ー
る ー 0 有明の月との交渉を「う つつ」ならぬ「夢」 とするのは、 その現われと見ること ができる。検討したい。 (注〕 ・ ( l)松本寧至 ( rとはずがたり .の研究j 人 品g和 r 四十六年